機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
それは、オーブ奪還がなった半年前の事だった。
戦後処理が終わり、格納庫内部は損傷機の収容や修理に段取りを行う整備員たちでごった返している。
勝ったとはいえ、オーブ軍も大きな被害を受けてしまっている。損傷機を修理して復帰させるのは急務である。
戦闘自体は終了したが、整備員達の戦いは、むしろこれからが本番であると言えた。
そんな中、1人。
キラは、ある機体の前に佇んで、何やら腕組みをしていた。
キラの前にある機体は2機。そのどちらも、激しく損傷している。
1機はエターナルフリーダム。
もう1機は、スパイラルデスティニー。
キラの息子と、その息子が心を通わせた少女が、それぞれ駆っていた機体である。
オーブ奪還作戦の最終局面で互いに剣をかわし合った2機は、その身を激しく損傷させた状態で、今は寄り添うようにひっそりと佇んでいた。
と、
「よう、キラ。ここにいたか」
「何してるのよ、こんな所で?」
声を掛けられて振り返ると、見慣れた顔が並んで歩いて来るのが見えた。
サイ・アーガイルとリリア・アスカ。
共に、キラにとっては古い友人達である。
戦いの後で再会を果たした3人だが、今はその喜びを分かち合う間もなく、こうして機体の修理や検証に奔走していた。
2人はキラの元まで歩いて来ると、同じように2機を見上げた。
「この2機が、どうかした?」
「うん・・・・・・・・・・・・」
問いかけるリリアに対して、キラは生返事のような頷きを返してから口を開いた。
「この2機・・・・・・・・・・・・」
言ってから、少し間を置くキラ。
まるで、何かを考えているかのような旧友の仕草に、サイとリリアは揃って首をかしげる。
ややあって、キラは先を続けた。
「この2機、早めに修理した方が良いだろうね」
「これを、か?」
釣られるようにして、サイも2機を見上げる。
元は流麗な姿をしていたエターナルフリーダムとスパイラルデスティニーは、既にその機体を大きく損傷させている。
その損傷具合が、2機の交わした砲火のすさまじさを如実に物語っていた。
「ちょっと、難しいんじゃない?」
専門家としての見地から、リリアはキラの言葉に難色を示す。
スパイラルデスティニーの方は損傷が大きい。見た目の被害は元より、損傷はエンジン部分にも及んでおり、修理にはエンジンを換装する必要がありそうだった。レミリアが行った原子炉緊急閉鎖措置があとコンマ何秒か遅かったら、彼女もヒカルも原子レベルで塵と化していた可能性がある。
一方のエターナルフリーダムの方は、こちらはエンジンは無事だが、これまで幾度も損傷と修理を繰り返した関係で、機体各所にガタがきている状態だった。
勿論、サイとリリアはエターナル計画に携わり、この2機への思い入れは誰よりも深い。
しかし、それでもメカニックのプロとして、感情を抜きにして機体を見た場合、放棄が妥当のように思えるのだった。
「無理とは言わないけど、やっぱりちょっと、難しいと思うな」
「そっか・・・・・・・・・・・・」
リリアの説明を受け、キラは暫く考え込む。
やがて、何かを決意したように顔を上げた。
2
幼馴染の乗った機体が斬り裂かれる光景が、彼方に遠望できる。
それを見て、カノンは悲鳴を上げるのを止められなかった。
ヒカルの乗ったセレスティフリーダムが、ヴァルキュリアの大剣によって斬り裂かれる光景が見えた。
先に潰された頭部に加え、今度は左腕、左足、左翼を一気に斬り飛ばされている。
「ヒカル!!」
呼びかける声に、返事は返らない。
ただ、セレスティフリーダムは力を失ったようにバランスを崩して漂うのが見えた。
次の瞬間、
カノンの中でSEEDが弾ける。
感覚が増幅され、全ての事象を並列的に近くできるようになる。
動きに鋭さが増し、あらゆる事柄が、まるでスローモーションのように知覚できた。
この感覚は何なのか?
考える間も無く、カノンは動く。
カレン、フェルド、イレスがカノンのセレスティフリーダムを取り囲み、三方から攻撃を仕掛けてくる。
しかし、それらの攻撃を全て、カノンは神業的な機動を見せて回避して見せた。
「邪魔ッ!!」
叫びながら、カノンは8枚の蒼翼を羽ばたかせる。
他の者に構っている暇は無い。今最優先にするべき事はヒカルの救出だった。
彼女の視界の中で、ヴァルキュリアは既にアスカロンを振りかぶっている。後はそれを振り下ろすだけで、セレスティフリーダムは真っ二つにされてしまうだろう。
ヴァルキュリアのコックピットの中で、クーヤは笑みを浮かべる。
「これで最後よ、魔王。その悪逆に相応しい地獄へ落ちなさい!!」
言い放つと同時に、大剣を振り下ろす。
しかし次の瞬間、
放たれた砲撃が、ヴァルキュリアへの命中コースを取って迫ってきた。
「クッ!?」
とっさに機体を後退させて回避するクーヤ。
そこへ、砲撃を浴びせたカノンが駆けつける。
「待っててヒカル。すぐ安全なとこに連れて行くから!!」
そう言うと、カノンは更にヴァルキュリアへと砲撃を浴びせて牽制しようとする。
しかし、クーヤもまた、すぐに体勢を立て直すと、ドラグーンとファングドラグーンを射出して迎え撃つ。
向かってくるドラグーン。
対して、
「どいてッ!!」
カノンは自身の進路を塞ぐドラグーンのみをピンポイントで狙い撃ちにすると、開いた空間をすり抜けようとする。
だが、
「無駄よッ!!」
カノンの動きを先読みしたクーヤが、アスカロンを鋭く振り抜く。
射出される斬撃の軌跡。
次の瞬間、カノンのセレスティフリーダムは、右翼を一緒くたに斬り飛ばされた。
「あぐッ!?」
悲鳴を上げるカノン。
バランスを崩した機体の速力が落ちるが、OSがすかさず補正を掛ける。
しかし、機動力が落ちた間に、ヴァルキュリアに距離を詰められてしまった。
「よくも邪魔してくれたわねッ 魔王と共に散りなさい!!」
振り上げられる大剣。
その刃が、立ち尽くすカノンのセレスティフリーダムへと振り下ろされようとした。
次の瞬間、
流星の如く駆け抜けてきた機体が、紅い炎の翼を羽ばたかせてヴァルキュリアへと迫った。
振りかざされる双剣。
その攻撃を、クーヤは舌打ちしながらとっさにシールドで弾く。
その視界の中には、黒い装甲を持ち、深紅の翼を広げたクロスファイアが、カノンのセレスティフリーダムを守るようにして佇んでいた。
《カノン、今の内にヒカルをお願い!! アークエンジェルへ!!》
何事かの理由で戦闘開始当初は姿を見せていなかったキラ達だが、どうやら土壇場で間に合ったらしかった。
「おじさん、判った!!」
キラの援護を受けて、再びヒカルの機体へと寄って行くカノン。
それを阻止しようとクーヤも動く。
「行かせないわよ!!」
アスカロンを振り翳して、カノン機を追おうとする。
が、
エストの援護でヴァルキュリアの動きを先読みしたキラは、牽制するようにブリューナク対艦刀を振るい、クーヤを妨害する。
「邪魔はさせない」
「クッ」
まるでキラの言葉が聞こえたかのように、クーヤは舌打ちを洩らす。
臍を噛むクーヤ。
その間にカノンは、大破して動きを止めたヒカルの機体へと寄り添う。
「ヒカルッ!!」
呼びかけに対して反応は無い。
焦燥が募るが、今はとにかく一刻を争う。
カノンはヒカルのセレスティフリーダムを抱え上げると、キラに指示されたとおり、アークエンジェルを目指して飛び去って行った。
鋭い槍の突き込みを、アステルは軽やかな機動で回避する。
同時に分離したリフターが、リバティの後方に回りつつ掩護射撃を敢行。更に、ギルティジャスティス本体も、ビームサーベルとビームブレードを振り翳して斬り込んで行く。
対して、
「甘いッ!!」
カーギルは低い声と共に背後からの砲撃を回避すると、そのまま槍を振り翳して突貫する。
槍の使い道は、何も「突き」だけではない。その長大な柄と先端の刃を利用した「薙ぎ払い」も、侮れない程の威力を発揮する。
豪風を撒くが如き勢いで襲い来るロンギヌスの槍。
次の瞬間、アステルのギルティジャスティスは、上昇するようにして旋回する槍を回避。同時に脚部のビームブレードを繰り出す。
だが、当たらない。
アステルの刃が届く前に、カーギルは機体を捻り込ませるようにして斬撃の範囲外へとのがれたのだ。
両者、そのまますれ違うと、同時に機体を振り返らせてビームライフルを放つ。
互いが放つ閃光は、しかし共に両者を捉える事は無く、空しく虚空を薙ぐにとどまった。
「ならば」
アステルは低く呟くと、両肩からウィンドエッジを抜き放ち、ブーメランモードで投擲する。
旋回しながらリバティへと向かう刃。
対して、
「そんな物で!!」
ロンギヌスを振るい、飛んできたブーメランを薙ぎ払うカーギル。
そこへ、リフターと再合体したギルティジャスティスが、ビームサーベルを構えて斬り込んでくる。
対抗するようにロンギヌスを振り翳すリバティ。
互いの刃が、虚空の中で再び激突した。
3
収容と同時に機体はクレーンでつるされ、メンテナンスベッドへと運ばれる。
固定すると同時に消火剤を吹きかけられて緊急冷却される。
頭部は完全に破壊され、左腕と左翼、左足も失っている。ここまで損傷が激しいと、修理するのにも容易な話ではない。
やがて、機体表面の冷却が確認されると、コックピットハッチが強制解放され、中から人が引きずり出された。
その様子を傍らで見ていたカノンは、引きずり出され幼馴染の姿を見て、ホッと息を付いた。
やがて、ヒカルが手すりにもたれかかるようにして座り込むと、カノンが駆け寄って行った。
「ヒカル、無事で良かった!!」
声をかけるカノン。
しかし、
ヒカルは少女の声には答えず、荒い息を吐き出したまま虚空を眺めている。
と、
《お二人とも、無事ですね。良かった》
突然、空中から飛び出すように、ラクスが出現した。
アークエンジェル艦内に限って、ラクスは任意の場所へ瞬時に移動する事ができる。勿論、プライベートな空間に移動する事は自主的に控えているとの事だが、慣れない人間にはかなり奇異に映る光景である事は間違いない。
「ラクス様、ヒカルが・・・・・・」
《どうかしましたか? どこか、怪我でも?》
カノンの肩越しに、ラクスも座り込んでいるヒカルを覗き込む。
ヒカルは先程よりは落ち着いた様子で、吐き出す息も穏やかになりつつあった。
ただ、相変わらず、視線は2人には向けられず、どこか遠い所を見ている印象がある。
怪訝に思ったカノンとラクスが互いに顔を見合わせて首をかしげる中、ヒカルはノロノロとした調子で立ち上がった。
「ちょ、ちょっとヒカル!!」
背を向けるヒカルを、慌てて引き留めるカノン。
だが、
「放せ・・・・・・・・・・・・」
掠れた声で、ヒカルは拒絶の言葉を吐く。
その何かに取りつかれたような声に、思わず肩を震わせ手を緩めるカノン。
と、
《どちらに行かれるのですか?》
殊更低い声で放たれた言葉は、ラクスの物だった。
振り返れば、いつに無く厳しい表情を浮かべたラクスが、真っ直ぐにヒカルを見据えていた。
「おばさん?」
《そんな体と心で、また戦いに赴こうと言うのですか、ヒカル?》
決まっているだろ。
ヒカルは心の中で呟きを漏らす。
自分はレミリアを守る事ができず死なせてしまった。
ならばせめて、彼女の最後の願いを聞き遂げて戦い続ける事が、彼女の想いに答える事になる。
ヒカルはそう信じていた。
そんなヒカルに対し、ラクスはあくまで厳しい口調を崩さずに言う。
《あなたがレミリアの死に対して責任を感じていると言うなら、それは間違いです。憎むべきは、あの子を殺した相手であって、あなた自身ではありませんよ》
「そんな事は判ってるよ。けど・・・・・・・・・・・・」
それでもヒカルは、自分を責めずにはいられない。
あの時、もっと自分がうまく立ち回っていれば、レミリアを助けられたかもしれない。そう考えれば、後悔のみ否応なく込み上げてくるのを避けられなかった。
《ヒカル》
そんなヒカルに対し、ラクスは口調を穏やかに改めて言った。
《レミリアの事を思ってくれることは、あの子の母親として、とてもうれしく思います。しかし、このまま、あの子の事を引きずり続ける事は、わたくしも、そして恐らくレミリア自身も望んではいませんよ》
「・・・・・・・・・・・・」
《過去を忘れない事は大事な事かもしれません。しかし、過去に囚われ過ぎれば、やがて来る未来への道も自ら閉ざしてしまう事になります》
過去は、所詮過去だ。
忘れろとは言わないし、時折、振り返るのも良いだろう。
しかし、過去ばかりに目をやり、未来に想いを馳せる事をやめれば、いずれは流れ行く時の中で朽ちていく事になる。
ヒカルの可能性は、過去よりもむしろ未来へと広がっている。
その事が判っているからこそ、ラクスは叱咤しているのだ。
「けど、俺は・・・・・・・・・・・・」
言い淀むヒカル。
今はまだ、レミリアを振り切る事は・・・・・・
そう言いかけたヒカル。
次の瞬間、
「いい加減にしなよ!!」
突然の怒声に、ヒカルのみならず、ラクスまでもが驚いて振り返る。
そこには、小さな体を震わせ、悲しげな眼差しを向けてくるカノンの姿があった。
「カノン?」
「そうやって無茶ばっかりして、どれだけの人がヒカルの事心配してると思っているのよ!?」
詰め寄ってくるカノン。
その迫力に、ヒカルは僅かにたじろくが、カノンは構わず歩み寄る。
「ヒカルは結局、格好つけたいだけでしょ!! レミリアの事をダシにしてさッ」
「違う、俺は!!」
「違わないッ そうやって殻に閉じ籠って、自分1人の世界に浸って満足して、周りの事なんて全然考えてないでしょッ どうせ、自分なんか死んでもいいとか思っちゃったりしてさ!!」
「お前なッ」
カノンの言葉に、流石のヒカルも激昂しかける。
言って良い事と悪い事があるが、今のカノンの言葉は間違いなく、ヒカルの琴線を強かに突いていた。
このままでは、互いの間に溝ができる可能性すらある。
だが、そんな2人の様子を、ラクスは黙したまま見守っていた。
ここは自分が口出す場面ではない。
つい先日、カノンがヒカルを立ち直らせるカギになるかもしれない、と言ったのは他ならぬラクス自身である。ならばここは、任せてみた方が良いと思ったのだ。
と、
カノンは手を伸ばし、そっと包み込むようにしてヒカルの手を取った。
まるで、逃がさない、と言っているかのようなカノンの態度。
その瞳には、大粒な涙を浮かべている。
「忘れないでよ。あたしだって・・・・・・あたしだって、ヒカルの事が・・・・・・・・・・・・」
先が続かない。
涙のせいで喉が詰まり、声が出てこないのだ。
だが、
そんなカノンの様子にヒカルは、熱していた脳が徐々に冷まされていくのを感じた。
自分は、何をそんなに焦っていたのだろう?
確かに、レミリアを守れなかったのは自分だ。その事の悔いは千載にある。
しかし、その事を理由に戦い続けるのは、結局のところ、レミリア自身の想いを踏み躙る事になるのではないだろうか?
レミリアは無論、ヒカルが死ぬような事を望んではいなかったし、死を賭して自分の想いを叶えてくれとも願ってはいないだろう。
だと言うのに、それを無視するが如く戦い続ける事はヒカルのエゴ、自己憐憫に過ぎなかった。
「カノン、俺は・・・・・・・・・・・・」
「判ってる」
そこで、
カノンは涙に濡れた瞳で、笑顔を浮かべる。
「ヒカルが頑張ってるのは、あたしが一番わかってる。けどね、一人で頑張りすぎないで。ヒカルが頑張ってるぶんを、ちょっとだけでいいから、あたしにも手伝わせて」
温かい感情が、ヒカルを優しく包み込む。
こんな感覚は、レミリアが死んでから初めての事だった。
自分を包み込んでくれるカノンを、見つめ返すヒカル。
カノン・シュナイゼル
小さい頃から一緒にいた、ヒカルにとっては、もう一人の妹とも言える少女。
しかし今、目の前で自分を包み込んでいる少女の事を見ていると、これまでとは違う何かを感じずにはいられない。
ああ、カノンって、こんなに可愛かったのか。
今まで遮られていた視界が一気に開けるように、ヒカルは純粋にそう思った。
認識した瞬間、ヒカルの中で妙な気恥ずかしさを感じて、頬が熱くなった。
《さて・・・・・・・・・・・・》
頃合と見たラクスが、2人に声を掛ける。
きっと、もう2人は大丈夫。ラクスはそう思っていた。
ならば、この次の背中を押してやるのは、ラクスの役目だった。
《お二人に見せたい物があります。わたくしについてきてください》
ラクスが2人を連れて来たのは、アークエンジェル格納庫の最深部であった。
ラクスが手を翳すと、コードが自動で打ち込まれ、扉が重々しく開かれていく。
《さ、どうぞ》
ラクスに招かれるまま、ヒカルとカノンは格納庫の中へと入る。
ラクスが手を翳すと、ライトが点灯する。
そこで、
「「あッ」」
ヒカルとカノンは、同時に声を上げた。
その視線の先には、1機のモビルスーツが、自身に相応しい主を待ちわびて佇んでいた。
だが、
その機体はいかにも奇妙だった。
まるでチグハグなパーツを繋ぎ合わせたかのように、左右のバランスが取れていない。
右と左で、まるで別の機体のようになっているのだ。
「これって・・・・・・・・・・・・」
ヒカルは何かに気付いたように声を上げる。
エターナルフリーダムとスパイラルデスティニー。
その双方の特徴を、まるで無理やり一つにまとめ上げたかのような印象がある。
機体全体のイメージはエターナルフリーダムに近いが、頭部や左腕の形状はスパイラルデスティニーの物だった。
そして最大の特徴は、翼だろう。
《RUGM-EX14A「エターナルスパイラル」》
言ってからラクスは「コードは便宜上ですけど」と笑う。
エターナルスパイラル。
その名の通り、エターナルフリーダムとスパイラルデスティニーを合わせた機体である事は間違いない。
《ここ半年、キラがサイさんリリアさんに協力してもらって開発していた機体ですわ》
キラはオーブ奪還作戦で大破したエターナルフリーダムとスパイラルデスティニーを見て、この2機を失うのは惜しいと考えた。
しかし、専門家2人の意見は「廃棄」であった。
修復は困難であるとし、新しい機体を建造した方が早いとまで言われた。
しかし、オーブは戦争と復興を同時に行っている状態である為、予算は常に不足している。主力機の量産を行わなくてはならない状況で、新たな特機を建造する余裕はどこにも無い。
そこで、キラは閃いた。
損傷した2機のパーツを組み合わせる事で、より強力な機体を生み出す事ができるのではないか、と。
それが、この機体だった。
本当は出撃前に渡すつもりだったのだが、戦闘開始前の調整に手間取り受け渡しができなかったのである。ターミナル勢の合流が遅れたのは、この機体の受領を待っていたからだった。
「でもラクス様、ヒカルは・・・・・・・・・・・・」
カノンは、ラクスに難色を示す。
心身ともに疲弊しているヒカルを出撃させる事に、カノンは反対なのだ。
だが、
《心配いりませんわ》
カノンの懸念に対し、ラクスはニッコリと笑って答える。
《この機体は複座、つまり2人乗りですから》
前席にはヒカルが乗り込み、後席にはカノンが座る。
機体を立ち上げながら、エターナルスパイラルを発進位置へと持っていく。
機体のベースその物はエターナルフリーダムの物をそのまま流用しているため、ヒカルにとっては慣れ親しんだコックピットの光景がある。
ただ違うのは、後部に座席が増設されている事だろう。
前席は操縦担当、後席は火器管制担当となる。
もっとも、多少の拡張はされたようだが、もともとは単座だった機体を無理やり複座にしたせいで、かなり手狭となっているが。
「カノン」
機体を立ち上げながら、ヒカルが声を掛ける。
「ありがとな」
そう言って、ヒカルは笑みを見せる。
対して、カノンも微笑み返す。
良かった。元のヒカルだ。
安堵感が、カノンを包み込む。
大丈夫。
1人じゃ駄目でも、2人ならきっと大丈夫。
カタパルトに灯が入る。
視界が開け、遠くに迸る閃光が見える。
目を合わせて頷き合う2人。
飛び立つ時を迎える。
ヒカルが貫く正義と、
レミリアが残した願いと、
カノンが秘めた想いとが、
今、一つになる。
其れは、全ての想いを貫く剣。
あらゆる悲劇にピリオドを打つために生み出された切り札。
永遠に飛翔する螺旋の翼。
「ヒカル・ヒビキ」
「カノン・シュナイゼル」
「「エターナルスパイラル、行きます!!」」
加速と共に、機体が射出される。
同時に、翼が広げられた。
右は、エターナルフリーダムの蒼き6枚の翼。
左は、スパイラルデスティニーの紅き炎の翼。
不揃いの翼を広げ、一気に飛びゆく。
プラント軍の方でも、接近するエターナルスパイラルの存在に気付いたのだろう。反転して砲火を集中させてくる。
だが、
ヒカルは背部からティルフィング対艦刀を抜刀すると、スクリーミングニンバスとヴォワチュール・リュミエールを起動してフル加速を掛ける。
当然、そこへ砲火を集中させてくるプラント軍。
しかし、放たれる砲火は、悉く空を切る。
エターナルスパイラルのあまりの加速力を前に、照準が追いつかないのだ。
駆け抜けた瞬間、
振るわれるティルフィング。
次の瞬間、2機のガルムドーガは首を斬り飛ばされて戦闘力を失う。
別の機体が、どうにか追いつこうと、旋回するエターナルスパイラルに迫ってくる。
だが、
ヒカルはその動きを予め見切ると、左肩に装備したウィンドエッジをサーベルモードで抜き放ち、カウンター気味に斬り付ける。
それだけで、ガルムドーガの右腕は肩から斬り飛ばさてしまった。
尚も向かってくるプラント軍。
対して、ヒカルは機体を止めると、左翼のカバー部分から、合計4基のアサルトドラグーンを射出、更に腰部のレールガンと両手のビームライフル、腰部のレールガンを展開、ドラグーン各1基に5門装備された砲を合わせて、24連装フルバーストを展開する。
照準をロックオンし、トリガーを引き絞るカノン。
放たれた閃光は一斉に迸る。
直撃を浴びて、次々と戦闘力を失うプラント軍機。
正に、圧倒的な戦闘力だった。
雑兵如き、数千が一気に掛っても、エターナルスパイラルの影すら捉える事はできないように思える。
《下がれお前等ッ あいつの相手は俺等でする!!》
名乗りを上げて、前へと出たのは、8枚の白翼を広げた3機の機体。
フェルド、カレン、イレスのリバティが、エターナルスパイラル目がけて攻撃を仕掛ける。
《イレスは奴の動きを封じろッ カレンは掩護だッ 俺が突っ込む!!》
言いながら、フェルドは斬機刀を振り翳してエターナルスパイラルへと向かう。
同時にイレスのリバティはドラグーンを射出、更にカレンの機体は全火砲をエターナルスパイラルへと向ける。
放たれる砲火。
次の瞬間、
ヒカルの中でSEEDが弾ける。
同時に、エターナルスパイラルに搭載されたエクシードシステムが起動し、機体性能が劇的に跳ね上がる。
縦横に放たれる砲撃。
しかし、そのうちのただの1発さえ、エターナルスパイラルを捉える物は無い。
イレス達の攻撃を、ヒカルは高速機動でもって回避していく。
そこへ、フェルドが斬り込んだ。
「貰ったぜ!!」
エターナルスパイラルめがけて、真っ向から振り下ろされる斬機刀。
レアメタルを厚重ねした刀身は、その重量自体が既に脅威である。
その刃を、
ヒカルは不揃いの翼を羽ばたかせて回避する。
同時に、
「カノン!!」
「判った!!」
阿吽の呼吸と言うべきか、カノンが素早くレールガンを展開して斉射。接近を図ろうとしていたフェルド機に砲撃を浴びせて吹き飛ばした。
だが、その間に、エターナルスパイラルの周囲にドラグーンが取り巻き包囲される。
《僕の計算通りだッ 死ね、魔王!!》
一斉に放たれる砲撃。
逃げ場は無いかのように思われる。
しかし次の瞬間、砲撃が命中したエターナルスパイラルの機体は、一瞬にして霞のように消えてしまった。
驚くイレス。
エターナルスパイラルはスパイラルデスティニーの特徴も継承しているため、光学幻像を使用する事が可能となる。
イレスが捉えたと思ったのは、エターナルスパイラルの残した虚像に過ぎなかった。
そして、イレスが驚愕する一瞬の隙に、ヒカルは一気に距離を詰めると、両腰からビームサーベルを抜刀し、二刀流の構えを取る。
接近と同時に縦横に繰り出される剣閃。
対してイレスは、ドラグーンを引き戻す余裕すら無い。
次の瞬間、イレス機は両腕、両足、頭部を斬り飛ばされてスクラップと化した。
《イレスを、よくも!!》
双剣を振り切った状態のエターナルスパイラル。
その背後から、カレン機が一斉砲撃を浴びせる。
しかし、
砲火が駆け抜けた瞬間、エターナルスパイラルの機体は掻き消えるように消えてしまった。
舌打ちするカレン。
またも光学幻像。
しかも、カレンがその事に気付いた時には既に、ヒカルは機体を反転させて、自身に向けて砲門を開くカレン機へと向かっていた。
無論、カレンもすぐさま砲火でもって迎え撃とうとするが、光学幻像に加えてヴォワチュール・リュミエールの超加速まで加わったエターナルスパイラルは、カレンの砲撃を次々と回避していく。
照準が定まらないし、捉えたと思った目標は全て虚像であった。
次の瞬間、
ヒカルはティルフィングを抜刀すると、一気に振り下ろす。
その一撃で、カレン機は左腕と左足を一緒くたに斬り飛ばされてしまった。
《クソッ カレン、イレス!!》
仲間2人が瞬く間に無力化されてしまい、フェルドは焦ったように呟きを漏らす。
最高の技量を認められ、議長に対して最高の忠誠を誓う自分達ディバイン・セイバーズ。
その自分達が、たった1人の敵に後れを取るなど、
「あって良いはずがない!!」
加速しながら斬機刀を振り翳すフェルド。
しかし次の瞬間、エターナルスパイラルの左掌が、フェルド機の頭部を捉えた。
エターナルスパイラルの左腕は、スパイラルデスティニーの物をそのまま流用している。
つまり、
発動されるパルマ・フィオキーナ。
その一撃が、リバティの頭部を握りつぶした。
世界最大の軍隊であるプラント軍の中でも、最精鋭を名実ともに謳われるディバイン・セイバーズ。
そのディバイン・セイバーズが3人で掛かって、エターナルスパイラルには敵わなかったのだ。
そこへ、遅ればせながらと言った調子で、駆け抜けてくる機影があった。
《おのれ、魔王!!》
仲間達が手も無くやられていく様子を見ていたクーヤは、激昂して叫ぶ。
世界でも最強の存在である自分達が負けるなど、許されない事である。
ヴァルキュリアを加速させるクーヤ。
その姿を、コックピットの中でヒカルとカノンも睨み付ける。
「あいつッ」
「やるぞカノン。力を貸してくれ!!」
言い放つと同時に、不揃いの翼を羽ばたかせるヒカル。
ほぼ同時に、クーヤもドラグーンとファングドラグーンを射出。エターナルスパイラルに向かわせる。
放たれる砲火。
その攻撃を、ヒカルは加速と虚像で緩急をつけた機動を展開して回避。同時にカノンが、ビームライフルとレールガンで4連装フルバーストを放つ。
向かってくる4条の閃光を回避するクーヤ。そのまま加速を掛けつつ、アスカロン対艦刀を振り翳して斬り込んで行く。
対抗するように、ヒカルもティルフィングを抜いて応じる。
繰り出される斬撃。
その攻撃を、互いに機動力を発揮して回避する両者。
更なる斬撃の応酬を繰り返すも、互いに決定打を奪えない。
と、その時だった。
プラント軍艦隊の方から、3色の信号弾が打ち上げられるのが見えた。
その様子に、クーヤは驚愕する。
「撤退ッ 馬鹿な!?」
ここで撤退したら、自分達が魔王に屈してしまった事になる。それだけは絶対に避けなくてはいけないと言うのに。
しかし、命令が出た以上、従わない訳にはいかない。
悔しい思いを噛みしめて、機体を反転させるクーヤ。
その視界の中で、徐々にエターナルスパイラルの姿が小さくなっていく。
追ってくる気配は無い。
敵が退くと言うなら、ヒカル達に追撃する意思は無かった。
その事が、更にクーヤに屈辱を与える。
よりによって、魔王に慈悲を受けるとは。
アンブレアス・グルック議長に認められ、自らを勇者として自任するクーヤにとっては、死よりも受けいら難い屈辱だった。
「今に見ていろ・・・・・・次こそは必ず・・・・・・」
エターナルスパイラルの不揃いの翼を遠くに睨み据え、クーヤは低い声で呟くのだった。
PHASE-04「永遠に飛翔する螺旋の翼」 終わり
機体設定
RUGM-EX14A「エターナルスパイラル」
武装
高出力ビームライフル×2
アクイラ・ビームサーベル×2
ビームシールド×2
スクリーミングニンバス改×1
頭部機関砲×2
アサルトドラグーン機動兵装ウィング×4(左翼)
ティルフィング対艦刀×1
ウィンドエッジ・ビームブーメラン×1(左肩)
クスフィアス改複合レールガン×2
高周波振動ブレード×2
パルマフィオキーナ掌底ビーム砲×1(左手掌)
パルマエスパーダ掌底ビームソード×1(右手掌)
クラウソラス超高密度プラズマ収束砲×1(右翼)
パイロット:ヒカル・ヒビキ
ガンナー:カノン・シュナイゼル
備考
オーブ奪還作戦の際に大破して回収されたエターナルフリーダムとスパイラルデスティニーを回収し、キラ・ヒビキ主導の元に開発された機体。ベースになったのは損傷の小さかったエターナルフリーダムであり、足りない部品や部位をスパイラルデスティニーの物で補っている。開発、と言えば聞こえはいいが、要するに苦肉の策に近く、両機の無事なパーツを無理やり組み合わせた為、当然ながら機体バランスはかなり悪い。武装のハードポイント等も左右でチグハグであり、完璧に乗りこなすのは困難である。
ただ、最高性能の2機を組み合わせ、その特性を受け継いだだけの事はあり、性能はかなり高い。エクシードシステムを搭載しており、パイロット乃至ガンナーがSEED因子を発動した場合、性能を飛躍的に高める事が可能。また、右翼のバラエーナは取り外され、代わりにクラウソラス超高密度プラズマ収束砲を搭載している。
事実上、ZGMF―EX001A「クロスファイア」に近い性能となっており、同機の後継機に近い。