機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE―19「繋がれし再会」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報せを聞いて駆け付けたアランとアステルが部屋の端末を操作している頃には、リザとナナミも部屋にやってきていた。

 

 大騒ぎになるといけないのでシュウジには報告を入れておいたが、ヒカルが部屋から消えた事に関して、情報は可能な限りストップしておいた。

 

 状況から考えて脱走などと言う事態はあり得ないだろうが、それでも見る者が見ればそう捉えられてもおかしくは無い状況である。事は穏便に済ませるに越した事は無いだろう。

 

 ややあって、

 

「これだね」

 

 端末を操作していたアランが、顔を上げて言った。

 

 覗き込む一同の目には、何かの情報の羅列が画面に映し出されているのが見える。これが、ヒカルが部屋を出る直前に見ていた情報らしい。

 

「これって・・・・・・」

 

 オペレーターを務めるリザには、それが何なのか一目でわかった。

 

 プラント軍、恐らく保安局の行動計画書だ。

 

 読み進めていくと、目的と思われる一文が見つかった。

 

『捕虜一名、プトレマイオス基地へ移送』

 

 間違いない。捕虜一名とはカノンの事だ。

 

 嘆息する。

 

 ヒカルは目を覚ましてから、恐らくカノン生存の痕跡と、その行方を必死に探し求めたのだろう。

 

 そして行き付いたのだ。目当てとなる情報へ。

 

 レジスタンスが総がかりで追っても行方を掴めなかった情報を、ヒカルは部屋から一歩も出る事無く探り当てたのだ。

 

 瞠目に値すると言える。

 

 今さらながらヒカルが、あの怪物じみたスーパーコーディネイター、キラ・ヒビキの息子だと言う事が思い出された。

 

 顔を顰めるリィス。

 

 こんな状況でなければ、手放しの賞賛を弟に送りたい気分である。

 

 もっとも、行動の手段に移行する際に単独で動いている時点で、評価は完全にマイナスなのだが。

 

 とは言え、カノンの生存と所在の確認ができた今、自分達も手を拱いている事は許されない。ヒカルが先行して動いている事も含めて、作戦を立てる必要がある。

 

「私と、レオス、アステルの3人で陽動を掛けて、プラント軍の目を引き付ける。ヒカルがどの程度まで行っているかはわからないけど、私達が出れば、敵の注意を引けるはずだから」

 

 とにかく、ヒカルが馬鹿な事をしでかす前に(既に手遅れの感もあるが)、状況をこちらのコントロール下に引き戻す必要があった。

 

「目的はカノンの救出。ヒカルの馬鹿は・・・・・・まあ、ついでに余裕があったら、そっちもお願い」

 

 指示を下すリィスをアランは痛ましげに、それでいて微笑ましげに苦笑しながら見つめる。

 

 本当は弟の事が一番に心配であろうに。自分の感情を無理やり押し込めて、リィスは望まない戦場に立とうとしていた。

 

 それが理解できるからこそ、アランもまた自分にできる事で彼女の戦いを支援しようと思った。

 

「なら僕は艦に残って、できる限り情報を集めるよ。リザ。君は僕のサポートを」

「は、はいッ」

 

 リザの頷きを聞きながら、アランはリィスに再度目をやる。

 

 アランの意図を察したのだろう。リィスも頷きを返す。アランとオペレーターであるリザがサポートについてくれるならありがたかった。

 

 と、

 

「あの、三佐・・・・・・」

「ん、何?」

 

 声を掛けてきたナナミに、振り返るリィス。

 

 だがナナミは、何かを言い淀むように口をつぐんだまま、僅かに俯いている。

 

 ナナミは迷っていた。内通者がいる可能性をリィスに伝えるべきか否か。

 

 しかも、その一番の容疑者に、最大戦力であるギルティジャスティスを預けても良い物なのか?

 

 出撃準備を進める為に踵を返すアステルを、僅かに睨み付ける。

 

 怪訝な面持ちになるリィス。

 

 だが結局、ナナミは何も言う事ができなかった。

 

 

 

 

 

 何で、こうなったの?

 

 レミリアは自問自答して見た。

 

 取りあえず、自分に起きた事態を整理してみる。

 

 月に来て、友人が捕まっている事を知り、助けようと動いて、発覚して、お茶を飲んでいる。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 うん、どう考えてもおかしい。特に最後の部分が。

 

 レミリアはテーブルを挟んで、自分の向かいに座っている人物に改めて目をやった。

 

「お口に合いませんか?」

 

 自身もティーカップを口に運びながら、仮面の少女は穏やかな声で尋ねてきた。

 

 それに対し、自分も慌てたようにカップの中の紅茶に口を付ける。

 

 レミリアは今、ユニウス教団の聖女と名乗る少女とテーブルを囲み、茶を飲んでいた。

 

 廊下でばったりと出会った2人だったが、聖女の方からレミリアを誘ってきたのである。

 

 唇をつけたカップから、湯気の立つ紅茶が、喉へと注がれる。

 

 芳醇な香りと、ほんのり甘い舌触りがレミリアの舌を流れていく。

 

 正直言って、お世辞抜きで、美味しかった。

 

「美味しい」

「良かったです」

 

 率直に言うと、聖女は口元に笑みを浮かべる。

 

 顔の上半分を隠している状態であっても、目の前の少女の美しさが伝わってくるようだった。

 

 勿体ない、と、レミリアは場違いにも思ってしまう。

 

 これだけ可愛いんだから、顔なんて隠さなければいいのに。

 

 まあ、そこら辺は何か、レミリアが知らなくても良い事情があるのだろう。ならば、あえて踏み込まない事も必要だった。

 

 ところでレミリアとしては、いつまでもこうしてお茶を飲んでいる訳にもいかない。どうにかして、ここを抜け出し、カノンを助けに行かないと。

 

「何か、事情が御有りなのですか?」

「え?」

 

 そんな事を考えていると、聖女の方から声を掛けてきた。

 

 顔を上げるレミリアに、聖女は更に言葉を紡いだ。

 

「先ほどから何か落ち着かない様子。もし何か、悩み事がおありなら、わたくしで良ければ相談に乗りますが?」

 

 面食らうレミリア。

 

 まさか、今日会ったばかりの人間から、そのような事を言われるとは思っても見なかったのだ。

 

 どうした物か、と思案する。

 

 相変わらず、仮面を被った聖女の顔からは表情を読み取る事が難しい。彼女が何を考えているのか、レミリアには分からなかった。

 

 罠の可能性が、脳裏をよぎる。

 

 万が一、彼女がレミリアを罠に掛ける為にこのような事を仕組んだだとすれば、迂闊な事をしゃべれば、その時点でレミリアの命運は確定してしまうだろう。

 

 だが一方で、少女の冷静な部分が、状況を緻密の分析していた。

 

 聖女には(ひいてはユニウス教団には)レミリアを陥れる事で得られるメリットは無い。少なくともレミリアには、そう思える。

 

 この基地の中、否、プラントと言う巨大な国家組織の中にあって、レミリアはどこまでも孤独な存在である。仲間と言える者は誰一人としておらず、唯一の味方である姉も、人質として軟禁されている。

 

 孤独は否応無く、少女の心を干上がらせていた。

 

 だからこそ、自分の進む道に、ほんの少しで良いから変化が欲しいと思った。

 

「実は・・・・・・・・・・・・」

 

 その想いが、レミリアに口を開かせる。

 

 自分の経歴。かつて負っていた任務。そこで出会った友人達。

 

 そして、その大切な友達が、今この基地で囚われ、命の危険に晒されていると言う事態。

 

 聖女はレミリアの言葉を、黙って聞き入っていた。

 

 相変わらず何を考えているのかはわからない。

 

 話を終えたレミリアは、伺うようにして聖女の顔を見ると、それに合わせるように少女の方でも顔を上げてレミリアに視線を合わせた。

 

「なるほど、お話は分かりました」

 

 否定されるだろう。

 

 そんな予感が、レミリアにはあった。

 

 レミリアを陥れるメリットが聖女には無いのは確かだが、同時に協力したり、見逃すメリットも無い。更に言えば、後者の場合においては、プラントと教団の同盟関係に齟齬が生じると言うデメリットも存在する。

 

 話したのは早計だったか。

 

 レミリアは心の中で、一瞬そう考える。

 

 かくなる上は、ここを強硬に脱してカノン救出に向かうか?

 

 そう思った時。

 

「では、行動はなるべく早い方が良いですね。必要な物は用意させましょう。あなたも、すぐに動けるように準備をなさってください」

「へ?」

 

 レミリアが間抜けな声を上げたのも、無理からぬことであった。

 

「えっと・・・・・・・・・・・・」

「どうかしましたか?」

 

 怪訝な顔付でレミリアを見る聖女。

 

「えっと・・・・・・手伝って、くれるの?」

 

 目を丸くするレミリアに対し、聖女はクスッと笑う。

 

「時間が無いのでしょう?」

「あ、うん・・・・・・」

 

 そう言って率先して歩き出す聖女を、レミリアは慌てて後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 哀れな整備員は、自分に何が起きたのか理解する事もできずに崩れ落ちた。

 

 倉庫へと引きずり込んで作業服を剥ぎ取ると、素早く着込む。

 

 帽子を目深に被り整備員を拘束すると、ヒカルは倉庫を後にして外からカギを掛けた。

 

 暫く窮屈な思いをしてもらうが、そこは勘弁してもらう事にした。

 

 行き交う作業員に紛れるようにして歩き出す。

 

 既に奪った端末から基地のシステムにアクセスし、カノンが監禁されていそうな場所も特定してある。

 

 エターナルフリーダムは艦に置いてきた。Nジャマーの恩恵が得られる地上でならともかく、それが無い宇宙空間では却って、あの機体は目立ちすぎるのだ。敵からも、そして味方からも。

 

 リィス達に相談せずに単独で動いた事は、一応、ヒカルなりに考えあっての事である。

 

 カノンの生存を知れば、当然だがリィス達も救出の為に動くだろう。

 

 だが現在、自由オーブ軍とプラント軍の緊張は最高潮に達している。そこに来て下手な動きを見せれば、それを機に戦端が開かれてしまう可能性すらあった。だからこそ動きは最小に、それでいて最速で動かなくてはならない。その為には、ヒカルが単独で動くのが最適であった。

 

 加えて、ヒカルは内通者と言う存在を疑っていた。

 

 驚くべき事だが、シュウジが内通者の存在を疑うのと同様に、ヒカルもまた、自分達の中に裏切者がいるのでは、と考えていたのだ。

 

 考えてみれば、思い当たる節は幾らでもある。

 

 アマノイワトが突然、攻撃を受けた件もそうだが、それ以前にコキュートス・コロニー攻撃の際、敵がいち早くこちらの行動を察知して、レニエントによる攻撃を仕掛けて来た事も気になっていた。

 

 後から聞いた情報だが、レニエントは巨大な移動要塞とも称すべき威容を誇っており、その主砲は、コキュートスを一撃で崩壊させた威力を見ても、容易に規模を想像する事ができた。

 

 しかし当然の事ながら、それだけの兵器を思い通りに動かすとなると、莫大な時間と労力が必要となる。遥か離れた場所にある小さなコロニーの座標を特定し、発射体勢に持っていくとなると、並大抵の事ではなかったはず。

 

 ましてか、文字通り「味方撃ち」の要素まで含んでいる事である。それこそ、事前に正確な情報が無いとできない事である。さもなければ、レニエント発射は空振りな上に、ただ味方の戦力をいたずらに減らしただけに終わっていた筈だ。

 

 内通者は確実にいる。それも恐らく、大和の中に。

 

 それが判ったからこそ、ヒカルは単独で動く事に決めたのだ。

 

 敵がどこにいるか判らない以上、誰かを頼る事はできない。たとえ信頼する姉であっても、何がきっかけで敵に情報が漏れるか判らないからだった。

 

 目的の場所へ向け、ヒカルは足を速める。

 

「・・・・・・待ってろよ、カノン」

 

 口の中で小さく呟く。

 

 完全に風景の中へと溶け込んだヒカルの姿を咎める者は、基地の中で誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 驚かずにはいられなかった。

 

 まさか、ここまでスムーズに入り込む事ができるとは。

 

 聖女の協力を得たレミリアは、全くと言って良いほど何の妨害も無いまま、監房区画に入り込む事に成功していた。

 

 本来なら、巡回や歩哨の兵が随時、監房周辺に配置され脱獄に備えて見張りを行なってるはずである。しかし今、それらの姿は影も形も存在しなかった。

 

 一体どんな手を使ったのか、聖女はほんの僅かな時間で、それらを遠ざけ、レミリアが潜入する道を作ってくれた。

 

 決行前にレミリアが施したシステムの工作も、まだ生きている。まさしく、絶好のチャンスだった。

 

 しかし、この埒外の幸運の中にあってさえ、レミリアは自問する事をやめられなかった。

 

 聖女はいったい、何の為に自分に協力してくれているのか?

 

 未だに何か裏があるのでは、という疑いを捨てきれないレミリアだが、同時にあの仮面の少女の事を信じても良いのでは、とも思うようになっていた。

 

 彼女がいなかったら、事はここまで思い通りに進む事はあり得なかっただろう。

 

「それに、あの娘・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、レミリアは思考を止めた。と言うよりも、自分が何について考えているのかまとまらなかったのだ。

 

 聖女について、何かしら思うところがあるのは確かだが、それが何なのかレミリアには分からなかった。

 

 だが、考えるのはそこまでだった。

 

 聖女がどんな手を使ったのかは知らないが、そういつまでも時間があるとは思えない。事は早急に済ませる必要があった。

 

 カノンが監禁されている部屋の前に立つと、予め得ていたパスコードを打ち込んで開錠、素早く中に滑り込む。

 

 果たして、

 

 2年ぶりの再会となる少女は、備え付けのベッドに腰掛けたまま、突然現れた闖入者を見て、目を丸くしていた。

 

「えっと・・・・・・誰?」

 

 首を傾げるカノン。

 

 その姿を見て、レミリアは安堵する。

 

 拷問はまだ初期段階だったのだろう。思ったよりも元気そうである。顔が多少腫れているし、服から見える肌にも痣があるが、起きられない程衰弱していると言う訳ではなかったようだ。

 

「ボクだよ、カノン」

 

 2年越しに聞かせる声に、果たして反応してくれるかどうか不安だった。よしんば反応があったとして、裏切った自分を、目の前の少女が許してくれると言う保証も無かった。

 

 あのヒカルですら、再会した時にはレミリアを詰って掴み掛ってきたほどである。カノンもそうなるかもしれない。

 

 ややあって、レミリアの躊躇交じりの声は、捕らわれの少女の心に一気に染み渡り、その奥底に封印されていた苗床に水を与えた。

 

 苗床から延びた記憶と言う名の木は、一気に成長して大樹へと成長。カノンの中で花開かせる。

 

「え・・・・・・レミル?」

 

 カノンの口からついて出た言葉は、怪訝の要素に満ち溢れていた。

 

「え、何でここに? プラント軍? あれ、でもレミルって北米統一戦線だったんじゃ・・・・・・」

 

 矢継ぎ早に飛ばされる質問に、レミリアは苦笑する。何だか、再会した時のヒカルの事を思い出してしまった。

 

「てか、何でスカート穿いてるの?」

 

 カノンは最大の疑問を口にした。

 

 確かに彼女は、レミリアが「レミル・ニーシュ」としてハワイに潜入していた頃の事しか知らない。女の恰好で彼女の前に立つのは初めての事だった。

 

「女装?」

「違う」

 

 カノンの間違いを、レミリアはやんわりと否定した。

 

 取りあえず話が進まないので、手錠を外してやりながら、かいつまんで要点だけ説明する。自分の性別や、現在の状況についてなど。

 

「・・・・・・・・・・・・ふーん」

 

 話を聞いて、カノンは尚も懐疑の眼差しをレミリアに向けてくる。

 

 まあ、簡単に信じろと言うのも無理な話であるが、今は詳しく説明している暇はない。

 

「さあ、早くここから・・・・・・・・・・・・」

 

 レミリアが言いかけた時だった。

 

「えいッ」

 

 自由になった手を伸ばしたカノンが、レミリアのスカートの裾を摘まむと、思いっきり振り上げた。

 

 あられもなくめくれ上がったスカートの下から、白いレースの装飾が入った水色の可愛らしいデザインをしたパンツがカノンの視界に飛び込んできた。

 

「成程、本当に女の子なんだ」

「キャァァァ!?」

 

 慌てて後退しながら、スカートを押さえるレミリア。

 

「な、何するのいきなり!?」

「いや、本当に女の子か確かめようと思って」

「だから、女だって言ってるでしょ!!」

 

 何もこんな手段に訴えなくても良いだろうに。

 

 抗議したいところだが、おバカなやり取りをしている間にもリミットは迫っている。

 

「と、とにかく、早く逃げよう。案内するから、ボクについてきて」

「ん、判った、お願い」

 

 カノンは思いのほかあっさりと頷くと、レミリアに続いて立ち上がった。

 

 あまり細かい事を気にしないカノンの性格が幸いし、事情説明は思ったよりもうまく行った事に安堵するレミリア。

 

 とにかく、稼げる時間も残りわずかである。行動は慎重に、かつ迅速に行う必要がある。

 

 レミリアはなるべく気配を消したまま、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 異様な気配がする。

 

 そう思ってヒカルが立ち止まった瞬間、まるで藪から飛び出す獣の如く、相手は襲いかかってきた。

 

 それに対応して見せるヒカルもまた、野生の勘と称しても良い反応速度で相手に応じる。

 

 間もなく、問題の監房区画に達しようとした時、自身に向けられる僅かな視線を察した瞬間の出来事だった。

 

「ハッハーッ 今のをかわすかッ さすがだ、魔王様!!」

「クッ!?」

 

 放たれる銃弾を回避。同時にヒカルも隠し持っていた銃を抜いて構える。

 

 互いの銃口を向け合うと同時に、トリガーは引き絞られる。

 

 撃鉄が落ちる一瞬の元に銃弾は放たれた。

 

 額の脇を擦過する痛みを無視しながら、ヒカルは相手を睨み付ける。

 

 ヒカルが放った銃弾も、相手に命中していない。

 

 互いに姿勢を戻し、改めて対峙する。

 

 ヒカルの視界の先に、笑みを浮かべた男が立っていた。

 

 顔を顰める。

 

 男が発する危険なにおいを敏感に感じ取り、ヒカルの五感が激しく警戒を促す

 

 まるで「戦い」をそのまま削って人の形を作ったような人物。ヒカルがこれまで対峙した、どのような敵とも異なる、危険な雰囲気を持った男だ。

 

 戦うために生まれ、戦いの中で生きる事を至上とし、そして戦いの後に果てる事を無上の幸福とする。

 

 目の前にいるのは、そのような男だ。

 

 対して、クーラン・フェイスも、ヒカルを値踏みするように睨み据える。

 

「ほう、そこそこやるようだな、魔王様。御尊顔を拝し、恐悦至極って奴だ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 軽口に、ヒカルは無言で応じる。

 

 最近、自由オーブ軍の中で「魔王」と呼ばれる存在がおり、それがどうやら自分に対する呼び名であるらしいと言う事は、ヒカルも知っていた。

 

 それ自体は、別に悪い気はしていない。確かに、プラントと言う支配を打ち砕くべく抵抗を続ける自分は、ある意味魔王と呼ばれても仕方が無い。

 

 問題なのは、目の前の男が「魔王」であると知って、自分を待ち構えていた節がある事だった。

 

 やはり、動きが読まれている。そう断じざるを得ない。

 

 考えたくもない事だが、裏切者はヒカル達のすぐそばにいると考えるべきだった。

 

 反撃の為に応戦。そのまま物陰へと走る。

 

 だが、相手はまるで焦らすように、ヒカルに向けて銃を撃ってくる。

 

「ほら、逃げろ逃げろッ 無様にケツ振って逃げやがれッ 魔王様!!」

「チッ」

 

 挑発するようなクーランの言葉に、ヒカルは舌打ちしながら前方宙返りを打つ。

 

 視線が上下逆転する中、空中で照準を合わせるヒカル。

 

 身の軽さには自信があるヒカルならではの空中戦法は、相手の意表を突くようにして攻撃へと移行する。

 

 放たれる弾丸。

 

 しかし、クーランは床を蹴って跳躍。跳ねるようにしてヒカルへと迫ってくる。

 

「クソッ!?」

 

 更にトリガーを絞るが、放たれた弾丸は、アンバランスな状況で放った為、呆気無く回避される。

 

「低重力戦闘がヘタクソだな!!」

 

 距離を詰めるクーランが壁を蹴って勢いをつけ、ヒカルに回し蹴りを繰り出す。

 

 その爪先が、ヒカルの腕を捉え、銃を弾き飛ばした。

 

「グッ!?」

 

 痛みに顔を顰めるヒカル。

 

 その瞬間を逃さず、クーランは抜き放ったナイフをヒカルに突き付けて来た。

 

 とっさに、クーランの腕を掴んで受け止めるヒカル。

 

 互いの顔が、至近距離に迫って睨みあう。

 

「ほう・・・・・・」

 

 息がかかるくらいの至近距離でヒカルの顔を眺めたクーランは、感心したように声を出す。

 

「よく見れば、親父にそっくりだな。流石は親子だよ」

「何ッ!?」

 

 腕に掛かる重圧に耐えながら、ヒカルは問い返す。

 

「父さんを知っているのか!?」

「ああ、知ってるぜ。奴とはマブダチだったからな。まあ、別の言い方をすれば、『同じ穴のムジナ』って奴だよ」

 

 その言葉に、ヒカルは思わず愕然とする。

 

 父が、この男と同じだった?

 

 あの優しかった父が、目の前の危険極まる男と同類だなどとは、ヒカルにはどうしても想像できなかった。

 

 そんなヒカルの様子を見て、クーランは何かを察したように笑みを浮かべる。

 

「ああ、成程。パパの事は何にも知らない訳か、魔王様は」

「クッ!?」

 

 ヒカルの頭が、一瞬で沸騰する。

 

 自分の知らない父を、目の前の男が知っている。

 

 ただそれだけで、全身の血液が沸騰しそうだった。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 ヒカルの中でSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

 膠着状態を打破するように、クーランの腹を蹴り飛ばす。

 

 くぐもった呻きを漏らすクーラン。

 

 そのまま壁際まで弾き飛ばされながらも、歴戦で培った勘に従い体勢を立て直す。

 

 しかしその時には既に、ヒカルは次のアクションを起こしていた。

 

 手にした発煙手榴弾をクーランの鼻先に投げつけて起動する。

 

 一瞬にして、廊下を満たす煙。

 

 これには、流石のクーランも怯まざるを得なかった。

 

 その隙に、ヒカルはその場を離脱する。

 

 元より、目的はカノンの救出であって、この男と戦う事ではない。

 

 だが、

 

 ヒカルにはクーランが言った言葉が、まるで毒の蔦のように己の心を侵していくような気がしてならなかった。

 

 いったい父の過去に何があったのか。

 

 今、ヒカルはかつて無い渇望感を持って、父に対する興味を募らせていた。

 

 

 

 

 

「ねえ」

 

 警戒しながら歩くレミリアに、カノンは後ろから声を掛ける。

 

 レミリアは周囲を確認しつつ、歩を先に進めていく。

 

 周囲に人の気配は殆ど無い。

 

 先程から何度か、巡回の兵士と行き会っているが、その度に物陰に隠れてやり過ごす事に成功していた。

 

「何?」

 

 振り返らずに尋ね返したレミリアは、ふと思い出す。

 

 今のカノンの声には、どこか躊躇うような口調があったように思える。2年前の記憶を掘り起こしてみれば、それが確か、カノンが何か言いにくい事を言う時のくせだったように思える

 

 ややあって、カノンは先を続けた。

 

「ヒカルは知ってるの? その、レミルが女だってこと・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、レミリアは動きを止める。

 

 予想通り、聞く方も答える方も、言いにくい内容であった。

 

 ここでヒカルの名前が出て来たのは、レミリアにとって聊か予想外だったが、同時にヒカルが、自分の性別の事を周囲に黙っていてくれた事も理解した。

 

 まるでヒカルと同じ秘密を共有できていたみたいな、奇妙な嬉しさがこみあげてくる。

 

 だが、それは同時に、カノンの心を乱す事態でもあった。

 

「知ってるんだ・・・・・・」

「う、うん」

 

 頷くしかないレミリア。

 

 カノンもまた、思いを寄せる幼馴染の少年が、寄りにもよって、これ程の重大事を自分にも隠していた事にショックを受けずにはいられないでいた。

 

 2人の間に、そのまま沈黙が流れ込む。

 

 その時だった。

 

 廊下の向こうから、人が翔足音が聞こえてきた。

 

 途端にレミリアは、警戒するようにカノンを庇いながら身を固める。

 

 立場上、レミリアは帯銃する事を許されていない。万が一、誰かに見咎められたときは、格闘戦で活路を見い出すしかなかった。

 

 果たして、

 

 廊下の向こうから駆けてきた人物は、2人にとって共通の知り合いとなる人物だった。

 

「「ヒカル!?」」

 

 クーランの追撃を振り切って、どうにかここまで辿り着いた少年は、突然名前を呼ばれて立ち止まる。

 

 その片方が、自分が助け出す為にここに来た少女だと知って、歓喜と安堵が混じりあった表情を現した。

 

「カノンッ」

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・レミリア」

 

 失ったと思っていた少女の名を、呟く。

 

 アラスカで対峙した時以来の再会。もっともあの時は、互いに交えた物は剣であり、友誼ではなかった。

 

 事実上、第1次フロリダ戦の後、一晩を共に過ごした時以来となる。

 

「生きてたんだ」

「それはこっちのセリフだ」

 

 そう言って、互いに笑みを浮かべる。

 

 だが、和んでいる暇は互いには無い。こうしている間にも、追っ手は指呼の間に迫っているのだ。

 

「さ、カノン」

 

 レミリアはそう言って、カノンの背中を押す。

 

 一応、カノンを逃がす為の算段は考えていたレミリアだが、ヒカルがこうして迎えに来た以上、彼に託すのが妥当と考えたのだ。

 

「う、うん」

 

 躊躇いがちに頷くと、カノンはレミリアの方を名残惜しそうに振り返りながら、ヒカルの所へと走る。

 

 真っ直ぐに少年の胸に飛び込むと、ヒカルもまた、カノンの小さい体を抱きとめた。

 

「大丈夫だったか?」

「うん、何とか」

 

 救出が早かったおかげで、拷問は軽い物で済んだ。しかし、愛らしさの残るカノンの顔には痣が浮き、体にも傷が残っている。

 

 いずれも、放っておいても治癒する程度の物だが、しかしそれを見ただけでヒカルは自身の沸点が上昇する思いだった。

 

 だが、その怒りを実際にぶつけるのは後日の事。今はまず、脱出を急ぐ必要があった。

 

 ヒカルは、もう1人の少女へと向き直る。

 

「レミリア、お前も・・・・・・」

「ダメだよ、ヒカル」

 

 しかしレミリアは、ヒカルが何を言うのかを予想していたように遮った。

 

 その瞳には、ある種の諦念が浮かべられ、自らの運命を受け入れた者特有の、悲しい覚悟が見て取れた。

 

「ボクは行けない。2人だけで行って」

 

 静かに、しかし断固とした調子で、レミリアは拒絶の意志を示す。

 

 所詮、彼等と自分は住む世界が違う。彼等には自由に空を飛ぶ事ができる翼がある。

 

 だが自分は鎖に繋がれ、一生、籠の中で生きるしかないのだ。

 

「そんな・・・・・・」

 

 愕然と声を詰まらせるカノン。

 

 対して、

 

「何言ってんだよッ 良いからお前も来いッ」

 

 そう言って、ヒカルは手を伸ばす。

 

「何か問題があるなら、俺が全部解決してやるッ お前が普通に生きるのを邪魔する奴がいるなら、全部俺がぶっ飛ばしてやるッ だから、来いよッ レミリア!!」

 

 レミリアは微笑を浮かべる。

 

 久しぶりに会ったヒカルは、本当に何も変わっていない。立場は変わっても2年前と同じくまっすぐで、どんな障害があっても前へ進もうとしているかのようだ。

 

 ふとすれば、本当に思ってしまう。

 

 ヒカルならあるいは、と。

 

 手を、彼に向かって伸ばしたくなる。

 

 だが、

 

 レミリアは微笑を浮かべ、黙って首を横に振った。

 

「ボクは、行けない」

 

 もう一度、同じ言葉を繰り返す。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。良く判ってるじゃん。自分の立場がさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PHASE―19「繋がれし再会」      終わり

 


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