機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
PHASE-01「最後の希望」
1
燦々とした陽気が織りなす、南国の楽園。
赤道にほど近い事から来る日差しの熱さは、正しく「常夏」と称して良いだろう。
人の手に寄らず、神が作ったとしか言いようが無い、人跡未踏の自然。
そこが今、人類の齎す戦場と化していた。
蒼穹に、白い航跡を引きながら、複数の機動兵器が飛び交う。
閃光が絡み合うように交錯し、時折、爆炎が躍るのが見えた。
ここは戦場、この世の地獄。
ただ存在するだけで、魂の髄までしゃぶり取られる魔物の顎。
故にこそ、人は抗い続ける為に戦わねばならなかった。
見える視界の先には、スタビライザーの炎を煌めかせて向かってくる機動兵器。
カーペンタリアを発したプラント軍の部隊が、輸送機から飛び出して向かって来ているのだ。
対抗するように、オーブ軍の迎撃部隊もまた、高度を上げて迎え撃つ体勢を整える。
飛来したオーブ軍の機体は、全て「8枚の翼を広げた天使」の姿をしている。
ORB-10A「セレスティフリーダム」
文字通り、かつてのエターナルフリーダム、セレスティをベースに開発された量産型機動兵器である。
とは言え、量産性を考慮して、オリジナルよりもだいぶコストダウンが図られている。
エンジンはデュートリオンバッテリー駆動のみで、装甲も発泡金属性である。
一応はフリーダム級機動兵器のカテゴリに入るが、同じクラスでディバインセイバーズが使用しているリバティなどとは性能的に見劣りせざるを得ない。
しかし、この程度の機体であっても、今のオーブには高価すぎると言う批判があるくらいである。
当初はリアディスの設計思想を受け継いだ機体、ORB-M1R「アストレイR」とトライアルが行われたが、結果的に4対1でセレスティフリーダムの方が性能的に優勢であり、かつ多数の武装が搭載可能な上、空中における機動性も高いと判断された事が、採用の要因となった。
とは言え、充分な数のセレスティフリーダムを用意する事は難しい。
そこで、アストレイRは一般兵士用に量産が開始され、セレスティフリーダムは精鋭部隊であるフリューゲル・ヴィント用に限定量産される事が決定した。
その量産第一陣が本日、初陣として戦線加入していた。
オーブ軍によるカーペンタリア包囲網が完成して既に3か月。しびれを切らしたプラント軍が攻勢に転じ、それを迎え撃つべくオーブ軍も出撃。
両軍はサンゴ海上空で激突する事となった。
距離が詰まる両軍。
その時、オーブ軍の隊列から飛び出していく、1機のセレスティフリーダムの姿があった。
《ヒビキ二尉、突出し過ぎです!!》
制止も聞かず、たった1機で敵陣へと突っ込んで行く。
ヒカル・ヒビキは仲間を置き去りにして前へと出ると、両手のビームライフルと、両腰のレールガンを展開、4連装フルバーストを撃ち放つ。
放たれた閃光が、接近を図るプラント軍の機体を直撃。手足や頭部を吹き飛ばす。
戦線が崩れる中、ヒカルは更にビームライフルを連射。近付こうとする複数の機体の手足や頭部を破壊して戦闘力を奪う。
瞬く間に陣形を崩されるプラント軍。
両者の距離が縮まり、プラント軍は速度を上げて斬り込んでくる。
対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜いて斬り込んで行った。
熾烈を極めたオーブ攻防戦から、既に半年の時間が経過していたが、本国奪還に成功した翌月には、オーブ軍は次の行動を起こしていた。
誰もが予想しなかったオーブ軍の迅速な行動。
稼働可能な全兵力を、マスドライバー・カグヤを用いて宇宙空間に上げ、アシハラ奪還のための軍事行動を起こした。
それに対して、プラント軍の動きは完全に出遅れてしまったた。
奪還作戦で多大な兵力を失ったオーブ軍が、それほど早く行動を起こせるとは誰もが考えてはいなかったのだ。オーブ軍の作戦は、その意表を突いた形である。
準備不足で体勢を整える暇すら無かったプラント軍は、一戦でアシハラを奪回され、オーブ上空の制宙権はオーブ軍の物となった。
しかし、プラント軍も状況の変化を座視していた訳ではない。
着々と戦力を整えつつあるオーブ軍に対抗するように、プラント軍は地球上における最大の拠点であり、オーブを指呼の間に臨む事ができるカーペンタリアに戦力を集中させてオーブ本国を突く構えを見せている。
そこで、攻めるプラント軍と守るオーブ軍との間で激しい攻防戦が行われる事となった。
数度に渡る攻防戦は熾烈を極めた。
しかし、オーブ本国はほぼ奪還され、周辺の拠点もオーブ軍が取り戻している。
自然、プラント軍の攻撃は、カーペンタリアからの長距離攻撃一本に頼らざるを得ず、作戦は単調になってしまっていた。。
更にオーブ軍は水上艦隊と宇宙艦隊でゲリラ戦を展開、カーペンタリア補給路に対する徹底した通商破壊戦を行う事で、プラント軍の補給に負担を掛ける作戦を行った。
これにより、プラント軍は予定していた増援兵力や補給物資をカーペンタリアに送る事ができず、結果的に、消耗しているオーブ軍との戦力差が拮抗してしまった。
初動の立ち遅れが、プラント軍不利と言う状況を否応なく作り出してしまっていた。
更に、プラントにとっては追い打ちをかけるように、この半年の間、世界各地において反抗勢力が勢いを盛り返しつつあった。
月、そしてオーブと、プラントの支配下にあった勢力が立てつづけに解放された事により、それまで保安局やザフト軍によって抑え込まれていた反プラント勢力が、一気に攻勢に出たのだ。
南米では反政府軍がジャングル内でゲリラ戦を展開して、プラント指示を表明している政府軍を翻弄し、アフリカや中東でも反攻の狼煙が上がっている。
これに対して、プラント軍が全ての戦線に対応する事は難しかった。
元々、少数精鋭主義のザフトが主力を成しているプラント軍に、広大な戦域全てをカバーする事は難しい。そこにきて、オーブ軍が徹底的に通商破壊戦を仕掛けている現状である。
各戦線に対する戦力の補充や、物資の補給が滞るのも無理のない話であった。
8枚の蒼翼を羽ばたかせながら敵陣へと飛び込んだヒカルは、セレスティフリーダムの腰から抜いたビームサーベルを振るい、正面にいたガルムドーガの首を斬り飛ばす。
更に、集中される砲火をヒラリと回避すると、そのままひねり込むような移動で相手に接近する。
敵兵は怯んだように照準を修正しようとするが、その時にはヒカルのセレスティフリーダムは目の前まで接近していた。
駆け抜けると同時に振るわれる剣閃。
刃が、標的としたリューンの片翼を、容赦なく切り飛ばすと、ヒカルは墜ちていく敵機には目もくれずに飛び去って行く。
ヒカルは相変わらず、不殺を貫く戦い方をしていた。
ヒカル機の駆け抜けた後には、損傷したプラント軍機が大量に転がっている有様である。
ヒカルはこの「作業」を、あくまでも淡々とこなしていた。
自分は人を殺さない。
ただし、自分の前に立つ者に対しては一切の慈悲を与える心算は無い。
その言葉を態度で示すように、ヒカルは戦い続けていた。
そんなヒカルのセレスティフリーダムに対し、複数の火線が集中して放たれた。
とっさに蒼翼を羽ばたかせて回避するヒカル。
目を転じる先には、フォーメーションを組んで向かってくる3機のガルムドーガの姿があった。
《うっは、あいつ半端ねェぞッ》
《気を付けて、エース機よ!!》
《掩護しますッ 2人はあいつを押さえてください!!》
ジェイク・エルスマン、ディジー・ジュール、ノルト・アマルフィの3人が、ヒカルのセレスティフリーダムを標的と見定めて距離を詰めてくる。
今回、オーブに攻撃を仕掛けて来たのは、この3人が率いる部隊だった。
オーブ防衛戦(オーブ奪還戦のプラント側呼称)に参加しなかった3人だったが、ジェイクとノルトは欧州戦線から、ディジーは本国防衛軍から引き抜かれる形でカーペンタリアに配属され、オーブ攻撃の陣列に加わっていた。
しかし、状況は彼等にとって厳しい物だった。
オーブ軍の徹底した通商破壊戦によって補給路が攻撃されており、失われた戦力の補充や物資の補給すら滞っている。
プラント軍は損傷した機体の修理用部品にすら事欠いている有様であり、早晩、カーペンタリアが干上がるのは確実とされていた。
今回の戦い、プラントのカーペンタリア駐留軍から仕掛けた物である。
戦闘の目的はオーブ軍が敷いた包囲網の解除。とにかく、どこか一角で良いから包囲網を突き破り、補給路を復活させないと、カーペンタリアは早晩、干上がってしまう。
既に補給は散漫となり、カーペンタリア基地に貯蔵された物資は底を突きつつある。
オーブ軍は補給線攻撃のみならず、基地に対する直接攻撃も仕掛けてくるため、カーペンタリアの被害は日増しに積み重なっている状態だった。
ここで攻めきらないと、自分達の負けは確定する。
その想いが、最後の攻勢に打って出る選択肢を取らせていた。
ヒカルのセレスティフリーダムが接近する中、3人はフォーメーションを組んで迎え撃った。
ノルトがビームライフルで掩護する中、ディジーとジェイクが、ビームサーベルを抜いて斬り込んで行く。
対抗するように、ヒカルはビームシールドでノルト機の攻撃を防御すると、右手にビームサーベルを構えて、フルスピードで斬り込んで行く。
接近と同時に奔る剣閃。
その一撃を、標的となったジェイクは、とっさにシールドを翳して防御する。
《うおッ こいつ、速いッ!?》
セレスティフリーダムの鋭い動きに、思わず目を剥くジェイク。
ヒカルの剣を、ジェイクはとっさにシールドで防御する事に成功する。
剣と盾が触れ合い、表面で火花が飛び散る。
しかし次の瞬間、
ヒカルはもう一本のビームサーベルを左手で逆手に抜刀。動きを止めたジェイク機の右腕を肩から斬り飛ばした。
《ジェイク!!》
ジェイクがあっさりとやられた事で、思わず声を上げるディジー。
しかし、その間にヒカルは容赦なく攻める。
動きを鈍らせたディジー機に急接近すると鋭い蹴りを喰らわせた。
《キャァッ!?》
バランスを崩して高度を下げるディジー。
その間にヒカルが狙うのは、
《僕ッ!?》
ヒカルの照準が自分に向けられている事を悟り、焦ったように長距離砲を構えて迎撃行動に出ようとする。
しかし、照準すら合わせない攻撃は、ヒカルの敵ではない。
放たれる閃光を回避しながら一気に距離を詰めたヒカルは、ビームサーベルを一閃してノルト機の首を斬り飛ばした。
ジェイクとノルトの戦闘力を、瞬く間に奪ってしまったヒカル。
そこへ、ようやく体勢を立て直したディジーが、再び距離を詰めるべく、高度を上げてくる。
ディジーのガルムドーガは、右手にビームサーベル、左手にビームライフルを構えて、セレスティフリーダムへ迫ってくる。
対抗するように、ヒカルもビームサーベルを構え直す。
先に仕掛けたのはディジー。
セレスティフリーダム目がけて、真っ向からビームサーベルを振り下ろす。
対して、ヒカルはディジーの剣を展開したシールドで弾き、体勢が崩れたところでビームサーベルを斬り上げ、右腕と頭部を一緒くたに斬り飛ばしていしまった。
《そんな・・・・・・・・・・・・》
急速に落下しながら、ディジーは信じられないと言った面持ちで呟く。
何と言う戦闘力。
3人がかりで拮抗させる事すらできなかった。
ディジー、ジェイク、ノルトはザフト軍の隊長であり、間違い無くトップクラスのエースパイロットである。
その自分達3人を相手にして、怯ませる事すらできないとは。
やがて、落下するディジーの機体を、駆けつけたリューンがキャッチして撤退を開始する。
その時にはすでに、追いついて来たオーブ軍も攻撃に加わり、混乱状態にあるプラント軍に対し容赦無い攻撃を行う。
砲撃戦装備の機体は遠距離から徹底した掃討を行い、陣形が乱れたところに接近戦装備をした部隊が斬り込んでいく。
それらを見ながら、ディジーは悔しさに唇を噛みしめた。
また、勝てなかった。
オーブ軍の強固な防衛ラインを割る事ができず、大きな損害を出してしまった。
撤退信号が出る。
無論、ここで撤退すれば、オーブ軍は笠に掛かって追撃を仕掛けてくるだろう。その過程で、また多くの将兵の命が失われる事になる。
しかし、ここに留まれば全滅は確定的である。ならば、一縷の望みを掛けて撤退するしかなかった。
たとえ、その先にあるのが転落であったとしても。
やがて、プラント軍は這う這うの体で、包囲下にあるカーペンタリアへと撤退して行く。
その背後からは、尚もオーブ軍の追撃が迫ろうとしていた。
2
滑走路に機体をアプローチさせ、指定された場所へと駐機させる。
既に何度も行った手順は、もはや体に染みついていると言ってもよく、目をつぶっていてもできるくらいだ。
機体を停止させると、ラダーを伝って地面へと降り立った。
まとめておいた不具合報告書を整備員に渡し、制服に着替えるべく、ロッカールームへと向かおうとする。
と、
「ヒカルッ!!」
鋭い声と共に、こちらへ向かってくる足を戸が聞こえる。
振り向かずとも、誰が来たかは分かるが、ここはやはり振り返らずにはいられないだろう。無視したら、あとで何をされるか分かった物じゃない。
「カノンか」
予想通り、カノン・シュナイゼルが、その小さな体で転がるように駆けて来るところであった。
オーブ奪還戦の功績により、ヒカルとカノンは二尉に昇進しており、今も同じ隊で戦っている。
だが
「また、あんな戦い方してッ あれじゃあ、いつか死んじゃうよ!!」
先ほどのヒカルの戦いぶりを見ていたカノンは、開口一番で食ってかかる。
自ら隊列を離れて敵陣へと飛び込み、敵の戦闘力のみを奪う戦い方によって圧倒していく。
無謀であり、かつ自身の神経を容赦なく削り取る戦い方である。
やる方もやる方だが、見ている方も気が気ではないだろう。
以前のエターナルフリーダムのような圧倒的な性能を誇る機体に乗っている、と言うならまだ話は分かる。
しかし、セレスティフリーダムはエターナルフリーダムの量産型だ。当然、各種性能は大幅に落ちる事は避けられない。
勿論、ヒカルやカノンなどエースが駆る機体には専用のチューニングが施されてはいるが、それでもかつてのような戦い方をするなど、無謀にもほどがあった。
「そんなんじゃヒカル、いつか死んじゃうよ!!」
幼馴染であり、共に闘って来たカノンの目から見ても、今のヒカルがいかに危険な事をしているかは一目瞭然だった。
しかし、
ヒカルは微笑みながら、カノンの頭をそっと撫でる。
「ヒカル?」
「大丈夫だよ」
言いながら、ヒカルはカノンとすれ違うようにして歩き出す。
「俺は、大丈夫だから」
そう言うと、ヒカルはそのままカノンに背を向けて歩き去っていく。
「ヒカル・・・・・・・・・・・・」
そんなヒカルの背中を、カノンは悲しそうなまなざしで眺めていた。
2人のやり取りを、遠くから1人の少女が茫洋とした眼差しで眺めていた。
少女は去っていくヒカルを見届けると、声を掛けるべく後を追おうとする。
だが、その肩を背後から優しく掴まれて動きを止めた。
「・・・・・・・・・・・・キラ」
エスト・ヒビキは、引きとめた夫に対し、抗議の眼差しを向ける。
なぜ、止めるのか。今のヒカルを放っておくなど、親としてどうかしていると思うのだが。
だが、そんな妻に対して、キラは黙って首を振った。
「今、僕達がヒカルにどうこう言うべきじゃない」
「・・・・・・何故ですか?」
尚も納得のいかない眼差しを向けて来るエストに対し、キラはその頭を優しく撫でてやりながら説明する。
「今のヒカルは、明らかに生き急いでいる状態にある。多分、あの娘、レミリアッて言ったっけ? 彼女との約束を守るために、ね」
レミリアとの約束を守り通す為、ヒカルは必死になって戦っている。
だが、それ故に視界が狭くなっているのでは、とキラは判断していた。
得てしてそういう人間は、他の者が説得しようとすると、却って意固地になって自分の考えに固執してしまう物なのだ。
「では、どうすると?」
「そうだね・・・・・・取りあえず、直接じゃなく、搦め手からアプローチする方法を考えてみようよ」
「搦め手?」
訝った首をかしげるエスト。
それに対して、キラは視線の先を指し示す。
「ほら、あそこに絶好の適任者がいるでしょ」
そう告げるキラの意図を理解し、エストは頷いた。
視線の先には、悄然とたたずむ少女の姿がある。確かに、彼女なら自分達が下手な手を打つよりも適任かもしれない。
「それから、後は・・・・・・・・・・・・」
キラはスッと目を細めると、別の方向を見て呟いた。
「アレの準備、急いだ方がいいかもしれないね」
カーペンタリア基地は、ヤキンドゥーエ戦役の際、ザフト軍が完成された部品を大気圏から降下させ、僅か1日で完成させた「一夜城」の歴史を持つ。
その後、幾度もの拡張がなされ、現在では在プラント公館もある、地球上にあるプラント軍の最大の拠点と化していた。
過去には幾度も地球軍を始めとした敵勢力の攻撃を受けたが、ついに陥落した事は無く、難攻不落の神話を誇っていた。
しかし今、そのカーペンタリアは落城寸前の様相を示していた。
再三にわたるオーブ軍からの攻撃を受け、基地施設には破壊の跡が目立ち、内部には負傷者が溢れている。
駐留部隊でまともな戦力を残している部隊はほんの一握りであり、補給が滞りがちである為、修理用の機材や部品はおろか、医薬品、食料と言った日用品も不足しがちとなっていた。
一応、最重要の戦闘部隊には優先的に物資配給がなされてはいるが、整備班や後方支援部隊には充分な物資がいきわたる事は無く、士気の低下は著しい物となっていた。
「どうにもなんねえな、こいつは」
先の戦いから辛うじて帰還したジェイクは、友人であるディジー、ノルトを力無く見やりながら、愚痴交じりに呟いた。
3人はテーブルを囲み、手にしたグラスの水を少しずつ飲んでいる。
本来なら酒なりジュースなりで杯を満たしたいところなのだが、物資が不足している中ではそれもできず、こうして汲んで来た水で我慢している状態だった。
「確かに、もう限界よね。これじゃあ」
自分のグラスを嘆息交じりに見つめながら、ディジーもジェイクの言葉に同調する。
先の戦闘で負傷した彼女は額に包帯を巻いている姿が痛々しいが、それ以前に憔悴しきった顔が、以前の溌剌さを完全に消し去っていた。
先の戦いは、カーペンタリアに対する包囲網解除を狙ってザフトを中心に攻勢に出た訳だが、結果は無残な敗北。またも、貴重な戦力と物資を無為に失っただけに終わってしまった。
ここのところ、戦闘員に対する非戦闘員の見る目が冷たさを増している。以前は気さくに話しかけてきていた整備員達でさえ、露骨な嫌みを言ってくる事があるくらいだった。
無理もない。自分達は彼等に比べれば、まだマシな待遇を受けているのだ。その自分達が無様な負け戦を続けているのだから。
言わば、現状の苦境の責任は、ディジー達戦闘要員にあると言っても過言ではなかった。
このままでは士気の崩壊。最悪の場合、内乱すら起こる可能性があった。
「基地司令が、本国に対して降伏の許可を求めたって聞きましたけど?」
「さて、受け入れる物かね、本国でぬくぬくしている連中が」
ノルトの発言に対し、ジェイクは諦め気味に肩を竦めて見せた。
本国の連中は、こちらの苦境を知りもしないだろう。救援要請についてもせいぜい「派手な事を言って騒いでいるだけ」程度でしかないように思える。その証拠にこれまで、オーブ軍の通商破壊戦に対して碌な対策を取ってこなかったのだから。
結局、自分達はこの地獄と化したカーペンタリアに閉じ込められたまま、力尽きて地面に倒れたところで敵の総攻撃を食らって叩き潰される運命にあるのだろう。
一同は、揃ってため息を吐く。
その時だった。
「おいおい、良い若いもんが雁首揃えて、なにシケた面してんだよ」
威勢の良い声が掛けられ、一同は振り返る。
そこには、緑服を着た1人のザフト兵が、口元にニヤリとした笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
その姿を見て、3人は思わず目を剥く。
「親父!?」
「おじさん!?」
「ディアッカさん!?」
ジェイクの父にして、元ザフト軍人でもあるディアッカ・エルスマンが、3人を見回しながら立っていた。
ディアッカは遠慮も無く3人のテーブルに座ると、おもむろに身を乗り出していった。
「良い話があるんだが、どうだお前ら、乗らないか?」
それは、謀略を行うスパイと言うよりは、どこか悪戯を仕掛けようとする少年を思わせる表情だった。
「なるほど、そんな事が」
「そうなんだよ、ヒカルの奴、どうしたもんかな~」
テーブルに突っ伏したまま、カノンはダレた調子でヒカルに対する愚痴を吐き出していた。
相手をしているのは、彼女の母、アリス・シュナイゼルである。
オーブ奪還になった事で、アリスもまた帰国が叶い、晴れて再び基地に隣接する喫茶店経営に戻った訳である。
戦闘から帰還したカノンは、母の店で休憩を取るのが日課みたいな感じになっている。
ヒカルの事を思い浮かべてため息を吐く娘を、アリスは優しく見守っている。
アリス自身、娘の意中の人物が幼馴染の少年である事はとうに気づいていた。
しかし、血の成せる業と言うべきか、母親同様の「ヘタレ遺伝子」を受け継いでしまった娘は、今に至るまでヒカルに対し告白に踏み切る事ができなかったのだ。
そんな最中で起こったレミリアの死、という事態は、まさに状況を複雑化させる決定打となっていた。
これまでは、ヒカル、カノン、レミリアの間で微妙な三角関係が形成されていたのだが、その中で最も心が強く結びついていたのは、ヒカルとレミリアであった。
しかし、その内の一角であるレミリアがいなくなった今、残ったヒカルとカノンの間には、地に足がつかないような、不安定な関係が現出しているのだった。
「難しい関係だよね」
ダレている娘の頭をそっと撫でてやりながら、アリスは嘆息交じりに言う。
実際、アリスもラキヤとは大恋愛の末の結婚だった為、娘にも頑張ってほしいと言う思いはあるのだが、
しかし、問題が問題だけに、深入りするのは良くないと思っていた。
アリスはカノンから目を離すと、居合わせたもう1人の人物に目を向ける。
「こういう時って、どうしたらいいと思います?」
尋ねるアリスに対し、
その人物は、持ち上げたカップをソーサーに戻すと、まるで鈴が鳴るような美しい声で口を開いた。
《確かに、簡単に解決できる問題ではありませんわね》
そう言うと、
《ラクス・クライン》は、その儚げな美貌に、苦笑を滲ませた。
PHASE-01「最後の希望」 終わり
機体設定
ORB-10A「セレスティフリーダム」
武装
対装甲実体剣×2
頭部機関砲×2
(基本武装はこれのみ。後は全て、パイロットの好みで着脱可能)
○ヒカル専用機 追加武装
ビームライフル×2
レールガン×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
○カノン専用機 追加武装
ビームライフル×2
レールガン×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
プラズマ収束砲×2
備考
オーブ軍が開発した量産型フリーダム級機動兵器。元々はエターナルフリーダムの設計思想を受け継ぎ、機動力の高い素体をベースに、細分化された武装をパイロットの好みで着脱する事が可能となっている。装甲は発泡金属、動力には新型デュートリオン・バッテリーを使用するなどのコストダウンを図った物の、フレームはエターナルフリーダムの物をそのまま採用し、更にスラスターや駆動系には最新の物を使用した為、結局かなりの高コスト機となった。その為、大量生産はされず、特殊精鋭部隊であるフリューゲル・ヴィント専用の機体として限定量産されている。
ORB-M1R「アストレイR」
武装
ビームライフル×1
アンチビームシールド×1
ビームサーベル×2
ビームキャノン×2
頭部機関砲×2
備考
オーブ軍が開発した主力量産型機動兵器。フレームにはリアディスの物が使用されているが、量産性を考慮して、構造の簡略化が図られている。トライアルでは4対1でセレスティフリーダムに敗れたが、その性能はプラント軍の機体に充分対抗できると判断され、一般兵士用として量産された。当初はストライカーパックの採用も検討されたが、コストダウンを図るために見送られた。