機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-34「魔王と、聖女と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィスは、孤独な戦いを余儀なくされていた。

 

 ヒカルはリーブス兄妹に、アステルはレミリアとの戦闘に突入した関係で、動きを拘束されている。

 

 自然、自由に動けるのはリィスのテンメイアカツキ以外にはいなかった。

 

 撃ち放たれるミサイルの雨を掻い潜り、光学兵器の照射をヤタノカガミで弾きながら距離を詰めると、大剣モードのムラマサ対艦刀を強引に旋回させて斬り掛かる。

 

 大剣の一撃が猛吹雪を割り、長距離砲を構えていたハウンドドーガを胴切りにした。

 

 更にリィスは、次の行動に移ろうと機体を操る。

 

 しかし、そこへ一斉攻撃が襲い掛かる。

 

 雪原を疾走して、レールガンによる攻撃を繰り返してくるガルゥ。

 

 対してリィスはシールドを掲げて防御に回る。

 

 しかし、盾表面に当たる衝撃は凄まじく、表面のラミネート装甲がガリガリと削られていくのが分かった。

 

「こ、のォ!!」

 

 歯を食いしばって衝撃に耐えながらも、このままでは埒が明かないと判断したリィスは、ガルゥの攻撃が一瞬止んだ隙を突く形で突撃を開始した。

 

 手にしたビームライフルを斉射。慌てて回避行動に移ろうとしていたガルゥ1機を吹き飛ばすと、ビームサーベルを抜き放ってもう1機のガルゥを斬り捨てる。

 

 奮戦するリィス。

 

 しかし、彼女1人では、とても戦線を支えきれるものではない。

 

 元々、テンメイアカツキは、3機の中で最も火力に劣っている。防御面に関しては優れているが、それだけでは大軍を押しとどめるには至らないのだ。

 

 現に、テンメイアカツキが守護する地点を迂回しながら北上する部隊が後を絶たない。

 

 このままではムルマンスクへと攻め込まれるのも時間の問題だった。

 

 だが、リィスがプラント軍の後を追おうとすると、彼女と対峙する部隊が執拗に食い下がってくる。

 

 ガルゥが疾走しながら砲撃を仕掛け、リューンが上空を押さえて爆撃を加えてくる。

 

 多数の利点を最大限に活かし、プラント軍は容赦なく攻め込んでくる。

 

「ッ!!」

 

 息をのみながら、リィスはスラスターを全開まで吹かし、強引に包囲網を破りにかかった。

 

 このまま遠巻きに攻撃を受け続けたのでは埒が明かない。この状況を脱する事が出来るなら、多少の損害は許容するしかない。元より、立場を考えれば無傷で戦い抜くなど虫のいい話である。

 

 しかし、当然ながら動きに精密さを欠くと、同時にそれが致命的な隙を生む事になる。

 

 強引な動きで突破しようとするテンメイアカツキに、砲火を集中させてくるプラント軍。

 

 四方八方から放たれた攻撃が、容赦無くテンメイアカツキに殺到する。

 

 その第一波を、リィスは全て回避する。

 

 第二波も、辛うじて回避した。

 

 だが、第三波への回避は間に合わない。

 

 次の瞬間、殺到した攻撃がテンメイアカツキを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルマの中でSEEDが弾ける。

 

 クリアになる視界。

 

 あらゆる感覚が増幅され、全ての事象を並列的に捕捉する事が可能となる。

 

 これこそが、唯一神から与えられた絶対なる力であり、彼女をユニウス教団の聖女として、そして同教団最強の戦士としてあり続ける、最強の武器である。

 

 視界の中で、12枚の蒼翼を広げて向かってくる《魔王》

 

 その姿を仮面越しに見据え、アルマは仕掛けた。

 

「お行きなさい」

 

 静かな声と共に、ドラグーンが一斉射出される。

 

 対して、ヒカルは構わずに全力で突っ込んで行く。

 

「どけっ お前に構って言う暇は無い!!」

 

 言い放つと同時にビームサーベルを抜刀し、アフェクションに斬り付ける。

 

 その斬撃を、アルマは流れるように後退して回避。同時に、エターナルフリーダムを正面に見据えながら、腹部のスプレットビームキャノンを真っ向から撃ち放つ。

 

 放たれる拡散ビーム。

 

 逃げ場のない攻撃に対し、ヒカルはとっさにビームシールドを翳して防御する。

 

 光弾の嵐は、シールドを貫く事叶わず弾かれる。

 

 しかしその間に、アフェクションから放たれたドラグーンは、エターナルフリーダムを包囲するような位置へと展開を終えていた。

 

 八方から、一斉に放たれる攻撃。

 

 本来なら、逃げ場などあろうはずもない。

 

 しかし、SEEDを宿したヒカルの瞳は、その全てを捉えていた。

 

 次の瞬間、機体を上昇させ、ドラグーンの攻撃が織りなす光の檻の、僅かな隙間から脱出させる。

 

 同時にヒカルは、追撃を仕掛けてくるドラグーンの攻撃を巧みにかわしながら、アフェクション本体目がけてレールガンを展開して撃ち放つ。

 

 放たれた砲撃は、しかし、命中よりも早くアルマがビームシールドを展開して防御した為、用を成さなかった。

 

 その間にアルマは、浮遊限界に達していたドラグーンを回収すると、ビームキャノンとビームライフル、腹部のスプレットビームキャノンを駆使してフルバースト射撃を仕掛けてくる。

 

 向かってくる閃光。

 

 対して、ヒカルはスクリーミングニンバスとヴォワチュール・リュミエールを展開。一気に加速力を上げてアフェクションへと向かう。

 

 アルマの砲撃が、僅かに甘くなった隙を突いて斬り掛かる。

 

 迫るエターナルフリーダムのビームサーベル。

 

 対抗するように、アルマもビームサーベルを抜いて迎え撃った。

 

 繰り出された互いの剣を、シールドで防御するヒカルとアルマ。

 

 互いの視線がカメラ越しにぶつかり合い、激しく火花を散らすのが判る。

 

 両者は更に剣戟は重なるも、刃が相手を捉える事はない。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちと共に、再度ビームサーベルを、振り下ろすように繰り出すヒカル。

 

 対して、その斬撃を、アルマはシールドを展開して防御する。

 

 剣と盾の接触によって、飛び散る火花が視界を白色に染め上げた。

 

「「クッ!?」」

 

 両者は同時に舌打ちすると、とっさに機体を離す。

 

 同時に、アルマはドラグーンを全力射出。自機の周囲に配置すると同時に、ビームキャノン、ビームライフル、スプレットビームキャノンを構えてエターナルフリーダムに照準する。

 

 放たれるフルバースト。

 

 対して、ヒカルはそれよりも一瞬早く、ヴォワチュール・リュミエールを展開して強引に機体を射線から引き離す。

 

 緊急回避的な行動であった為、激しい負荷が機体と、そしてヒカル自身に襲い掛かって来た。

 

 込み上げる吐き気に対して歯をくいしばって耐えながら、ヒカルはアフェクションを見据える。

 

 しかし、攻撃を外した時点で、アルマも次の行動を起こしている。

 

 フルバースト状態を解き、個別に機動しながらエターナルフリーダムを追撃するドラグーン。

 

 そのすぐ後からは、アフェクション本体も迫ってくるのが見える。

 

 回避する事は不可能ではない。が、それでは結局、追い込まれてしまう。

 

「ならッ!!」

 

 ヒカルは鋭く言い放つと、両腰から高周波振動ブレードを抜刀する。

 

 放たれる、ドラグーンによる攻撃。

 

 しかし、SEEDを宿したヒカルの瞳は、その全てを見切る。

 

 振るわれるブレード。

 

 複雑な斬線を描いた剣は、ドラグーンのビームを全て弾いて見せた。

 

「なッ!?」

 

 仮面の下で、アルマの顔が驚愕に染まる。

 

 彼女としては、ヒカルがドラグーンの攻撃を回避するなら、体勢が崩れたところで砲撃を浴びせ、防御するのなら、動きを止めたところで、必中距離まで詰めようと考えていたのだ。まさか、そのような手段で攻撃をすり抜けられるとは思っても見なかったのである。

 

 慌てて、スプレットビームキャノンを撃ち放つアルマ。

 

 しかし、ヒカルはそれを見越していたかのように機体を旋回させ、アフェクションの側方に回り込んだ。

 

「喰らえ!!」

 

 勢いそのままに、横なぎに振るわれるブレード。

 

 だが、ヒカルが剣を振り切る事はできなかった。

 

 その前に、聖女を助けるように横合いから砲撃を吹き荒れ、エターナルフリーダムの進路を遮ったのだ。

 

「チッ」

 

 舌打ちするヒカル。

 

 その視界の先では、こちらに向かいながら砲火を閃かせる複数の機影が見える。

 

 ガーディアンだ。聖女の危機を察知して掩護に駆け付けたのだろう。

 

 陽電子リフレクターを前面に張り、防御力を高めた機体の厄介さは、ヒカル自身、これまでの戦いで痛感している。

 

 しかも悪い事に、ヒカルが一瞬、ガーディアンに気を取られた隙に、アルマは体勢を立て直してしまった。

 

 ドラグーンを回収しつつ、ビームライフルを構えて向かって、再びくるアフェクション。

 

 白銀の翼が不吉な輝きを見せる中、ヒカルは焦る気持ちを抱えながら迎え撃つ体勢を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踊る爆炎が、全ての視界を一時的に遮る。

 

 吹き付ける猛吹雪と煙によって覆い隠される中、誰もが標的の破壊を予想した。

 

 だが、

 

 炎を突き破るようにして、黄金の機体が姿を現した。

 

 同時に、リィスはテンメイアカツキの右手でビームサーベルを抜き放ち、上空で動きを止めていたリューン1機を袈裟懸けに斬り裂く。

 

 バランスを保てずに墜落していくリューンを尻目にしながら、リィスはそのまま、放たれる砲火を回避し、どうにか雪原の上に降り立った。

 

 先程の攻撃を、どうにかやり過ごす事に成功したリィス。

 

 とは言え、テンメイアカツキも無傷ではない。

 

 ヤタノカガミ装甲は所々ひび割れて、自慢の光学反射機能は失われているのは明白である。最大の特徴であるアマノハゴロモも右翼が欠損し、左腕ももぎ取られていた。

 

 先程の攻撃、辛うじて防ぎ止める事には成功したものの、大ダメージは結局まぬがれなかったのだ。

 

 周囲を見回せば、尚もテンメイアカツキにトドメを差すべく、複数のプラント軍機が向かってくるのが見える。

 

 それに対して、もはやリィスは無力に等しかった。

 

「これまで、か・・・・・・」

 

 覚悟を決めて、ビームサーベルを構え直すリィス。

 

 たとえここで死ぬとしても、その間に可能な限り多くの敵を屠り続けるのみである。

 

 たとえ、手足を捥がれ、地べたに這いずる事になろうとも、プラント軍をスカンジナビアへ行かせる気は無かった。

 

 なぜなら、あそこには今、「彼」がいるから。

 

 いつからだろう、リィスの中で「アラン・グラディス」と言う存在が大きな割合を占めるようになったのは。

 

 初めは彼の事など、何とも思っていなかった。同盟軍から派遣されてきた連絡員であり、およそ戦場に似つかわしくない、華奢な外見をした一文官に過ぎなかった。

 

 だが今、アランはリィスにとって、掛け替えの無い存在となっていた。

 

 彼を守る為なら、自分は何だってできる。たとえ、この身が朽ち果てようとも後悔は無かった。

 

 向かってくるプラント軍。

 

 悲壮な覚悟で、それを見据えるリィス。

 

 一斉に発射されるミサイル。

 

 それらがテンメイアカツキに向けて殺到し、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、命中を前にして、その全てが吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えッ!?」

 

 そのあり得ない光景に、声を上げるリィス。

 

 驚いているのは、プラント軍の方も同様である。トドメのつもりで放った攻撃が全て、僅か一瞬で吹き飛ばされたのだから。

 

 次の瞬間、

 

 傷ついたテンメイアカツキを守るように、1機のモビルスーツが舞い降りてきた。

 

 頭頂から膝下まで、すっぽりと外套を羽織った謎の機体。

 

 その正体は、相変わらず不明のまま。

 

 しかし

 

「あれはッ!?」

 

 驚いて声を上げるリィス。

 

 あれは間違いなく、月の戦いでもリィスを助けてくれた機体だった。

 

 と、

 

《よく頑張ったね。もう大丈夫だよ》

 

 回線を通じて、優しい声が掛けられる。

 

 その言葉に、

 

 リィスは、思わず落涙するのを止められなかった。

 

 無理も無い。

 

 なぜなら、この声は間違いなく・・・・・・・・・・・

 

 そう思った次の瞬間、プラント軍が動いた。

 

 標的は、新たに乱入した機体。

 

 一斉に放たれる砲撃が、機体に向けて殺到する。

 

 次の瞬間、その機体は、全身を覆っていた外套に手を掛け、一気に引きはがした。

 

 爆発する視界。

 

 仕留めたか?

 

 誰もがそう思う中、

 

 

 

 

 

 「それ」は姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 蒼い装甲に、白い炎の翼。

 

 かつて、世界を救った救世主の如き機体。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスは、流れる涙で視界を歪めながら、その、懐かしいと言うにも遠き記憶の中にある機体を見詰める。

 

 それはかつてのリィスの機体。

 

 そして、父と共に駆った思い出多き機体。

 

「・・・・・・クロス・・・・・・ファイア・・・・・・・・・・・・」

 

 ZGMF-EX001A「クロスファイア」

 

 今、

 

 正に、

 

 「最強の中の最強」が、18年の長きに渡る沈黙を破り、その雄々しくも流麗な姿を白日の下に晒していた。

 

 

 

 

 

 そのコックピットの中で、キラ・ヒビキは不敵な笑みと共に目の前の大軍を眺めていた。

 

 偽装の為に用いていた対ビームコーティングを施したマントは、先程の攻撃を一身に受けとめた事で、一瞬で燃え尽きて灰と化している。

 

 これまで頑なに自分達の存在をひた隠しにしてきたが、この段に至った以上、穏行する事に意味は無く、むしろ存在を誇張させる事で、敵の目を引き付ける方が得策であると判断したのだ。

 

「敵部隊の9割が、こちらに指向しました。アカツキへの脅威レベルは低下」

「狙い通りだね」

 

 後席に座るエストからの報告を聞き、キラは確信の頷きを返す。

 

 敵はより、脅威度の高い獲物、つまりクロスファイアと言う餌に食いついてくれた。これでひとまず、リィスを助ける事には成功したと見て良いだろう。

 

「なら、残りの1割が変な気を起こす前に、片を付けるとしよう」

 

 呟いた瞬間、

 

 キラの瞳にSEEDの輝きが宿った。

 

 同時に、機体の装甲が白に、翼の炎が蒼に変化する。

 

 クロスファイア・モードF

 

 そもそもクロスファイアが属するイリュージョン級機動兵器は、モビルスーツの中でも珍しい複座式を採用しており、前席が操縦を担当するに対し、後席は「デュアルリンク・システム」と言う短期未来予測を司るシステムを操作するオペレーターを担っているのが特徴である。

 

 そこに加えて、クロスファイアはフリーダム級機動兵器の砲撃能力とデスティニー級機動兵器の接近戦能力を併せ持ち、操縦者がSEED因子を発動した場合、任意で特性の切り替えが可能となっている。

 

 モードFはフリーダム級の特性を発動した事を意味している。

 

 次の瞬間、キラは仕掛けた。

 

 両手のビームライフル、両腰のレールガン、そして両翼のカバー部分から射出した4基のアサルトドラグーンを構え、迫りくる敵軍へ砲門を向ける。

 

 放たれる、24連装フルバースト。

 

 火力的には、多クラスの特機と比較して、決して高いとは言い切れないだろう。

 

 しかし、モードF状態のクロスファイアは、額面通りの火力不足など問題にならない存在だった。

 

 一斉に放たれる砲撃は、五月雨もかくやと言う勢いで吹き荒れ、不遜にも近付こうとする敵機を容赦なく打ち抜いていく。

 

 放たれる砲撃が、プラント軍機の手足や武装、頭部を破壊して戦闘力を奪う。

 

 その攻撃速度は異常と言う以外に無く、反撃の隙は一切与えられない、無慈悲な光景が現出されていた。

 

 通常を上回る速射力とロックオン速度を前にしては、並みの火力や防御手段など問題にならない。

 

 ものの1分もかからず、前線のプラント軍は、圧倒的な火力を前に撃破されてしまった。

 

 更にキラは、ドラグーンを回収してビームライフルとレールガンを収めると、代わって背中からブリューナク対艦刀二振りを抜き放った。

 

 同時に、クロスファイアの装甲は黒く、翼は紅く変化する。

 

 次の瞬間、圧倒的な加速力を持って駆け抜ける。

 

 慌てて、迎え撃つように砲火をひらめかせるプラント軍。

 

 しかし、その全てがクロスファイアのシルエットを、空しくすり抜けていく。

 

 クロスファイア・モードD

 

 デスティニー級機動兵器の特性を前面に出したこの形態では、加速力がけた違いに上昇すると同時に、同クラス最大の武器とも言うべき光学残像を使用可能になる。砲撃力ではFモードに劣るものの、接近戦においては比類ない戦闘力を発揮できるのだ。

 

 炎の翼を羽ばたかせて迫るクロスファイアに対し、プラント軍の攻撃は何の意味もなさなかった。

 

 すれ違う瞬間、キラはブリューナクを鋭く振るう。

 

 ただそれだけで、尚もしつこく砲撃を繰り返していたハウンドドーガ数機が、手足や首を斬り飛ばされて戦闘力を喪失する。

 

 突如現れたクロスファイア。

 

 その圧倒的な戦闘力は、ただ1機で戦場を支配するに十分だった。

 

 

 

 

 

 その頃、ムルマンスクに向けて北上するプラント軍本隊にも、変化が表れていた。

 

 吹雪を割るようにして突き進むプラント軍。

 

 そんな彼等の眼前に突如、巨大な白亜の壁が姿を現した。

 

 否、壁ではない。

 

 それは、奇妙な形をした戦艦だった。

 

 ターミナル旗艦アークエンジェル。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の頃から長く戦い続ける歴戦の不沈艦が、かつて恩のあるスカンジナビアを救うべくはせ参じたのだ。

 

 上甲板に備えられた連装2基の主砲塔が旋回し、砲撃を開始。更に後部発射管からは次々とミサイルが射出される。

 

 雪原に爆炎が閃き、プラント軍の機体を次々と吹き飛ばす。

 

 そこへ、更に戦線に加わる影があった。

 

 引き絞ったような細いシルエットを持つ、2体の機動兵器。1機は巨大な大砲を背負い、もう1機は背中から突き出した独立機動デバイスが特徴である。

 

 ターミナル製の機動兵器エクレールである。

 

《これより戦闘を開始するわよ。レイ、無茶はしないで!!》

「心配するな、ルナマリア」

 

 声を掛けて来た相棒に対し、レイは冷静な声で返事を返す。

 

 言われるまでも無く、自分の体の事は、他ならぬレイ自身が誰よりも把握している。

 

 不完全なクローニングによる、テロメアの摩耗。それに伴う急速な老化現象。

 

 最新の薬を投与し続ける事で、どうにか寿命を延ばし続けて来たが、それでも年齢の経過による衰えは自覚せざるを得ない。

 

 だが、それでも、

 

 レイは歩みを止める心算は無い。

 

 たとえこの身が朽ち果てようとも、息の根が止まる瞬間まで、走り続けると決めていた。

 

 かつて、レイが仕えた2人の議長が望む平和な世界。

 

 その礎となる事ができるのなら、この身がそうなろうとも本望だった。

 

「見ていてください、ギル、クライン議長」

 

 呟くと同時に、アサルトドラグーンを射出して攻撃を開始するレイ。

 

 それを掩護するように、ルナマリアもまた砲撃を開始する。

 

 互いに気心の知れたコンビネーションは、絶妙な連繋を繰り出しながら、戦線突破を図るプラント軍を次々と討ち取って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐々に追い込まれつつある状況の中、ヒカルは操縦桿を握りながら必死に砲火を回避する事に努めていた。

 

 モニターの中では、アルマのアフェクションに加えて、複数のガーディアンがエターナルフリーダム目がけて砲火を浴びせてきているのが判る。

 

 正直、アフェクション1機だけでも持て余している状況にあって、他の機体まで相手取る余裕はヒカルには無い。

 

 だが、

 

《聖女様の為に!!》

《魔王に滅びの鉄槌を!!》

 

 口々に叫びながら攻撃を反復してくる信徒達を前にして、ヒカルの神経は否応無く削り取られていった。

 

「クソッ!!」

 

 ヒカルはフル加速で距離を詰めつつ、ビームサーベルを抜き放つ。

 

 勢いをのままに、横薙ぎに振るう光刃。

 

 その一撃が、ガーディアン1機の足を叩き斬る。

 

 更にヒカルは、機体を宙返りさせて振り向くと、後方から追ってきたガーディアンに、素早く展開したバラエーナを浴びせる。

 

 不意を打つようなエターナルフリーダムの攻撃を前に、ガーディアンは成す術も無く両腕を破壊されて戦闘力を奪われてしまう。

 

 だがそこへ、狙いを澄ましたように、白銀の機体が刃を翳して斬り込んで来た。

 

 振りかざされる光刃。

 

「チッ!?」

 

 対して、ヒカルは舌打ちしながらビームシールドを展開、アフェクションの繰り出す刃を弾く。

 

 激突するエターナルフリーダムとアフェクション。

 

 衝撃が両者を襲い、機体が強制的に後方へと押し出される。

 

 しかし、その時には既に、予めアルマが射出しておいたドラグーンが、四方からエターナルフリーダムへと襲い掛かっていた。

 

 ヒカルはとっさに後退して回避しようとする。

 

 しかし、それを阻むかのように、遠巻きに包囲して展開するガーディアンが、エターナルフリーダム目がけて砲火を閃かせる。

 

 照準の荒い砲撃であり、ヒカルの技量をもってすれば、回避は難しくない。

 

 しかし、信徒達の目的は、エターナルフリーダムの撃破では無く足止めである。その為、アルマが戦いやすいようにヒカルの動きを牽制しているのだ。

 

 回避スペースが一気に狭められる。

 

 そこへ、アルマがスプレットビームキャノンをエターナルフリーダムに叩き付けて来た。

 

 拡散されて広範囲に散らされたビーム攻撃は、エターナルフリーダムに回避の隙を与えない。

 

 ヒカルはシールドを翳し、どうにかその攻撃を防御して耐えるが、そこで動きを止めてしまった。

 

 これ幸いと、殺到してくるガーディアン。

 

 だが、

 

「舐めるなァ!!」

 

 一声吠えながら、ヒカルはティルフィング対艦刀を抜き放って一閃。1機のガーディアンの肩を斬り捨てる。

 

 更に、左手で高周波振動ブレードを抜き放つヒカル。

 

 エターナルフリーダムの予期せぬ反撃を前に、不用意に接近しようとしていた信徒たちは、とっさにリフレクターを展開して防御に回ろうとする。

 

 しかし、ヒカルはそれを許さなかった。

 

 振るわれたブレードが、ガーディアンの障壁を呆気無く斬り裂き、返す刀で繰り出したティルフィングが機体本体の装甲を斬り捨てる。

 

 バランスを崩して倒れ込むガーディアンを蹴り飛ばし、ヒカルは包囲網を脱出しようとする。

 

 だが、

 

《逃がしません》

 

 静かな声と共に、連鎖する閃光が輝ける重囲を築き上げる。

 

 ヒカルはとっさに意識を向け直し、アルマと再び対峙する。

 

 しかし、その行動は一歩遅く、ヒカルが体勢を立て直した時には既に、アルマの攻撃が始まっていた。

 

 リフレクト・フルバースト。

 

 聖女の得意技である。

 

 アルマはエターナルフリーダムを光の鳥かごの中へと閉じ込め、その機動力を封殺する作戦に出たのだ。

 

 ギリッと、歯を鳴らすヒカル。

 

 既に光の檻は、網の目のように張り巡らされ、エターナルフリーダムを包囲している。これでは、比類無い機動力を発揮するヴォワチュール・リュミエールも意味を成さない。

 

 そこへ、アフェクションが襲い掛かる。

 

 光の檻でエターナルフリーダムの動きを封じ、接近戦でトドメを刺す。それが、聖女アルマの考え出した、必勝の策だった。

 

 指先に生じる光刃。ビームネイルを振り翳し、エターナルフリーダムに襲い掛かってくる。

 

 とっさに、高周波振動ブレードを振り翳すヒカル。

 

 交錯する、両者。

 

 エターナルフリーダムの剣は、アフェクションの胸部装甲を僅かに傷付け、アフェクションの爪はエターナルフリーダムの肩の装甲を抉る。

 

 ヒカルは、僅かに顔をしかめる。

 

 エターナルフリーダムに乗って以降、僅かとは言え被弾によって機体が損傷したのは、これが初めての事である。

 

 ユニウス教団の聖女は、やはり油断ならない相手である。

 

 そのヒカルの視界の中で、アフェクションがビームライフル、スプレットビームキャノン、ビームキャノンを構えるのが見えた。

 

 ここで一気に、片を付ける気なのだ。

 

「ッ!?」

 

 その動きに、ヒカルは僅かに目を細めながら舌打ちする。

 

 お互い、これが最後の攻撃となる。

 

 ビーム攻撃を反射するアフェクション相手に、フルバースト同士の打ち合いをするのは無謀である。

 

 ならばッ

 

 ヒカルはとっさにヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開。一気に勝負を掛けるべく、ティルフィング対艦刀を構えて突撃する。

 

 アフェクションが攻撃を開始する前に、一気に距離を詰めて斬り掛かる。それが、ヒカルの選んだ戦術だった。

 

 距離が詰まる両者。

 

 互いの視線が、カメラアイを通して交錯する。

 

 魔王と呼ばれる少年と、聖女の称号を持つ下面の少女。

 

 因縁とも言うべき激突が今、最高潮を迎えようとしている。

 

 果たして、

 

 ヒカルは、賭けに敗れた。

 

 ヒカルの剣が振り下ろされる前に、アルマはフルバーストのトリガーを引き絞ったのだ。

 

「くそ・・・・・・・・・・・・」

 

 悔しげに、声を漏らすヒカル。

 

 防御は不可能だ。あれほどの攻撃だ。スクリーミングニンバスで弾ける量を完全に上回っている。恐らく、まともに喰らった瞬間、障壁は破られて直撃を受けるだろう。

 

 回避も不可能だ。いかにエターナルフリーダムでも、今は突撃の為に推進力をフル稼働させている。急な方向転換は不可能だった。

 

 万事休す。

 

 放たれる閃光を、SEEDを宿した瞳はスローモーションのように捉えている。

 

 しかし最早、ヒカルにできる事は何も無かった。

 

 やがて、閃光がエターナルフリーダムに迫る。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《諦めてはいけません》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、モニターにメッセージがポップアップする。

 

 更に、

 

《あなたを待っている方は、この世界にたくさんいます。だから、どうか諦めないでください》

 

 そのメッセージが刻まれた瞬間、

 

 エターナルフリーダムの加速力は、これまでにないほどの唸りを上げて上昇した。

 

「グッ!?」

 

 操縦桿を握っていたヒカルが、思わず息を詰まらせるほどの加速。

 

 殆ど機体に振り回されるような勢いで操りながら、ヒカルはアフェクションのフルバーストの閃光をすり抜けた。

 

「なッ!?」

 

 驚愕する聖女。

 

 予期し得なかった事態に、思わず反応が遅れる。

 

 その千載一遇の好機を、ヒカルは見逃さなかった。

 

 アフェクションの側面へと回り込んだエターナルフリーダムが、脇構えに構えたティルフィングを、フルスイングの要領で振り抜く。

 

 その大剣の一撃で、アフェクションは頭部を斬り飛ばされた。

 

 カメラの視界を失い、更にはドラグーンもコントロール不能に陥ったアルマ。

 

「そんなッ!?」

 

 見えなくなった視界の中、アルマはそれでもどうにか抵抗を試みる。

 

 後退しながら、砲門を開こうとするアフェクション。

 

 しかし、ヒカルはそれを許さなかった。

 

 とっさにティルフィングを投げ捨てると、両腰から高周波振動ブレードを抜刀、ノロノロとした動きで逃げようとするアフェクションに追いすがる。

 

 一閃

 

 ライフルを持つアフェクションの右腕が斬り飛ばされる。

 

 更に、そこでヒカルは動きを止めない。

 

 鋭い斬撃が空中を縦横に舞う。

 

 斬線が奔り、次々と白銀の機体を捉える。

 

 それに対して、アルマの反撃は、あまりにも無力だった。

 

 腕を、肩を、足を、翼を、次々と斬り飛ばされるアフェクション。

 

 やがて、空中でバラバラにされた機体は衝撃と共に、地面へと落下していく。

 

 それと同時に、コックピットの中でも爆炎が踊り、アルマも悲鳴を上げてシートに叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 レミリアとアステルの実力は、完全に伯仲していると言って良かった。

 

 レミリアの斬り込みに対し、アステルは上昇して斬撃を回避。同時に脚部のビームブレードを展開して蹴り付ける。

 

 ギルティジャスティスの脚部による斬撃。

 

 対して、その動きを、レミリアは冷静に見極める。

 

 とっさに後退して距離を置くと、トンボを切るようにして宙返りを討ちながら、同時にドラグーンを射出する。

 

 この時点までに、既に2基のドラグーンが破壊されていたが、レミリアは構わず残り6基のドラグーンでアステルに攻撃を仕掛けた。

 

 放たれる攻撃をアステルは回避、

 

 しきれずに、左肩の装甲が吹き飛ばされる。

 

 それでも構わず、右手にビームライフルを構え、左手には残ったビームダーツを抜き放つ。

 

 ライフルを二射すると同時に、ダーツを投擲。神業に近い正確さで、ドラグーン3基を撃ち落とす。

 

 そこへ、ミストルティンを構えたスパイラルデスティニーが迫る。

 

 迎え撃つギルティジャスティスも、ビームサーベルを抜いて応じた。

 

 斬撃を互いに回避。

 

 両者、決定打を得られないまま距離を置いて対峙する。

 

 互いに打つ手が判っているからこそ、決め手に欠いてしまうのは、先の激突と同様だった。

 

 その時だった。

 

 突如、レミリアは、味方機のシグナルが突如として消失した事に気付いた。

 

「これは・・・・・・アルマ!?」

 

 アルマのアフェクションに何らかの異常が生じ、信号が途絶してしまったのだ。

 

 舌打ちする。

 

 こうしている場合ではない。一刻も早く助けに行かないと。

 

 踵を返そうとするレミリア。

 

 だが、

 

「行かせん」

 

 静かな声と共に、リフターを回り込ませるアステル。

 

 その動きに、注意が僅かに削がれていたレミリアの対応は遅れた。

 

 放たれた砲撃が、スパイラルデスティニーの左腕を吹き飛ばす。

 

 しかし、

 

 同時にレミリアの中でSEEDが弾ける。

 

 動きに鋭さを増す、スパイラルデスティニー。

 

 残った右手でミストルティンを抜き放つと、飛んできたリフターに真っ向から突っ込む。

 

 一閃。

 

 それだけで、ジャスティス級機動兵器の特徴であるリフターは、翼を斬り飛ばされて雪原へと墜落した。

 

 舌打ちするアステル。

 

 しかし、その時には既に、レミリアは炎の翼を羽ばたかせて飛び去って行った。

 

 追おうにも、今のギルティジャスティスも万全ではない。これ以上の不用意な戦闘は避けたいところである。

 

「・・・・・・痛み分け、か」

 

 仕方なく、アステルはシートに深く腰掛け直して息を吐いた。

 

 

 

 

 

PHASE-34「魔王と、聖女と」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、雪原へと降下していくと、目当ての物はすぐに見つかった。

 

 ヒカルはエターナルフリーダムの12枚の翼を畳み、そのすぐ横へと降り立つ。

 

 ボロボロに破壊し尽くされ、見る影もない無惨な形になったそれは、ところどころ白銀色をしているのが判る。

 

 アフェクションの残骸だ。

 

 かつては流麗を誇った機体も、こうなればそこらの鉄屑と変わらない。

 

 しかし、

 

 ヒカルは、転がっている残骸の中に目的の物を見付けて目を向ける。

 

 アフェクションの胴体部分だ。

 

 四肢と首は斬り飛ばしたが、コックピットとエンジンのあるボディ部分は無傷のまま残してある。と言う事は、内部にいた聖女も無事である可能性が高かった。

 

 そう考えていた時だった。

 

 ヒカルの見ている前で、コックピットハッチが強制解放され、中から人が出てくるのが見えた。

 

 聖女アルマである。

 

 アルマは短い金髪を吹雪に晒しながら、やや煤けた感のあるドレスのような白い衣装を靡かせている。

 

 所々、体に傷を負っており、頬にも血が滲んでいるのが見えるが、それでも、目の前に立つエターナルフリーダムを真っ向から見据えた。

 

 戦いには敗れたが、心から魔王に屈する気は無い。そう、無言の内に語っているかのようだ。

 

 と、アルマは自分の顔に手をやると、

 

 ひび割れた仮面に指を掛けて一気に引きはがした。

 

 舞い上がる金色の髪。

 

 同時に、今まで隠されていた双眸も顕となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見た瞬間、

 

 思わず、ヒカルは目を見開いて絶句する。

 

 アルマは、外気に生身を晒しながら、それでも不退転の意志を示すように、《魔王》と対峙を続ける。

 

 カメラ越しに、睨みあうヒカルとアルマ。

 

 ヒカルを射抜く、少女の瞳。

 

 吹雪の中にも輝く、鮮やかな紫色の瞳。

 

 その瞳を見返すたび、

 

 ヒカルは己が罪に否応なく蝕まれる。

 

 

 

 

 

「そんな・・・・・・嘘、だろう・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 ヒカルは、信じられないと言った調子に、震える声で首を振る。

 

 

 

 

 

 

「何で・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 いくら感情が否定したところで、現実は容赦なく少年を捉える。

 

 

 

 

 

「何で・・・・・・・・・・・・お前が、そこにいるんだよ?」

 

 

 

 

 

 其れは、少年にとっての原罪。

 

 

 

 

 

「何で・・・・・・・・・・・・お前が、そんなのに乗ってるんだよ?」

 

 

 

 

 

 其れは、決して消える事の無い、過去の記憶。

 

 

 

 

 

「何で!? ・・・・・・・・・・・・お前が!?」

 

 

 

 

 

 其れは、遠き彼方に、失ったはずの半身。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「         ルーチェ!!         」

 













人物設定

ルーチェ・ヒビキ
ハーフコーディネイター
享年8歳     女

備考
ヒカルの双子の妹で、キラ、エストの娘(二女)。性格はアグレッシブかつ向こう見ずで、兄や幼馴染のカノンをよく引っ張り回していた。そんな妹だからこそ、ヒカルは大切に思い、常に守るように一緒にいる事が多かった。
CE85にオロファトで起こった遊園地爆破テロで行方不明となり、そのまま死亡したと思われていたが・・・・・・

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