機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-30「ニアミス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 的確かつ強烈。

 

 放たれる圧倒的な砲撃は、今にも不当な進撃を開始しようとしていた北米解放軍に対し、痛烈なカウンターを喰らわせていた。

 

 直撃を受けた機体は、手足や頭部、武装を破壊され、抵抗する力を強制的に奪われていく。

 

 屍の如く、大地へ転がるモビルスーツの残骸。

 

 対して、加害者たる存在は、遥か天空にある。

 

 吹きすさぶ吹雪の向こう。

 

 天を支配する絶対的な存在を象徴するように、12枚の蒼翼を雄々しく広げた機体は、他を圧倒するように睥睨して佇んでいる。

 

 エターナルフリーダム。

 

 昨今、巷間で噂される「オーブの魔王」。その特徴と一致している。

 

 初めは誰もが、何かの間違いだと思った。

 

 そもそも現在までのところ、自由オーブ軍の最前線は月にある。当然、彼等は目下の最大目標として、オーブ本国奪還のための橋頭堡である月の死守に全力を注ぐことが予想された。

 

 そこに来て、魔王はオーブ軍にとっても切り札的な存在である。ならば、その戦力は最重要拠点の防御に回されるものと考えられていた。

 

 だと言うのに、そんな大層な存在が戦線から遠く離れたスカンジナビアに現れるなど、誰が想像するだろう?

 

 偽物、あるいはハッタリ。

 

 いずれにしても、すぐに化けの皮ははがれる。

 

 そう判断して、一斉攻撃が開始された。

 

 地上にあって砲撃戦装備を持つ機体は、一斉に対空戦闘を開始し、空戦ユニットを装備した機体は、エターナルフリーダムへと殺到していく。

 

 圧倒的な物量で放たれる攻撃。

 

 これなら相手が本物だろうが偽物だろうが、一瞬で討ち取れるはず。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 「魔王」が動いた。

 

 否

 

 確かに動いたのは間違いないのだが、それを目視できた人間はいなかったのだ。

 

 次の瞬間、

 

 鮮やかな12枚の蒼翼は、彼等のすぐ目の前まで迫っていた。

 

 一瞬の出来事に、誰もが息を呑む隙すら無かった。

 

 残像すら視認できそうな速度で動いた魔王、エターナルフリーダムは、一瞬にして空中から迫る解放軍部隊に肉薄したのだ。

 

「行くぞッ!!」

 

 コックピットの中で、操縦桿を握るヒカルは鋭く叫ぶ。

 

 同時に鞘と兼用になっている両腰のレールガンから高周波振動ブレードを抜刀。速度を緩めずに斬り込んで行く。

 

 その段になって、ようやくエターナルフリーダムを捕捉する事に成功した北米解放軍も、迎撃の為に砲火を閃かせようとする。

 

 だが、遅い。

 

 解放軍の兵士達が砲撃の為に照準を合わせようとしている時、既にヒカルは攻撃の為の準備を全て終えていた。

 

 鋭い斬撃が、複合的に折り重なる。

 

 次の瞬間、3機のグロリアスが、腕を斬り裂かれる形で戦闘力を喪失した。

 

 尚も、諦め悪くビームライフルを向けて来ようとする敵がいるが、ヒカルに対してその程度の反応速度では相手にもならない。

 

 ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開するエターナルフリーダム。

 

 同時にもたらされるフル加速が、全ての攻撃を無意味な物に貶めた。

 

「この機体の真価を、ようやく発揮できる」

 

 眼下に敵の攻撃を見送りながら、ヒカルが苦笑交じりで呟く。

 

 その間にも、ヒカルは操縦桿を巧みに操り、華麗さすら感じさせる動きで解放軍からの攻撃を回避していく。

 

 まるで重力すら感じさせないようなその動きを前に、解放軍は完全に翻弄され切っていた。

 

 これまで実戦の場で披露する機会は無かったが、実のところエターナルフリーダムの真価を最大限に発揮できるのは、宇宙空間よりもむしろ大気圏内戦闘の方である。

 

 いかなる優れた空戦用機動兵器であっても、大気圏内での戦闘は大気摩擦と重力の束縛から来る機動力低下要素から逃れる事はできない。

 

 しかし、スクリーミングニンバスが大気摩擦を局限し、ヴォワチュール・リュミエールが絶大な機動力を発揮する事で、エターナルフリーダムはほぼ宇宙空間と変わらない機動性を発揮する事ができる。

 

 それ故に解放軍の機体は、初めて見るエターナルフリーダムの超絶機動に、全くと言って良い程、追随する事ができなかった。

 

 敵軍を引き離すと、ヒカルは機体を振り返らせながら高周波振動ブレードを鞘に戻す。

 

 同時にビームライフルを抜き、バラエーナ・プラズマ収束砲とクスィフィアス・レールガンを展開。6連装フルバーストを解放する。

 

 たちまち、追撃態勢に入ろうとしていた機体がフライトユニットを撃ち抜かれ、高度を維持できずに落下していく。

 

 更にヒカルは、地上へと目を向けると、そこに展開している部隊も容赦なくロックオンしていく。

 

 圧倒的な連射速度を前に、一軍を持ってしても相手にならない。

 

 北米解放軍にとって、初めて対峙するヒカルの存在は、正に「魔王」と称して間違いなかった。

 

 

 

 

 

 最前線に現れたエターナルフリーダムの猛攻を前に、北米解放軍の前衛部隊が必死の応戦を繰り広げている頃、後方では次の一手の準備に入っていた。

 

 ホバー駆動が轟音を上げて大地を疾走し、戦場となるエリアを周り込もうとしている。

 

 デストロイ級機動兵器ジェノサイド。

 

 前級の特徴だった可変飛行能力を敢えて排除し、代わりに火力と地上走行能力を強化した機体は、ホバーエンジン特有の滑らかさで大地を奔って行く。

 

 18年前のカーディナル戦役では、この機動性と高火力でもって、欧州戦線を席巻している。

 

 まさに、悪夢の象徴だった。

 

 そのジェノサイドが4機。

 

 それだけで、守り手のいないスカンジナビアを吹き飛ばして余りある。

 

 だが、

 

 そんな彼等の行く手を断固として遮るべく、赤い甲冑を纏った機体が舞い降りた。

 

「ヒカルが前線を押さえている内に、こちらは大物食いをやらせてもらうぞ」

 

 低い声で言い放つと、アステルは愛機であるギルティジャスティスを加速させる。

 

 同時に、背中に負ったリフターを分離、単独で突撃させつつ、本体もその後を追いかける。

 

 ジェノサイドもの方も、ギルティジャスティスの存在を認めて砲門を向けてくる。

 

 対して、アステルは放たれる攻撃を巧みに回避しながら、一気に接近するべく距離を詰める。

 

 やがて、ジェノサイドを自身の攻撃圏内に捉えるアステル。

 

 本体に先行する形で、リフターがジェノサイドに対して砲撃を仕掛ける。

 

 旋回しつつ、搭載するビームキャノンとインパルス砲を発射するリフター。

 

 しかし、ジェノサイドの方でも陽電子リフレクターを展開して対抗。リフターからの砲撃を遮る。

 

 しかし、そこで彼等の注意が横へと逸れた。

 

 すかさず、アステルは斬り込みを掛ける。

 

 両手にビームサーベルを抜いて構え、リフレクターの内側へと入ると同時に、一気にサーベルを振り抜く。

 

 巨大な機動兵器の装甲は、それだけで斜めに斬り裂かれた。

 

 勿論、それだけで、この巨大兵器を無力化する事はできない。

 

 だが、懐に飛び込んでしまえば、殆ど何もできないと言うデストロイ級機動兵器の弱点は、代を重ねた今でも健在なままである。

 

 密着した状態から更に、追撃の一刀を振るうアステル。

 

 先の斬撃に重ねるように放たれた剣閃は、今度こそ内部機構に深刻なダメージを与える。

 

 エンジンを斬り裂かれ、被害がコックピットにまで及んだジェノサイドは、その場にがっくりとうなだれるようにして停止する。

 

 やがて、内部から膨張するように大爆発を起こした。

 

 爆炎を背に受けながら、アステルは離脱しつつリフターを回収。同時に次の狙いを定める。

 

 そこに来てようやく、解放軍側もギルティジャスティスを脅威と断定し、ジェノサイド3機の砲火を集中させてくる。

 

 およそ機動兵器と言うカテゴリの中にあって、デストロイ級は火力の面では間違いなく世界最強である。

 

 そのデストロイ級機動兵器が3機揃って全火力を解放している様は、強烈を通り越して荘厳ですらある。

 

 しかし、圧倒的な光景と共に放たれる砲撃も、深紅の機体を追い詰める事は叶わない。

 

 網の目のように放たれる砲撃を、アステルは巧みな機動で回避しながら、着実に距離を詰めていく。

 

 迫るギルティジャスティス。

 

 対して、空振りを繰り返すジェノサイドの大火力は無力でしかない。

 

 例えるなら、巨熊の剛腕を、敏捷な雀蜂が紙一重で回避しているかのような光景だ。

 

 まるで空中を舞い踊るかのようなギルティジャスティスの動きに、ジェノサイドの照準は全く追いついていなかった。

 

 接近すると同時にアステルは脚部のビームブレードを起動、ジェノサイドから突き出しているアウフプラール・ドライツェーンを蹴り斬ると、更に踏み込んで、今度はビームサーベルをコックピット付近に突き込んだ。

 

 切っ先が、巨大機動兵器のエンジン部分を容赦なく貫く。

 

 とどめを刺したと判断したアステルが、機体を離脱させる。

 

 ジェノサイドが轟音と共に大地に倒れ伏したのは、その一拍後の事だった。

 

 

 

 

 

 大物食い、という意味では、こちらも同様である。

 

 上空からスカンジナビアへ越境しようとしているのは、飛行型デストロイ級であるインフェルノ3機。

 

 所謂、重爆撃機に近い性能を持つこの機体は、通常の機動兵器では到達できない圧倒的な高度から攻撃を行えると言うメリットがある。

 

 先の戦いでは、その飛行性能を活かして、東欧戦線ではプラント軍を圧倒したのだ。

 

 だが、そんな彼等の前に、予期せぬ壁が立ちはだかった。

 

 いっそ場違いと思える程、輝かしい黄金の装甲と翼を持った機体。

 

 リィスのテンメイアカツキは、インフェルノ部隊を遮って、空中から彼等の前へ迫っていた。

 

「流石に、動きは鈍らざるを得ないか。けど、この程度なら!!」

 

 気圧が低い事で出力が落ちているスラスターを強引に全開にしながら、リィスは一気に接近して行く。

 

 インフェルノ側も、搭載火器を振り翳してテンメイアカツキの接近を阻もうとするが、リィスはその全てを回避し、ムラマサ改対艦刀を抜刀。大剣モードに刀身を切り換える。

 

 慌てたように、空中で変形を開始するインフェルノ。

 

 しかし、

 

「今さら、遅い!!」

 

 リィスは馬乗りになるような形でインフェルノの上部に降り立つと、手にした対艦刀を容赦なく突き込む。

 

 デストロイ級機動兵器は、その巨体故に滅多な攻撃では致命傷を与えられない。

 

 「大きい」と言う事それ自体が、デストロイ級の武器なのだ。

 

 しかし、それも歴戦の場数を踏んだエースを前にしては大いに霞んでしまう。

 

 要するに戦術の問題であり、的確な場所に適切な武器で攻撃を仕掛ければ、無駄に恐れる必要は無いのだ。

 

 リィスがムラマサで突き刺した場所から、インフェルノは爆炎を噴き上げる。

 

 たちまち、巨大な機体がバランスを崩しながら高度を下げる。

 

 リィスの攻撃は、的確にインフェルノの弱点を貫いたのだ。

 

 一気にバランスが崩れ、煙を吹きながら高度を落としていくインフェルノ。やがて、地上に落下する前に、インフェルノの巨体は空中で爆発して四散した。

 

 その爆炎を背に受けながら、リィスは次の目標へと向かう。

 

 その頃には、変形を終えていた他のジェノサイドが、テンメイアカツキを目標にして砲門を開こうとしていた。

 

 放たれるアウフプラール・ドライツェーン。

 

 しかし、

 

 それを見て、リィスは不敵な笑みを浮かべた。

 

 迸る巨大な閃光。

 

 それをリィスは、あえて機体の装甲で受け止める。

 

 次の瞬間、ヤタノカガミ装甲が受けた閃光を、そのまま相手へと弾き返した。

 

 この、全く予期し得なかった反撃を前に、インフェルノは成す術も無い。とっさに回避はできないし、攻撃機動中である為、陽電子リフレクターを張る事も出来ない。

 

 自らが放った攻撃が、自らを貫く。

 

 その悪夢のような光景の元、インフェルノは空中で大爆発を起こした。

 

 その爆炎を横目に見ながら、リィスは黄金の翼を羽ばたかせて次の目標へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 齎された報告を前に、カガリは苦笑していた。

 

 目の前では、突如現れた味方が圧倒的な戦闘力を発揮して、北米解放軍を押し返している様子が見て取れる。

 

 数はたったの3機。

 

 しかしその、予期し得なかった3機の介入によって、今にもす感じな場に侵攻しようとしていた北米解放軍は足並みを乱され、陣形は壊乱しつつあった。

 

 まったく、

 

 呆れてしまう。

 

 カガリはコックピットのモニターに映る3機の活躍を見ながら呟く。

 

 こちらはつい先刻まで、悲壮な覚悟で戦場に立とうとしていたというのに。それをあいつらと来た日には、自分の覚悟など、まるで鼻で笑い飛ばすように乗り越えて行ってしまうのだから。

 

《カガリ殿、我々は・・・・・・》

「ああ、そのまま待機だ。間違っても戦闘に加わろうなどと思わないように。巻き込まれるとシャレにならんぞ」

 

 今後の方針について意見を求めてきた自警部隊の隊員に、カガリは自制の指示を出す。

 

 彼らの多くは旧スカンジナビア騎士団の生き残りであり、18年前の戦争で祖国を守れなかった悔悟から、自主的に自治区の警備に当たっている者達である。

 

 彼等の祖国に掛ける思いは熱く、そして衰退したスカンジナビアにとっては宝石よりも貴重な存在である。今回の戦いにおいても、誰1人として臆することなく戦場に立っている。

 

 もっとも、祖国を守りたいという彼らの熱意は買うが、あのハイレベルの戦闘に追随できる物ではない。

 

 ここは大人しく、この場で待機して、万が一彼等が抜かれた際に備えるのが得策であった。

 

 それにしても、

 

 カガリは目を閉じて苦笑する。

 

 三つ子の魂百までというが、子供の頃、いつも無茶をしようとする自分を止めてくれるのは仲間達だった。

 

 そして今、その仲間の子供たちが自分を止める役割をしてくれている。

 

 まったく

 

 いつまで経っても、変わらない物という物はあるものだ。

 

 妙に感慨深い思いに包まれながら、カガリは込み上げる可笑しさから笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 ソードブレイカーのコックピットで、ミシェルは舌打ちを漏らしていた。

 

 全く予期し得なかった敵の襲撃を前に、北米解放軍の前衛部隊は総崩れに近い形になっている。

 

「冗談じゃないっての!!」

 

 言いながら、ミシェルは機体を前へと進ませる。

 

 前衛の損害は、未だに致命的な物ではない。後方に退避して立て直す事は十分可能である。

 

 しかし、このままでは士気にも影響しかねない。

 

 北米解放軍はただでさえ根無し草の放浪軍だ。軍勢としての体を保つだけでも苦労は並大抵ではない。そこを、「勝利」と言う麻薬入りのエサを与える事で士気の鈍りを麻痺させて維持しているのである。この時点での敗北は、北米解放軍にとって致命傷にもなりかねなかった。

 

 北米解放軍が、たった3機の敵に翻弄されるなど、笑い話も良い所である。

 

 更に当然の事ながら、プラント軍やユーラシア連邦軍も、北米解放軍の行方を突きとめて、今ごろは討伐隊を差し向けている事だろう。それを考えれば、これ以上スカンジナビア相手に時間を掛ける事は許されない。

 

 歯止めをかける必要がある。

 

 そして、それができるのは、この中でミシェルだけだった。

 

「俺の相手は、お前だ!!」

 

 ミシェルは、立ちはだかった3機の中で、最も派手な活躍をしているエターナルフリーダムに目をつけ、突撃を仕掛ける。

 

 一方、ヒカルも突っ込んでくるソードブレイカーに気付き、機体を振り返らせた。

 

「新型かッ!!」

 

 叫びながら、ビームライフルを放ってミシェルの動きを牽制しようとするヒカル。

 

 対抗するように、ミシェルもまたビームライフルを放ち、同時にドラグーンを射出、攻撃に向かわせる。

 

 縦横に放たれる砲火。

 

 それをヒカルは難なく回避しながら、ソードブレイカーへと迫る。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちするミシェル。

 

 ドラグーンの攻撃があっさりとすり抜けられた事で、僅かな焦りが生じた。

 

 そこへヒカルは、ビームサーベルを抜刀して斬り掛かる。

 

 対抗するように、自身もビームサーベルを抜いて構えるミシェル。

 

 互いの剣をシールドで弾き、体勢が崩れたのを強引に立て直しながら更なる斬撃を繰り出す。

 

 ヒカルとミシェル。

 

 かつて、実の兄弟のように仲の良かった2人が、互いの事を認識しないまま、剣を向け合っていた。

 

 ヒカルはエターナルフリーダムの機動性をフルに活用しながら、ソードブレイカーを追い詰めていく。

 

 対してミシェルは、ドラグーンを引き戻して機体にマウントすると、右手にビームライフル、左手にビームサーベルを構えてエターナルフリーダムを迎え撃つ。

 

 ビームライフルでヒカルの動きを牽制するミシェル。

 

 ライフルでの攻撃は、あくまでも囮。ヒカルの動きを鈍らせて、その隙に斬り込むのがミシェル本来の狙いである。

 

 狙い通り、エターナルフリーダムが回避空間を限定され、動きを鈍らせた隙を突いて斬り掛かって行くソードブレイカー。

 

 しかしヒカルも、ミシェルが攻撃を切り換える一瞬のすきを見逃さず、機体を上昇させて、振り下ろされた斬撃を回避。同時に腰のレールガンを展開して砲撃を叩き付ける。

 

 その動きに、舌打ちするミシェル。

 

 とっさにシールドを掲げて砲弾を防御すると、再びエターナルフリーダムを追撃する構えを見せる。

 

 対抗するように、ヒカルも迎え撃つ構えを見せる。

 

「一気にけりをつけるぞ!!」

 

 凛とした声で言い放つと、ヒカルはビームサーベルに変えてティルフィング対艦刀を抜刀、同時にヴォワチュール・リュミエールを展開して斬り込む構えを見せる。

 

 対して、ミシェルもまた、相手が勝負を掛ける事を読むと、ドラグーンを射出して自機を取り囲むように展開、一斉砲撃の準備を整える。

 

 次の瞬間、

 

 12枚の蒼翼が羽ばたき、エターナルフリーダムが極寒の空を飛翔する。

 

 対して、ドラグーンによる一斉砲撃を仕掛けるソードブレイカー。

 

 閃光が大気を斬り裂き、迸った熱が吹雪を蒸発させる。

 

 対してヒカルは、迫りくる閃光の軌跡を見極め機体をわずかに上昇、そのままひねり込むようにして斬り込む。

 

「クッ!?」

 

 その様子に、思わず舌打ちするミシェル。

 

 ソードブレイカーの足元から、斬り上げるようにティルフィングを翳して斬り掛かってくるエターナルフリーダム。

 

 対して、

 

 ミシェルは、辛うじて引き戻しが可能な位置にあったドラグーン1基に指示を飛ばし、執念の攻撃を仕掛ける。

 

 再度、放たれる閃光。

 

 その軌跡が、ヒカルの視界の中で迫ってくる。

 

 互いに全力を振り絞った状況。

 

 次の瞬間、

 

 エターナルフリーダムは、僅かに首を傾ける事で閃光を紙一重で回避する。

 

 顔を引きつらせるミシェル。

 

 振り上げられるティルフィングを前に、もはや回避が間に合わないのは語るまでも無い。

 

 次の瞬間、

 

 ソードブレイカーの左腕が斬り飛ばされた。

 

「チッ!?」

 

 ミシェルは後退しながら、ドラグーンの向きを変えてエターナルフリーダムに再度の攻撃を仕掛けようとする。

 

 だが、そのビームの雨をすり抜けるようにして動くと、ヒカルは再度、ティルフィングを振りかぶる。

 

 迫る大剣の刃。

 

 回避は不可能と判断し、とっさに衝撃に備えるミシェル。

 

 今度こそダメか?

 

 そう思った、次の瞬間だった。

 

「ッ!?」

 

 僅かな呻き声と共に、ヒカルはソードブレイカーへの攻撃を中止して機体を翻らせる。

 

 そこへ、凄まじい砲撃が駆け抜ける。

 

 虹を思わせる強烈な砲撃は、デストロイ級機動兵器と比べても遜色無いと思われる程の威力を示している。

 

 とっさに上昇を掛けるエターナルフリーダムを追いかけるように、連続して飛来する攻撃。

 

「何なんだ!?」

 

 必死に回避運動を繰り返しながら、ヒカルが向けた視線を先。

 

 そこに、1機の機動兵器が砲撃体勢を整えた状態で、エターナルフリーダムを睨み付けていた。

 

 砲撃用の武装を多数装備しているが、本体の四肢はほっそりしており、見る者に俊敏な印象を与える。

 

 ありていに言えば、フリーダム級機動兵器とジャスティス級機動兵器を折衷したような姿であった。

 

 背部には合計4門の砲を背負い、腰にはレールガン、両手にビームライフルを装備し、口部にはツォーンと思しき砲門、胸部にはスキュラを備えている。もっとも、背中にはフリーダムのような翼は無く、エールストライカーのように4枚のスタビライザーを装備しているが。

 

《待たせたな、ミシェル!!》

《後は、あたし達に任せなさい!!》

 

 スピーカーから、力強い声が聞こえてきて、ミシェルは思わず安堵の笑みを浮かべた。

 

「オーギュスト、ジーナ、間に合ったのか!!」

 

 ミシェルの歓喜に答えるように、新型機動兵器がエターナルフリーダムへと迫る。

 

 GAT-X910「ディザスター」

 

 かつて、地球連合軍が秘密裏に入手したフリーダムとジャスティスのデータを基に、その両者の特徴を掛け合わせた形である。

 

 2種類の毛色が違う機体データを基にしている為、その性能を十全に引き出せるように、コックピットは複座式を採用。前席の操縦と白兵戦担当はオーギュストが、砲撃戦は後席でジーナが担っている。

 

 背部に装備した4門のインパルス砲を放ちつつ、エターナルフリーダムに接近するディザスター。

 

 対抗するように、ヒカルもバラエーナ・プラズマ収束砲で応戦しつつ距離を詰める。

 

 互いに、同時に剣を抜刀する。

 

 交錯するビームサーベル。

 

 吹雪の中で軌跡を描いた互いの剣は、相手を捉える事は無く、空しく空を切る。

 

 すれ違う、エターナルフリーダムとディザスター。

 

 次の瞬間、全く同じタイミングで機体を振り返らせた。

 

 両者、構えるビームライフル。

 

 閃光が、2度、3度と互いを掠めるが、しかしやはり標的を捉えられない。

 

 旋回しながらの砲撃である為、照準が修正しきれないのだ。

 

「こうなったら!!」

 

 ヒカルは叫びながらヴォワチュール・リュミエールを展開。一気に接近を図る。

 

 迫る蒼翼。

 

 対して、

 

 ディザスターは、大きく脚部を振り上げた。

 

「ッ!?」

 

 その動きを見て、とっさに機体を上昇させて回避運動を行うヒカル。

 

 駆け抜けた瞬間、ヒカルはディザスターの脛部分にビーム刃が形成されているのを見た。

 

  辛うじて上昇が速かったため、ディザスターの攻撃はエターナルフリーダムを捉える事は無かったが、ジャスティスの特徴である接近戦能力も備えている事は間違いない。

 

 互いの距離が開く。

 

 同時に、ディザスターは背部からビームキャノンを跳ね上げ、腰のレールガンを展開、更に両手のビームサーベル、口部のツォーン、胸部のスキュラを構える。

 

 ほぼ同時に、対抗するようにしてエターナルフリーダムもビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開した。

 

 トリガーを絞るタイミングは同時。

 

 両者の間で、閃光が迸る。

 

 凄まじい熱量を伴った砲撃が中間地点で激突し合い、対消滅のスパークを迸らせる。

 

 視界が一気に白色に染められる。

 

 誰もが、強烈な閃光と熱量に目を奪われる中、

 

 いち早く次の行動を起こしたのはヒカルだった。

 

 ティルフィング対艦刀を構えて斬り込んで行くエターナルフリーダム。

 

 対抗するように、ディザスターも砲撃武装を格納し、両手のビームサーベルと両脚部のビームブレードを構えて迎え撃つ。

 

 真っ向からティルフィングを振り下ろすヒカル。

 

 対してオーギュストは、その攻撃を紙一重で回避しつつ、4本の刃を巧みに操って連続攻撃を仕掛ける。

 

 複雑な軌跡を描くディザスターの斬撃は、しかしエターナルフリーダムを捉えるには至らない。

 

 ヒカルは回避行動やシールドによる防御を織り交ぜて、全ての攻撃を防ぎきる。

 

 しかし、

 

「強い・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは緊張も顕に呟きを漏らす。

 

 一方の、オーギュストとジーナも、緊張の面持ちでエターナルフリーダムを見詰めていた。

 

「オーギュスト、あいつは・・・・・・」

「ああ、間違いない。《羽根付き》だ」

 

 オーギュストは、苦笑にも似た笑みと共にエターナルフリーダムを見やる。

 

 《羽根付き》

 

 かつて、北米で猛威を振るったヒカルの駆るセレスティを、北米解放軍や北米統一戦線の者達はそう呼んでいた。

 

 単に姿形が似ていると言うだけではない。

 

 エターナルフリーダムは、かつての《羽根付き》と同様の動きや癖を見せている。かつて何度も対峙したオーギュストとジーナだから判る。操っているパイロットが同一人物であると。

 

 何と言う巡り合わせだろうか。

 

 かつて自分達が北米から追い出された際、最も大きな役割を果たしていた相手が、時を越えて再び自分達の前に現れたのだから。

 

 オーギュストは再びビームライフルを構え、砲撃のタイミングを計る。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィングを構え直す。

 

 その時だった。

 

《オーギュスト、撤退だ》

 

 突如、スピーカーから聞こえてきたシェムハザの声に、動きを止めるオーギュスト。

 

「閣下ッ!?」

《残念だが、我々は時間を掛け過ぎた。ユーラシア連邦軍とプラント軍が迫っている。これ以上は無理だ》

 

 無念そうな声を滲ませて、シェムハザは言った。

 

 ここでの北米解放軍の目的は、拠点建設の為の土地を得る事だったが、背後から迫るプラント軍やユーラシア連邦軍の事を考えれば、既にそのタイミングは逸したと判断せざるを得なかった。

 

「しかし閣下、それでは我々は!!」

《判っている。悔しいのは私も同じだ》

 

 言い募るオーギュストに対し、シェムハザは諭すように、それでいて断固たる口調で告げる。

 

 ここで負ければ、自分達の勢力がさらに大きく後退する事はシェムハザにも判っている。北米解放の日も、また遠のく事だろう。

 

 しかし、いかに足掻いたところで、現状は毛の先程も変えようがない。

 

 仮に今から強引にスカンジナビアに侵入したとしても、基地建設を始めたところで追いつかれてしまうのは明白だった。

 

 ギリッと、歯を噛み鳴らすオーギュスト。

 

 姿を見る事はできないが、恐らく後席のジーナも同じ表情をしている筈だった。

 

 しかし、如何に悔しがったところでどうにもならない。

 

 スカンジナビアが予想外の抵抗を示した時点で、オーギュスト達の負けは確定していたも同然だったのだ。

 

 北米を解放する事が目的である以上、ここで解放軍が全滅する事は、絶対に許されなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・無念です」

 

 沈痛な表情と共に呟くと、オーギュストは撤退信号弾を撃ち上げる。

 

 ユーラシアを脱出して以来、ようやく安住の地が得られると期待していたと言うのに、それが儚く消え去ってしまった。

 

 これで、北米解放軍は再び拠るべき地を持たない流浪の軍になってしまった。

 

 果たして、

 

 自分達はどこへ向かおうとしているのか?

 

 そして、本当に北米が解放される日は来るのか?

 

 それは、誰にも判らなかった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 ヒカルはエターナルフリーダムのコックピットの中でヘルメットを取ると、大きく息を吐いた。

 

 視界の彼方では、背を向けて撤退していく北米解放軍の姿が見える。

 

 それを追い討つ意志は、ヒカルには無い。と言うより、現実的に不可能に近いだろう。

 

 追撃する気力も、そして体力も、今のヒカルには残されていなかった。

 

 どうやら状況的には、アステルやリィスも同様であるらしい。ギルティジャスティスとテンメイアカツキもまた、撤退していく北米解放軍を遠巻きに見守っているのが見える。

 

 流石に、今回はきつかった。

 

 何しろ、たった3機でデストロイ級機動兵器を含む一軍を相手に戦い抜いたのだから。

 

 しかし、その奮戦があったからこそ、どうにかスカンジナビアを守り抜く事が出来た。

 

「・・・・・・・・・・・・それにしても」

 

 ヒカルはふと、先程交戦した敵の新型の事を思い出していた。

 

 ディザスターの事ではない。そちらも気になるが、ヒカルの中でより大きなウェイトを占めているのは、その直前に戦ったソードブレイカーの方だった。

 

 初めて対峙するはずの機体。

 

 しかしどこか、ヒカルの心に引っ掛かる違和感のような物が拭えなかった。

 

 それが何なのか、考えようとするたびに、思考の掌から真実がすり抜けていくような感覚がある。

 

 と、ヒカルの思考を遮るように、通信機から音声が聞こえてきた。

 

《ヒカル、向こうの代表と連絡が取れたよ。受け入れを許可してくれるって》

 

 通信相手はカノンだった。

 

 先のレオスの造反で機体を失った彼女は、今回、同行のアランと共に後方の輸送機の中で待機していた。

 

 その間にスカンジナビア自治区の代表とコンタクトを取ってくれたらしかった。

 

「ああ、判った」

 

 ヒカルは返事を返すと、エターナルフリーダムの12翼を翻し、仲間の元へと戻って行く。

 

 取りあえず、一仕事は終えた。

 

 久しぶりに感じる重力の心地よい感触に身を委ねながら、ヒカルは満ち足りた充足感に心を浸からせていた。

 

 

 

 

 

PHASE-30「ニアミス」      終わり

 





機体設定

GAT-X910「ディザスター」

武装
ビームライフル×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
ビームブレード×2
超高インパルスキャノン砲×4
レールガン×2
スキュラ複列位相砲×1
ツォーン複列位相砲×1
12・7ミリ自動対空砲塔システム×2

パイロット:オーギュスト・ヴィラン
ガンナー:ジーナ・エイフラム

備考
過去に地球連合軍が入手したフリーダムとジャスティスのデータを基に、両者の特徴を掛け合わせる形で完成させた機体。核動力を採用している関係から、高い出力を誇る反面、扱いが非常に難しく、操縦担当と砲撃担当で役割分担する形となった。
劣勢著しい北米解放軍が、最後の切り札として戦線投入した。

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