機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-35「再会の刻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは、いつの記憶だったのか?

 

 思い出そうにも、何もかもが霞んで見えるくらい昔の事で、よく覚えていない。

 

 だがそれでも、その時の光景はずっと忘れる事はなかった。

 

 本を読んでいる自分。その内容までは、ちょっと思いだせそうもない。

 

 ただ、その直後に起こった出来事は、まるで録画画像のようによく覚えていた。

 

 大して広くも無い家の廊下を、息を切らせて走ってくる足音。

 

 危ないからやめるように言われているのに、一向に改まる様子がないのは、成長の無さを嘆くべきか、あるいは普遍性に喜ぶべきか、

 

 やがて、蹴破るような勢いで、扉があけ放たれた。

 

『ヒカルヒカルヒカル!! 天気が良いから遊びに行こうよ!!』

 

 こちらの事情など、一切お構いなし。

 

 妹のルーチェは、勢いを緩める事無く飛びついてきた。

 

 対して、呆れ気味の視線を妹へと返す。

 

『あのな、ルゥ。今日は用事があるから、家でおとなしくしてろって、お父さんにも言われただろ』

『良いじゃん、ちょっとくらいならさッ 行こうよ!!』

 

 こちらの言い分など聞く耳持たないとばかりに、ルーチェは自分の主張を曲げようとしない。

 

『こんなに天気良いのに本ばっかり読んでたら、ヒカル、おじいちゃんになっちゃうよ!!』

 

 何の話だよ、とツッコミを入れつつ嘆息する。

 

 仕方なく、切り札を出す事にした。

 

『俺はヤだからな。またルゥの巻き添えでリィス姉に怒られるなんて』

『うッ それは・・・・・・・・・・・・』

 

 ルーチェが黙り込む。

 

 この家では両親が割とおおらかな分、長女がしっかりした性格をする事で、家庭秩序のバランスを保っている。

 

 流石の火の玉娘ルーチェも、10歳年上の姉にだけは頭が上がらないのだ。

 

 ついこの間も、宿題をすっぽかしてルーチェに強引に遊びに連れ出されたのだが、帰った後、リィスの雷が落ちたのは言うまでもない。2人揃ってたっぷりと、お尻を叩かれてしまった。全くもっていい迷惑である。

 

 とにかく、今日は絶対にルーチェの好きにはさせない。

 

 そう思って、再び本に目を向け直す。

 

 その時だった。

 

 グイッと腕を引っ張られ、強引に立ち上がらされる。

 

『お、おい、ルゥ!!』

『アハハ、行こうよ、ヒカル!!』

 

 慌てた抗議などどこ吹く風、と言わんばかりに笑みを浮かべ、ルーチェは腕を掴んだまま駆け出す。

 

 その姿に、ヒカルも思わず苦笑を漏らす。

 

 まあ、付き合ってやるか。こいつは、自分にとって大切な妹なんだし。

 

 取りあえず、

 

 お仕置きを受ける覚悟だけはしておこうと思った。

 

 

 

 

 

 そして、運命の日。

 

 

 

 

 

 爆炎と轟音、ついで襲ってきた衝撃が、平和な遊園地を一瞬にして地獄へと変えた。

 

 何が起こったのか、など幼い自分達に判る筈も無い。

 

 ただ、何かのイレギュラーが起こった事だけは理解できた。

 

 理性では無く、両親伝来の直感が告げている。「ここに居ては危ない」と。

 

 周囲には恐怖で逃げ惑う客たちが、一斉に出口の方向に向かって流れ始めている。その人の波に翻弄されて、小さな体がどんどん押しやられる。

 

 彼方では、スタッフと思われる人間が声を枯らして避難誘導に当たっているが、それが功を奏している様子は全く無かった。

 

 秩序は完全に失われ、混沌のみが場の住人として全てを支配する。そして、その流れに逆らえる者は、誰1人としていなかった。

 

 周囲を取り巻く火の手は、こうしている間にも大きくなり、視界の端に赤く揺れているのが見えた。

 

 悪い事に、一緒にきた両親ともはぐれてしまっている。

 

 怒涛のような人の波の中で、幼い兄妹は、ただ翻弄されるだけだった。

 

 と、

 

『ヒカル・・・・・・・・・・・・』

 

 弱々しい声に振り返る。

 

 すると、ルーチェが不安げな瞳を向けて来ていた。

 

 普段見せている勝気な様子など微塵も感じる事ができない、そこにいるのは無力な幼い少女でしかなかった。

 

『怖いよ・・・・・・ヒカル・・・・・・』

『ルゥ・・・・・・』

 

 ギュッと、妹の手を握る。

 

 本音を言えば、自分だって怖い。父や母とはぐれてしまい、ここがどこなのかすらわからないのだ。

 

 だが、それを表に出す事は許されない。

 

 大切な妹が、怖くて震えているのだ。兄貴である自分が守ってやらなくてどうする?

 

『大丈夫。出口に行けば、お父さんもお母さんもきっと待ってるよ。さあ、行こう』

『うん・・・・・・・・・・・・』

 

 ちょっとだけ笑顔を取り戻したルーチェの手を引いて、流れに乗るように歩き出す。

 

 ルーチェは自分が守る。何があっても絶対に。

 

 妹の手を引きながら、強くそう思った。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 

 気が付いた時、ヒカルの手は何も握っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でだ・・・・・・何でお前が・・・・・・」

 

 エターナルフリーダムのコックピットの中で、ヒカルは呆然とした呟きを漏らす。

 

 今の今まで、自分が剣を交えて死闘を演じていた相手。

 

 仇敵にして、ユニウス教団の象徴である「聖女」

 

 それがまさか、10年前に死んだはずの妹、ルーチェとうり二つだったとは。

 

 別人

 

 他人の空似

 

 そんな言葉が、浮かんでは消えて行く。

 

 だがこれは、最早そんなレベルの話ではない。

 

 ヒカルの中にあるあらゆる存在が、声を大にして告げていた。

 

 目の前に立つ少女は、確かに自分の妹である、と。

 

 対してアルマは、もはや仮面の無くなった瞳で、真っ直ぐにエターナルフリーダムを睨み返している。

 

 たとえ敗れようとも、魔王に屈する気は無い。

 

 アルマの双眸は、不退転の決意と共にそう語っていた。

 

 そんなアルマ、否、ルーチェに対し、ヒカルはそっと手を伸ばす。

 

「ルゥ・・・・・・・・・・・・」

 

 かつての愛称で呼びかける。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 突如、吹き抜けた閃光が、エターナルフリーダムを命中コースに捉えた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、シールドを展開して防御するヒカル。

 

 吹き荒れる衝撃が、アルマの華奢な体を覆いに翻弄する。

 

 そこへ、片腕を失った機体が、手にした対艦刀をエターナルフリーダム目がけて振り下ろしてきた。

 

《悪いんだけどヒカルッ この娘は渡さないよ!!》

「レミリアかッ!?」

 

 このタイミングでの親友の登場に、ヒカルは流石に苛立ちを隠せなかった。

 

 飛び退くヒカル。

 

 そこへ、レミリアはスパイラルデスティニーを慎重に着陸させると、コックピットハッチを開いて身を乗り出した。

 

「アルマ、来て!!」

「レミリア!!」

 

 伸ばされた腕を掴み、レミリアがアルマをコクピットに引き寄せる。

 

 その光景は、上空に逃れたヒカルの目にも見えていた。

 

「クソッ 待てレミリアッ そいつは俺の!!」

 

 しかし、最後まで言い切る前に、複数の火線がヒカルの行く手を阻む。

 

 見れば、ガーディアン数機が、エターナルフリーダムを標的と定めて、砲門を開きながら接近してきていた。

 

 舌打ちしながら攻撃を回避するヒカル。同時に、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

「邪魔すんな!!」

 

 スラスターを全開にして斬り掛かって行くヒカル。

 

 対して、信徒達は捨て身とも言える行動でエターナルフリーダムに突っ込んで来た。

 

《行かせはせんぞ!!》

《聖女様の為に!!》

《我が怨敵に誅罰を!!》

 

 口々に叫びながら、エターナルフリーダムに突っ込んでくるガーディアン。

 

 その動きが、ヒカルの精神を容赦なく抉る。

 

 何が聖女だ!?

 

 何が誅罰だ!?

 

 あいつは、俺の妹だ。それを勝手に連れ去っておいてッ!!

 

 ヒカルはビームサーベルを横なぎに振るってガーディアンの首を飛ばし、更に返す刀で別の機体の腕を斬り裂く。

 

 最後の1機が陽電子リフレクターを展開して防御しようとするが、ヒカルは素早くビームサーベルを収め、高周波振動ブレードを抜刀して斬り付け、ガーディアンの両肩を斬り飛ばした。

 

 全てのガーディアンを強引に振り切り、逃げるスパイラルデスティニーを追いかけようとするヒカル。

 

 しかし、その時、

 

 上空から凄まじい勢いで急降下してくる機影に気付いた。

 

 とっさに回避しようとするが、間に合わない。

 

 次の瞬間、振り下ろされた金棒が叩きつけられ、コックピット内のヒカルを衝撃が襲う。

 

「グゥッ!?」

 

 飛びかける意識を強引に引き戻しながら、ヒカルは崩れる体勢をどうにか立て直す。

 

 そこへ、

 

《おいおい、そんなに急いでどこ行くんだよ、魔王様?》

 

 嘲弄に満ちた声が、スピーカーから聞こえてくる。

 

 オープン回線で聞こえて来たその声は、間違いなく、あのクーランと呼ばれていた男の声である。

 

 声は尚も続き、ヒカルの鼓膜を掻き乱す。

 

《どうだったよ、感動のご対面って奴は? 涙が止まらねえか?》

 

 何を、と言いかけて、ヒカルは思わず言葉を止めて相手を睨み付けた。

 

 今の言葉は、明らかにおかしい。それは本来、知るべき人間以外には知る筈の無い事柄である筈なのに・・・・・・

 

「お前、何で、その事を・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは、驚愕の眼差しで相手を見やる。

 

 ヒカル自身、聖女がルーチェであるという事を知ったのは、つい先ほどの事である。

 

 だがクーラン―クライブの口ぶりからすると、彼は以前から「聖女=ルーチェ」だという事を知っていたように取れる。

 

 愕然とするヒカルに対し、クライブは今さら思い出したように「あぁ」と呟くと、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

《そうだな、テメェには教えといてやるか。もう黙ってる意味もねえしな!!》

 

 言いながらクライブのガルムドーガは、カリブルヌスを振り翳して襲いかかって来た。

 

 とっさに、高周波振動ブレードを掲げて迎え撃つヒカル。

 

 互いの攻撃が空中で交錯し、金属的な異音をまき散らす。

 

《テメェの大事な大事な妹を浚ったのはな、何を隠そう、この俺だよ!!》

「なッ!?」

 

 ヒカルの注意が、一瞬削がれる。

 

 そこに、クライブは最大限付け込んだ。

 

 鋭い蹴りを放ってエターナルフリーダムの体勢を崩すと、4門のビームガトリングを一斉発射してくる。

 

 対して、どうにか体勢を立て直したヒカルがビームシールドを展開すると、その表面に嵐のように光弾が命中して弾ける。

 

《テメェの親父とお袋は、俺等にとっては随分と目障りな存在でな。その警告って奴よ!! テメェの娘の命が惜しけりゃ、大人しくしてろってな!!》

「お前ッ!!」

 

 強引に相手の攻撃を振り切り、斬り掛かるべく剣を引き抜く。

 

 だが、クライブは、そんなヒカルの動きを読んだかのように、怒涛のような攻撃を仕掛け、動きを封じてくる

 

《どうだよッ 大切な妹と、今の今まで殺し合っていた気分は? 最高だっただろうがッ 思わず自殺してしまいたい気分か? ええ!?》

 

 対して、ヒカルの動きは、普段とは比べ物にならないくらいに精彩を欠いていた。

 

 浚われた妹との再会

 

 そして仇の出現

 

 ヒカルは怒りのあまり、脳が沸騰しそうだった。

 

 この男にとって、キラやエストがどれほど不利益な存在だったかは、ヒカルには判らない。

 

 だが、そんなくだらない理由で妹を奪われ、10年間もの間、引き離されていたかと思うと、身が引き裂かれるようだった。

 

「よくもッ よくもルゥを!!」

《ハッ 恨むなら、テメェの親を怨みな!!》

 

 全武装を解放して、執拗な砲撃を仕掛けるクライブ。

 

 それに対して、ヒカルは反撃の機を見いだせずに、ただ防御に徹する事しかできない。

 

 悔しさで、身が焼かれる思いだった。

 

 妹をさらった男を相手に、手も足も出せないでいるとは。

 

 吹き飛ばして、引きずり出して、殴りつけてやりたい。

 

 だと言うのに今のヒカルは、一方的に放たれる攻撃を、防ぐ事しかできないでいる。

 

《そらッ これで終わりだ、魔王様!!》

 

 クライブがビームライフルを構えた。

 

 次の瞬間、

 

 強烈な閃光の嵐が、ガルムドーガに襲い掛かった。

 

 後退を掛けるクライブ。

 

 とっさにパージしたビームライフルが、直撃を受けて吹き飛ばされた。

 

 舌打ちするクライブの視線の先には、蒼い翼を広げた白い装甲の機体が、搭載全火器をガルムドーガに向けて威嚇しているのが見えた。

 

《相変わらず良い感じにお出ましだな、テメェは!!》

 

 言いながら、ビームトマホークを構えて斬り掛かって行く。

 

 対抗するように、クロスファイアを駆るキラも、ビームサーベルを抜いて迎え撃った。

 

《人の家族に手を出すのはやめろ!!》

《ハッ やめて欲しけりゃ、それなりの態度を示せやッ まずは土下座するところから始めるんだな!!》

 

 言いながら、斬り結ぶ両者。

 

 キラは蒼炎翼を羽ばたかせて急接近すると同時に、鋭い斬撃を横なぎに振るう。

 

 対して、とっさにクライブはシールドで防御しようとするが、一瞬遅く、その左腕を光刃に斬り飛ばされた。

 

 舌打ちをするクライブ。

 

 同時にビームガトリングとビームキャノンを放ちながら、急速に後退していく。

 

《テメェとの決着は、また今度だッ》

《待て、クライブ!!》

《焦らなくても、テメェもテメェのガキも、みんな仲良くあの世に送ってやるよ。その日を楽しみにしてるんだな!!》

 

 捨て台詞と共に、踵を返して去って行くクライブ。

 

 対して、キラも、それを追おうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、スカンジナビア側の勝利で終わった。

 

 最終的にはムルマンスク近傍まで攻め込んだプラント軍だったが、予期し得なかったターミナルの介入により、戦線は崩壊。戦力の多数を喪失して後退を余儀なくされた。

 

 誰もが予想しなかった戦闘結果に、敗者はもちろん、勝者までもが呆然とするありさまだった。

 

 いかに精鋭とは言え、10機にも満たない戦力で、エースを含む200機以上の敵を撃退するなど、誰が予想しえただろうか?

 

 この勝利を受け、スカンジナビア中立自治区は、「一方的な理由によって、無用な侵攻を行った」プラントに対し、抗議と賠償の申し入れを行った。

 

 それに対して、プラント側は不気味な沈黙を貫いている。

 

 所詮は小規模自治体の事。無視しても問題ないと考えているのか、それともあるいは、もっと別の思惑があるのかは分からないが。

 

 いずれにしても、これでどうにか、スカンジナビアの安全は確保できたのだった。

 

 僅か短期間のうちに二度も侵攻を受け、その二度とも勝利したスカンジナビアを相手に、三度目の侵攻を行おうという無謀な輩が現れる可能性は低いだろう。

 

 今後の世界情勢の行方も影響する事ではあるが、少なくとも当面は、トラブルが起こる可能性は少ないように思われる。

 

 とは言え、

 

 それはマクロ的な視点で見た場合の話である。

 

 トラブルは、よりミクロなポイント。

 

 より正確に言えば、

 

 とある一家庭における家族問題の面で起こっていた。

 

 

 

 

 

「これはいったいどういう事よ、お父さん!! お母さんも!! ちゃんと説明して!!」

「まあまあリィス、落ち着いて。あ、お煎餅食べる?」

「要らないわよ!!」

「リィス、あまり怒るとハゲますよ」

「誰のせいよッ 誰の!?」

 

 ウガーッ という唸りがアークエンジェルの艦内にこだまする。

 

 殆どキャラが崩壊しそうな勢いで怒っているのはリィス・ヒビキ。

 

 怒られているのは、キラ・ヒビキとエスト・ヒビキ。7年前にシャトルの事故で死んだと思われていたリィスの両親である。

 

 一見すると20代前半の青年にしか見えないキラは、のんびりした調子で、娘の怒りを受け流している。

 

 エストの方はと言えば、こちらは更に若く、どう見ても10代にしか見えない。こちらは感情に乏しい眼差しをしており、今も小動物のような仕草で、ポリポリと煎餅を食っていた。

 

 とは言え、怒っているのはリィス1人であり、他の面々は彼女の迫力に気圧されて、遠巻きに見ている事しかできない感じである。

 

 どうぞどうぞ、お任せします。ご自由におやりください、と言った感じであろうか?

 

 とにかく、説教は娘さんに任せる方針のようである。

 

 リィスの怒りも、無理のない話である。とっくの昔に死んだと思っていた両親が「のうのうと」生きていたのだから。無論、生きていてくれた事は嬉しいのだろうが、それ以前にきちんとした説明をしてくれない事には納得がいかなかった。

 

 対して、怒られている筈のヒビキ夫妻はと言えば、極めて「のほほん」とした感じに、茶を片手に煎餅を食べていた。

 

「だいたいねッ お父さん達はいつもいつも!!」

「リィス、少し落ち着け」

 

 見かねて、彼女の伯母が仲裁に入った。

 

 カガリとしても、言いたい事はそれこそ山を越えて山脈並みにあるのだが、姪が先に爆発したせいで、完全に気勢が削がれてしまった感があった。

 

 だが、

 

「カガリさんは黙っててくださいッ これは我が家の問題なんですから!!」

 

 取り付く島も無いとばかりに、カガリをはねつけるリィス。どうやら、完全に頭に血が上り切ってしまっているらしかった。

 

 嘆息するカガリ。

 

 仕方なく、背後を振り返った。

 

「アラン、頼む」

「御意」

 

 短いやり取りでカガリの意思を汲むと、アランは素早くリィスの背後に回り込んで羽交い絞めにした。

 

「放して、アランッ まだ言いたい事は沢山・・・・・・」

「リィス、少し落ち着いて。これじゃあ、話が進まないから」

 

 苦笑しながら、アランはリィスを壁際まで引っ張っていった。

 

 娘が連行される様子を見ながら、キラは「きょうだい」に苦笑を向ける。

 

「さすがに、カガリは驚かないね」

「戦場で死んだはずの人間が生きている、なんてよくある話だろ。特に、お前が先頭切ってな」

 

 「ミスターMIA」の名付け親であるカガリにとって、キラの「奇行」など、いちいち驚くに値しない。むしろ、いっそ本当に死んでいたら、それこそ天地がひっくり返るくらいに驚くであろうが。

 

 苦笑するキラを鋭く睨みながら、カガリは続ける。

 

「とは言え、勿論、説明はしてくれるんだろうな。でないと、さすがに誰も納得しないと思うぞ」

「勿論。そのつもりで、みんなの前に出たんだから」

 

 頷くキラ。

 

 その傍らで、エストがカガリに、煎餅の入った袋を差し出した。

 

「カガリも食べます?」

「・・・・・・・・・・・・一枚貰おう」

 

 この夫婦は、あるていど常識から外れた感じに対応する方が好ましい事を、カガリは経験から知っていた。でないと、こっちが疲れるばかりである。

 

 エストが差し出した袋から煎餅を取り出して口に運ぶカガリ。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・本当に、父さんと、母さんなのかよ?」

 

 それまで沈黙していたヒカルが、低い声で告げる。

 

 リィスの激高に気圧されて、今まで黙っていたが、話がひと段落したと判断して口を開いたのだ。

 

 対して、キラとエストは、息子の方に振り替える。

 

「ヒカル・・・・・・」

「・・・・・・今まで、どこで何やってたんだよ?」

 

 母の言葉を遮り、低い声が自らの両親を糾弾する。

 

「父さんも、母さんも、あの事故で死んだって聞かされて・・・・・・俺やリィス姉が、どんなに悲しんだか、2人には分かんないのかよ?」

 

 ルーチェがいなくなり、キラとエストも死んだと聞かされ、たった2人だけになってしまった姉弟は、これまで必死になって生きて来た。

 

 幸い、2人の周りには、多くの優しい人たちがいてくれたおかげで、これまで生きて来る事ができたが、しかし、両親を失った事から来る寂しさは、どうしても消す事ができなかった。

 

「リィス姉は、必死になって俺を育ててくれた。なのに、2人はどこで何をやっていたんだよ!?」

 

 抑えきれなくなった感情が迸る。

 

 両親への思慕と怒り。姉の悲哀を思う怒り。それらがヒカルの中で、渦を巻いて猛っているのが分かった。

 

 やがて

 

「・・・・・・・・・・・・ごめんね」

 

 キラが、声のトーンを落とした感じで言った。

 

「理由がどうあれ、2人の事を長い間、放り出してしまったのは事実だ。それについては、本当に申し訳なく思っている」

 

 7年間。2人の子供たちに味あわせて来た孤独を思い、父は謝罪の言葉を述べる。

 

 こんな言葉一つで償えるとは思っていない。しかし、謝罪を口にする事が、まずは罪滅ぼしの為の第一歩である事も確かであった。

 

「けど、僕達も、ただいたずらに姿を隠してきた訳じゃない。そうしなければならない、理由があったんだ」

「理由、だと?」

 

 黙っていたカガリが、再び口を開く。

 

 どうやら、話が核心に入った事を悟ったのだろう。

 

「ラクスの遺言だったんだ」

 

 キラの言葉に、一同は息を呑んだ。

 

 ラクス・クラインの遺言。

 

 これほどに重い意味を持つこの言葉が、他にあるだろうか?

 

 かつて、自分達の指導者として常に先頭に立ってリードし、死んだ後もその存在は大きくあり続けるラクス。

 

 この状況が、亡きラクスによって作られた物であると言うのなら、それは傾聴する以外に選択肢は存在しなかった。

 

「ラクスは死ぬ直前、僕とエストを枕元に呼んで言ったんだ。いずれ、自分が死ねば世界が乱れる事になるって」

 

 1人の巨大なカリスマによって支えられた世界が、いかに脆い物であるか。実際にそれを体現したラクス程、その事を実感していた人間はいなかっただろう。

 

 ラクスは、自分と言う「抑え」が無くなれば、小康状態を保っている反対勢力が息を吹き返し、やがて大きな戦いを呼び込む事になるだろうと予見していた。

 

 プラントで言えば、当時すでに台頭を始めていたグルック派がいよいよ勢いを増し始め、急速な軍拡が推し進められていた。

 

 北米では独立の運動が活発化して動乱の兆しが見え始め、ユーラシア連邦と東アジア共和国から成る地球連合が蠢動を始めていた。

 

 そして、

 

 ラクスは、より大きな脅威として、それらのバックにいる何らかの存在にも気づいていた。一連の反抗勢力の全てが、その巨悪と大なり小なり、繋がりがある事も、おぼろげながら見えていた。

 

 自分が死ねば、それらの勢力が一気に噴出して世界はあちこちで紛争状態を引き起こす事になる。

 

 しかし、その全てを押さえておけるほど、自分の寿命が長くない事もラクスには判っていた。

 

「そして、考えた末に、ラクスが導き出した苦肉の策が『ターミナルの強化』だった」

 

 元々、クライン派によって運営されていた秘密情報組織ターミナルを戦力的に強化し、如何なる勢力にも属さない独立武装組織として成立させる。

 

 そして世界に網の目のように張り巡らせた情報網をバックアップにして、紛争の情報をキャッチし、その抑止と鎮圧の為に動く。

 

 下手をすると、その存在自体がテロ組織と呼ばれてもおかしくは無い危険な任務である。

 

 それ故にラクスは、キラとエストに対して選択の意志を持たせた上で、更に2人に自分達が死亡したように偽装させたのだ。

 

 2人が公的に「死亡」した事になっているシャトル事故自体が、ターミナル主導で行われた自作自演だった訳である。

 

「性質を考えると、ターミナル実働部隊の組織自体は少数精鋭である事が望ましい。その方が、組織としての清浄化が保てるからね。ただ、実際に構想してから動き出すまでに、少し時間がかかりすぎてしまった」

 

 人員の確保に戦力の確立、運用ノウハウの取得。組織を確立する上で、やらねばならない事は山のようにあった。しかも、それを全て「死んだはずの人間」がやらなくてはならなかったのだから、その労苦は並大抵ではなかったはずだ。

 

「けど、どうしても、僕達が表に出る訳にはいかなかったからね。何しろ、敵は僕達を標的にしてテロまで起こしている。慎重すぎるくらい、慎重に動く必要があった」

 

 あの遊園地の爆破テロが、自分達を狙ったものであるとキラ達には判っていた。

 

 このまま、一緒にいたのでは、ヒカルやリィスにまで危害が及ぶ可能性は充分に考えられる。

 

 その為、敢えて2人から離れて戦うと決めた。

 

 無論、断腸の思いだった事は言うまでもない。特にエストは、最後まで決断に躊躇を見せ、子供達と一緒にいる事を望んだ。

 

 しかし、自分達は敵の攻撃でルーチェを失ったばかりである。この上、ヒカルやリィスまで失う事はできなかった。

 

 と、

 

「父さん、それに母さんも、聞いてくれ」

 

 キラの説明を遮るように、ヒカルは口を開いた。

 

 今のヒカルには、先程のような激情は無い。

 

 父の説明を聞いて、ヒカル自身、止むに止まれぬ事情があったのだと言う事は理解した。勿論、感情面では未だに納得がいかない部分もあるが、それを飲み込めない程、自分は子供ではないと思っている。

 

 だが、それでも、どうしても、2人に伝えなくてはならない事があった。

 

「ルーチェが・・・・・・ルゥが、生きてた」

「そんなッ・・・・・・・・・・・・」

 

 息子の言葉に、キラは思わず息を呑んだ。

 

 見れば、傍らのエストも、目を見開いてヒカルを見ている。

 

「そんな筈はありません。ルゥは、あの時に・・・・・・」

「俺も初めはそう思ったさ。けど、間違いない。あれはルゥだった」

 

 ヒカルが破壊したアフェクションから出てきた、ユニウス教団の聖女。

 

 あれは間違いなくルーチェだった。他の誰でもない。ヒカルだから・・・・・・この世でたった1人、双子の兄妹だからこそ、そう確信できるのだった。

 

「それに、ルゥをさらったって言う奴にも会った。間違いないよ」

 

 あの、クライブが発した言葉が、今もヒカルの脳裏では反響を続けている。

 

 お前の妹を浚ったのは、自分だ、と。

 

 眦を上げる。

 

 取り返さなくてはならない。

 

 かつて、守りたくて、それでも守りきれなかった自らの半身を。

 

 己が持てる、全てを掛けて。

 

 今、ヒカルの双眸には、新たなる闘志の炎が、赤々と燃え盛ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 その頃、スカンジナビアにおける戦況報告は、プラントの最高評議会にももたらされていた。

 

 圧倒的な戦力の投入による勝利。それは、プラントの誰もが思い描いた結末だったはずである。

 

 しかし、ふたを開けてみれば結果は真逆となり、大軍を擁したはずのプラント軍は、ほんの僅かな兵力しかなかったはずのスカンジナビアに敗北し、惨めな敗走を余儀なくされた。

 

 この事に、議会は紛糾し、事態の善後策について話し合われる事となった。

 

 そんな中、最高評議会議長たるアンブレアス・グルックは、腹心たるPⅡを前にして、厳かな口調で告げた。

 

「月が陥落し、スカンジナビアでも敗れた。これで、連中は勢いづくだろうね~」

 

 能天気なPⅡの言葉を聞きながら、グルックの双眸は、地図上にある一点を見詰めていた。

 

「・・・・・・次は・・・・・・オーブか」

 

 

 

 

 

PHASE-35「再会の刻」      終わり

 




人物設定

キラ・ヒビキ
コーディネイター
41歳     男

備考
ヒカル、リィス、ルーチェの父親。かつて何度も世界を救った英雄であり、当代最強と謳われるパイロット・・・・・・なのだが、本人はイマイチ威厳が無く、割と楽天的な性格をしている。秘密情報組織ターミナルの現リーダー。





エスト・ヒビキ
ナチュラル
39歳     女

備考
キラの妻であり、生涯のパートナー。感情の起伏に乏しく、親しい人間でない限り、表情を読み取る事すら難しい。7年前の事故で死亡したと思われていたが、現在は夫と共にターミナル運営に携わっている。





機体設定

ZGMF-EX001A「クロスファイア」

高出力ビームライフル×2
クスィフィアスⅤレールガン×2
ブリューナク対艦刀×2
アサルトドラグーン機動兵装ウィング×4
アクイラ・ビームサーベル×2
パルマ・エスパーダ掌底ビームソード×2
ビームシールド×2
12・7ミリCIWS×2

パイロット:キラ・ヒビキ
オペレーター:エスト・ヒビキ

備考
18年前のカーディナル戦役時、共和連合軍が戦線投入した決戦用機動兵器。その最大の特徴は、「完全SEED因子対応型機動兵器」であると言う点。これにより、パイロットがSEED因子を発動した場合、OSがそれを検知し、性能を底上げする事ができる。またフリーダム級機動兵器の砲撃力と、デスティニー級機動兵器の接近戦能力を兼備しており、状況に合わせてパイロットが任意で特性を切り換える事が可能。設計自体はオリジナルだが、使われている技術に関しては徹底的なブラッシュアップが施されている

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