機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-37「ジブラルタル強襲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を受けてレミリアがブリーフィングルームは飛び込むと、大写しになったスクリーンには、海上で行われている戦闘の様子が克明に映し出されていた。

 

 海上を低空で飛行する、奇妙な形をした白亜の戦艦。

 

 そのシルエットは確か、レミリアの持つ知識の中にある。旧大西洋連邦が建造した大型戦艦。世界で初めて、設計段階からモビルスーツの運用を想定されて作られた船だった筈。

 

 既に戦闘が開始されているらしく、画面の中ではビームの閃光と、時折、弾けるように爆炎が躍っている。

 

「なぜ、ターミナルの戦艦が、こんな所に?」

「奴等はいったい何を・・・・・・」

 

 周囲にいる兵士達が、口々にそう言いながら、唖然とした調子でモニターを見ている。

 

 ターミナルの名は、レミリアも知っている。

 

 月での戦いでも介入してきた、自由オーブ軍等を支援する組織。一説では、その運用や立ち上げにはラクス・クラインも関わっていたとされているが、真偽の程は定かではない。

 

 プラント軍内ではテロ支援組織の認定を受け、本国においても工作員の捕縛に大わらわだと言う。

 

 そのターミナルの戦艦が、このジブラルタル沖に姿を現したのだ。それも、堂々と姿を現した状態で。

 

 現在、あの戦艦はジブラルタルとアゾレス諸島の中間海域を、低空飛行する形で航行している。

 

 モニターの画像か判る通り、既に先遣部隊が出撃して交戦を開始しているが、相手の防御が思いのほか固く、苦戦を強いられているらしい。

 

「モートン隊、全機戦闘不能!!」

「クラウセン隊、戦力半減。尚も交戦中!!」

 

 ジブラルタル駐留の部隊は、つい先頃までここが東欧戦線の後方支援基地だった事もあり、ある程度の精鋭部隊が配置されている。その彼等が1隻の戦艦と、その艦載機を相手に苦戦を強いられている有様であった。

 

 それだけ、敵の戦闘力の高さが伺えた。

 

「とにかく、すぐに増援を送らねばならん」

 

 基地司令が、苦りきった調子で言った。

 

 彼としては、議長ですら手を焼いているターミナルの実働部隊が姿を現した事で、躍起になっている面もあるのだろう。モニターの中を忌々しそうに睨み付けながら言う。

 

「準備が完了した部隊から、随時出撃させろ。奴等を決して取り逃がすんじゃないぞ!!」

 

 そう言って、いきり立つ司令官。

 

 確かに、ここでターミナルの実働部隊を壊滅に追いやる事ができれば、大きな手柄になる事は間違いない。加えて、今後の戦況もプラント側有利に傾くに違いない。

 

 しかし、

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇った末に、レミリアは手を上げて発言した。

 

「何か、変じゃないですか?」

「何がかね?」

 

 苛立った調子で、基地司令はレミリアを見る。

 

 その他の人間も、概ね似た感じの視線を向けて来た。

 

 ここでもか。

 

 レミリアは密かに嘆息する。

 

 余所者で、かつテロリスト上がりの女は、どこに行っても白眼視の対象になる。流石に、既に慣れてしまってはいるが、こうも似たような反応を返されると、うんざりもしようと言う物だった。

 

「いえ、何かって言われると、ボクもはっきりとは・・・・・・・・・・・・」

「だったら黙っていたまえ。君は基地内で待機だ。奴の相手は我々がやる」

 

 そう言うと、基地司令はレミリアの反論を完全に封じる。

 

 仕方なく、レミリアは口を閉じる事にした。

 

 元よりレミリア自身、自分が感じた違和感に確証があった訳ではない。ただ「何となく何かがおかしい」と思っただけの事である。

 

 今はクライブやリーブス兄妹と言った「お仲間」は、所要で別の基地へと言っている。その為、この場での戦闘に深入りする理由は無い。

 

 ジブラルタル側で好きにやりたいと言うなら、特に口出しする理由は無かった。

 

 だが、

 

 その選択肢が本当に正しいのかどうか、結局レミリアには判断ができない。

 

「・・・・・・・・・・・・仕方が無い」

 

 一言つぶやき、レミリアは格納庫へと足を向ける。取りあえず、自分の裁量で、できるだけの手は打っておこうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 接近を図るリューンが、両手に装備したビームライフルや対艦用のバズーカを構えてアークエンジェルへと迫って行く。

 

 数は、視界に入るだけで10機強。一度に向かってくる敵の数としてはそれなりであろう。

 

 だが、彼等がアークエンジェルへたどり着く事は無かった。

 

 下から突き上げるように何かが駆け抜けた瞬間、3機のリューンが首や腕を斬り飛ばされ、戦闘力を喪失していた。

 

 更に、射出されたドラグーンが、1基に付き5門の砲を駆使して、残りのリューンを掃討していく。

 

 たちまち、戦闘力を喪失した機体は、無為に後退する以外に選択肢を持たなかった。

 

「後続、接近中。数20」

「敵は自棄にでもなっているのかな? 立て続けに戦力を投入したって意味は無いだろうに」

 

 エストの報告に嘆息交じりのコメントを返しながら、キラはドラグーン4基をクロスファイアの周囲に配置。同時にビームライフルとレールガンを構える。

 

 解き放たれる24連装フルバースト。

 

 その一撃が、接近を図っていた敵機を一掃する。

 

 勿論、自身の内なる信念に従い、大破させた機体は1機も無い。全て、戦闘力を奪うに留めている。

 

 次の反応は下。足元から近付いてきた。

 

 水中を、高速ですり抜けようとする機体がある。

 

 グーン、ゾノ、アッシュ、そのどれでもない。

 

「また新型か。やっぱり、お金があると無いとでは大違いだ」

「切実ですね」

「まあ、貧乏人は貧乏人らしく戦うとしよう」

 

 言いながら、腰部のレールガンを海中へと撃ち込む。

 

 Fモードになり、威力と速射力を増した攻撃は、接近を図る水中の機影へと撃ち込まれる。

 

 たちまち、2機が脱落するのが見えた。

 

 しかし、残りはクロスファイアの足元をすり抜けてアークエンジェルへと向かう。

 

 そのまま攻撃へと移行するつもりなのだろう。

 

 水中から飛び出す機影。

 

 肩口に流線形の装甲を持ち、手には大ぶりな三又槍(トライデント)を装備している。

 

 UMF-31S「ジェイル」

 

 ユニウス戦役時にザフト軍が開発したアビスの設計を基に開発された、水中用主力機動兵器である。Gヘッド仕様で、やや細身の印象が強かったアビスと違い、頭部がモノアイ仕様になっている点や、水中戦を想定したのか、四肢や胴体がややずんぐりしており、パワー重視に設計変更されいるのが特徴である。

 

 クロスファイアの攻撃をすり抜けた4機のジェイルが、海面から飛び上がると同時に、肩の装甲を開き、そこに備え付けられた合計6門の砲を、アークエンジェル向けて放とうとした。

 

 次の瞬間、

 

 縦横に放たれた閃光が、4機のジェイルを捉え、四方から貫いて撃墜する。

 

 誰もが目を剥く中、ジェイルを撃墜したレイのエクレールはドラグーンを引き戻すと、尚も向かってくる敵に対してビームライフルを構えた。

 

 放たれる閃光は、後続のジェイルを的確に撃ち抜き、寸分の接近すら許さない。

 

 更に、アークエンジェルの反対側には、もう1機のエクレールが待機し、手にした狙撃砲で、近付いて来る敵機を打ち払っている。

 

 元来、ルナマリア・ホークは砲撃系の機体を好む傾向が強い。本人は元々、射撃が不得手であるにもかかわらず、だ。

 

 だが、できないからこそ、できる者に憧れる。そして、憧れは努力に繋がり、努力はいつか昇華する。

 

 繰り返し言うが、ルナマリアは元々、射撃は不得手である。

 

 しかし、彼女の行ったたゆまぬ努力は、その結果として彼女を「射撃の名手」と呼ばれる程の存在へと押し上げていた。

 

 斉射、流れるような操作でエネルギーを充填し、更なる斉射を行う。

 

 近付こうとするリューンは、それだけで翼を撃ち抜かれて海面へと落下していく。

 

 努力の天才、などと言う言葉があるなら、それは正にルナマリア・ホークにこそ送られるべきだろう。

 

 彼女の射撃は、正に「神域」と称して良い正確さで、敵を貫いて行った。

 

 

 

 

 

 背後から接近を図る者達がいる。

 

 成程、正しい判断だ。

 

 アークエンジェルは20年前に建造された老朽艦だが、徹底的なオーバーホールで、往時並みの高速力を維持している。ならば、足を止める為にエンジンを狙うのは妥当な判断だろう。

 

 接近を図るハウンドドーガは、グゥルに乗りながら、急速に白亜の巨艦に接近して行く。

 

 設計時において重要視されなかったのか、アークエンジェルは後方への火力が最も低い。それ故、攻撃側のセオリーとして、後方に回り込む事は間違いではない。

 

 彼等の攻撃は成功するだろう。

 

 無論、守護者の存在が無ければの話だが。

 

 4つの刃を従え、罪ありき正義の騎士が駆け抜ける。

 

 たちまち、プラント軍機は機体やグゥルを斬り裂かれて海面へと落下、あるいは爆炎を引いて蒼空へ散って行った。

 

 その光景を、アステルは無言のまま見つめる。

 

 現在、ギルティジャスティスは万全の状態ではない。先の戦いでレミリアのスパイラルデスティニーにリフターを破壊され、その修理が終わっていない為、未装備状態での出撃となっている。

 

 とは言え、アステルにとって、さほど大きな問題でもない。

 

 もともとギルティジャスティスは、リフターなしでも高機動を確保できる設計になっている。その為、素体だけでも充分な機動力を確保できるのだ。若干、戦術の幅が狭まるのは仕方ないが、それとてアステルにとっては気にするほどの事ではなかった。

 

 蹴り出したビームブレードでグゥルを斬り捨て、ビームサーベルは、バランスを崩したハウンドドーガを袈裟懸けにする。

 

 損傷を負って尚、その戦闘力は一級。

 

 並みの雑兵如きでは、この赤き騎士を抜く事叶わない。

 

 クロスファイア、2機のエクレール、そしてギルティジャスティス。

 

 この4機が守りを固める事で、アークエンジェルは鉄壁と化していた。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前の敵を一掃してから、アステルは呟く。

 

「向こうも、そろそろか」

 

 

 

 

 

 基地司令は愕然としていた。

 

 たった1隻の戦艦、たった4機のモビルスーツを仕留める事ができないでいる。

 

 既に出撃した部隊の内、半分は壊滅している。残り半数にしても、ろくな攻撃をする事もできず、ただ右往左往した挙句、敵の攻撃を喰らっている有様だった。

 

 当初、スカンジナビアに遠征した部隊が、ほんの僅かな敵の反撃を受けて敗退したと聞いた時、誰もが悪い冗談だと思った。

 

 精鋭を誇るプラント軍が、碌な戦力を持たないスカンジナビアに敗れるなどあり得ない。恐らく、敵、それも自由オーブ軍の主力が密かに合流していた為に敗北したのだろう。それを誤魔化す為に、偽の情報を流したのだ、と誰もが思っていた。

 

 だが、よくよく考えれば、偽の情報を流すなら「大軍に敗れた」か、あるいは「事情が変わって転進した」と発表するはず。「少数の敵に敗れた」などと発表しては、却って軍の威信失墜につながりかねない。

 

 つまり、敵は間違いなく少数だったのだ。

 

 そして、その事実を裏付ける戦闘が、今まさに目の前で展開されていた。

 

 プラント軍は、すぐ目と鼻の先を航行するターミナルの戦艦を大軍で包囲しながらも、掠り傷一つ付ける事ができないでいる。

 

 正に、悪夢としか言いようが無かった。

 

「バカな・・・・・・・・・・・・」

 

 こうしている内に、また部隊が壊滅してしまう。

 

 彼等は知らない。

 

 今、彼等が相手にしている感が、かつて如何なる苦難にも屈する事無く、あらゆる苦戦を跳ね除け、勝利を重ねて来たかを。

 

 不沈艦と言うのは、アークエンジェルが最強の艦だったから名付けられたのではない。いかなる状況でも、最大限の努力で潜り抜け、必ず帰還するからこそ名付けられたのだ。

 

「全部隊に出撃を命じろッ 何としてもアークエンジェルを沈めるんだ!!」

 

 自棄になったように、基地司令は叫ぶ。

 

 とにかく、「自分の基地の目前」で、あたかも挑発するように堂々と航行された挙句、取り逃がしたとあっては恥の上塗りも良い所である。

 

 何としても、ここでアークエンジェルを沈める。

 

 その決意と共に、命令を下す。

 

 だが、破滅は、彼等が思いも欠けなかった方向からやってきた。

 

「司令ッ 海上にモビルスーツがもう1機、真っ直ぐこちらに向かってきます!!」

「な、何っ!?」

 

 目を剥いた基地司令が、慌ててサブモニターに目を走らせる。

 

 果たしてそこには、

 

 12枚の蒼翼を広げた美しいモビルスーツが、真っ直ぐジブラルタル目指して飛翔してきている姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラが立てたジブラルタル突破作戦は、当初考えられていた積極策に近い物だった。

 

 まずはアークエンジェルをわざと目立つように航行させて敵の目を引き付ける。

 

 そうして、手薄になったジブラルタル基地に攻撃を仕掛ける。

 

 レミリアが、当初抱いていた違和感は杞憂ではなかった。

 

 彼女は、アークエンジェルがこれ見よがしに堂々と姿をさらしている事を不審に思っていたのだ。

 

 だが結局、レミリア自身、真実に辿りつく事ができず、プラント軍の誰もがキラの思惑に気付けなかった。

 

 その代償は、彼等自身が支払う事になる。

 

 攻撃役は、ヒカル自ら買って出た。

 

 当初キラは、この危険な役は自分とエストが担おうと考えていた。

 

 最も危険な役目は、他人に任せるのではなく自分でやる。それは自分達の存在に対する絶対的な自信と、組織を運営するリーダーとしての責任でもあった。

 

 だが、そんな父に対し、ヒカルはあえて自分が行くことを主張した。

 

 この手の任務は、自分が行き、キラは指揮に集中した方が得策である。それに、戦場に出る以上、危険の多寡は変わらない。むしろ、大軍を少数で迎え撃たなくてはならない迎撃組の方が危ない可能性だってあるのだ。

 

 以上のように主張した息子に対し、キラは暫く考えてから受け入れる事にした。

 

 ヒカルの言う事に一理ある。と考えたのも、主張を受け入れた理由の一つではあるが、それ以前に、積極的に協力してくれている息子の意見を尊重したいと言う気持ちもあった。

 

 無論、ヒカルの実力を信じた上で、ではあるが。

 

 かくして、

 

 ヒカルの駆るエターナルフリーダムは、フルスピードでジブラルタル基地上空へと突っ込んで行った。

 

 ヴォワチュール・リュミエールの翼と、スクリーミングニンバスの障壁が鋭い輝きを齎す中、撃ち上げられた砲火を急激に回避する。

 

 同時に上昇を掛けつつ、バラエーナ・プラズマ収束砲、レールガン、ビームライフルを構えて6連装フルバーストを解き放つ。

 

 一斉発射される閃光。

 

 着弾と同時に、ジブラルタル基地内で次々と爆炎が躍る。

 

 まず、狙うべきはモビルスーツの格納庫。そこさえ潰してしまえば、増援をある程度断つ事が出来る筈。

 

 だが、プラント軍も無能ではない。

 

 ただちに、滑走路上で待機していた3機のリューンが、翼を広げて飛び上がるのが見えた。

 

 世界で初めて、単独飛行が可能なように設計されたディン。その後継に当たる機体が、エターナルフリーダム目がけて向かってくるのが見える。

 

 対して、

 

 ヒカルも迎え撃つべく、背中からティルフィング対艦刀を抜き放って構えた。

 

 更なる加速。

 

 リューンが手にしたビームライフルで攻撃を仕掛けて来るが、ヒカルは難なく回避。

 

 更に照準を修正しようとするリューンがいるが、それすら間に合わない。

 

 一気に接近すると同時に、豪風を撒くように対艦刀を振るう。

 

 一閃された刃が、リューンの首を飛ばす。

 

 更に、ヒカルは手にした大剣を鋭く斬り上げて、2機目のリューンの羽根を斬り落とした。

 

 残ったリューンが、諦めきれずに尚もビームライフルをエターナルフリーダムに向けようとしてくる。

 

 しかし、その時にはヒカルも動いていた。

 

 甘い照準をすり抜けるようにして攻撃を回避すると、そのまま接近。突撃の勢いを斬撃に変換して、リューンの両足をティルフィングで斬り飛ばす。

 

 空中でバランスを崩すリューン。

 

 その背中を、ヒカルは強引に蹴り飛ばして地上へと叩き落とした。

 

 迎撃機を一掃したヒカル。

 

 いよいよ、本格的に基地への攻撃を仕掛ける。

 

 手にしたビームライフルを放ち、居並ぶ倉庫群を叩き、更にはエレベーターユニットをレールガンで破壊して、地下格納庫との連絡線も立つ。

 

 ジブラルタル基地はプラント軍の地上における第2の拠点だ。ある程度徹底的にやっておかないと、却って禍根を残す事になりかねない。

 

 地上の滑走路にも砲弾やビームを打ち込んでクレーターを作り、暫く使えないようにする。無論、プラントの技術をもってすれば、1日もあれば修復できる程度の損害ではあるが、それだけ時間を稼げれば、アークエンジェルは安全圏へと退避できるはず。

 

 ヒカルが次に攻撃目標に選んだのは、基地の中央付近に設置されているレーダーサイト群だった。

 

 これを潰さなければ、アークエンジェルの進路をある程度追跡される事になる。

 

 撃ち上げられる砲火をかわしてヒカルは基地上空へと戻ると、立てつづけにレールガンを放ち、レーダーや、その他のセンサーの類を片っ端から叩き壊して行った。

 

 思わぬ奇襲を受け、更に機体の格納庫まで潰されたプラント軍の動きは鈍い。

 

 今やヒカルは、本当の魔王と化したかのような勢いで、プラント軍屈指の拠点を破壊して回っていた。

 

 やがて、ヒカルが「破壊活動」をやめた時、基地のそこかしこで煙と炎が上がり、視界を覆い尽くす程の規模となっていた。

 

 とは言え、流石はプラント屈指の拠点と言うべきか、1機のモビルスーツの持つ火力では、完全には破壊しきれなかったらしい。

 

「良いとこ、4割ってところか。まあ、これくらいやっときゃ、上々だろ」

 

 ヒカルは自分の齎した「災禍」を見て、頷く。

 

 これで、暫くは欧州のプラント軍は身動きを取る事もできなくなったはず。壊滅させるには至っていないし、現有戦力でそれを行うのは不可能である。ただ、これだけやれば十分だった。

 

 蒼翼を翻して、ヒカルは帰還の途に着こうとする。

 

 先行した形になっているアークエンジェルを追いかけるのだ。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 突然、自分に向かって高速で接近してくる機影がある事に気が付いた。

 

 ハッとして振り返る。

 

 そこには、

 

 赤い炎の翼を羽ばたかせ、真っ直ぐに飛翔してくる見覚えのある機体があった。

 

「スパイラルデスティニー、レミリアか!?」

 

 凄まじいスピードで飛翔してきたスパイラルデスティニーは、そのままの勢いでエターナルフリーダムとすれ違う。

 

《随分と派手にやってくれたよね、ヒカル。いつから壊し屋に転職した訳?》

 

 苦笑交じりのレミリアの声に、ヒカルはムッとした調子で眉をしかめる。

 

 先の戦いで、今一歩の所で(ルーチェ)を取り戻せなかったのは、彼女によるところが大きい。勿論、その辺の細かい事情をレミリアは知らなかった訳だが、それでも腹が立つ事には変わりない。

 

《まあ、これ以上はやらせないんだけどね!!》

 

 言い放つと同時に、レミリアはミストルティン対艦刀を構えて斬り掛かってきた。

 

 対して、ヒカルもビームサーベルを抜いて斬り込んだ。

 

 互いの剣が空を切り、同時に駆け抜けた豪風が装甲を叩く。

 

「レミリアッ あいつをどこにやった!?」

 

 振り下ろすように剣を繰り出しながら、叩き付けるように尋ねるヒカル。

 

 対して、その攻撃をシールドで弾きながら、レミリアはキョトンとした眼差しを向けた。

 

《あいつ・・・・・・て誰の事?》

「ふざけんなッ ルー・・・・・・」

 

 言いかけて、レミリアが何も事情を知らない事を思い出す。

 

 一つ深呼吸する。

 

 どうにも、ルーチェの事が絡むと、冷静ではいられなくなる傾向が強い。

 

 ヒカルは目を開き、もう一度レミリアを見た。

 

「お前が連れて行った、ユニウス教団の聖女。あいつは、俺の妹だ」

《えッ!?》

 

 その言葉に、レミリアは驚愕の表情を見せる。

 

 確かに、ヒカルに双子の妹がいたと言う話は聞いている。しかし、

 

《だってヒカル、妹は死んだって、前・・・・・・》

「俺もそう思っていたさ。けど、生きてたんだ・・・・・・」

 

 レミリアはふと、ヒカルとアルマ(ルーチェ)の顔を、思い出して比べてみる。

 

 正直、あまり似ていない。

 

 本人がそう言っている所で、俄かには信じがたい話である。相手がヒカルでなければ、冗談だと笑い飛ばしている所である。

 

 しかし、

 

「信じてくれ。あいつは俺の妹なんだ。10年前に誘拐されて、それで、何でか知らないけど教団の聖女なんてやらされてたんだッ」

《・・・・・・・・・・・・》

 

 半信半疑のレミリア。

 

 正直、いきなりそんな事を言われても、信じろと言う方に無理がある。

 

 だが、

 

《・・・・・・本当、なの?》

「ああ」

 

 ヒカルは、こういう悪質な嘘は絶対に言わない事を、レミリアは知っている。

 

 だからこそ、信じられると思った。

 

 言葉ではなく、ヒカル・ヒビキと言う、レミリアにとっての親友自身を。

 

 スパイラルデスティニーが腕を降ろしたところで、ヒカルはレミリアが敵意を引き下げたと察した。

 

「協力してくれ、レミリア。あいつを助けるには、お前の助けがどうしても必要なんだ」

《それは・・・・・・・・・・・・》

 

 親友の言葉に、少女は言葉を濁す。

 

 他ならぬヒカルの頼みだ。できれば、協力してあげたいと言う気持ちはある。

 

 そかし・・・・・・・・・・・・

 

《でも、ボクは・・・・・・》

 

 言い淀むレミリアは、感情に任せて進もうとする足を、理性の鎖が絡め取るのが判る。

 

 それは、プラントに対する明確な裏切り行為となる。何しろ、同盟軍の象徴とも言うべき聖女アルマを、誘拐するに等しい行為なのだから。

 

 そんな事をしたら、プラントで囚われている姉はどうなるのか?

 

 だが、

 

「レミリア、お前が何か、俺にも言えない事情を抱えているのは知っているよ。けどな、それを承知で頼んでんだ」

《ヒカル・・・・・・・・・・・・》

 

 彼が、再び手を差し出してくれている。

 

 モビルスーツのカメラ越しだが、レミリアにはそれが判る。

 

 ああ、そうか・・・・・・

 

 レミリアは、唐突に理解する。

 

 ヒカルはいつも、真っ直ぐにレミリアを見て、そして真っ直ぐに感情をぶつけてくる。

 

 だからだろう。レミリアにとって、ヒカル・ヒビキと言う少年は、とても眩しい存在だった。

 

 そう、自由に天を舞う翼を持ち、つねに己の信じた道を突き進む事ができる。

 

 そんなヒカルの姿を見て、憧れ、惹かれ、そして、

 

 いつしか、恋するようになっていたのだ。

 

 そう、レミリアは今、はっきりと自覚していた。

 

 自分は、ヒカルが好きだ。親友としてでなく、1人の女としてのヒカルに恋している。

 

 一緒に行きたいと思っている。抱き締めてほしいと思っている。

 

 全て捨て去り、ヒカルと一緒に行ければ、それだけで幸せになれる気がした。

 

 そこへ、駄目押しとも言うべき言葉が投げかけられる。

 

「一緒に来いッ レミリア。お前が持つ全てを、俺が解決してやる!!」

《ヒカル・・・・・・・・・・・・》

 

 呟くレミリア。

 

 そのまま身を預けそうになり、

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《おっと、臭い三文芝居は、それくらいにしとけよ。お二人さん》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、割り込んで来た悪意を含む声。

 

 次の瞬間、

 

 嵐のようなビームが、エターナルフリーダム目がけて降り注いできた。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、シールドを掲げて防御するヒカル。

 

 しかし、その攻撃の数は尋常ではない。

 

 50。

 

 否、下手をすると100に届くのでは、と思える程の閃光の軌跡が縦横に襲い掛かってくる。

 

 堪らず後退するヒカル。

 

 12枚の翼を羽ばたかせながら、体勢を維持。同時に、カメラアイを上に回して振り仰ぐ。

 

 その先には、結合したドラグーンユニットを回収する、深紅の機体が、威嚇するようにこちらを睨み付けていた。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは驚愕に、目を見開く。

 

 その機体には、確か見覚えがあった。

 

 2年前、北米で一度だけ対峙した事がある機体。その後、戦線に全く出て来る事がなくなった為、てっきり、フロリダ会戦で撃墜されたのだろうと思っていた存在。

 

 しかし、その機体は当時と変わらない姿で、そこにあり続けていた。

 

 GAT-X135「クリムゾンカラミティ」

 

 かつて、ヒカル、リィス、カノンの3人で掛かって尚、仕留める事ができなかった重火力型機動兵器が、今再び、ヒカルの前に姿を現していた。

 

 だが、ヒカルが驚いたのは、それだけではない。

 

 先程聞こえてきた声。あれは・・・・・・・・・・・・

 

「レオス・・・・・・お前が、そいつのパイロットだったのか?」

《ご名答。気付くのが遅いぞ、ヒカル》

 

 どこか笑みを含むような声で、レオス・イフアレスタールは応じた。

 

 自分達を裏切り、妹まで撃った男が、再びのうのうと姿を現している現状に、ヒカルは込み上げる怒りを抑える事ができずにいた。

 

 そんなヒカルの感情などお構いなしに、レオスは口を開いた。

 

《さて、さっきも言ったがヒカル。その女を連れて行く事は俺が許さん》

「何をッ」

 

 勝手な事を。

 

 言いかけるヒカルを制するように、レオスは更に続けた。

 

《それにヒカル。お前には、どうせここで死んでもらうんだ。彼女を連れて行く事などできないさ》

「ッ!?」

 

 言った瞬間、

 

 レオスは4基のグレムリンを射出。更にそこから、合計32基の小型ドラグーンを分離してエターナルフリーダムへと向かわせる。

 

 グレムリン本体の物と含めて、合計80門の砲がエターナルフリーダムに襲い掛かってくる。

 

 対して、ヒカルは舌打ちしながらフルバーストモードへ移行。向かってくるドラグーンを次々と撃ち落していく。

 

 流星の如く流れる閃光と、ドラグーンが交錯して、一瞬、空中に弾けるような爆炎が広がる。

 

 ヒカルの攻撃は的確であり、一瞬ながらドラグーンの動きを抑え込んだように見えた。

 

 しかし、流石に数が多い。全てを撃ち落とすのは不可能に近い。

 

 やがて、エターナルフリーダムの火線をすり抜ける形で、次々とドラグーンが向かってくる。

 

「チッ!!」

 

 攻撃配置に着いたドラグーンとグレムリンを見ながら、舌打ちするヒカル。

 

 同時にヴォワチュール・リュミエールを全開まで吹かし、火線を引き離しにかかった。

 

 流石に、ドラグーンもエターナルフリーダムのフル加速にはついて来れなかったのか、一気に引き離される。

 

 だが、

 

 そこへ、ビームバズーカとシールド内蔵砲、複列位相砲、肩口のビーム砲を構えたクリムゾンカラミティが砲門を開いた。

 

 レオスはヒカルの回避パターンを先読みし、逃げ道を塞ぐようにして待ち構えていたのだ。

 

「クッ!?」

 

 放たれる閃光は、ドラグーン無しで尚、エターナルフリーダムの火力を上回っている。

 

 とっさにシールドを展開して防御するヒカル。

 

 しかし、とっさの事で、完全な防御はできなかった。

 

 吹き飛ばされるエターナルフリーダム。

 

 そこへ、レオスはドラグーンを殺到させる。

 

《悪いなヒカル。お前の事は好きだったけどよ、俺にも、譲れない物って奴があるんだ》

 

 そのまま一斉発射しようとするレオス。

 

 しかし、

 

 そこへ深紅の翼を羽ばたかせたクロスファイアが、手にした対艦刀を翳してクリムゾンカラミティに斬り掛かった。

 

「クッ!?」

 

 とっさの事で、回避が追いつかないレオス。

 

 キラが振り下ろしたブリューナク対艦刀は、クリムゾンカラミティの胸部装甲を斬り裂く。

 

 キラはそのまま、レオスを牽制しながらオープン回線でエターナルフリーダムに呼びかけた。

 

《撤退して、ヒカル。これ以上の戦闘は無意味だ!!》

「けど、父さん!!」

 

 ヒカルは言い募る。

 

 ルーチェが、

 

 レミリアが、手の届く所にいる。

 

 だと言うのに、指をくわえて退かなければならないと言うのか。

 

《聞き分けなさい、ヒカル》

 

 そんなヒカルに対して、エストが淡々とした、それでいて断固とした調子で言った。

 

「母さん・・・・・・」

《ここでの深追いは命に係わります。ここは、お父さんの指示に従ってください》

 

 歴戦の英雄2人に諭されては、ヒカルとしても我を張り続ける事は叶わない。

 

 そのまま、機体の踵を返して撤退していく。

 

 最後にチラッとだけ、背後に目をやると、

 

 そこでは尚も、未練を残したスパイラルデスティニーが、寂しさを象徴するように滞空していた。

 

 

 

 

 

PHASE-37「ジブラルタル強襲」      終わり

 




機体設定

UMF-31S「ジェイル」

武装
複合兵装ランス×1
3連装ビーム砲×2
複列位相砲×1
肩部機関砲×2
超音速魚雷発射管×6

備考
プラント軍がZGMF-X31S「アビス」の設計データを基に開発した新型水中用モビルスーツ。武装は簡略化されているが四肢の大きさが一回り太くなり、抵抗の大きい水中での機動戦に、より大きな力を発揮する。深海での活動も考慮に入れられており、より先述の幅が広がる事が期待されている。

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