機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-29「涙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはかつて、スカンジナビア王国の名前で呼ばれ、華やかな北欧文化をCE時代に継承する、優雅さと質実さを併せ持った国だった。

 

 しかし、CE77。敵対関係にあった地球連合軍が、スカンジナビア王国に対し大挙侵攻を開始した事で、この国の運命を司る歯車は徹底的に破綻してしまった。

 

 精強を誇ったスカンジナビア騎士団は壊滅し、戦火に飲み込まれて多くの国民が命を落とした。

 

 戦いの最中、王国の象徴的存在であった国王と第一王女も命を落とした。

 

 更に地球連合軍は、大量破壊兵器オラクルを使用して、スカンジナビア王国の各都市に対して、同時多発核攻撃を敢行、これによりスカンジナビアはありとあらゆる物を破壊し尽くされたのだった。

 

 人、物、文化、誇り。

 

 スカンジナビア王国と言う国を形作っていたありとあらゆる物が、根こそぎ奪い尽くされていったのだ。

 

 戦争が終わった後、かつてスカンジナビア王国と呼ばれた場所には何も残っていなかった。

 

 そうして荒れ果てた荒野を、残っていたスカンジナビアの人々は少しずつ少しずつ復興の道を築いていき、昨今ではようやく放射能の除染も進み、人が住めるエリアも広がろうとしていた。

 

 そんな矢先での、北米解放軍の侵攻である。

 

 まさに青天の霹靂とでも称すべき事態であり、スカンジナビアにとっては絶望が形となって自分達に襲い掛かって来たに等しかった。

 

「何たる事だ・・・・・・・・・・・・」

 

 フィリップ・キルキスは、自分達に押し迫る運命に対し嘆息し、頭を抱えるしかなかった。

 

 ここは旧スカンジナビア王国領ムルマンスク。

 

 18年前の戦いでほとんどの都市が壊滅したスカンジナビアの中で、唯一、攻撃を免れたこの街が、今はスカンジナビア行政の中心を担っていた。

 

 スカンジナビア中立自治区の代表として、復興支援の指揮を執るフィリップは、事実上、スカンジナビアのトップであると言える。

 

 とは言え、その地位に自分が相応しいと思えた事は、フィリップにはこれまで一度も無かった。

 

 18年前、旧スカンジナビア王国の王太子と言う立場にありながら、敵の甘言に乗って父と妹を死に追いやり、国が滅亡するきっかけを作ったのが、このフィリップである。

 

 戦後、復興支援を行うNGO団体を立ち上げ、精力的に活動してきたフィリップだが、己の犯した罪が、それで償えたなどとは毛ほども思ってはいない。

 

 王家の証であるシンセミアの名を捨て、一庶民として先頭に立って復興事業を推し進めてきたフィリップは、この18年間、大国の干渉をどうにか排除しながらやってきたのだ。

 

 だがここで、予期しなかった大きな壁が、彼等の前に立ちはだかる事になった。

 

「旦那様・・・・・・」

 

 心配する妻を安心させるように、フィリップはその肩を優しく叩く。

 

 フィリップの妻、ミーシャはかつて、フィリップの妹であり、非業の死を遂げた故ユーリア王女付きのメイドをしていた女性である。

 

 戦後、ミーシャと結婚したフィリップは、あえてシンセミアの名を捨てて、市井の中に身を投じる決断をした。虚栄心から父や妹を死なせ、国を滅ぼした自分に、王家の名を名乗る資格は無いと思ったからである。

 

「それで、この後どうするのです?」

 

 尋ねたのは、同席していたカガリ・ユラ・アスハであった。

 

 カーペンタリア条約の後、スカンジナビアに身を寄せ(事実上の亡命)ていたカガリは、危急の事態と言う事で、フィリップから呼び出しを受けていた。

 

 秘密裏の亡命と言う事で、表立って動く事の出来ないカガリだったが、亡命後は非公式にスカンジナビア支援の為に動いている。

 

 今でこそ公務から引退しているが、元々は一国を率いた代表である。その政治的影響力は未だに大きい。

 

 実際、カガリの直接的な助力でフィリップたちが得られた物は大きく、この2年で復興もこれまでにないほどに進んでいた。

 

 しかし、今回の事態は、流石のカガリでも対応できる範疇を越えていた。

 

「向こうの要求は、土地の一部借用でしたね」

「はい。部隊が駐留する為の基地建設に使いたいとの事でした」

 

 フィリップの返事を聞き、カガリは黙考する。

 

 恐らく、相手の要求はそれだけではないだろう。否、今はそれだけであったとしても、基地を作った後はそれを既成事実として、あれこれと要求を追加してくるのは目に見えている。

 

 そして当然、そうなるとプラントやユーラシア連邦も黙ってはいない。「スカンジナビアはシェムハザ派と手を組んで反旗を翻したと」判断し(あるいはそのようにこじつけて)、兵をあげる事だろう。

 

 そうなると、事は18年前の再現となる。ただし、今回はスカンジナビアには碌な戦力は残されていない。勝率はゼロどころかマイナスであった。

 

 つまり今回の要求は、受け入れた時点でスカンジナビアの負けは確定する訳である。

 

 しかし、受け入れなければ、今度はシェムハザに侵攻の口実を与える事になる。彼等もまた、圧倒的な戦力を有している事を考えれば、侮れる相手ではない。

 

 一応、スカンジナビアにも戦力はあるが、それは微々たる物であり、かつて精強を誇ったスカンジナビア騎士団とは比べるべくもない。とても一軍を相手に戦える物ではなかった。

 

「残る手段は、逃げるしかないな」

 

 苦りきった調子でカガリは言った。

 

 戦って勝てないなら、逃げるしかない。

 

 幸いと言うべきか、先日の月の戦いで自由オーブ軍が勝利し、コペルニクスをはじめとする月の各都市は自治を取り戻すに至っている。何とか地球を脱出して月に行くことができれば、命を長らえる事ができるだろう。

 

 しかし、

 

「折角ですが、カガリさん。私は逃げる気はありません」

 

 きっぱりとした調子で、フィリップは言った。

 

 その表情に見て取れるのは、明らかなる悲壮感と共に、どこか諦念を滲ませたような感じである。

 

「旦那様、それは・・・・・・」

 

 心配そうな顔をする妻を制し、フィリップはカガリに向き直る。

 

「ここで逃げたら、結局のところ18年前の繰り返しです。私はもう逃げない。スカンジナビアが復興するその日まで。そう、父と妹に誓ったのです」

 

 不退転の意志を、胸を張って告げるフィリップに、カガリは感嘆を感じずにはいられなかった。

 

 かつて、虚栄心から国を滅ぼしたフィリップを知っているカガリからすれば、この変化は驚くべき物であると言える。

 

 時が人を変えると言うが、フィリップに限って言えば良い方に変化したのは間違いなかった。

 

「カガリさん。あなた方は脱出してください。伝手はあまり多くありませんが、シャトルが使える施設にいくつか心当たりがあります。そこから月へ・・・・・・」

「いや」

 

 フィリップの言葉を遮り、カガリもまた決意を固めた顔で向き直る。

 

「機体を借りるぞ、私も出撃させてもらう」

 

 颯爽と言い放つカガリ。

 

 事こうなった以上、一戦交える事は避けられない。

 

 引退したとは言え、カガリもかつては戦場に立ち、モビルスーツを駆って戦った身である。

 

 勿論、自分1人で押し寄せる大軍を防ぎきれるとは、カガリも思ってはいない。

 

 しかし、既に事の次第はターミナルを介して自由オーブ軍に送ってある。もしムウやユウキが事態をすれば、どうにかして援軍を送ってくれるはず。

 

 それまで持ちこたえる事ができれば充分なはずだった。

 

 

 

 

 

 気が進まない。

 

 愛機のコックピットに座しながら、ミシェル・フラガは呟きを漏らした。

 

 自分が軍人であると言う事に誇りと自負を持つミシェルにとって、戦う事はある意味、人生の一部であると言える。

 

 現在、北米解放軍はコラ半島のキーロフスクに布陣して、ムルマンスク侵攻の機を伺っている。

 

 命令があり次第、すぐさま進軍を開始する手はずなのだが、そんな中でもミシェルは不満を隠しきれなかった。

 

 強大な敵と戦う事を、ミシェルは決して恐れはしない。

 

 勿論、そうした感情は一般人の目から見れば、狂気にしか映らない事だろう。褒められた物でない事は確かである。

 

 しかし「武人」としての誇りと矜持を持つミシェルにとっては、戦うと言う事自体が、生きがいと言っても良い。その結果として命を投げ出す事になったとしても、それはそれでミシェルには本懐でもあった。

 

 しかるに、今回の任務はミシェルにとって、徹頭徹尾、納得のいかない物であった。

 

 拠点建設に最適な土地を得る為に、スカンジナビア中立自治区へ侵攻する。

 

 確かに、ユーラシア連邦領を脱出した北米解放軍は、現在のところ根無し草に近い。保有戦力こそ強大だが、それを支える為に必要不可欠な後方支援体制が貧弱すぎた。

 

 早急な拠点の確保が必要であると言う、考え方には賛同できる。

 

 しかし、今のスカンジナビアは碌な防衛戦力の無い、裸の国である。否、国ですらない。今はただ、荒れ果てた荒野を持つだけの「未開地」だ。

 

 そのような場所へ、圧倒的な武力を持って侵攻する。

 

 話にならない。これでは子供のイジメではないか。否、大の大人が子供の物を力ずくで奪おうとしているに等しい。いずれにしても、見ていて気分の良い物ではなかった。

 

 その事を考えると、ミシェルは再び嘆息してしまう。

 

 仲間の為に戦うと誓った心に偽りはない。今も、オーギュストやジーナ、更にはシェムハザの為に戦い抜こうと思っている。

 

 しかし、このような一方的な殺戮を予定した作戦に駆り出されるのは、ミシェルの本意ではなかった。

 

 とは言え、任務は任務である。命令をたがえる心算もまた、ミシェルには無かった。

 

 更に言えば、自分達には早急に拠点となる地が必要なのも確かである。ならば、えり好みをしている時ではないのも事実だろう。

 

 現在、ミシェルは全軍を預かる立場となって戦線に立っている。

 

 本来なら彼の上官であるオーギュストやジーナが、この役割を担う筈なのだが、2人は今、新兵器の調整を行っている最中である為、戦線には加わっていない。

 

 だが、ミシェルの配下には、ジェノサイドやインフェルノと言ったデストロイ級機動兵器を始め、多くの戦力がある。

 

 命令が下れば、これらが一気にスカンジナビア領へ雪崩込む事になる。

 

 鶏に牛刀どころか、蟻一匹潰すのにロードローラーを使用するような物であった。

 

「さっさと降伏してくれりゃ、それに越したことはないんだがね」

 

 自分の希望的観測を呟いて、深くため息を吐く。

 

 もっとも、スカンジナビアにはスカンジナビアなりの矜持があり、言い分もあるだのだろうから。

 

 実際のところミシェルは、自分の希望がかなえられる可能性は、ほぼ完全に絶望視しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分も前線部隊に配属されたわけだから、あちこち盥回しにされる事については、既に考慮に入れていた事である。

 

 もっとも、いきなり地球に行けなどと言われた事については、流石に面食らわずにはいられなかったが。

 

 地球へと向かう艦の中で、手にしたカップを口に運びながら、レミリア・バニッシュは密かに嘆息した。

 

 つくづく、自分が飼い犬である事を意識せずにはいられない。

 

 それともグルックやPⅡは、自分の所有権を主張する為に、敢えてレミリアを使い走りさせているのだろうか? だとしたら、随分と陰険な話である。

 

 いくら考えても答えが出る訳ではないし、答が出たところで却って忸怩たる要素が増えるだけなのだが、それでも考えずにはいられない辺り、レミリア自身、既に状況にがんじがらめにされている事を現していた。

 

「どうかしましたか、レミリア?」

 

 そんなレミリアの不審な態度に、向かいに座ったアルマが小首を傾げて問いかけてくる。

 

 今回、向かう先が地球と言う事で、アルマを始めユニウス教団の信徒達も、ザフト艦に同乗していたのだ。

 

 レミリアとしては嬉しい限りである。

 

 何しろ、軍内に味方のいないレミリアにとって、アルマは唯一の友達である。そんな彼女が傍らにいてくれる事で、レミリアの精神的負担は格段に軽くなっている。

 

 特に、愛する姉と引き離されて久しい状況にあっては、尚更、アルマが齎してくれる心の充足は計り知れなかった。

 

「ん、ちょっとね。いや、何でもないんだ。ちょっと考え事してただけ」

「・・・・・・そうですか」

 

 どこか言い訳めいた形で会話を遮断するレミリアを不審に思いながらも、仮面の少女はそれ以上追及してくることは無かった。

 

 友達とは言え、踏み込んではまずい一線と言う物がある。それを弁えているからこそ、アルマは深く踏み込もうとはしなかったのである。

 

 そこでアルマは、話題を変えるようにしてレミリアに改めて向き直った。

 

「それにしても、残念です」

「ん、何が?」

 

 テーブルの上の焼き菓子に手を伸ばしながら、レミリアはキョトンとしてアルマを見返す。

 

 対してアルマは、嘆息しながらいかにも残念そうに言った。

 

「折角、地球に行くんですから、レミリアをもっと色々な場所に案内できたら、と思っていたのですけど」

「いや、そもそも遊びに行くわけじゃないんだけど・・・・・・」

 

 そう言って、やれやれと肩を竦めるアルマに対して、レミリアは思わず苦笑してしまった。

 

 彼女達が地球に向かっているのは無論、物見遊山の為ではない。

 

 ユーラシア連邦を脱出して、各地を転戦していたシェムハザ派、要するに北米解放軍が、スカンジナビア中立自治区の境界線付近に集結しつつあると言う情報を得た為である。

 

 目的は恐らく、中立自治区の占領にあると考えられた。

 

 現在、急いで再編成を終えたプラント軍の一部が、これを追撃すべく北上しているが、何しろ欧州戦線で大打撃を受けた直後である為、僅かな部隊しか派遣できないのが現状である。

 

 更に本国もまた、先の月戦線における敗退が尾を引き、新たなる増援を送る事ができない。

 

 そこで、レミリア達特殊作戦部隊に、同盟軍としてプラントに逗留していたユニウス教団軍が増援部隊として出撃した訳である。

 

 そんな訳で、アルマが言うように遊び歩いている暇はないのである。

 

「こっそり抜け出せば、何とかなるのでは?」

「いや、無理だって。てか、いつもそんな事してる訳?」

「はい。退屈な時は教義を抜け出したりしています」

 

 割ととんでもない事を、アルマはさらりと言ってのける。

 

 こんなのが象徴で、ユニウス教団は大丈夫なのだろうか? と、レミリアは他人事ながら割と本気で心配してしまう。

 

「もっとも、時々見つかって、教祖様に叱られる事もありますが」

「そりゃ、そーでしょ」

 

 天下に名だたるユニウス教団の聖女とは思えない腰の軽さである。と言うか、こっそり外出するとき、あの仮面のまま外に出るのだろうか? とか疑問に思ってしまう。

 

 思わぬ友人の能天気さに触れ、レミリアは知らずに溜息をついた。

 

「ボク、アルマはもうちょっと真面目で大人しい娘だと思ってた」

「・・・・・・なかなか失礼ですね、レミリア」

 

 仮面の下でムッと、唇を尖らせるアルマ。

 

 そう言えば、出会いからしてぶっ飛んでいた事を、レミリアは今さらながら思い出す。何しろ、出会ったばかりのレミリアに手を貸して、カノンの脱獄に協力してくれたりもしたのだから。

 

 勿論、その事に関してはこの上なく感謝しているが、外見の清楚さに、完全に騙されていたことは否めなかった。

 

「ところで・・・・・・・・・・・・」

 

 紅茶を飲み終えたアルマは、ふと思い立ったように、レミリアの傍らを指差して尋ねた。

 

「レミリアはいつも、何を聞いてらっしゃるのですか?」

 

 アルマが指差したのは、レミリアがいつも持ち歩いているポータブル・プレイヤーである。型は一昔前の古い物であるが、使い込んで手入れもしてあるため、今でも問題なく使う事ができる。

 

 レミリアは嬉しそうにプレイヤーを持つと、ヘッドホンをいじりながら説明した。

 

「ラクス・クラインの歌だよ。知ってるでしょ、ラクス?」

「ラクス・クラインと言えば・・・・・・少し前に共和連合の事務総長をされていた方ですよね。その前はプラントの議長をなさっていたとか。そのような方が、歌を?」

 

 キョトンとするアルマ。

 

 どうにも会話が噛みあっていない事に首を傾げるレミリアだが、すぐにハタと思い付いて、補足説明に入った。

 

「そっかそっか、ファンじゃないとあんまり判んないよね。ラクス・クラインはさ、10代の頃に芸能界で活躍していたんだよ。その頃は《プラントの歌姫》なんて名前で呼ばれててさ。あ、DVD、もあるんだけど・・・・・・しまった、家に置いてきちゃった。でも、すごく可愛いくてさッ・・・・・・」

 

 途端に、マニア魂に火が付いたように、流水の如き怒涛の説明に入るレミリア。

 

 対してアルマは、にこにこと笑いながら、レミリアの説明を聞き入っている。

 

 正直、これまでラクス・クラインが芸能活動をしていたなどとは知らなかったアルマからすれば、彼女に対する興味など皆無なのだが、これ程までに嬉々としたレミリアは初めて見る為、ついつい自分まで楽しくなってしまうのだった。

 

 ひとしきり説明した後、レミリアは「そうだッ」と呟いて、ヘッドホンをアルマの方に差し出した。

 

「はい?」

「聞いてみてよ。ボクが下手な説明するよりも、直接聞いた方が早いと思うから」

 

 確かに、一理ある話である。

 

 アルマはヘッドホンを受け取ると、耳に装着する。

 

 それを確認すると、レミリアは再生ボタンを押した。

 

 セットしてあるCDは、ラクスの代表曲「静かな夜に」だ。アップテンポ調の物ではなく、初期に発売されたスローテンポバージョン。レミリアは、こちらの方が好みである。

 

 既に活動時期から四半世紀近い時が過ぎ、その名を知る者も少なくなったとはいえ、聞こえてくる澄んだ歌声は、心に直接染み渡るように響いて来る。

 

 レミリアも聞くたびに、まるで母親の腕に抱かれているような安心感を覚えるのだった。

 

 と、

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 アルマが急に、驚いたように声を上げた。

 

 釣られて顔を上げるレミリア。そこで、思わず絶句してしまった。

 

 アルマの仮面に包まれた瞳が、涙を流している。

 

 勿論、仮面の上から、彼女の瞳を見る事はできない。しかし、その瞳は確かに涙を流していた。

 

「ど、どどど、どうしたのアルマ、急に!?」

「す、すみません・・・・・・」

 

 慌てたように、アルマは顔を逸らし、僅かに仮面をずらして涙をぬぐう。

 

 一方のレミリアは、完全に動揺していた。まさか、歌を聞かせて泣かれるとは思っても見なかったのだ。

 

 暫くして、落ち着きを取り戻したアルマが顔を上げる。

 

 仮面越しである為、相変わらず表情は読み取れないが、僅かに頬が紅潮している事からも、彼女が確かに泣いていた事が伺えた。

 

「どうしたの、急に。その・・・・・・かなり、ビックリしたんだけど」

「ごめんなさい」

 

 小さな声で謝るアルマに、レミリアは嘆息する。

 

 確かに、突然泣き出してしまった事には驚いたが、別にそれで攻めている訳ではない。ただ、急な事だったので理由が聞きたかったのである。

 

 しかし、

 

「判りません・・・・・・」

 

 尋ねるレミリアに、アルマは力無く首を振った。

 

「ただ・・・・・・・・・・・・」

「ただ?」

 

 促すレミリアに、アルマは少し迷うような口ぶりで告げる。

 

「・・・・・・何だか・・・・・・とても、懐かしい。そんな気がしたんです」

 

 その感覚の正体が何なのか、アルマにも判らない。

 

 ただ、しいて言うなら、自分の記憶の奥底にある何かが、歌を聞く事によって僅かに揺さぶられた。そんな気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに着たパイロットスーツの感触が、気持ちを否応なく引き締めている気がした。

 

 カガリは自身の戦闘準備を整えると、ヘルメットを持ってロッカールームを出る。

 

 現役は引退して久しいカガリだが、一応、パイロット免許は維持している。今でも時々、コネを使って機体を操縦している。家庭の主婦に収まっているカガリにとっては、数少ない趣味であった。

 

 後は現役時代の腕前が衰えていない事を祈るばかりである。

 

 と、扉を開けた時、そこには見知った数人の人間が立っている事に気が付いた。

 

 杖を突いた女性が1人と、その前に並んで子供が3人。

 

 長年の友人と、カガリにとって掛け替えの無い子供達である。

 

 その姿を見て、カガリは顔をほころばした。

 

「ライア、みんなの事を頼んだぞ」

「任せてよ。今の私にできる事なんて、これくらいだし」

 

 そう言って、ライア・ミナカミは微笑を返す。

 

 かつての腹心であるユウキ・ミナカミの妻であるライアは、カガリにとっても20年来の友人である。

 

 昔の負傷でパイロットとしての生命は立たれた彼女だが、それでも尚、彼女に対する友情と信頼はカガリの中で健在である。

 

 だからこそ、子供達を彼女に託すことができる。

 

 カガリは長女に目を向ける。

 

「シィナ。弟達の面倒はお前に任せるぞ」

「はい、母様も、お気をつけて」

 

 しっかり者の長女は、神妙な面持ちで頷きを返す。

 

 年長者の彼女は、父親に似て責任感が強い性格をしている。いざという時には、他の2人を守ってくれることだろう。

 

 次いでカガリは、長男に目をやる。

 

 こちらは姉に比べると随分とやんちゃな性格をしており、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうのが、カガリにとっては頭痛の種だった。

 

「ライト。姉の言う事をよく聞けよ。お前は長男だ。いざという時にしっかりしないとだめだぞ」

「わ、判ってるよ。母さんも、さっさと帰ってこいよな」

 

 彼なりに、気を使ってくれているらしい。

 

 ぶっきらぼうに言うライトの言葉に、カガリは苦笑する。

 

 どうやらこの子は、昔の自分に似てしまったらしい。何だか、鏡を見ているような気がして、少し可笑しかった。

 

 と、

 

 まだ幼い次男がトコトコと歩いて来ると、カガリの腰にヒシッと抱きついた。

 

 カガリもまた、甘えん坊の末っ子を抱きしめる。

 

「リュウ。お姉さんやお兄さんの言う事を、ちゃんと聞いて、良い子にしてるんだぞ」

「母様、行っちゃやーだ」

 

 駄々をこねるリュウに、カガリは苦笑する。

 

 できれば、自分だって行きたくはない。

 

 しかし、この子達を守れるのは、自分しかいないのだ。

 

「カガリ、そろそろ」

 

 ライアに促され、カガリは名残惜しそうにリュウの体を離す。

 

 すかさずシィナが、尚も未練を残しているリュウを抱き寄せてカガリから引きはがした。

 

 そんな子供達を、カガリはじっくりと眺め渡す。

 

 シィナ、ライト、リュウ。

 

 カガリにとっては、掛け替えの無い子供達。

 

 この子達を守る為なら、どんな敵と戦う事も恐れはしなかった。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 カガリは力強く告げると、踵を返して歩き出す。

 

 その颯爽とした態度は、代表首長として国を率いていた頃、否、それよりもわずかに前、軍人として戦場に立っていた頃と変わらない、溌剌とした雰囲気に包まれているようだった。

 

 

 

 

 

「時間、か」

 

 時計を見ていたミシェルは、諦念と共に呟いた。

 

 スカンジナビアに提示した回答の刻限は、たった今過ぎた。

 

 これまでのところ、自治区統制部からの制式回答は無し。つまり、スカンジナビア側は、北米解放軍からの要求を無視した事になる。

 

 そして、それは同時に、現段階での平和的解決の道は絶たれた事を意味している。

 

 愚かで、それでいて誇り高い選択でもある。

 

 これで、スカンジナビアは、自分達の意志を貫き通した事になる。

 

 しかし、同時に彼等は、彼等自身の手で死刑執行書類にサインしたのだ。

 

 既に、スカンジナビアの自警部隊が、展開しているのは確認している。

 

 旧スカンジナビア騎士団の構成員によって成り立っている自警部隊の存在は予め知っていたが、しかし、その軍備は決して高くは無い。せいぜい、野党狩りくらいにしか威力を発揮できないような連中だ。北米解放軍にとっては物の数ではなかった。

 

「進撃、開始」

 

 低い声で、ミシェルは命令を下した。

 

 同時に、展開していた全部隊が轟音を上げてスカンジナビア領へと進軍を開始する。

 

 モビルスーツがスラスターの唸りを上げて飛び立ち、待機していたジェノサイドがホバー駆動音をとどろかせる。

 

 後方の基地からは重爆撃機型デストロイ級であるインフェルノが、今ごろ離陸を開始している頃だろう。

 

 今日、スカンジナビアは再び終わる事になる。

 

 そして、迫る破滅を止め得る者は誰もいない。

 

 そう思った、

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 突如、

 

 

 

 

 

 天空から虹を思わせる閃光が降り注ぐ。

 

 閃光は、まるで光の槍のように飛来すると、先頭の部隊を次々と直撃して戦闘力を奪っていく。

 

「何だ!?」

 

 その光景に、思わず唸りを上げるミシェル。

 

 大破した機体は無い。全て、武装やメインカメラを破壊されただけである。

 

 だだ、それだけに、突然の襲撃者が、恐るべき技量の持ち主である事が伺えた。

 

 振り仰ぐ先、そこには、

 

 12枚の翼を広げた鋼鉄の天使が、ゆっくりと舞い降りてくるところであった。

 

 

 

 

 

PHASE-29「涙」      終わり

 




キャラクター設定





フィリップ・キルキス
ナチュラル
40歳     男

備考
スカンジナビア中立自治区の代表。旧スカンジナビア王家最後の生き残りであり、かつて国を滅ぼす原因を作った男。戦後は復興支援事業を立ち上げ、精力的に働いて来た。自身が王家の名を名乗る資格はないと考え、ミーシャとの結婚を機に、かつての名前であるシンセミアを捨てた。




ミーシャ・キルキス
ナチュラル
34歳     女

備考
かつてはフィリップの妹である、ユーリア付きのメイドだった女性。戦後、フィリップと結婚した後、復興支援事業を行う夫を支えている。





ライア・ミナカミ
コーディネイター
39歳      女

備考
ユウキの妻で、かつてはザフト軍、オーブ軍のエースパイロットだったが、負傷によって引退している。現在、戦場に出ているユウキとは離れて暮らしているが、夫の身は常に案じている。ユウキとの間に子供が1人生まれている。





シィナ   ライト   リュウ
ハーフコーディネイター
シィナ:15歳   女
ライト:10歳   男
リュウ:6歳   男

備考
アスランとカガリの子供たち。しっかり者の長女に、生意気盛りの長男、甘えん坊の次男といった感じ。

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