機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-05「迷走の眼差し」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和連合軍ハワイ基地壊滅。

 

 その情報は、早くも世界中を駆け巡ろうとしていた。

 

 青くなったのは、共和連合軍関係者であろう。ハワイ基地は太平洋における容積であると同時に、地上においてはジブラルタルやカーペンタリアに匹敵する一大拠点である。それが壊滅的な損害を被った事は、彼等の心胆を寒からしめるに十分だった。

 

 更に驚かされたのが、その作戦を実行したのが、それまであまり重要視されていなかった北米統一戦線だと言う事である。

 

「知っての通り、現在北米では大きく分けて3つの勢力が鎬を削っている」

 

 スクリーンの前に立って、まるで講義を行うように説明しているのは、戦艦大和艦長であるシュウジ・トウゴウ三佐である。

 

 彼のオーブ軍創設の立役者にして、初代戦艦大和の初代艦長でもあったジュウロウ・トウゴウ名誉元帥の孫にあたるシュウジだが、祖父のような貫禄のある凄味は流石にまだ無い。それ以前に、やや細身の外見からは軍人と言うよりも、どこか事務方のような印象を受ける。

 

 元々、両親を早くに亡くし、祖父も軍人で家を空ける事が多かった関係から親戚の家に引き取られた彼だったが、そのような事情があるだけに、軍人である祖父への憧憬は子供の頃から強かった。

 

 祖父と共に過ごせた時期は、シュウジにとってそう多くはない。しかし、その短い時間の中で、祖父はシュウジに深い愛情を注いでくれた。

 

 故に、成人したシュウジが、軍人としての道を歩むのはごく自然な流れであった。

 

 そして今、シュウジはオーブ軍三佐という階級と共に、かつて祖父が艦長を務めた最後の艦と、同じ名前の戦艦の艦長としてこの場に立っていた。

 

 ここは大和のブリーフィングルームである。

 

 ここに今、ヒカルとカノン。そしてリィスが集められていた。

 

 得々と説明を行うシュウジの様子に、ヒカルとカノンは神妙な調子で聞き入っている。

 

 何だか軍のブリーフィングと言うよりは、学生の講義のようで、傍らで見ていたリィスは思わず吹き出してしまう。

 

 そんなリィスの様子に気付かないまま、シュウジは説明を続けた。

 

「南部およびメキシコ湾周辺の島々には北米解放軍がいる。これが、現在の北米における最大の武装集団だろう」

 

 北米解放軍は、北米紛争初期から存在する大型組織であり、中には旧大西洋連邦の軍人を含めて多数の人員が参加している。活動もかなり積極的で、北米で起きる戦闘の6割以上に、北米解放軍が関わっているとさえ言われていた。

 

 過激な作戦行動を行う事でも有名な組織であり、時には民間人に多大な被害を出す事も厭わないとされ、北米における最大の恐怖となっている。

 

「次いで、モントリオール政府。一応、共和連合が認めている、北米における唯一の政治団体だが、近年では事実上、プラントの傀儡政府となっている感がある」

 

 ラクス・クラインの死後、北米における影響力を強めようとする動きが見られるプラント政府は、ザフト軍の主力を北米に派遣すると同時に、モントリオール政府軍に対する武器供与も行っている。その為、一応「治安維持軍」として体裁は整っている。

 

 しかし、北米解放軍をはじめとする反共和連合組織が活発に活動している為、なかなかその役割を果たせていないのが現状だった。

 

 そもそも、北米における反共和連合勢力の活動が活発になったのは、モントリオール政府がプラント寄りの政策を行うようになったことが大きいとされている。

 

 元々、北米大陸は大西洋連邦の本拠地があった場所である。対プラント感情はお世辞にも良好とは言えず、そのプラントにすり寄るような政策を行うモントリオール政府に反発する動きが出るのは、ごく自然な流れであった。

 

「そして最後に、北部、アラスカ近辺で活動する北米統一戦線だ。あまり目立った動きを見せず、これまでも散発的にゲリラ戦を仕掛けて来るだけだった連中だったが、知っての通り先日、連中の工作員によってスパイラルデスティニーが強奪されている」

 

 シュウジの言葉を聞いて、ヒカルは僅かに顔を顰めた。

 

 レミル(レミリア)がスパイラルデスティニーを奪って逃走した事は、ヒカルにとっても苦い事実である。親友が北米統一戦線のスパイであったことを、1年間も一緒にいて見抜けなかった事も含めて。

 

 シュウジは説明を続ける。

 

「北米統一戦線がスパイラルデスティニーを得た事で、北米のパワーバランスはまた崩れる事になる」

「何しろ、あれ1機で一軍とも戦えるって言われているくらいだしね」

 

 シュウジの言葉を聞き、リィスも切歯扼腕するように発言する。

 

 本来なら自分達の象徴的な存在として活躍するはずだった機体を敵に奪われ、そして自分達にまで牙をむくのは、想像するだけで背筋が寒くなる事態である。

 

 おまけに、今や唯一の頼みの綱となったセレスティは、ロールアウト前に大破した関係で、大幅に性能ダウン状態した状態である。

 

 現状、共和連合軍には単機でスパイラルデスティニーに対抗可能な機体は存在しない。

 

 とは言え、戦慄している暇はない。事がこうなった以上、事態は早急に決着を付ける必要があった。

 

「今回の事態を受けて、常任理事会は共和連合軍部隊による北米増派を決定した。その中に本艦も含まれる事になる」

「あの~・・・・・・・・・・・・」

 

 恐る恐ると言った感じに手を上げたのは、それまで黙って説明を聞いていたカノンだった。

 

「事情は大体判ったんですけど、何でその事を私達に説明しているんですか?」

 

 今更、と言う気もするが、同時にもっともな質問だった。

 

 事情が事情である為、一時的に大和に収容されたヒカルとカノンだが、本来なら機密漏洩の咎で独房に拘束されてもおかしくはない。それがされないばかりか、こうしてブリーフィングめいた説明を受けている事の意味も分からなかった。

 

「それはね・・・・・・」

「俺から説明しよう」

 

 リィスの言葉を遮るようにして、シュウジは前に出て説明に入った。

 

「知っての通り、先日の戦いでハワイはほぼ壊滅に近い損害を被った。軍の被害もさることながら、民間人にも多数の死傷者が出ているらしい」

 

 シュウジはため息交じりに説明を続ける。

 

 ハワイの壊滅に伴い、共和連合はその対応に追われている。被災者の救出、街の復興、部隊の再編、拠点の再構築。やる事は多岐に上り、とてもではないが一朝一夕での体制立て直しは不可能である。

 

 共和連合常任理事会から出された北米派兵にも、応じる事はできないと思われた。

 

 しかし、奪われたスパイラルデスティニーと、その下手人たる北米統一戦線、更には、より大きな脅威として存在する北米解放軍を放置する事は出来ない。何とかこれらに対抗するための戦力を、早急に北米大陸に送り込む事が求められる。

 

「そこで、本艦に白羽の矢が立ったわけだ」

「でも艦長、派遣と言っても、今ある戦力だけじゃ、ちょっと・・・・・・」

 

 リィスは苦しい表情で反論する。

 

 現在、大和にはリィスのリアディスの他に、彼女の部下であるフリューゲル・ヴィント所属の機体2機が収容されている。

 

 フリューゲル・ヴィントはオーブ軍所属の特殊部隊で、その創設はユニウス戦役時にまでさかのぼる。当時、敵対関係にあったザフト軍に対抗する為に、精鋭を集めて結成されたのが始まりである。

 

 ユニウス戦役後、多くのメンバーが昇進や除隊によって去った為、一度は解隊されたのだが、その後、カーディナル戦役の勃発に伴い再結成され、武装組織エンドレスの壊滅にも大きな役割を果たした。

 

 現在に至るまで、オーブ軍最強部隊として有名である。

 

 編成は、1個小隊3機編成で、3個小隊で1個中隊を形成。更に3個中隊27機が総数となる。

 

 リィスもまた、そのフリューゲル・ヴィントで1個小隊を任される身である。

 

 しかし、いかに最強部隊と言っても、たった3機のモビルスーツと母艦だけで、小規模とはいえ反政府組織を相手に戦うのは無謀であるように思えた。そもそも、大和の艦載機定数一杯すら満たしていない状態だった

 

 他にももう1機。リアディスの同型機が格納庫に収容されているが、これはまだ最終調整が終わっておらず戦力に数える事は出来なかった。

 

 と、

 

「まさかッ」

 

 そこまで考えたリィスだったが、ある考えに思いいたって思わず声を上げた。

 

 それはリィスにとって、予想だにしなかった事である。しかし、現在の状況を考えるに、それ以外に手段があるようには思えなかった。

 

「その、まさかだ」

 

 事も無げに言いながらシュウジは視線を、訳が分からないと言った感じでキョトンとしている少年へと向けた。

 

「そんな、艦長!! ヒカルは・・・・・・・・・・・・」

「戦闘データは見た。充分行けるレベルだと判断したし、何より既に一度、実戦を経験した事は大きい」

 

 勢い込むリィスの言葉を遮ると、シュウジは改めて正面からヒカルに向き直った。

 

「ヒカル・ヒビキ候補生」

「は、はいッ」

 

 いきなり名前を呼ばれ、恐縮した体で直立不動になるヒカル。

 

 そんなヒカルに対して、シュウジは重々しい口調で告げた。

 

「本日より貴官を准尉待遇に認定する。正式にRUGM-X001A『セレスティ』のパイロットに任じ、同時にリィス・ヒビキ一尉の指揮下で、本艦のモビルスーツ隊所属とする」

 

 

 

 

 

「納得がいきません!!」

 

 ブリーフィングが終わるとすぐに、リィスは艦長室に怒鳴り込んだ。

 

 ブザーを押すと相手の返事も聞かずに扉を開け、そのまま執務デスクに座っているシュウジに詰め寄る。

 

「いくら実戦を経験したって言ったって、ヒカルはまだ候補生なんですよ。それなのに、いきなり実戦に投入するだなんて!!」

「だから、充分に検討した結果だと言ったはずだ。あいつの実力なら問題はない」

 

 剣幕溢れるリィスの抗議に対してシュウジは、返事は最初から決まっていると言わんばかりに、素っ気ない言葉で返す。

 

 その様子に、リィスは唇を噛むしかない。

 

 大切な弟を戦場に送りたくない。そう思うのは姉として当然の感情である。

 

 勿論、ヒカルが士官学校に入ると聞いた時から、いつかは実戦の場に出るであろう事は予想していた。

 

 しかし、その時がこんなに早く来てしまったのは、リィスにとっては完全に計算外の事だった。

 

 ヒカルの実力はリィスも間近で見ている。

 

 統一戦線所属の機体を相手に2機を撃墜。更にその後、エース機を相手に互角の戦いを演じたヒカルの実力は、確かに非凡な物があるのかもしれない。

 

 しかしそれでも、納得できない物はできなかった。

 

「現実問題として戦力の不足は解消のしようがないだろ。本音を言ってしまえば、使える物は何でも使いたいってのが偽らないところだ」

 

 そう言って、シュウジは肩を竦めた。

 

 本来ならシュウジとて、経験不足の士官候補生をわざわざ前線に出したくはない。まして、それが将来有望な士官候補生とくれば、こんな所で使い潰したくは無いと言う思いが強かった。

 

 それ以前に、戦力不足の大和が北米に赴く事自体、あまり関心できる事とは思えない。

 

 しかしハワイ駐留戦力の壊滅に伴い、急場の戦力増強が望めなくなった以上、ヒカル程の逸材を使わない手は無かった。

 

「だったら、私がセレスティに乗ります。それで・・・・・・」

「それでも、使える機体はセレスティ1機と、君の部下2人のみ言う事になる。戦力の低さは否定できない」

 

 即座に切り返されたシュウジの言葉に、リィスは言い返す事ができない。

 

 リィスもシュウジの言が正しいのは理解している。どうあっても、戦力不足は否めない。ならばえり好みをしている場合ではないだろう。

 

 しかしそれでも対象となっているのが自分の弟なのだ。情において納得できないのは如何ともしがたかった。

 

 そこでふと、シュウジは表情を緩めて笑みを作った。

 

「そう、深刻に考えるな。さっきも言ったが、あいつの戦闘データは見せてもらった。初めてであれだけできれば、充分すぎるくらいだろう」

 

 訓練と実戦は違う。

 

 訓練で良好な成績を収めた人間が、いざ実戦の場に出た瞬間、一瞬で命を落とすなどと言う事はざらにある。その点で言えば、ヒカルは2機撃墜の戦果まで挙げて、何より生き残っているのだから即戦力としては必要充分であろう。

 

 一度実戦を経験して生き残った者は、一万回模擬戦闘で勝利した候補生に勝る。これは戦場における常識と言っても良い。今のヒカルなら、セレスティを任せて実戦投入しても大丈夫とシュウジは判断したのだった。

 

 もしこれで、ヒカルの実力が大した事無いと判れば、シュウジもこんな無茶は言い出さなかっただろう。

 

 しかし、尚それでもリィスは食い下がる。

 

「だからって・・・・・・ヒカルは、まだ16歳なんですよ」

「俺の記憶が正しければ、16年前にカーディナルを討ち取った女の子は10歳だったと思ったが?」

 

 これにはリィスも、ぐうの音も出なかった。他でもない。「カーディナルを討ち取った10歳の女の子」とは、リィス自身なのだから。

 

 リィス本人は、父が駆る機体の後席に座ってオペレーターをしていただけなのだが、あの時あの瞬間、リィスが歴史の最前線に立ち、そしてエンドレスを打ち倒す事に大きく貢献した事は疑いようの無い事実であった。

 

 いずれにしても、年齢方面で実力を否定する事はできそうに無い。

 

 結局、リィスの抗議は何一つ実る事に無いまま終了したのだった。

 

 

 

 

 

「完全に悪役だな・・・・・・」

 

 リィスが乱暴な足取りで艦長室を出て行ったあと、シュウジは自嘲気味に笑いながら呟いた。

 

 事情が事情とはいえ、子供をモビルスーツに乗せて戦場に駆り出し、抗議に来た身内に対しては権威を笠に着て追い返す。

 

 果たして、これが悪役でなくてなんだと言うのだろうか?

 

 だが、シュウジとて29歳と言う若さで戦艦の艦長を拝命した身である。クルー達に対して責任がある。ならば勝利し生き残る為に最大限の努力をする必要があった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 シュウジはシートにゆったりと腰掛けながら、ある事を思い出していた。

 

 それはシュウジが過去、まだ駆け出しの三尉だった頃に、一度だけ見た事があるモビルスーツ同士の模擬戦の事。

 

 元々、祖父が海軍、そして宇宙軍関係者だった事もあり子供の頃から軍艦乗りにはあこがれていたが、モビルスーツにはあまり興味が無かったシュウジは、その模擬戦も友人の付き合いで退屈しのぎに見に行っただけであった。

 

 だがそこで、シュウジは圧倒される事になった。

 

 1対10と言う圧倒的に不利な状況の中で、たった1機のモビルスーツが並みいる敵役を次々と薙ぎ倒して勝利してしまったのだ。

 

 その様は、それまでモビルスーツ戦にはほとんど無関心だったシュウジすら魅了してしまった。

 

 あとで知った事だが、その時のモビルスーツを操縦していた人物こそがヒカルの父親、キラ・ヒビキ少将(当時)だったそうだ

 

 ヒカルの操縦技術は、当時のキラに比べると大きく劣っている事は言うまでもない。

 

 しかし、初めて乗ったセレスティを操り、敵機を2機撃墜して見せたヒカルの中に、シュウジはある種の才能を見出していた。

 

「後は、俺次第というわけだ・・・・・・」

 

 ヒカルの才能を生かすも殺すもシュウジ次第。

 

 だからこそシュウジは、自らに課した責任から逃れるつもりは無く、ヒカル・ヒビキと言う未来の才能に賭けてみたくなったのだった。

 

 それに、もう一つ、シュウジには懸念する材料があった。

 

 今回の大和の北米派遣は、オーブ政府から正式に下された命令である。その為、シュウジとしても戦力不足を承知の上で出撃を決意せざるを得なかった。

 

 しかし、命令を下したのはオーブ政府でも、判断自体はより高い場所から送られてきたのではないか、とシュウジは考えている。

 

 ラクス・クラインが存命だったころには友好な関係を続けていたオーブとプラントだが、近年、ザフト軍の膨張と、それに伴うプラントの対外強硬路線への転換により、両者の関係は急速に冷却化されつつある。

 

 そのような状況での、スパイラルデスティニー強奪とハワイの壊滅である。オーブ側としては失点回復の為に躍起になっている、と言ったところだろうか?

 

「あるいは、プラント政府から直接的な圧力でも掛けられたか?」

 

 あり得ない話ではない。近年のプラントの強硬な姿勢に対して、オーブ政府は碌に対応が取れていないのが現状である。そこに来て、今回の失態を盾に強硬な姿勢で来られたら、そのままなし崩し的に言いなりになってしまう事も十分考えられる。

 

 ザフトとしても、自分達の戦力を温存しつつ、北米の勢力に対して圧力を掛けられるのだから一石二鳥である。

 

 そこまで考えて、シュウジは大きく息を吐いた。

 

 いずれの理由にせよ、前線で戦うこちらとしては甚だいい迷惑である。ましてそれが、まだ子供と言って良い年齢の者達を駆り出さなくてはならないと来れば尚の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の大戦以降、欧州は荒廃とした地と化していた。

 

 カーディナル戦役終盤に起こったスカンジナビア王国壊滅と、それに連動する共和連合軍の欧州戦線の崩壊に伴い、地球連合軍は彼の地において徹底的な掃滅作戦を行った。

 

 破壊、暴行、略奪、虐殺、あらゆる暴虐が肯定され、その結果、数千万単位で人命が失われたとさえいわれている。

 

 彼等はそうせざるを得なかった。そもそもカーディナル戦役の発端は、西ユーラシア解放軍を名乗る武装勢力が、「地球連合の支配から西ユーラシアを解放する」と言う名目のもとに始めた事である。

 

 西ユーラシア解放軍は戦力も装備も地球連合軍に比べて貧弱であったが、およそ士気と言うレベルで地球軍を大きく上回り、また地の利を得ていた事から欧州における戦役は泥沼化したまま長く続く事となった。

 

 このような事情がある為、地球連合軍は二度と欧州で反乱の目が起きないように徹底的な掃滅が必要と考えたのである。

 

 その結果、起こったのがCE77の欧州大虐殺である。

 

 戦後、大西洋連邦の崩壊に伴い、一時的に欧州はユーラシア連邦の管轄下に置かれていたが、そのユーラシア連邦も、戦時中の戦費増大と賠償金問題に耐えかねて利権を放棄した事から、その後は特定の政体を持たない中立自治区のような様相になっていた。

 

 中立自治区と言っても、中心組織を持たない事実上の無政府地帯である。

 

 そのせいもあるのだろうが欧州一帯は、一部では犯罪者の潜伏先としても大いに活用され、治安の低下は目を覆いたくなるほどであった。

 

 戦後、早くから復興支援が開始されたスカンジナビアは、それでもまだ比較的平和の内にあったが、欧州本土の治安は目を覆いたくなるレベルにまで低下していた。

 

 カーディナル戦役における講和条約の結果、この地域には共和連合、地球連合共に戦力を駐留させる事ができない事も、治安の低下を助長していたのだ。

 

 見捨てられた地。

 

 欧州に残って生活する者達は、自分達の済む場所に最大限の皮肉を込めて、そう告げていた。

 

 しかし近年、欧州で活動をする者達がいる事は、密かな噂となって世界中に伝わっていた。

 

 その者達は国家ではなく、また公式には武装勢力でもない。

 

 故に共和連合にも地球連合にも属さない事から、大手を振って欧州で活動できる訳である。

 

 彼等は、戦乱とその後に続いた犯罪者の跳梁によって荒廃した欧州の人民を救済し、更には困窮した生活を送る欧州住人に対して大々的な施しをして回っていた。

 

 彼等の名は「ユニウス教団」

 

 長く続く戦乱の世を憂い「今こそ唯一神の威光でもって人々を救済する」と言う教義を謳う者達である。

 

「本日この場に集まりし、崇高なる思いを持つ者達よ」

 

 壇上に立った男は、両手を大仰に広げながら、そのように話し始める。

 

 50代程と思われる大柄の男は、純白のゆったりとした服装に大きな帽子をかぶった出で立ちで、どこか浮世離れしたような印象がある。

 

 髭の下から向けられる微笑は、常に優しさを象徴するように湛えられていた。

 

 ユニウス教団教主アーガス。それが男の名前である。

 

「皆はこれまで、多くの困難に直面し、そして大切な物を奪われ続けてきた。戦争で、犯罪で、困窮で、病で。それはとても悲しい事である」

 

 話を聞き、中には泣き出してしまう者達までいる。

 

 欧州に住む者達にとって、死とは常に自分と隣り合わせにあり続けて来た物なのだ。

 

 カーディナル戦役における大量虐殺を生き延びた後も、様々な困難が人々を襲い、その度に尊い命が奪われていった。

 

 暗く寒い、闇の道を歩き続けた彼等にとって光とは、手を伸ばしても決して届く事に無い幻想のような物だった。

 

 そんな彼等にとって、ユニウス教団はまさに救いと言って良かった。

 

 ユニウス教団は独自の警備組織を有しており、欧州で活動を開始すると同時に、潜伏しているテロリストや犯罪者のアジトを捜索、その大半を壊滅させていったのだ。

 

 人々の支持がユニウス教団に集まるのは、自然の流れと言える。それは、目の前に集まった数万に達するほどの民衆を見れば明らかだった。

 

 感謝、崇拝、陶酔。

 

 男を見上げる人々は誰もが、壇上で演説を振るう男に心酔しきっていた。

 

「しかし、それももう終わりだ。皆の献身的な努力を持って、この欧州は立派に立ち直った。今日この日は、欧州に住まう全ての人々にとって、奇跡を目撃した記念すべき日となったのだ」

 

 もう、欧州は犯罪者によって荒される事は無い。

 

 そしてそれを成す事ができたのは、ユニウス教団の威光あったればこそだった。

 

「地球連合はかつて、この欧州に殺戮の嵐を振りました。諸君らの父を、母を、恋人を、息子を、娘を理不尽な理由で奪って行った。そして勝者となった共和連合もしかり。地獄の中で苦しむ諸君たちを見捨てて、自分達の繁栄のみを貪った。これらは許されざる事だ!!」

 

 アーガスの言葉に、人々から同調する声が上がる。

 

 誰もが、地球連合と共和連合、双方に対する憎しみを募らせていたのだ。

 

「故に我等は、我等自身の足で立ち上がり、我等自身の手で道を切り開く事を選び、それを成し遂げたのだッ 我々はもはや、誰の助けもいらない。自分達だけの力で、自分達が生きる世界を選び取る事ができるのだ!!」

 

 大歓声が巻き起こる。

 

 誰もが酔っていた。

 

 自分達自身に、

 

 自分達が住むべき世界に、

 

 そしてユニウス教団の存在に。

 

 大観衆の声は、まるで津波のような勢いでアーガスに向けられる。

 

 質量を伴っているかのような大歓声を前に、アーガスもまた満足したように頷く。

 

 アーガスは僅かに後ろを振り返ると、場所を譲るように横に移動する。

 

 すると、

 

 アーガスの大柄な体に隠れるように、その後ろに立っていた人物が、替わって前に出た。

 

 アーガスと違い、かなり小柄な人物である。

 

 顔の上半分だけを仮面で覆っている為、表情を窺い知る事はできない。短く切り揃えた美しい金髪や、僅かに見える白い肌、細いあごのラインを見れば、年若い少女のような印象を受ける。

 

 聖女

 

 本名は知らない。

 

 ただ、人々からはそう呼ばれている、教団の象徴的な人物である。

 

「絶望を打ち払った皆さん・・・・・・」

 

 聖女は良く通る、涼しげな声で語り始めた。

 

「私達は、常にあなた方と共にあります。あなた方の苦しみは私達の苦しみであり、あなた方の喜びは私達の喜びでもあります。共に歩み続けて行きましょう。いつか、世界中が私達と共にあり、平和を掴むその日まで」

 

 次の瞬間、今までにないくらいの大歓声に包みこまれた。

 

 聖女と呼ばれる、この少女の存在は、ある意味教祖アーガスよりも人々にとっての希望となっている。その事を象徴する光景がそこにあった。

 

 ユニウス教団。

 

 戦後、あらゆる艱難辛苦に苛まれ、闇の中を歩き続けてきた欧州の人々にとって、その存在は紛う事無き希望の光に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 港の中で、戦艦大和は艦首と艦尾の補助スラスターを吹かしながら、ゆっくりと回頭していく。

 

 なけなしの物資搬入を終え、これから大和は北米大陸目指して出航する事になる。

 

 目標は北米に展開する友軍の支援。

 

 しかし、何もかもが足りない中での出撃である。

 

 物資、人員、そして機体。

 

 オーブ本国への増援要請は出してあるが、それを待っている余裕も無い、慌ただしい出撃である。

 

 徐々に回転していく風景を眺めながら、シュウジはリィスとのやり取りを思い出していた。

 

 彼女に言われるまでも無く、自分の決断が無謀の塊である事をシュウジは理解している。

 

 しかし、戦力不足である現状は如何ともしがたい。それでいて、時間が待ってくれないであろう事も、シュウジは理解していた。

 

 当面の主敵となる北米統一戦線は勿論、より強大な敵として控えている北米解放軍の存在もある。

 

 正直、これらと戦っていくうえで、大和の戦力が少なすぎる事は否めなかった。

 

 戦艦1隻とモビルスーツ4機だけで戦うには、相手の戦力は強大すぎる。

 

 しかし、

 

「・・・・・・やってみるさ」

 

 低く囁かれたシュウジの言葉に、気負いは全くない。

 

 自身の積み上げてきた実績と経験、クルー達の練度、兵器の性能。そして何より、パイロット達への信頼。それら全てが、シュウジにとって最大の武器だった。

 

「艦長、出航準備完了しました。いつでも出れます」

 

 オペレーターが報告してくる。

 

 見れば、ブリッジの一同もまた、揃ってシュウジに振り返り命令を待っている。

 

 シュウジは頷くと、立ち上がってマイクを取った。

 

「艦長より、総員へ達す。本艦はこれより、北米大陸へ向けて出撃する。諸君の中には強大な敵勢力と対峙するに当たり、恐怖を覚える者もいるだろう。道は険しく、また先を見通す事も出来ない。しかし、テロリストを放置すれば、いずれその災禍はオーブにも及ぶ事になるのは疑いない事である。よって、本職は諸君にお願いする。どうか恐怖を乗り越え、己の本分を尽くして戦ってほしい。道は必ず、我々の前に開ける。我々の大切な人達を守る為に、この大和と共に戦ってほしい。以上だ」

 

 マイクを置くと、シュウジはシュウジに向き直った。

 

「補助スラスター点火。微速前進」

「了解、補助スラスター点火。大和、微速前進」

 

 かすかな振動と共に、巨艦が前へと進みだす。

 

 シュウジは前方に視線を向け、鋭い眼差しで、これから自分達が進む事になる海原を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 前へと進み始めた大和の展望室に立ち、ヒカルは遠ざかっていくハワイの光景をじっと眺めていた。

 

 昨日までの事が、まるで嘘のようだ。

 

 いつものように学校に行き、友達と馬鹿騒ぎをしながら授業を受け、そして帰りに少し遊んでから帰る。

 

 そんな当たり前だと思っていた日常は、ほんの一瞬で崩されてしまった。

 

 そして、他でもない、その日常を壊した張本人は、

 

「レミル・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、親友の名を呟く。

 

 このような事態になった今でも、ヒカルはまだレミルを親友だと思っている。

 

 なぜ、あいつがこんな事をしたのか? 本当にテロリストなのか?

 

 それらを確かめない事には、どうしても気が済まなかった。

 

 けど、

 

 ヒカルは、己の中に一抹の不安が芽生えている事を自覚していた。

 

 会って、話して、そしてそれからどうする?

 

 今さら、レミル(レミリア)がテロリストであったと言う事実は消えない。それは何より、ヒカル自身が目の当たりにした事実によって証明されてしまっている。

 

 テロリストは許す事はできない。

 

 だが、レミル(レミリア)と対峙した時、果たして自分は引き金を引く事ができるだろうか?

 

 ヒカルにはまだ、その答えが出せないでいた。

 

 

 

 

 

PHASE-05「迷走の眼差し」      終わり

 


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