機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-27「浸食される心」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が無情に鳴り響く。

 

 いっそ、目の前の光景全てが夢であったなら、誰もが納得するのではなかろうか?

 

 しかし、現実に向かれた牙は、一同の心を容赦なく抉っていった。

 

 撃ったのはレオス・イフアレスタール。

 

 撃たれたのは、リザ・イフアレスタール。

 

 撃ったのは兄。

 

 撃たれたのは妹。

 

 現実味のない光景と事実は、しかし確かな現実として、目の前に存在していた。

 

 信じられない。

 

 そんな目をしながら、リザは背中から艦橋の床に倒れる。

 

「リザ!!」

 

 とっさに、近くにいたナナミが、倒れるリザを抱えて床に座り込む。

 

 普段は羽根に用に軽い少女の体が、全身の力が抜けてのしかかってくるのが判る。

 

 撃たれた肩から、リザの鮮血がとめどなくあふれ、抱きしめるナナミの軍服を真っ赤に濡らしていく。

 

 顔を見れば少女はきつく目を閉じられ、意識は現実から乖離している。

 

 まるでリザが自分の意志で、悪夢のような現実を見ないように、全てをシャットアウトしているかのようだ。

 

 そんな妹の様子を、レオスは無表情のまま見つめている。

 

 そこに一切の感情を見出す事は出来ない。

 

 ただ、自分の邪魔をしたから排除した。そんな感じである。

 

「どうしてよ!?」

 

 そんなレオスに対し、倒れた少女の代わりに、ナナミは感情を爆発させて叫んだ。

 

「どうしてこんな事するのよ!? たった1人の妹でしょうが!!」

 

 言葉は、直接殴りつけるよりも強い力で持って、レオスへ叩きつけられる。

 

 彼女はこの事態が起こるまで、レオスの事を毛ほども疑ってはいなかった。むしろ、元々は敵だったアステルの方こそが、内通者であると思いこんでいた。

 

 だが、現実は違った。

 

 その間にも、ナナミがしっかりと手で押さえている傷口からは鮮血があふれ、徐々にリザの命が流れ出ていく。位置的に急所は外れている様子だが、それでも早急に治療する必要があるだろう。

 

 だが、

 

 周囲にはレオスの他に、ユニウス教団の構成員達も油断なく銃を構えている。対してこちらは、ミーアやヘルガといった非戦闘員も抱えている。下手な真似はできそうにない。

 

「君は入隊した時・・・・・・いや、我々と接触した時には、既に敵側の人間だった。そう考えても良い訳だな?」

 

 静かな口を開いたのはシュウジだった。

 

 なぜ、今更になって、そのような意味のない質問をするのか?

 

 聞いていたリィスやアランは首をかしげるが、すぐに、目的が時間稼ぎである事を察した。

 

 この異常事態は、既にクルー達にも知れ渡っている事だろう。ならば、未だ拘束を受けていない者達が、反撃の準備を整えている可能性もある。

 

 彼等が艦を奪回するまで、どうにか時間を稼ごうというのだ。

 

 しかし、

 

「その手の時間稼ぎに応じるつもりはありませんよ」

 

 そう言って、銃口を修二へと向ける。

 

「さあ、早く出航の準備を。なるべく危害は加えたくありませんが、こちらもそれほど余裕があるという訳ではありませんので、絶対の保証はできませんよ」

 

 最後通牒のように告げられる言葉は、もはや後戻りができないところまでレオスが行ってしまっている事を示していた。

 

 このままでは、完全に彼の思う壺である。

 

「自由オーブ軍のエース部隊を、機体、パイロット、艦全て、そこにキャンベル親子まで手に入れる事ができた。これ以上の手土産は、多分無いだろうね」

 

 うそぶくレオス。

 

 だが、

 

「果たして、そううまくいくかな?」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 

 低い声で告げられたシュウジの言葉に、レオスは一瞬気が削がれていぶかしむ。

 

 次の瞬間だった。

 

 勢い良く、扉が開かれた。

 

 そこから飛び出してくる影。

 

 ヒカルだ。

 

 居並ぶユニウス教団の兵士達が、とっさに銃口を向けようとする。

 

 しかし、自体はそこで更に、もう一手加わる。

 

 天井に設けられた配電整備用の蓋が開き、そこからアステルが飛び出してきた。

 

 床に飛び降りたアステルは、両手に構えた銃を翻し、容赦無く発砲、慌てて踵を返そうとしているユニウス教団員達を撃ち抜いていく。

 

 ヒカルもまた、負けてはいない。

 

 手にした銃を的確に振るい、ユニウス教団の兵士達を攻撃、肩や腕を撃ち抜いて無力化する。

 

 その瞬間を逃さず、反撃のタイミングを見計らっていたリィスも動く。

 

 手近なところにいた兵士に裏拳を喰らわせて昏倒させると同時に、勢いを殺さずに体を回転させ、鋭い蹴りをもう1人の兵士に叩き込む。

 

 さらに、

 

「アラン、伏せて!!」

 

 リィスが叫びながら拳銃を抜くのと、アランが床に身を投げ出すのは同時だった。

 

 発砲音は2つ。ほぼ同時に鳴り響き、残っていた2人の兵士は昏倒した。

 

 そんな中、いち早く状況不利と判断したレオスは、踵を返して撤退に掛かる。

 

「待て、レオスッ!!」

 

 とっさに追おうとするヒカル。

 

 だが、入り口を出た瞬間を見計らい、レオスは手に持った何かを艦橋内に投げ込んだ。

 

 手の平サイズの大きさの、楕円形をした物体。

 

 手榴弾だ。

 

「伏せろッ!!」

 

 認識した瞬間、アステルが叫びを上げる。同時に、すぐ背後にいたミーアとヘルガを庇うようにして床に身を投げ出す。

 

 殆ど反射的に、ヒカル達も床に転がった。

 

 次の瞬間、強烈な閃光と衝撃が一気に襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカル達は艦橋へ襲撃を掛けるのと時を同じくして、大和の艦内では反撃が開始されていた。

 

 元より、海賊まがいの事をやってきた手前、大和のクルー達は、敵が艦内に侵入した際のマニュアルも備えている。

 

 奇襲こそ許してしまったが、一度体勢を立て直してしまえば、数に勝る大和側の方が完全に有利だった。

 

 そこかしこで銃声が鳴り響き、弾丸が乱舞する。

 

 ユニウス教団側も徹底抗戦の構えを見せ、手持ちの火器で応戦していく。

 

 しかし、地の利は大和クルーの方にあるうえ、数でも劣っている。彼等が勝てる要素は、完全に皆無だった。

 

 そんな中、レオスは状況が不利になった時点で、全ての作戦に見切りをつける判断を下した。

 

 元々、今回の作戦は無茶だらけだったのだ。

 

 少ない情報に、連携した経験皆無のユニウス教団、それに準備期間も短すぎた。

 

 殆ど「彼」の思い付きで始めたような物である。指示を受ける際に彼が言っていたように、上手く行けば儲け物。仮に失敗したとしても、失う物は、少なくとも彼には何も無い。

 

 負けが確定した月戦線で、僅かでもオーブ軍に嫌がらせができればそれでいいと言う訳だ。

 

 自嘲が漏れる。

 

 結局、自分は何者にもなれなかった。

 

 伝説にある「彼女」のように、勇敢に戦い抜く事はできなかった。

 

 それに、リザ。

 

 レオスにとって、たった1人の掛け替えの無い妹。

 

 そんなリザを、レオスは手に掛けてしまった。

 

 もう、後戻りはできない。墜ちる所まで墜ちる以外、レオスに道は残されていないだろう。

 

 所詮、自分は鼠だ。

 

 ならば、鼠は鼠らしく、最後まで汚らしく行き足掻くしかない。

 

 喧騒に包まれた艦内を、行き交う兵士達とすれ違うようにしてレオスは走る。

 

 幸いな事に、レオスが内通者だと言う事はまだ知れ渡っていない様子だ。恐らくシュウジ達も、まだそこまで体勢を立て直していないのだろう。今の内に脱出できれば、生き残るチャンスもある筈だった。

 

 脱出の為に必要な手段も、既に確保していた。

 

 レオスは迷わず格納庫に駆け込むと、真っ直ぐにある機体の方へと駆け寄った。

 

 その動きに気付いた整備員が駆け寄ってくる。

 

「イフアレスタール三尉!?」

「敵の一部が艦内に逃げた。追撃するから、手伝ってくれ!!」

 

 用意していた言葉を叩き付けるように言い終えると、開いていたコックピットに滑り込む。

 

 それは、カノンのリアディス・ドライだった。レオスは、この機体で脱出するつもりなのだ。

 

 本音を言えばエターナルフリーダムかギルティジャスティスを奪って逃げたいところではあるが、あの2機はヒカルとアステルの生体認証で厳重にロックされている。簡単には奪えない。

 

 その点、リアディス・ドライなら、レオスの愛機であるリアディス・アインと構造は全く同じである。OSパターンをレオス用に調整し直すだけで、問題なく起動できる。

 

 手伝ってくれた兵士達が若い奴等だった事も幸いだった。彼等は自分がカノンの機体を動かす事について、何の疑問も持たなかったのだ。

 

 やがて、起動を完了したリアディス・ドライは、専用装備であるフリーダムストライカーを装備し、カタパルトデッキへと向かう。

 

 だが、通常の動きはそこまでだった。

 

 突如、レオスはビームライフルを掲げると、躊躇することなく発砲、ハッチを吹き飛ばしてしまった。

 

 周囲にいる整備兵が驚いて床に伏せ、あるいは衝撃で吹き飛ばされるのを尻目に、レオスは機体をカタパルトデッキへと進ませる。

 

 後々の事を考えれば、格納庫と機体は破壊しておくに越したことはない。しかし、時間を掛け過ぎてオーブ軍の他の部隊が来てしまったら、脱出もままならなくなる。今は念を入れている時ではなかった。

 

 外に出たレオスは、カタパルトに頼らず機体を飛び立たせる。

 

 今は、これが精いっぱいだった。

 

 そのまま港の通路を抜け、一心に外へと向かう。

 

 ここから離れてしまえば、あとはこっちの物だ。待機している味方と合流して逃げる事は難しくない。

 

 港のハッチを吹き飛ばし、強引に外へと飛び出すリアディスF。

 

 抜け出た瞬間、月特有の、白い大地と黒い天が視界を埋め尽くす。

 

 そのままスラスターを全開。逃走に入る。

 

 大和はまだ、混乱の収拾に奔走している筈。今の内に距離を稼ぐ事ができれば、逃走の可能性は高いはずだった。

 

 だが、

 

 それがいかに甘い考えであるか、レオスは程なく思い知らされる事になる。

 

 センサーが突然警告を発し、後方から急追してくる反応を捉えた。

 

「このスピードは!?」

 

 驚愕と共に発した呻きが、程なく形となって現出する。

 

 虚空にも鮮やかな、12枚の蒼翼を広げた美しいモビルスーツ。

 

 その正体が何であるか、考えるまでも無い。

 

 そもそも、ぜんそくで逃げる自分にあっさりと追いつける機体など、他にある訳がない。

 

 味方であったなら、この上無く頼もしい存在であったはずの「魔王」。

 

 ヒカルのエターナルフリーダムが、まっすぐに追いかけてきていた。

 

《止まれ、レオス!!》

 

 オープン回線を通じて、かつての友が声を上げてくる。

 

 エターナルフリーダムはいったんリアディスを追い抜くと、そのまま反転し、進路を塞ぐようにしてビームライフルを向ける。

 

 だが、

 

「どけ、ヒカル」

 

 レオスは、殊更に冷たく言い放つと、自身もビームライフルを抜いて構える。

 

 元より、事この段に至った以上、止まるつもりはレオスには無い。ヒカルの制止は全くの無意味だった。

 

《レオス!!》

「問答無用だ!!」

 

 言い放つと同時に、先制するようにビームライフルを放った。

 

 

 

 

 

「クソッ!?」

 

 とっさのビームシールドを展開して、ヒカルはリアディスの攻撃を防御する。

 

 まさか、こんな事になるなんて。

 

 ヒカルは臍を噛みたくなる想いで、自身を攻撃してくるリアディスを睨み付ける。

 

 前々から、内通者の存在は考慮していたヒカルだったが、しかし、それがまさかレオスだったとは、思いもよらなかったのだ。

 

 先にアステルと対峙した時、真っ向から彼の言葉を受け止めて、それでも信じとおしたヒカル。

 

 本音を言えば、レオスの事も信じたい。こうして対決するに至った今ですら、何かの間違いであってほしいとさえ思っている。

 

 しかし、現実にレオスはユニウス教団を手引きして大和を乗っ取ろうとし、あまつさえ自分の妹まで撃っている。

 

 もはや疑う余地は無かった。

 

 背中から8基のドラグーンを射出するリアディスF。

 

 ドラグーンはエターナルフリーダムを包囲するように展開すると、一斉に攻撃を開始した。

 

 その様に、ヒカルは舌打ちしながら回避行動を展開、射線をすり抜ける。

 

《やるな、さすがだよ、ヒカル》

 

 レオスの低い声に振り返ると、リアディスFが搭載火器を全て展開して照準を合わせているのが見えた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに回避行動を取るヒカル。

 

 それと、レオスが5連装フルバーストを発射するのは、ほぼ同時だった。

 

 吹きすさぶ虹の如き閃光。

 

 対してヒカルは、とっさに翼を翻して回避。同時にビームライフルで牽制の射撃を行う。

 

「何でだ!?」

 

 トリガーを慎重に引きながら、ヒカルは叩き付けるように叫ぶ。

 

「何で、お前がこんな事!?」

《お前には関係の無い事だ》

 

 冷たく言い放つと、レオスはドラグーンを自機の周りに配置し、今度は全力のフルバーストを仕掛ける。

 

 先程の攻撃に倍する閃光が、エターナルフリーダムに襲い掛かる。

 

 対して、

 

 次の瞬間、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールを展開。高速機動を発揮して射線からすり抜けると、一気に接近を図る。

 

 その動きは、レオスの目にも見えていた。

 

《甘いぞ!!》

 

 直ちにドラグーンを飛ばして、迎撃しようとするレオス。

 

 対してヒカルは、スクリーミングニンバスを展開してドラグーンからの波状攻撃を防御しつつ、一気に接近。同時にビームサーベルを抜刀する。

 

 横なぎに一閃される刃。

 

 その攻撃をレオスはシールドで防御する。

 

 ラミネート装甲のシールド表面が悲鳴を上げる中、どうにか耐え忍びつつ、レオスもビームサーベルを抜いて対抗する構えを見せる。

 

 真っ向から斬り掛かるヒカル。

 

 対してレオスは、エターナルフリーダムの剣閃を上昇しつつ防御。同時に掬い上げる様にしてビームサーベルを振るう。

 

 だが、ヒカルはその剣閃を、のけぞるようにして紙一重で回避する。

 

 すれ違った一瞬、カメラ越しに視線が交錯するヒカルとレオス。

 

 ヒカルは素早く機体を返すと、逃がさないとばかりにリアディスに追いすがる。

 

 対してレオスは、ドラグーンを引き戻してエターナルフリーダムの進路に弾幕を張り巡らせる。

 

 とっさに後退して攻撃を回避するヒカル。

 

 レオスは更にドラグーンを乱射する事で、ヒカルの動きを封じに掛かる。

 

 回避スペースを限定されたヒカル。

 

 その隙を逃さず、レオスはフルバーストモードへ移行。一斉射撃を叩き付ける。

 

 堪らず、ビームシールドを展開して防御するヒカル。

 

 しかし、衝撃を殺しきれず、エターナルフリーダムは大きく吹き飛ばされる。

 

「こいつッ!?」

 

 視界を染め上げる閃光を見ながら、ヒカルは呻き声を上げる。

 

 後退するエターナルフリーダムに、レオスは間断無い攻撃を仕掛けて反撃の隙を与えない。

 

 距離を置いたところで、ヒカルは反撃に転じようとする。

 

 だが、そうはさせじと、レオスは執拗にドラグーンを追撃させる。

 

 展開したドラグーンが矢継ぎ早に攻撃を放ってくる。

 

 その動きは的確で、エターナルフリーダムの退避経路を巧みに塞ごうとしてくるのが判る。

 

 ヒカルはドラグーンの攻撃を何とか回避しながら、どうにかして機体を安全圏へと持っていこうとする。

 

 だが、

 

 そんな中、ヒカルは奇妙な違和感を自分の中で感じ取っていた。

 

 その正体が何かはわからない。

 

 しかし・・・・・・・・・・・・

 

「こいつ、何か・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くヒカル。

 

 その間にもドラグーンから、そしてリアディス本体から激しい攻撃が降り注ぎ、ヒカルの思考的余裕を削いでいく。

 

 考えようとするたびに、閃光が脳裏を塗りつぶしていく。

 

 舌打ちしつつヒカルは思考を切り換え直す。

 

 今は余計な事を考えている場合ではない。

 

 ヒカルは、一気に反撃に出る事にした。

 

 ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開するエターナルフリーダム。

 

「行、けッ!!」

 

 超機動を発揮して、攻撃を防御しながらフル加速。一気に距離を詰めに掛かる。

 

 対して、レオスはエターナルフリーダムの突然の加速に対し、照準を修正しようとする。

 

 だが、

 

 ドラグーンの攻撃をすり抜け、リアディスの攻撃をスクリーミングニンバスで弾いて一気に接近を図った。

 

 目を剥くレオス。

 

 次の瞬間、ヒカルは高周波振動ブレードを抜刀、鋭く振るってリアディスの右手首を斬り飛ばす。

 

 とっさに後退しながら、レールガンを展開して反撃しようとするレオス。

 

 しかし、ヒカルはそれを許さない。

 

 左手のパルマ・エスパーダを展開、リアディスの首を斬り飛ばす。

 

 視界が一時的に不能になったコックピットの中で呻き声を発するレオス。

 

 何とかヒカルの攻撃から逃れようとして、機体を後退させようとするレオス。

 

 しかし、ヒカルはそれ以上の速さで追いつき、更に左手でビームサーベルを抜き放つと、リアディスの左肩を斬り飛ばした。

 

 完全に戦闘力を奪い去られたリアディス。

 

 最後の鋭い蹴りを放ち、月面へ叩き付ける。

 

 轟音と衝撃を上げて、月面へ墜落するリアディス。

 

 その姿を、ヒカルは上空に留まったまま眺めている。

 

 荒い息を放ちながら、ヒカルは墜落したリアディスを、何とも言えない表情で眺めていた。

 

 どうしてこんな事になったのか? 今でもヒカルには判らなかった。

 

 レオスは確かに、自分の仲間だった。

 

 何かの冗談であるのなら、今すぐに現実に戻りたい気分である。

 

 だが、

 

「お前を連行する。話は、そこで聞くよ」

 

 リアディスのマイクが生きているかどうかは判らないが、構わず、ヒカルは呟くように告げる。

 

 かつての仲間を裁きの場に引きずり出す事に、躊躇いが無いはずがない。

 

 しかし、ここで躊躇えば、後々に悔いを残す事になる。

 

 ヒカルは、ゆっくりとリアディスに近付こうとした。

 

 その時だった。

 

 突如、エターナルフリーダムの行く手を遮るように、閃光が迸った。

 

「何っ!?」

 

 とっさに、機体を後退させて回避するヒカル。

 

 その視界の中に、

 

 こちらに真っ直ぐ向かってくる、白銀の装甲と翼を持つ細身の機体が映り込んだ。

 

「あいつはッ!?」

 

 間違いない。ユニウス教団の聖女が駆る、アフェクションだ。

 

《そちらの方を渡していただきます》

 

 静かな宣言と共に、アルマは攻撃を開始する。

 

 プラントからの要請により、今回の襲撃作戦に参加したユニウス教団だったが、アルマは万が一の為の撤退支援の為に待機していたのである。

 

 結果、交戦しているエターナルフリーダムとリアディスを発見して掩護に入った訳である。

 

 アフェクションの背後から、2機のガーディアンが現れると、損傷して動けなくなっているリアディスを抱え上げるのが見えた。

 

「クソッ!!」

 

 その動きに事態を察したヒカルは、舌打ちしながら追いかけようとする。

 

 しかし、その前にアルマは動いた。

 

 12基のリフレクトドラグーンを射出すると、エターナルフリーダムの進路上に展開。一斉攻撃を仕掛ける。

 

 対して、ヒカルは臍を噛むような思いと共に機体を後退させ、どうにか直撃を回避する。

 

 そこへ、アルマは執拗な追撃を続ける。

 

 ドラグーンに加えて、胸部のスプレットビームキャノンや腰部ビームキャノン、ビームライフルを駆使してヒカルを追い詰めに掛かる。

 

 アフェクションからの攻撃を、高機動を発揮しながら回避行動を続けるヒカル。

 

 どうにか機体を安全圏まで逃してから、振り返らせる。

 

 しかし、その間にリアディスを抱えたガーディアンは遠ざかって行く。

 

 そしてアフェクションは、尚も執拗に進路を塞ぎに掛かっていた。

 

「クソッ!!」

 

 舌打ちしながら、ヒカルはアルマの攻撃を強引に掻い潜ろうとする。

 

 だが、

 

《行かせません》

 

 オープン回線でささやかれた言葉は、殊更静かにヒカルの耳朶を打つ。

 

 同時に、アルマは自分の中でSEEDを弾けさせると、攻撃速度を上げてヒカルに襲い掛かる。

 

「クソッ!?」

 

 鋭さを増したドラグーンの攻撃は、ヒカルに反撃の猶予を与えない。

 

 次々と掠めていく砲撃を横に見ながら、ヒカルはただ後退するしかなかった。

 

 追撃を掛ける聖女。

 

 対してヒカルも、ビームサーベルを抜刀しながら反撃の構えを見せる。

 

 元より、遠距離からの砲撃戦では不利な事は、2年前の激突で判っている。

 

 ならば、強引にでも距離を詰めて接近戦に持ち込んだ方が、まだしも勝率は高かった。

 

 その間にアルマは、全てのドラグーンを、エターナルフリーダムを包囲するように配置、同時にアフェクションの搭載全火器を解き放つ。

 

 放たれた砲撃。

 

 その全てが、ドラグーンの表面に当たって反射、角度を変えた閃光が別のドラグーンに連鎖反射しながら光の重囲陣を築き上げていく。

 

 2年前のフロリダで猛威を振るった、リフレクト・フルバーストである。

 

 全方位から、迫りくる閃光。

 

 対して、

 

 ヒカルの中でSEEDが弾ける。

 

 同時にエクシード・システムが起動。エターナルフリーダムのスペックが急激に跳ね上がる。

 

 迸る閃光。

 

 縦横に駆け抜けた光は、

 

 しかし標的を捉える事無く、虚空に掻き消える。

 

《あっ!?》

 

 声を上げるアルマ。

 

 そこへ、フル加速でエターナルフリーダムが突っ込んで来た。

 

 横なぎに振るわれる剣閃は、振るう腕が霞むほどの速度で迸る。

 

 とっさに、ビームシールドでヒカルの剣を防ぐアルマ。

 

 そこへ、

 

「いつもいつも!!」

 

 ヒカルが言葉を叩き付ける。

 

「何で、お前は俺の前に立ちはだかるんだ!!」

 

 離れると同時に、レールガンを展開して砲撃を叩き付けるヒカル。

 

 対してアルマは、ドラグーンを引き戻すと、陽電子リフレクターを展開、エターナルフリーダムの砲撃を防いだ。

 

 その姿に、ヒカルは喉を鳴らして睨み付ける。

 

 フロリダで

 

 そして今回も

 

 聖女は常に、ヒカルの前に立ちはだかって来た。

 

 一体彼女が何者で、なぜ、こうも自分と因縁があるのか、ヒカルには全く判らなかった。

 

 その一瞬、僅かにヒカルの気が削がれた。

 

 その隙を逃さず、アルマはドラグーンの砲門を「自分」へと向ける。

 

 一斉に放たれる砲撃。

 

 それらはアフェクションの本体に命中した瞬間、装甲に反射して弾かれる。

 

 そして、その先には尚も斬り掛かろうと剣を構えるエターナルフリーダムが存在していた。

 

「クッ!?」

 

 全く予期できなかったアフェクションの攻撃を前に、ヒカルはとっさに攻撃機動を諦めてシールドを展開、防御に徹する。

 

 吹き飛ばされながらも、どうにか姿勢を維持しようとするエターナルフリーダム。

 

 だが、その隙にアルマはドラグーンを引き戻すと、翼を翻して撤退していく。

 

 既に作戦の失敗は確定的となった。しかし、だからこそ、こんな所で終わる訳にはいないのだ。

 

 去って行くアフェクション。

 

 その姿を、ヒカルは黙したまま見送る。

 

 元より、偶発的な戦闘であった為、ヒカルもエターナルフリーダムも万全とは程遠い。藪蛇を考慮すれば、相手が逃げる以上、追わない方が得策だった。

 

 しかし、

 

 ヒカルの中で、忸怩たるものが消える事は無かった。

 

 レオスの裏切り発覚と交戦。そして聖女の介入。

 

 どれもが、ヒカルの心を掻き乱すには充分すぎる内容だった。

 

 今回の戦いで自由オーブ軍、特にその尖兵たる大和隊には、消える事の無い傷が残ってしまった。

 

 これから激しくなる戦いにおいて、あるいは致命傷となってしまう程に。

 

「・・・・・・・・・・・・今は、良いか」

 

 ヒカルはそう呟くと、エターナルフリーダムを反転させる。

 

 今は余計な事を考えるのはやめよう。どうせ、先の事など判らないのだから。

 

 それよりも、カノンや、みんなの事が心配だから、艦に戻る方が先決である。

 

 しかし、

 

 これからの前途について、ヒカルはうそ寒い物を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-27「浸食される心」      終わり

 


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