機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-44「全ては、うたかたの夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《私の声が聞こえますか? 私の名は、カガリ・ユラ・アスハ。かつて、この国の国家元首を務めさせていただいた者です。今は故あって、自由オーブ軍と行動を共にしています。

 

 どうか、心ある方は私の話を聞いてほしい。

 

 我々は、あなた方と戦いたくて来た訳ではない。

 

 我々の願いはただ一つ。祖国オーブが、かつてのように誇りある独立した国家として、この世界の中で歩んで行く事にある。

 

 自由オーブ軍の皆は、ただそれだけを願い、ここまでやって来たのです。

 

 皆さん、国は大事です。誰でも、自分が住む家を守りたいと思うのは当然の事です。

 

 しかし今、その家を、他の者が土足で踏み荒し、好き勝手に壊して持ち去ろうとしています。

 

 それを許せるでしょうか?

 

 否、

 

 断じて否です。

 

 故にこそ、戦わねばなりません。オーブを・・・・・・私達のオーブを取り戻すために。

 

 皆さん、どうかお願いします。

 

 迷惑だと思う方もいるでしょう。

 

 私達の事を疎ましく思う方も大勢いる事でしょう。

 

 しかし、それらを承知し、全て呑み込んだ上で、わたくし、カガリ・ユラ・アスハの名のもとにお願いします。

 

 どうか、力を貸してください。

 

 私達の国、オーブ共和国を取り戻すために》

 

 行政府から発せられたカガリの声は、オーブ全域に染み渡るようにして広がって行った。

 

 

 

 

 

 波打ち際に擱座した2体のモビルスーツは、互いの寄り添うようにして力尽きていた。

 

 機体の半ばを打ち寄せる波に洗われ、ピクリとも動かないさまは、気絶しているようにも見える。

 

 エターナルフリーダムの方は、左翼と左腕、頭部を欠損している。

 

 一方のスパイラルデスティニーは、右腕と右翼を欠損し、左わき腹が大きく抉られている。

 

 両者、判定大破の損害であり、もはやまともに動く事すらできないであろう事は、明々白々であった。

 

 と、エターナルフリーダムのハッチが内側から強制解放され、中からパイロットスーツを着た人影が這い出してきた。

 

「あ~クソッ 身体がイテェ!!」

 

 苛立つように叫びながら、ヒカルはヘルメットを乱暴に脱ぎ捨てた。

 

 汗をかき、額に張り付いた髪を強引に振り払うと、すぐさま、視線を傍らに倒れているスパイラルデスティニーに向けた。

 

 2機をここまで運んできたのはヒカルである。

 

 かなり苦労した。

 

 頭部を破壊されたエターナルフリーダムはNジャマー・キャンセラーも失って居る為、もはや核エンジンは殆ど稼働しない状態である。それでも、機体内部に残ったバッテリーを節約し、サイクルさせる事でどうにか動かしたのだ。いわばダマシ運転である。

 

 対して、スパイラルデスティニーの方は、完全に動力が停止している。

 

 腹部を破壊された事で、エンジンが暴発する可能性を懸念したレミリアが、とっさに原子炉緊急停止の操作を行ったのである。

 

 これにより、スパイラルデスティニーは完全に動力を停止し、今や指一本動かす事ができない状態である。

 

 ヒカルは機体伝いに歩くと、接触している互いの肩部分に足を掛けて、相手の機体へと乗り移る。

 

 コックピットハッチの場所まで苦労してたどり着くと、外部強制解放用のレバーを引き、ハッチを開いた。

 

 重苦しい音と共に、開かれるハッチ。

 

 同時に、ヒカルは中を覗き込んだ。

 

「おい、レミリア、無事か!?」

 

 中から返事は無い。

 

 一瞬、嫌な予感がしたが、すぐに否定する。

 

 互いに墜落はしたものの、コックピットの中にいて死ぬような衝撃ではなかったはず。

 

 それにレミリアは、ヒカルの攻撃を受けた直後、原子炉閉鎖措置を行っている。つまり、生きていると言う事だ。

 

「レミリア!!」

 

 再度、力強く呼びかける。

 

 すると、

 

「・・・・・・・・・・・・ヒ、カル?」

 

 かすかに返事があった。

 

 

 

 

 

 闇の中で、レミリアは、1人彷徨っていた。

 

 寒い・・・・・・・・・・・・

 

 暗くて何も見えない・・・・・・・・・・・・

 

 孤独は嫌。

 

 1人は嫌なのに。

 

 けど、誰もレミリアを助けてはくれない。

 

 レミリアは、どこまで行っても1人。孤独と言う地獄の中を彷徨い続けている。

 

 助けてッ

 

 誰か助けてよ!!

 

 叫ぶ声は、誰にも届かない。

 

 絶望が足首を掴み、引きずり倒される。

 

 無様に転ぶ地面を、ヘドロのような闇が覆い尽くし飲み込んで行く。

 

 もがいてももがいても、ただ沈んで行く事しかできない。

 

 やがて、泥は首にまで達し、とうとう顔にへばりついてきた。

 

 息が苦しくなり、意識が遠のいていく。

 

 ああ、

 

 ボクは、ここで死ぬのか・・・・・・・・・・・・

 

 そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《レミリア!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力強い声に呼ばれて、意識が強引に引き戻される。

 

 闇の世界に差し込む、強烈な光が、レミリアの視界を焼く。

 

 差し伸べられる手は、真っ直ぐに向けられてくる。

 

 その手を、レミリアが躊躇いがちに掴むと、一気に引き上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルはレミリアを支えながら機体の上から降りると、そのまま砂浜まで運んで行き、そこで力尽きた。

 

 お互い、並んで砂浜に寝転がる。

 

 荒い息のまま横たわっている2人。

 

 既に、戦闘による騒音も聞こえる事は無く、ただ打ち寄せる波の音だけが2人の鼓膜を優しくくすぐっていた。

 

 と、

 

 傍らからすすり泣く声が聞こえ、ヒカルは思わず顔を上げた。

 

「レミリア?」

 

 目を向けると、レミリアは自分の目を覆い隠して泣いていた。

 

「・・・・・・・・・・・・れな、かった」

「え?」

 

 かすれ気味に聞こえてくる声に、ヒカルは聞き入る。

 

「まもれな、かった・・・・・・ボクは、何も守れなかった・・・・・・結局・・・・・・」

 

 かつての仲間も、大切な姉も、何もかも、守ろうとするレミリアの手から零れて落ちてしまった。

 

「ヒカル・・・・・・君と戦ってまで、選んだ道だっていうのに・・・・・・・ボクは・・・・・・」

 

 イリアは恐らく殺される。かつて、レミリアの仲間と同じく、まるで虫けらのように。

 

 そして最早、レミリアにはそれを止める力は無かった。

 

 姉を殺されるのを、ただ指を咥えて見ている事しかできない。

 

 全てが、終わってしまったのだ。

 

 だが、

 

「馬鹿野郎!!」

 

 ヒカルはレミリアの胸ぐらをつかむと、強引に起き上がらせて顔を近づける。

 

「ひ、ヒカル?」

「簡単に諦めてんじゃねえよ!! お前、ずっと頑張って来たんだろッ 姉貴守って、たった1人で戦ってきたんだろ!!」

 

 ヒカルの声が、頬を張るような力強さでレミリアに叩き付けられる。

 

 痛みを伴うかのような声は、絶望の深みに陥り諦めかけていたレミリアの心を、遠慮も容赦なく強引に引っ張り上げていく。

 

「今度は、俺が一緒に戦ってやるよッ お前の姉ちゃん取り戻すの、手伝ってやるからよ!!」

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

「だから、諦めるんじゃねえよッ もう一回立ち上がって見せろよ」

 

 ああ、いつも通りのヒカルだ。

 

 レミリアは、今まで冷え切っていた心に、温かい光が宿ったかのような、そんな感覚を覚えた。

 

 ヒカルの声は、絶望の淵に堕ちようとしていたレミリアを、見事に引き上げたのだ。

 

「本当に・・・・・・手伝ってくれるの?」

 

 知らず、レミリアの顔からは、涙が零れ落ちる。

 

 覆い尽くす闇に、全て絶望していたレミリア。

 

 そんな彼女が、希望に満ちた光の世界に、ヒカルは引き戻そうとしている。

 

 今度こそ、

 

 今度こそ、この優しい人の手を取ろう。

 

 そうすれば、きっと全て上手く行く。

 

 レミリアは、そう考えて手を伸ばそうとした。

 

 その時、

 

「悪いが、そこまでだッ」

 

 悪意に満ちた声が、2人の思考を中断させた。

 

 振り返った先には、銃を構えて歩いてくる人影がある。

 

「レオス、お前・・・・・・・・・・・・」

 

 直接顔を合わせるのは久しぶりになるが、裏切ったかつての仲間を見忘れる訳が無かった。

 

 流石に無傷ではなく、あちこちに傷を負っているが、それでもぎらぎらと殺気に満ちた目でヒカル達を睨みつけていた。

 

「うはー あれが魔王様? やだ、ちょっと可愛いんだけど」

「まだガキじゃないか。こんな奴にやられていたかと思うと、我ながら腹が立つな」

 

 そのレオスの背後に立った一組の男女が、ヒカルを見て可笑しそうに笑みを向けてくる。

 

 こちらは初対面となるが、声を聴いてすぐに判った。あの、何度も交戦した経験のある、2機の異形のパイロットだと。

 

 リーブス兄妹を従えたレオスは、拳銃を油断なくヒカル達に向けてくる。

 

 対して、ヒカルは背後のレミリア庇うようにして、前へと出た。

 

「・・・・・・・・・・・・お前等、いったい何しに来たんだよ?」

 

 警戒心をあらわにするヒカルに対し、レオスは余裕の笑みを浮かべながら答える。

 

「なに。このまま、お前1人にやられっぱなしで逃げ帰ったんじゃ、流石に面目は丸つぶれだからな。ちょっとばかり、帳尻合わせをさせてもらおうと思ったのさ」

 

 言ってから、銃口をヒカルに向ける。

 

「モビルスーツ戦では負けたが、当の魔王自身を討ち取ったとなれば、収支はプラスになるだろうからな。ついでに言うと、その娘にはまだ利用価値があるからな。連れて行かれちゃ困るんだよ」

 

 つまり、ヒカルを殺して、レミリアは再び連れて行く気なのだ。

 

 どうする?

 

 ヒカルは必死になって、頭の中で策を練る。

 

 相手は3人。流石に全員を相手取るのは難しい。加えてヒカルもレミリアも、戦いで疲れ果て、傷ついている。まともに戦えば負けは必定。

 

 完全に八方ふさがりである。

 

 そして、

 

 リミットは無情に時を刻んだ。

 

「じゃあな、ヒカル」

 

 トリガーを、あっさりと引き絞るレオス。

 

 吐き出される弾丸は亜音速で飛来し、一瞬にして標的を捉えるだろう。

 

 弾丸が到達する。

 

 次の瞬間、

 

 背後にいたレミリアが、強引にヒカルを突き飛ばして前へと出る。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 一瞬、唖然とするヒカル。

 

 対して、

 

 レミリアは、優しくヒカルに笑いかける。

 

「ありがとう、ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 次の瞬間、

 

 弾丸は、レミリアの胸を貫いた。

 

 

 

 

 

「すまない・・・・・・・・・・・・もう一度、言ってくれないか?」

 

 イリアと対峙したアスランは、驚愕の眼差しを張り付けたまま、確認するように身を乗り出す。

 

 イリアが告げた「真実」。

 

 それはアスランの予想を大きく上回っていた。

 

 今さらながらアスランは、グルック派がなぜ、レミリアの情報をトップシークレット扱いにして隠し続けたのか理解していた。

 

 事は、プラントの内部の事情だけに留まるレベルではない。下手をすると、今後の歴史すら変えかねない、最強にして最悪のワイルドカード。それが、レミリア・バニッシュと言う存在だった。

 

「レミリアを産み出す際、アンブレアス・グルックは、一つの条件を、私の両親に提示しました。それは、『ある人物』の遺伝子情報を基にして、作り出すと言う事です。恐らく、将来的には、その人物をある種の象徴のような扱いをする心算だったのでしょう」

 

 イリアの目は、驚愕するアスランを真っ直ぐに見据えて言った。

 

「その人物こそが、かつてのプラント最高議長であり、共和連合の象徴とも言うべき人物、ラクス・クラインだったのです」

 

 再び、ハンマーで殴られたような衝撃が、アスランを貫いていく。

 

 ラクスの遺伝子を受け継いだ人物。

 

 ただそれだけで、世界に与える影響力は計り知れないだろう。

 

 象徴的な力だけで、世界を一変するに足るのは間違いない。

 

「ラクス・クラインの遺伝子を用いて、更に、以前、別の研究機関が成功したと言う『最高のコーディネイター』を開発した技術を流用する形で生み出された女の子。それが、レミリアなんです」

 

 と言う事は、厳密に言えばレミリアはラクスのクローンでは無く・・・・・・

 

「じゃあ、レミリアは、つまり・・・・・・・・・・・・」

「はい」

 

 アスランの言葉の先を察し、イリアは頷く。

 

「公的な記録によれば、ラクス・クラインに実子はいません。しかしもし、仮に遺伝子上の血縁を認めると言うのであれば、あの子・・・・・・レミリア・バニッシュ、いえ、レミリア・クラインこそが、ラクス・クラインの『娘』と言う事になります」

 

 言い終わってから、イリアは両手を顔に当てて泣き崩れる。

 

「私は・・・・・・罪深い女です。本当なら、もっと早く、レミリアに真実を伝えるべきだった。そうすれば、あの子がこんなにも苦しむ事は無かったかもしれない。けど、あの子が私に向けてくれる優しさや愛情が心地よくて、それを失いたくなくて、今までズルズルと来てしまいました・・・・・・・・・・・・」

 

 泣き続けるイリア。

 

 それに対して、アスランは駆けてやる言葉が見つからない。

 

 事はあまりにも大きすぎて、アスランの胸一つに収める事は不可能だったのだ。

 

 だが、

 

 この時すでに、オーブの戦場において、事態は最悪の方向に流れてしまっている事を、

 

 遠くプラントにいる2人には、知る由すら無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロスファイアとディスピアの戦闘は、互いに決定打を奪えないまま、激しい激突を繰り返していた。

 

 キラが接近して剣を振るえば、クライブが回避運動を行いながら砲撃を浴びせてくる。

 

 その動きをエストが読んでキラに伝え、回避経路を導き出す。

 

「これでッ!!」

「終わり!!」

《甘ェ!!》

 

 互いにフルバーストを放つ両者。

 

 閃光が空中で激しくぶつかり合い、もたらされた衝撃が奔流となって海面を沸騰させる。

 

 晴れる閃光。

 

 すかさず、両者ともに動く。

 

 クライブが次の攻撃を行うべく、タルタロスとビームサーベルを構えた。

 

 次の瞬間、紅炎翼を羽ばたかせたDモードのクロスファイアが斬り込んで来た。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながら、クライブは攻撃を諦めて回避運動に入る。

 

 袈裟懸けに振るわれた対艦刀の一撃を、上昇を掛ける事で辛うじて回避するクライブ。

 

 同時に複列位相砲による砲撃でクロスファイアを牽制する。

 

 迸る閃光を、キラは旋回しながら回避。同時に取り出したビームライフルで応戦する。

 

 その攻撃を、クライブもビームシールドを展開して防御する。

 

 互いに決定打を与える事ができない。

 

 そうしているうちに、クライブは、時間が来た事を悟って舌打ちした。

 

 既にプラント軍は壊滅。特殊作戦部隊も、クライブを除いて全滅した事は、シグナルがロスとしている事から考えて間違いない。

 

 これ以上戦っても、戦況を覆す要素足り得る事はできない。つまり、彼の戦争哲学から行けば、完全に無意味だった。

 

 勝利を前提にしてこそ、苦戦や死闘に意味はある。負け戦に拘泥して犬死するのは愚の骨頂だった。

 

《この勝負、預けるぜキラ!!》

「そんな、勝手を!!」

 

 またも、勝負を投げて逃げようとするクライブに対して、キラは背後から追いすがろうとする。

 

 だが、クライブはスラスターを全開にして逃走に入る。

 

 対して、キラは徐々に速度を緩めると、やがて耐空するように停止した。

 

 追いつく事は不可能ではないが、下手に追えば、却って深追いになる可能性もある。

 

 それに、プラント軍が体勢を立て直して逆襲に転じてくる可能性も捨てきれない以上、クロスファイアが戦線を離れる事は許されなかった。

 

「キラ」

「うん、判ってる。ここは一旦、みんなの所へ戻ろう。カガリたちがどうなったかも気になるし」

 

 声を掛けてきたエストにそう答えると、キラはクロスファイアを反転させて行政府のある本島へと向かって飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 崩れ落ちるレミリア。

 

 その光景が、ひどく現実味を欠いて、ヒカルの脳裏に刻みこまれる。

 

 いったい、何がどうなったのか?

 

 いや、起きた事を推察する事はできる。

 

 レオスが放った銃弾が、ヒカルを貫こうとした瞬間、とっさにレミリアが、ヒカルを突き飛ばして身代わりとなったのだ。

 

 だが頭が、

 

 心が、

 

 目の前で起きた事を理解するのを、かたくなに拒んでいるかのようだ。

 

 レミリアの体は、ひどくゆっくりと、まるでスロー画像を見ているかのように、静かに地面へと倒れ伏す。

 

 赤い液体が、真っ白な砂浜に広がり、滲んでいく。

 

 この事態は、レオスたちにも予想外の事だったのだろう。

 

 レオス、フレッド、フィリアがそれぞれ、驚愕の眼差しを向けているのが見える。

 

 そんな彼等に構う事無く、ヒカルは倒れたレミリアを抱き起した。

 

「レミリアッ おい、レミリア!!」

 

 揺り動かす体は驚くほど軽い。

 

 まるで、大切な何かが、彼女の体から零れ落ちてしまったかのようだ。

 

 そんなヒカルに、レオスは再度、銃口を向けようとする。

 

 しかし、その時、背後から複数の足音が向かってくるのが見えた。

 

 更に、上空には戦闘機形態のイザヨイが舞っているのも見える。これは、カノンの機体である。

 

 ヒカルとレミリアが揃って墜落したのを確認したカノンが、大和に連絡して回収部隊の出動を要請したのだ。

 

 レオスたちが聞いたのは、その回収部隊の足音である。

 

「チッ 退くぞ」

 

 そう言うとレオスは、リーブス兄妹を引き連れて踵を返す。

 

 グズグズしていたら、敵に囲まれて形勢は不利になる。そう判断したレオスは、リーブス兄妹を引き連れて密林の中へと駆け去って行く。

 

 だが、ヒカルは、彼等には目もくれようとしなかった。

 

 ひたすら、自身の腕の中でぐったりしているレミリアに呼びかけ続ける。

 

「レミリア!! 目を開けろよッ お前、こんな所で死んでどうするんだよ!? これから一緒に戦うんだろ!? 姉ちゃんの事を助けに行くんだろ!? なのに・・・・・・」

 

 必死に呼びかけるヒカル。

 

 それに対し、

 

 レミリアはようやく、薄く瞼を持ち上げた。

 

 ぼやけて霞む視界の中、

 

 大好きな少年が、必死の形相で自分を見ているのが見える。

 

 知らず、口元に笑みが浮かぶ。

 

 望んでも望んでも、レミリアが決して得られなかった物。

 

 それが今、すぐ目の前にあった。

 

 ようやく手に入れた。

 

 もう、絶対に離さない。離したくない。

 

「・・・・・・・・・・・・ねえ、ヒカル」

 

 掠れる声を必死に紡いで、レミリアは話す。

 

 ずっとずっと、聞いてみたかった事があるのだ。この際だから、聞いてみようと思った。

 

「君の、あの戦い方・・・・・・・・・・・・」

 

 恐らく、不殺の戦い方の事を言っているのだろう。

 

 ヒカルの脳裏に、苦い思いがよぎる。

 

 レオスに、リーブス兄妹。彼等と戦った際も、ヒカルは不殺の戦いを捨てなかった。

 

 しかし、その結果がこれである。

 

 まさに、かつて父に指摘されたとおり、

 

 彼等を殺す覚悟を持たないまま、悪戯に不殺を行ったヒカルは今、自分にとって最も大切な物を失おうとしていた。

 

「あれって、もしかして・・・・・・ボクの為にしてくれたの?」

「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだよ」

 

 ヒカルは、零れる涙をこらえるようにして答えた。

 

 かつて、敵味方に分かれてしまったヒカルとレミリア。

 

 そんな悲劇を繰り返さない為、ヒカルは父の戦い方を独学で学び、不殺を身に着けた。

 

 しかし、結果としてそれが、一番に守りたかったレミリアの命を奪う事になるとは、皮肉以外の何物でも無かった。

 

 だが、

 

 そんなヒカルに対して、レミリアはニッコリと笑う。

 

「お願いだ、ヒカル・・・・・・君は、君の戦いを続けてほしい・・・・・・そして、ボクを救ってくれたみたいに、もっと多くの人を掬って欲しいんだ」

「そんな、レミリア・・・・・・・・・・・・」

 

 自分は彼女を救っていない。それどころか、傷付けてしまった。

 

 そう考えているヒカル。

 

 しかし、その考えを、レミリアは否定した。

 

 ヒカルは、あくまで自分を救ってくれたのだ、と。絶望の闇に沈もうとしていた自分を、光の世界に引っ張り上げてくれたのだ、と。

 

「ずっと、考えていたんだ。ボクの、人生って何だったんだろうかって・・・・・・ずっと戦いばっかりで・・・・・・辛い事ばっかりで・・・・・・楽しい事なんて何にもなかった・・・・・・・・・・・・」

 

 けどね、とレミリアは続ける。

 

「ヒカル・・・・・・君に出会えたことが、ボクにとっては唯一の希望だった気がする。君はボクには眩しくて、とても眩しくて・・・・・・だから、憧れた」

 

 言いながら、レミリアは最後の力を振り絞って、両手を伸ばし、ヒカルの頬に手を当てる。

 

「ヒカル・・・・・・ボクは・・・・・・君が、好きだ」

 

 そう言うと、そっと抱き寄せて、

 

 唇を重ねる。

 

 本当は、こんなことするべきじゃない。

 

 こんな事をしたら、優しいヒカルに、自分と言う存在を背負わせてしまう事になる。

 

 だが、それでも、レミリアは己の想いを、ヒカルに知ってほしかった。

 

 やがて、唇を離す。

 

 呆然と涙を浮かべ、一言も発する事ができないヒカル。

 

 そんなヒカルに対して、レミリアは、精いっぱいの力で微笑を浮かべる。

 

「お願い・・・・・・どうか・・・・・・ボクの、大、好きな、ヒカルの、ままで・・・・・・いて・・・・・・・・・・・・」

 

 視界が霞む。

 

 

 

 

 

 ああ、イヤだな・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 もう少しだけ、ヒカルの事を見ていたいのに・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 けど、もう時間が無い、か・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 まあ・・・・・・良いか・・・・・・

 

 

 

 

 

 最後に、自分の想いだけは、伝えられたし・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 返事を聞けなかった事は、残念・・・・・・

 

 

 

 

 

 だっ・・・・・・

 

 

 

 

 

 た、けど・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、レミリア・バニッシュは、

 

 己に課せられた運命を知る事も無く、

 

 18年と言う短い生涯を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、終わった。

 

 壊滅状態となり、更にカガリの演説が響き渡った事で、プラント軍は、利我に有らずとして、戦線を放棄して撤退していった。

 

 これにより、オーブは約2年ぶりに祖国を取り戻したのである。

 

 取りあえず、当面の間はカガリを首班とした暫定政権によって国政運営を行い、行く行くは正式な形で選挙を行い、政権移譲を行う予定である。

 

 それに対する国民の反応は様々で、カガリたちを歓迎する者、否定する者、様子見を決め込む者とに分かれている。

 

 しかし、プラント軍がオーブを放棄した以上、無駄な抵抗を試みようと言う物が現れる事無く、政変自体はスムーズに行われた。

 

 全てはこれからである。

 

 これから国内の勢力を統一し、挙国一致体制を整えてプラントに対抗していく必要がある。

 

 簡単な仕事ではないが、それをやり遂げない事には、全ては始らなかった。

 

 とは言え、

 

 この勝利によってオーブ軍が蒙った犠牲も、決して小さくは無かった。

 

 参加戦力の内、実に4割近くを喪失。機体の損耗は更に激しく、辛うじて帰還した機体の中にも、修理不能と判断された物が多く存在した。

 

 乾坤一擲の大勝負だったとはいえ、この一戦で自由オーブ軍を旗揚げして以来の戦力は、殆ど壊滅したと言って良いだろう。

 

 しかも悪い事に、戦争は今だ終結したとは言い難い。

 

 プラントは再び戦力をかき集めて反攻作戦を行うだろう。その戦いからオーブの国を守るために、戦力の再建は急務である。

 

 当面は、本国に残っていたオーブ正規軍を戦力に組み込み、更に傭兵の雇用などで戦力の水増しをする必要があるだろう。

 

「取りあえず、必要なのは今後の方針だ」

 

 主要メンバーを集めて、カガリは開口一番そう告げた。

 

 凛とした佇まいは、往年の代表首長時代に戻ったかのように溌剌としている。

 

 彼のギルバート・デュランダルを向こうに回して一歩も引かなかったカガリの存在は、自分達のリーダーとしてこの上なく頼もしかった。

 

 この場には今、彼女の他にも、キラ、ムウ、マリュー、シン、ラキヤ、シュウジ、アラン、リィスと言ったメンバーが顔を合わせている。

 

 その多くが軍人だが、今のカガリには、自身の脇を固める参謀役が不足している。その為、仲間達の意見を聞きながら、考えを纏めようとしているのだ。

 

「私達がこうして国を取り戻したのは喜ばしいが、これを黙って見逃す程、プラントは愚かじゃないだろう」

「だろうね。たぶん、近いうちに『奪還』とか言いながら攻めて来るだろ」

 

 ムウは、そう言って肩をすくめる。

 

 自分達の行為は、正にプラントの、と言うよりアンブレアス・グルックの横っ面に張り手を喰らわせたような物だ。これで黙るようなら、そもそも、あれほどの強硬路線を敷いたりしないだろう。

 

 それに対して、オーブ軍の残存戦力は、あまりにも微弱だった。

 

「その兆候は、すでに出ているよ」

 

 ラキヤはそう言うと、テレビのスイッチを入れる。

 

 そこには、世界全域に向かって流される、プラント国営放送の様子が映し出された。

 

《この度、我が勇壮なるプラント軍の将兵たちが、遠き異郷の地で、その尊い命を散らして行きました。その全ては、自由オーブ軍を名乗る悪逆非道なるテロリスト集団と、彼等が擁する過去の亡霊、アスハが齎した悲劇であります。彼等が行った事は時代を逆行させるが如き非道であり、断じて許されるべき物ではありません。散って行った勇敢なるプラント軍の将兵の為に、そして、この世界に恒久なる平和と、統一と、正義を示す為にも、我々は戦い続けなくてはならないのです。よって、わたくし、プラント最高評議会議長アンブレアス・グルックは、悪逆非道なるオーブ軍事政権に対し、宣戦布告する事を宣言いたしますッ そして、オーブが一日も早く正道に立ち返り、共に平和と繁栄の道を歩んでくれる事を願ってやみません!!》

 

 万雷の拍手が鳴り響き、賞賛の嵐がグルックへと浴びせられる。

 

 もはや、聞くに堪えないとばかりに、シンはリモコンを取ってテレビを切った。

 

「・・・・・・結局、私達がした事って何だったのかな」

 

 ポツリと、リィスが呟く。

 

 命がけで国を取り戻したと言うのに、まるでそれをあざ笑うかのように、戦争を続けようとする者達がいる。

 

 自分達はただ、行使して当然の権利を取り戻しただけだと言うのに。

 

 それに、

 

 リィスは自身の弟の事を思い出す。

 

 救出部隊に伴われて戻ってきたヒカルは、1人の少女の亡きがらを、腕に抱いていた。

 

 ヒカルは悄然としたまま、誰の呼びかけにも答える事は無かった。

 

 今も、死体安置室に置かれたレミリアの遺体と一緒にいる。一応、カノンについていてもらっているので、妙な気を起こす事は無いだろうが。

 

「・・・・・・・・・・・・せめて」

 

 それまで黙っていたマリューが、ポツリと口を開いた。

 

「せめて、ラクスさんが生きていてくれたら、もう少し状況は変わったのかしら?」

 

 誰もが、遠き過去に失われた「盟主」の存在に、思いを馳せずにはいられなかった。

 

 確かに、ラクス程の政治的手腕と指導力があれば、自分達がここまで追い込まれる事は無かっただろう。

 

 だが、

 

「ラクスは、もういない」

 

 かつての親友の顔を思い浮かべながら、カガリは断固とした口調で返す。

 

 ラクスはもう死んだ。その事実は覆す事はできない。

 

「だから、私達はラクスの分も、がんばって戦わなくちゃいけないんだ」

「そうだな。過去を見るのは後でもできる。今は、前に進まないと」

 

 一同の目に、再び闘志の燈火が光る。

 

 確かに、ラクスはもういない。

 

 だが、そんな事で諦めたのでは、彼女に対して申し訳ないと言う物だろう。

 

 と、

 

「あ~・・・・・・みんな?」

 

 歯切れ悪く口を挟んだのはキラだった。

 

 一同が視線を向ける中、キラは実に言いにくそう言葉を濁す。

 

「盛り上がっている所、まことに申し訳ないんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 そして、恐らくは、この男の人生において、最大級となるであろう爆弾発言をぶち上げた。

 

「そう言う事はさ、《本人》に直接ぶつけた方がいいんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

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・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

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・・・

 

 

 

 

 

『        ハァァァァァァ!!!???        』

 

 

 

 

 

PHASE-44「全ては、うたかたの夢」      終わり

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 第2部   完

 


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