機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-03「天秤上の攻防」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラント軍動く。

 

 その情報は、ターミナルを通じてすぐさまオーブ本国にももたらされた。

 

 艦艇70隻、機動兵器800機を誇る大軍は、まさに現在のプラント軍の全戦力を投入した形となっている。

 

 東欧戦線、オーブ防衛戦、カーペンタリア攻防戦で消耗しているとは言え

 

 この大軍は宇宙と地上の二手に分かれてカーペンタリアを目指し、進軍を開始していた。

 

 目的は、カーペンタリア包囲中のオーブ軍撃破。

 

 カーペンタリアは長く続いた通商破壊戦によって、既に陥落寸前の状況まで追い込まれている。ここで救援しないと、本当に後が無い。このまま行けば、彼等は地上における最大の拠点を失う事になるだろう。だからこそ、プラント軍は投入可能な全兵力を投じたのである。

 

 この戦力を抽出する為に、プラント軍は多方面の戦線を放棄に近い形で撤収し、カーペンタリア救出軍を編成している。

 

 戦いに勝った後、再び戦線に戻れば良い、と言う考えではあるのだが、もし万が一負けるような事態となれば、プラントの国家戦略にも影響しかねない事態となるだろう。

 

 プラントは正に、賭けに打って出たのだ。

 

 それに対して、オーブ軍も各地にゲリラ部隊として展開している軍を引き戻して、迎え撃つ体勢を整えていく。

 

 しかし、その戦力は、大軍を擁するプラント軍に比べると、見劣りせざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「さて、どうしたもんかね、こいつは」

 

 苦笑交じりに言いながら、ムウ・ラ・フラガ大将は肩をすくめた。

 

 全軍を預かるムウとしては、頭を抱えたいほどに絶望的な状況であるのだが、立場上其れができないのもつらい所である。

 

 とは言え、敵が大規模な行動を起こした以上、何らかのリアクションは必要である。

 

「明るい材料があるとすれば、ここで勝つ事ができれば、先も見えるって事くらいですね」

 

 楽観的意見を言ったのは、カノンの父、ラキヤ・シュナイゼルである。

 

 確かに、ラキヤの現にも一理ある。

 

 オーブ奪還作戦から始まり、オーブ軍はプラント軍との戦いの殆どに勝利してきている。

 

 流石のプラント軍も、そろそろ息切れが始まるころと見て良い。継続的な補給作戦を捨て、大軍を繰り出しての決戦に臨んでいる事から見ても、それは間違いない。

 

 ここさえ振り切れば、オーブ軍に勝利の目も見えてくると見て良いだろう。

 

 しかし、

 

「それは、勝てればの話、よね」

 

 マリュー・フラガは、対照的に悲観的な意見を出した。

 

 確かに、勝てれば道は開ける。

 

 だが、負ければ?

 

 その時はオーブの命運は今度こそ尽きるだろう。

 

 何の事は無い。

 

「いつもの話だろ、そんな事」

 

 あっけらかんとした口調で言ったのは、シン・アスカだった。

 

 確かにシンの言うとおり、オーブはこれまで、常に崖っぷちでの戦いを余儀なくされてきた。それを嘆くのは今さらだろう。

 

「それじゃあ、まあ、悪だくみを始めるとしますか。なに、ここまでの戦力差があるんだ。却って気楽なもんだろ」

 

 ムウの言葉に、その場にいる全員が苦笑を漏らした。

 

 確かに、事態の深刻さを嘆く前に、議論は建設的な方向へと向けるべきだった。

 

 とは言え、圧倒的な戦力差が厳然として存在している以上、それを覆す策が必要となる。

 

 いかに一騎当千のエース多数を抱え、キラ率いるターミナルの支援も受けているオーブ軍とは言え、無限に戦えるわけではない。

 

 エースがカバーできる戦場は一人に付き一方面のみ。それでは、大軍相手に押し包まれ、いずれは飲み込まれてしまうだろう。

 

 エースのカードは強力だが、それ1枚で戦争は勝てない。エースの脇を固めるカードも揃えない事には。

 

 と、

 

「すみません、遅れました。ちょっと、考えをまとめるのに時間かかっちゃって」

 

 扉を開けて入ってきたのは、ユウキ・ミナカミだった。

 

「遅いぞ」

「いやー すいません」

 

 苦笑交じりに叱責するムウに、ユウキは頭を掻きながら答える。

 

 しかし、

 

 ユウキはこれまで数々の戦いでオーブ軍に勝利をもたらしてきた「軍師」である。その彼が顔を見せたと言う事はすなわち、勝利に必要な策の準備が整ったと言う事に他ならなかった。

 

 進行状況の説明を聞いたユウキは、頷いてから顔を上げた。

 

「考えるまでもありません。地上は捨てましょう」

 

 そのあっけらかんとした口調で放たれたとんでもない言葉に、誰もが目を剥いた。

 

「おいおい」

 

 ユウキの発言に、流石のムウも眉をしかめる。

 

 敵がカーペンタリアに入るのを、どう阻止しようか話し合っている最中に、全く真逆の事を言い出したのだから、慌てるのも当然である。

 

「敵の物資がカーペンタリアに入ってしまえばアウトだ。連中が息を吹き返してしまうぞ」

 

 ムウの言葉に、一同が頷く。

 

 だが、ユウキは平然とした調子を崩さずに返した。

 

「確かに、全ての物資がカーペンタリアに入れば、敵の勢力は盛り返されてしまう」

 

 ただし、とユウキは続ける。

 

「それは物資が全て、滞りなく運べたら、の話ですよ。それに、案外、地上の敵は見逃した方が、敵の戦意を完膚なきまでにくじく事ができると思います。

 

 そう言うとユウキは、尚も首をかしげている一同に自らの策を披露した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらが投入可能な戦力は、艦艇28隻、機動兵器240機。奪還作戦の時よりはましだが、それでも、難儀だよな、こいつは」

 

 ムウ・ラ・フラガは苦笑交じりに言って肩をすくめる。

 

 メインスクリーンには、接近するプラント軍宇宙艦隊の様子が映し出されている。

 

 オーブの軌道上。

 

 ここで、オーブ軍とプラント軍が向かい合っていた。

 

 これまでオーブ軍は、少数故の機動力の高さを徹底的に活かしてゲリラ戦を展開してきたが、救出部隊がカーペンタリアに入ってしまえば、これまでの苦労が全て水の泡と化してしまう。

 

 その全てを阻止するには、オーブ軍の戦力はあまりにも少ない。

 

 今回、プラント軍は本国から直接カーペンタリアへと向かう宇宙艦隊と、ジブラルタルから海上を通って向かう水上艦隊とに分かれて行動している。

 

 そこでオーブ軍は今回、ユウキの立案した作戦を採用し、敢えて全戦力を宇宙空間に配置する選択をした。

 

 地上は放置と言う形になるが、それはこの際仕方が無い。どのみち全戦線を守れないのなら、戦力を集中させるしかない。総花的な作戦は全てを失う事になりかねない。

 

 故にオーブ軍は、危ない橋と判っていながらも、わたらない訳にはいかなかった。

 

 慌てたのはプラント宇宙軍である。

 

 まさかオーブ軍が、全力を挙げて自分達に挑みかかって来るとは思っても見なかったからである。

 

 プラント軍としては、オーブ軍も戦力を宇宙と地上とに分けて、双方に阻止線を構築すると考えていた。それなら、宇宙軍にしろ地上軍にしろ、数の力でオーブ軍を圧倒できると。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 オーブ軍はあえて戦力を宇宙に集中させてきた。

 

 これで、当初考えていたよりもずっと、戦力差が縮まった事になる。

 

「敵艦隊、モビルスーツ隊を発進させました。数、約200.真っ直ぐこちらに向かってくる模様!」

「来たなッ よし、こっちも発進させろ。迎撃開始だ!!」

 

 オペレーターの報告を受けて、ムウは命令を下す。

 

 ここが正念場だ。

 

 ここを乗り切れば、必ずや希望も見えてくるはずだった。

 

「じゃあ、行ってくるぞ」

「ええ、気を付けて」

 

 ムウは、艦隊を率いる妻のマリューと頷きをかわすと、微笑を向ける。

 

 既に幾度も交わした、軍人夫婦のやり取り。

 

 そこにはある種の普遍性がある。

 

 これまで、ムウはどんな苦しい戦場からも帰ってきた。一度は地獄の底からも戻ってきた。

 

 故に、マリューは戦場に赴く夫を、信頼に満ちた眼差しで見送る。

 

 それが、自分の務めだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び出ると同時に、久方ぶりに見る深淵の光景が飛び込んできた。

 

 ヒカルはセレスティフリーダムの操縦桿を握り、最前線へと躍り出た。

 

 既に両軍は指呼の間に迫っている。

 

 砲火が開かれるまでは一瞬だ。

 

 静寂が、ヒカルの周囲を取り巻く。

 

 戦闘開始前の喧騒は一切耳に入らず、ただ静かに時が過ぎるのを待ち続ける。

 

「・・・・・・・・・・・・レミリア」

 

 失われた少女の名を、ヒカルはそっと呟いた。

 

 もう、あれから半年。されど、今だ半年。

 

 振り切るには時が足りず、受け入れるにも尺が短すぎる。

 

 故にこそ、生き残った自分は前に進み続けなくてはならない。

 

 たとえ、明日が見えなくても。

 

「・・・・・・・・・・・・お前が犠牲になって掴んだ世界。俺が必ず守って見せるからな!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 ヒカルはセレスティフリーダムのスラスターを全開まで吹かし、敵陣へと斬り込んで行く。

 

《ヒカルッ また!!》

 

 後ろからカノンが咎めて来るが、ヒカルは一切気にする事は無い。

 

 飛び込むと同時に抜刀したビームサーベルが、月牙の軌跡を描いて虚空を迸る。

 

 横なぎに振るわれた光刃によって、2機のガルムドーガが腕と頭部を斬り裂く。

 

 更にヒカルは接近してきた2機のハウンドドーガを斬り捨てると、8枚の蒼翼を羽ばたかせて戦場を駆け巡る。

 

 近付こうとする敵機をレールガンで吹き飛ばし、更に両手に構えたビームライフルを広げて構え、対角線上で挟み撃ちにしようとしていたガルムドーガを撃ち抜く。

 

 機体はエターナルフリーダムからグレードダウンし、ヒカルの手に感じる操縦の感覚も微妙な鈍りがある。

 

 しかし、そのような些事を感じさせない程、ヒカルのセレスティフリーダムは軽々とした機動で砲火を回避し、隊列を乗り越えて暴れまわる。

 

 そこで、ようやく追い付いてきたカノンのセレスティフリーダムが、掩護射撃を開始した。

 

《ヒカル。無茶しないでって言ってるでしょ!!》

 

 言いながらカノンは、搭載している6門の砲を展開すると、フルバースト射撃を浴びせ、ヒカルに群がろうとする敵に横撃を加える。

 

 カノンはもどかしい気持ちを抱えたまま戦場に立っていた。

 

 ヒカルが今、自らを追い込むようにして戦場に立ち続けている事はカノンにも判っている。そして、いくら言っても、ヒカルが戦いをやめる事は無いだろうことも。

 

 ラクスや母に言われたように、そんなヒカルを自分に救い出せるかどうかも判らない。

 

 だが今は、取り付かれたように戦い続けるヒカルを掩護する事しかできない。

 

 それが破滅への坂をゆっくりと転がる行為だったとしても、カノンにはそれ以外の手段が無かった。

 

 

 

 

 

 ヒカル達が戦闘を開始すると同時に、両軍は本格的な激突を開始した。

 

 当初、戦闘になった場合、プラント軍が優勢に進める事ができると誰もが考えていた。

 

 しかし、いざ蓋を開けると、オーブ軍有利のまま経過している。

 

 プラント軍はこの戦いに、予備戦力まで含めて、ほぼ全軍を投入しているが、その戦力は宇宙と地上とに分けてしまっている。当然、一方の戦線に投入できる戦力は、約半分と言ったところである。

 

 対してオーブ軍は、ユウキ・ミナカミの立案した作戦により、ほぼ全軍を宇宙空間に展開して迎撃戦を行っている。

 

 ここに、プラント軍の計算違いがあった。

 

 当初、プラント軍は、オーブ軍も戦力を二分して、地上と宇宙、双方を守るように戦力を展開すると考えていた。

 

 しかし、オーブ軍は宇宙空間に全戦力を集中した。これで、戦力差は当初考えられていたほどには大きなものではなくなった。

 

 更にもう一つ。プラント軍の目的はオーブ軍との戦闘では無く、あくまでもカーペンタリアに物資を届ける事にある。その為、引き連れて来た輸送船団護衛の為に戦力を割かなくてはならない。当然ながら、前線の兵力はさらに減る事になる。

 

 これらの要素により、最前線で激突する両軍の戦力差は、ほぼゼロに等しい状態にまでなっていた。

 

 更にオーブには、シン・アスカ、ラキヤ・シュナイゼル、ムウ・ラ・フラガと言った歴戦のエース達が存在している。質的な戦力を考慮すれば、オーブ軍の方が有利になるのは自明の理であると言えた。

 

 攻め寄せるオーブ軍に対し、プラント軍もありったけの火力でもって対抗する。

 

 突撃するオーブ軍の機体がいくつか、直撃を浴びて吹き飛ぶのが見えた。

 

 しかし、

 

 そんな中を、深紅の機体が駆け抜けるのが見えた。

 

 背中に大型のリフターを背負った俊敏そうな機体は、アステル・フェルサーの駆るギルティジャスティスである。

 

 半年前に戦いで、レミリア・バニッシュの駆るスパイラルデスティニーと交戦して大破したギルティジャスティスだったが、幸いエンジンをはじめとした基幹部分は無事であった為、修理して戦線復帰できたわけである。

 

「数が多いな。結構な事だ」

 

 ヒカル達と同様、二尉へと昇進したアステルはそう呟くと、速度を上げて斬り込んで行く。

 

 たちまち、全方位から集中される砲火。

 

 しかし、アステルはその全ての軌道を読み切るようにして放たれた火線を回避すると、敵の真っただ中へと飛び込む。

 

 その大胆な行動に、プラント軍の兵士達は慌てて機体を振り返らせようとする。

 

 しかし、

 

「遅いッ」

 

 鋭い声と共に、アステルはギルティジャスティスの両手に装備したビームサーベルを振る。

 

 武器を構え直す間すら与えられずに斬り裂かれるプラント軍機。

 

 更にアステルはギルティジャスティス脚部のビームブレードを展開して、群がる敵機を斬り捨てた。

 

 戦況は、徐々にだがオーブ軍有利に進みつつあった。

 

 だが、プラント軍とて、状況をただ座して押し切られるのを待っている訳ではない。

 

 状況を打破するべく、切り札を出してきた。

 

 アステルが自身に纏わりつくガルムドーガを更に3機を斬り捨てた直後、新たな反応複数が接近してくるのを捉え、機体を振り返らせた。

 

「・・・・・・・・・・・・あいつらは」

 

 低い声で呟く。

 

 赤い装甲に白い翼を羽ばたかせた、天使の如き軍勢。

 

 プラント軍議長特別親衛隊ディバイン・セイバーズ

 

 正に、地球圏最強部隊の登場である。

 

 その先頭に立つリバティは、手にした巨大な槍を翳して速度を上げる。

 

《これより、叛徒共に対する殲滅戦を行う。奴等を一兵に至るまで殲滅し、議長の作られる理想の世界の礎とするのだ。各機、我に続け!!》

 

 第1戦隊長であるカーギル・ネストの命令に従い、各部隊を構成するリバティが、一斉に攻撃を開始する。

 

 それにより、状況に大幅な修正が与えられる。

 

 フリーダム級機動兵器の持つ巨大な火力を駆使して、意気上がるオーブ軍に強烈な逆撃を加えた。

 

 たちまち、それまで整然とした動きを見せていたオーブ軍の戦列が乱れる。

 

 その中を、カーギルはロンギヌスを振り翳して突撃した。

 

 たちまち、複数のアストレイRが、接近を阻むべく砲火を集中させる。

 

 フォーメーションを組んだオーブ軍が、砲火を集中させてカーギル機の牽制を目論む。

 

 しかし、カーギルはそんなオーブ軍の攻撃に、怯んだ様子すら見せない。自身に向かってくるビームを悉く回避すると、一気に接近した。

 

 旋回する巨大な槍。

 

 遠心力によって威力を増したその攻撃は、瞬く間に2機のアストレイRを叩き潰し、串刺しにする。

 

 槍を引き抜き、次の目標へと向かおうとした時だった。

 

 赤い甲冑を纏った機体が、剣を構えて鋭く切り込んで来た。

 

 アステルはカーギルの機体が隊長機と見定め、一気に勝負を掛けるべく斬り込んで来たのだ。

 

 カーギルもギルティジャスティスを視界の中へと納めると、とっさに機体を後退させてアステルの斬撃を回避。同時に槍を鋭く繰り出す。

 

 しかし、体勢が崩れた状態からの攻撃だった為、槍の穂先はギルティジャスティスを掠める事は無い。

 

 4本の剣を構えるアステルと、長大な槍を構え直すカーギル。

 

 次の瞬間、両者は互いに仕掛けた。

 

 

 

 

 

 攻守逆転、と言うべきだろうか。

 

 ディバイン・セイバーズの戦線加入によって、それまで押される一方だったプラント軍は反撃に転じていた。

 

 ディバイン・セイバーズを先頭に立てて攻め寄せてくるプラント軍。

 

 そうなると、少数のオーブ軍は逆に後退を余儀なくされる。

 

 最強の軍隊と言う呼び名は決して伊達ではない。並みの兵士ではディバイン・セイバーズに対抗する事は難しかった。

 

 故に、切るべきカードは、オーブ軍もジョーカー以外にありえなかった。

 

 猛威を振るうディバイン・セイバーズの中には、第4戦隊の姿もあった。

 

 クーヤ・シルスカを隊長とする第4戦隊は、議長からの覚えめでたい事もあり、ディバイン・セイバーズの中でも特に高い実力を発揮している。その為、一部では彼等こそがプラント最強であるとの見方もある。

 

 その噂を肯定するかのように、第4戦隊の各機はそれぞれ、オーブ軍へ熾烈な猛攻を加えていく。

 

 その圧倒的な戦闘力を前にして、オーブ軍の一般兵士達では抗しきれない程だった。

 

 だが、無人の野を行くが如き状況も、長くは続かなかった。

 

 複数の機影が向かってくるのを、ディバイン・セイバーズ第4戦隊は正面に捉えていた。

 

《ハハッ 連中もどうやら、主力を出してきたみてぇだな!!》

 

 テンションを上げながら、フェルド・マーキスが言う。

 

 彼等の視界の中では、自分達の機体とよく似た機体で構成された部隊が、まっしぐらに突き進んで来る様が映し出されている。

 

 フェルドはリバティの手にした斬機刀でアストレイRを斬り捨てると、揚々と8枚の白翼を広げて、新たな敵へと向かっていく。

 

 それに続いて、更に2機のリバティも方向転換しつつ、迎え撃つ体勢を整える。

 

《オーブ軍第13機動遊撃部隊フリューゲル・ヴィントか。確かに、厄介な連中だな》

《気を付けてよ、みんな。連中も本気みたいだし!!》

 

 イレス・フレイドとカレン・トレイシアが、そう言った時だった。

 

 一同の機体を追い越すようにして、12枚の翼を広げた流麗な機体が、猛スピードでフリューゲル・ヴィントへと向かっていく。

 

「誰が相手であろうと、容赦はしない。議長の理想を妨げる愚者は、全て私が排除する!!」

 

 クーヤ・シルスカはヴァルキュリアを駆って前へと出ると、同時にアスカロン対艦刀を抜き放った。

 

 そんなヴァルキュリアの姿に脅威を感じたのだろう。フリューゲル・ヴィントに属するセレスティフリーダムが、一斉に砲火を放ってヴァルキュリアに攻撃を仕掛けてきた。

 

 明らかに特機の様相をしているヴァルキュリアを強敵と判断し、攻撃を集中させてきたのだ。

 

 しかし、

 

「無駄よッ!!」

 

 クーヤは全ての攻撃を、軽やかな機動で回避してのけると、手にしたアスカロンを鋭く振るう。

 

 次の瞬間、放たれた剣閃の軌跡が、月牙の斬撃となって空間を奔る。

 

 斬撃をそのまま遠距離攻撃として射出できるアスカロン。

 

 その特性を知らなかったセレスティフリーダムの1機が、たちまち袈裟懸けに斬り裂かれて爆散する。

 

 更にクーヤは翼にマウントされたドラグーン、及び、背部のユニットに格納されたファングドラグーン各12基ずつを射出して攻撃を加える。

 

 縦横に駆け抜ける閃光を前に、たちまちオーブ軍は、隊列を乱しながら防御に回らざるを得なくなる。

 

 そこへ、ディバイン・セイバーズから容赦ない砲撃を浴びせられると、たちまち壊乱の憂き目が現出されていった。

 

 

 

 

 

 ディバイン・セイバーズ出現の報を受け、ヒカルとカノンは戦線を離れて、応戦に向かわざるを得なかった。

 

 ディバイン・セイバーズを迎え撃つとなると、同じ精鋭であるフリューゲル・ヴィントでなくてはならない。一般兵士では、無駄に犠牲を増やすだけである。

 

 その事は、彼等と直接交戦した経験のあるヒカル達には嫌と言う程判っていた。

 

《ヒカル、あれ!!》

 

 カノンの警告にしたが、ヒカルがカメラアイを向けると、オーブ軍を蹂躙するようにして砲火を放っているヴァルキュリアの姿があった。

 

「あいつはッ」

 

 間違いなく特機。となれば、一般兵では100人掛かっても勝ち目は薄いかもしれない。

 

「仕掛けるぞカノンッ 掩護しろ!!」

《了解!!》

 

 速度を上げる2人。

 

 対するクーヤの方でも、2人の存在に気付いて機体を振り返らせた。

 

「新手ッ!?」

 

 性懲りも無くッ

 

 舌打ち交じりにアスカロンを振り抜くクーヤ。

 

 その軌跡を見た瞬間、

 

「やばいッ よけろカノン!!」

《えッ!?》

 

 ヒカルの叫びに呼応し、とっさに左右に分かれる2人。

 

 そこへ、放たれたビームの斬撃が、空間を斬り裂いて駆け抜けて行った。

 

《ちょっと、何、今の!? 反則じゃない!!》

「敵も必死って事だろッ」

 

 うろたえた声を上げるカノンに対し、ヒカルは叩き付けるように言葉を返す。

 

 苦しいのは自分達だけではない。

 

 敵も苦しいからこそ、あの手この手の策を繰り出してきているのだ。

 

 そう考えない事には、この苦境に立ち向かう事などできなかった。

 

 ヒカルがセレスティフリーダムの腰からビームサーベルを抜刀し、スラスター全開で斬り込む中、カノンはフルバーストモードへ移行して掩護射撃を行う。

 

 対抗するように、クーヤは全ドラグーンを引き戻して、突撃してくるヒカル機へと差し向ける。

 

 ドラグーンが砲撃配置に着き、ファングドラグーンがビームの牙を振り立てて突っ込んでくる。

 

 対して、

 

「そんな物!!」

 

 ヒカルはSEEDを弾けさせると、全てのドラグーンの動きを先読みして回避。速度を緩める事無く突撃していく。

 

 慌てたように、方向転換しようとするドラグーン。

 

 そこへ、狙いを澄ましたように、カノンの援護射撃が入る。

 

 次々と放たれる砲撃が、方向転換中のドラグーンに襲い掛かり、あっという間に複数を叩き落とす。

 

 そして、その間にヒカルは、ヴァルキュリアの懐まで斬り込む事に成功していた。

 

「こいつッ!!」

 

 自身の攻撃を生意気にも回避し尽くして迫る敵機に対し、迎え撃つべくアスカロンを振り翳す。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを振り上げる。

 

 アスカロンは両刃の形をしており、一方は射出攻撃が可能なビーム刃を擁し、もう一方には実体剣が装備されている。

 

 クーヤは、その実体剣の方を繰り出してセレスティフリーダムに斬り掛かった。

 

 対して、ヒカルはとっさに逆噴射をかけて急ブレーキと同時に機体を後退させ、クーヤの間合いを狂わせる。

 

 そして、大剣を振り切ったヴァルキュリアの体勢が僅かに崩れた瞬間を狙い、スラスター全開で斬り込んだ。

 

「喰らえ!!」

 

 逆袈裟懸けに振り上げられるビームサーベル。

 

 対して、とっさに回避は間に合わないと考えたクーヤは、ビームシールドを展開してセレスティフリーダムの斬撃を弾いた。

 

 一瞬飛び散る火花。

 

 両者は激突の衝撃を利用して後退する。

 

 その間にヒカルは、腰部のレールガンを跳ね上げてヴァルキュリアに対して牽制の砲撃を加えつつ、更なる斬り込みのタイミングを計る。

 

 対してクーヤも、アスカロンをビーム刃に返すと、後退しながら斬撃を繰り出す。

 

 放たれる月牙の閃光。

 

 しかし、SEEDを瞳に宿したヒカルは、その動きを冷静に見極めつつ回避。大ぶりを振り切って隙ができたヴァルキュリアに対して接近を図った。

 

「こいつはっ!?」

 

 セレスティフリーダムの攻撃を回避し、その動きを見詰めるクーヤは、何かに気付いたように叫ぶ。

 

 迫る光刃。

 

 対して、

 

 クーヤもSEEDを弾けさせる。

 

「貴様ッ 魔王か!!」

 

 相手の動きの特徴から正体を看破したクーヤは、すぐさま対応する行動を取る。

 

 機体が違う事から気付くのに遅れたが、何度も戦った相手である。見間違う筈が無かった。

 

 クーヤのSEEDが弾けると同時に、ヴァルキュリアに劇的な変化が訪れる。

 

 元々、この機体はアンブレアス・グルックがクーヤの為に建造を命じた機体なのだが、その際、あるシステムがOSの中に組み込まれた。

 

 グルックはラクス・クラインが残した莫大なデータをハッキングし、その中から、彼女が厳重に封印していた存在を解析する事に成功し、それを軍事転用したのだ。

 

 それこそがエクシードシステム。

 

 かつてクロスファイアに搭載され、共和連合勝利の一要因となったSEED因子対応システムであり、搭乗者のSEEDを感知して機体性能を劇的に向上させる次世代型のシステムである。

 

 たちまち、ヴァルキュリアの動きに鋭さが増し、機体を動かすパワーが増幅するのが判る。

 

 クーヤは残っているドラグーンを引き戻すと掩護射撃を任せ、自身はアスカロンを振り翳して突撃していく。

 

 対して、

 

「速いッ!?」

 

 ヒカルは舌打ち交じりに叫びながら、シールドとサーベルを構え直す。

 

 ドラグーンの砲撃をシールドで防御しつつ、向かってくるヴァルキュリアにカウンターの斬撃を繰り出す。

 

 対してクーヤも機体をスライドさせてセレスティフリーダムの斬撃を回避。同時に旋回の勢いをそのまま横なぎの斬撃に変換して振り抜く。

 

 対抗するように、ヒカルもまた、剣を構え直してヴァルキュリアに挑んで行った。

 

 

 

 

 

 焦慮は、少女の脳を染め上げようとしている。

 

 カノンの視線の先では、絡み合うように激突を繰り返すセレスティフリーダムとヴァルキュリアの姿が映っている。

 

 しかし、

 

「このままじゃ、ヒカルが・・・・・・・・・・・・」

 

 カノンの目から見て、両者は拮抗しているように見える。

 

 しかし相手は特機で、しかもエース。対してヒカルは、贔屓目に見て腕は相手と同等と見ても、機体は量産型に過ぎない。

 

 一時的に互角に戦えても、時間が経てばヒカルが不利になるのは明白だった。

 

 掩護に行かなくては。

 

 そう思って、機体を反転させた時だった。

 

《行かせるかよ!!》

 

 斬機刀を振り翳したフェルドの機体が、カノンのセレスティフリーダムに襲い掛かる。

 

 鋭く斬り掛かってくる実体剣の刃を、後退しながら回避するカノン。同時にレールガンとプラズマ砲で牽制の射撃をしながら、反撃のタイミングを計ろうとする。

 

 しかしそこへ、今度はカノンの機体を包囲するように、ドラグーンが周囲から一斉射撃を仕掛けてくる。

 

《ここに来る事は、僕の計算通りだ!!》

 

 イレスはドラグーンの一斉砲撃を仕掛けながら、徐々にカノンを追い詰めていく。

 

 更にそこへ、カレンの機体が砲撃を浴びせてくる。

 

《クーヤの邪魔はさせないわよ!!》

 

 状況は1対3。しかも精鋭部隊らしい巧みな連繋でカノンを追い込んでくる。

 

 唇をかみしめるカノン。

 

 視界の彼方では、尚も交戦を続けるヴァルキュリアとセレスティフリーダムの姿がある。

 

 しかし、圧倒的な戦力差を前にしては、カノンと言えども如何ともしがたかった。

 

 

 

 

 

 ヒカルは臍を噛みたくなる想いを必死で噛みしめながら、操縦桿を操り続ける。

 

 相手の攻撃は、更に鋭く、重くなっている。

 

 対してヒカルは、それについていくだけで精いっぱいである。

 

 量産機の限界と言うべきか、多少のアップグレードなど、特機の持つ圧倒的な性能差の前には完全に霞んでしまっている。

 

 ヒカル自身、自分の機体に対する焦燥は募る一方である。

 

 機体が自身の操縦について来れていない。

 

 反応がワンテンポ以上遅れる。

 

 出力の上昇率が呆れるほど遅い。

 

 パワーが思ったほど出ない。

 

 それらの要素が全て、ヒカルにとって焦りに繋がる。

 

 ヒカルの攻撃を、クーヤは軽々と回避し、あるいはシールドで弾いてしまう。

 

 対して、クーヤの攻撃をヒカルは、殆どギリギリで回避し、防御しようとしても弾かれてしまう。

 

 せめて、

 

 せめてエターナルフリーダムがあれば・・・・・・・・・・・・

 

 情けない考えだとは自覚しているが、ヒカルは強く、そう思わずにはいられなかった。

 

 大剣を振り翳して突っ込んでくるヴァルキュリア。

 

 対してヒカルは、セレスティフリーダムを後退させながら、両手に装備したビームライフルで反撃する。

 

 ヒカルの攻撃を、クーヤはビームシールドで防御しつつ、速度を緩めずに斬り掛かる。

 

 振り下ろされる大剣。

 

 対して、

 

「やらせるかよ!!」

 

 ヒカルはとっさにビームライフルをパージすると、両手にビームサーベルを構えて突っ込む。

 

 クーヤが振り下ろす一瞬の隙を突く形で、大剣の攻撃範囲の内側へと機体を滑り込ませたのだ。

 

 これで、クーヤは剣を振り下ろす事ができない。

 

 ヒカルはビームサーベルを横なぎにするべく構える。

 

 しかし次の瞬間、

 

 ヴァルキュリアの構えたアスカロンの柄尻から、ビームスパイクが出現した。

 

「なッ!?」

 

 それを見たヒカルは、驚いて動きを止める。

 

 次の瞬間、振り下ろされた刃が、セレスティフリーダムの頭部を破壊する。

 

「クソッ!?」

 

 とっさに後退を掛けようとするヒカル。

 

 しかし、クーヤはその前に動いた。

 

 アスカロンのナックルガードには、ある奇抜な機構が設けられている。

 

 それは回転式の小型無限軌道で、分節された部位から極小のビーム刃を形成する事ができる。

 

 要するに、ビームチェーンソーと言う訳だ。

 

 その刃が、セレスティフリーダムへ向かって振り下ろされる。

 

 対して、ヒカルも視界が効かない状況を考慮して、とっさにビームシールドを掲げて防御の姿勢を取る。

 

 しかし、ヒカルの対応は無駄だった。

 

 次の瞬間、クーヤが振り下ろしたビームチェーンソーはセレスティフリーダムのビームシールドを噛み裂くと、一気に振り下ろされる。

 

 次の瞬間、

 

 刃は一瞬にして、セレスティフリーダムを斬り捨てた。

 

 

 

 

 

PHASE-03「天秤上の攻防」      終わり

 


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