機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
キャットウォークの上を歩き、愛機へと向かう。
見上げる先には、鋼鉄の天使が、主を待ちわびて佇んでいた。
「考えてみれば、お前とも随分長い付き合いになるよな・・・・・・」
ヒカルはエターナルフリーダムと目線を合わせると、長年の相棒に語りかけるようにして呟く。
不完全な状態のセレスティから、本来の姿であるエターナルフリーダムになり、今までヒカルの剣として戦い抜いてきた機体。
だからこそ、今、この最も重要な戦場において、ともに恃むべき存在でもあった。
「ヒカル」
背後から声を掛けられて振り返る。
そこには、既に出撃準備を整えたカノン、リィス、アステルがそれぞれ立っていた。
リィスのテンメイアカツキは、既に修理が完了し、更に武装の強化も行われている。今回の戦いにおいて、活躍が期待できるだろう。
カノンは、自身の専用機が無い為、今回はイザヨイでの出撃となる。戦闘力の低下は否めないが、掩護に回ってもらう分には、充分な活躍が期待できた。
「ヒカル、緊張してる?」
「していないって言えば、嘘になるかな」
リィスの質問に、ヒカルは苦笑しながら返す。
いよいよ、ここまで来た。そう考えれば、緊張が高まるのも無理は無い。
だが、まだ道は半ばだ。ここで気を抜けば、ここまでやってきた全てが水の泡と化す。
故に、最大限の力でもって、当たらなくてはならない。
「みんな、頼むぞ」
ヒカルの言葉に、一同は頷きを返す。
誰もが、この戦いが正念場である事を自覚しているのだ。
コックピットに入り、OSを起動する。
既に何度も繰り返した動作は、頭で考える事も無く実行する事ができる。
モニターとコンソールに灯が入り、機体が立ち上がって行く。
と、そこで直通の通信が入って来た事に気付いた。
《ヒカル》
サブモニターに現れたのは、同様に機体の立ち上げを行っているであろう、カノンの姿だった。
やはり出撃前で緊張を隠せないのか、どこか俯いた感がカノンにも見受けられる。
「どうしたんだよ?」
《うん・・・・・・・・・・・・》
訝るように尋ねるヒカルに対し、カノンは少し躊躇うようにして口を開いた。
《今回は、その・・・・・・レミル、じゃなくてレミリアは、出て来るのかな?》
「・・・・・・・・・・・・たぶんな」
敢えて考えないようにしていた事を言われ、ヒカルも一瞬言い淀んだ。
今回の戦いが決戦である以上、敵も可能な限りの戦力を投入してくるであろう。ならば、最強の切り札であるレミリアを使わない筈は無い。
彼女との戦いが不可避の間に迫りつつあることを、ヒカルは自覚せずにはいられなかった。
《ねえ、ヒカル》
そんなヒカルに、カノンは問いかけた。
《ヒカルは、レミリアが好きなの?》
「・・・・・・・・・・・・」
突然の問いかけに、ヒカルは思わず沈黙する。
こんな時に何を言っているのか、と言いかけて、すぐに口をつぐんだ。
自分がレミリアの事を、どう思っているか?
確かに、その事を考えた事は無かった。否、答を考える事から逃げていた気がする。
ずっと、今の「親友」と言う関係を壊したくないと思っていたのか、あるいは、敵味方に分かれている現状、今以上の関係になって情を預けるのが怖かったからなのか。それは、ヒカル自身にも判らない。
しかし、あの夜、
一晩を共にした時、レミリアが女である事が分かった時から、少年と少女の間は、ただの「親友」同士ではなくなったのかもしれない。
元からあるべき姿に戻ったのか、あるいは元からあった物が壊れたのか、
いずれにしても、ヒカルは、自分の中にある感情を押し殺す形で、彼女の前に立っていたのは間違いない。
「・・・・・・・・・・・・・判んね」
《・・・・・・・・・・・・・》
ややあって答えたヒカルの言葉に対し、カノンも沈黙で返す。
「あいつの事、ずっと親友だって思ってきたからな。急にそんな事言われても、判るわけないだろ」
そう言って、力無く笑うヒカル。
だが、カノンは見逃さなかった。そのヒカルの笑い方が、いつもよりもどこか、寂しげである事に。
やっぱり、
カノンはここに至り確信した。
ヒカルは、レミリアに惹かれている。
それは幼馴染だから判る事。
否、
幼馴染だからこそ、判ってしまった事。
少年の見せる僅かな躊躇いの変化が、少女には誤魔化しきれない「証」となって表れていた。
そして、月で少しだけ触れ合った時の感触を見るに、恐らくレミリアもまた、ヒカルに惹かれていると思う。根拠は無いが、カノンは直感でそう思っていた。
ヒカル・ヒビキとレミリア・バニッシュ。
常に対立する陣営に属しながら、それでも尚、互いに惹かれあう2人の間には、強固な絆が存在している事は間違いない。
それは敵味方、軍人とテロリストと言う隔たりを越えて尚、色褪せぬほどに鮮烈で、不可侵な領域に存在している。
そんな2人の間に入り込む事は冒涜のように思える。
カノンは、そのように考えるのだった。
スッと目を閉じ、ヒカルはカノンに言われた事を思い出す。
自分は、レミリアの事が好き?
確かに、そうかもしれない。
今まで向き合ってこなかった、否、答から逃げてきた問題に立たされ、ヒカルは己の中で反芻せずにはいられなかった。
もし、自分がレミリアの事が好きだとすれば・・・・・・・・・・・・
これから起こる戦いで間違いなく、彼女と殺し合いを演じなくてはならない。
だからこそ、この感情に意味は無く、振り捨てなくてはならない物でもある。
だが、
「・・・・・・・・・・・・」
そう簡単に振り捨てる事ができないからこそ、人は感情によって行動を左右されやすいのだ。
目を開ける。
感情はこの際、奥に引っ込めなくてはならない。
そうでなくては、これからの戦場で生き残る事は不可能だろう。
カタパルトに灯が入った。
同時に、ヒカルは眦を上げて気を吐き出す。
「ヒカル・ヒビキ、エターナルフリーダム行きます!!」
射出される機体。
天使の翼が雄々しく広げられると同時に、PS装甲が点灯する。
白い装甲に映える、蒼い12枚の翼が羽ばたき、風を捉えて加速する。
今こそヒカルは、最後の決戦に臨むべく飛び立った。
2
ついに始まった自由オーブ軍による本国奪還作戦。
この戦いに、プラント軍は、艦艇120隻、機動兵器800機を投入し、眦を上げて自由オーブ軍を迎え撃つ構えを見せている。プラント全軍の約4割に相当する事から考えても、彼等がオーブ防衛に掛ける意気込みが伺えるだろう。
投入されたプラント軍の戦力は、北米やカーペンタリアに展開している部隊は勿論、本国防衛軍からも抽出されてオーブの防衛に当たっていた。
一方の自由オーブ軍は、艦艇40隻、機動兵器160機を投入している。こちらは、後先考えない、全力出撃である。
オーブは正に、賭けに打って出たのだ。
ここで負ければ、もはや戦線の立て直しは不可能であり、本国奪還の望みはついえる。さりとて、時を掛ければ、それだけ敵の戦力も増大化する。ならば、今この瞬間に全てを掛けて、決戦に臨む事が得策である、と。
戦力差は圧倒的。
しかし、オーブ軍に所属する誰も、本国を奪還するまで、一歩たりとも退くつもりは無かった。
自分達の祖国へと、進撃を開始するオーブ軍。
その様子を、クライブはモニター越しに眺めていた。
「連中も健気だねぇ」
皮肉を込めた言葉が、場の失笑を呼ぶ。
室内には他に、フレッドとフィリアのリーブス兄弟、そしてレミリアの姿がある。
更にもう1人、先日のジブラルタル攻防戦からメンバーに加わった、レオスの姿もあった。
「まあ、今回は選り取りみどり。入れ食い状態だねえ」
「当然、大物食いはさせてもらえるのですよね、ボス?」
闘志を隠そうともしないリーブス兄妹に、クライブは笑みを浮かべながら頷きを返す。
猟犬が猛るなら、その手綱を引く必要はない。せいぜい、派手に暴れてもらうのが得策であろう。
それからクライブは、視線をレミリアの方へと向けた。
「判ってるよな?」
「・・・・・・・・・・・・」
主語を省いたクライブの言葉に、レミリアは無言の返事を返す。
言わなくても分かる事は、言われなくても分かっている。
レミリアに選択肢など無い。事実上、姉を人質に取られているに等しい状況にあって、レミリアには逃げ場など無いのだから。
レミリアが裏切れば、その瞬間、PⅡ達は何の遠慮も無く、プラントにいるイリアの命を奪うだろう。
そして、それはレミリアが負けても、同様の結果が訪れる事は、目に見えていた。
クライブ達にとって、イリアの存在は正に、レミリアに対する人質であり、鎖であり、そして重石でもあるのだった。
「いくら愛しい魔王様が出て来るからって、浮かれて手抜くじゃないぞ」
「ッ!?」
揶揄するクライブの言葉に、息を飲むレミリア。
しかし、けっきょく何も言わず、部屋を出て行くしかなかった。
これ以上、一秒たりとも、この連中と一緒にいたくはない。そう思ったのだ。
出ていくレミリアの背中を見送ると、フィリアはあからさまに舌打ちしながら、侮蔑をこめた口調で言った。
「大丈夫な訳、あんなのに任せちゃって?」
「心配するな。あれだけ言っておけば、あいつだって本気でやらざるを得ないさ」
そう言ってクライブは、薄い笑みを口元に浮かべる。
レミリアの弱点は、全てこちらが握っている。あの女が裏切る可能性は、限りなくゼロに等しい。
だが、それでも、何が起こるか分からないのが戦場である。何しろ、相手はあの忌々しいキラ・ヒビキの息子だ。業腹な事に、あの男がこれまで、いかにして奇跡を起こし、数々の戦いを勝利してきたか、クライブはよく知っている。
ヒカル・ヒビキは、そのキラの血を色濃く受け継いでいる。油断はできないだろう。
だからこそ「保険」は万全に掛けておく。
「万が一の時は、任せるぞ」
そう告げるクライブの視線の先には、これまで沈黙を守り続けていたレオスの姿がある。
レオスの事は少なくとも、なまじ裏切る可能性があるレミリアよりもよほど信用できる、とクライブは考えていた。
何しろ、2年もの間オーブ軍に潜入し続け、脱出の際には最愛の妹すら手に掛けて見せたほどの男だ。そういう人間の方が、いざという時には役に立つ物である。
「何にしても、ここいらが正念場だ。俺らも気張って行こうぜ」
クライブの言葉に、一同は戦意を込めた眼光で頷きを返した。
廊下に出ると、レミリアは誰もいないのを確認してから泣き崩れた。
分かっている。
自分はもう、絶対にヒカル達と同じ場所には行けないのだという事を。
姉を残していく事は出来ない。姉は、この世で唯一の、自分の家族なのだから。
イリアを捨てるという事はすなわち、レミリアにとっては自分の命を捨てるに等しい行為である。それだけは、絶対にできなかった。それこそ、自分の命を犠牲にしてでも、である。
だが、
同時にレミリアは、もう一人の少年を思い浮かべた。
「ヒカル・・・・・・・・・・・・」
先日、自らの恋心を自覚した少年。
その顔を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられる思いである。
自分に何度も手を差し述べてくれたヒカル。
その手を取る事ができたら、どんなに幸せだった事だろう。
だが、けっきょくレミリアが、少年の手を取る事は出来ず、ついにここまで来てしまった。
ヒカルとの激突は、もはや避けられない。それはある種の運命によって、確定されていると言ってもいいだろう。それがたとえ、邪悪な意思によって歪められた運命だったとしても。
故にこそ、レミリアは立ち止まる事は出来なかった。
しかし・・・・・・・・・・・・
「会いたい・・・・・・ヒカル・・・・・・君に、会いたいよ・・・・・・」
嗚咽と共に、少女の口から、胸を焦がす焦慮が漏れる。それはとめどなく溢れ、レミリアの心を焦がし続ける。
しかし、この場にレミリアを慰める者は誰もいない。
姉は遠く離れたプラントにいて、もうだいぶ会っていない。
折角友達になれた
この基地の中にあって、レミリアは完全なる孤独であった。
そっと、ポケットに手を伸ばしてイヤホンを取り出すと、耳に当ててスイッチを入れる。
ゆっくりと流れ出す歌声。
ラクス・クラインの優しい声が、荒んだ心に清涼の風となって吹き込んでくる。
レミリアにとって今や、過去に生きたラクスの存在だけが、唯一心の支えとなっていた。
3
飛び出すと同時に開けた視界の中で、多数の機体が向かってくるのが見える。
グゥルに乗ったハウンドドーガに、ようやく前線に行きわたったらしいガルムドーガ、更に、先日のスカンジナビア戦で初見となった空戦用機動兵器リューンの姿もある。
数は、視界の中に見える物だけでも50は下らないだろう。
対して、ヒカルは臆する事無く向かっていく。
「行くぞ!!」
吼えると同時に羽ばたく、12枚の蒼翼。
ヴォワチュール・リュミエールの齎す凄まじい加速によって敵の攻撃をすり抜けると、同時に腰からビームサーベルを抜き放ち斬り込む。
過ぎ去る敵の攻撃には目もくれず、エターナルフリーダムの剣閃が迸る。
対して、プラント軍の攻撃は、掠める事すらできないでいる。
数度に渡って、大気を切り裂く剣戟。
光刃はリューンの翼を斬り、ハウンドドーガの首を飛ばし、ガルムドーガのグゥルを斬り裂く。
更にヒカルは、背中のバラエーナを展開して斉射。攻撃しながら接近を図ろうとしていたガルムドーガの両足を吹き飛ばした。
既に、各所において自由オーブ軍と、プラント軍との戦端が開かれている。
やはりと言うべきか、戦況はプラント軍有利に進んでいた。
数において圧倒的な大差が付けられている上、守る側であるプラント軍は地形を利用して戦う事ができる。
要するに、戦力、地の利、双方においてプラント軍が有利な訳である。
一方のオーブ軍は、持ち前の機動性と、少数ゆえの小回りの良さを最大限に活かし、ゲリラ戦術を展開、プラント軍の戦線にほころびを作りながら、徐々に消耗させていく戦術を取っている。
しかし当然ながら、オーブ軍の作戦では戦局に対して決定的な要因を加える事は難しい。
戦場の要はいきおい、各エース達の奮戦に期待せざるを得なかった。
リィスのテンメイアカツキは、スカンジナビア戦で大破した後、修理の際に改修を施されていた。
主な変更点は、背部のビームキャノン、及び腰部のレールガンの追加にある。
これまで主武装にしていたムラマサ改対艦刀はオミットされたが、その分、火力は大幅に強化された形である。
これは、先の戦いにおける戦訓をリィスが反映し、接近戦能力よりも砲撃力と防御力を優先した結果である。
ビームライフルと合わせて、5連装フルバーストを構える。
「行けッ」
鋭い声と共に、テンメイアカツキは搭載全武装を発射。迫りくるプラント軍へと叩きつける。
たちまち、閃光に貫かれて爆発する機体が、空中で折り重なる。
しかし、それでも敵の数は減ったように見えない。
テンメイアカツキの攻撃を全てすり抜ける形で、向かってくる敵が続出する。
「やっぱり、簡単にはいかないか」
呟きながらビームサーベルを抜き放つリィス。
同時に、黄金の翼を羽ばたかせて斬り込んでいった。
地上に降り立ったギルティジャスティスに対し、複数のガルゥが良い獲物を見つけたとばかりに踊りかかってくるのが見える。
その様子を、アステルは冷めた目で見据えながら、背中のリフターを分離する。
突撃しつつ、砲撃を行うリフター。
その後から、ギルティジャスティスの本体も続く。
両手のビームサーベル、両脚部のビームブレードを展開するアステル。
駆け抜ける一瞬、刃の軌跡が複雑に絡み合った。
次の瞬間、全てのガルゥは、胴や脚部を斬り飛ばされて地に倒れ伏した。
「・・・・・・・・・・・・フンっ」
その様子を見ながら、アステルは僅かな皮肉を感じて鼻を鳴らした。
かつて、アステルは北米統一戦線に所属し、オーブ軍とは何度も戦火を交えた仲である。
オーブ軍の中には自分を恨んでいる物が多数いるだろうし、自分自身、オーブに対しては良い感情を持っている訳ではない。
しかし今、そんな自分がオーブを取り戻すための戦いに実を投じている事は、皮肉以外の何物でもないだろう。
しかし、
「それも、悪くはない」
ビームトマホークを振り上げて背後から接近してきたガルムドーガを、アステルは振り向き様の一閃で斬り捨てながら呟く。
既にオーブ軍の連中は、アステルにとっても無くてはならない存在となっている。そして、彼等にとってもまた、アステルは無くてはならない存在となっていた。
そこにあるのは利害であって信頼ではない。
しかし、それで充分だった。何も、心の底から信頼しあおうなどとは、自分も、彼等も思ってはいないだろう。
フッと笑みを浮かべる。
そもそも、このような考えに至る事自体、自分の中では変化が生じているに等しい。
以前のアステルなら、決してこのような考えは起こさなかっただろう。
「・・・・・・・・・・・・これも、あいつのせいだな」
やや不満げに、アステルは少年の顔を思い出す。
自身の相棒とも言うべき少年。
あいつの酔狂かつ馬鹿げた
だからまあ、もう少し付き合ってやろうじゃないか。
あの馬鹿には、自分を連れて来た責任を取らせる必要があるのだから。
そう呟くと、アステルは再び、戦場のまっただ中へと飛び込んでいった。
「ヒビキ三佐、フェルサー三尉、ヒビキ三尉、シュナイゼル三尉、それぞれ交戦を開始しました。他方面でも、我が軍とプラント軍の戦線が開かれている模様!!」
「本艦に接近中の機影を確認。迎撃行動に移ります!!」
リザをはじめとしたオペレーターからの報告を受け、シュウジは自分の中で戦術を再確認していく。
全体として自由オーブ軍は苦戦中。無理も無い。戦力差がありすぎるのだ。
各エースが奮戦したところで、戦域全体をカバーするのは無理がある。
このままでは、遠からず押し返されてしまうだろう。
つまり、
「全て、予定通りと言う事か」
味方が苦戦する様子を見ながら、シュウジは平然とした様子で呟いた。
彼我の戦力差がありすぎる以上、苦戦するのは免れない。その点は、作戦開始前の時点で既に織り込み済みである。
要は、その状況を如何にして逆転するかがカギだ。
そして、そのために必要な作戦指示は、作戦全体を統括するユウキから、既に出されている。
もっとも、そちらの作戦については、シュウジはタッチできる立場に無い。シュウジはあくまで、大和隊を率いて敵の目を引き付ける事にあり、それ以上の手出しはできない。
だが、それもしばらくの間の事。作戦が発動すれば、程なく状況は逆転するはずだった。
「頼むぞ、みんな」
今も前線で戦い続けている仲間達に、シュウジは心の中でエールを送る。
とにかく、今は時間を稼ぐ以外に無かった。
その時、大和の前部甲板から閃光が伸びる。
敵艦を射程に捉えた事で、主砲を発射したのだ。
戦いは、いよいよ激しさを増していくのだった。
尚も群がるようにして攻め来る敵に対し、ヒカルはエターナルフリーダムを巧みに操って打ち倒していく。
距離がある場合はライフルやレールガン、バラエーナで対応し、近付けば得意の接近戦に持ち込んで斬り捨てる。
12枚の蒼翼が羽ばたくたび、プラント軍の隊列は確実に削られていく。
だが、それでも尚、戦局を覆す要素足りえない。
ヒカルが1機撃墜する間に、敵は3機で戦線の穴埋めを行っているようなイメージである。
キリが無い。まるで自己修復する壁である。しかも最悪な事に、完全に修復に破壊が追いつかない。
エターナルフリーダムに群がるプラント軍機。
敵がエターナルフリーダムを強敵と認識して、戦力の多くを裂いている事は幸いである。ヒカルが敵を引き付ければ、そのぶん味方に向かう敵が少なくなることを意味する。
いきおい、ヒカルに掛かる負担は倍増する訳だが、それも致し方ないと言える。
ヒカルはティルフィングを抜刀すると、大剣を旋回させて次々と敵機を斬り捨てる。
そこへ、1機のイザヨイが飛来すると、ビームライフルを放ってエターナルフリーダムを掩護する。
《ヒカルッ ちょっと突っ込み過ぎッ 少し下がって!!》
言いながらカノンは、イザヨイを人型に変形させてビームライフルを抜き、近付こうとしていたハウンドドーガを撃ち抜く。
エターナルフリーダムが味方よりも先行して敵に囲まれて居る為、急遽、カノンが援護の為に駆け付けたのである。
だが、その間にもヒカルは、剣を振るい続ける。
まるで、カノンの姿が目に入っていないかのようである。
《ヒカル!!》
「誰かがやんなくちゃいけないだろッ」
カノンの言葉にかぶせるように、ヒカルは強い口調で言った。
「作戦発動まで、どうにか戦線を保たせる必要がある。けど、このままじゃ、押し返されてしまうッ」
彼我の戦力差が圧倒的である為、オーブ軍は戦線を維持するのが精いっぱいなのである。
ヒカルはその間にも攻撃を続行する。
全武装を展開してフルバースト射撃を敢行。敵の隊列の一角を強引に突き崩す。
ヒカルにも判っている。自分1人では戦線を支える事が不可能な事は。
しかし、正念場はここだ。
ここで支えきれるかどうかで、オーブの命運は決まるのだ。
ならば、出し惜しみをしている場合ではない。
「カノンこそ、無理するなよなッ!!」
《冗談。ヒカルだけに任せておいたら、絶対失敗するにきまってるもん!!》
冗談交じりに言うと、2人は互いに笑みをかわし合う。
同時にカノンは、自分の胸の中に、戦場に似つかわしくない、温かい思いがある事を自覚する。
この一時、
この一時だけでいい。
たとえ、ヒカルとレミリアが、互いに惹かれあっているのだとしたら、それでも構わない。
しかし、この一時、戦場に立つ時だけは、ヒカルは自分の物だった。
カノンにとって、ヒカルはこれまで、あまりにも身近にありすぎる存在だった。
幼馴染として、物心ついたころには既に傍らにあり、1人っ子のカノンにとっては、取っ付きやすい兄のような存在。それがヒカルだった。
故に、自分の気持ちに気付くのが遅れたのだ。
正直、今までは近くにいる事がアドバンテージだと思っていた。
しかし、ヒカルとレミリアの想いが同一の方向を向いているとしたら、カノンのアドバンテージなど、薄氷を踏む程度の物でしかない。
だが、それでも良い。
今だけは、ヒカルと共に立てるのは、自分だけだった。
2人の奮戦により、プラント軍は徐々にだが後退を余儀なくされ始める。
尚も抵抗を続けようとする者はいるが、砲火は散発となり、無理な接近戦を試みる者も少なくなってきている。
このままなら、作戦開始まで時間を稼げるか?
そう思った。
次の瞬間、
突然、強烈な砲火を浴びせられ、自由オーブ軍の戦列が突き崩される。
ハッとして振り返る。
そこには、見覚えのある異形の機体が2機、海面スレスレを飛翔しながら、自由オーブ軍に砲火を浴びせているのが見えた。
テュポーンとエキドナ。リーブス兄妹の機体である。
「あいつらッ!!」
ヒカルはギリッと歯を鳴らす。
今、あの2機に出てこられたのでは、こちらの作戦が根底から突き崩されかねない。何としても、ここで確実に倒しておく必要があった。
「カノン下がれ。あいつらの相手は、俺がするッ」
《ヒカル!!》
ヒカルは言い置くと、カノンのイザヨイを引き離して、エターナルフリーダムを前へと出す。
12翼を広げながら、腰のレールガンに増設された鞘から高周波振動ブレードを抜き放つ。
同時に、両者は激しく激突した。
PHASE-40「伸ばした手は届かない」 終わり
見張りの兵士がいる事は予想していたが、それを排除するのに、さほどの手間はかからなかった。
これまで幾度も修羅場を潜って来たのだ。いかに保安局員が対人戦闘のプロであったとしても、何ほどの物ではない。
とは言え、
「・・・・・・・・・・・・だいぶ、イメージと違うな」
アスランは周囲を見回すと、ため息交じりに呟いた。
周囲にはよく整備された花壇が広がり、視界の先には趣味の良さが伺える小さな白い家がある。
軟禁されていると言うから、もう少し殺伐としたイメージの場所を想像していたのだが、実際に来て見れば、豪華な別荘地だった事に驚いた。
どうやら、対象は自由が制限されている事以外は、丁重な扱いを受けているらしかった。
アスランは掃除の行き届いた階段を上ると、視界の先にある白い家へと向かう。
石造りの門を潜り、前庭へと足を踏み入れた。
と、
「どなた、ですか?」
静かな声で問いかけられ、思わず足を止める。
アスランの視界の先には、1人の落ち着いた雰囲気のある女性が、不思議そうな眼差しで、こちらを見詰めていた。
情報では彼女は、元北米統一戦線に所属していたテロリストだと言うが、雰囲気だけを見れば、全くそのような印象は無かった。
「失礼、私はアスラン・ザラ・アスハと言う。突然の来訪を許してほしい」
言ってから、アスランは確認するように問いかける。
「あなたが、イリア・バニッシュ、で良いかな?」
アスランの問いかけに対し、相手は不思議そうな顔をしながら頷きを返した。