機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
両者の格は、あまりにも違い過ぎた。
片や傲然と胸を逸らし、片や恐縮した体で俯いている様子を見ると、それは明らかだろう。両者の力関係を如実に表していると言える。
「返答や如何に?」
追い詰めるような口調で強硬に迫り、シェムハザは相手の返事を待つ。
先のユーラシア脱出以来、各地で転戦を続けるシェムハザの事を、プラント軍やユーラシア連邦軍、果てはユニウス教団軍まで加わり、躍起になってその行方を追っていた。
しかし、逃亡中とはいえシェムハザ派には未だに多くの戦力が健在である。優秀なパイロットやデストロイ級をはじめとする強力な機体を有している事からも、追撃は思うように効果を上げていなかった。
しかし、シェムハザ達にもまた、如何ともし難いウィークポイントが存在した。
拠るべき拠点の有無である。
如何なる強大な戦力であっても、それを維持するには整備された環境が必要な事は語るまでも無い。
一応、小規模な拠点はいくつか確保しているが、それで全軍を賄うには無理がある。
そこでシェムハザは自分達の拠るべき地を、新たに模索する事を目論んでいた。
シェムハザ達には、プラントの脅威を排除して北米を解放すると言う悲願がある。それを考えれば、ここで朽ち果てる事は許されなかった。
そうした中、シェムハザ派は誰もが予想だにしなかった場所に姿を現したのだった。
18年前の大戦で荒廃したその場所は、未だに殆ど人が住める場所ではない。
しかし、同時にプラントも地球連合も長年にわたって見逃してきた土地であり、自分達に対抗する勢力が皆無である点は非常に魅力的でもある。
この場所で力を蓄え、再び勢力を盛り返して北米への捲土重来を果たすのだ。
「返答を」
シェムハザは低い声で、さらに追い詰めるように言い募る。
対して目の前の人物は、僅かな身じろぎと共に、シェムハザの発する圧力に耐えている。
相手はプラントや地球連合ですら手を焼いている、一大軍事勢力のトップ。背景にある軍事力は一国を滅ぼして余りある。
それに対して、男は何の力も無い、無力な一庶民に過ぎない。抵抗する事は即ち、存在を根底から消滅させられる事につながる。
男が抵抗する力を持っていない。それが判っているからこそ、シェムハザは殊更に強気な態度に出ているのだ。
そこで、フッとシェムハザは笑みを浮かべて相手を見る。
「あなたは、また誤った判断を下す事で、今一度、自分の国を滅ぼそうと言うのですかな?」
「それはッ!?」
シェムハザの言葉に、男は息を呑む。
しかし、それが事実である以上、言い返す権利は男には無い。
事実、男は過去に過ちを犯して国を滅ぼし、その際に掛け替えの無い家族や多くの国民を死に追いやっている。
あの悲劇を再び繰り返す事はできない。
もし、シェムハザを受け入れれば、プラントもユーラシア連邦も黙ってはいないだろう。再び戦火を呼び込む口実になるのは確実である。
だが、自分が無力であり、目の前にいるシェムハザに対して何の対抗手段も持ち得ていない事もまた事実である。
「そちらにとっても、決して悪い話ではないと思うのだが?」
男を追い込むように、シェムハザは言葉を続ける。
「非道なるプラント軍や、旧態依然たる地球連合軍、更に昨今では自由オーブ軍などと名乗る低俗な海賊もどきまで幅を利かせ始めている。そう言った現実的な脅威から、あなた方を守って差し上げようと言うのだ」
自分達が「脅威」の範疇に入っていないと言っている辺り、恩着せがましいにも程があるのだが、そうした事も計算に入れた上で、シェムハザは追い込みを掛けている。
どのみち、目の前で萎縮する男には、選択肢を選ぶ余地などありはしない。
シェムハザ達からすれば、そう難しい話ではない。ようは奪って土地を手に入れるか、あるいは相手からの提供によって土地を手に入れるかの差だ。どちらにしても、自分達の望む結果が転がってくるのだから。
そんな男に対して、シェムハザは最後通牒のように言い放った。
「ご自分がどう選択するのが最適か、よく考えるが良い、元王太子殿」
2
月での戦いが完全にひと段落した頃、プラントは欧州戦線における事後処理がほぼ完了していた。
結果的に地球連合軍に対して勝利と言う形で幕を引く事に成功したプラント軍だったが、やはりその損害は軽い物ではなかった。
特に、主力であるザフト軍は投入戦力の5割に届く損害を被っており、再建には相応の時間がかかる事が予想されていた。
精鋭であるディバイン・セイバーズや、戦線には参加しなかった保安局は比較的無傷であるが、彼等のみで戦線を維持する事は難しい。
取り逃がしたシェムハザ以下旧北米解放軍や、自由オーブ軍と言った脅威が現実的に存在している以上、すぐにでも防衛体勢を進めたいところではあるのだが、そのような事情がある為、作業は遅々として進まず、未だに再編待ちの部隊が多くある状態であった。
「そんな中での作戦だった訳だけど、案外と上手く行って良かったよ」
PⅡはそう言って肩をすくめて見せた。
月での戦いの後、撤退するプラント軍に付き従う形で本国へ戻ったPⅡは、その足で事の次第をグルックに報告する為、プラントに来た訳である。
今、この部屋にはグルックの姿は無い。彼は今、別の用事でラボの方へ行っている。
代わって、PⅡには馴染のある、2人の人物が顔をそろえていた。
確かに、戦いはプラント軍の敗北で終わり、月はプラントの統治を離れて独立する運びになっている。
だが、彼等にとってある意味本命と言うべき自由オーブ軍は、当面の間、身動きが取れなくなることが予測された。
自由オーブ軍の本隊が到着し、月戦線の維持が困難と判断した時点で、PⅡは事前に用意していた策を実行する事にしたのだ。
PⅡが、この忙しい時期に、わざわざ時間を割いて月にまで出かけたのは、その作戦実行の為でもあった。
おかげでいらない残務処理が随分と溜まってしまったが、掛けた投資分の成果は上げられたと思っていた。
まず、2年前からオーブに潜入していた工作員に連絡を取り、行動を開始するように指示を出した。
ついで、先のプトレマイオス会戦の後も戦力を維持する事に成功していたユニウス教団に連絡を取り、オーブ軍に襲撃を仕掛けたのだ。
襲撃が成功するかどうかは、この際問題ではない。ようは自由オーブ軍に「自分達の中にスパイがいて、それを使えばプラント側はいつでも襲撃を仕掛ける事ができる」と心理的に思わせる事が重要なのだ。
これで自由オーブ軍は、暫くの間、疑心暗鬼に陥ってまともな作戦行動を取れないだろう。その間に体勢を立て直したザフト軍の主力を呼び戻せれば、月の奪還も充分に可能である。
「しかし、今回は聊か泥縄的ではありましたな」
鷹揚な口調でPⅡに言ったのは、ゆったりとした白い衣装を着た大柄な男である。
ある種の貫録と、底知れない不気味さを併せ持ったその人物は、ユニウス教団の教祖アーガスである。
プラントとの協調体制確認の為に来訪していた彼は、この機会にPⅡと接触する機会を持っていた。
そんなアーガスの、少し皮肉を効かせたような言葉に対しも、PⅡは余裕の態度を崩す事は無い。
「何事にもイレギュラーは付き物さ。鼠はどうしたって、こっちの思い通りには動いてくれない。しかし、だからこそ面白いとも言えるし」
そう言って、PⅡは肩をすくめて微笑を浮かべる。
しかし、この光景は誰が見ても奇異な物と映るだろう。
片や地球圏最大の宗教団体のトップ、片やプラント議長補佐官。その両者が、互いに同じ部屋で談笑している光景を、奇妙と言わずに何と言おう。
だが、この光景とて、PⅡの持つ「力」の全てから考えれば、ほんの氷山の一角であるに過ぎない。
連綿ともいえるネットワークを地球圏全体に張り巡らせているPⅡは、様々な場所、組織の情報を収集する事ができる上に、人脈も多く確保している。
PⅡは、そうして形成された人脈やネットワークを駆使して、無数の組織を自分のコントロール下に置いているのだ。
彼の手に掛かれば、人一人どころか、一国の運命すら手玉に取る事はたやすい。
たとえばプトレマイオス会戦に先立って、コペルニクス襲撃を図った末、オーブ軍の「魔王」に撃破された宇宙解放戦線。あの組織もまた、PⅡの傘下にあった存在である。
もっとも、劣勢に追い込まれていた宇宙解放戦線は、あの時既にその勢力は暴走を始める寸前まで行っていた。それでは、自暴自棄的な自爆行為の末に全滅するのは目に見えていた。
PⅡとしても、宇宙解放戦線に対する興味はとっくの昔に冷めており、早々に廃棄処分にしようと考えていたくらいである。
しかしそこで一計を案じ、どうせ全滅する運命であるなら、ついでに廃品利用でもしてやろうと思い立ち、核ミサイルといくつかの武装、機体を提供し、更にコペルニクスにヘルガ・キャンベルが潜伏している事も伝えて、彼等を送り出したのである。
結果として、彼等はPⅡの期待通りの働きを示してくれた。
ヘルガ誘拐を行おうとして失敗した挙句、最後はPⅡが用意した核ミサイルを使用したテロまで実行しようとしてくれた。
結果的に彼等は全滅した訳だが、PⅡ的には彼等の見事な玉砕振りが実に痛快だった。正に上出来すぎるコントを見せられた気分であり、この上無いくらいに満足感を覚えていた。
勿論、宇宙解放戦線だけではない。様々な組織がPⅡの傘下、あるいは監視下に置かれている。
その中に、アーガスと、彼の傘下にあるユニウス教団も含まれていた。
2年前の戦いで、ユニウス教団が共和連合側について参戦し、その後はまるで図ったようにプラント軍と協力してオーブ軍殲滅を行っているが、その背景にはこうしたカラクリがあった訳である。
「だが、『奴』が生きていたのは、流石にあんたも計算外だっただろう?」
そう尋ねたのは、2人の会話を聞きながら、今まで沈黙していた人物である。
PⅡの護衛と言う名目で、クーラン・フェイスもまたプラントへ戻ってきていたのだが、保安局行動隊を率いる身でありながら、同時にPⅡの腹心とも言うべき立場の彼もまた、この会見の場に同席していた。
だが、
「クーラン・・・・・・おっと、もう、その名前を名乗るのはやめたんだっけ?」
少しおどけた調子で尋ねるPⅡに対し、男もニヤリとした笑みで応じる。
「まあな。あいつが生きているのが確認できた以上、もうチャチな偽名に意味はねえからな」
そう言うとクーラン・フェイスは、
否、
かつて、クライブ・ラオスの名前で名乗っていた男は、再び掲げた己の名前と共にニヤリと笑って見せた。
「キラ・ヒビキ、ですか・・・・・・確か、3度の大戦で名を上げたオーブの英雄でしたな。特にカーディナル戦役の折には、首謀者を討ち取り、更に巨大兵器の破壊までやってのけたとか」
唸る声で、アーガスが言う。
キラ・ヒビキ。
かつてクライブとは浅からぬ縁があったあの男が、長きに渡る潜伏を脱して活動を開始したのは2年前の事だ。
しかし、生存が明確に確認できたのは、つい先日、月での戦いの折だった。
それまでキラは、巧妙かつ慎重に自分の痕跡を消しながら行動し、PⅡが張り巡らせた情報網ら掻い潜って、地下に潜伏し続けたのだ。
「まさか、本当に生きていたとはな。だが、これで奴の死が偽装だった事は間違いないって訳だ」
「あの男は不愉快だよ。何しろ、この2年もの間、殆ど僕に尻尾を掴ませなかったんだから」
珍しく不機嫌そうに呟いたのはPⅡだった。
この2年間、PⅡも手を拱いたわけではない。グルックの政権強化に手を貸す一方で、キラ達の行方を八方手を尽くして探して回ったのだ。
しかし、元々がサバイバル能力に長けている上に、ラクス・クラインがその生涯を賭けて築き上げたネットワーク網を駆使して活動しているらしく、流石のPⅡもキラには手を焼かされていたのだ。
「もっとも、正体さえ判れば、あとはどうとでもなるよね。何しろ、こっちには切り札がある訳だしさ」
そう言うと、PⅡは、アーガスの方をチラリと見る。
対して、その視線の意味を理解しているのだろう。アーガスもまた、髭の下から凄味のある笑みを返した。
「お任せください。万事、滞りなく済ませます」
そう言って、頭を下げるアーガス。
その様子にPⅡが満足そうにうなずいた時だった。
PⅡがテーブルに置いておいた端末が、何かの情報を受信して起動する音が聞こえた。
「おっと、来たか」
かねてから探らせていた情報をキャッチした事を察し、端末に飛びついた。
画面の中では、多くの文字がスクロールし、世界中が集められた情報を伝えてくる。これら全てが、世界中のネットワークを介して送られてくる情報であり、PⅡの活動を支える重要なファクターであった。
その中で、PⅡは自らが求める情報を見付けて手を止める。
それは、ユーラシア連邦量を脱出して姿を消したシェムハザ派、旧北米解放軍の動向に関する物であった。
しかし、
「え、嘘・・・・・・これ、マジで?」
画面を眺めていたピエロ男は、僅かな驚愕と共に呻き声を漏らした。
3
クーヤ・シルスカにとって、現プラント議長アンブレアス・グルックは上司であり、親代わりであり、そして神にも等しい存在だった。
そもそも、クーヤは親の顔を知らない。
物心付いた時、最初の記憶はガラスケースの中に満たされた液体の中で、ぼんやりと浮遊する感覚に包まれていたのが、もっとも古い記憶である。
揺らめく視界の中で、白衣を着た数人の男女が、何かの資料を見ながら話しあっているのを、液体に揺られながら、何の感慨も持たずに見つめていたクーヤ。
そんなクーヤが液体の中から出された日、初めに迎えてくれたのがグルックだった。
『私には君の力が必要だ。どうか、私の為に戦ってくれないか?』
そう言って差し伸べた手を、クーヤはオズオズと掴んだのを覚えている。
その日以来、クーヤにとって、グルックこそが己の全てとなったと言っても過言ではなかった。
グルックがする事は全てにおいて正しく、グルックに逆らう者は無条件で悪だった。
グルックが望むなら、その全てを叶え、支える事がクーヤの使命であり、願いでもあった。
自分こそがグルックの剣であり、第一の忠臣であると言う自負もあった。
グルックの為に戦い、グルックを仇名す全ての物から彼を守り、グルックの進むべき道を切り開く。
グルックこそがこの世界を統一して平和と繁栄をもたらす絶対的な存在であり、彼の為に戦う自分達は正義なのだ。
故にこそ、自分達は最強であり、常勝無敗であり続けなくてはならなかったのだ。
しかし、クーヤは敗れてしまった。
月での戦いにおいて、オーブ軍の「魔王」が持つ圧倒的な力の前に敗れ、最後はユニウス教団の聖女に掩護されながら、無様に背中を見せて退却する羽目になった。
許せなかった。
勝てなかった自分が、
そして、自分に敗北を舐めさせた魔王が。
叶うなら、もう一度奴と戦い、今度こそ完膚なきまでに叩き潰してやりたかった。
だが、その前にクーヤには、乗り越えなくてはならない関門が存在している。
今、クーヤはグルックから直接の呼び出しを受け、基地内の一室へと向かっていた。
正直、怖い。怖くない筈がない。
もし、役立たずの烙印を押されたらどうしようか?
そんな思いに捕らわれてしまう。
グルックに見限られたら、クーヤはおしまいである。他に行く場所など無いし、生きていく術の見当すらつかない。ただ野垂れるのを待つしかないだろう。
世界が終わる直前のような絶望感に捕らわれながら、クーヤはグルックの待つ部屋の前に立った。
「・・・・・・・・・・・・失礼します」
低い声と共に、扉を開くクーヤ。
果たして、
部屋の中にいたグルックは、
「やあ、よく来てくれたね。ご苦労」
優しげな笑顔で、クーヤを迎え入れた。
その様子に、思わずクーヤはキョトンと目を丸くした。
厳しい眼差しで、先の敗戦における責任を問われ、叱責される事を覚悟してきたクーヤだったが、ふたを開けてみれば、いつもと変わらぬグルックがそこにいた為、完全に毒気を抜かれた思いであった。
「先の戦いではご苦労だったね。まあ、結果的に負けてしまったわけだが、あまり気にする事は無いよ。一度や二度の敗北で揺らぐほど、プラントは弱くは無いからね」
「あの、議長ッ」
たまりかねたように、クーヤはグルックの言葉を遮る形で声を上げた。
対してグルックは、自分の言葉を遮った少女に対して、少し怪訝そうな顔つきになりながら振り返る。
「うん、どうかしたかね?」
「あの・・・・・・私はてっきり、戦いの責任を問われる物だと・・・・・・」
声を小さくしながら答えるクーヤ。
実際の話、クーヤは独断で現地の作戦を掻き乱した挙句、何の戦果も挙げられないまま部隊を壊滅させ、自らも敗れると言う三重の失態を犯している。問責されても文句は言えない立場である事は間違いない。
にも拘らず、叱責どころか逆に労いの言葉を掛けられた事が意外だったのだ。
それに対して、グルックは優しい笑みを向けて行った。
「確かに、今回は君らしくない失敗が続いたのは確かだ。だが、一度の失敗は、一度の成功で補えば良い。何も難しい話ではないよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「それに、君はこれまで、多くの功績を残して私を手助けしてくれたじゃないか。その事を考えれば、今回の件を不問にしてもまだお釣りがくるくらいだよ」
その言葉を聞いて、ようやくクーヤは安堵の微笑を浮かべるに至った。
そうだ。他の有象無象な連中とは違って、議長はちゃんと判ってくれている。
自分達は議長の剣。議長の意志を体現する唯一無二の存在だ。だからこそ、自分達は議長に尽くし、議長もまた自分達を認めてくれる。
自分の立場を明確に再確認できた思いがして、クーヤは充足した安心感に包まれていた。
そんなクーヤを、愛しい娘を見る父親のような眼差しで見ていたグルックは、やや厳しい表情を作りながら口を開いた。
「しかし、君に屈辱を与えた魔王を始め、今だ世界には多くの脅威が存在している。これは事実でね。よって、君には今よりさらに躍進してもらわなくてはならない」
「当然です」
自身を取り戻したクーヤは、溌剌とした声で返事を返す。
議長が自分を認めてくれた以上、最早何物も恐れる必要はない。ただ自分は、彼に従って戦い抜くだけだった。
そんなクーヤの様子に、グルックもまた満足げに頷きを返す。
「よく言ってくれた。君と言う存在が傍にいてくれた事を、私は頼もしくも誇りに思うよ」
言いながらグルックは、コンソールに指を走らせて何事かを操作していく。
「だからこそ私も、君の信頼にこたえる為に、微力ながら力を貸す事にしよう。気に入ってくれるとうれしいのだが」
そう言うと、部屋奥のガラスにライトが点灯するのが見えた。
視界から見えない場所では意外なほど広い空間が存在していた事に驚いたクーヤだが、更に驚く事態が待ち受けていた。
部屋の奥に、1機のモビルスーツが佇んでいる。
PS装甲をオフにしてあるために、今は無機質な鉄灰色をしているが、背中には大きな1対の翼を有し、巨大な一振りの対艦刀を、両翼の間に設けたハードポイントに装備している。腰横にはフリーダム級と同じレールガンを装備し、腰裏のリアスカート部分には大きな張り出しがある。どうやらこれも、何らかの特徴であると思われた。
「ZGMF-EX78《ヴァルキュリア》。私が君に送る、最強の機体だ。どうか、この力で、世界の統一と平和の為に戦ってほしい」
優しい言葉で告げるグルックに対して、クーヤは目を輝かせる。
無論、彼女に否やはある筈がない。これこそが、彼女が最も望んでいた事なのだから。
「ありがとうございます議長。この上は、議長の剣として、これまでよりも一層、あなたの行く道を切り開く為に頑張って行きます!!」
そう言って意気揚々と敬礼するクーヤの表情は、これまでにないほどに晴れやかな物だった。
「これで良い」
嬉々としてヴァルキュリアの調節に取り掛かるクーヤをガラス越しに眺めながら、グルックは一人、静かな呟きを漏らした。
クーヤ・シルスカの力は、グルックにとって大変有用だ。
高い実力に加えて比類ない忠誠心は貴重な物である。
だからこそ、彼女の失態を不問にして、更に新たな機体も与えた。あのヴァルキュリアなら、オーブの魔王や、昨今噂されているターミナルの機体にも負けはしないだろう。
彼女には勝ってもらわなくてはならない。
グルックが目指す、地球圏統一構想実現の為に、これからも勝ち続けてもらわなくては困る。
「魔王を倒すのは勇者の役目。そして、こちらの勇者は、準備が整った」
ニヤリと、笑みを浮かべるグルック。
その視線の先で、彼の忠実な道具が、彼の理想となる世界を実現させる為に、嬉々として作業に励んでいる光景が見える。
そんな少女の様子を、グルックはいつまでも、冷めた視線で見詰め続けていた。
4
先のユニウス教団の襲撃における大和の被害は、実際のところ、小規模ながら無視し得ない程に深刻なレベルであった。
レオスが最後に使った爆弾によって艦橋は小破。修復自体は可能だが、機器の入れ替えやデータの復旧にはそれなりの時間がかかる。
更に死傷者も少なくは無い。
アステルは艦橋爆破の際、すぐ近くにいたキャンベル母娘を守って軽傷を負っている。
そして、
実の兄によって銃撃されたリザは、早急な治療によって辛うじて一命は取り留めたものの、未だに意識は戻らず、今も治療室でチューブに繋がれている状態である。
貴重な戦力であるリアディス・ドライが持ち去られた事で、戦力的にも低下している。
だが、それ以前に、目に見えない場所に深刻な事態が起こっていた。
今回の一件、自分達の中から内通者が出て、それが原因で無視し得ない損害を被っている。しかも内通者の正体は、精鋭部隊である大和隊のパイロットであった事を考えれば、他に誰か、内通者がいないと言う保証はどこにも無かった。
レオスは逃亡し、彼の妹であるリザの意識が戻らない以上、細かい事情は何も分からないに等しい。
当面、自由オーブ軍は組織清浄化に奔走せざるを得なくなり、作戦行動ではなくなってしまった。
祖国解放に王手をかける直前での、まさかの足踏みである。
まさに、PⅡの目論み通りとなってしまったわけである。
だが、その数日後、座してスパイ狩りをやっている場合ではなくなる事態が起こってしまった。
場所は、欧州の更に北。
かつてオーブの盟邦が存在した場所。
現在は雪と氷と汚染された土壌に閉ざされ、人々に忘れ去られた国にあって、重大な事態が起ころうとしていた。
「まさか、スカンジナビアとはね・・・・・・」
苦りきった調子で、ムウは呟きを漏らした。
月を奪回し、当初の予定通り拠点として間借りできるようになった関係で、自由オーブ軍は、その策源地を月に移している。
これにより、自由オーブ軍の行動範囲は飛躍的に向上する事になる。
いよいよここから、オーブ本国奪還に向けて動き出すと言う時に、まさかの内通者、そしてユニウス教団の襲撃である。
とんだ足止めを喰らってしまい歯噛みしている所に、更に事態が混迷する情報が舞い込んできた。
「まさか、シェムハザ派の連中が、スカンジナビアに目を付けるとは」
ユウキ・ミナカミが、苦い調子で言う。
情報では、ユーラシア連邦から姿を消したブリストー・シェムハザ以下、旧北米解放軍が、旧スカンジナビア王国国境付近に集結しつつあるとの事だった。
スカンジナビア王国は、18年前のカーディナル戦役の折、地球軍の総攻撃と同時多発核攻撃を受けて各都市が壊滅。国家としても滅亡している。
現在、復興事業が行われ、ようやく一部の地域が、人が暮らせる程度に回復してきていると言う。
そこに来て、北米解放軍の侵攻である。
今のスカンジナビアには、碌な戦力は残されていない。侵攻に対して抵抗する力は皆無である。
加えてさらに、もう一つ無視できない事実があった。
「スカンジナビアには、カガリやライア達がいる。何とかして助けないと」
そう告げるユウキの顔には、焦慮が浮かんでいる。
カガリはオーブがプラントの統治下に組み込まれると判った時に、子供達の身を案じて密かに知己のあるスカンジナビアに脱出していたのだ。
そしてライア・ミナカミはユウキの妻である。若い頃はパイロットとして鳴らした彼女は、戦争で半身不随になり戦う事が出来なくなっている。そんな彼女も、同行者と言う形でカガリについて行っていた。
まさに、事態は最悪である。
だと言うのに、自由オーブ軍は彼等を助ける為に動く事ができない。
内通者がいるかもしれない状況で、大部隊を派遣する事はできないし、何より、今軍を動かしてスカンジナビアに向かわせてしまうと、本命であるオーブ奪回作戦を実行する段階で支障が出るのは明白である。
正に八方塞がりであると言えた。
「ならば・・・・・・」
一同が頭を抱える中、タイミングを見計らったように発言したのはシュウジだった。
大和の損傷、修理によってしばらく動けない身ではあるが、作戦会議に際して求められ、この場に出席していた。
「取りあえず、少数精鋭の部隊を送り込むと言うのは如何でしょうか。それによって、スカンジナビアを守る。これ以外に方法は無いように思われます」
高速輸送機に、3機の機体が積み込まれる。
テンメイアカツキにギルティジャスティス、そしてエターナルフリーダム。
大和隊の主力を構成する3機の機動兵器である。
そのパイロットでヒカル・ヒビキ三尉、アステル・フェルサー三尉、部隊長を兼任するリィス・ヒビキ三佐。
このたった3人のフリューゲル・ヴィント所属機が、スカンジナビア救援の部隊となる。
他に、サポート要員としてカノン・シュナイゼル三尉が、政治委員としてアラン・グラディスが同行する事になる。
現状の自由オーブ軍、これが早急に割ける最大限の戦力である。
だが、彼等は皆、今や一騎当千と称して良い存在に成長している。必ずや期待に応え、スカンジナビアを守り通してくれると考えられていた。
これで守りきれると言う保証はどこにも無い。むしろ、ここで負けてしまえば、自由オーブ軍は本戦前に貴重な戦力を失う事になりかねない。
しかしそれでも、スカンジナビアを救わない訳には行かなかった。
だが、出発する彼等の顔に悲壮感はない。
ただ、自分達の運命を切り開く事を誓う、強い意志だけがにじみ出ていた。
「じゃあ、行ってくる」
告げるヒカルに、皆が手を振りかえした。
PHASE-28「勇者の剣」 終わり