機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
苦しい戦いが、続いていた。
数の差、などという要素は初めから、考えるのがばかばかしくなるくらいに不利な状況の中、それでも戦わねばならない。
味方は3機。
対して、敵は200機に及ぶ大軍である。
正直、たった3機を狩り出すには不適当としか言いようがないのだが、それでもプラント軍の側からすれば、「魔王と、その取り巻き」に対する戦力としては過剰とは言えなかった。
エターナルフリーダムを始めとした一部のオーブ軍が、これまで多くの戦いにおいてプラント軍を撃破してきたのは紛れもない事実である。
それゆえ、少数であっても油断はできない。否、少数であればこそ、最大限の警戒を持って当たり、確実に仕留めるべきと考えたのだ。
怒涛の如く押し寄せたプラント軍に対し、先制攻撃によって出鼻をくじく事に成功したヒカル、アステル、リィスの3人。
しかし、一騎当千の実力を誇る3人の力をもってしても、迫りくる大軍を前にしては、互いに分断され、徐々に孤軍奮闘を余儀なくされていくのだった。
まっさらな白磁の如き大地の上を、雪煙を上げながら深紅の機体が疾走している。
放たれる砲火を、巧みに機体を左右に揺らしながら回避。そのまま、速度を緩めずにプラント軍の隊列の中へと斬り込む。
「狙いが甘いんだよッ」
低い声で囁くアステル。
次の瞬間、ギルティジャスティスが両手に装備したビームサーベルが、縦横にひらめく。
瞬間、攻撃の為にビームライフルを振り上げようとしていたハウンドドーガは、ボディを袈裟がけに斬り飛ばされて爆砕する。
そこで、アステルは動きを止めない。
すぐさま、次の目標に狙いを定めると、愛機を雪原の上に走らせる。
そこへ、迎え撃つようにして、ビームトマホークを構えたハウンドドーガが切りかかってくる。
余程、接近戦には自信があるパイロットなのだろう。ギルティジャスティスに対して臆することなく斬りかかった。
対して、アステルはスッと機体を反身に構えさせる。
突っ込んでくるハウンドドーガ。
次の瞬間、
ギルティジャスティスは、フィギアスケート選手のように、背中を見せながら急速に一回転する。
繰り出されるのは、機体の「踵」。
勢い任せに放たれた後ろ回し蹴りは、ハウンドドーガの顔面を真っ向から捉えて蹴り飛ばす。
バランスを崩したハウンドドーガ。そこへ、回転によって遅れてやってきたビームサーベルが、威力を増した一閃で襲いかかる。
コックピット付近を深く切り裂かれるハウンドドーガ。
そのまま、動力を失ってがっくりと、その場に倒れ込んだ。
そのまま、次の目標を・・・・・・
そう思って、アステルが機体を振り返らせた瞬間、
「チッ!?」
舌打ちと同時にビームシールドを展開。降り注ぐように襲って来た砲撃を防御する。
見れば、複数のハウンドドーガが、ギルティジャスティスに対して砲撃を繰り返しながら接近してくるのが見える。
それらのハウンドドーガは、一定の距離を置きながら、ギルティジャスティスに対して砲撃を繰り返している。
ジャスティス級機動兵器が、接近戦型の機体である事を見抜き、遠距離から削りに来ているのだ。
確かに、悪い選択ではない。
しかし、
「舐めるなよッ!!」
対してアステルは、ビームライフルを抜くと、リフターを分離しながら駆ける。
状況的に不利であろうと、退く気は一切無かった。
複数のガルゥが、旋回を繰り返しながら、盛んに砲撃を行ってくる。
レールガンやミサイルを併用したその攻撃が湧き起こす雪煙を前に、しばしば視界が遮られる。
砲撃の音は絶えず鳴り響き、陰々とした反響が連続して沸き起こる。
その砲声が鳴り響く中を、リィスはテンメイアカツキを駆って駆け抜けていた。
敵はアカツキ級機動兵器に光学兵器が通用しない事を悟ると、直ちに攻撃方法を実弾攻撃に切り替えて来たのだ。
リィスにとっては臍を噛みたくなる状況だが、相手の目の付け所は悪くない。
もっとも、
「私も、黙っている気は無いのだけど!!」
言い放つとリィスは、スラスターを吹かして強引に方向転換しながら両手にビームサーベルを抜刀して構える。
慌てて後退しながら、砲火を集中しようとするガルゥ。
しかし、とっさの事で、その動きは鈍かった。
駆け抜ける一瞬、
リィスは両手の剣を鋭く繰り出す。
最初の一閃で、後退しようとしていたガルゥの前肢を叩き斬る。
バランスを崩すガルゥ。
そこへすかさず、リィスは二刀目を叩き付けて、獣型の機体を斜めに斬り捨てる。
ガルゥがガクリと雪原に倒れるのを確認しながら、更に次の目標へと向かう。
砲火を集中させようとするプラント軍。
対してリィスは、黄金の翼を軽やかに羽ばたかせて全ての攻撃を回避。同時に、構えたビームライフルを立て続けに放って、ガルゥやハウンドドーガを打ち倒していく。
しかし、やはり数は多い。
たちまち、奮戦するテンメイアカツキにミサイルの嵐が殺到する。
「クッ!?」
リィスはとっさの、命中コースにあったミサイルをビームライフルで迎撃。間に合わない分については、シールドを掲げて防御を図る。
着弾と同時に、視界の中を爆炎が覆い尽くす。
とっさに防御が間に合った為、ダメージは無い。
しかし、殺しきれなかった衝撃が、テンメイアカツキを吹き飛ばす。
錐揉みしながら、急激に高度を落とすコックピット内で、懸命にコントロール制御しようとするリィス。
その甲斐あってか、地面に墜落する直前で、テンメイアカツキは制御を取り戻して軟着陸する事に成功した。
しかし、安心する事はできない。
着地したテンメイアカツキを目指して、プラント軍の機体が次々と群がってくるのが見える。
その数は、全く減っているように見えなかった。
しんどい戦いになる。
その覚悟を新たに固めながら、リィスは再び突撃を開始した。
フルバーストで砲撃を行いながら後退。接近を図ろうとする敵機を、遠距離から討ち取って行く。
高い機動性を誇る蒼翼の天使を前に、プラント軍の機体は、追随すらできないでいる有様である。
と、1機のリューンが、背後からビームソードを構えて斬り掛かろうとしている。
その姿を、一瞬早く睨み付けるヒカル。
次の瞬間、大きく弧を描くように旋回するエターナルフリーダム。
同時に発振したパルマ・エスパーダが、リューンの頭部を一刀のもとに斬り捨てる。
だが、そこでエターナルフリーダムの動きが止まった。
たちまち、砲火が集中され、視界が炎に飲み込まれる。
だが、着弾の寸前に張り巡らせたビームシールドが、全ての攻撃をシャットアウトする事に成功した。
同時に、反撃に転じるヒカル。
12翼を羽ばたかせると、ヒカルは飛翔しつつ、腰からビームサーベルを抜刀、プラント軍の陣列へと斬り込む。
振るわれる光刃が、瞬く間に2機のハウンドドーガの肩や頭部を斬り捨てる。
不殺を貫く攻撃は、その鮮烈さを失わず、周囲に見せ付ける。
エターナルフリーダムを追って、機体を振り返らせようとするハウンドドーガ。
対して、ヒカルはレールガンを展開して斉射、その機体の両足を吹き飛ばした。
火力と言う意味では、エターナルフリーダムはギルティジャスティスやテンメイアカツキに勝っている。
正に1対多の戦闘において、最も有効に戦う事ができる機体なのだ。
だが、それでも限度と言う物がある。
視界を埋め尽くすような敵の大軍を相手にしたのでは、流石に分が悪いと言わざるを得ない。
「構う物か!!」
こちらには引けない理由がある。ならば、その信念を不屈の槍として、前へと突き進まねばならなかった。
レールガンと二重構造になっている鞘から高周波振動ブレードを抜刀、不用意に近付こうとしていたハウンドドーガの前に躍り出ると、一刀目で斧を持った右腕を斬り飛ばし、返す一刀で首を斬り飛ばした。
戦闘力を失ったハウンドドーガに対し、ヒカルはその機体を蹴り飛ばすと、更に、その背後にいた別の機体へバラエーナによる砲撃を浴びせる。
一撃で両肩を吹き飛ばされた機体は、何が起こったのかすら理解できないうちに大地へと倒れ伏した。
だが、プラント軍の機体は、味方の死体を踏み越えるかのような勢いで向かってくる。
迎え撃つようにして、ヒカルの剣戟も雪原の上を奔った。
2
「クレイン隊、リューン、全機被弾ッ 帰投します!!」
「ハーライル隊、半数が信号途絶!!」
戦線後方にて待機しているプラント軍旗艦には、次々と報告が齎されてくる。
状況は、あまり良くない。
相手はたったの3機とは言え、いずれも比類ない実力者達である。並みの兵士が束になってかかったところで相手にはならないだろう。
今も、交戦中の部隊が大損害を食らって後退して行くさまが告げられる。
重厚と思われたプラント軍の隊列は、時間を追うごとに削られていった。
もっとも、このくらいは充分に予測の範囲内である。
「おーおー、健気に頑張るねー おじさん、涙が出てきちまうよ」
モニターに映るフリューゲル・ヴィントの奮戦を眺めながら、クライブは嘲笑交じりのコメントを告げる。
ヒカル達の奮戦は確かに驚嘆すべき物だが、クライブ自身の戦争哲学からすれば、無益であり無駄である。
彼等は自分達の目的を考えれば、目的を果たして、さっさとスカンジナビアを去ればよかったのだ。その後、スカンジナビアがどうなるかは、彼等が気にする必要のない事である。
しかし、同時にこの状況は、クライブにとって完全に想定内の事である。
全く持って彼等は、クライブの掌の上で見事なダンスを踊ってくれていた。
その時だった。
《ね~ ボス~ まだなの~?》
けだるげな声で、フィリアが催促してきた。
彼女達は、既に自分達の機体に乗りこんで出撃の時を待っている。後は、クライブが命令を下すのみである。
《ボス、こちらの準備は完了しています。いつでもどうぞ》
「ああ・・・・・・」
フレッドの言葉を聞きながら、クライブはモニターに目を走らせる。
奮戦する3機。エターナルフリーダム、ギルティジャスティス、テンメイアカツキは、既にお互い、大きく距離を開いて孤軍状態にある。何か問題が起きたとしても、すぐに相互支援に回る事は出来ないだろう。
作戦第2段階の準備は、これで整った。
猟犬を解き放つ条件は、完成されていた。
「よし、お前ら。待たせたな」
ニヤリと、笑みを浮かべるクライブ。
「作戦開始だ。奴等を捻り潰してやりな」
それの存在を最初に自覚したのは、ヒカルだった。
センサーが、自機に向かって急速に接近してくる機影を捉えると同時に、それまでの交戦状況を打ち切り、機体を振り返らせる。
カメラが捉えた、その視界の先。
そこに、見覚えのある2機が映り込んだ。
「あいつらはッ!?」
すぐさま、迎撃のための行動に出る。
そこへ、テュポーンとエキドナ、リーブス兄妹の機体が突っ込んで来た。
《君が相手とは、我々はどうやらついているらしいな》
《おっひさしぶりーッ 元気だったかなー!? 早速で悪いんだけど、サクッと死んじゃってちょうだい!!》
わざわざオープン回線を使ってくるほどに高いテンションを保ちながら、フレッドとフィリアはエターナルフリーダムへと襲い掛かるべく、砲門を開く。
対して、ヒカルはまともに取り合う気は無い。いちいち会話をしていたら疲れるだけだ。
向かってくるなら、相応の対応を取るだけだった。
無言のまま、フルバースト射撃を仕掛けるヒカル。
対して、フレッドとフィリアはとっさに左右に散開しつつ回避する。
同時に、フレッドはアサルトドラグーンを射出、フィリアは4基のラドゥンを目いっぱい伸ばして砲撃体勢を取る。
2機同時の攻撃は、エターナルフリーダムの火力をも上回る。
しかし、
ヒカルはその攻撃を、12翼を羽ばたかせて上昇歯痛回避。同時に、眼下に2機目がけて腰のレールガンで牽制の砲撃を加える。
フレッドは前に出ながらリフレクターを展開し、エターナルフリーダムの砲撃を防御。その間に、両腕のビームクローを振り翳して襲い掛かった。
迫る巨大な鉤爪。
対して、ヒカルは両腰から高周波振動ブレードを抜刀して迎え撃った。
ぶつかり合う剣と爪。
両者は衝撃に押されるようにして、互いに距離を取る。
と、
《いらっしゃーい!!》
エターナルフリーダムが後退する方向を読んでいたフィリアが、ラドゥンを展開して、備えられたビームファングで食いつこうとする。
だが、
「ハッ!!」
短い声と共に、ヒカルは鋭い回し蹴りを繰り出し、エキドナのボディを弾き飛ばす。
バランスを崩すフィリア。
ヒカルはトドメを刺そうと、高周波振動ブレードを構え直す。
しかし、
《妹はやらせん!!》
鋭い声と共に、エターナルフリーダムを包囲するようにフレッドがドラグーンを展開、四方からビームを射かける。
舌打ちするヒカル。
攻め口を塞がれた事で、斬り掛かるタイミングが外されてしまった。
その間に、フィリアは機体のバランスを取り戻して再び対峙する。
ヒカルは、前にエキドナ、後ろにテュポーンを従えた状態で、尚も苦しい戦いを余儀なくされていた。
戦う相手にアステルを選んだのは、ある意味、レミリアの「甘え」を象徴しているような物だった。
心に蟠りを持つヒカルよりだったら、まだしも腐れ縁のアステルの方が戦いやすいと考えてしまうのも、無理からぬ話であろう。
もっとも、それで相手が手加減してくれる可能性は、ゼロどころかマイナスなのだが。
何しろ「あの」アステルだ。それこそ「手加減」を求める思考など、犬に食わせた方がマシである。
味方であった時には頼もしい存在であったが、敵として対峙した場合、これ程厄介な存在はいない。
自由オーブ軍の中で最も危険な存在がいるとすれば、それは間違いなくアステルだろうとレミリアは考えていた。
8基のドラグーンを射出すると同時に、スパイラルデスティニーの周囲に展開するレミリア。
同時に牽制の射撃を行う。
ドラグーンの攻撃は、あくまでブラフ。アステルの回避スペースを限定する為にわざと甘い照準で散らした攻撃を行う。
案の定、アステルは乗って来た。
ドラグーンの攻撃をすり抜けるようにして両手にビームサーベルを構え、斬り掛かってくるギルティジャスティス。
迎え撃つように、レミリアも両手にミストルティン対艦刀を構えた。
接近する両者。
間合いに入ると同時に斬り結ぶ。
豪風を撒いて旋回する両者の剣。
その切っ先は、しかし互いを捉えるには至らない。
殆ど流れるような動作で、アステルとレミリアは次の行動を起こした。
アステルは脚部のビームブレードを展開し、鋭く蹴り付ける。
迫る光刃に対し、レミリアは後退しつつドラグーンを引き戻し、砲撃を仕掛ける。
先に行った牽制交じりの攻撃ではない。今度は、完全に「仕留める」ための攻撃である。
だが、
「相変わらず・・・・・・」
アステルは機体を横滑りさせながらドラグーンの攻撃を回避。そのまま、肩からビームブーメランを抜いて投げつける。
「動きが読みやすいぞ、レミリア!!」
旋回しながら刃を発振。スパイラルデスティニーへと襲い掛かるブーメラン。
しかし、旋刃が届く前に、レミリアはミストルティンを振るってブーメランを斬り捨て、更に機体を前進させる。
対抗するように、アステルもビームサーベルとビームソード。計4本の刃を携えて駆ける。
互いの刃を弾き、防ぎ、同時に距離を置きながら砲撃を放つ。
離れながら、アステルはビームライフルを斉射。
対してレミリアは、その攻撃を上昇しながら回避。同時に、3連装バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス改連装レールガン、ビームライフル、アサルトドラグーンを全力展開、全力の52連装フルバーストを叩き付ける。
奔流の如き砲撃は、しかし、それよりも一瞬早くアステルが回避行動に移った為、ギルティジャスティスを捉えるには至らない。
「さっすが・・・・・・・・・・・・」
幼馴染の変わらない実力に、レミリアは苦笑交じりの賞賛を送る。
ヒカルと戦いたくないから、相手にアステルを選んだわけだが、どうやら少女は、早々に「甘え」のツケを払わされる羽目になっていた。
逃げながら砲撃。近付いてきた場合は、剣を引き抜いて斬り付ける。
そんな戦闘を繰り返しながら、ヒカルはどうにかテュポーン、エキドナとの戦闘を拮抗させていた。
2機合わせた時の戦闘力は、確実にエターナルフリーダムを上回っている。まともに正面からぶつかり合えば苦戦は免れ得ない。
どうにか相手の攻撃をいなしながら、隙を待つのが最善だった。
向かってくるエキドナ。
対してヒカルは、腰のレールガンで牽制を入れてから機体を上昇させる。
対してフィリアは陽電子リフレクターでヒカルの攻撃を防御しつつ、両手掌とラドゥンに備えられたビームキャノンで一斉攻撃を仕掛ける。
放たれる閃光は、しかしエターナルフリーダムを捉えられない。
その前にヒカルは、機体を錐揉みさせながら、急激に高度を落として回避したのだ。
「往生際が悪いっての!!」
叫びながら、鉤爪とビームファングを振り翳してエターナルフリーダムに襲い掛かろうとするフィリア。
しかし、それに対するヒカルの反応も早かった。
視界が上下逆のままヒカルは全武装を展開、6連装フルバーストを叩き付ける。
とっさに、再度リフレクターを最大展開して防御に回るフィリア。
しかし、障壁で閃光を受け止めた瞬間、凄まじい衝撃が加わって、エキドナの機体は後方に大きく押し戻された。
代わって、今度はフレッドのテュポーンが前へと出た。
ドラグーンを射出しながら、ビームクローを振り翳して襲い掛かってくるテュポーン。
迎撃のためにヒカルが放つ攻撃を、全てリフレクターで弾きながら、フレッドはエターナルフリーダムへ迫る。
「貰ったぞッ!!」
両側から迫る鉤爪。
対して、ヒカルはとっさに上昇を掛けつつ、フレッドの攻撃をすり抜ける。
すぐさま、追撃を掛けようと振り仰ぐフレッド。
しかし、その前にヒカルはレールガンを展開して斉射。テュポーンの両腕を吹き飛ばしてしまった。
だが、
「まだだぞ、魔王!!」
フレッドはドラグーンを展開。更にボディに備えられた複列位相砲を放ちながら、尚も攻撃を続行してくる。
対して、ヒカルは舌打ちしながら、どうにか振り切ろうと翼を羽ばたかせる。
と、その時だった。ヒカルはある事に気が付き、愕然とする。
熱紋センサーが、自分達の戦場を迂回するようにして後方へと流れていく反応を捉えている。
ヒカルがリーブス兄妹に気を取られている隙に、他のプラント軍部隊が、戦線をすり抜ける形で後方に回り込もうとしているのだ。
「あいつらッ スカンジナビアを!?」
敵の意図に、ヒカルは瞬時に思い至る。
プラント軍は、ヒカル達が釘付けにされている隙にムルマンスクに攻め入ろうと言う腹積もりなのだ。
あそこには今、碌な戦力が残されていない。大軍に攻め込まれてはひとたまりもないだろう。
「クッ!?」
舌打ちしながら、機体を反転させようとするヒカル。
だが、
《はいは~い、ど~こに行くのかしら~?》
エターナルフリーダムの前に回り込むような形で、エキドナが進路を塞いでくる。
更に後方からは、両腕を失ったテュポーンが執拗に追撃を仕掛けて来た。
《我々を前にしてよそ見とは、なかなか余裕だな!!》
ドラグーンが吐き出す攻撃を辛うじて回避しながらも、ヒカルの脳裏では焦燥が募り始める。
どうにか振り切ろうと、機体を旋回させる。
しかし、それを読んでいたように、フィリアはエキドナを割り込ませる。
《行かせないって言ってんでしょーが!!》
繰り出される両手掌の鉤爪と、4基のラドゥン。
対抗して、ヒカルも高周波振動ブレードを抜き放つ。
「どけよッ!!」
《どけって言われてどく馬鹿はいないってーの!!》
繰り出される攻撃を、ヒカルはどうにか剣2本でさばきながら、出し抜く隙を探る。
しかし、意識を散らした状態での動きは、どうしても緩慢になってしまう。
《どうした、動きが鈍いぞ、魔王!!》
エキドナと斬り結ぶエターナルフリーダムを、フレッドのテュポーンが、背後から強襲する。
ドラグーンを飛ばしながら、同時に複列位相砲を斉射。焦るヒカルを更に追い詰めてくる。
その間にも、戦線を迂回したプラント軍の部隊がムルマンスクの方向へ、続々と向かっていく。
だがヒカルが僅かでも、そちらに意識を向けようとすると、待ってましたとばかりにリーブス兄妹が猛攻を仕掛けてくる。
離脱する隙が無い。
このままでは、スカンジナビアが・・・・・・
あそこで暮らす、多くの人達が・・・・・・
迫る、2機の異形。
それをヒカルは真っ向から見据えて睨み付ける。
《キャハハハ これで、おーわり!!》
《さらばだ、魔王!!》
次の瞬間、
ヒカルのSEEDが弾けた。
呼応するように、エターナルフリーダムの中に眠るエクシード・システムが唸りを上げて稼働する。
劇的な変化が起こる。
OSの処理速度が跳ね上がり、機体のパワー、スピードがけた違いに進化する。
そこへ、エキドナが突っ込んでくる。
《そーら 貰ったァ!!》
耳障りな喝采と共に、エターナルフリーダムに襲い掛かろうとするフィリア。
しかし次の瞬間、ヒカルは鋭い蹴りでエキドナを弾き飛ばすと、その背後でドラグーンの操作に当たっていたフレッドのテュポーンに襲い掛かった。
《うゥ!?》
その予想していなかったヒカルの動きに、一瞬虚を突かれるフレッド。
その隙にヒカルは高速で距離を詰めに掛かる。
フレッドはドラグーンの砲撃で迎え撃とうとするが、ヒカルは甘くなった砲撃をすり抜けて接近すると、背中からティルフィングを抜刀。横なぎにテュポーンを斬り捨てる。
両足を失ったテュポーンは、バランスを保つ事ができずに地面へと落下していく。
《兄貴をッ よくも!!》
そこへ、背後からエキドナが迫ってくる。
鉤爪とラドゥンを振り翳すフィリア。
しかし、
フィリアがエターナルフリーダムを間合いに捉えるかと思った次の瞬間、
ヒカルはティルフィングを背中に戻しながら、全火砲を展開して、フルバーストモードへと移行した。
舌打ちするフィリア。
しかし、もう遅い。
必中の零距離フルバーストが、エキドナに襲い掛かる。
その一撃で両手両足、そして全てのラドゥンを失うエキドナは、テュポーンと同様に地面へと落下していく。
しかし、
《フッ やはり、こうなったか》
《偽善者ぶっちゃってさ~ それでいい気分に浸れるってお気楽だよね~》
撃墜されて尚、ヒカルに対する嘲弄をやめようとしないリーブス兄妹。
しかし、ヒカルはそれに構う事無く、機体を反転させる。
あんな連中に構っている暇は無い。今は一刻も早く、敵の大軍を止めないと。
12翼を羽ばたかせ、最前線へと向かおうとするヒカル。
しかし、
その視界の中で白銀の光が、行く手を遮るようにして舞い降りてくるのが見えた。
「ッ!?」
舌打ち交じりに息を呑むヒカル。
対して、仮面の少女は泰然とした調子でエターナルフリーダムを見詰めている。
《ここは行かせません。今度は、わたくしが相手になります」
アルマは、静かな声で言い募る。
魔王と聖女。
通算で三度目となる対決が、始まろうとしていた。
PHASE-33「死線」 終わり