機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
比較的緩やかな日差しが、心地よい風を運んでくる。
地図上には無いこの島は、戦艦数隻が停泊できるだけの大きな入り江を持ち、更には、隣接する居住施設にも、行き届いた配慮がなされている。
流石、ターミナルが長い年月を掛けて整備しただけの事はあり、暫く逗留する分には問題ない設備を誇っていた。備蓄された物資を合わせて、2年くらいなら補給無しでも生きて行けるだろう。
ジブラルタルを強襲して欧州を脱出する事に成功したアークエンジェルは、進路を南に向けて大西洋を縦断し、そのまま南米大陸最南端のホーン岬沖を通って、南太平洋に入っていた。そこから、この拠点へとたどり着いたわけである。
地図からは抹消されている為、プラントを始めとした諸勢力に発見される可能性は、まず低い。勢力的に弱いターミナルからすれば、決戦に向けて戦力を蓄える場所としては最適と言う事だ。
入り江の先には白亜の巨艦が停泊して、修理と整備を行っている。
スカンジナビア、ジブラルタルと激戦を制してきたアークエンジェルは、流石に歴戦の戦艦とは言え、大小の損傷を負う事は免れなかった。
間もなく、オーブ本国奪還作戦が開始される事になる。ターミナルもまた、自由オーブ軍支援の為に動く事になるだろう。その為の準備は、入念に行われていた。
その間、クルー達もまた、つかの間の休暇を楽しんでいる所である。
浜辺では、3人の子供達がはしゃいでいるのが見える。
カガリの子供達、シィナ、ライト、リュウの3人である。彼等も、スカンジナビアを出る際に、アークエンジェルに便乗する形で、この拠点に同道していた。
勿論、彼等もジブラルタルでの戦闘を、アークエンジェルの艦内で経験している。
一応、安全面を考慮して、居住区画の一番防御力が高い場所に匿ってはいたが、敵の攻撃が着弾する度に、艦が揺れる事は避けられなかった。
彼等は無力な子供である。本来であるなら、過酷な戦争の真っただ中に放り込まれ、恐怖の為に心を病んだとしてもおかしくは無い。
しかしそこは、流石、稀代の英雄の子供達と言うべきだろう。末っ子のリュウは若干怯えたような顔を見せはしたものの、上の2人は落ち付いた物で、長男などは、初めて体験する「実戦」に興奮すらしている様子だった。
将来が楽しみな子供達であるが、彼等が同行できるのはここまでである。ここから先は、子連れで戦いを挑むのはあまりにも危険すぎる。
砂浜では、つばの広い帽子をかぶったライアが、敷かれたシートの上に腰を下ろして、子供達が戯れるのを見守っている。その傍らでは、ライアにじゃれ付くようにして、2歳くらいの子供が遊んでいるのが見える。恐らく、ライアの子供なのだろう。
波打ち際では、あと2人。水着に身を包んだリィスとカノンも、一緒になって遊んでいるのが見える。
リィスはパレオ付きのトロピカルカラーのビキニで、そのバランスのとれた肢体を包み、カノンは白地に青いラインが入ったビキニを着込んでいる。
引率役のライアは足が不自由なため、彼女1人では万が一の事があった場合に対処が難しい。その為、リィスとカノンも一緒に来た訳である。
今も、波打ち際で子供達と一緒になって、鬼ゴッコに興じている。
間もなく、戦いが始まる。
それも、祖国を取り戻すための、最後の戦いになる。間違いなく、決戦となるだろう。
これは言わば束の間の、そして最後のゆとりの時間であると言えた。
この拠点にいる幾人か、あるいは全員が、二度と帰ってこない可能性すらある。
死地に赴く彼等が、楽園で過ごす最後の時だった。
と
「あー お船―!!」
足を止めたリュウが、素っ頓狂な声で沖合を指差す。
見れば確かに、1隻の船がゆっくりと入り江に入り、こちらに向かってくるのが見える。
「あれは・・・・・・・・・・・・」
見覚えのあるシルエットに、リィスは手を止めて呆然とする。
水上艦のようなフォルムをした、巨大な船は、その大きさにおいてアークエンジェルをも上回っている。
だが、その姿は船本来の美しさを損なう事無く、優美且つ勇壮な戦船としての姿を見せている。
「大和・・・・・・・・・・・・」
カノンもまた、自分達の母艦の名を、知らずに呟いていた。
トリガーを引く。
軽い衝撃と共に発射された弾丸は、亜音速で飛翔しながら、1秒を待たずに目標へと命中。
更に、連続してトリガーを引き絞る。
狙うのは、相手の肩、足、武器。
殺気を消し、作業のようにトリガーを引き続ける。
貫き通す不殺。
それは、自分の信念であり、そして欺瞞でもある。
やがて、全ての弾丸を撃ち終えて、ヒカルは銃を降ろした。
銃弾を撃ち込んだ標的には多数の穴が開いている。
全て、急所を外した攻撃だ。
不殺の戦いを心掛けるヒカルにとって、この訓練は必要な事である。
たとえ素手とモビルスーツの差はあっても、「不殺を行う」上で必要な感覚を養うのに、射撃訓練は最適だった。
と、
「上手だね」
柔らかい声を掛けられ、ヒカルが振り返ると、そこには笑顔を浮かべた父の姿があった。
「父さん・・・・・・どうしたんだよ?」
「ヒカルがここにいるって聞いてね。ちょっと話がしたくてさ。ほら、合流してから、あまりゆっくり話す機会が無かったでしょ」
確かに。
キラはアークエンジェルの運行や、他のターミナルの作戦行動について指揮を取らなくてはならない為、なかなかまとまった時間と言う物が持てなかったのだ。
キラはヒカルに歩み寄ると、標的の方に目を向けた。
成程、と頷いてからヒカルに向き直った。
「ヒカル、君が不殺の戦いをやっているって言うのは、噂で聞いていたよ」
「・・・・・・リィス姉から、父さんがこういう戦いをしているって聞いてさ。だから」
息子の言葉を聞きながら、きらは「ふぅん」と返す。
見た目的には、キラとヒカルはそれほど年が離れているようには見えない。背は若干キラの方が高い為、せいぜい歳の離れた兄弟と言ったところである。
しかし、ヒカルの目の前にいるのは、間違いなくキラ・ヒビキ。数多の戦いを収めた英雄であり、そしてヒカルにとっては憧れを抱く父である。
キラは、そんなヒカルに向き直って言った。
「嬉しいね」
「嬉しい?」
突然のキラの言葉に、意味が分からず首を傾げるヒカル。
対して、キラは微笑を浮かべて続ける。
「そりゃ、そうでしょ。息子が自分の意志を継いで、同じ道を歩んでくれているんだ。父親として、これほど嬉しい事は無いよ」
レミリアとの事で悩んでいたヒカルは、リィスから聞かされた父の戦い方に憧れ、模倣し、ついには自らの戦い方として昇華させるに至っていた。
ヒカルにとって「不殺」を行う事は即ち、大切な人を守り、そして大切な人を傷付けないようにする、言わば天秤の如きバランスが齎した信念であると言えた。
そんな息子に対し、キラは何気ない調子で続けた。
「だからこそ、だろうね。僕はヒカルに聞いておかなくちゃいけない事がある」
キラは、口元の笑みを消して、スッと細めた眼差しをヒカルに向けた。
キラがやったのは、ただそれだけである。
ただそれだけで、場の空気が重さを増したような錯覚に捕らわれた。
ゴクリと、ヒカルがつばを飲み込む。
まるで戦場にいるかのような重苦しさに、ヒカルは呼吸すら忘れて立ち尽くした。
目の前にいるのは、いつものほほんとしている、ヒカルの父ではない。
数多の困難を乗り越え、並み居る敵を薙ぎ払ってきた、
その事をヒカルは、否が応でも感じさせられていた。
「ヒカル・・・・・・・・・・・・」
そんなヒカルに対し、キラは語りかけた。
「君には、人を殺す覚悟がある?」
「え・・・・・・・・・・・・」
意外過ぎる質問に、ヒカルは一瞬、言葉を失った。
人を殺す覚悟、などと言う言葉が、父の口から出て来るとは思っても見なかったのである。
不殺の戦い方を選択し、未だに貫き通しているキラ。そんなキラと「人を殺す」と言う言葉は、どうにもミスマッチなように思えるのだった。
対してキラは、そんなヒカルの反応を予想していたように頷く。
「ヒカル。君がこれからも、不殺の戦い方を貫くつもりなら、同時に相手を殺す覚悟も必要だ」
「不殺」と「殺し」と言う、実際的にも字面的にも矛盾する二つの言葉を、キラは平然と同列に置いて話していた。
無論、不殺の戦い方に至るまで、ヒカルは幾人もの人間を手に掛けている。己の手が汚れていないなどと考えた事は一度も無いが、それでもキラの言葉には納得しかねる物があった。
「父さんにはあるのかよ・・・・・・人を殺す覚悟が」
意地の悪い質問をした、という自覚はヒカルにもある。
だが、先にやったのはキラだし、父親から投げ掛けられた問題提起に対し、これくらいの意趣返しをする権利は息子としてあると思った。
対して、
「あるよ」
あっさりと、キラは答えた。
「そうしないと、お母さんや仲間達を守れなかった事は、今まで何度もあったからね。だから、そう言う時は迷わない事にしている」
そう言うと、
次の瞬間、キラの右腕は残像が霞む勢いで、真っ直ぐ水平に持ち上げられた。
その手に握られているのは、黒光りする拳銃。
キラは顔をヒカルに向けたまま、真っ直ぐ真横に伸ばした腕で拳銃を放った。
標的を見ないで放つ射撃。
それも1発では無く、合計で10発。
やがて、余韻と共に銃声が止むと、改めてキラはヒカルに笑いかけた。
「覚えておくと良いヒカル。たとえ不殺をする時でも、いざという時には相手を殺す覚悟を持たなくちゃいけない。でないと、君はいずれ、取り返しのつかない失敗をする事になる」
「それは・・・・・・・・・・・・」
言い淀む息子に、キラは柔らかい中にも、断固とした冷徹さを滲ませて言った。
「僕達は聖人でも神様でもない。戦争屋であり、また殺し屋でもある。だから、僕達が不殺をやると言う行為は、人によっては偽善であり欺瞞と捉えるだろう。だからこそ、いつでも人を殺す覚悟は持たなくてはいけないんだよ」
キラがそこまで言った時だった。
トコトコと小さな足音が近付いて来るのが聞こえると、入り口に小さな人影が立った。
「キラ、オーブ軍の大和が到着しました。30分後に作戦会議を開きたいとの事です」
「判った。すぐ行くよ」
妻の報告に頷くと、キラは息子の方を優しく叩いて、入口の方へと向かう。
「ヒカル、あなたも同席してください」
「あ、ああ・・・・・・判った」
エストの言葉に、力無く頷くヒカル。
やがて、両親が出ていくと、ヒカルは慌てて標的を引き戻して確認する。
そこで、驚いた。
キラが放った銃弾は、全て標的に命中している。
それも、額、両目、喉、心臓にそれぞれ2発ずつ。全て人体の急所だ。
キラは視線を向ける事無く、30メートル先にある標的の急所を、正確に射抜いて見せたのだ。
並みの技量でできる事ではないだろう。
ヒカルに語った「人を殺す覚悟」と言うのは偽りはない。キラはその瞬間が来たら、迷わず相手を殺害するだけの覚悟を持っているのだ。
だが、なぜ、そのような覚悟が必要なのか、未だにヒカルには理解できなかった。
傍らを歩くエストが、突然、キュッとキラの腕を抓って来た。
痛みは無い。本気でやっている訳ではないのだろう。
だが、長年連れ添ってきたからわかる。これは、彼女が拗ねている時の反応だ。
「どうかした?」
「厳しすぎです」
尋ねるキラに、エストは相変わらず無表情のまま返す。
もっとも、ニュアンス的に抗議が込められている事が判る。
普段は判りにくいが、母親と言う立場故か、エストはキラ以上に子供達に甘い面がある。
たぶん先程のヒカルとの会話を、途中からでも聞いていたのだろう。その内容と、キラがヒカルを追い込むような言動をしたのを怒っているのだろう。
対して、キラは苦笑しつつ肩を竦めた。
「今まで、父親らしい事は何もしてこなかったからね。それを取り戻す分の時間くらいは欲しいと思って当然でしょう」
そう、
母親は子供を甘えさせ、育むもの。
対して父親は、子供を鍛え、導くもの。
だが、この7年間、キラは己が使命を果たす為、ヒカルにかまってやれなかったのは事実である。
まあ、リィスを始め、多くの人々の努力で、ヒカルが想像以上に真っ直ぐ育ってくれた事は好ましいと思っているが。
それでも、息子を放任してしまった事は、父親として忸怩たる物を感じていた。
「これからの人生で、失った7年間を取り戻せるかどうかは判らない。けど、僕なりに精いっぱいやってみる心算だよ」
そう言うと、キラはエストの頭に手を置いて優しく撫でてやると、エストは気持ち良さそうに目を細めた。
2
宇宙空間を、1隻の戦艦が航行している。
水上艦としてのフォルムを若干残しながらも、艦首部分から大きく張り出した主翼によって、俯瞰して見ると引き絞った弓矢のようにも見える。
どこか、アークエンジェルと似た雰囲気の有る艦である。
ミネルバ級宇宙戦艦1番艦ミネルバ
ユニウス戦役時、ザフト軍が威信回復と武威高揚の為に開発したセカンドステージシリーズの母艦として建造した大型戦艦である。その設計思想にはアークエンジェル級が踏襲されている。その為、両級は似たような雰囲気を持つに至っている訳である。
そのミネルバは現在、プラント・レジスタンスの母艦として運用されていた。
「では、自由オーブ軍の作戦開始はいよいよな訳ね」
艦長席に座った女性は、落ち着いた声で告げた。
ある種の気品と落ち着きを兼ね備え、それでいて武人としての苛烈さも併せ持つその女性は、皆の信頼を一身に集める形で、その場に座している。
タリア・グラディス
元ザフト軍人であり、ユニウス戦役時には精鋭ミネルバ隊を率いて転戦した歴戦の将である。
既に軍は辞した彼女だったが、周囲から請われる形で復帰し、今はレジスタンスのリーダー兼ミネルバ艦長に就任していた。
アスランにとっては、かつての上官でもある。
その背後には、忠実な家臣宜しく控えた男性が、直立不動で立っている。
アーサー・トラインは、タリアがミネルバ艦長であった頃、彼女の元で副長を務めていた男である。
長く戦場にあり続けた結果、かつての優男然とした印象は抜け落ち、冷静沈着な雰囲気を纏っていた。
「既に先遣隊は動き出しているとの事です。本隊の出撃も近いかと」
アーサーの説明に、タリアは頷きを返す。
現状、レジスタンスの戦力は決して多くは無い。ミネルバと言う移動拠点がある分、あるていど作戦への自由度はあるが、それでもプラント軍と正面からぶつかるのは愚の骨頂である。
その上で、決戦へと向かうオーブ軍に対し、どのような支援行動を取るべきか検討しなくてはならなかった。
タリアはふと、息子の事を思う。
タリアがレジスタンスへの参加を決意したのは、アランが保安局に逮捕された事がきっかけだった。
アランの逮捕容疑は、騒乱罪、および反乱誘発罪であったが、彼がそのような事をしていない事は、誰よりもタリアがよく判っている。アランはただ、許せなかったのだ。一時でもオーブ軍と行動を共にしたものとして、彼等が不当に悪へと貶められた事が。
そんなアランの行動は、プラント政府にとって、そうとう目障りな物だったのだろう。だからこそ、濡れ衣を着せて追放したのだ。
だからこそタリアは、プラントがアランに対して行った仕打ちに憤った。誰であれ、我が子を傷付けられて怒らない母はいない。自分の手で我が子を取り戻そうと思い、レジスタンスに加担したのだ。
幸いにして、アランは自由オーブ軍によって救助され、今は同軍における政治的アドバイザーになっているらしい。
喜ばしい事である。生きていてくれた事は勿論だが、彼が再び立ち上がってくれた事が嬉しかった。
無論、軍人と政治家と言う違いはあるだろうが、いずれ同じ戦場に立てる日も来るかもしれない。それは母親として、楽しみな事の一つでもある。
「やはり、こちらの存在を誇示して、相手の動きを牽制する以外に無いだろうな」
イザークが議論を進めるべく口を開いた。
イザークの案は、自分達の現状を鑑みれば妥当な策であると言える。
レジスタンスがその存在をプラントに誇示し続ければ、当然、プラントはその警戒の為の戦力を本国周辺に張り付けざるを得なくなる。たとえ少数であっても、決戦の最中に背後で蠢動されてはたまった物ではないだろう。
必然的に、前線の兵力は少なくならざるを得ない筈である。
「それについてなんだが、ちょっと気になる事がある」
発言したのはディアッカだった。
先のセプテンベルナイン襲撃戦の折、最重要な潜入部隊を指揮したディアッカは、同時にその際に取得した中身のデータ解析も任されていた。
全てのデータはウィルスを流し込んで破壊したが、ディアッカはその前に、セプテンベルナインで行われていた実験データ全てをコピーして持ち帰っている。
いつか、時が来れば、そのデータがグルック政権を打倒する為の切り札となり得るだろうと考えられていた。
もっとも、データの量は膨大であり、とてもディアッカ1人で解析しきれるものではない。そこで、ターミナルから派遣されてきた専門家にも手伝ってもらってデータの解析を行っていたのだが、
「その中で、どうしてもプロテクトが解除できない物があってな・・・・・・と、これだ・・・・・・」
端末を操作したディアッカが、画面をメインスクリーンに呼び出す。
確かにそこには、何か黒く塗りつぶされたようなカバーが掛けられ、閲覧不能になっている。クリックしても「閲覧できません」の文字が出るだけで、先には進めなかった。
余程、重大な秘密があるのは間違いない。恐らく、グルック政権にとって、何らかの切り札となるような何かが。
「パスワード解析すれば良いだろう?」
「それができないから、困ってるんだっての」
旧友イザークの発言に、ディアッカは肩をすくめて応じる。
続いて、真顔を作って一同を見回した。
「とは言え、手掛かりが何も無い訳じゃない。どうにかこうにか、この記述に関わった奴の名前と居場所だけは割り出す事が出来た。そいつに当たれば、何か手がかりがつかめるかもしれない」
ディアッカの言葉に、一同は身を乗り出す。
このデータが切り札になるかもしれない以上、打てる手はどんな些細な事でも打っておくべきだった。
そんな一同の視線を受けながら、ディアッカは告げた。
「そいつは今、アンブレアス・グルックの持つ別荘に住んでるって話だぜ」
「自由オーブ軍、戦艦大和艦長、シュウジ・トウゴウ二佐です」
「ターミナル・リーダー。キラ・ヒビキです」
大和の会議室で顔を合わせたキラとシュウジは、そう言って互いの手を握る。
次いで、シュウジは普段は滅多に動かさない表情に、驚愕を滲ませた。
「あなたが、ヒビキ中将・・・・・・」
「いつも、息子と娘がお世話になっています」
そう言って、キラは驚くシュウジに笑いかける。
シュウジの驚きも無理は無い。何しろキラは、オーブ軍でも将官の地位にあった上に、既に殉職扱いになっている身である。それが突然現れて、驚かない筈が無かった。
とは言え、互いの挨拶が済むと、すぐに作戦の説明に入った。
「間も無く、月に駐留しているオーブ軍の本隊が、本国奪還を目指して動き出す予定です」
説明したのは、ナナミ・フラガである。操舵手としての役割を担っている彼女だが、今ではすっかり、シュウジの秘書も兼任している感があった。
「既に先遣隊は1日前に月を発進し、予定のポイントへと向かっています。そこで、ターミナルの皆さんにも、本国奪還のための作戦に加わっていただきたいのです」
「それは判った。で、具体的にはどうするの?」
キラは先を促した。
元より、オーブ奪還作戦へ参加する事への異議は無い。問題なのは、どうやってオーブへの侵攻を行うか、である。
そう、「侵攻」である。
今までオーブは、常に侵略される側であり、外敵から国を守るためにオーブ軍はあり続けたが、今回はその構図が完全に真逆となり、自分達の国へ攻め込む事となる。
初めての状況に対して、何の備えも無しに突っ込むわけにはいかなかった。
「それに関しては、フラガ大将から作戦書を預かってきています」
シュウジはそう言うと、キラに書類を手渡す。
それを一読するキラ。傍らのエストも、ヒョイッと首を伸ばして覗き込んで来た。
暫くしてから、キラは顔を上げた。
「これが、本当に可能なのかな?」
「少なくとも、フラガ司令は、そのようにお考えです」
キラが疑問に呈した事は、作戦書に書かれている内容が、あまりにも壮大過ぎる気がしたからに他ならない。
確かに、できるかどうかはともかく、成功した時の効果が絶大である事は間違いない。問題は、今のオーブにそれだけのちからがあるかどうか、と言う事である。
いや、
キラは思考を切り換える。
CE世代。特にヤキン・ドゥーエ戦役以降の戦いは、必ずしも物量が絶対的勝因になるとは限らない。少数であっても精鋭を擁する側が戦況を覆す事は幾らでもあった。
他ならぬキラ自身、その事を証明し続け得来た張本人である。
ならば、精鋭多数を擁する自由オーブ軍なればこそ、この作戦は実行可能だと思われた。
久しぶりに入った大和の艦内で、ヒカル達は驚きの再会を果たしていた。
艦橋のオペレーター席には、懐かしい顔があったのである。
「ザッち!!」
リザ・イフアレスタールの姿を見付けたカノンが、思わず走り寄って抱きつく。
リザは兄、レオスが造反した際、彼に撃たれて昏睡状態が続いていた。それがここにいると言う事は、復帰に向けて許可が下りたと言う事だろう。
「よく、戻って来れたな」
ヒカルも笑みを浮かべながら、友人の復帰を歓迎する。
撃たれた事だけではない。リザは「兄が造反した」と言う状況を鑑みれば、当然、彼女にもスパイ容疑が掛けられ、取り調べが行われるであろう事が予想された。
そうなると、彼女の復帰は絶望的なように思われたのだ。
「取り調べはされたよ。けど実際さ、お兄ちゃんが何で裏切ったのか、今でもあたしにはよく判らないんだ」
カノンを抱きとめながら、リザはどこか遠い目をしたまま呟いた。
実際、兄が何を思い、なぜ、仲間を裏切るような事をしたのか、リザには全く判らない。だがきっと、兄には何か、全てを(それこそ、妹の自分ですら捨て去ってでも)守りたい物があったのだろう、と思った。そう思う事にした。
それは、ヒカル達から見ても痛々しい光景である。
リザは自分の気持ちを押し込めるようにして、それでも尚、自分を裏切った兄を信じようとしているのだ。
ヒカルにも判らなかった。レオスが、妹を失ってまで、何を守ろうとしているのか? あるいは、何を得ようとしているのかさえ。
今度会った時、必ず問い質す。
ヒカルは、自らの心にそう誓った。
どうせ、次の戦いでレオスは、必ず前線に出て来るだろう。その時に、全てをぶつける心算だった。
そこでヒカルは、もう一人の「意外な人物」に目を向けた。
「まさか、お前まで来るなんて・・・・・・」
「何よッ あたしが来ちゃいけないって言うの?」
ヒカルの物言いに、ヘルガ・キャンベルは不満そうに口を尖らせた。
意外と言えば、むしろリザよりも彼女の方が意外だった。何しろ、ヘルガは戦闘員ですら無い、ただの一般人だ。それがわざわざ、戦艦に乗ってやって来るとは。
それも、これから行われるのは、掛け値なしの「決戦」だ。安全な場所などどこにも無く、行く道全てが、あまねく「死地」と化す。
ヘルガがついて来るメリットは、無いはずである。
「何かさ、月での事とかあって、心境に変化もあったらしいよ。それでさ、」
「リザ、余計な事言わないでよ!!」
怒るヘルガに、一同は笑いを漏らす。
間もなく、決戦が始まる。
だが、そんな殺伐とした空気を感じさせない程、穏やかで温かい雰囲気に包まれているのだった。
PHASE-38「試される覚悟」 終わり