機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-20「父の真実」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。良く判ってるじゃん。自分の立場がさ」

 

 突然、響き渡った言葉に、ヒカル、カノン、レミリアは警戒して振り返る。

 

 いったい、いつの間に接近を許したのか?

 

 最大限の警戒を怠ったつもりは無かったが、それでも突然の予期せぬ再会シーンと会って、僅かに気が削がれた事だけは否めなかった。

 

 向けられる三対の視線。

 

 そこには、

 

 ピエロのような派手な格好をした男が、気味の悪い笑みを浮かべて立っていた。

 

 ヒカルは目を細め、カノンは怯えるようにヒカルに身を寄せ、レミリアは悔しそうに唇を噛みしめている。

 

 三人三様に、目の前のふざけた恰好をした男が放つ、異様な雰囲気を感じ取っているのだ。

 

 そのPⅡの傍らには、先程ヒカルが戦ったクーランが、こちらも笑みを浮かべながら、それでいて油断なく銃口を向けていた。

 

「PⅡ・・・・・・・・・・・・」

「あ、駄目じゃないレミリア。こういう名乗りは、僕は自分でやるから面白いのに」

 

 勝手に自分の名前を呟いたレミリアに、的の外れた抗議をするPⅡは、その視線をヒカルへと向けた。

 

「困るんだよねえ。その娘を勝手につれて行かれちゃ。彼女は僕の物なんだから」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って、レミリアを舐めまわすように眺めるPⅡ。

 

 対してヒカルは、親友を物扱いされている事に苛立ちを覚えつつも、2人をどうやって守るか頭の中でシュミレートする。

 

 相手は2人。うち1人の実力は完全に未知数だが、もう一方、クーランの方は先ほど戦って、その実力の程は理解している。全力を振り絞っても勝てるかどうか、と言ったところだ。ましてか、監禁と負傷で体力を消耗しているカノンを抱えていては、勝機など皆無に等しかった。

 

 どうやって、この場を切り抜けるか。

 

 深刻な思案をするヒカルを余所に、PⅡはレミリアに笑いかける。

 

「まあもっとも、この娘は自分の立場を、ちゃんと判ってるみたいだけど。ねえ、レミリア?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう、レミリアは決して、彼等に逆らう事はできない。

 

 最愛の姉を人質に取られている限り、少女の首にはいつでも不可視の鎖が嵌められているのだ。

 

 そして、その鎖の端を握っているのが、他ならぬPⅡだった。

 

「でもまあ、たまには放し飼いにしてみるのも面白いかもね。何しろおかげで、予想外に愉快な場面が出来上がった訳だし」

 

 ヒカルと視線を合わせるPⅡ。

 

 次の瞬間、ヒカルは己の中で、最大限の警報が鳴るのを聞いたような気がした。

 

 目の前の男は、何かが危険だと、ヒカルの中で告げている。

 

 たとえばあの、クーランとはまた別種の危険。まるで人食い蛇に足元に絡みつかれたかのような、そんな不快感だ。

 

 そんなヒカルに対し、PⅡは恭しく前へ出て名乗った。

 

「はじめまして、ヒカル・ヒビキ君。僕はPⅡ。まあ、色々な形で呼ぶ人はいるけど、今はそう覚えておいてね」

「PⅡ・・・・・・・・・・・・」

 

 悪意の底から這い出してきたようなピエロ男を、ヒカルは真っ直ぐに睨み付ける。

 

 直感で分かった。レミリアを何らかの理由で縛りつけているのは、この男だと。

 

 故に、ヒカルは敵意の籠った瞳で、ピエロ男を睨み付けるが、当のPⅡはと言えば、そんなヒカルの敵意などそよ風程度にも気にせずに笑い飛ばす。

 

「実は、前々から僕は、君に会いたかったんだよ」

「・・・・・・俺に?」

「そう、あの『ヴァイオレット・フォックス』キラ・ヒビキの息子。君のお父さんは僕の憧れでね。彼ほど、多くの人間を殺した者は他にいないさ。だから、その息子がどんなものか、一度見ておきたかったんだ」

 

 ヴァイオレットフォクス?

 

 一体なんの事だ?

 

 訝るヒカルに対し、クーランは侮蔑を込めた口調で、上司に忠告を入れる。

 

「無駄だ。そいつは親父の事は何も知らねえとよ。どんだけ頭ん中が幸せなんだか」

「あ、そーなんだ。そりゃ残念残念」

 

 肩を竦めるPⅡ。あからさまに小馬鹿にした態度を取る2人に、ヒカルは今すぐにでも殴り掛かりたい心境に駆られるが、全ての理性を総動員して自分を押さえる。

 

 ここで激発したら、奴らの思うつぼだ。

 

 あくまで冷静に、逆転の一手を模索する。

 

 ヒカルの手札はクズばかりだが、諦めるにはまだ早かった。

 

 その間にも、PⅡは独演するように語り続ける。

 

「世の中、君の父上ほど人を殺した人間はいないだろうね。『1人殺せば犯罪だが、1万人殺せば英雄』ってのは、誰が言った言葉だったかな? まあ、興味は無いんだけどね、そんな事には。それよりも、そんな狂気の沙汰を本当に実践してしまう人がいるだけで、本当にゾクゾクしてくるよ」

「テメェ・・・・・・」

「ヒカル、駄目!!」

 

 激発しないと誓ったばかりだが、父の事を言われ、ヒカルは自身の感情を抑えきれなくなる。

 

 そんなヒカルを、レミリアが制した。

 

 PⅡの底知れない不気味さを、レイリアは良く理解している。一見するとクーランのみの護衛で無防備に立っているだけにも見えるが、その裏で何を画策しているのか、判った物ではなかった。

 

 言っては何だが、ヒカルとは格が違い過ぎる。彼がPⅡに勝てるビジョンが、レミリアにはどうしても浮かばなかった。

 

 そんな緊張した面持ちの中、

 

 PⅡは肩を竦めて見せた。

 

「良いよ、逃がしてあげる」

「なッ!?」

 

 何の前触れもなく突然言われた解放宣言に、驚いて声を上げるヒカル。

 

 対してPⅡは大したことではないと言いたげに、ヒカルに向けて手を振る。

 

「今回は面白かったからね。出血大サービスのお礼だよ。まあ、こんな事は二度と無いだろうけどね。ほら、気が変わらないうちに行った行った。あ、レミリアは置いて行ってよね。念のために言っとくけどさ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは必死に模索する。

 

 自分とカノン、そしてレミリアが、この場を無傷で脱出するための方策を。

 

 この基地内にヒカルを掩護する者は誰もいない。ここに来て、単独行が完全に仇となっていた。

 

 3人とも死ぬか? それとも屈辱に耐え、カノンだけを連れて脱出するか?

 

 ヒカルに残された選択肢は、その二つだけだった。

 

「行って、ヒカル」

 

 逡巡を見せるヒカルに、レミリアは静かに言った。

 

 元より彼女は、自分の運命について既に諦念を付けてある。ここでヒカルやカノンと再会できたことは、いわば神の目溢しみたいな幸運だったと割り切る事ができた。

 

「・・・・・・・・・・・・悪い」

 

 そんなレミリアの気持ちを理解したからこそ、ヒカルにはどうする事もできなかった。

 

 カノンに肩を貸して歩き出す。

 

 と、

 

「また、会えるよね!?」

 

 未練を引きずるように、カノンが振り返って尋ねる。

 

 対してレミリアは、柔らかく微笑んだ。

 

「さあ、どうかな・・・・・・・・・・・・」

 

 それは最早、レミリアにとって望む事の出来ない願いでしかなかった。

 

 互いにすれ違う。

 

「必ず、助ける」

 

 それまで待ってろ。

 

 ヒカルはそう囁きかけて、レミリアとすれ違う。

 

 それに対して、レミリアは何も言わなかった。

 

 彼女の背後にいたPⅡとクーランは、約束通り何もせずにヒカルが通り過ぎるのを見逃す。

 

 ただ、すれ違う一瞬、互いの視線が鋭く交錯した。

 

 ヒカルは敵意と共に、

 

 クーランとPⅡは嘲弄を込めて。

 

 やがて両者は、何も言わずに互いに背中を向け合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戻ったヒカルを待っていたのは、リィスの容赦無い平手打ちだった。

 

 まあ、姉がそれくらいで許してくれた事には感謝するべきだったろう。下手をすれば、子供の頃にルーチェと一緒に味わった「お仕置きフルコース」を再現される可能性すらあった。あれは強烈であり、未だにヒカルの心には深いトラウマとなっている。正直、二度と味わいたくなかった。

 

 今回のヒカルの「罪状」は、それだけ重かったと言う事である。

 

 もっとも、一応のケジメはつける意味で、ヒカルには3日間の独房入りが命じられたが。

 

 その3日後、独房を出てシャワーを浴び、身ぎれいにしたヒカルが一番にした事は、得た情報の整理だった。

 

 机に座って端末を起動すると、すぐにひとつの単語を打ち込んでみた。

 

 ヴァイオレットフォックス。

 

 あのPⅡとかいうふざけたピエロ男は、父の事をそう言っていた。

 

 クーランと言う男は、キラの事を「同じ穴のムジナ」と言っていた。

 

 その事が、どうしても気になっていたのだ。

 

 だが、

 

 検索して、驚いた。

 

 ヴァイオレットフォックス

 

 CE60年代後半から、70年代初頭に掛けて活動していた反大西洋連邦派のテロリスト。

 

 従事したテロ活動は2ケタに上り、犠牲者の数は3ケタにまで達すると言われている。

 

 「最凶最悪のテロリスト」「狡猾なる暗殺者」「姿無き殺人鬼」「大量殺戮の使徒」「連邦に仇成す者」。これらは全て、ヴァイオレットフォックス1人に送られた異名である。

 

 空恐ろしくなる。

 

 これを自分の父が起こしたのだとすれば、背筋の震えが止まらなくなる想いだった。

 

 と、

 

「そんな事調べて、どうしようって言うの?」

 

 入口の方から声を掛けられ、ヒカルは振り返った。

 

 呆れ顔のリィスは、ゆったりした足取りでヒカルの方へと近付いて来る。

 

 対してヒカルは、すぐに視線をモニターの方へと戻し、それでも口だけを動かして問いかけた。

 

「リィス姉は知ってたのかよ。父さんの事?」

 

 父が、かつてはテロリストとして破壊活動に従事していた事。

 

 その過程で、罪の無い人間を殺戮した事もあった事。

 

 正直、ヒカルには全くピンと来ない。

 

 ヒカルの知っているキラはいつも穏やかで、人一倍優しかった。そんな父がテロリストだったなど、想像する事すらできない。

 

 だが、

 

「ええ、知ってたわ」

 

 ヒカルの希望的観測を打ち破るように、リィスは肯定の言葉を簡潔に述べた。

 

「私は前に、お父さんから直接聞いたから間違いないわ」

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 ヒカルは静かに頷いて、椅子に深く腰掛ける。

 

「ヒカルがまだ生まれてなかった頃ね、世界では今以上に、コーディネイターとナチュラルの対立が激しかったの。それこそ、ひどい時には街を歩いていただけで殺されてしまうくらいに。お父さんは子供の頃、コーディネイターを擁護するゲリラ組織にいたらしくて、そこで色々あったらしいわ」

 

 その時代を、リィスもまた経験してきている。

 

 リィスは自分の両親の顔を知らない。物心ついた時には既に戦場にあって銃を取っていたのだ。

 

 もし、あの地獄と化したスカンジナビアでキラとエストに拾われなければ、彼女もまた戦場で野垂れ死にしていた事だろう。

 

 ヒカルは嘆息する。

 

 自分だけが知らなかった。父の事を何も。

 

 その事が、まだ少年の域を出ないヒカルには、世界から取り残されたような感覚に捕らわれる。

 

「結局、俺が子供だったから、みんなは話してくれなかった、て事か」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 乾いた声で発せられる弟の言葉に、姉は肯定も否定もせずに無言を貫く。

 

 ヒカルの言った事もまた一つの事実であったことは間違いない。父や母が、幼かったヒカルには真実を話そうとしなかったからこそ、リィスもまた、両親の意志に倣ったのだ。

 

 まして、ヒカルはテロによって双子の妹を失っている身である。それ故、どうしても話す事が憚られたのだ。

 

「ヒカル、なのね・・・・・・」

「良いよ、リィス姉」

 

 言い募ろうとするリィスを、ヒカルは静かに制した。

 

 その瞳は静かな光を湛え、何かを悟ったようにリィスを見詰めている。

 

「父さんが昔何をしていたかは、問題じゃないんだ。結局のところ重要なのは、父さんが俺に何をしてくれたか、なんだと思う」

 

 優しかった父。

 

 その父は、ヒカルに多くの物を残してくれた。

 

 大切な姉、大切な友、大切な仲間、それらを守る為の力、そして他者を思いやる事ができる優しい心。

 

 だからこそ今、ヒカルは戦う事ができるのだと思う。

 

 そんなヒカルの様子を、リィスは眩しそうに見つめる。

 

 強くなった。

 

 以前のヒカルなら、事実を知ってしまったら、きっと打ちひしがれて何もできなくなってしまっていた事だろう。

 

 だが今、ヒカルは自らに課せられた鎖を振り払うように、大きく羽ばたこうとしている。

 

 それがリィスには、姉として、そして共に戦う戦友として、この上無く頼もしく思えるのだった。

 

 

 

 

 

「ねえ」

「はい、何ですか?」

 

 いつものお茶の席にあって、レミリアは聖女に対して質問をぶつけてみた。

 

 あれ以来、レミリアは頻繁に聖女の部屋に招かれるようになり、そこで彼女と他愛のないおしゃべりや、彼女が淹れてくれるお茶を楽しむのが日課となっていた。

 

 捕虜を逃がした事については、レミリアも何らかの処分がある物と覚悟していたが、拍子抜けするくらいあっさりと不問にされてしまった。恐らくPⅡが裏から何かしらの手を回したのだろう。

 

 もっとも、その件に関して、あのピエロ男に感謝する気は微塵以下も存在しないのだが。

 

 いったい、PⅡは何を考えているのか。

 

 否、あの男が考えている事を推し量れる者など、この世にいるとも思えない。

 

 まさか本当に「楽しかった」から、と言う訳でもないだろうに。

 

 何にしても、あの男の事など、レミリアにとっては考えるだけでも気分が悪くなるので、それ以上思考する事をやめてしまった。

 

 代わって頭の中に浮かんできたのは、目の前で同じように紅茶を飲んでいる仮面の少女の事だった。

 

「どうして、ボクを助けてくれたの?」

 

 率直に言って、聖女にはレミリアを助けるメリットは皆無の筈だ。にも拘らず、この少女は躊躇いなくレミリアを手引きしてくれた。

 

 その事が、どうしてもレミリアには疑問だったのだ。

 

「いけませんか?」

「いや、いけなくはないけどさ・・・・・・」

 

 言い淀むレミリア。

 

 確かに、聖女が助けてくれた事はレミリアとしてもありがたかった。彼女の助けが無かったら、事はあそこまでスムーズには運ばなかった事だろう。

 

 だが同時に、彼女の考えがレミリアには全く判らなかった。

 

 そう言う意味では正直なところ、聖女もPⅡも、レミリアにとっては似たような物であった。

 

「・・・・・・なぜでしょうね」

 

 カップをソーサーに戻しながら、どこか自嘲するように聖女が言った。

 

「捕らわれたあの少女の事を見たら、是が非でも助けなくてはいけない、そんな風に考えてしまったのです」

 

 聖女自身、自分がなぜ、そのような事を考えてしまったのかは判らない。ただ、衝動に突き動かされるような感情が湧き上がった事だけは確かだった。

 

 そんな時に、聖女の前に現れたのがレミリアだった。

 

 彼女の事情を聞いた時、聖女はレミリアを支援しようと考えたのだった。

 

 そこに迷いは無かった。ただ、己の魂から湧き上がってきたような意志が、彼女を突き動かしたのだ。

 

「それに、ちょっとだけ、下心もありましたから」

「下心?」

 

 口元に微笑を浮かべる聖女を、レミリアはいぶかしんで見つめる。どうにも「下心」と言う単語が、目の前の清楚な仮面少女には似合わないように思えたのだ。

 

 対して、聖女は少しはにかむようにして、レミリアと向き合う。

 

「実はわたくし、お友達と呼べる方がいなくて・・・・・・」

「は?」

 

 突然、予想していなかった事を言われ、目を丸くするレミリア。

 

 なぜ、いきなりそんな話になるのだろう?

 

 疑問に思うレミリアを見ながら、聖女は先を続ける。

 

「教団には同年代の子もたくさんいますが、彼女達は皆、わたくしの事を「聖女」として崇めてはくれますが、決してお友達にはなってくれません」

 

 無理も無い話である。教団内での聖女は、正に「神の使い」であり、「友達」などと言う対等な関係を望む事は、すなわち太陽を素手で掴むにも等しい愚行なのだ。

 

 当然、彼等が聖女に臨む態度は「敬意」であって「友情」ではない。

 

 そこに来て、レミリアと言う存在は聖女にとって、いわば「うってつけ」の人材だった訳だ。

 

「お願いしますレミリア。どうかわたくしの、お友達になってくれませんか?」

 

 それはレミリアにとって、ある意味どんな言葉よりも突拍子も無かった。

 

 同盟軍の代表であり、ある意味、神聖不可侵とでも言うべき立場と雰囲気を持った少女が、まさかテロリスト上がりの自分に、友情を求める事など、完全に想像外の事である。

 

 だが、その突然の出来事が、ある意味、新鮮な風となってレミリアの心の中に吹き込んだ。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 ややあって、聖女の意図を理解したレミリアは、頷きを返す。

 

 正直なところ、レミリア自身も孤独の中に埋没し、自分と言う物を見失いかけていたところである。その事を考えれば、聖女と友誼を結べることは、彼女にとってもありがたい事であった。

 

 ニコッと、笑みを浮かべてレミリアは聖女を見る。

 

「ただし、一つだけ条件かな」

「条件、ですか?」

 

 仮面の奥で、訝る表情を見せる聖女。

 

 そんな彼女に対し、レミリアは優しく笑いかける。

 

「名前を教えて。ボクは教団の信徒じゃないし、いちいち呼ぶときに『聖女さん』なんて言ってたら面倒くさい。第一、友達ならお互い、名前で呼び合うのが普通だと思うよ」

「なるほど」

 

 レミリアの言葉に納得した聖女は、頷いてから真っ直ぐに彼女を見据えて言った。

 

「では、わたくしの事は、アルマ、とでもお呼びください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦の機運は、高まりつつあるのは、誰もが感じている事であった。

 

 自由オーブ軍とパルチザンによる連合軍は、「第二次月面蜂起」に向けて着々と準備を進めつつある。

 

 だが、状況はお世辞にも芳しいとは言い難かった。

 

 先の蜂起失敗によってパルチザンは大打撃を受けており、その戦力回復は思うように進んでいない。

 

 一応、ターミナルや自由オーブ軍経由で、戦力の補充は行われているが、それは微々たる物でしかない。とてもではないが、正面からプラント軍に対抗できる物ではなかった。

 

 一方のプラント軍はと言えば、精鋭部隊を含めて続々と戦力の増強を行っている。今やその勢力は、第一次月面蜂起時の倍にまでなっているほどだった。

 

 更にここに来て、最悪とも言える報告が齎されるに至る。

 

 プラント軍は、本国から増援部隊を編成して月方面へ送り込んだと言う。ここで一気に月の抵抗勢力を根絶やしにし、支配権を確立してしまおうと考えているのだ。

 

 もし増援部隊が到着すればもはや、双方の戦力差は決定的であり、いかにオーブ軍が一騎当千のエースを抱えているとしても、逆転は難しいだろう。

 

 動くなら、今しかない。たとえ勝機が砂粒程度であったとしても、時間を掛ければそれだけ勝率も低下する。

 

 オーブ・パルチザン連合軍は戦力をかき集めて蜂起に備える。

 

 しかし当然ながら、あからさまな戦力の動きは、プラント軍が察知するところであった。

 

 反抗勢力は数日の内に行動を開始するだろう。ならば、自分達も丁重に出迎える必要がある。

 

 そう考えたプラント軍も、プトレマイオス基地に戦力を集中させて決戦に備える構えを見せる。

 

 両軍の機運は高まり、徐々に膨張しながら月全体を包み込んで行くかのようだった。

 

 

 

 

 

 少女はベッドの上に横たわったまま、自分を見下ろす少年を見詰めていた。

 

「ごめんね、手伝えなくて」

 

 カノンは申し訳なさそうに、そう言って謝る。

 

 ヒカルに救出されてから数日、カノンには絶対安静が言い渡されていた。

 

 短期間とは言え、捕まって拷問を受けた身である。体力的に消耗が激しい上に、怪我も負っている。絶対安静は妥当な判断だった。

 

 オーブ側としては痛い話である。決戦を前にして、主力であるパイロット1人を戦列から失ってしまったのだから。

 

 決戦に際し、かなり苦しい戦いになる事が予想された。

 

「・・・・・・ねえ、ヒカル」

「ん?」

 

 傍らに置かれたリンゴの皮を剥いてやりながら、ヒカルは首だけ動かしてカノンを見る。

 

「ヒカルは知ってたんだよね。レミル・・・・・・レミリアが女の子だって事」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 躊躇うように間を置いて、ヒカルは返事を返す。

 

 確かに自分は、二年前からレミリアが女であることを知っていた。無論、初めから知っていた訳ではないが、隠していたのは事実である。

 

 もっとも言い訳をさせてもらえば、ヒカル自身、つい先日までレミリアが生きている事を知らなかったという事情もある。その為、レミリアの性別について、今まで語る機会が無かったのだ。

 

 しかし、

 

 ヒカルは今、カノンにレミリアの事を隠していた件について、僅かな後ろ暗さを感じずにはいられなかった。

 

「ヒカルってさ・・・・・・」

 

 そんなヒカルに、カノンは更に問いかける。

 

「もしかして、レミリアの事が好きなの?」

「ハァ? 何でそんな話になるんだよ?」

 

 意味が分からず、ヒカルは問い返す。

 

 正直、今までレミリアの事を「親友」として見て来たが、それで彼女に対して恋愛感情を意識した事は無かった。

 

 勿論、女である事が分かってからは、性別について意識しなかった訳ではないが、それで彼女が好きかどうかと言われると、正確には答えられなかった。

 

 幼馴染のそんな様子に、カノンは嘆息する。

 

 ヒカルの鈍感キング振りは相変わらずのようだ。要するに、レミリアの件については、多少驚きはしたものの、カノンにとって決定的な敗北には至ってはいない、と考えていいだろう。

 

 結論を言えばプラマイゼロ。悲嘆するほどではないが、喜んでいい事態とも言い難い。

 

「ま、チャンスがあるだけマシかも」

「ん、何か言ったか?」

「何でもない」

 

 そっぽを向いて言い捨てると、ヒカルが差し出したリンゴを摘まんで口に運ぶ。

 

 とは言え、

 

 カノンはリンゴを咀嚼しながら、改めてレミリアの事を思い出す。

 

 元々、女の子のような顔だと思ってはいたが、まさか本当に女だったとは。

 

 神秘のベールを脱ぎ捨てたレミリアは、少女らしい可憐さと少年的な凛々しさを兼ね備えた、ある種の神秘的な存在感を持っていた。

 

 正直、同性のカノンですら、息を飲むような美しさだった。

 

 チラッと、ヒカルに目をやる。

 

 何でもないような事を言っているヒカルだったが、心の内ではレミリアに惹かれていたとしてもおかしくは無い。

 

 そんな少年の心の内を思うと、カノンはとてもではないが平静ではいられないのだった。

 

 

 

 

 

 ヒカルがカノンの部屋を出るとすぐに、壁に寄り掛かるようにして誰かが立っているのに気がついた。

 

 まるで自分が出て来るのを待っていたようなその人物の顔を見ると、ヒカルは少し驚いたように目を開く。

 

「アステル?」

 

 相手の名を呼ぶと、アステルは鋭い眼差しで顔を上げ、ヒカルを睨んできた。

 

 その視線のたじろくヒカルに、アステルは低い口調で話しかけた。

 

「レミリアが生きていたそうだな」

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 基地に潜入した際の報告は、既にあげてある。当然だが、そこにはレミリア・バニッシュの生存と、プラント軍への編入についても記載しておいた。

 

 アステルもそれを読んで、ここに来たのだろう。当事者であるヒカルから、より具体的な話を聞く為に。

 

 気にならない筈が無かった。アステルにとって、レミリアはかつての戦友であり幼馴染である。その彼女の生存が、2年越しに確認されたのだから。

 

 しかし、

 

「・・・・・・戦いにくいよな。やっぱり」

 

 ヒカルは少し言いにくそうに告げる。

 

 レミリアはヒカルにとって、今でも親友である。そんな彼女が敵にまわっているのは、やはりやり辛い物がある。

 

 ましてかアステルにとってレミリアは、かつてともに同じ組織で戦った戦友でもある。ヒカル以上に戦いにくい筈だった。

 

 だが、

 

「何故だ?」

 

 鋭い眼差しのまま、アステルはヒカルに尋ね返す。

 

 その瞳には一点の曇りすら無く、あらゆる弱さを削ぎ落したような鋭さがあった。

 

「いや、何故って・・・・・・・・・・・・」

「あいつが何であろうと、昔がどうあろうと、今のあいつが敵として立ちはだかるなら、俺は倒して通るまでだ」

 

 揺るがない信念と共に、アステルは言い放つ。

 

 味方を守り、戦い抜く。その為に必要なら、昔の中まであっても切り捨てる。重要なのは現在と未来であって、間違っても過去ではない。

 

 進むべき道を邪魔する者が現れたなら、その全てを倒して通るまで。敵であろうと、かつての味方だろうと、そして突き詰めれば、今の味方であろうとも。

 

 それが悲しいほどに研ぎ澄まされた、アステルの信念だった。

 

「忠告しておくぞ、ヒカル」

 

 更に鋭さを増した雰囲気を纏い、アステルは告げる。

 

「俺をこの戦いに引き込んだのはお前だ。そのお前が、途中で投げ出す事は、この俺が断じて許さん。お前には、最後まで戦い抜く義務があるという事を忘れるな」

「判ってるよ」

 

 アステルの言葉に、ヒカルは唇を噛み締めて言葉を返す。

 

 言われるまでも無い事だ。

 

 自分は祖国を取り戻し、貶められたオーブの名誉を回復する為に、最後まで戦い抜くと誓った。それを違えるつもりは無かった。

 

 そう、たとえ相手が親友であっても、戦うとなったら倒して通る。その想いは、アステルと同じくするところである。

 

 足音が聞こえて来たのは、そんな時だった。

 

「あ、ヒカル君、アステルも、こんな所にいたんだ」

 

 走って来たリザは、息を切らしながら2人の前で立ち止まる。

 

 その慌てた様子に、ヒカルとアステルは怪訝な面持になりながら振り返る。

 

「どうしたんだよ?」

「大変なんだよ!!」

 

 尋ねるヒカルに、リザは上がった息を整えてから言った。

 

「今、連絡があって、プラントと地球連合が、和解の方向で合意したって!!」

 

 その言葉に、衝撃が走るのを止められなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-20「父の真実」      終わり

 


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