機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-25「淡い想い、それぞれに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 靴音も荒く、多数の兵士が踏み込んでくるのが聞こえた。

 

 既に要塞内部の他の区画は制圧済みであり、残るは司令部を含む中央区核のみとなっている。

 

 この突然の奇襲劇に対し、対応できた兵士はほとんどいなかった。

 

 命令はシンプル「対象の捕獲。それ以外の徹底排除」のみである。

 

 基地内の廊下は、既に死体から流れ出る地でぬかるみと化している状態である。

 

 だが兵士達は怯む事なく、目標となる指令室の扉を見つけると、壁に張り付くようにして目配せを交わし合う。

 

 目標はこの中。場合によっては射殺も許可されている。それ程までに、この任務は重大であった。

 

 指揮官からGOサインが下される。

 

 同時に、扉が勢い良くあけ放たれた。

 

 なだれ込む兵士達。

 

 次の瞬間、

 

 彼等の視界は急速に膨らむ白色の光に包まれ、全て塗り潰されていった。

 

 

 

 

 

《基地内部において爆発を確認。各部隊は、ただちに行動を開始せよ!!》

 

 レーザー通信を介して、指示が全部隊一斉に送信される。

 

 同時に、要塞周辺に伏せていたモビルスーツ部隊が一斉に立ち上がり、手にした火砲を撃ち放った。

 

 この突然の攻撃に対し、要塞を包囲するように布陣していた部隊は、ちょうど攻撃に対して背中を向ける形でいた為に、ひとたまりも無く撃破されていった。

 

 襲撃を掛けた側はこの事態を想定していなかったのだろうが、襲撃を受けた側からすれば、ごくごく当たり前なほどに予想の範囲内だった。

 

 事の発端は、先日の東アジア共和国の地球連合脱退問題にある。

 

 地球連合構成国の中で2大勢力の片割である東アジア共和国が脱落した事で、地球連合は事実上の崩壊となった。

 

 残る反プラント勢力はユーラシア連邦のみ。だが、彼等だけで質、量ともに強大化したプラント軍に対抗する事は難しい事は明々白々だった。

 

 自然、強硬路線は下火とならざるを得ない。

 

 ユーラシア連邦首脳部は、プラントとの手打ちを模索し始めている。

 

 しかし、ただ手打ちと言っても、簡単にはいかないだろう。何しろ、つい先日まで実際に砲火を交わし、一度はプラント軍を壊滅寸前まで追い込んだのだから。今更停戦交渉を行うとしても、ユーラシア側はかなりの譲歩を迫られることは明白であった。

 

 手土産が必要である。それも、プラント側が是が非でも欲しがるような極上の物が。

 

 手土産はすぐに見つかった。それも、自分達の手の中から。

 

 すなわち、ブリストー・シェムハザを始めとした旧北米解放軍幹部の首である。彼らを逮捕、拘禁して交渉時の材料とできれば、この上ないカードになるはずである。

 

 仲間を売る事に対する抵抗感は、少なくともユーラシア上層部には無かった。

 

 シェムハザ等解放軍幹部は元々、旧大西洋連邦出身者が大半を占めている。

 

 元々、ユーラシア連邦と、旧大西洋連邦はお世辞にも友好的とは言い難い間柄であった。それでも彼等が地球連合と言う同じ屋根の下に収まっていたのは、プラント、または共和連合と言う共通の敵がいた事が大きい。ユーラシア上層部の中には、旧大西洋連邦が崩壊した今でも、同国に対する根強い不信感を持っている者は未だに少なくない。

 

 以上のような理由から、ユーラシア連邦にとって優先すべきは自国の安寧であり、シェムハザ等が掲げる「北米解放」など、殆どの者達が眼中に無いのだ。むしろ解放軍の存在を煙たがっている者すらいるくらいである。

 

 それでもユーラシア連邦が解放軍を受け入れてきたのは、プラント軍との戦端が開かれた以上、実戦経験豊富な彼等の存在が貴重であったことに加え、万が一、北米の奪回が鳴った暁には、シェムハザ一派を排除した上、自分達が北米に進出して勢力圏を広げ、同大陸における利権や政治権力を手中にしようという野心もあったからに他ならない。

 

 だが、東アジア共和国の地球連合脱退に伴い、その可能性も遠のいてしまった。

 

 今やシェムハザ達の存在は、ユーラシア連邦にとって百害あって一利も無い、完全なお荷物と言って良かった。

 

 つまり、旧解放軍幹部の存在を失ったところで、ユーラシア連邦からすれば痛くもかゆくもない訳である。むしろ、彼等を餌にプラントとの交渉を有利に進める事ができれば儲けものだった。

 

 ただちにモビルスーツ部隊を含む特別チームが編成され、旧北米解放軍が駐留するウラル要塞に強襲がかけられた。

 

 だが、シェムハザは、ユーラシア連邦上層部が考えているほど容易い相手ではなかった。

 

 ユーラシア連邦軍が自分達を捕縛する為の作戦を発動した事を察知したシェムハザは、いち早く要塞を引きはらい、ユーラシア連邦軍を迎え撃つ準備を整えた。

 

 ユーラシア連邦軍の特別チームは、その罠の中に知らずに飛び込んでしまった形である。

 

 基地内部に突入した部隊は、仕掛けられていた爆弾で文字通り全滅。

 

 更に、待機していたモビルスーツ部隊も、油断していたところに急襲を受けていた。

 

 

 

 

 

 オーギュスト・ヴィランは、愛機にしているソードブレイカーが装備するシュベルトゲベール対艦刀を振るい、振り返ろうとしたグロリアスを一刀のもとに切り捨てる。

 

「昨日までの味方を、掌を変えて討ちに来る。それがユーラシアのやり口か。呆れてものも言えんな!!」

 

 まるでトカゲのしっぽ切りのようなやり方に、怒りを覚えずにはいられない。

 

 これでは、道理も大義もあった物ではない。

 

 シェムハザの命を受けたオーギュストは、ウラル要塞攻撃に向かうユーラシア連邦軍の部隊を背後から強襲していた。

 

 今頃は、ジーナとミシェルも、それぞれ部隊を率いて攻撃を開始している頃だろう。

 

 こいつらに容赦は不要だ。先に裏切ったのはユーラシアなのだから。

 

 対艦刀を振るい、接近を図ろうとしたエール装備のグロリアスを叩き斬る。

 

 そこに、昨日までの友軍に対する遠慮は一切無い。ただ「敵」を切り捨てる事への信念があるのみだった。

 

 

 

 

 

 IWSPを装備したソードブレイカーが、搭載した火砲を一斉射撃して、慌てふためく敵機を容赦なく屠って行く。

 

 ジーナの動きがあまりにも速すぎて、反撃に移るタイミングすら掴めない有様だ。

 

「そらそらッ 遅いわよ!!」

 

 ビームガトリングで隊列に穴を開けながら、両腰の対艦刀を抜刀して斬り込むジーナ。

 

 鋭い剣閃は、隊長機と思しきグロリアスを一刀のもとに斬り捨てる。

 

 すかさず集中される砲火を、後退しながら回避。同時に肩のレールガンで反撃する。

 

 その機動性と的確な砲撃に、ユーラシア連邦軍の機体は全く追随できていない有様であった。

 

 全く相手にならない。

 

 今まで、殆どの戦線で最前線を張って来た北米解放軍の兵士達に比べると、お粗末としか言いようのない者達だった。

 

 周囲の敵機をあらかた片付けてから、ジーナは通信を入れた。

 

「ミシェル、そっちの様子はどう!?」

《順調です。閣下を乗せた艦は、既に戦場を離脱しつつあります》

 

 ミシェルは今、シェムハザの乗る戦艦マッカーサーを護衛している。

 

 ユーラシア連邦軍の裏切りが確実された段階で、マッカーサーの出撃準備を進めておいたのは正解だった。おかげで、敵の襲撃に際して慌てる事無く要塞を脱出する事が出来た。

 

 だが、問題はここからである。

 

 大型戦艦での脱出は、当然の事ながら目立つ。流石に、「隠密裏に」と言う訳にはいかなかった。

 

 身構えるように、攻撃準備を整えるミシェル。

 

 そのミシェルの視界の中で、複数の機体がマッカーサーを目指して向かってくるのが見えている。どうやら早速こちらの意図に気付き、脱出を阻止しようと向かってきたらしい。

 

 だが、

 

「悪いな、ちょっと遅かった」

 

 冗談めかした口調で言うと、ミシェルはソードブレイカーに装備したアサルトドラグーンを一斉射出し、向かってくる部隊に差し向ける。

 

 ユーラシア兵達もソードブレイカーがドラグーンを放った事を察知したのだろう。ただちに迎撃しようと散開を開始する。

 

 だが、

 

「言ったろ。もう遅いってのッ!!」

 

 ミシェルの言葉と共に、包囲すると同時に攻撃を開始するドラグーン。

 

 その縦横に奔るビームを前に、多少の抵抗は一瞬にして無意味と成り果てた。

 

 空中に浮かぶ複数の爆炎。

 

 ミシェルがただ1人で敷いた防衛網を突破できた者は、1人も存在しなかった。

 

 

 

 

 

「ヴィラン大佐、エイフラム中佐、フラガ少佐がそれぞれ交戦中。現在までのところ、敵戦力の4割を殲滅。2割に行動不能な損害を与えたと推定!!」

「要塞内部の爆発、全体の7割を超え、なおも継続中!!」

「全部隊、退避完了しました。後続の部隊も損害、ありません!!」

 

 オペレーターからの報告を聞きながら、マッカーサーのブリッジに座したシェムハザは、身じろぎせずにいた。

 

 一見するとシェムハザは、腕組みをしたまま泰然自若としているように見える。いつも通り冷静に、組織の長としてどっしりと構えているかのようだ。

 

 しかし、その内面では身を引き裂く程の怒りに震えていた。

 

 北米での戦いから2年。またしても、敵の策略に屈して逃亡すると言う惨めな立場に追いやられてしまうとは。

 

 前回も、そして今回も、8割がた勝利が確定していたと言うのに、敵の策略で押し返され、ついには逃亡者に身をやつす羽目に陥ってしまった。

 

 認めざるをえまい。敵は自分達よりも数手先を見通せるだけの力を持っているのだ。

 

 唯一の救いは、ユーラシア連邦軍の動きを事前に察知できた事で、最小限の損害で脱出するのに成功した事だろう。

 

 地団太を踏むユーラシア幹部の連中の顔を思えば、溜飲も多少は下がると言う物だ。

 

 これからユーラシア連邦は、プラントとの苦しい交渉に入る事だろう。「手土産」が何も無い状態では、相当厳しい条件を呑まざるを得なくなるに違いない。

 

 勿論、それについてはせいぜい、高みの見物を洒落込ませてもらうが。

 

 しかし、それでもシェムハザ自身、プラントに出し抜かれた事への屈辱は、聊かも劣化する事は無いのだが。

 

 これでまた北米解放の日は遠のき、青き清浄なる世界もまた、手の届かない場所へと行ってしまう。

 

 だが、

 

「まだだ」

 

 低い声で、シェムハザは呟く。

 

 まだ、自分達は負けた訳ではない。

 

 確かにユーラシア連邦からは見限られ、寄るべき拠点も失った。

 

 だが、まだこうして、多くの兵士達が付き従ってくれている。皆、たとえ最後の1人になったとしても、北米が解放されるその日まで戦い続けると誓った同志たちだ。

 

 ユーラシア連邦の弱卒などとはわけが違う。シェムハザが真に頼るべき者達だ。

 

 それに、戦いには敗れたが、切り札はシェムハザの手元に残った。

 

「ディザスターの調子はどうだ?」

「ハッ 既に最終調整を残すのみとの事。後の作業は艦内でも十分可能です」

 

 兵士の返事に、シェムハザは頷きを返す。

 

 自分達はまだ負けていない。「アレ」さえあれば、まだ巻き返しは十分可能なはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚空へ向けて、弔鐘の銃声が奏でられる。

 

 先の戦いで命を落とした多くの兵士達へのレクイエムが、乾いた音と共に鳴り響いた。

 

 プトレマイオス基地の戦いにおいてプラント軍を撃破する事に成功したオーブ・パルチザン連合軍は、その後、逃げる敵を追撃して壊滅状態に追い込む事に成功した。

 

 更に、月面各都市で蜂起した市民達の攻撃によって、プラント政府による行政は機能停止状態に陥った。

 

 ここに、プラントによる月支配の構図は崩壊し、事実上の自治権回復が成された事になる。

 

 その後、遅ればせながら到着した自由オーブ軍本隊も加わって徹底的な残敵掃討が行われ、プラント軍の残存勢力を掃討する事にも成功した。

 

 自由と独立を取り戻した月。

 

 だが、その代償はあまりにも大きかった。

 

 長くパルチザンのリーダーとして活動を続けてきたエバンスを始め、多くの兵士達が決戦に際して命を落として行った。

 

 彼等は皆、月の自由を取り戻す事を夢見て戦ってきた同志たちであり、これからの月の命運を担う貴重な人材たちであった。

 

 だが、彼等は最早、戻る事は無い。

 

 残った者達にできる事は、彼等の冥福を祈り、彼等の分も月を盛り立て発展させていく事のみだった。

 

 やがて鎮魂の式典も終わり、皆が三々五々、それぞれの持ち場へと戻る中、参列していたリィスも、自分の部屋へ戻ろうとしていた。

 

 だが、歩く彼女の表情はどこか茫洋として、心ここにあらずと言った様子を見せている。

 

 正にその通りと言うべきか、リィスは今、式典とは別の事を考えていた。

 

 あの戦いの終盤、危機に陥ったリィスを助けた謎の機体。

 

 後でターミナル所属の機体である事が判明したのだが、その外見は奇妙としか言いようが無く、まるで自らの正体を隠すように、外套で機体の頭頂から膝付近まですっぽりと覆っていた。

 

 だが、

 

 どんなに偽装したところで、リィスの目を誤魔化せるわけがない。

 

 なぜなら、あの機体はリィスの機体でもあったからだ。

 

「・・・・・・・・・・・・間違いない・・・・・・あれはクロスファイアだった」

 

 確信を込めて、そっと呟きを漏らす。

 

 ZGMF-EX001A「クロスファイア」

 

 子供の頃、リィスが父キラと共に駆った機体であり、18年前のカーディナル戦役の折、敵将カーディナルを討ち取り、更に地球へ落下しようとする大量破壊兵器オラクルを撃破して世界を救った機体でもある。

 

 ただ、オリジナルのクロスファイアは、戦後すぐにデータとメインシステムのみを残して解体されている。

 

 激しい戦闘で機体はボロボロになり、更にオラクルを破壊するために最強最後の切り札である「超高密度プラズマ収束砲クラウ・ソラス」を使用した反動から、内部機構も手の施しようがないほどに破壊し尽くされていた。いっそ、全く同じ機体を一から作り直した方が早いとまで言われていた事を考えれば、解体も止む無しと言ったところである。

 

 だが、あれがクロスファイアであった事は、他ならぬオペレーターであったリィスが言うのだから間違いない。

 

 現実的に考えれば、誰かがクロスファイアを復活させたと言う事なのだろう。

 

 だが、問題なのは、クロスファイアを復活させる意味は、それほど高くないと言う事である。

 

 クロスファイアの持つ特殊性は、他の機体の比ではない。並みの兵士はおろか、余程熟練したエースパイロットであったとしても、その性能は2割も発揮できないだろう。

 

 なぜならあの機体は、世界で唯一となる「完全SEED因子対応型機動兵器」であるからだ。

 

 かのギルバート・デュランダル曰く「宇宙へ進出した人類が、過酷な環境へ適応するために果たす進化の先駆け」であるSEED因子。発動すれば、あらゆる感覚が倍加し、思考速度もあり得ない程の上昇を見せる。

 

 今はまだ、殆ど認知されておらず、中には絵空事のように扱う人も多いSEED因子だが、人間が広大な宇宙空間へ乗り出していく上では、確かに必要不可欠な特殊能力であると言える。

 

 実際のところ、SEED因子が如何なるものであるか、詳しい事は一切何もわかっていない。

 

 ただ、遺伝子工学者時代のデュランダルは、その謎の一端に迫り、SEED因子を利用するシステムの基礎を作り出す事に成功した。そのシステムを発展させ、更に実戦投入可能なレベルに完成させた「エクシード・システム」を、クロスファイアは搭載しているのだ。

 

 因みにエターナルフリーダムにも同様のシステムが搭載されているが、こちらはソフト面を模倣し、ハード面は簡略化された代物である。

 

 つまり、あの機体のパイロットは、SEED因子でなければならない。その為、仮に復活させたとしても、適性のあるパイロットが確保できなければ何の意味も無いのだ。

 

 一体、誰が? 何の為に? あんな手間のかかる物を復活させたのか。

 

「・・・・・・・・・・・・まさか、ね」

 

 「その可能性」に思い至り、リィスは苦い呟きを漏らす。

 

 そんな事はあり得ない。あり得るはずがない。

 

 そう思いつつも、心の中では「もしかしたら」と思ってしまうのは避けられなかった。

 

 と、

 

「リィス?」

 

 前から声を掛けられて顔を上げると、よく見慣れた男性が怪訝な表情をしてリィスを見ていた。

 

「アラン、どうかした?」

「いや、随分と深刻そうな顔をしていたから、どうしたのかなって」

 

 どうやら、考えていた事が顔に出てしまっていたらしい。

 

 とは言え、この件はここで悩んでも仕方が無い事である。今度、どこかでターミナルの構成員と接触した時にでも問い質してみた方が良いだろう。

 

 それよりもリィスには、色々と仕事が山積している。

 

 月を奪回した事で、自由オーブ軍の活動範囲はこれまでと比較にならない程に広大化している。

 

 それはつまり、いよいよ祖国奪還に向けて動き出す時が来たのだ。

 

 その為に、各拠点に点在している自由オーブ軍を結集し、戦力を整える必要があった。

 

「これから忙しくなるね」

「ええ」

 

 頷きを返しながら、リィスはアランを見やる。

 

 コキュートスから救出されて以来、アランは自由オーブ軍の政治委員として精力的に活動している。先の第二次月面蜂起においても、市民を一斉に蜂起させる策を考え、エバンス等と共に実行に向けて、全ての段取りを滞りなくこなして見せた。

 

 一般人である故、戦闘面において活躍する機会は無いが、その政治的知識を活かす場を与えられたアランは、今や自由オーブ軍にとって必要不可欠な存在となっていた。

 

 そんなアランを、リィスもまた頼もしく思っている。

 

「ああ、そう言えば・・・・・・」

 

 そんなリィスに対し、アランは何かを思い出したようにリィスを見た。

 

「まだ、デートの約束を果たしていなかったよね」

「デ、デーッ!?」

 

 サラッととんでもない単語を言ったアランに対し、リィスは顔を赤くして絶句する。

 

 確かに、前に一緒に食事すると言う約束をしたものの、その後色々な事がありすぎて有耶無耶になっていたが、まさかその話を、ここで蒸し返されるとは思っていなかった。

 

 そんなリィスの反応が面白かったのか、アランはフッと笑みを向ける。

 

「そっちも、楽しみにしているから」

「バカッ こんな時に!!」

 

 先に歩き出すアランを、慌てて追いかけるリィス。

 

 とは言え、その心の中では、どこか浮き立つような楽しさを感じているのも確かであった。

 

 

 

 

 

 ヒカルが食事をするために食堂に入ると、中に1人だけ先客がいる事に気付いた。

 

「あッ」

「おう」

 

 ヒカルとカノンは互いの顔を見合わせると、声を上げる。

 

 先日の戦いにおいては負傷により出撃できなかったカノンだが、おかげで隊長は完全に元に戻っており、出撃にも耐えられるだろうと判断された。

 

「もう、体は大丈夫なのか?」

「う、うん。もうバッチリだよ」

 

 そう言って、カノンは少し顔を俯かせる。

 

 正直、カノンはヒカルにどのような顔をして向かい合えば良いのか、測り兼ねていた。

 

 先日捕まった際に、レミリア(レミル)が女であった事を知り、しかもそれをヒカルが前々から知っていた事が判明して、カノンはひどく動揺した物である。

 

 一応、距離感と言うアドバンテージがある事を自覚してはいる。レミリアは今、敵軍の陣中にいるのに対し、カノンはヒカルの味方、同じ艦に乗っている。

 

 だが性格的にヘタレ(母親の遺伝子)のせいで、そのチャンスをどう生かすべきか、カノンには思い悩んでいる所であった。

 

「ん、やっぱ、まだ具合悪いんじゃないのか?」

「ッ!?」

 

 いきなりヒカルにおでこを触られ、思わず硬直するカノン。

 

 ふと見れば、驚く程にヒカルの顔が近くに見えた。

 

 うわっ 何かコイツ、ちょっと見ない間に随分と格好良くなってない?

 

 心の中でドギマギしながら、カノンはヒカルの顔を見詰める。

 

 その目が、一点に集中して注がれた。

 

 ヒカルの唇。

 

 それが今、カノンのすぐ目の前に晒されていた。

 

 ほんのちょっと、

 

 少しだけ背伸びすれば、届きそうな位置。

 

 いっそ、このまま、

 

 そう思って、顔を近づけようとした。

 

 と、

 

「あら、ヒカルにカノンじゃない。どうしたの?」

「キャッ!?」

「おっと」

 

 突然登場したヘルガの声に、動揺したカノンはバランスを崩してヒカルの胸の中へと倒れ込む。

 

「大丈夫か、お前?」

「う、うん。大丈・・・・・・ブッ!?」

 

 途中まで言った時点で、自分がどんな格好になっているか気付き、慌てて離れるカノン。

 

 とは言え、若干名残惜しそうな顔をしていたのは事実であるが。

 

 しかし、それに気づいたのは彼女の想い人では無く、第三者の方だった。

 

「あら、お邪魔だったかしら?」

「邪魔って、何の事だよ?」

 

 本気で意味が分からずキョトンとするヒカルに、ヘルガは嘆息し、カノンは恥ずかしさで顔を真っ赤にすると、足早に駆け去って行った。

 

「何だ、あいつ?」

 

 あっという間に去って行くカノンに、首をかしげて見送るヒカル。

 

 そんな少年に対し、ヘルガはあからさまなため息をついて見せる。

 

「カノンも苦労してるわね、こんなんが相手じゃ」

「どういう意味だよ?」

 

 ヒカルは、少しムッとした調子で尋ねる。

 

 昔はアイドルとしてヘルガに憧れを持っていたヒカルだが、こうして間近に接して見ると、遠くにいるアイドルと言うよりも、同年代の友人のように思えてくるのだった。

 

 アイドル特有の気難しさもあるヘルガだが、同時に少女特有の取っ付きやすさも兼ね備えている。その為、実際に付き合ってみれば、意外なほどあっさりとヒカル達の輪に溶け込んで来たのだ。

 

 勿論、今でも彼女の歌は好きだが、それはそれとして、ヒカルにとってヘルガは気兼ねなく話ができる友人になっていた。

 

「んー 教えてあげても良いんだけど・・・・・・」

 

 顎に指を当てて考えてから、ニンマリと笑みを浮かべる。

 

「やっぱ教えない。勝手に言ったら、あの娘に悪いしね」

「おいッ」

「自分で考えなよ。そうじゃないと価値が無いわよ」

 

 そう言うと、手をヒラヒラと振りながら去って行くヘルガを、ヒカルは唖然とした調子で見送る。

 

「・・・・・・何なんだ?」

 

 二人の少女が残した、歯に置く場が残るような状況に、ヒカルは意味が分からずに首をかしげるしかなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 月の地下に潜伏する形で、尚も存在し続ける者達があった。

 

 彼等は、自分達の象徴たる者の前へ立つと、恭しく膝を突く。

 

「お待たせいたしまた」

「先方との連絡は如何です?」

「滞りなく。全て、予定通りに事が運んでおります」

 

 報告を受け、

 

 ユニウス教団の聖女、アルマは頷きを返す。

 

 戦いは終わった。

 

 しかし、この場における自分達の役割は、まだ終わった訳じゃない。

 

 それを成す為に、ユニウス教団は戦力を残したまま月に居座り続けているのだ。

 

「では、参りましょうか」

 

 そう告げると、アルマはゆっくりとした足取りで歩き始めた。

 

 

 

 

 

PHASE-25「淡い想い、それぞれに」      終わり

 


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