機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-26「獅子身中」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《君のやるべき事は、判っているよねぇ?》

「・・・・・・・・・・・・ええ」

 

 スピーカーから聞こえてきた不快感を誘う声に、一瞬顔をしかめるも、その事を相手に気付かれないように、務めて低い声で返事を返す。

 

 彼との会話は、自分にとって憂鬱極まりない事ではあるが、それは言っても始まらない事であろう。正直、今更であるし

 

 ならばこそ、果たすべき役割を淡々とこなすこと以外に、この状況における救いを見出す事はできなかった。

 

《もうすぐユニウス教団の方も動き出すと思うから。君の役目は、その支援だよ。ああ、僕が言わなくても充分判ってるか。何しろ、こういう事は君の十八番だもんね》

「了解しています」

 

 不必要と思えるくらいに明るい声に対し、陰気な返事を返す。せめてもの意趣返しのつもりだ。こんな事くらいしか抵抗の手段がない自分には、本気で泣きたくなってくる。

 

 だが、相手は気にした様子も無い。

 

 当然だろう、向こうはこちらの事など歯牙にもかけてはいないのだから。

 

《それじゃあ、せいぜい頑張ってね~ あ、別に失敗しても構わないから。我らが議長殿には適当に言い訳しておくし。ただし、仮にそうなった時は・・・・・・判ってるよね?》

 

 そう告げると、通信は一方的に切られた。

 

 それを確認してから、自身も隠し持っていた通信機を投げ捨てた。

 

 もう、これは必要無い。自分の任務は、これで終わりなのだから。

 

 ふと、物思いにふけるように考える。

 

 一体、いつからだっただろう、このような事になってしまったのは・

 

 正直のところ、もう思い出す事すらできない。

 

 ただ、「気が付いた時にはこうなっていた」と答えるのみである。

 

 笑うしかない。

 

 こんなあやふやな存在が、今の今まで「彼等」の輪の中に加わって今まで戦い、そして笑い合っていたのだから。

 

 あやふや

 

 そう、自分はとてもあやふやな存在だ。

 

 何者でも無く、

 

 そして結局のところ、何者にもなれない。

 

 ただ言われたままに行動し、忠実に与えられた役割をこなしながら、そして最後にはすりつぶされていく人形。

 

 否、彼の言葉を借りるなら「ネズミ」だろうか?

 

 いずれにせよ、碌な存在ではない事は自分でもわかる。

 

 せめて自分と言う存在に箔を付けようと、この名を名乗ってみた。

 

 これは、自分達の一族の中で、最も強かったとされる伝説の女性から頂いた名前だ。もっとも、アナグラムなどと言う迂遠な方法を使っている時点で、その後ろめたさも知れようと言う物だが。

 

 彼女の話は、まだ幼かった頃、両親から何度も聞かされて、その度に胸を躍らせた事を覚えている。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ああ、成程、これこそが「呪い」だった訳か。

 

 自分自身を縛り付け、その後の運命を逃れられない程に縛り付けた最悪の呪い。

 

 故にこそ、自分は今ここにいて、このような事になっている。

 

 だが、もうどうしようもない。全ては手遅れだ。

 

 「あいつ」は、この事を何も知らない。全ては、あいつがいない所で全てが決したのだから。

 

 さあ、行こうか。

 

 自分の運命に従って、あるべき道へと。

 

 

 

 

 

 カノンがリアディス・ドライのコックピットから這い出してくると、ちょうどレオスがこちらに向かってくるところだった。

 

 レオスの駆るリアディス・アインは、先の戦いで完全に大破してしまった。

 

 検討の結果、修復はほぼ不可能と判断され、廃棄が決定されている。

 

 当初は3機建造され、あらゆる戦場で活躍してきたリアディスも、今やカノンのドライ1機となってしまったわけだ。

 

 だが勿論、アインとツヴァイの犠牲は決して無駄ではない。それらで得られた技術はフィードバックされ、既に次代を担う主力機の開発は始まっている。それらがやがて、祖国奪還に際して大きな力を発揮してくれることが期待されていた。

 

「ああ、カノン、ちょっと良いかな。ちょっと、手伝ってほしい事があるんだ」

「え、何?」

 

 レオスに手招きされ、カノンはそちらへと足を向ける。

 

 だがふと、

 

 何かがおかしい、と一瞬だけ本能が告げた気がした。

 

 それがいったい何なのか、カノンには判らない。

 

 だが、すぐに気にも留める事は無くなり、カノンはレオスの方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 食堂で食事を終えたヒカルは、エターナルフリーダムの調節を行おうと、格納庫に足を向けていた。

 

 先日のプトレマイオス基地での戦闘で、新たに発動したエクシード・システム。

 

 設計主任であるリリア・アスカの言葉に拠れば、SEEDと呼ばれる特殊な能力者が、その力を解放した際の脳波パターンを感知して発動するのだとか。

 

 これまでいくつかのOSパターンを生み出してきたエクシード・システムだが、エターナルフリーダムに搭載されている物は、OS処理速度を上昇させると同時にスラスター出力を強化して機動性を爆発的に向上させる仕様になっている。

 

 元々、比類無い機動力を有していたエターナルフリーダムだが、これで更なる機動性向上が成されたわけだ。

 

 既に性能は、限界ギリギリまで引き上げられている所に来て、更なる性能向上が図られた訳でが、ここまで来るともはや、並みの人間では手に余る代物になってしまった事は間違いなかった。

 

 しかし、月を奪還して勢いに乗っているとは言え、未だに自由オーブ軍の劣勢は否めない。

 

 いよいよ戦況が厳しくなることを考えれば、これからのヒカルには、極限まで性能を絞り出したエターナルフリーダムを使いこなしていく事が求められる事だろう。

 

 格納庫に向かう廊下に差し掛かった時の事だった。

 

「ん?」

 

 ヒカルはふと、自分の前を歩く整備兵を見て足を止めた。

 

 その整備兵は、手に銃を持っている。

 

 いや、整備兵が銃を持つ事がおかしいとは言わない。大和は仮にも軍艦なのだから、整備兵と言えども、いざという時の事を考えて帯銃は義務付けられている。

 

 しかし今は非常時と言う訳ではない、にもかかわらず抜き身で持ち歩く事には違和感を感じざるを得なかった。

 

 それが1人か2人くらいであるなら、まだ話は分かるのだが、居並ぶ全員が持っているとなると話は変わってくる。

 

「おい、アンタ等、ちょっと」

 

 不審に思ったヒカルは誰何する。取りあえず、何事が起きているのか、事情を聞いてみようと思った。

 

 しかし次の瞬間、

 

 最後尾の兵士が、問答無用で腕を跳ね上げる。

 

 その手にある銃口が、真っ直ぐに向けられる。

 

 驚愕し、目を見開くヒカル。

 

 次の瞬間、容赦なくトリガーが絞られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月を奪回した事で、自由オーブ軍は次なる戦略に取り掛かろうとしていた。

 

 すなわち、悲願とも言うべき祖国奪還である。

 

 ようやくここまで来た、と言う感じではあるが、そこに至るまでにはまだいくつか、クリアしなくてはならない課題がある。

 

 まず、オーブが元々所有していた宇宙ステーション「アシハラ」の奪還を行う必要がある。ここを奪い返さないと、仮に本土を奪還できたとしても、常に頭上を押さえられたまま不利な状況に陥ってしまう事になる。

 

 更に、オーブを奪還するに当たって、その大義名分を明確にする必要がある。

 

 いかに自分達の国とは言え、自由オーブ軍は「祖国に攻め込む」側になってしまう。当然の事ながら、非常手段に訴える以上、それを正当化する言い訳が必要になる訳だ。聊か泥縄的な感は否めないが。

 

 とは言え、それに関して言えば全く当てがない訳ではない。

 

「やはり、アスハ家の方に出張っていただくのが一番だと僕は考えています」

 

 アランは、思案の末に、そう結論を下した。

 

 現在、大和の艦橋には彼の他に艦長のシュウジ、副長のリィス、操舵手のナナミとオペレーターのリザが顔を並べていた。

 

 その中で、アランの提案に一同は思案の顔を浮かべる。

 

「アスハ家、と言うと、やっぱりカガリさんでしょうね」

 

 リィスは叔母の顔を思い浮かべながら言う。

 

 現在、アスハ家の人間と言えるのは、カガリと彼女の夫であるアスラン、それにリィスにとって従兄弟にあたる3人の子供達だ。

 

 このうち、アスランは婿養子と言う形になる為、政治的旗印としては不適格だし、3人の子供達は、まだ幼いうえに知名度がゼロに等しい為、やはり担ぎ上げる象徴としては不適格だ。

 

 その点で言えば、カガリ以上の「神輿」は他にいないだろう。

 

 現在でこそ、公務の一切から身を引いているカガリだが、その実は《オーブの獅子》と謳われた名君ウズミ・ナラ・アスハの娘にして、今はもう過去の国となった「オーブ連合首長国」最後の代表首長。そして現在の「オーブ共和国」建国の母でもある。

 

 ユニウス戦役、カーディナル戦役と言う二大大戦においても強力な指導力、指揮力を発揮して自国を勝利に導いている。

 

 現在のアスハ家には政治的影響力は殆ど無く、よく言って「オーブの旧家」と行った所ではあるが、それでもその知名度とカリスマは健在である。

 

 現在、カガリは子供達と一部の友人達を連れて、ある場所に潜伏しているが、連絡自体はすぐ取れるように確保されている。協力を打診すれば、きっと応じてくれるだろう。

 

「だが、それだけで埒があくとは限らない。問題なのは、オーブ国民の感情だからな」

 

 いかに戦力を整え、神輿を担ぎ出し、大義名分を掲げたところで、オーブの国民が自分達を受け入れなかったとしたら何の意味も無い話である。

 

 オーブが半ば、プラントの統治に組み込まれてから2年近くになる。既にオーブ国民も、プラントによる支配を諦念と共に受け入れている可能性すらあった。

 

「その事なんですが、本土に潜伏している情報部員からの報告が入っています」

 

 発言したのはリィスだった。

 

 自由オーブ軍は前々から、多数の情報部員をオーブ本土、特に行政府のある首都オロファトや、軍事拠点であるオノゴロ、アカツキに潜伏させている。

 

 それはカーペンタリア条約が発行された瞬間からすでに始まっており、その時点でオーブは本国を奪還する為に動いていた訳である。

 

 勿論、プラント側としてもオーブのそうした動きは予測済みであり、保安局を中心とした取り締まりの強化が成されている。

 

 オーブ軍情報部と保安局捜査隊の間で行われた攻防戦は、目に見えないながらも、実際に戦場で交わされる砲火以上に凄惨で激しかったであろう事は想像に難くなかった。

 

「プラントはオーブに対し、殆ど一方的な政治的、経済的な要求を突き付けているそうです。関税の撤廃、プラント議員の議会への参加、税率に引き上げに賠償金の支払い。それらによってオーブの財政はひっ迫し、地方では困窮も始まっていると言う噂があります」

 

 リィスの言葉に、居並ぶ一同は怒りを隠せずにいた。

 

 一方的な言いがかりで自分達の国を乗っ取り、あまつさえ国民を苦しめ続けるプラントのやり方は、断じて容認できるものではなかった。

 

 しかし、これは同時にチャンスでもあった。

 

「成程。それなら、宣伝次第で国民がこちらの味方になってくれる可能性は大いにある訳だ」

 

 腕組みをしながら、シュウジは頷く。

 

 実のところ、オーブ奪還作戦における最大のネックは自分達の「オーブ侵攻」に対する「国民感情」だったのだが、これがある種の「解放戦争」としての意味合いを持たせる事ができれば、充分に国民を納得させる事ができるはずだった。

 

「では、こちら側の意見は、そう言う形でまとめ、司令部の方に送るとしよう。グラディス委員。君が主導して、話を進めてくれるか?」

「判りました。任せてください」

 

 シュウジの言葉に、アランも頷きを返す。

 

 アランは先の月面蜂起に際しても、市民の一斉蜂起を画策して見事に成し遂げ、月解放の決定打を放っている。事政治的要因に関しては、彼に任せておけば問題は無かった。

 

 これで会議は終了となり、皆が立ち上がった。

 

 その時だった。

 

 艦橋のドアが開き、カノンが入ってくるのが見えた。

 

 だが、その足取りはどこかよろけるようにふらふらとしており、明らかに尋常ではない様子が伺える。

 

「カノン、どうかした?」

 

 訝りながら尋ねるリィス。

 

 対して、

 

 カノンの陰から現れた人物が、彼女を突き飛ばすようにして放り出した。

 

「皆さん、動かないでください」

 

 静かに紡がれる言葉が、凶悪な意思でもって囁かれる。

 

 誰もが唖然とする中、

 

 レオス・イフアレスタールは、手にした銃を威嚇するように掲げて見せた。

 

 

 

 

 

 異変は、一斉に起こっていた。

 

 艦内各所では、突然、クルー達が銃口を突きつけられて拘束され、大和の機能は急速かつ強制的に停止させられていく。

 

 まさに早業と言うべきか、電光石火の襲撃である。

 

 先の戦いで勝利した気の緩みもあったのかもしれない。

 

 しかし、それにしても、やはり不自然なほどに手際が良すぎるだろう。

 

 それもそのはず。彼等には「内通者」と言う最高のワイルドカードが備わっていたのだから。

 

 それは誰にも気取られないまま、2年もの間何喰わぬ顔で彼等の仲間面を続け、このタイミングを虎視眈々と狙っていたのだ。

 

 ある意味、驚嘆すべき忍耐力であろう。

 

 下手をすれば自分が死んでいた可能性は大いにあるし、実際の話、何度も危険な目に遭っている。

 

 しかし、当の本人はともかく、「仕掛けた側」の人間は、そのような事は一切斟酌していないだろう。せいぜい「上手く行ったら儲けもの。失敗してもそれはそれ」程度の事でしかないのだ。

 

 だが、事は予想以上に、順調に推移している。

 

 作戦開始から30分以内に、既に大和の艦内は7割近くが制圧されてしまっている。

 

 機関室や弾薬庫等、格納庫などの最重要区画は未だに無事だが、そこら辺も時間の問題であると思われる。

 

 だが、

 

 襲撃者の与り知らぬところで、事態は僅かな瑕疵を作り出していた。

 

 物陰からそっと顔を出し、アステルは周囲を伺った。

 

 艦内に尋常ではない雰囲気が現れた時点で、アステルは一旦身を隠し、状況が落ち着くのを待っていたのだ。

 

 何に付けても、情報を収集する必要がある。目隠し状態で戦っても勝ち目は無かった。

 

 隠れながら聞き耳を立てていたアステルだが、襲撃者が言っていたいくつかの単語から、ある程度敵の正体について当たりを付けていた。

 

「・・・・・・ユニウス教団、か」

 

 「聖女様」「唯一神の御為に」など、いくつか教団につながる言葉が聞き取れたことからも、恐らく間違いはないだろう。

 

 まるっきり意外と言う訳ではない。彼等は先日の戦いにも姿を見せていたし、現状、教団は自由オーブ軍とも敵対関係にある。

 

 彼等が地下に潜伏し、逆襲の機会を虎視眈々と狙っているであろう事は、想定してしかるべきだった。

 

 月の戦いは既に終わったと思っていたのだが、どうやら思わぬアンコールが掛かってしまったらしい。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 慎重に廊下を進みながら、アステルは自身が打つべき手を考える。

 

 このまま座せば、事態は最悪の方向へ流れる事になるだろう。そうなる前に何としても、艦を奪回する必要があった。

 

 腰の銃を抜き放ち、スライドを引いて発射可能な状態にする。

 

 その時、

 

 廊下の角から、誰かがこちらに向かってくる気配を察知した。

 

 とっさに、銃口を持ち上げるアステル。

 

 相手もアステルの存在に気付き、手にしていた銃を持ち上げる。

 

 と、

 

「あ・・・・・・」

「何だ、お前か」

 

 互いに、少し気の抜けたようなやり取りをする。

 

 廊下の角から現れたのは、ヒカルだった。

 

 潜入したユニウス教団の信徒達に発砲を受けたヒカルだったが、どうにか事無きを得て情報収集に当たっている内に、アステルに出くわした訳である。

 

「アステル、相手はユニウス教団だ」

「ああ、判ってる。クソッ 随分と手際よく動きやがる」

 

 ヒカルに相槌を打ちながら、珍しくアステルは悪態をついた。

 

 彼としても、ここまでものの見事に奇襲を受けるとは思っても見なかったのだろう。有効な反撃手段が見いだせない事に、いら立ちを募らせている様子だ。

 

「とにかく、まずはみんなを解放しようぜ」

 

 そう言って、駆け出そうとするヒカル。

 

 だが、

 

「ちょっと待て」

 

 その背後から声を掛けられ、ヒカルは駆け出そうとした足を止めて振り返った。

 

「何だよ?」

 

 少し煩わしそうに尋ねるヒカル。

 

 今は一刻を争う事態である。いたずらに時間を消費している暇はない。

 

 だが、アステルはあくまでも静かな口調で、ヒカルへと語りかける。

 

「今回の襲撃、あまりにも手際が良すぎると思わないか?」

「・・・・・・言われてみれば」

 

 疑惑を投げ掛けたアステルの言葉に対し、ヒカルとしても思い当たる節があるのか、僅かな思案と共に同意の頷きを返す。

 

 ユニウス教団がどのような手段を用いたのかは知らないが、襲撃から制圧まであまりにもスムーズに行きすぎている。いくら何でも、これは不自然過ぎた。

 

 そんな疑問を持つヒカルに対して、アステルは断定するように告げた。

 

「単刀直入に言うぞ。俺は、内通者の存在について疑っている」

「内通者・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に、ヒカルは思わず息を呑む。

 

 確かに、

 

 ヒカルも以前から、その可能性については考慮していた。これまで幾度か、こちらの動きが筒抜けになっているのではと思える事態があった事を考慮すると、内通者の存在感は否が応でも増してくる。

 

 その考えから行けば、内通者が潜伏していたユニウス教団を手引きして大和を乗っ取ろうとしていると考えれば辻褄が合う。

 

 となると、考えるべき事は絞られてくる。

 

「なら、そいつも合わせて見つけないとな。このまま野放しにしていたら、戦争なんてやってられないだろうしよ」

「判らないのか?」

 

 ヒカルの言葉を遮って、アステルは殊更に静かな声で言った。

 

「俺が、その内通者だって言う可能性もあるって事だろ」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 思わず、絶句して振り返るヒカル。

 

 その顔面に向けて、アステルは真っ直ぐに銃口を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異様な雰囲気の中、誰もが身動きできずにいる。

 

 その沈黙の発生源たる青年は、油断なく銃を構えたまま、一同を見据えている。

 

「動かないで下さいよ。俺としても、皆さんの命を奪うような真似は極力したくないので」

 

 銃口をカノンの頭に突き付けたまま、レオスは慇懃な調子で言う

 

 そこにいるのは、自分達の「仲間」ではない。明らかに異質な物を胸の内に抱えている存在だ。

 

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 沈黙を破るように、シュウジは口を開いた。

 

「レオス・イフアレスタール、君が内通者か」

 

 シュウジの言葉に、一同は驚いて振り返った。

 

 これまで何度か、オーブ軍の作戦行動が敵に筒抜けになっていると思われる事態があり、シュウジはそこから内通者の存在を疑っていた。

 

 しかし、まさかそれが、これ程までに自分達の近くに存在しているとは思わなかった。

 

「あまり、驚かないのですね?」

 

 シュウジの態度が落ち着き払っている事に訝りながら、レオスは尋ねる。

 

 リィスはと言えば、その間にもどうにか飛び掛かるタイミングを探って入るが、レオスの銃口が油断無くカノンに向けられているため、それもできずにいた。

 

 そんな中、シュウジは平然と肩をすくめて見せた。

 

「君も、容疑者の1人だったからな。可能性は、一応は考慮に入れていた」

 

 シュウジもまたヒカル同様、以前から内通者の存在を疑っていた。その中には、シュウジの名前も挙がっていたのだ。

 

「なるほど。流石ですね。しかし、それにしては対応が杜撰だったみたいですが?」

 

 レオスの言葉に、シュウジは僅かに顔をしかめて見せる。

 

 確かにレオスの言うとおり、シュウジはこうなる可能性を考慮しながら、何ら対抗策を取る事ができなかった。これはレオスを容疑者の1人に上げながらも、確証を得るまでに至らなかったことが原因である。

 

 誰が敵で誰が味方なのか判らない状況下にあって、下手な手を打つ事で却って藪蛇となる事を危惧した結果であった。

 

「認めるよ。今回は私の負けだ」

 

 静かに告げるシュウジ。

 

 もっとも・・・・・・

 

 その脳裏には、1人の少年の姿が思い浮かべられている。

 

 今や大和隊のみならず、オーブ軍の中心にすら立とうとしているあの少年であるなら、決して自分達を裏切るような真似はするまい。

 

 そう言う意味で、もっとも信用できるのは彼であるのは間違いない。

 

 そこまで考えた時だった。

 

 艦橋のドアが開き、潜入していたユニウス教団の信徒達に銃を突き付けられ、女性が2人入ってくるのが見えた。

 

 その姿に、シュウジは思わず舌打ちする。

 

 拘束されて入ってくる2人の女性。

 

 それはキャンベル母娘。ヘルガとミーアだったからだ。

 

「これから大和は発進してもらいます。ただし、行先については、こちらの指示に従ってもらいますので、ご了承ください。断れば・・・・・・」

 

 そう言ってから、銃口をヘルガへと向け直す。

 

 ミーアがとっさに娘を庇ってその身を晒すが、対するレオスは意に介した様子も無く、無表情のまま銃口を構えていた。

 

 と、

 

「お兄ちゃん!!」

 

 たまりかねたように、リザが叫び声をあげる。

 

 彼女には、兄がなぜこのような暴挙に出たのか、全く理解できなかった。

 

 何かの間違いだと思いたかった。

 

 ずっと一緒に生きてきた兄が、仲間を裏切って敵に売ろうとしているなどとは思いたくなかった。

 

 そのまま、詰め寄ろうとするリザ。

 

 それに対して、

 

 レオスは銃口を向けると、躊躇する事無く引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 向けられた銃口を真っ向から捉えながら、

 

 ヒカルはアステルを睨み付ける。

 

「内通者? お前が?」

「客観的に見れば、最も可能性が高いのは確かだろ?」

 

 ヒカルの言葉に、アステルはそう嘯いて見せる。

 

 確かに、その言葉には一理あると言わざるを得ない。

 

 何しろ、2年前までは北米統一戦線の戦士として、オーブ軍と激しい攻防戦を繰り広げていたアステルだ。

 

 ヒカル自身、アステルとは何度も剣を交え、ついに決着をつける事ができなかった。

 

 かつての敵が味方の中にいる以上、そいつが内通者である可能性が高い。単純な計算問題であると言える。

 

 アステルが怪しいと言えば、確かにそう言う可能性もある。

 

 しかし、

 

「ハッ!!」

 

 銃口を向けられたまま、アステルの言葉をヒカルは鼻で笑い飛ばした。

 

 怪訝な面持ちになるアステルに対し、ヒカルは胸を張って言い切った。

 

「お前が内通者な訳ないだろ」

「何を根拠に言っている?」

 

 言いながら、アステルはヒカルに向けた銃口を逸らさない。

 

 対して、ヒカルも笑みを消さないまま続けた。

 

「これでも、結構付き合いは長くなってきてるからな。多少は、お前の事判ってるつもりだぜ」

 

 共に戦い始めてから1年以上。

 

 今やヒカルの中で、アステルは大切な仲間の1人に数えられている。

 

 だからこそ判る。アステルが裏切る筈がないと。

 

 対して、

 

 アステルはフッと笑い、銃口を下げた。

 

「まったく・・・・・・つくづくお前は、あの馬鹿(レミリア)によく似ているよ」

 

 一緒にいれば、細かい事など気にならなくなる明るさと、周囲の人間を引き付けるキャラクター性。

 

 かつてレミリアも、若輩ながら北米統一戦線の中心的存在として、多くの仲間の心を引き付けていた。

 

 そんなレミリアと、今のヒカルが、アステルには重なって見えたのだ。

 

 ヒカルもつられたように笑みを見せると、そのまま踵を返す。

 

「さて、そんじゃひとつ、ここらで反撃開始と行こうぜ」

「ああ」

 

 頷き合う2人。

 

 そのまま、猟犬の如く駆けだして行った。

 

 

 

 

PHASE-26「獅子身中」      終わり

 


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