機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-03「天を目指す翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜水母艦アドミラル・ハルバートンは、北米統一戦線が所有する潜水艦であり、同組織が持つ唯一の機動戦力である。

 

 基本的に地上戦闘がメインであり、海上戦力を必要としない統一戦線にとって海軍は不要な存在なのだが、それでも万が一の際の移動手段として重宝されていた。

 

 現に今回も、ハワイ攻撃を行う部隊を作戦海域まで輸送するのに、大いに役立ってくれた。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役中に宇宙艦隊を率いてザフト軍を相手に奮戦し、地球軍最初のモビルスーツとなった6機のG兵器、所謂「Xナンバー」を開発推進した提督の名前から命名されたこの潜水艦は、乏しい戦力しか持たない統一戦線にとって、貴重な「足」でもあった。

 

「気に入らないな」

 

 そのハルバートンのブリッジで、アステル・フェルサーは鋭い眼差しを引き絞るようにして呟く。

 

 やや銀色掛かった掛かった癖のある髪に、少しあどけなさが残る顔が特徴の少年である。

 

 まだ10代後半ながら北米統一戦線内ではトップクラスの撃墜数を誇るエースパイロットであり、中尉と言う階級を持つアステルは、今回の作戦では後詰の任務を負っている。襲撃部隊に万が一の事があった場合、その掩護と撤退支援が任務である。

 

「作戦に時間がかかりすぎている。予定なら、もうとっくに帰還信号が出ているはずだ」

「確かにな」

 

 傍らに立っていた艦長も、腕に嵌めた時計を確認しながらアステルの言葉に同調する。

 

 作戦の指揮はクルトが取っている、彼が指揮する以上、ミスは無い物と信じたいところだったが、しかし相手は共和連合軍の主力部隊である。作戦の遅延は考慮に入れてしかるべきだろう。

 

 それに潜入中の工作員の事も気になる。

 

 彼女の能力も信頼しているが、しかしそれでも、1年以上会っていない事もあって、その間に何があったのか判らない以上、不確定要素は拭いきれなかった。

 

 踵を返し、ブリッジの出口へと向かう。

 

「出るのかね?」

「その為の俺だ」

 

 艦長の問いかけに対して、アステルは短く答える。

 

 元々、口数が少ないせいもあって、必要最低限の事しかしゃべらないアステル。他のメンバーもその事は熟知している為、特に不快感を示すような事はしない。

 

 とは言え、状況が遅延している以上、外部から梃入れを行う事に関して異存は出なかった。

 

 出て行くアステルを見送ると、艦長は頷いてマイクを取るって格納庫を呼び出した。

 

「格納庫。フェルサー機の発進準備をしろ!!」

 

 

 

 

 

 クルト・カーマインは今年で37歳となる。

 

 基本的に体力勝負となるパイロットと言う職業をやるには、聊か年齢が高めだが、若い頃から大西洋連邦軍の兵士として鳴らした肉体は未だに衰えるところを知らず、最前線に立つ事を可能としていた。

 

 そのクルトにとって、今使っているジェガンと言う機体は、人生の中で最高と言って良い性能を持っていた。

 

 長いパイロット人生の中で、花形とも言うべき特機のパイロットになる事は無かったクルト。勢い、乗り継いできた機体は量産型が中心となる。ストライクダガー、シルフィードダガー、105ダガー、ダガーL、ウィンダム、グロリアス。歴代の主力機はほぼ乗り尽くしたと言っても良い。

 

 そんな彼にとっても、ジェガンと言う機体は満足のいく性能を持っていた。

 

 量産型ながら高い機動性を誇り、ストライカーパックの採用により武装面も充実している。更にPS装甲の採用によって防御力も高い。

 

 問題はコストが高すぎて、北米統一戦線には充分な数の機体確保がままならない事だが、それでも、強大な共和連合軍と戦うのに、この機体が非常に頼もしい事は確かだった。

 

 ジェガンを操りながら、ハワイ基地に対する攻撃を続行していたクルトが、自分に向かって接近してくる機影の存在に気付いたのは、間もなく作戦終了時間になろうとしている時だった。

 

 既に基地施設への被害は増大し、周辺の共和連合軍戦力は壊滅状態に等しい。

 

 次の目標に向けて移動しようと思っていた、その矢先の事だった。

 

 センサーが自身に向かって急速に接近してくる機影がある事を察知し警報を鳴らす。

 

「このタイミングで、新手だと!?」

 

 振り仰ぐ先。

 

 そこには、早急を高速で飛翔しながら接近してくる人型の機影の姿があった。

 

「オーブの新型ッ 完成していたのか!?」

 

 一瞬で相手の正体を看破し、クルトは迎え撃つ体勢を整える。

 

 しかし、内心では舌打ちを隠せない思いである。

 

 海洋国家であるオーブ共和国軍が最も力を入れている分野は、戦闘機型のモビルアーマーに変形可能な機体である。彼等は国土を防衛する為、広大な海域を迅速にカバーする事ができる、戦闘機型の機体を重宝しているのだ。

 

 特に近年、彼等はそれまで主力機であったシシオウに次ぐ、新たな可変機動兵器「イザヨイ」を実戦配備している。

 

 しかし今、クルトのジェガンを目指して接近してくる機影は、そのイザヨイではない。明らかに可変機構を排した機体であり、背部にはエールストライカーから派生したと思われる高機動武装パックを装備している。

 

 目を細めるクルト。

 

 未だに熱紋登録もされていない新型機のようだが、それだけに侮る事は出来なかった。

 

 一方、接近する機体の中で、リィスもまた自身の目標を見定めていた。

 

「隊長機・・・・・・あれね!!」

 

 猛る心を解き放つように言いながら、更に速度を上げる。

 

 この機体は、現在オーブ軍主導で進めている「エターナル計画(プロジェクト)」と呼ばれる次期新型機動兵器開発計画の一環として建造された機体であり、従来型の武装換装システムを導入しているのが特徴である。

 

 MBF-M1R「リアディス」と命名されたこの機体名は「ReFain Astray Defense Integrate Striker」の頭文字を取って命名された。その名が示す通り、オーブ軍にとって初の国産モビルスーツとなったM1アストレイの正当後継機であり、更にかつては「ストライクA」が使用していたオーブ製ストライカーパックへの武装換装を可能にした機体でもある。

 

 3機建造され、それぞれアイン、ツヴァイ、ドライの番号が割り振られているが、リィスの機体はその中で1番目に当たるアインだった。

 

 現在の装備は高機動型のイエーガー。エール装備のクルトとは、同じ機動力重視型の機体同士による対決となる。

 

 接近するリアディスに対して、クルトのジェガンもまた、エールストライカーのスラスターを吹かして飛び上がる。

 

 上昇接近しながらビームカービンを放つジェガン。

 

 しかし、リィスもまた、見開いた双眸でジェガンを見据える。

 

「遅い!!」

 

 殆ど最高速度に近い状態から自機の軌道を逸らし、ジェガンの攻撃を回避するリィス。

 

 同時にリアディスは空中で跳ね上がるような機動を行うと、クルトの視界から外れるようにして、ビームサーベルを抜き放つ。

 

 急降下と同時に、剣はジェガンに振り下ろされる。

 

 縦に一閃する光刃。

 

 対して、リアディスの剣をクルトのジェガンはシールドで受け止める。

 

 両者、一瞬の間を置いて遠ざかりつつ互いを睨みつける。

 

「強いな!!」

 

 空中で高速起動しながらジェガンの攻撃を回避、更に速度を落とさずにクルトの刺客からの斬撃と、リアディスの動きに一切の無駄は無い。

 

 その為、クルトはリィスをかなりの強敵であると判断したのだ。

 

 リアディスのビームサーベルをシールドで弾くと、自身もビームサーベルを抜いて接近戦の構えを見せるクルト。

 

 空中で剣を構え、対峙するリアディスとジェガン。

 

 両者、同時にスラスターを点火。互いに斬り込みを掛ける。

 

 交錯する光刃。

 

 刃を盾で防ぎ、そのまますれ違うように交差。切っ先を向け合う。

 

 互いに無傷。単調な斬撃では、相手を傷付ける事は叶わない。

 

 その動きの中で、クルトは少しずつ焦慮を深めていく。

 

 既に作戦開始から大分時間が経っている。敵の目をこちらに引き付けておける時間も残りわずかだというのに、尚も今作戦における本命が姿を現さない事に苛立っているのだ。

 

 腐っても、ここは敵の本拠地である。

 

 時間が経てば共和連合軍も体勢を立て直してくるだろう。増援が大規模で来られたら、少数戦力で攻勢を仕掛けている北米統一戦線に勝ち目はない。

 

 作戦失敗か?

 

 嫌な予感が、脳裏をよぎる。

 

 そう思った時だった。

 

 突如、地上から強烈な爆発が起き、中から1機のモビルスーツが姿を現した。

 

 その機体は地上から一気に駆け上がってくると、手にしたビームサーベルを一閃、リィスのリアディスに斬り掛かる。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、機体を後退させるリィス。

 

 その間に、現れたモビルスーツは空中で体勢を整え、背中のスラスターから炎の翼を展開、全てを睥睨するように見下ろしてくる。

 

「ベータ・・・・・・やっぱり敵の狙いは・・・・・・」

 

 カメラアイ越しにリィスはその姿を見て、悔しそうに呟く。

 

 敵の狙いが、共和連合が開発した新型の破壊、もしくは奪取である事は攻撃を受けた時点で予想していたが、それを防ぐ事ができなかった事が悔しかった。

 

 対してクルトは、口元にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ようやくお出ましかよ。待たせやがって」

 

 その呟きには、会心の想いと共に多大な安堵に満ちていた。

 

 現れた機体は、全身に施された武装と、背中から発する炎の翼により、流麗さと禍々しさを同居させた、一種の堕天使の如き凶悪な美しさがある。

 

 昔、まだ子供の頃、リィスが父と共に駆ったクロスファイアに外見は似ているが、そうではない事をリィスは知っている。

 

 RUGM-X42B「スパイラルデスティニー」

 

 エターナル計画の一環として建造されたモビルスーツであり、開発段階で「ベータ」のコードネームで呼ばれていた新型機動兵器である。ユニウス戦役時にザフト軍が戦線投入したデスティニー級機動兵器をベースに「遠距離、中距離、近距離にそれぞれ対応した武装を搭載する事で、あらゆるレンジにおいて圧倒的な戦闘力を発揮する」と言うデスティニーのコンセプトを限界まで極大させる形で完成した機体である。

 

 その性能は現状、間違いなく世界最強。

 

 その鮮烈な美しさを目にして、臍を噛むリィス。

 

 あれがテロリストに奪われる事になるとは。

 

 そのコックピットには、奪取作戦の直接担当となった、レミル・ニーシュの姿があった。

 

 否、作戦が成功した以上、その名は既に相応しくない。

 

 レミリア・バニッシュ。それが、レミルの本名である。

 

 そして、切り裂かれた制服の胸元には、男としては不自然なくらい大きなふくらみがあるのが目につく。

 

 そもそもからして、男性士官候補生レミル・ニーシュと言う人物は、その名も、存在も本来ならあり得ない。

 

 レミリアは、生物学的には紛う事無き女だった。

 

 スパイラルデスティニーのコックピットでは、レミリアが操縦桿を握ったまま、自らが奪った機体の性能に驚愕していた。

 

「技術の進歩は恐ろしいね。こんな機体が作れる時代になるなんて・・・・・・」

 

 1個艦隊に匹敵するほどの火力と、比類無き機動力、複数の敵をも圧倒できそうなほどの接近戦能力。

 

 かつて、これ程の性能を持った機体は、そうはいなかったように思われる。

 

 その時、高速でこちらに向かってくる複数の機影がある事に気付いた。

 

 恐らく、体勢を立て直した共和連合軍が、ようやく邀撃機を上げてきたのだろう。複数の戦闘機型機影はオーブ軍の物である。

 

 MVF-M15A「イザヨイ」

 

 シシオウに次ぐ新たなオーブ軍の主力機動兵器であり、伝統とも言うべき戦闘機形態への変形を可能とした機体でも。

 

 シシオウ、ライキリでは直線速度を重視した設計がされたが、このイザヨイでは初代可変機であるムラサメの設計を踏襲し、速力よりも旋回性能を重視、より空中戦における機動力向上に努めた。

 

 そのイザヨイが、スパイラルデスティニー目がけて突っ込んでくるのが見える。

 

 その動きを見据え、

 

「行くよ」

 

 レミリアはスパイラルデスティニーの搭載武装を展開する。

 

 背中の3連装バラエーナ・プラズマ収束砲、両手のビームライフル、腰の連装レールガン。

 

 かつてのデスティニー級からは想像もできないくらいの重武装振りである。

 

 合計12門による一斉攻撃。

 

 大気その物が虹色に染まったような光景が現出される。

 

 圧倒的な火力。

 

 光の奔流は全てを飲み込み、そして焼き尽くす。

 

 空中に爆発が連続し、接近しようとしていた共和連合軍の機体は一斉に吹き飛ばされる。

 

 反撃すら許さない無慈悲で圧倒的な攻撃。

 

 直撃を喰らった機体は、現状を認識する暇すらなく、大気へ塵となって消えて行く。

 

 生き残った機体も、スパイラルデスティニーの圧倒的な火力を前にして一瞬の怯みを見せる。

 

 その隙をレミリアは見逃さない。

 

 スラスター全開。炎の翼を羽ばたかせながら、運命の堕天使は翔ける。

 

 レミリアの双眸が鋭く光る中、距離は一気に詰まる。

 

 そのあまりの高機動を前に、共和連合の兵士達はスパイラルデスティニーの動きを目で追う事すらできない。

 

 腰からミストルティン対艦刀を抜き放つと、空中で動きを止めていた機体を、すれ違いざまに次々と斬り捨てていく。

 

 共和連合側の機体も、ただちに反撃を開始する。

 

 空中にあるスパイラルデスティニーを包囲するように、イザヨイが四方八方から迫ると、手にした武器を掲げる。

 

 しかし、

 

「ダメッ そいつに不用意に近付いちゃ!!」

 

 状況を察したリィスが、オープン回線で叫び声をあげる。

 

 しかし、遅かった。

 

 次の瞬間、スパイラルデスティニーの翼を構成する上下のカバーユニットが外れたかと思うと、それぞれが独立した機動で空中を飛翔し始めたのだ。

 

 攻撃位置に着くデバイスユニット。その数は全部で8基。

 

 次の瞬間、デバイスに取り付けられた砲門から、一斉にビームが発射される。

 

 1基に付き5門。合計40門のビーム砲による一斉攻撃を前に、スパイラルデスティニーを包囲しようとしていたイザヨイは、1機の例外も無く直撃を受け吹き飛ばされる。

 

 圧倒的な光景だった。

 

 全ての機体が、直撃を受けて空中に爆炎の花を咲かせている。

 

 後に残ったのは、爆炎を背景に立ち続けるスパイラルデスティニーのみだった。

 

 それを見たリィスが、焦慮を滲ませて叫ぶ。

 

「これ以上好き勝手にはさせないわよ!!」

 

 リアディスのスラスターを吹かしながらスパイラルデスティニーへ接近を試みようとするリィス。

 

 いかに最新鋭機のリアディスであっても、スパイラルデスティニーが相手では分が悪いだろう。

 

 しかし、この場にあって、あれに対抗できそうなのはリィスくらいの物である。ならば尻込みしている暇はなかった。

 

 ビームサーベルを手に、斬り掛かろうとするリィス。

 

 しかし、

 

 その進路は、下方から吹き上げる複数のビームによって遮られた。

 

「邪魔をッ!?」

「やらせんぞ!!」

 

 苛立たしげに呟くリィス。

 

 それに対してクルトは、スパイラルデスティニーを背中に守るようにしてリィスと対峙する。

 

「クルトさん!!」

《上手く行ったようだな、レミル!!》

 

 笑みを含んだ声が聞こえてくる。

 

 1年間と言う長い潜入任務を無事に終えた仲間に、賞賛と労いの言葉を掛ける。

 

 共和連合軍が新型の機動兵器開発を行っている事を知ったのは、今から1年前の事。その調整をハワイで行う事も、北米統一戦線では掴んでいた。

 

 完成した機動兵器は、内紛続く北米の治安維持に投入されるであろう事は容易に想像できる。

 

 現在、北米ではモントリオール政府軍、北米解放軍、北米統一戦線の三勢力がしのぎを削っているが、その中では統一戦線が最も戦力的に厳しい戦いを強いられている。そこに来て新型機動兵器など投入された日には、真っ先に叩き潰されるであろう事は明白だった。

 

 何とかして工作部隊を派遣し破壊する事も検討されたが、どうせなら奪って自分達の戦力にしてしまおうと言う意見が統一戦線内部、特に上層部で多くなった為、今回の作戦が実行されたのである。

 

 奪取の実行役になるレミリア・バニッシュ(レミル・ニーシュ)は、まだ10代の子供でありながらコーディネイターをも上回る程の身体能力の持ち主で、統一戦線内のエースでもある。彼女ならば問題なく、目標を奪取してこれると考えたのだ。

 

 結果はごらんのとおり、レミリアは見事に目標を奪取し、1年ぶりに仲間との再会を果たしていた。

 

《引き上げるぞ。長居は無用だ!!》

「判りました!!」

 

 クルトの言葉に、レミリアは頷く。

 

 長時間の戦闘で、クルトの機体にしてもバッテリーが心もとなくなりつつある。これ以上の戦闘は味方が不利になるばかりだった。

 

 レミリアがスパイラルデスティニーの火力を駆使して援護しつつ、全軍に引き上げを命じる。

 

 そう言うプランを頭の中で立てた瞬間だった。

 

 突如、地上で再び爆発が起こった。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、操縦する手を止めるレミリア。

 

 基地内での爆発。

 

 しかしそれは、統一戦線の攻撃によるものではない。

 

 となると、

 

 そう思った瞬間、炎の中から機影が飛び出してきた。

 

 その機体は上空まで舞い上がると、クルリとターンをする形でスパイラルデスティニーに向き直り、そこで背中に負った4対8枚の蒼翼を雄々しく広げた。

 

 スパイラルデスティニーとはまた違った意味で美しい機体である。背中の翼と相まって、まるで天使のような外見をしている。

 

 かつての戦いを知っている者が見れば、誰もが「フリーダム」と答えるだろうが、しかしかつての歴代フリーダムに比べると、武装がかなり貧弱である。頭部の機関砲を除けば、武器と言えるのは手にしたビームライフルとアンチビームシールド、そして腰にマウントしたビームサーベルくらいであろう。

 

 しかし、

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 呻き声を上げるレミリア。

 

 長く潜入し、共和連合軍の新型については一通りの調査を終えている。当然、レミリアはあの機体の事も知っていた。

 

 かつてのフリーダム級をベースに建造した機体だが、レトロモビルズの襲撃を機に改装を施された機動兵器。

 

 コードネーム「アルファ」

 

 RUGM-X001A「セレスティ」

 

 一度大破した機体を即興で補修した機体である為、戦闘力その物はスパイラルデスティニーに及ばない。

 

 しかし、レミリアを驚かせているのは機体その物ではなかった。

 

 レミリアの予想が正しければ、あの機体に乗っているのは・・・・・・・・・・・・

 

《レミル!!》

 

 果たして、予想通りの人物の顔が、強制的にコックピットのサブモニターに現れる。

 

 飛び立ったスパイラルデスティニーを追う形で、ヒカルはすぐそばに待機していたセレスティに飛び乗って追いかけてきたのだ。

 

《お前、いったい自分が何やってんのか、判ってんのかよ!!》

「生憎だけど、説教を受けなくても判っているつもりだよ」

 

 激昂するようなヒカルの言葉に、レミリアは涼しげな調子で言葉を返す。

 

 そう、北米統一戦線のテロリストであるレミリアにとって、この行動は必然であり、狂気とは縁遠い事なのだ。

 

 ただ、それでもヒカルやカノンの事を思えば決して心穏やかでないのは確かである。

 

 だからと言って、自分の成した事を今さらやめる事はできなかった。

 

「君と話している時間は無い。悪いけど、行かせてもらうよ」

《待て!!》

 

 飛び去ろうとするスパイラルデスティニーの背を、ヒカルは慌てて追いかけようとする。

 

 その時、

 

《時間を稼ぐ!!》

《今の内に離脱してください、隊長、レミル!!》

 

 2機のジェガンが、セレスティ目がけてライフルを放ちながら向かってくるのが見える。

 

「このッ!!」

 

 デスティニーを守るようにして立ち塞がるジェガン。

 

 それに対してヒカルは8枚の蒼翼を広げると、ビームカービンから放たれる閃光を回避、あるいはシールドで防ぎながら、尚もデスティニーを追いかけようとする。

 

 その前に立ちふさがるジェガンが2機。あくまでも、味方の撤退を掩護しようと言う腹積もりである。

 

 しかし、

 

「邪魔だァ!!」

 

 雄叫びを上げるヒカル。

 

 ジェガンの激しい攻撃を持ってしても、蒼翼を羽ばたかせて向かってくるセレスティを捉えられない。閃光はむなしく蒼穹を掛け抜けて行く。

 

 次の瞬間、ヒカルはセレスティを操ってジェガンの正面に躍り出ると、1機をシールドで殴り飛ばし、もう1機を蹴り飛ばした。

 

 バランスを失い落下していく2機のジェガン。

 

 その様子を見て、クルトが動く。

 

「こいつ、ふざけんなよ!!」

 

 ライフルの銃口を向けて放とうとするクルトのジェガン。

 

 しかし、その前にヒカルは動いた。

 

 セレスティの手にしたビームライフルを構えて斉射。クルトのジェガンを狙い撃つ。

 

 その閃光を見て、とっさに機体を傾け、回避行動を取ろうとするクルト。

 

 しかしかわしきれず、ジェガンは右腕を吹き飛ばされた。

 

《クソッ!?》

「クルトさん!!」

 

 バランスを崩すクルトのジェガンを見て、思わず声を上げるレミリア。

 

 その隙にヒカルは、ジェガンの脇をすり抜けてスパイラルデスティニーへ迫る。

 

「レミル!!」

 

 伸ばした手が、デスティニーに迫る。

 

 次の瞬間、

 

 振り向きざまに繰り出されたデスティニーの蹴りが、セレスティの胸部を捉え弾き飛ばした。

 

「グアッ!?」

 

 呻き声を上げるヒカル。

 

 セレスティはと言えば、蹴り飛ばされたショックでバランスを崩し、そのまま地上へと落下していく。

 

「・・・・・・ヒカル、ごめんね」

 

 レミリアはその姿を悲しげに見つめると、ヒカルは損傷したクルトのジェガンを庇うようにして、その場から離脱していく。

 

 その姿を、

 

 地上に落とされたヒカルは、薄れ行く意識の中で、ただ黙って見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和連合軍が反撃の準備を始めた事で、北米統一戦線は撤退の準備を始めている。

 

 既に彼等はスパイラルデスティニーの奪取と言う目的を達している。であるならば、これ以上1秒たりともハワイに留まる理由は無かった。

 

 しかし一方にとっては引き上げ時であっても、他方にとってはそうではない。

 

 北米統一戦線が徐々に後退を始めたのを機に、逆に共和連合軍はここぞとばかりに追撃する態勢に入っている。

 

 中部太平洋における最大の拠点を攻撃された上に、新型機まで奪われたとあっては面目は丸つぶれである。

 

 いきおい、追撃の手は厳しくなる。

 

 それらの攻撃は、しかしレミリアがスパイラルデスティニーを駆って殿に立っている為、殆どが撃退されて終わっている。

 

 北米統一戦線の損害は、撃墜機に限って言えば皆無。唯一、隊長のクルトがセレスティの攻撃によって機体を損傷させただけである。

 

 このまま戦闘は収束し、後は事後処理だけになる。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 「それ」が現れるまでは。

 

 北米統一戦線を追撃しようとしていた共和連合軍部隊の横合いから、突如として嵐のような攻撃が投げかけられた。

 

 突然の攻撃に対応する事ができず、次々と破壊されていく共和連合軍機。

 

「あ、あれは!?」

 

 驚きながら振り返ったパイロットの1人が、空中を飛翔して向かってくる1機のモビルスーツがいる事に気付いた。

 

 異様な機体だった。

 

 引き絞った漆黒の装甲を持ち、背中のスラスターからは翼のような赤い炎が迸っている。

 

 手にした長大なビームライフルが火を噴くたび、共和連合側の機体は確実に閃光に貫かれ、数を減らして行った。

 

「こちらアステル。これより掩護する。ただちに撤退しろ!!」

 

 アステルは言いながら、機体の手の中にあるロングビームライフルを振り翳す。

 

 彼の駆る漆黒の機体。

 

 GAT-X119「ストームアーテル」

 

 かつてユニウス戦役時に地球連合軍が実戦投入したシルフィード級機動兵器の発展型であるストーム。同クラスの中では最も完成度が高いと言われるそのストームを、北米統一戦線は現代の技術を利用して復元、ブラッシュアップした機体である。

 

 スラスターを全開にして、ビームライフルを構えるイザヨイに急接近するアステル。

 

 同時に、手にしたロングライフルは内筒部分が伸長、更にグリップが後方に倒れると同時に銃身下面にビーム刃が展開される。

 

 ヴァリアブル複合兵装銃撃剣レーヴァテイン。

 

 オリジナルストームにも搭載されていた、遠近両用の武装は、この機体にも健在である。

 

 接近と同時に一閃。

 

 ストームアーテルの機動力に追随できず、空中で立ち尽くしていたイザヨイのボディを真っ二つに切り裂く。

 

 踊る爆炎。

 

 そこに来てようやく、他のイザヨイもストームアーテルに対して攻撃を開始するが、それに対してアステルは、スラスターの噴射角度を巧みに変化させて攻撃を回避。逆に急接近すると、容赦なく敵機を斬り捨てていく。

 

 圧倒的な戦闘力を見せ付けるアステル。

 

 しかし、共和連合軍は次々と増援を送り込んでくる。

 

 万が一にも追撃される事を避けるために、それらは何とかここで食い止める必要がある。

 

「やるしかないかッ」

 

 低い呟きと共に、アステルは接近してくる編隊を見据えて、再びレーヴァテインを構えた。

 

 

 

 

 

 遠くからがなり立てるような声で叫ばれた気がして、ヒカルはコックピットの中でゆっくりと目を覚ました。

 

 墜落のショックで体中が痛んでいる。おまけに、落下時前後の記憶が一部飛んでいるように思えた。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ、俺、どうしたんだっけ?」

 

 確かデスティニーを奪って出て行ったレミルを追いかけて、そこで戦闘になって、それから・・・・・・

 

 そこまで考えた時だった。

 

「ヒカル!!」

「うわッ!?」

 

 すぐ脇でいきなり声を掛けられ、ヒカルは思わず飛び上がるようにして体を起こす。

 

 振り返ると、すぐ目の前によく見慣れた少女の顔がアップになってあった。

 

「か、カノン、お前、どうして・・・・・・」

「『どうして』はこっちのセリフだよ、馬鹿!! 撃墜されたって聞いたから・・・・・・」

 

 カノンは少し怒ったような口調で、未だに寝ぼけた調子のヒカルに言葉をぶつける。

 

 そこで、ヒカルはようやく、自分の身に起きた事を思い出した。

 

 レミル(レミリア)の駆るスパイラルデスティニーを捕まえようとして、そのまま蹴り飛ばされてしまったのだった。

 

「良かった、ヒカルが無事で・・・・・・」

 

 そう言うとカノンは力が抜けたように、その場にへたり込んだ。

 

 彼女はレミルを追ってヒカルとはぐれた後、一足違いでヒカルがセレスティに乗り込むとおころを目撃したのだ。

 

「で、レミルは?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねてくるカノンに対し、ヒカルは無言のまま首を横に振った。

 

 結局、連れ戻す事はできなかった。否、あの様子ではどのみち、どうあっても説得は失敗したであろう事は目に見えている。

 

 恐らくレミルは初めから、この日の為に士官学校へ潜り込んでいたのだ。

 

 その時、土を踏む音が聞こえた為に、ヒカルは振り返る。

 

 そこで、思わず絶句した。

 

「本当、相変わらず無茶ばっかりするわね、あんたは」

 

 腰に手を当てた女性が、苦笑とも微笑とも取れる笑みを含んだ声を掛けて来る。

 

 その視線の中、

 

「り、リィス(ねえ)!?」

 

 ヒカルは久方ぶりに会った姉に対して、呆然とした言葉で声を掛けた。

 

 

 

 

 

PHASE-03「天を目指す翼」      終わり

 







《人物設定》

ヒカル・ヒビキ
ハーフコーディネイター
16歳      男

乗機:セレスティ

備考
キラとエストの息子。ヒビキ家の長男。誰に似たのか、やや直情的な性格で、周囲の話を聞かずに突っ走る傾向がある。しかしその反面、誰よりも友達や仲間を大切に思っている。ふとした事情から北米統一戦線のテロに巻き込まれ、たまたま乗ってしまったセレスティのパイロットとなる。





レミリア・バニッシュ(レミル・ニーシュ)
ナチュラル
16歳      女

乗機:スパイラルデスティニー

備考
北米統一戦線所属のテロリスト。ボーイッシュで気さくな性格だが、自分が女である事は、仲間内でもごく一部の者以外には秘密にしている。世話焼きだが、どこか抜けている所があり放っておけない。共和連合軍が開発した新型機動兵器(スパイラルデスティニー)奪取の為に、「レミル・ニーシェ」と名乗り、性別と身分を偽っていた。ヒカルとはクラスメイトで親友同士。




カノン・シュナイゼル
ハーフコーディネイター
14歳      女

備考
ラキヤとアリスの娘。母親に似てアクティブで天真爛漫。どこにでも首を突っ込んで行きたがる姦しい性格。特に幼馴染のヒカルやクラスメイトのレミルの事はとても大切に思っている。





リィス・ヒビキ
コーディネイター
26歳      女

乗機:リアディス・アイン

備考
オーブ共和国軍一尉。ヒカルの姉。キラとエストの長女。カーディナル戦役の折に2人に拾われて養女となった。フリューゲル・ヴィント所属のパイロットだが、北米統一戦線の襲撃事件の際、護衛として現場に居合わせた。自分にも他人にも厳しい性格だが、それは誰よりも大切な人を守りたいと思っているが故。





アステル・フェルサー
ナチュラル
17歳     男

乗機:ストームアーテル

備考
北米統一戦線所属のテロリスト。寡黙で、あまり多くの事をしゃべろうとしない寡黙な性格。しかし任務には忠実で仕事が確実な為、若いながら仲間内では信頼が厚い。




クルト・カーマイン
ナチュラル
37歳      男

乗機:ジェガン

備考
北米統一戦線のリーダーを務める人物。謹厳さ性格で部下にも自分にも厳しいが、その分、父親のような愛情も持っている。まだ若いレミリアやアステルの面倒をよく見ている。レミリアの性別を知る数少ない人物。






《機体設定》

RUGM-X001A「セレスティ」

武装
ビームライフル×1
アクイラ・ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
ピクウス機関砲×2

パイロット:ヒカル・ヒビキ

備考
「エターナル計画」の一環として開発された機体。ロールアウト直前にレトロモビルズの襲撃を受けて機体は大破。既存の部品を組み合わせる事で応急修理して戦線に投入された。各部位にハードポイントが備えられ、アタッチメント方式で様々な武装を装備する事ができる。動力に関しては核動力と新型デュートリオンのハイブリットを採用しているが、損傷によって核動力が停止状態にある為、現在はバッテリーエンジンのみを使用して稼働している。





MBF-M1R「リアディス」

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
12・7ミリ自動対空防御システム×2
アンチビームシールド×1
対装甲実体剣×2
オーブ型ストライカーパック(イエーガー ブレード ファランクス)

「ReFain Astray Defense Integrate Striker(全てを守り貫く為に邪道へと回帰した者)」の略。原点に返る形で、オーブ軍が開発したアストレイ級機動兵器。各種オーブ製ストライカーパックを搭載できる仕様で、様々な戦線で活躍する事ができる。3機建造され、それぞれアイン、ツヴァイ、ドライの番号が振られた。装甲色はアインが青、ツヴァイが赤、ドライが緑





MVF-M15A「イザヨイ」

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ビームガトリング×1
アンチビームシールド×1
12・5ミリ自動対空防御システム×2

備考
オーブ軍の伝統とも言うべき可変機動兵器。シシオウやライキリが速度重視の機体で会ったのに対し、イザヨイは初期のムラサメのように機動力、旋回性能を重視し、量産型の機体としてはかなり高い空中戦能力を誇る。





RUGM―X42B「スパイラルデスティニー」

武装
ミストルティン対艦刀×2
ウィンドエッジ・ビームブーメラン×2
高出力ビームライフル×2
アクイラ・ビームサーベル×2
バラエーナ改3連装プラズマ収束砲×2
クスィフィアス改連装レールガン×2
パルマ・フィオキーナ×2
アサルトドラグーン×8
ビームシールド×2

パイロット:レミリア・バニッシュ

備考
エターナル計画によって建造されたデスティニー級機動兵器。しかし、完成直後、北米統一戦線のテロリストに奪取される。多数の接近戦用装備に加えて、地上でも使用可能になったアサルトドラグーンを装備。火力面でも大幅な強化が成され、接近戦、遠距離戦双方で存分に実力が発揮可能。デスティニー級の代名詞である残像機能は更に強化され、立体感のある虚像を複数作り出して敵を攪乱する事もできる。現状、間違いなく世界最強の機体であり、レミリアの操縦の元、猛威を振るう事になる。武装等の機体特性としてはむしろ、デスティニーよりも準同型機のクロスファイアに近い形になっているが、デュアルリンクシステムは搭載していない為、デスティニー級に分類されている。





GAT-09「ジェガン」

武装
ビームカービンライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
連装グレネードランチャー×1
12・7ミリ自動対空防御システム×2
ストライカーパック各種

備考
北米統一戦線が実戦配備したダガー系列の新型機動兵器。各種ストライカーパックの搭載は勿論、機動力や防御力にも重点が置いた設計がなされ、単なる量産型の枠に収まらない性能を誇っている。ただし、かなり高価な機体となる為、北米統一戦線では充分な数を確保できないのが難点。





GAT-X119A「ストームアーテル」

武装
ヴァリアブル複合兵装銃撃剣レーヴァテイン×1
ビームサーベル×2
ビームガン×1
対装甲ナイフ・アーマーシュナイダー×1
ビームシールド×2
12.5ミリ自動対空防御システム×2

パイロット:アステル・フェルサー

備考
ユニウス戦役時に地球連合軍の旗機的存在であったストームの改良型。「武装を減らした上での機動力向上」と言うコンセプトを踏襲し、その象徴とも言うべきレーヴァテインも健在。ドラグーンを搭載して火力面を強化する案もあったが、機動力が落ちる事を嫌ったアステルの要望で、搭載を見合わせた。


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