機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-31「鍵を持つ者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ないね」

 

 居並ぶ面々を前にして開口一番、フィリップが口にしたのは謝罪の言葉だった。

 

 戦いが終わり、北米解放軍が完全に撤退したのを確認した後、フリューゲル・ヴィント特別作戦班は、スカンジナビア自治区政府庁舎へと出頭していた。

 

 庁舎ビルは、一国の行政をすべて賄っているとは思えない程、小さな建物である。

 

 代表であるフィリップの考えとしては、外面を下手に飾る事に意味は無く、外見を取り繕う余裕があるなら、僅かでも復興支援金に回すべき、との事だった。その為、庁舎ビルには、元々廃ビルになっていた建物を借り受ける形になっているのである。

 

 この場には今、彼女の妻であるミーシャを始め、カガリ、ライア、そして辛くもスカンジナビア救援に間に合った、自由オーブ軍フリューゲル・ヴィント特別作戦班所属のリィス、アラン、ヒカル、アステル、カノンが顔をそろえていた。

 

 拠点確保の為にスカンジナビア侵攻を目論んだ北米解放軍を撃退する事に成功した事で、ようやく一息つく事ができた形である。

 

 撤退した北米解放軍がスカンジナビア領を出た後、どのような行動を取ったのかは判らない。追跡するだけの戦力がこちらには無いのだ。

 

 追加情報等が入ってきていない事から考えても、ターミナルの方でも消息は掴み切れていないらしい。

 

 ただ念のため、国境付近には小規模の監視部隊を複数配置しており、異常が起きた場合に備えている。それらの舞台は、敢えてモビルスーツ等の大型装備を持たない代わりに、高性能通信機と、行政府との直通周波数を有しているため、何らかの不測の事態が起こった場合、迅速に連絡を行う手はずになっていた。

 

「折角、恩人の子供達が尋ねて来てくれたと言うのに、何らもてなす事ができないとは、情けない限りだよ」

「そんな、気にしないでください」

 

 フィリップの弱々しい言葉に、リィスが代表して首を振る。

 

 リィス自身、フィリップとは子供の頃に何度か面識がある。

 

 かつて己の不明から国と家族を失い、失意の底にあったフィリップが再起するきっかけを作ったのが、ヒカルとリィスの母親であるエストだったのだ。

 

 そして、ヒカルと妹のルーチェが誕生した際、エンドレスとの戦いで多忙を極めていたキラに代わって、出産に立ち会ったのがフィリップとミーシャだった。

 

 そのような次第である為、フィリップとミーシャは、ヒカル達とも縁が深い訳である。

 

「しかし、よくも3機だけでここまでこれたな。いや、来てくれたのはアリが大使感謝もしているが、ちょっとばかり無茶が過ぎるぞ」

「まあ、色々と事情があってさ」

 

 呆れ気味なカガリの物言いに、ヒカルは苦笑しながら返事を返す。

 

 実際、ヒカル達がスカンジナビアに来る事自体が、既に無茶の塊であったと言って良い。

 

 月での戦いに勝利したものの、敵の妨害工作で思わぬ足止めを喰らった自由オーブ軍は、少数精鋭部隊を救援として送る以外に手段の取りようが無かった。

 

 そこで選ばれたのは、ヒカル達特別作戦班だった訳である。

 

 本体とは別行動で、あらゆる戦況に対応する事が求められるフリューゲル・ヴィントの中でも、特別作戦班は少数であるが故に他部隊よりも迅速な行動が可能となっている。

 

 正に、今回のような事態に力を発揮できるわけである。

 

 もっとも、旗艦大和はレオスの反乱の際に小破し、現在、月のドッグで修理を行っている真っ最中である。

 

 スカンジナビアに行くための「足」を確保する為に、ヒカル達は高速輸送機をコペルニクスから借り受けて、ここまで来たのである。

 

「それで、今後ですが」

 

 タイミングを計ったように切り出しながら、アランはカガリに目を向けた。

 

 ここに来た目的は、北米解放軍の侵攻からスカンジナビアを救援する他に、もう一つ。オーブの今後を占う重大事があった。

 

「我々自由オーブ軍は、この後、本国奪還に向けて軍事行動を起こす予定です。そこで、あなたには象徴として、全軍を率いていただきたいと考えております」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アランの言葉に対して、カガリは黙して考え込んだ。

 

 アランが今回、スカンジナビア行に同行した理由がこれであった。

 

 祖国奪還に際し、カガリに旗印となってもらう事で、オーブ国民に鼓舞を促す。それにより、兵力が不足している自由オーブ軍は、プラント軍の防衛体勢を内と外から突き崩す。

 

 政治委員としてのアランの視点から導き出した戦略である。月解放の際に使った戦略を焼き直した形であるが、今回はアスハと言う「ブランド」を用いる事で、より確実性の高い策として仕上げる心算だった。

 

 衰退したとは言え、アスハ家のオーブにおける知名度は決して無視できない。利用しない手は無い。

 

 しかし、

 

「私は、既に一線から身を引いた身だ。それに今回の戦いでも、国民を見捨てて亡命している。そんな私に、矢面に立つ資格など無い」

 

 そう言って、カガリは静かに首を振った。

 

 カガリの亡命は、実のところ彼女の本意ではない。

 

 カーペンタリア条約が締結された時、同時にオーブが事実上、プラントの統治下に置かれる事も確定した。その際、オーブのカリスマ的存在であるアスハ家の人間に対し、プラント軍、特に保安局が何らかの形で危害を加えて来る事を考慮し、現在の自由オーブ軍幹部達が亡命を進めたのである。

 

 カガリは、この申し出を一度は断った。国民を見捨てて、自分1人が国外に逃げるなど許されない、と。

 

 しかし最終的に、子供達に危害が加えられる可能性に及び、カガリは断腸の思いで亡命を承諾したのである。

 

「それは判ってます」

 

 口を開いたのはリィスだった。

 

 彼女は真っ直ぐに、叔母の目を見据えると、静かに言い募った。

 

「でも、カガリさんしか、私達が頼れる人はいないんです。どうか、ここはオーブの為に立ち上がってくれませんか?」

 

 かつて、国を率いて戦っていたカガリを知るリィスは、そう言って懇願する。

 

 カガリが立ち上がれば、きっとオーブは奮い立つ。勿論、そうならないと言う可能性もあるが、しかし、このまま何の策も講じないまま本国奪還作戦を開始したら、多大な犠牲を蒙る事になりかねない。

 

 だからこそ、カガリの協力は必要不可欠なのである。

 

「国民を危険にさらす事は、私の本意ではない。だが、私が戻れば、戦火が拡大する事にもなりかねない」

 

 カガリは、自分と言う人間が持つ影響力を正しく理解していた。

 

 確かにリィス達の言うとおり、カガリが戻ればオーブの国民は皆、奮い立って戦いに身を投じるだろう。そうなれば自由オーブ軍としても、祖国奪還に拍車をかける事ができる。

 

 しかし、過去に何度も戦火に焼かれる国を見てきたカガリとしては、これ以上、国民に負担を強いる事も出来ないと考えていた。

 

 と、

 

「なあ、伯母さん」

 

 それまで黙っていたヒカルが、そこで口を開いた。

 

「俺は、政治とか、ハッキリ言ってよく判んない。けどさ、自分の国が大事だってことは、よく判っているつもりだ」

「ヒカル?」

 

 怪訝な顔付をするカガリに対し、ヒカルは真っ直ぐに見つめ返しながら、己の考えを言葉として紡いだ。

 

「叔母さんは、あいつらをオーブに返してやりたいとは思わないのかよ?」

 

 ヒカルの言う「あいつら」とは、カガリの3人の子供達の事を差していた。

 

 シィナ、ライト、リュウ。

 

 カガリにとって、掛け替えの無い宝物であり、自分の命と引き換えにしてでも守りたい大切な存在である。

 

 彼等が住む世界を守りたいと言う思いは、カガリにもある。

 

 夫であるアスランは、そんな世界を守るために、敢えて危険な戦場へと戻る選択をした。

 

 一方のカガリは、夫不在の中で子供達を守る事が自分の役割だと認識している。だからこそ、敢えて屈辱を呑んででも、国を脱出して知己のあったスカンジナビアに亡命する道を選んだのだ。

 

 だが、ヒカルの言う事もまた、カガリの中で真実の一面を突いている。

 

 子供達は皆、オーブで生まれオーブで育った。

 

 そんな彼等をオーブに連れて帰りたいと言う思いが、カガリの中にあるのも事実である。

 

 もし、その為の戦いが自分にできるのだとしたら、それはヒカル達の言うとおり、一度は身を引いた政治の世界へ再び返り咲く事に他ならなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・もし」

 

 暫く黙考した末、カガリは口を開いた。

 

「私がオーブに戻ったとして、オーブの人々は私を迎え入れてくれるだろうか?」

 

 己の中にある不安を、カガリは吐露する。

 

 アランが立案した作戦は、カガリが国民の大半から支持を得られる事を大前提にしてある。しかし仮に、それが成されなければ作戦は根底から崩れる事になるのだ。

 

 それに対して返事をしたのは、1人、離れるようにして壁に寄りかかっているアステルだった。

 

「まあ、多少の反発がある事は避けられないだろうな」

「ちょッ アステルッ もうちょっと言い方に気を付けなよ!!」

 

 殊更に素っ気ない口調で言ったアステルに対し、カノンが食いつく。

 

 言っている事は判るが、もうちょっと空気を読めと言いたかった。

 

 もっとも、抗議されたアステルは、どこ吹く風と言った調子でそっぽを向いているが。

 

 そんな彼の言葉に対して、カガリは重々しい調子で頷きを返した。

 

「いや、そいつの言うとおりだ。簡単に済むような話ではない。今のオーブは、曲がりなりにもプラントの支配下にあり、それを受け入れる事で成り立っている部分もある。オーブを攻めると言う事は、それらの要素を否定すると言う事だ」

「でも、それは、プラントが勝手にやった事であって・・・・・・」

「だとしても、それによって利益を得ている人間は確かに存在する以上、反発は避けられない」

 

 言い募るカノンに対し、カガリは言い含めるように静かに告げる。

 

 政治や経済とは、戦争以上に単純な善悪では測れない部分が大きい。一方に対して都合が良い事は、大抵の場合、その他の人々に対しては都合が悪い事が常である。そして、自分達の主張を通す為には「都合の悪い他者」と激突する事は避けられないのだ。

 

 故にこそ、選択には慎重にも慎重を重ねる必要がある訳である。

 

「私が戻る事によって、私が非難を受ける事は構わない。だが、子供達、そしてお前達がオーブの国民から否定され、罵声を浴びせられる事になるかもしれない。私が心配しているのは、そこなんだ」

 

 カガリとて、かつては国家の代表を務めた身。今のオーブを憂える気持ちは人一倍強い。できる事なら、この手で国を取り戻したいと言う思いもある。

 

 かつて、多くの困難を乗り越えてきたカガリにとって、自分自身が辛酸をなめる事に関しては、既に度外視している。そんな事は些事ですらない。しかし、もし国民が自由オーブ軍の在り方を否定したなら、それは将来的に発足する新政権に対する非難にもつながる重大事である。

 

 オーブを取り戻せば、それで戦争が終わる訳ではない。プラントは恐らく、オーブの独立を認めずに攻撃を仕掛けて来る事になるだろう。それらに対抗していくためには、盤石な政権をいち早く確立する必要がある。

 

 だがもし、国民が自由オーブ軍を否定するような事になれば、その新政権の土台は根底から崩れ、今度こそオーブはプラントの蹂躙を許す事になるだろう。

 

「大丈夫だよ、叔母さん。俺達は、そんなに弱くない」

 

 静かな声でそう告げたのはヒカルだった。

 

「俺達だって、ここまで戦ってきた。国を奪われ、行くあても無いまま世界を彷徨って、それでも何とか、オーブに手が届く所まで来たんだ」

 

 カガリは、ヒカルの言葉に耳を傾けながら、じっとその顔を見入っている。

 

 大きくなった。

 

 何年かぶりに見る甥の顔は、カガリの記憶にある物よりもずっと成長しているように感じられる。

 

 もう、少年の顔付きではない。1人の大人として、ヒカルはかつての国家元首の前に立っていた。

 

「でも、このままじゃ俺達は戦う事もできない。だから叔母さん。俺達に戦う機会を与えてくれ。叔母さんの祖国を取り戻させてくれ」

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 カガリは、目頭が熱くなる想いだった。

 

 自分が一線を引いた後も、こうしてオーブの未来を憂いている者がいる。そして、その者達がこんな自分を頼ってくれている事に感動せずにはいられなかった。

 

「私は・・・・・・・・・・・・」

 

 カガリが何かを言おうと口を開いた。

 

 その時だった。

 

「失礼します!!」

 

 血相を変えた兵士の1人が、部屋の中へと駆けこんで来た。

 

 一同の視線が集中する中、兵士は急き込んだ調子で告げた。

 

「国境線付近に、プラントの大軍が出現しましたッ そのまま越境の構えを見せています!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターの中で、凄まじい情報の羅列が高速でスクロールしていくのが見える。

 

 コンソールに取り付いた数人の人間が作業するのを横目で見ながら、ディアッカ・エルスマンは手にした銃を構え、慎重に周囲の警戒に当たっていた。

 

 予定通りセプテンベルナインと言うコロニーの研究施設へと潜入を果たし、今は作戦の実行中である。

 

 警備の為の兵士は、既に奇襲によって無力化してある。暫くは、こちらの行動が気付かれる事は無いだろうが。

 

「おい、できるだけ急いでくれよな」

「ええ、判ってますよ」

 

 ディアッカの促しに対し、作業に当たっている兵士が手を止めずに返事を返してきた。

 

 その作業を見詰めながら、ディアッカは僅かに感じる不快感に目を細めた。

 

 ターミナルから齎された情報として、保安局が捉えた捕虜や思想犯に対し、非人道的なロボトミー手術を行っている事を聞かされた時は、とてもではないが信じられなかった。

 

 自分の祖国が、そのような非道な事を行っているなど、信じろと言う法が無理である。

 

 しかし、いくつかの状況証拠が、その話の真実を裏付けている。

 

 捉えた捕虜の、不明瞭な処遇。そして、最近の急速な軍拡と、それを賄うために必要不可欠な兵員の確保。

 

 捉えた捕虜の自我を焼き、兵士として「再利用」する。単純な足し算引き算の問題であり、判ってしまえばいたってシンプルな計算式が成立してしまう。

 

 しかし、判りやすい構図の裏には、世にもおぞましいカラクリが隠されていた訳である。

 

 全ての情報が検討され、「動く」事が決定した。

 

 自分達の戦力は、お世辞にも多いとは言い難い。正面切って、プラント軍に抗し得る物ではないだろう。

 

 しかし、少数には少数の戦い方がある。特に、今回のように潜入任務ならば、少数であるほうがむしろ望ましい。

 

 今回、ディアッカの任務は、施設や研究機器の破壊ではない。

 

 仮に施設を破壊したとしても、研究に使用したデータがどこかに残っていたりしたら、結局のところ何の意味も無いのだ。

 

 そこで、今回の作戦では、データに絞って破壊を行うハッキング作戦が行われる事になった。

 

 そう言う意味で、ターミナルから提供されたコンピュータウィルスのデータは、今回の作戦にうってつけであり、同時にえげつないまでに強力だった。

 

 このウィルスは、対象となるデータを圧倒的な速度で精査して、貪欲なまでに食い散らかしていく特性を持っている。つまり、このウィルスを注入されたが最後、まるで癌細胞に侵食されるように、データは崩壊してしまう訳だ。

 

 これを作った人間は、よほどの天才か、あるいは狂人のどちらかだろう。でなければ、こんな性格の悪そうなものを作れるはずが無かった。

 

 唯一、問題点があるとすれば、このウィルスをコンピュータに感染させる為には、大将となる施設に潜入する必要があった。

 

 その為、ディアッカ達はここにいる訳である。

 

「さて、向こうは上手くやってくれているかね?」

 

 ディアッカはそう言うと、今も自分達の支援の為に戦っているであろう友人達に想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 虚空の中で閃光が奔る。

 

 奇襲を受けた保安局の部隊は完全に混乱を来し、碌な反撃もままならない有様だ。

 

 襲撃者達は少数である。恐らく20機もいないだろう。しかし、ほぼ全員が一騎当千とも言える実力者達であり、弱卒揃いの保安局行動隊とは比べ物にならない。

 

 今も、殆ど一方的な戦闘が展開されているが、撃破されるのは、殆どが保安局の機体ばかりであった。

 

 倍以上の戦力を有しながら、保安局員たちは殆ど抵抗らしい抵抗もできずにいるのだ。

 

 そんな中で、特に奮迅の活躍を示している2機。深紅と白銀の機体は、互いに背中を合わせながら、群がってくる保安局の機体を牽制し合っていた。

 

《まったく。ディアッカ達はまだ終わらんのか!?》

「仕方が無いだろう。俺達と違って、作業には時間がかかるんだから」

《そんな事は貴様に言われなくても判っている!!》

 

 興奮した調子のイザーク・ジュールの言葉に、アスラン・ザラ・アスハは、操縦桿を握りながら思わず苦笑を閃かせる。

 

 子供の頃から変わらない友人の様子は、戦場にありながら奇妙な安心感を齎していた。

 

 アスランたちレジスタンスは現在、情報にあったセプテンベルナインと言うコロニーに襲撃を仕掛けていた。と言っても、アスランたちはあくまで囮で、実働部隊は先行して潜入を果たしているディアッカ達であるが。

 

 セプテンベルは元々、プラントの草創期から存在するコロニーであり、主に遺伝子工学等の研究がおこなわれている。つまり、プラント在住のコーディネイターの多くが、このセプテンベルで生み出されている訳だ。そこで行われている研究の中には、表沙汰にはできないような非合法な物も多数含まれている。

 

 今回、アスラン達は、プラント軍の兵員確保の為のロボトミー研究を行っているセクションに狙いを絞って攻撃を仕掛けている。

 

 ディアッカを指揮官とする潜入部隊は、作成したコンピュータウィルスをセプテンベルナインの管制施設から流入させ、該当するデータを片っ端から消去する作戦を実行していた。

 

 その間、アスランとイザークに率いられたモビルスーツ隊は、コロニーの外で戦闘を繰り広げ、敵の目を引き付ける手はずになっていた。

 

 一応、プラント側も防衛のための部隊を配置していたようだが、まさか国内で襲撃者が現れるとは思ってもいなかったのだろう。配備されていたのは保安局の部隊のみであり、その程度ならいくら来ようとアスランやイザークの敵ではなかった。

 

 アスランは、愛機にしている深紅のジェガンを駆って前に出ると、手にしたビームカービンライフルで、立ち尽くしているハウンドドーガを撃ち抜いた。

 

 弱い。

 

 数度の戦闘を繰り返した時点で、アスランは敵の異常な「弱さ」の前に、違和感を覚えずにはいられなかった。

 

 以前から、保安局行動隊の弱卒振りについては噂を耳にしていたが、まさかこれほどとは思っていなかった。一応、攻撃は仕掛けて来るが、殆どが散発的であり、連携も取れていない。

 

 恐らくこいつらが、例のロボトミー化された捕虜たちなのだろう。

 

 前頭葉を除去してしまえば、情動性が抑えられる事から、命令に対してかなり従順な人間を作り出す事ができる。反面、闘争心や発動性と言った、ある意味、戦闘に必要不可欠な要素まで大幅に取り除かれてしまう。

 

 戦力の強大化を急ぎたいプラント政府としては、苦肉の策として実行したのだろうが、これではよく言って「攻撃してくる案山子」である。ハッキリ言って、アスランやイザーク級のパイロットが相手では、何の脅威にもなり得なかった。

 

 横を見れば、イザークの駆る白銀のゲルググが、ビームサーベルを手にして猟犬のように襲い掛かると、正面にいたハウンドドーガを斬り捨てている。

 

 その様子を見て、アスランは笑みを浮かべた。

 

 お互いどうやら、昔の腕は未だに錆びついてはいないようだ。

 

 こうしてレジスタンスに身をやつし、再び共に戦うようになってからのイザークは、アスランにとって誰よりも頼もしい存在である。

 

 もっとも、悠長に構えてばかりもいられないのだが。

 

 ロボトミー化された保安局員が相手ならば、ハッキリ言っていくら出て来ようと物の数ではないが、長引けば付近に駐留しているザフトの本国防衛軍が出てくる可能性もある。そうなると、少数のアスラン達に勝ち目はない。

 

 先程のイザークではないが、焦る気持ちはアスランも共有するところであった。

 

 その時だった。

 

《待たせたな、イザーク、アスラン!! こっちは終わったぜ!!》

 

 待ちわびた陽気な声が、スピーカーを介して聞こえてきた。

 

 同時に、アスランは安堵の溜息をつく。

 

 どうやら、潜入していたディアッカ達が、データの破壊に成功したらしい。

 

 これでアスラン達の任務は終了である。後はこの場を離脱して、予定のポイントで落ち合うだけである。

 

 長居は無用、

 

 保安局部隊に牽制の攻撃を仕掛けながら、そのまま離脱しにかかるアスラン達。

 

 その時だった。

 

《敵機接近ッ 速い!!》

 

 警告と共に振り返るアスラン。

 

 そこで、息を呑んだ。

 

 1機の機動兵器が、猛スピードでこちらに向かってくるのが見える。

 

 特徴的にはフリーダム級機動兵器と似通っている部分があるが、全体としてのイメージは明らかに違う。

 

 背中に負った12枚の翼は、戦端が鋭く尖り、腰裏のスカート部分には大きく張り出したユニットが装着されている。

 

 手にした対艦刀は巨大であり、かつてのデスティニーが装備していたアロンダイトをも上回る全長と身幅を誇っている。

 

 そのコックピットの中で、クーヤ・シルスカは目の前に展開するレジスタンスを鋭い眼差しで睨み付ける。

 

「まさか、テロリストが国内にまでいるなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 ギリッと歯を鳴らすクーヤ。

 

 クーヤとしては、アンブレアス・グルックによって完璧に統治されている筈のプラント国内に、不穏分子が潜んでいた事自体、信じがたく、かつ許されざる冒涜であるように感じられていた。

 

 睨み付ける目も鋭く、クーヤはレジスタンス部隊を視界に収める。

 

 こいつらが元からプラントの住人であるのか、それとも外から入ってきた破壊工作員なのかは判らない。しかし、どちらにしても、クーヤにとっては関係の無い話である。

 

 議長の統治する平和なプラントを、戦火で乱す事は許さない。絶対に。

 

「この私が、いる限りッ この世界にお前達がいて良い場所なんて無い!!」

 

 言い放つと、スラスターを全開まで吹かして加速する。

 

 ZGMF-EX78「ヴァルキュリア」

 

 先頃ロールアウトしたばかりの、プラント軍の最新鋭機動兵器である。

 

 これまでの機動兵器とは一線を画する性能を与えられた機体は、量産型しか保有していないアスラン達レジスタンスを、たった1機で圧倒するほどの威圧感を備えていた。

 

 次の瞬間、クーヤは手にした大型対艦刀を振り翳して斬り込んで行く。

 

「速いッ 新型か!?」

 

 ヴァルキュリアの凄まじい加速力を見たアスランは、叫びながらビームカービンライフルを構える。

 

 それに倣うように、イザークや他のメンバー達も攻撃を開始する。

 

 一斉に放たれる閃光。

 

 たちまち閃光は交差するように迸り、急激に接近するヴァルキュリアへと殺到していく。

 

 しかし、アスラン達の攻撃が敵に命中すると思った瞬間、

 

 ヴァルキュリアの姿は、まるで幻のように消え去ってしまった。

 

 一瞬、目を剥くアスラン。

 

 次いで、センサーの反応は予期し得なかった方向を指し示した。

 

「上だとッ!?」

 

 振り仰ぐと同時に、舌打ちするアスラン。

 

 そこには、再び対艦刀を構え直したヴァルキュリアの姿がある。

 

 単純に突っ込んで行くかに見えたクーヤは、その実、光学残像を囮にしてアスラン達の注意を引き付けながら、高機動を発揮して死角に回り込んだのだ。

 

《おのれッ!!》

《舐めるなよ!!》

 

 血気に逸る、レジスタンスの仲間達が、手にした武器を構えてヴァルキュリアへと向かっていく。

 

《待て、早まるな!!》

 

 イザークが大声で制するが、彼等の耳には届いていない。

 

 次の瞬間、

 

 ヴァルキュリアは12枚の翼から、ドラグーンと思われる独立機動デバイスを射出すると同時に、背部のユニットからも、それより小型のドラグーンを12基解き放った。

 

 都合24基のドラグーンは一斉に向きを変えると、一斉にレジスタンスへと殺到してくる。

 

 翼から射出されたドラグーンは、それぞれ攻撃配置に着くと、先端に備えたビーム砲から閃光を射出する。

 

 更に、ビームの軌跡が交錯する中、小型のドラグーンはそのまま突撃してくると、先端から側面に掛けて槍状のビーム刃を形成する。

 

 小型ドラグーンが、今にも攻撃を開始しようとしていたグフの手足を、容赦なく斬り飛ばしていく。

 

 あまりの攻撃速度に、グフは対応する事すらできず、あっという間に機体をバラバラにされていく。

 

 どうにか生き残っているスラスターを吹かして逃げようとするが、殆ど這うような速度しか出せていない。

 

 その間にもドラグーンの攻撃は続く。

 

 まるで、五分刻みの拷問にかけているかのような光景は、いっそ目を覆いたくなるほどである。

 

《た、助けてくれェ!!》

 

 パイロットの悲痛な叫びが響き渡った。

 

 次の瞬間、展開していた大型ドラグーンが一斉射撃を浴びせて、グフにとどめを刺した。

 

《おのれッ》

《よくも!!》

 

 仲間の無惨な死に、激昂したように他の機体もヴァルキュリアに向かって斬り込んで行く。

 

 対して、ヴァルキュリアのコックピットで、クーヤはスッと目を細める。

 

「遅いッ!!」

 

 駆け抜ける一瞬。

 

 手にした対艦刀アスカロンを振るうクーヤ。

 

 一閃される巨大な刃は、容赦なく旋回する。

 

 次の瞬間、

 

 それだけで、3機のレジスタンス機が、ボディを斬り飛ばされて爆炎を上げた。

 

 その光景に、思わずアスランは息を呑む。

 

 恐るべき戦闘力だ。しかも、一切「容赦」と言う物が感じられない。

 

 まるで何かの強い信念に裏打ちされたような攻撃を目の当たりにして、さしものアスランも戦慄を禁じ得なかった。

 

 だが、呆けている暇は無い。

 

 クーヤは今度はアスランとイザークに目をつけ、攻撃態勢に入ろうとしていた。

 

「来るぞ、イザーク!!」

《判ってる!!》

 

 アスランの合図に、イザークも叩き付けるようにして返事を返す。

 

 ただ単純に逃げても、背後から追いつかれてしまう。それよりも、ある程度ダメージを与えて足を止めた方が得策だろう。

 

 しかし、あれほどの敵を相手に、並みの兵士ではただ犠牲を増やすだけである。

 

 ここは、アスランとイザークが相手になるしかなかった。

 

 斬り込んで行くジェガンとゲルググ。

 

 対して、クーヤのヴァルキュリアも合計24基のドラグーンを射出して迎え撃つ。

 

 2機を包囲するようにして展開した大型ドラグーンが、一斉にビームを射かける。

 

 まるで光の牢獄に捕らわれたような錯覚に陥る中、しかしアスランとイザークは聊かも怯む事無く突っ込んで行く。

 

《喰らえ!!》

 

 ビームライフルを構えて攻撃態勢に入る、イザークのゲルググ。

 

 しかし、放たれた攻撃は、クーヤがそれよりも早く機体を翻して回避した為、ヴァルキュリアを直撃する事は無い。

 

 そこへ、今度はアスランが攻撃を仕掛ける。

 

 ちょうど、イザーク機とはヴァルキュリアを挟んで反対側に出るように回り込んだアスランは、ビームカービンライフルを翳して攻撃を仕掛ける。

 

 対して、クーヤはビームシールドを展開して防御。同時に、小型ドラグーンを射出すると、ビーム刃を発生させながらアスランのジェガンへ攻撃を仕掛ける。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちするアスラン。

 

 しかし、クーヤがアスランに注意を向けた僅かな隙を突く形で、イザークがヴァルキュリアへと斬り込む。

 

《貰ったぞ!!》

 

 ビームサーベルを振り翳すイザーク。

 

 しかし、ビーム刃が届くと思われた次の瞬間、ヴァルキュリアはイザークの目の前で機体を振り返らせる。

 

 旋回の威力をそのままに、振り抜かれる巨大な刃。

 

 アスカロンは刀身が両刃構造になっているが、その内片刃は通常の対艦刀のようにビーム刃を形成する一方、もう片方の刃は実体剣になっている。

 

 クーヤが振り翳したのは、実体剣の方であった。

 

 その一閃が、イザーク機の脚部を一緒くたに斬り飛ばす。

 

「なッ!?」

 

 目を剥くイザーク。

 

 クーヤがわざと外したのではない。とっさにイザークが機体を上昇させたため、辛うじてダメージは脚部のみで済んだのだ。

 

 ベテランであるイザークの持つ操縦技術があったからこそ、ダメージは軽微な物で済んだのである。これが他の者であったのなら、今の一撃で機体ごと真っ二つにされていたところである。

 

 だが、イザークの危機がそれで去った訳ではない。彼の目の前にはまだ、大剣を振り翳したままのヴァルキュリアが存在しているのだ。

 

 身動きが取れないイザークを、クーヤが睨み付ける。

 

 次の瞬間、

 

「イザーク!!」

 

 どうにかドラグーンを振り切ったアスランが、友を救うべくヴァルキュリアに攻撃を仕掛ける。

 

 ジェガンの手にあるビームカービンライフルが放たれ、クーヤはとっさにイザークへの攻撃を諦めて機体を振り返らせた。

 

 しかし、クーヤはそこで動きを止めない。

 

 振り返ると同時に、アスカロンを一気に振り抜く。

 

 しかし、ヴァルキュリアとジェガンの間には、まだかなりの距離がある。対艦刀の刃が届く範囲ではない。

 

 何を?

 

 アスランが思った瞬間、

 

 振り抜かれたアスカロンの軌跡が、そのまま弧月状のビーム刃を形成して、アスランのジェガンに襲い掛かって来た。

 

「何っ!?」

 

 これには、流石のアスランも度肝を抜かれた。

 

 ビームライフルやその他射撃兵器に対応する術なら、アスランはこれまでの経験からいくらでも持っている。

 

 しかし、このような攻撃に対する対応策など、持ち合わせていよう筈も無かった。

 

 飛来するビーム刃。

 

 対して、とっさに機体を傾けるアスラン。

 

 次の瞬間、ジェガンの右足がビーム刃によって斬り裂かれ、吹き飛ばされた。

 

「クッ!?」

 

 OSがバランスを自動で調整する中、アスランは不利に傾く戦況に焦りを覚える。

 

 強い。

 

 勿論、機体の性能差もあるだろうが、それ以上にアスランは、ヴァルキュリアを操るクーヤの意志の強さに戦慄していた。

 

 長きにわたる戦いでアスランは、思いの強さが齎す強さと言うものを認識した瞬間が幾度もあった。

 

 いかな不利な戦況も、いかな圧倒的な戦力差も、思いの強さが覆してしまう事が稀にあるのだ。

 

 それを成した者達こそが、キラ、シン、ラキヤ、エスト、アリス、ラクスと言った、綺羅星の如き英雄達に他ならない。

 

 オーブの防衛大学で教鞭を取るようになった後も、その事を念頭にして学生たちを指導してきたつもりである。

 

 そのアスランが、再び立ったこの戦場において、思い強気的と対峙したのは皮肉としか言いようが無かった。

 

 動きを止めたアスランのジェガンに対し、アスカロンを振り翳して接近してくるヴァルキュリア。

 

 もはやこれまでかッ

 

 脳裏に、愛するカガリや、大切な子供達の顔を浮かべ、覚悟を決めるアスラン。

 

 その時だった。

 

 突如、強烈な閃光が、ヴァルキュリアの行く手を遮るようにして吹きすさぶ。

 

 この新手の攻撃に、予期していなかったクーヤは、思わず動きを止めて振り返った。

 

 その視線の先。

 

 コロニーの陰から姿を現す戦艦は、主砲をこちらに向けた状態で盛んに砲撃を繰り返している。

 

 広げた両翼が弓矢のような形をしている大型戦艦は、高速で航行しながら、ヴァルキュリアを牽制するように砲門を向けてくる。

 

 次の瞬間、

 

 一瞬のすきを逃さず、アスランは動いた。

 

「これでッ!!」

 

 ジェガンの手首に仕込まれているグレネードランチャーを斉射。ヴァルキュリアの鼻っ面に、砲弾を叩き付ける。

 

 ただの砲弾ではない。

 

 炸裂すれば一定時間、光学、電子、熱紋を問わず、あらゆるセンサーを不能にするジャミング弾である。万が一の撤退用に、用意しておいたのである。

 

 案の定、狙いは図に当たり、ヴァルキュリアは突然の事態に苦悶するように動きを止めた。

 

 その隙に、アスランはスラスターを吹かせる。

 

「離脱するぞイザーク!!」

《了解だ!!》

 

 普段は自分の言動に対していちいち突っかかって来る事が多いイザークも、今回ばかりは素直に従ってくれた。

 

 このまま戦っても勝てない事は、イザークにも判っているのだ。

 

 ならば、敵が怯んだこの隙に、離脱を図るしかなかった。

 

 大急ぎで離脱しにかかるアスランとイザーク。

 

 アスランが撃ったジャミング弾は、威力が強烈な反面、効果は長続きしない。ここは三十六計を決め込む以外に無かった。

 

 離脱する際、アスランはチラッと、カメラを向けてヴァルキュリアの方を見やる。

 

 センサーを不能にされ、尚も動きを止めているヴァルキュリア。

 

 その機影がいつ動き出すか判らない恐怖に耐えながら、アスランはせかされるように、戦艦へと向かって離脱していった。

 

 

 

 

 

PHASE-31「鍵を持つ者」      終わり

 




機体設定

ZGMF-EX78「ヴァルキュリア」

武装
アスカロン対艦刀×1
クスィフィアス・レールガン×2
カリドゥス複列位相砲×1
ビームシールド×2
ドラグーン機動兵装ウィング×12
ファングドラグーン独立機動ユニット×12
パルマ・フィオキーナ掌底ビーム砲×2
自動対空防御システム×2

パイロット:クーヤ・シルスカ

備考
プラントが全く新しい設計思想の元に開発した新型機動兵器。ドラグーンは2種類搭載されており、翼にマウントされている大型ドラグーンはビーム砲。リアスカート部分に格納されているファングドラグーンは、先端から側面に掛けてビーム刃を形成する接近戦用の武装となっている。アスカロンはこれまでの対艦刀とは一線を画する武装であり、ビーム刃、実体剣を備えるほか、ビーム刃部分からは斬撃を射出できるなど、多くのギミック的要素を備えており、戦術次第では様々な使用法が可能となっている。

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