機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-23「蜂起」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和の艦橋には、戦況についての報告が刻一刻ともたらされていた。

 

 はっきり言って、現状における不利は否めない。

 

 大和は現在、戦線から迂回するコースをたどりながら、プトレマイオス基地を強襲するコースをたどっている。

 

 戦線は両軍のモビルスーツが入り乱れる乱戦の様相を呈している為、大型戦艦が介入する余地がないのだ。無理にねじ込めば、その大火力が仇となり、却って味方を巻き込みかねなかった。

 

 その大和の艦橋では、臨時オペレーターとして席に座るカノンの姿があった。

 

 先日の拷問で心身ともに消耗したカノンは、今回はドクターストップにより出撃できず、代わりにブリッジの臨時要員として任務にあたっていた。

 

「パルチザン部隊、敵本隊とぶつかった模様ッ 現在苦戦中です!!」

「ヒビキ三佐達はどうした!?」

「敵のエース機とそれぞれ交戦中です!!」

 

 カノンからの報告に、シュウジはあからさまに顔をしかめる。

 

 悔しいが、連合軍の戦線維持はヒカル達の活躍如何に頼らざるを得ない。その彼等が拘束を受けている現状では、味方の苦戦も免れない状況であった。

 

「頼むぞ・・・・・・」

 

 シュウジは、今前線で戦っている者達の顔を思い浮かべながら、焦慮を振り払うように呟く。

 

 間もなくだ。

 

 間もなく、状況は逆転する。それまで持ちこたえる事ができれば、自分達の勝ちは確定したも同然だった。

 

 カノンもまた、祈るような気持ちでセンサーのモニターを眺める。

 

 パイロットであるカノンにとって、自身が戦場に赴く事ができずにいる事が何よりもどかしかった。

 

 特に、好きな少年が体を張って戦場に立っている事を思えば尚更である。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 誰にも聞こえないように、少年の名をそっと呟く。

 

 お願い、どうか、無事で。

 

 心の中で、祈りの言葉をささげる。

 

 そんな少女の純真な祈りは、虚空を越え、最前線で剣を振るい続ける少年の許へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 ディバイン・セイバーズが損害にたまりかねて後退した事で、両軍の戦線は大きく押し上げられる事となった。

 

 オーブ・パルチザン連合軍は枷が解き放たれたように前進、プトレマイオス基地へと肉薄していく。

 

 対して、プラント軍もまた、迎え撃つ為に基地前面に全軍を展開し、向かってくる連合軍に砲火を浴びせる。

 

 しかし連合軍側にとって、エターナルフリーダム、ギルティジャスティス、テンメイアカツキの主力3機が敵のエースに拘束されている事は痛かった。

 

 数と質、双方においてパルチザンを凌駕するプラント軍は、統制すらまともに取れているとは言い難いパルチザンの隊列を、容赦なく斬り裂いていく。

 

 エバンスやダービットと言った指揮官は、前線に立って味方の戦線維持に腐心しているが、しかしそれでも、プラント軍の猛攻の前に、櫛の歯が欠けるように戦線が脱落していく。

 

 既に、戦闘開始から2割近い損害が出ている。

 

 指揮命令系統の維持を考えるなら、これ以上の損害は押さえたいところである。加えて、損害が大きくなりすぎれば、脱落者が出る可能性も否定できない。

 

 寄せ集めの悲しさと言うべきか、戦況有利な時は調子に乗って強気だが、不利になった瞬間、一気に瓦解してしまう可能性もあった。

 

「とにかく、何としてもここを耐え抜くんだ!!」

 

 そう言って、エバンスは味方を鼓舞する。

 

 ヒカル達がいずれ、敵のエースを排除して戻ってきてくれるはず。そうなれば逆転の目もある筈だった。

 

 そのような中で1機だけ、他とは明らかに系統が違う機体が戦線を駆け抜け、味方を掩護しながら、押し寄せるプラント軍を牽制している。

 

 ジェガンである。

 

 そのコックピットには、元北米解放戦線リーダー、クルト・カーマインが姿もあった。

 

 クルトは自身に向かってくるプラント軍の機体にビームカービンライフルを向けると、素早く斉射。2機を撃墜する。

 

 更にビームサーベルを抜き放ち、不用意に接近を図った機体を胴切りに斬り捨てる。

 

「生憎、不利な状況での戦いは得意なんでね!!」

 

 おどけた調子で嘯くクルト。

 

 かつて、圧倒的に不利な状況下において組織を率い、北米各地を転戦したクルトにとって、この程度の不利は考慮に値すべき要因ではないのだ。

 

 彼のジェガンは、元々はヒカルが合流前に使っていた物をクルト用に設定し直した物で、背部にはエールストライカーを装備して機動力を高めている。

 

 戦線を駆け抜けて味方を掩護するには最適の機体と言って良かった。

 

 かつての愛機に久しぶりに乗り込み、クルトは開放感を存分に味わいながら、敵機と渡り合っている。

 

 クルトの熟練した操縦技術は、派手さこそない物の、堅実な戦いぶりでプラント軍の若い兵士を寄せ付けずにいる。

 

 だが、そんな彼でも対応しきれない事態が、すぐそこまで迫ってきていた。

 

 突如、

 

 折り重なるような悲鳴がスピーカーから流れてくる。

 

「何だッ!?」

 

 振り仰いだ先では、味方機が弾ける爆炎によって、一角が覆い尽くされている。

 

 その炎を蹴散らすように姿を現す、2体の異形。

 

《アハハハハハハ、何こいつらッ 脆すぎてお話にならないんですけどォ!?》

《所詮は烏合の衆。紙の軍隊と言ったところか。この程度でよくも大胆な事を考えられた物だな》

 

 テュポーンとエキドナ。

 

 それを駆るリーブス兄妹の嘲弄が、オープン回線を使って遠慮なく垂れ流されている。

 

 フィアナのエキドナは背中から突き出した4基のラドゥンと、掌底に仕込まれたビームキャノンを駆使して、四方八方に閃光を撒き散らし、パルチザンの機体を屠り潰していく。

 

 フレッドはテュポーンの大出力スラスターを使用して一気に距離を詰めると、その巨大な腕で殴り飛ばし、更に鉤爪で抉り飛ばす。

 

 圧倒的な光景である。

 

 兵器の持つある種の「優美さ」を徹底的に排した2機が、その有り余る戦闘力を如何無く発揮した場合、エース以下のパイロットなど問題になる物ではない。

 

 瞬く間に数を減らしていくパルチザン。

 

 それに合わせるように、プラント軍本隊も攻撃を再開する。

 

 叩き付けられる圧倒的な火力を前に突き崩されていくパルチザン。

 

 そこへ、鋭く斬り込んでくる機影があった。

 

「これ以上はやらせるかよ!!」

 

 リアディスノワール、レオスは味方の窮状を見かねて、救援に駆け付けたのだ。

 

 両手に装備したビームライフルショーティを連射。牽制の攻撃を仕掛けるレオス。

 

 対して、新手の存在を感知したフレッドとフィリアは、とっさに腕を前に掲げてビームを防御する。

 

 アンチビームコーティングによって弾かれる攻撃。

 

「クソッ」

 

 遠距離攻撃の効果が薄い事を悟ったレオスは、舌打ちしながら攻撃手段を切り換える。

 

 フラガラッハ対艦刀を抜き放ち、斬り掛かって行くリアディスノワール。

 

「アハ、面白そうなのが来た来た!!」

「少しは楽しませてもらえるのだろうな?」

 

 突っかかってくるリアディスノワールを見たリーブス兄妹は、嬉しそうにはしゃぎながら機体を反転させる。

 

 ラドゥンと両腕を持ち上げて砲撃を開始するフィリア。

 

 フレッドはドラグーンを飛ばしつつ、両腕の鉤爪を振り上げて殴り掛かる。

 

 対抗するように、レオスも両手の剣を振り翳す。

 

 飛んでくるビーム攻撃を、上昇しつつ回避するレオス。

 

 それを追って上昇してきたフレッドのテュポーンに対し、剣を振り下ろす。

 

 同時に両腕を掲げるフレッド。

 

 剣と剛腕がぶつかり合い、散らされたビーム刃が粒子を周囲にまき散らす。

 

 一瞬の拮抗。

 

 レオスはとっさに機体を後退させつつ、距離を開こうとする。

 

 だが、

 

 逃げた先にはもう1機の偉業が存在していた。

 

「はーい、通せんぼ!!」

 

 エキドナの背から延びたラドゥンの強烈な牙が、四方からリアディスに迫る。

 

 回避運動直後だった事もあり、レオスが意識を向けるのが数寸遅れる。

 

「しまったッ!?」

 

 驚いて声を上げた瞬間、リアディスの左足はラドゥンに噛み千切られた。

 

 バランスを崩すリアディス。

 

 レオスは必至にバランスの回復を図るが、それよりも先にフレッドのテュポーンが鉤爪を豪快に振るう。

 

 グシャリ

 

 という音が聞こえたような気がした。

 

 たちまちリアディスノワールは両腕を引きちぎられ、頭部を捻り潰されて大破する。

 

 コックピット周辺の損傷は少ないので、中にいるレオスが生きている可能性は高いが、その運命も旦夕に迫っていると言って良かった。

 

「さあ、これで終わりだ」

 

 静かな声と共に、大破したリアディスノワールの胴体を掴み上げ、掌のビームキャノンを押し付けるフレッド。

 

 光を帯びる掌底。

 

 次の瞬間、

 

「やめろォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 上空から、12枚の蒼翼を靡かせた機体が、一気に急降下してくるのが見えた。

 

 リィスからパルチザンの救援を言い渡されたヒカルだったが、レオスの危機を察知して救援に駆け付けたのだ。

 

 ヴォワチュール・リュミエールを全開まで展開しながら急降下。同時に抜刀した高周波振動ブレードを叩き付ける。

 

「ぬッ!?」

 

 直前でエターナルフリーダムの接近を感知したフレッドは、とっさに腕を振り上げて防御しようとする。

 

 しかし、

 

 剛腕と剣が激突した瞬間、テュポーンの左腕は紙のように斬り飛ばされた。

 

 驚くフレッド。

 

 ヒカルは更に追撃を掛けようと、もう一本のブレードを抜いて斬り付ける。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、フレッドはリアディスの残骸を放り捨てて後退。ヒカルの剣閃を回避する。

 

「ほう・・・・・・」

 

 対峙するエターナルフリーダムを見ながら、フレッドは感心したように呟く。

 

「装備を更新したか。面白い!!」

 

 そこへ、妹のフィリアも合流してくる。

 

「あはッ 来た来た来たァ!!」

 

 4基のラドゥンと、両腕の鉤爪を振り翳して斬り掛かっていくフィリア。

 

 そんな妹を掩護するように、フレッドも後方からドラグーンを飛ばして、エターナルフリーダムに包囲攻撃を仕掛ける。

 

 対して、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールを展開して一気に2機を引き離すと、高周波振動ブレードを鞘に納め、ビームライフル、レールガン、バラエーナ・プラズマ収束砲を展開、6連装フルバーストを解き放つ。

 

 虹を思わせる強烈な閃光が迸る。

 

 同時にパッと上下に分かれて、攻撃を回避するテュポーンとエキドナ。

 

 2機はそれぞれ、挟み込むようにしてエターナルフリーダムへと迫る。

 

 先行したのはフィリアだ。

 

「食われて消えなッ 魔王!!」

 

 ラドゥンと鉤爪を振り翳すフィリア。

 

 対抗するように、ヒカルも高周波振動ブレードを再度抜刀して逆撃を加えるように斬り掛かる。

 

 腕とラドゥンで間断ない攻撃を仕掛けるフィリア。

 

 対してヒカルは2本の剣を目まぐるしく動かして、その全てをさばいていく。

 

「アハハハハハハッ 2本で6本を裁くんだッ 凄い凄い!!」

 

 言いながら、ラドゥンの1本が鎌首を持ち上げて、砲撃体勢に入ろうとする。

 

 だが、ヒカルはその動きを見逃さない。

 

 とっさにレールガンを展開。ゼロ距離斉射でエキドナを吹き飛ばす。

 

 直撃を受け、両足を吹き飛ばされるエキドナ。

 

 そこへ、フレッドのテュポーンが迫る。

 

 先のヒカルの攻撃で、片腕を失っているテュポーンだが、操るフレッドの戦意は聊かも失われてはいない。

 

「喰らえ、魔王!!」

 

 ドラグーンを射出し、更には掌底のビームキャノンと腹部の複列位相砲を一斉発射する。

 

 迫る閃光。

 

 それに対してヒカルは、ヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開、包囲網を抜けると同時に急反転してテュポーンへと向かう。

 

 慌てて照準を修正しようとするフレッド。

 

 しかし、元より機動力はエターナルフリーダムの方が早い。

 

 斬り込んでくる蒼翼の天使。

 

 対して異形の怪物は、自身の下僕たるドラグーンを引き戻して対抗する。

 

 放たれるビームは、しかし全てスクリーミングニンバスに弾かれて用を成さない。

 

 その事に気付き、攻撃手段を切り換えようとするフレッド。

 

 しかし、その前にヒカルは自身の間合いにテュポーンを捉える。

 

 複列位相砲がゼロ距離から発射されるが、ヒカルはそれをギリギリの所で回避。両手に構えた細身の剣を振るう。

 

 その攻撃で、テュポーンは残った片腕と両足を斬り飛ばされてしまった。

 

「アハハハッ やるじゃないのよ魔王様!!」

 

 先程の攻撃から立ち直ったフィリアが、テュポーンの惨状を見て激昂する。

 

 両足を無くしてバランスの悪い状態ながら、ラドゥンを振り翳してエターナルフリーダムに喰らい付こうとする。

 

 しかし、

 

 それよりも早くヒカルは機体を振り返らせると、旋回の勢いそのままに高周波振動ブレードを振り抜き、自信に迫ったラドゥンの首を斬り飛ばし、更にもう1本のラドゥンの口、つまりビームキャノンの砲口部分に切っ先を突き込んで破壊した。

 

 尚も諦め悪く、残った2基のラドゥンと鉤爪を繰り出して攻撃を続行しようとするフィリア。

 

 しかしヒカルは、その攻撃を上昇しつつ回避。同時にする度蹴り上げをエキドナに叩き付けて弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにもならない。

 

 自分に迫る斧の刃を見て、リィスは覚悟を決める。

 

 一撃貰うのは避けられない。

 

 問題はその後。

 

 如何にして損害を軽く済ませ、それでいて直後の反撃で相手に致命傷を与えうるか否か。

 

 全ての勝敗は、そこに掛かっている。

 

 一瞬でそこまでを計算したリィスは、全ての感覚を捨てて捨て身の反撃に意識を集中する。

 

《死ねやオラッ!!》

 

 オープン回線から、男の罵声が聞こえてくる。

 

 隠しきれない野生が滲んだような声に耳を傾けながら、カウンターの体勢を整えるリィス。

 

 しかし次の瞬間、

 

 縦横に駆け巡った閃光が、ガルムドーガの行く手を遮るようにして射掛けられた。

 

《ぬおッ!?》

 

 たたらを踏むようにして、攻撃を中止するクーラン。

 

 リィスもまた、何が起きたのか判らないまま、自分を助けるように放たれたドラグーンが戻る先を見る。

 

 そこには、

 

 蒼い炎の翼を広げ、全身にはすっぽりと外套を被った機体が存在した。

 

 その姿に、

 

《クハハハハハハハハハハハハハハハハッ》

 

 クーランは狂気の笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

《待ちくたびれたぜッ ようやく出てきやがったかよ!!》

 

 叫びながらクーランは目標を変更。カリブルヌスを振り翳して殴り掛かって行く。

 

 振るわれる戦槌。

 

 対して、謎の機体は後退しながら回避。同時に両手のビームライフルと腰のレールガンでガルムドーガに攻撃を仕掛ける。

 

 その攻撃を捻り込むように回避しながら、カリブルヌスを振るうクーラン。

 

《テメェが生きてるって聞いた時の、俺の悦びが判るかよッ》

 

 対して、ターミナルのリーダーは驚いて声を上げる。

 

「あなたは・・・・・・生きていたのか!?」

《そいつはお互い様ってもんだぜッ なあ、兄弟!!》

 

 振るわれる巨大な戦槌を、リーダーは後退して回避。

 

 同時にビームライフルをハードポイントに格納して、背中の対艦刀を抜き放つ。

 

 翼の色は赤に、外套の下の装甲は黒に変化する。

 

 残像を残しながら接近。同時に剣を交差するように振るう。

 

 対抗するように、全てを粉砕するような戦槌が振るわれる。

 

《お互い、この地獄の釜の底でよく生きていたもんだよッ なあ、どうやら腐れ縁ってものは、死んでも断ち切れないらしいぜ!!》

「迷惑な話だッ」

 

 ガルムドーガの攻撃を、残像を残しつつ回避するモビルスーツ。同時に繰り出した剣が、ガルムドーガの肩を抉る。

 

 だが、クーランは怯まない。

 

 むしろ歓喜の戦意を持って向かっていく。

 

《そう言えば、テメェの息子に会ったぜ!!》

 

 その言葉に、

 

 リーダーよりもむしろ、後席の少女が大きく反応する。

 

 無理も無い。彼女にとっては、あるいは自分以上に彼は大切な存在だろうから。

 

《昔のテメェにそっくりじゃねえかッ イカレた戦い振りやら、反吐が出そうな甘さなんかが特になあ!!》

「安心しろ、あなたに理解してもらおうと思った事は一度も無い」

 

 リーダーが振るった斬撃を、後退しながら回避するクーラン。同時にビームキャノンとビームガトリングで攻撃を仕掛けて追撃を断つ。

 

 ガルムドーガの攻撃をシールドで防ぎながら、勢いを緩めずに斬り掛かって行くリーダー。

 

《つれねえ事言うなよッ 亡霊は亡霊同士、お互い仲良くしようぜ!!》

「断る。地獄に落ちたいなら、あなた1人で落ちろ!!」

 

 振るわれた剣を、ガルムドーガは沈み込むようにして回避。同時に切り上げた斧の一撃は、しかし一瞬早く上昇を掛けた為、モビルスーツの街頭すら掠めずに通り過ぎていく。

 

 両者、1歩も譲らずに対峙する両者。

 

 その激突の様子を、

 

 少し離れた場所から、呆然と見つめる瞳があった。

 

「そんな・・・・・・何で・・・・・・」

 

 リィスは、2機が戦う様を見ながら、魂が抜けたような虚ろな瞳で呟きを漏らす。

 

 彼女が見ている視線の先には、尚も双剣を構えて斬り込んでいく謎の機体がある。

 

「だって・・・・・・あの機体は・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然とした呟きは、誰に聞かれる事も無く、虚空の中へと溶け込んで行った。

 

 

 

 

 

 エバンスやダービット、クルトに率いられたパルチザンの兵士達と、プラント軍の兵士達が駆る機体が交錯しながら砲火を交わしていく。

 

 リーブス兄妹を辛うじてヒカルが抑える事で、状況は振出しに戻ろうとしていた。

 

 しかし、やはりと言うべきか、基本となる条件において劣勢のパルチザン側が苦戦すると言う状況には変化は無い。

 

 彼等は必死の抵抗を示してプラント軍の攻勢を押さえているものの、質と量、双方において大きな隔たりがある状況では劣性も止む無しといったところである。

 

 しかし、

 

 そこへ、新たな戦力が応援として戦線に加わる事で、状況は劇的な化学反応を起こす事となる。

 

 スマートな印象がある2機の機体。同じ系統の機体のようで、武装以外のシルエットは非常に似通っている。

 

 白銀の機体は背部から突起のようなドラグーンをいくつも突き出し、深紅の機体は、巨大な砲を背負っている。

 

「こちら、ターミナル所属機。これよりオーブ軍とパルチザンを掩護する」

 

 淡々とした声で告げると、レイ・ザ・バレルは背中に負ったドラグーンを解き放つ。

 

 同時に、彼の傍らではルナマリア・ホークが、巨大な砲を展開して掩護射撃を行いつつ、プラント軍の機体を遠距離から討ち取っている。

 

 TGM-X11「エクレール」

 

 2人が乗る機体である。

 

 初となる純ターミナル製の機体であり、設計のフレームにはかつてのインパルスの物を使用。扱いが難しい合体分離機構はオミットした代わりにビームシールド等の防御力を強化、ビームライフルとビームサーベルを常設し、更に両名に合わせて武装を特化してある。

 

 元より、戦闘要員の少ないターミナルと言う組織の事情を考慮し、コストは初めから度外視して、パフォーマンス重視の高性能機となった。

 

 本邦初公開となるこの戦いにおいて、その性能を如何無く発揮して敵を屠り続けている。

 

《近付いてくる奴等は、あたしが倒すッ レイはパルチザンの援護に集中して!!》

「たのむ」

 

 20年来の戦友に、レイは短い声で謝意を述べ、自身はドラグーンの操作に集中する。

 

 冴え渡るドラグーンの攻撃と、それを掩護するように放たれる砲撃は、的確にプラント軍の機体を排除していく。

 

 阿吽の呼吸を理解しているレイとルナマリアの連携攻撃は、いっそ華麗と称して良いほどに洗練され、なおかつ無慈悲にプラント軍の機体を撃ち抜いていく。

 

 こうなると最早、戦闘当初におけるプラント軍のアドバンテージは、完全に失われたと言って良かった。

 

 一騎当千のエース達によって、プラント軍兵士達は次々と討ち取られていく。

 

 彼等を守る筈のプラント軍側のエースは、既にその大半が無力化されているか押さえられている有様である。これでは、彼等を守る盾は無いに等しい状況であった。

 

 今や勝敗の天秤は、連合軍の側に傾きつつある。

 

 それでも尚、プラント軍の兵士達は自分達の勝利を疑ってはいない。

 

 いかに蟷螂の斧を振り翳して抵抗しようと、最終的に勝つのは戦力に勝る自分達だ。

 

 それは彼等にとって絶対の真理であり、確約された未来でもある。

 

 故に、戦況が不利に傾いて尚、彼等は楽観視していた。

 

 「それ」が起きるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この一戦に月の命運を賭けていると言う点では、連合軍もプラント軍も同じである。

 

 連合軍は当然、月の解放を謳って蜂起した訳であるから、最終的にはプラント勢力を完全に排除して、月の自治権を取り戻さなくてはならない。

 

 一方のプラント軍もまた、月は本国と地球を結ぶ重要な中継点であり、周辺航路を防御する為に必要な拠点である。当然、是が非でも確保しておきたいと言う事に変わりは無い。

 

 双方ともベクトルは違う物の、ある意味で目指すべき場所は一緒である。

 

 そして、連合軍もプラント軍も、その為に持てる戦力の全てを結集して決戦に臨んでいた。

 

 そう、

 

 正に重要なのは、双方ともに全ての戦力を振り絞っている、と言う一点にある。

 

 プラント軍は、この月での戦いに先立ち、多くの戦力を地球の東欧戦線に抽出してしまった関係から、戦線維持に必要な戦力が不足がちになっていた。

 

 そこで月のプラント軍上層部は、治安維持を目的に月面各都市に駐留している保安局等の戦力を抽出してプトレマイオス基地へと集中させ、連合軍の迎撃に充てていた。

 

 おかげで、どうにかプラント軍は連合軍を圧倒するに足る戦力を維持できたわけである。

 

 基本的に、その戦略は大きく間違っているとは言い難い。その決定があったおかげで、彼等はこれまで連合軍相手に戦闘を有利に進めてこれたのだから。

 

 だが、彼等には誤算があった。それも、致命的と称して良いほど大きな誤算が。

 

 その誤算が今、彼等の運命を大きく狂わそうとしていた。

 

 

 

 

 

 怒涛の勢い、と称する以外に形容する言葉は見当たらない。

 

 コペルニクスにある通りと言う通りは人で埋め尽くされている。

 

 彼等は皆、手に武器を持ち、狂騒の声を上げながら行進していく。

 

 武器、と言っても大層な物ではない。せいぜいが、そこら辺に転がって良そうな棒切れ程度である。

 

 しかし、その数は尋常ではない。

 

 数千、

 

 否、数万はいるかもしれない。

 

 彼等は皆、一つの意志を持って動いていた。

 

 すなわち、月を取り戻す、と言う大いなる意志を。

 

 断っておくと、彼等はパルチザンではない。紛う事無き一般市民である。

 

 だが、その一般市民が群衆となり、まるで巨大な一個の生き物であるかのように雪崩を打って駆けていく。

 

 彼等は行政府や保安局支部と言ったプラント政府の息が掛かった施設を見付けると、そこへ手当たり次第に殺到していった。

 

 度肝を抜かれたのは、襲撃を受けた側であろう。

 

 何しろ、突然大群衆が、怒涛となって自分達に押し寄せて来たのだから。

 

 彼等はたちまち、その中に飲み込まれ、もみくちゃにされ、最後には叩き潰されていく。

 

 施設は徹底的に破壊され、そこにいた職員は一人残らず引きずり出されて滅多打ちにされる。

 

 保安局支部の方は、若干ながら抵抗する動きがあった。

 

 常駐していた保安局員たちは、群衆が自分達の方へと迫って来た事を察知すると、武器を持って応戦に出た。

 

 しかし結局、それで倒す事が出来たのは、ほんの数人程度で、却って群衆の感情に火をつけただけに終わった。

 

 やがて、保安局支部もまた、怒涛の勢いを持った群衆に飲み込まれ、沈黙を余儀なくされた。

 

 生き残った者達は、這う這うの体で脱出していくしかない。

 

 それと同じ光景は、コペルニクスのみならず、月面の他の都市でも見られていた。

 

 どこの都市でも、何万と言う人間が織りなす人の波に抗いきれず、右往左往しながら逃げていくプラント関係者の様子が見られた。

 

 プラント軍は、確かに戦力的には連合軍を上回っていたかもしれない。

 

 だが彼等は、連合軍の「戦力」しか見ていなかった。その「戦力」を叩き潰す為に、月面中から自分達の戦力をかき集めてしまった。

 

 だが、パルチザンの構成員は月の各都市に無数に潜伏している。彼等は戦力的な要素は皆無だが、その浸透力は爆発的と称して良い規模を誇っている。

 

 シュウジ、アラン、エバンス等が中心になって立案された作戦は、このパルチザンの持つ特性を活かした物である。

 

 まず、自由オーブ軍とパルチザンから成る連合軍の実働部隊がプトレマイオス基地に攻撃を仕掛け、敵の目を引き付ける。

 

 当然、プラント軍は迎撃の為に戦力をかき集める事だろう。そうなると、必然的に各都市の守りは手薄となる。

 

 そこに、各都市に潜伏していたパルチザンのメンバーに煽動された住民達が、一斉蜂起を仕掛ければ、このような事態となる訳だ。

 

 勿論、僅かながら保安局等には戦力を残している事は予測されたが、それとて数万の群集を収められる物ではない。

 

 この報告は、直ちにプトレマイオス基地のプラント軍司令部にももたらされた。

 

 各都市に設置されたプラント行政府や、保安局の支部から悲鳴のような救援要請がひっきりなしに入ってくる。

 

 その量は尋常では無く、一部のオペレーターは戦闘管制そっちのけで、救援要請の対応に回さざるを得なくなったほどである。

 

 だが、現実的な問題として、プトレマイオス基地には彼等を救援に行く余裕などない。

 

 今まさに、連合軍の猛攻を受けている彼等には、戦力を他に割ける余裕などありはしない。圧倒的な数の優位を確保して、ようやく状況を拮抗させているのだから。

 

 戦術・戦略的に不利な状況を、政略レベルでひっくり返す。

 

 かつてプラントが幾度も行ってきたやり方を、アラン達は縮小先鋭化した形で再現したのが、今回の作戦である。

 

 その効果は、絶大と言っても良かった。

 

 兵を引けば群衆は収められるが、プトレマイオス基地は陥落して月のプラント軍は壊滅する。

 

 兵を引かなければ、戦線は維持できるかもしれないが、他の都市は全て失い、月におけるプラントの支配権は崩壊する。

 

 どちらに転んでも、プラントは敗北する。

 

 将棋で言えば、文句無しの「詰み」だった。

 

 

 

 

 

「ようやく・・・・・・か」

 

 月の住民達が上げる莫大な歓声を聞きながら、エバンスは感慨深く呟きを漏らした。

 

 彼等の苦難の道程が、今まさに実りを迎えようとしている。

 

 これまでプラントの支配体制に甘んじてきた人々が、その怒りを爆発させ、彼等に叩き付けているのだ。

 

 それは正に、月の住人が上げる魂の咆哮であり、そして再誕の産声であった。

 

 月は生まれ変わる。

 

 自分達の自治を取り戻し、再びかつての繁栄と活気を取り戻していくだろう。

 

 勿論、それはまだ、ずっと先の話ではあるが。

 

「だからこそ今、踏ん張らねばならん」

 

 さあ、もう一頑張するとしようか。

 

 そう呟くと、エバンスは再び機体を駆って最前線へと踊り込んで行った。

 

 

 

 

 

PHASE-23「蜂起」      終わり

 





機体設定

 TGM-X11「エクレール」

武装
ビームライフル×1
ビームシールド×2
ビームサーベル×2
近接防御機関砲×2

追加武装

レイ機:
アサルトドラグーン×8

ルナマリア機
長射程狙撃砲×1

備考
純エターナル製機動兵器。元々はインパルスの系列に連なる機体だが、扱いの難しい合体分離機構は排し、代わりに各パイロットの特性に合わせた武装にカスタマイズされている。元々、戦闘要員の少ないターミナルの事情を考慮し、コストは度外視した性能追及がされている。

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