機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
ヒカルとカノンがエターナルスパイラルを駆ってクーヤ達と死闘を演じている頃、ムウ・ラ・フラガは本隊の指揮をラキヤに任せ、自身は小規模な別働隊を率いて戦線を迂回する形でプラント軍の後方へと回り込んでいた。
今回の戦い、プラント軍を撃退できればそれで終わりという訳ではない。
敵が運んできた物資を焼き払い、敵が二度とカーペンタリアへの大規模輸送作戦を企図できないようにする事も重要である。
ムウはそのために、自ら部隊を率いて来たのである。
このような仕事は本来、別の者(それこラキヤ辺り)にでも任せればいいように思えるのだが、そこはそれ、ムウ・ラ・フラガと言う男の在り方と言う物だろう。
敵中深く進攻する危険な任務を、他の者に任せる気は、ムウには無かった。
やがて、ムウ達の目の前に、大量の輸送用シャトルの群れが姿を現した。
その数、ざっと見ただけでも100以上。間違いなく、カーペンタリアへと物資を運ぶための輸送船団である。
これらの大量の物資が運び込まれれば、気息奄々のカーペンタリア守備軍は息を吹き返し、ここ半年間のオーブ軍の苦労は水泡に帰すことになる。
何としても、彼等をこれ以上行かせるわけにはいかなかった。
「よし、時間が無い。さっさと始めるぞ!!」
力強く言い放つと、ムウは愛機であるゼファーを駆って、真っ先の突入していった。
その動きにプラント軍も気付くと、ただちに護衛の部隊が迎撃の為に向かってくる。
複数のガルムドーガが、ビームライフルを放ちながら戦闘のゼファーを狙い向かってくる。
対して、ムウはドラグーンを射出して搭載されているビーム砲を斉射。複数のガルムドーガを手早く撃ち抜く。
爆炎を上げて撃墜するガルムドーガ。
その横を、ムウはゼファーを駆って素早くすり抜ける。
目の前には、無防備に航行を続ける輸送船団の群れが存在している。ムウ達の接近に気付き、慌てて逃げようとしている素振りが見えるが、その動きは欠伸が出る程に遅い。
プラント軍の抵抗を排除したムウはドラグーンを引き戻して機体にマウントすると、自身はビームライフルとビームサーベルを構えて突入する。
輸送船団の方も、逃げる事は叶わないと見るや、備え付けの火砲で反撃を試みて来る。
彼等にとっては最後の抵抗である。
しかし、所詮は申し訳程度に取り付けられた火力である。戦艦等の砲撃とは比べるべくもない。
ムウは輸送船が打ち上げる対空砲火をあっさりと回避すると、逆にビームライフルを発射して船橋部分を潰す。
たちまち、バランスを崩して漂流する輸送船。そこへ、別の輸送船が避けきれずに突っ込んで行く。
密集隊形を取っていた事が仇となり、連鎖的な衝突事故があちこちで起こって行く。
パニックに陥った輸送船団は、右往左往するようにてんでバラバラの方向へと逃走を図ろうとしている。
しかし、その動きはまるで遅い。高速機動可能なモビルスーツとは比べ物にならなかった。
当然、残存するプラント軍の方でも、ムウ達を排除すべく向かってくる。
部隊をオーブ軍迎撃と船団護衛の二つに分けたとは言え、未だにプラント軍はオーブ軍に対し圧倒的な戦力差を有している。それを覆すのは、いかにムウと言えど不可能だろう。
だが、
シャトルへの攻撃を続行しようとしているムウ。
そんな彼等に襲い掛かろうとするプラント軍に対し、蒼い4枚の翼を羽ばたかせた機体が、大剣を手に行く手を遮って来た。
「行かせるかよ!!」
ギャラクシーを駆るシンは、言い放つと同時にドウジギリ対艦刀を鋭く袈裟懸けに振るい、不用意に近付こうとしていたガルムドーガ1機を斬り伏せた。
シンは更に機体を駆ってプラント軍の隊列に割り込むと、大剣を縦横に振るって敵機を撃破していく。
オーブ軍のエース1人は、プラント軍の一般兵士100人に相当する。
近頃では、そのような噂が吹聴され始めているらしい。
勿論、半ばは誇張に等しい噂なのだが、シンの活躍ぶりを見れば、その噂も真実味を帯びると言う物だった。
プラント軍の動きは、完全にギャラクシーに抑え込まれ、殆ど防戦一方へとなりつつある。
その間、シン・アスカと言う強力な援軍を得たムウ達は、自分達の本来の目的である敵輸送船狩りに奔走する。
既に宙域全体に、哀れな輸送船が上げる多数の爆炎が漂っている。
しかも、被害は尚も拡大中である。
輸送船団が憐れな羊なら、ムウ達はそれを狩る狼と言った感じであろう。力の差は歴然以上である。
このままオーブ軍の一方的勝利に思われるかと思われた。
変化が起こったのは、ムウ達が半数近くの輸送船を撃破した時の事だった。
既に輸送船の多くは破壊し尽くされ、残った船も這う這うの体で離脱を開始している。
プラント軍の機体も輸送船団の逃走に合わせて戦線離脱する隙を伺っている様子だった。
だが、それを黙って見逃してやる義理はムウ達には無い。
「追うぞッ 俺に続け!!」
ムウが更なる攻撃を続行しようと、命令を発した時だった。
突如、横合いから閃光が迸り、今まさにムウが攻撃を加えようとしていた輸送船を吹き飛ばしたのだ。
「何っ!?」
驚くムウ。
他のオーブ軍が追いついてきて、攻撃に参加したのだろうか?
初めはそう思った。
しかし、攻撃があった方向に視線を向けると、ムウは自分の考えが間違っていた事に気付く。
ムウが見た先にいたのは、オーブ軍ではなかった。そして勿論、プラント軍でもない。
「北米解放軍だと!?」
呻くように発せられた、ムウの声が虚空に響き渡る。
ウィンダムやグロリアスと言った機体が次々と飛来すると、生き残っていた輸送船団に次々と攻撃を仕掛けていくのが見える。その数は、ざっと見ただけでも数十機に達する。
同様の機体は旧地球連合勢力や、地下のテロ組織も使用している。
しかし東アジア共和国やユーラシア連邦は現在、先の連合崩壊時における東アジア共和国の裏切りを理由に国境線付近において緊張状態が続いて居る為、両国ともに他の場所へと軍を派遣する余裕は無い。
そして小規模のテロ組織では、これ程の数のモビルスーツを繰り出す余裕がある組織は稀である。
以上の事を鑑みれば、彼等が北米解放軍であると言う答えが導き出される。
馬鹿な、と思う。
なぜ、北米解放軍が、この戦いに参戦していると言うのか?
勿論、オーブ側から参戦要請をしたと言う話は聞いていない。最高司令官であるムウが知らないと言う事はつまり、誰も知らないし、そんな事実は無いと言う事だ。
だが、現実として北米解放軍は現れ、プラント軍に攻撃を仕掛けているのは時事Tだ。
彼等がいつの間に宇宙に上がったのか? そしてなぜ、オーブとプラントのに戦いに参加しているのか?
それらを考える暇も無く、北米解放軍は、その砲門をオーブ軍にも向けて来た。
放たれる砲撃によって、1機のアストレイRが吹き飛ばされる。
「クソッ!!」
その光景にムウは悪態をつくと、直ちに行動を起こす。
今の一撃で、彼等が自分達の味方ではない事は判明した。どうやら「敵の敵は味方」と言う状況でも無いらしい。
解放軍が何の目的で、この戦いに介入してきたのかは不明だが、それでも彼等が倒さなくてはならない「敵」である事は判明した。
考えてみれば当然の事だろう。
3年前の北米紛争で、解放軍の勝利に水を差したのは他ならぬオーブ軍である。彼等からすれば、あるいはプラント軍以上にオーブは憎たらしい存在であるに違いない。
だからと言って手心を加えてやる気は更々無いのだが。
ムウは近付いてきたウィンダムをビームサーベルで袈裟懸けに斬り捨て、更に離れた場所にいた機体にビームライフルを浴びせる。
北米解放軍の戦線介入によって状況は混乱を来しつつあるが、それでもムウ達の仕事は変わらない。ただ、目の前の敵を撃ち作戦を遂行する。それだけだった。
その頃になるとシン達も事態の異常に気付いたらしく、攻撃に参加するのが見える。
4枚の翼を広げ解放軍へと突入していくギャラクシー。
その姿に圧倒され、北米解放軍が陣形を乱すのが見えた。
その時だった。
突如、ムウは殺気めいた衝動を感じ、とっさに機体を翻らせる。
と同時に最前までムウがいた場所を、同時多方向から放たれた複数の閃光が薙いで行く。
「新手ッ しかもこいつは!?」
ムウは即座に、相手がドラグーン装備の機体であると見抜き、迎え撃つ体勢を整える。一度の攻撃で複数方向から砲火を浴びせられる武器はドラグーンやガンバレル等のオールレンジ武装以外には考えられない。
そのムウのゼファー目がけて、ドラグーンの回収を終えた機体が挑みかかってくる。
「外したかッ やるじゃねえか、隊長機!!」
ドラグーンストライカーを装備したソードブレイカーを操りながら、ミシェル・フラガは不敵な笑みを見せる。
完全な奇襲をかけたと思った自身の攻撃を、あっさりと回避してのけたオーブ軍の隊長機には、惜しみない賛辞を送りたい気分だった。
その状況が、更にミシェルを猛らせる。
対してムウも相手が容易ならざる敵であると判断し、緊張感を高める。
ムウとミシェルは、互いにビームライフルを翳して突撃していく。
砲火が交錯し、互いに回避運動を取る。
接近する両者。
抜刀した光刃が虚空を薙ぎ払い、互いの盾で防ぎ止める。
火花が飛び散り、互いの視界を焼き尽くす。
「「クッ こいつ、できる!?」」
同時に、全く同じセリフを言って舌打ちしながら、ムウとミシェルは同時にその場から飛び退く。
同時に、エネルギー充填を完了したドラグーンを射出しようとした。
その時だった。
彼方の虚空に、三色の信号弾が上がるのが見えた。
撃ち上げたのはプラント軍の旗艦である。
この時、オーブ軍の攻撃で輸送船団の大半を撃滅され、更に北米解放軍の予期せぬ介入によって戦線が混乱を来したと判断したプラント軍司令部は、艦隊の撤退を決断していた。
物資の大半を失い、さらに被害は拡大中。このままカーペンタリア行きを強行したとしても、最悪、損害ばかりが大きくて届けられる物資はほんの一握りと言う事にもなりかねない。
自分達が撤退しても、まだ地上の部隊が残っている。こうした事態を想定した上での二段構えである。
プラント軍の撤退は、妥当な判断であると言えた。
「くそッ つまらん幕切れだが、これはこれで目的は果たせたし、OKって事にしておこうか」
ミシェルは苦笑しながら、機体を後退させる。
プラント軍の撤退に合わせて、自分達も退くつもりだった。
ふと、尚も佇んでいるオーブ軍の隊長機の方へと視線を向ける。
「あんたとも、いずれは決着をつけてやるよ。それまで生き延びろよな」
捨て台詞のような言葉を吐くと、そのまま撤退していく。
対して、ムウは黙したまま、撤退していくソードブレイカーを見送る。
「あいつは・・・・・・・・・・・・」
知らずに、言葉が口を突いて出る。
心に棘のように刺さる違和感。
たった今、剣を交えた相手に対する興味が、ムウの心に残り続ける。
だが、
結局、それが何なのか、ムウには判らずじまいだった。
2
戦いは、オーブ軍の勝利に終わった。
プラント宇宙軍は本国防衛軍まで出撃させての一大作戦に打って出た訳だが、オーブ軍が予期せぬ全力迎撃作戦に出てきたため、護衛部隊は大損害を被ってしまった。
更に後半には肝心の輸送船団も、襲撃を受け、実に全体の7割近くを喪失。
このままカーペンタリアに行っても予定の物資を届ける事は不可能な事は明白である。のみならず、作戦を強行しようとすればさらなる余計な損害を喰らう事も考えられる。
現状を鑑みたプラント軍司令部は、宇宙艦隊の引き上げを決定。
プラント軍宇宙部隊は、カーペンタリアを目前にして空しく引き上げざるを得なくなった。
一方、
勝利したオーブ軍だが、その状況を手放しで喜んでいる暇は無かった。
プラント軍の残る片割である、ジブラルタルを発して大西洋を南下した水上部隊は、既にホーン岬を回って太平洋に入り、カーペンタリアまで指呼の間に迫っている。
この艦隊がカーペンタリアに入ってしまえば、結局のところ補給が行われてしまい、オーブ軍の勝利は水の泡と化してしまう。
それ故に、プラント軍宇宙艦隊を撃退したオーブ軍主力は、ただちに次の行動を起こすべく動いた。
不揃いの翼をゆっくりと羽ばたかせ、エターナルスパイラルはオーブ艦隊の前方を進んで行く。
眼下に広がる蒼い地球が、視界の中でゆっくりと迫ってくるのが見えた。
「まったく、目まぐるしいよな、ほんと」
「あはは、その意見には全くの同感だよ」
ヒカルのボヤキに対し、カノンは苦笑を返すしかない。
つい先日、宇宙に上がったと思ったら、すぐにとんぼ返りで地球に戻る事になるとは。しかも今度は、降下と同時に敵との交戦が予想される状況である。
ユウキ・ミナカミが立案した作戦は、言ってしまえばプラント軍の心理的状況を突く物だった。
まずはプラント軍の宇宙艦隊に対し、全力で迎撃を行う。
これにはプラント軍の撃退と同時に、南半球一帯上空の制宙権を確保すると言う意味合いも含まれていた。
そして、敵の頭を押さえる事に成功した時点で、今度は降下襲撃作戦を敢行。プラント軍水上艦隊を頭上から襲い、撃滅する。
言ってしまえば、時間差をつけた各個撃破。プラント軍が水上と宇宙の二つに軍を分けて並列的な作戦を実行したのに、オーブ軍もまた二段構えの作戦を立てていた訳である。
オーブ軍の持つ、少数精鋭故の機動力があって、初めて可能となる作戦である。
ヒカルの言うとおり、状況の目まぐるしさには呆れてしまう思いであるのは確かだった。
戦力的に乏しいオーブ軍。
受領したばかりのエターナルスパイラルまで、この作戦に投入しようと言うのだから、この作戦がいかに無茶であるかは、押して知るべしと言ったところだ。
とは言え、
作戦に対する不安は、少なくともヒカルの中には無い。
それはあるいは、幼馴染の少女が背中を守ってくれているからかもしれなかった。
やがて、作戦開始時刻が来る。
全ては、この戦いで決まる。
オーブがこの戦争を生き残れるかどうか、この一戦に掛かっていた。
「行くぞ、カノン」
「うん、いつでも」
ヒカルの言葉に、カノンは頷きを返す。
それを受けて、ヒカルはエターナルスパイラルの進路を、ゆっくりと大気圏へ向けて行った。
カーペンタリア基地は今、大歓声に包まれようとしていた。
オーブとの戦闘が本格的に始まって以来半年。オーブ軍が行ったゲリラ戦により、補給線を徹底的に破壊され、補給は滞る一方であった。
だが、そんな苦難の日々も、間も無く終ろうとしている。
視界を埋め尽くすほどの大船団。
あの船団には、カーペンタリア基地が待ち望んだ補給物資が大量に積まれている。
物資さえ手に入れば、自分達は100年だって戦える。
食料があれば、空腹にあえぐ兵士達を満たす事ができる。
医薬品があれば、負傷兵達に充分な治療を施したやる事ができる。
代替部品があれば、損傷した機体を完璧に修理する事ができる。
誰もが希望に満ちた表情で、近付いて来る輸送船団を眺めている。
その輸送船団こそ、間違いなく彼等にとって、最後の希望であった。
と、その時だった。
「おい、あれは何だ!?」
1人の兵士が空を仰いで指差し、何事かを叫ぶ。
釣られるように、数人が同じように空を見上げる。
そこには、灼熱の光を帯びてゆっくりと振ってくる、無数の物体が存在している。
旧世紀の人間が見れば、あるいは「UFO」と称したかもしれないその光景は、しかしプラント軍の兵士達にとっては最も見慣れた存在であった。
そして、その光景が意味する事も。
彼等が見ている前に、一定高度に達した「UFO」が一斉に弾ける。
その中から、人型をした機動兵器が多数飛び出してくる。
「オーブ軍だ!!」
誰かが叫んだのを皮切りに、パニックが誘発される。
宇宙空間でプラント軍宇宙艦隊と交戦していた筈のオーブ軍主力が、神速の勢いで引き返してきたのだ。
そして、今まさに、カーペンタリアへ入港しようとしていたプラント軍の輸送船団に、上空から襲い掛かった。
たちまち、上空から閃光が降り注ぎ、入港準備を進めていた輸送船団に降り注いでいく。
爆装したイザヨイが飛び交い、船団目がけて小型爆弾を雨霰と振らせる。
爆発と水柱が立ち上り、カーペンタリア沖の海上は阿鼻叫喚の地獄と化した。
プラント軍としても、ジブラルタルからの長距離行程を9割がた終え、入港を目前に疲労困憊の状態で気が抜けていた事があり、このオーブ軍の奇襲攻撃に全くと言って良い程、対応できなかった。
輸送船団は、次々と火柱を上げて撃沈していく。
その光景を、カーペンタリア基地の兵士達は、呆然としたまま見つめる事しかできなかった。
自分達の希望が、
戦うための物資が、
空しく海の底へと沈んで行く。
皆、一様にガックリと膝を突く。
我が物顔で空を飛びかい、輸送船団を沈めていくオーブ軍。
その様子を、カーペンタリア守備兵達は指を咥えて見ている事しかできない。
精強を誇るプラント軍兵士達の士気を、正しく冗談抜きにして、根こそぎ粉砕してしまった。
この作戦を考えたユウキは、自身の悪どさに、思わず苦笑してしまったほどである。
ユウキが敢えて地上を放置する形で全軍を宇宙に上げたのは、全てこの為であった。
まずは宇宙の敵を排除して制宙権を確保する。ここまでが、作戦の第一段階。
続く第2段階では、プラント軍海上部隊のカーペンタリア入港時期を見計らい、降下襲撃作戦を実行する。
カーペンタリアに立て籠もっている兵士達は、誰もが輸送船団の入港を待ち望んでいる筈。いわば輸送船団が、彼等の最後の希望と言う訳だ。
では、その最後の希望を、目の前で完膚なきまでに叩き潰してやれば、どうなるか?
もはや限界を超えているプラント軍の兵士達の士気は、立ち直る事ができない程に砕け散る事は間違いない。
わざわざカーペンタリアの目前で輸送船団を撃破して見せたのは、そのような理由からだった。
そして、そのユウキの悪魔の如き目論みは、膝を屈し、あるいは呆然と立ち尽くしているプラント軍の兵士達を見れば一目瞭然であった。
もはや、彼等の元に物資が届く事はあり得ない。
あるいは、ほんの少しくらいならオーブ軍が撃ち漏らした船が運よく入港する事はありうるかもしれないが、それでカーペンタリアにこもる兵士全員を満たす事は不可能だろう。
オーブ軍の攻撃は、まさにカーペンタリアの最後の希望を打ち砕いたのだった。
戦線に参加していたヒカルとカノンは、直掩部隊に属し、迎撃に上がってくるプラント軍機と戦い続けていた。
オーブ軍の神速とも言える作戦行動に翻弄されたプラント軍水上部隊、及び輸送船団の動きは鈍く、反撃も散発的な物に留まっていた。
既に眼下にある輸送船団は6割近くが炎に包まれて沈みつつある。
哀れな光景だった。
ジブラルタルからこの南太平洋まで苦労して物資を運んできて、そのゴールを目前にして海に沈んで行く輸送船とそのクルー達。
そして、半年に渡る封鎖戦に耐え、ようやく見え始めた希望の光を目の前で叩き潰されたカーペンタリア守備軍兵士達。
自分達の作戦の結果とはいえ、彼等には同情を禁じ得ない。
勿論、それで手加減する気は一切無いのだが。
その時だった。
「ヒカル、新しい反応が!!」
カノンの声に、ヒカルは我に返ってモニターに目をやる。
そこには、こちらに急速に接近してくる機影が映し出されていた。
進撃方向と数から見て、味方ではありえない。
「熱紋照合完了。ユニウス教団だね」
カノンの言葉に、ヒカルは僅かに目を細める。
ユニウス教団。
妹、ルーチェが聖女として君臨している組織が、またしても自分達の前に立ちはだかろうとしている。
彼等の狙いが、攻撃を受けるプラント軍の支援である事は考えるまでも無かった。
「行くぞ、カノン。奴等を迎え撃つ!!」
「オッケー!!」
カノンの返事を聞きながら、ヒカルはエターナルスパイラルを駆ってユニウス教団軍へと向かう。
ユニウス教団の主力機であるガーディアン。その姿は、北米紛争時から大きく変わってはいないが、それでもバージョンアップはされていると予想された。
更に、見慣れない機体が何効か混じっているのが見える。
ずんぐりした外見を持つガーディアンとは異なり、やや細身のシルエットと縦に長い頭部が特徴的な機体は、これまで見た事がない物である。
UGM-06「ロイヤルガード」
ユニウス教団がプラントからの技術支援を受けて新たに開発した機体である。防御重視のガーディアンとは異なり、よりオーソドックスに機動性と汎用性を重視した機体だった。
未知の性能を持つ新型。
だが、
ヒカルは躊躇する事無く、エターナルスパイラルを飛び込ませた。
不揃いの翼が羽ばたき、撃ち放たれる砲火を回避。
同時に機体を上昇させて空中に固定すると、両手のビームライフルと、両腰のレールガンを展開して構える。
一斉に放たれる4連装フルバースト。
それらが、防御の間を与える事も無く、ガーディアンの頭部や手足を吹き飛ばして戦闘力を奪う。
更にヒカルはティルフィング対艦刀を抜刀すると、ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを起動してエターナルスパイラルを加速させる。
向かってくる2機のロイヤルガード。
対して、間合いに入った瞬間、ヒカルはティルフィングを袈裟懸けに振るう。
振り抜かれた大剣の刃は、ロイヤルガードの左腕と左足を一緒くたに斬り飛ばしてしまった。
更に、その横にいる機体に対しては、左手で抜き打ち気味にビームサーベルを抜刀して首を斬り飛ばした。
たとえ新型機とは言え、ヒカル達の敵ではなかった。
一瞬、動きを止めるエターナルスパイラル。
砲火を集中させようと接近してくるガーディアンの群。
前衛を司る機体は陽電子リフレクターを展開し、後衛の機体が砲門をエターナルスパイラルに砲撃を加えてきている。
あまり見ないフォーメーションである。
しかし、
ヒカルはエターナルスパイラルの左肩からウィンドエッジを抜き放つと、ブーメランモードにして投擲する。
旋回しながら飛翔するブーメラン。
その刃は、旋回しながら戻ってくると、今まさに砲門を開こうとしていたガーディアンの頭部を斬り裂く。
頭部を失い、照準が付けられなくなるガーディアン。
その攻撃に、前衛についていたガーディアンのパイロットの気が一瞬削がれた。
次の瞬間、カノンがレールガンを展開して斉射。ガーディアンの両腕を吹き飛ばした。
更に、ヒカルはレールガンの砲身に併設された鞘から高周波振動ブレードを抜刀すると、フルスピードで距離を詰めて斬りかかる。
アンチビームコーティングを施したブレードの刀身には、陽電子リフレクターもビームシールドも用を成さない。
シールドは一瞬にして斬り裂かれ、ガーディアン本体も斬り飛ばされた。
エターナルスパイラルの圧倒的な戦闘力を前にしては、ユニウス教団の機体と言えども敵ではなかった。
その頃になると、他のオーブ軍機も戦線に加わり、エターナルスパイラルを支援する形で砲門を開いている。
このまま押し切る事が出来るか?
誰もがそう思い始めた時だった。
突如、オーブ軍の陣形の一角が、強引に突き崩された。
「ッ!?」
「な、何!?」
迸る閃光に、味方機が一瞬にして爆炎へと姿を変える。
その様を見て、ヒカルとカノンが目を見張る中、
「それ」は姿を現した。
通常のモビルスーツよりも一回り大きな巨体に、背部と肩部には大きく張り出した翼を思わせるユニットを、合計で4基背負っている。双眸のカメラアイを備えた頭部と、太い四肢が特徴的な機体である。
UGM-X02「デミウルゴス」
造物主の名を与えられたこの機体は、ユニウス教団の新たなる旗機である。
そして、
「魔王、見つけました」
そのコックピットに座した仮面の少女にとって、新たなる剣でもあった。
以前のアフェクションが、女神を思わせる流麗な機体で会った事を考え併せると、どこか禍々しさを感じさせる重厚な機体である。
仮面の奥で
以前対峙した時と機体の特徴が大分変っているが、それでも見間違えるはずもない。
目の前の不揃いの翼を従えた機体こそが、魔王に間違いないと。
次の瞬間、
デミウルゴスの背部と肩部の4枚のユニットが跳ね上がり、そこから無数のドラグーンが射出された。
1機に就き12基。
合計48基のドラグーンが空中に投げだされ、エターナルスパイラルを包囲するように展開される。
「ヒカル!!」
「ああ!!」
ヒカルとカノンは頷き合うと、とっさに対抗するようにエターナルスパイラルの左翼からドラグーン4基を射出。ビームライフル、レールガンと合わせて24連装フルバーストを解放。対抗するように砲火を放つ。
両者の間で、凄まじい砲火の応酬が成される。
エターナルスパイラルの砲撃が、複数のドラグーンを破壊する。
しかし、その間にアルマは複数のドラグーンを側面から回り込ませて、エターナルスパイラルに攻撃を仕掛ける。
手数に任せた攻撃を前にして、流石のエターナルスパイラルでも対応が追い付かない。
「チィッ カノン!!」
ヒカルはデミウルゴスの攻撃を上昇を掛けつつ回避し、後席の相棒へと声を掛ける。
その声を受け、ヒカルの意思を理解したカノンは、ビームライフルとレールガンでデミウルゴスへ砲撃を浴びせる。
しかし、まっすぐに伸びた閃光は、デミウルゴスが前方に稼働させた大形ユニットによって弾かれ、用を成さなかった。
ドラグーンのプラットホームでもあるこのユニットは、同時に独立稼働する防御ユニットでもあった。
舌打ちするヒカル。
同時にティルフィングを抜刀すると、フル加速で斬り込んでいく。
対抗するように、アルマもまたビームサーベルを抜いて迎え撃つ。
エターナルスパイラルの大剣は独立ユニットに防がれ、逆にデミウルゴスの剣はビームシールドによって弾かれる。
ヒカルとアルマ。
運命によって無情にも引き裂かれた兄妹は、互いに戦場に立ち、剣を振るい続ける。
《魔王、あなただけは、許さない!!》
「なッ!?」
突然、オープン回線で聞こえて来た声に、ヒカルは絶句する。
その声が、幾度か聞いた事がある聖女の物である事にすぐに気付いたからだ。
「お前!?」
《わたくしは、あなたを決して許さない!!》
憎悪のこもった声で言いながら、
同時に繰り出されたビームサーベルを、ヒカルはビームシールドで防御して押し返す。
だが、憎しみのこもった剣は、その程度では収まらない。
アルマは更にビームサーベルを振り翳して、エターナルスパイラルに斬りかかってくる。
「よせッ やめるんだ!!」
対抗するようにティルフィングを振るいながら、ヒカルは必死になって叫ぶ。
互いの剣が機体を掠め、同時にフルスロットルで、すれ違うようにして通り過ぎる。
カメラ越しに一瞬、兄妹の視線が交差する。
《あなたはわたくしの、最も大切な友人を奪った。その罪、あなたの命で贖っていただきます》
「何をッ!?」
言いつのろうとするヒカル。
だが、その前にアルマは斬りかかってきた。
《レミリア・バニッシュを殺した罪ッ 忘れたとは言わせない!!》
「クッ!?」
心の傷を容赦なく突かれる。
とっさに、繰り出された剣を回避するので精いっぱいだった。
自分が殺した。
レミリアを。
確かに、その通りだ。
直接手を下したのはレオス・イフアレスタールだが、守れなかったのはヒカルである。
その事について責められたら、一言たりとも反論する事は出来ない。
《死になさい!!》
ドラグーンを引き戻し、砲撃を仕掛けようとするアルマ。
しかし、
そこへ砲火が集中される。
エターナルスパイラルの苦戦を見た一部のオーブ軍が、掩護の為にかけつけてくれたのだ。
見れば、既に海上のプラント軍艦隊は全滅に近い損害を被っており、更に参戦したユニウス教団軍も半数近くが撃墜されている。
これ以上の戦闘は、完全に無意味だった。
《仕方がありません。ここは引かせてもらいます》
「待てっ!!」
慌てて追おうとするヒカル。
だが、それよりも早く、アルマは機体を翻して離脱して行く。
《ですが、あなたの事は必ず討ち果たします。我が友、レミリアの名に掛けて。それを忘れないでください》
そう言い残すと、アルマは一散に飛び去っていった。
PHASE-05「通り過ぎる視線」 終わり
機体設定
UGM-06「ロイヤルガード」
武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
近接防御機関砲×2
胸部陽電子リフレクター発生装置×1
備考
ユニウス教団がプラント軍の技術協力を得て開発した新型主力機動兵器。ガーディアンに比べると細い印象のある機体で、防御力よりも機動力を重視した機体となった。基本武装は上の通りだが、状況に合わせて武装を追加する事もできる。
UGM-X02「デミウルゴス」
武装
ビームキャノン×3
パルマ・フィオキーナ改掌底中距離ビーム砲×2
近接防御機関砲×2
強化型ビームサーベル×1
ドラグーン搭載型防盾アイアス×4
ドラグーン×48
パイロット聖女アルマ(ルーチェ・ヒビキ)
備考
ロイヤルガード同様、プラントの技術を導入して開発されたユニウス教団軍の新たなる旗機。通常のモビルスーツよりも一回り大きい(デストロイよりは小さい)のが特徴で、独立稼働する盾や、そこから射出されるドラグーンを持つ。
アフェクションが防御重視型の機体だったのに対し、こちらはあきらかに攻撃重視型の機体となっており、今後、ヒカル達の前に巨大な敵として立ちはだかる事が予想される。