機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-18「捕らわれし者達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな形で月に来る事になるとは、正直思っても見なかった。

 

 運命の神とやらが本当にいるのなら、背骨が複雑骨折しているのではないかと、本気で疑いたくなる。

 

 レミリアは己に降りかかった運命の悪戯を思い、密かに嘆息を漏らした。

 

 かつてはテロリストとして、そして今はプラント軍の士官として、

 

 全く正反対の立場で訪れた月は、その光景すらも変じているかのようだった。

 

 グルックに呼び出されて前線行きを命じられたレミリアは、スパイラルデスティニーと共に月面プトレマイオス基地へ移動、そこで既に先行して現着している筈の保安局特殊作戦部隊と合流する予定だった。

 

 それにしても、

 

 自分をわざわざへ関しなくてはならない辺り、プラント軍の実情はかなり厳しいのだろう、とレミリアは現在の状況を頭の中で反芻して見る。

 

 急速に勢力を増しつつある自由オーブ軍は、かつて「質においては世界最強」とまで言われた名声に恥じない戦いぶりを示し、数多くのプラント軍部隊を撃破するに至っている。

 

 特にその中で「魔王」と言う異名で呼ばれる存在に、レミリアは強く興味を引かれていた。

 

 数々の戦いで多くの将星を生み出してきたオーブ軍の中で、新星とまで言われている魔王の存在は、間違いなく、自分達にとって最大の障害となるだろう。

 

 実際に戦ってみない事には判らないが、レミリアが相手をするのに不足があるとは思えなかった。

 

 退く事は許されない。

 

 レミリアは何としても前に進み続ける必要がある。全ては、姉のイリアを守る為に。

 

「よう、お前さんが本国から来た増援か?」

 

 横合いから声を掛けられたのは、そんな時だった。

 

 振り返って相手の男の姿を見るとすぐに、レミリアはそれと気づかれない程度に顔を顰める。

 

 元テロリストと言う関係上、血腥い雰囲気を持った男は幾らでも見てきて慣れているつもりだったが、目の前の男は別だった。

 

 まるで戦場で流れ出た血が凝縮して、1人の人間を象っているかのような、そんな不快感。油断すれば、次の瞬間には喉笛を噛み千切られるような錯覚までしてしまう。

 

 目の前の男は、今までレミリアが対峙してきた、どんな人間よりも危険なにおいがした。

 

 そんなレミリアの怯えを敏感に感じ取ったのだろう。男は口の端を吊り上げて笑みを向ける。

 

「クーラン・フェイスだ。一応、お前さんの新しい上司って事になる。まあ、よろしくな」

「・・・・・・レミリア・バニッシュです」

 

 敬礼しながら簡潔に答える。

 

 親密なやり取りなど、自分も向こうも期待していないだろうし。

 

 案の定クーランは、それ以上のコミニケーションは不要だとばかりに、顎をしゃくってレミリアを促した。

 

「行くぞ。既にお歴々は全員集まっている。お前さんが最後だよ」

 

 そう言ってクーランは、レミリアを置き去りにするように歩き出す。

 

 レミリアも、その後に続いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 ブリーフィングルームへ入ると、クーランの言った通り、既に主立った人物は勢ぞろいしていた。レミリアが来たのは、本当に一番最後であったらしい。

 

 基地司令部の幕僚や、駐留軍の幹部。クーヤ達、ディバイン・セイバーズ第4中隊の面々も姿を見せている。

 

 そうそうたるメンバーである。

 

 しかし、室内に入ると同時にレミリアは複数の視線が自分に突き刺さり、同時に全てに敵意か懐疑か、あるいはその両方が含まれている事を察した。

 

 ああ、またか。

 

 レミリアは密かに嘆息する。

 

 プラント軍人が自分に向ける敵意の視線には、既に慣れてしまっていた。正直、気にしても仕方が無いし、元々はテロリストだった自分に対する、彼等の感情は理解できる。立場が逆なら、レミリアも似たような事をしただろう。気にするだけ時間と労力の無駄だった。

 

 そこでふと、部屋の隅に異質な一団がいる事に気付いた。

 

 全体的に白っぽい服装をしているが、軍服では無く、聖職者なんかが着る仕立ての良いローブみたいな感じだ。珍しい事に、彼等は自分に向けて敵意を向けている様子は無い。

 

 中でも、真ん中に座っている金髪の女性は、顔の上半分を仮面で覆っている。

 

 だが、下半分の顔を見るだけでもわかる。恐らくレミリアと同い年くらいの少女が、気品にあふれた美しさを持っている事を。

 

「おい、何をしている。サッサと座れ」

 

 ぞんざいな叱責が飛び、レミリアは意識を戻して自分の席へと向かう。

 

 そんなレミリアの様子に対して、参謀は胡散臭げな視線を向けて来るが、対してレミリアは丁重に無視する。先にも言ったが、気にしても仕方がない事だ。

 

 レミリアが着席するのを待って、参謀は説明に入った。

 

「まず、現状の説明をしますが、つい先日、宇宙解放戦線の残存部隊が蜂起し、コペルニクスに核攻撃を目論みました。その際、迎撃に現れた機体がこれです」

 

 参謀の苦々しい表情と共にスクリーンに映し出された機体は、辛うじて現場に間に合った保安局の偵察機が撮影した物である。

 

 思いのほか鮮明な画像の中では、12枚の蒼翼を広げた優美な機体が映し出されている。

 

 その姿に、レミリアは僅かに唇を震わせて見入る。

 

 フリーダム級機動兵器に間違いない。

 

 そしてかつて、

 

 2年前、彼女の親友である少年が駆った機体とひじょうに酷似している。

 

 無論、頭部や腕部の形状や翼の数、武装等の細部は異なっている。同一の機体ではないだろうし、パイロットもあの時とは違うだろう。気にする要素ではなかった。

 

「この機体は、我が軍の兵士の間で『魔王』と言う呼び名で呼ばれている物です。その戦闘力は、烏合の衆とは言え宇宙解放戦線の部隊を、たった1機で蹴散らしている事からも推測できます」

 

 厳密に言えば、宇宙解放戦線はエターナルフリーダム1機で蹴散らされた訳ではない。ヒカルが倒したのはリーダーのアシュレイ含めて全体の三分の一程度であり、残るは後から駆け付けたプラント軍が殲滅している。

 

 しかしそれでも、大軍の中に単騎で飛び込み、自らは掠り傷一つ負わずに敵の主力を壊滅させた胆力と戦闘力は脅威と見るべきだろう。

 

 と、そこで居並ぶ何人かの士官が、不機嫌そうにするのが見えた。どうやら、テロリスト如きの機体を「脅威」と称するのが許せなかったらしい。

 

 そんな彼等を、クーランやレミリアは冷ややかな目で睨む。

 

 自分達の力に自信を持つのは大変結構なことだが、敵を過小評価するような輩は早死にするだろう。

 

 参謀は続ける。

 

「魔王を中心とする自由オーブ軍の部隊が、この月、恐らくはコペルニクス近辺に潜伏している事は間違いありません。敵はパルチザンとの連携を目論んでいると思われ、近日中には攻勢を掛けて来ると思われます」

 

 パルチザンの戦力は、先の蜂起失敗の折に大きく減衰している事を掴んでいる。そしてそれは、自由オーブ軍においても変わらない。彼等は先にレニエントを破壊する為に大艦隊を派遣し、更には拠点を一つ失って混乱状態にある。とても、今すぐに大軍を月に派遣できるとは思えなかった。

 

 戦力的には間違いなく、プラント軍が有利の筈。

 

 だが、レミリア、クーラン、クーヤと言った歴戦の戦士たちは、その状況を甘んじて受け入れはしなかった。

 

 兵士などの雑兵はともかく、敵のエースは一騎当千揃いである。彼等は時に千軍をも覆す事があり得る。それは、幾多の英雄たちが証明していた。

 

「ユニウス教団の方々も、その方向で留意をお願いします」

 

 参謀の言葉で、レミリアは先ほどの異様な一団が、ユニウス教団の代表である事が分かった。となれば、あの仮面の少女は、教団の象徴である「聖女」なのだろう。

 

 ユニウス教団のカリスマであると同時に、同教団が自衛目的で抱える軍隊のエースパイロット。あの第2次フロリダ会戦では、北米解放軍やオーブ軍殲滅に大いに活躍したと言う。

 

 どうやら同盟関係にあるプラント政府の要望を聞き入れ、この月戦線を支援する為にわざわざやって来たらしい。

 

「異存はありません」

 

 聖女は涼やかな声で返事をした。どうやら、仮面を被っているからと言って、沈黙が好きと言う訳でもないらしい。

 

 ともかく、多少の軋轢はある物の、こちらの体制は充分に整いつつある事は判った。

 

「最後に一つ。先日の戦いに先立つ、宇宙解放戦線のテロに際し、我々は自由オーブ軍に連なるテロリストを1人、捕縛する事に成功しました。そいつはどうやら、実際に魔王に近しい人物であるようです。現在訊問中ですが、こちらが、その映像になります」

 

 参謀がそう言うと、スクリーンの映像が切り替わる。

 

 そこには手錠で椅子に拘束され、ぐったりとしている少女の姿がある。

 

 参謀は尋問と言ったが、行われている事が「拷問」である事は間違いない。

 

 反体制派に対する保安局の対応は容赦も呵責も無い。必要な情報を聞き出すまでは如何なる手段も肯定され、必要な情報を聞き出した後は、被拷問者の存在は平然と抹消される。

 

 恐らく、あの少女も遠からず、その運命を辿る事になるだろう。

 

 だが、

 

 その哀れな少女の姿を見て、レミリアは思わず目を見開く。

 

 なぜなら、彼女は拷問を受ける少女の姿を、良く知っていたからだ。

 

「・・・・・・・・・・・・カノン」

 

 小さく呟かれた旧友の名前は、誰に聞き咎められる事も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦アークエンジェル。

 

 現在はターミナルの旗艦として密かに運用されているこの戦艦は、元々は旧大西洋連邦軍がヤキン・ドゥーエ戦役時、劣性の戦況に起死回生を掛けて開発した6機のモビルスーツ、所謂「Xナンバー」の母艦として建造した大型戦艦である。

 

 当初は、その運用の特異性から機動特装艦の名で呼ばれており、世界で初めて対モビルスーツ戦闘、及び運用を設計段階から考慮した戦艦だった。

 

 その後、味方に裏切られた事を機にオーブへ亡命し、以後はオーブ軍宇宙艦隊所属として長い年月を過ごして来た。

 

 多彩な武装と、建造当時としては最新鋭のアイディアを多数盛り込まれ、戦場を選ばない戦いが可能なアークエンジェルは、以後、20年近くに渡って現役で活躍し続け、内外から「不沈艦」の異名で呼ばれるまでになっていた。

 

 しかしやはり、艦齢の増加による経年劣化は避けられず、各区画の老朽化が進んだことから、近年には廃艦の話も上がった事がある。

 

 ただ、あらゆる戦況に対応した武装と、およそ戦艦とは思えない充実した居住性は兵士達から高い人気を誇っており、「ぜひ練習艦にしたい」と言う意見も多数上っていた。

 

 そのような最中、カーペンタリア条約の締結によってオーブ軍がほぼ解体状態になってしまった事もあり、その混乱のどさくさに紛れてターミナルが「奪取」した訳である。

 

 老朽化しているとは言え、かつてはあらゆる激戦を潜り抜けた歴戦の戦艦であり、その多彩な武装は未だに一線級と言って良いだろう。更には「一から新造艦を建造した方が利口」と言われる程の徹底的なオーバーホールの結果、最盛期に迫る性能をどうにか取り戻すに至っている。

 

 強力な武装に、長駆の航行性能、世界中の情報を取得できる通信能力、そして大型クルーザーに匹敵する高い居住性。

 

 アークエンジェルは正に、秘密情報組織ターミナルが移動司令部として運用するにはうってつけの艦であると言って良かった。

 

 勿論、バックアップとなる拠点は他に存在している。しかし、同時に移動して存在を秘匿しながら全体の指揮を取れる戦艦の存在は非常にありがたかった。

 

 これが無かったから、2年前のフロリダ戦役に介入した時は、暗礁地帯の拠点からモビルスーツで直接戦場まで飛んでいく羽目になったのだから。

 

 先のレニエント襲撃戦から時日が経過し、プラント軍の追撃も振り切ったアークエンジェルは、補給を済ませた後で、再び行動を起こしていた。

 

 本来ならアークエンジェルは、月のパルチザン支援に赴きたいところであるし、元々はその前提で行動していた。

 

 しかし、その状況が変化したのは、ケーニッヒ夫妻が共同で解析を進めていた情報の解析が終わった為であった。

 

「これは・・・・・・本当の事なの?」

 

 報告書を一読したリーダーの青年は、信じられないと言った面持ちで尋ね返した。

 

 年齢的には既に40に届いているのに、いまだに20代前半程度の外見をしたその姿は、ある種の神秘性と言うべきか、あるいは怪物じみていると言うべきか。

 

 とは言え、顔で組織のリーダーをやってるわけではないので、この場にあってリーダーの外見を追求する人間は1人もいない。

 

 報告は、トールがニコル・アマルフィと共にコキュートス・コロニーに潜入する事で取得してきた情報である。プラント軍の作戦や事情について、何かしら分ければと思って頼んでおいたのだが。

 

「出て来たのは、とんでもない物でしたね」

 

 金髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気の青年が淡々とした口調で告げる。

 

 レイ・ザ・バレルと呼ばれるこの青年は、かつてはリーダーとは敵対する陣営に所属していたのだが、亡きラクス・クラインを介する事で共に戦う盟友としてこの場に立っていた。

 

 敵対していたと言えば、レイの横に立つルナマリア・ホークや、艦長席に座っているルナマリアの妹のメイリンにしても同様である。彼女達もまた、かつてのクライン派所属でアリ、現在はターミナルの幹部構成員である。

 

 トールが提出した報告書の内容は、プラント軍が戦備増強の為に裏で行っている事業について、ある程度の情報が羅列して書かれていた。

 

 技術力においては間違いなく世界最高レベルのプラント。事実彼等は、今こうしている間にも続々と強力な新兵器を世に送り出し続けている。

 

 だが、兵器があれば戦争ができる訳では、無論無い。それを扱う人間がいなければ、兵器もオモチャのガラクタ同然だった。

 

 だが、その人間の確保と言うのが、プラント軍にとって唯一最大の悩みの種であった。

 

 コーディネイターの出生率は、ナチュラルに比べて非常に悪い。20年前に比べれば、飛躍的と称して良いほどに改善されているが、それでも地球連合軍に匹敵するほどの軍を今すぐに創設できる訳ではない。まさか生まれてくる子供全てを軍に放り込むわけにもいかないだろうし。

 

 故にプラント軍は、早急に強大な軍を作り出す為に、ある手段に訴えた。

 

「それが、エクステンデット技術の流用・・・・・・・・・・・・」

 

 リーダーは、自分の傍らに寄り添う少女をチラッと見てから、更に読み進めた。

 

 エクステンデット

 

 旧地球連合が高い戦闘力を誇るザフト軍に対抗する為に生み出した狂気の技術。

 

 筋肉、血管、臓器、神経、精神など「遺伝子以外」の身体に外部から手を加える事で、並みのコーディネイターを遥かに上回る能力を獲得する技術。

 

 その代償として、被験者の人間性は失われるに等しく、その非道性故に今では完全に廃れたと思っていた。

 

 だが違った。

 

 よりにもよって、かつては地球連合の敵対国だったプラントが技術を接収し、あろう事か改良を加えて実戦投入していたのだ。

 

「奴等は捕えた捕虜に、エクステンデット技術を使って改造を施し、その上で戦場に送り出していたんだ」

 

 解析を担当したトールが、吐き捨てるように言う。

 

 しかし、それだけでは「兵士」として未完成である。いかに能力的に優秀であっても、元々の捕虜が素直に命令を聞く筈が無い。だからこそ、プラントはもう一つ、禁忌を侵したのだ。

 

「ロボトミー化? あるいは精神の剥奪・・・・・・」

 

 リーダーは信じられない、と言った感じに呟く。

 

 ロボトミーとは、外科的手術で脳の前頭葉を除去する事である。前頭葉は感情の発動を司っており、ここを失えば人間の情動は低下し、殆ど感情の動きが無くなると言う。古くは精神病の治療法として考えられていた事もある。勿論、それもまた廃れた治療法であるが。

 

 だが、単純なロボトミーでは、戦闘の際に必要なある種の「殺気」や「激情」と言った要素も失われてしまう。そこら辺を恐らく、技術で補ったのだろう。

 

 ここ数年で、プラント軍が急激な膨張を遂げた謎が、これで解き明かされた。同時に、唾棄するような裏の顔まで見えている。

 

 保安局が過剰とも言える違反者狩りをしていたのも、恐らくこれが狙いだったのだ。彼等は収容所から選別した捕虜たちを、随時、研究所送りにしていたのだろう。

 

 保安局の活動によって敵は減る。反比例して味方は増える。正に一石二鳥だ。

 

「どうします?」

 

 ルナマリアが、苦い顔で尋ねてくる。

 

 知ってしまった以上、座視はできない。

 

 研究がおこなわれているのは、プラントのセプテンベル市にある、セプテンベルナインと言うコロニーである。セプテンベルはプラントの創成期から遺伝子工学の研究を専門に行う市であり、現在のコーディネイターの大半が、セプテンベルを祖としていると言われている。

 

 だが同時に、月の救援が急務である事にも変わりは無い。

 

 現在、月にはターミナル系の有力な組織は殆どいない。唯一明るい要素は、オーブ軍の大和隊が行っている事だが、プラント軍の戦力もここ数日で増強されている。正直、勝機は薄いだろう。

 

 対して、セプテンベルの方も無視できない。下手をすれば、敵は雪だるま式に増えて行く事も考えられるし、そうでなくても、そのような非道な研究を放っておく事はできない。早急な対処が必要である。

 

 月とセプテンベル。両方叩く事は不可能。

 

 しばし考えてから、リーダーは顔を上げた。

 

「メイリン、進路そのまま、月へ」

「良いんですか?」

 

 アークエンジェル艦長を務めるメイリンは、確認するように尋ね返す。

 

 セプテンベルを放置すれば、いずれ取り返しのつかない災禍になる事を懸念しているのだ。

 

 だが、リーダーは頭の中で、最適とも言える策を既に構築していた。

 

「プラントに潜伏しているアスランに連絡して。今回得た情報と共に必要な措置を取るようにって。それで彼は動くはずだ」

 

 アスラン・ザラ・アスハは今、別働隊の工作班と共にプラントへ潜入している。目的は旧ザフト軍の反政府派と接触して協力関係を築く事だが、こうした作戦にもうってつけの人材だった。

 

 アークエンジェルでプラントに接近するよりも、このまま彼等に託した方が賢明で確実だろうと判断したのだ。

 

「僕達はこのまま月へ。パルチザンと自由オーブ軍を支援して、プラント軍を撃退する」

 

 ふと、リーダーは自分の傍らにいる少女へと目をやる。

 

 少女とは言っているが、彼女もまた、年齢的には30代後半となる。しかし、とある事情により10代前半で肉体の成長が止まってしまった為、未だに少女と称して良い外見をしている。

 

 そっと、頭の上に手を置いて、優しく撫でてやる。

 

 それだけで、少女は気持ち良さそうに目を細めた。

 

 彼女が何を考えているのか、リーダーには良く判っている。本音を言えば、リーダーも気持ちは同じだ。

 

 どうしても、機が逸ってしまう。

 

 一刻も早く月へ、あの子たちの元へ行きたい。

 

 そんな2人の気持ちが判っているからこそ、ターミナルは一丸となって戦い続ける事ができるのだ。

 

 リーダーの号令と共に、アークエンジェルはメインエンジンを点火する。

 

 既に老朽艦と呼んでも差支えが無いほどに古めかしい艦体だが、しかしそれでも尚、新造時に劣らぬ存在感でもって、大天使は飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、北米統一戦線所属であったレミリアは、単身でハワイにある共和連合軍の士官学校に潜入していた時期があった。

 

 目的はオーブ主導で行われているエターナル計画の調査。可能なら、その研究データ乃至実物の奪取にあった。

 

 だが、これ程の作戦、本来なら複数人の戦力を投入したチームで行うべきであるところ、北米統一戦線が投入したのはレミリア・バニッシュただ1人であった。

 

 これには理由がある。

 

 それは、単純にレミリアの高い能力をもってすれば、単独で潜入した方が効率が良いと判断されたからに他ならない。

 

 掩護の人間など、連れていくだけ彼女の負担になりかねない。それほどまでに、レミリアと他の人間との能力差は隔絶していると言って良かった。

 

 唯一、レミリアの幼馴染であるアステル・フェルサーだけは、レミリアと同等か、それ以上の能力を持っていた。

 

 しかしレミリアとアステルは旧北米統一戦線の2大エースである。その両者が戦線を長期にわたって離れる事には懸念が生じた為、レミリアが単独で潜入する作戦が組まれたわけである。

 

 レミリアは戦闘以外のスキルに関しても、高い能力を持っている。それこそ、彼女1人がいれば、この程度の基地は内部から陥落させる事も不可能ではないのだ。もちろん、やろうと思えばひどく骨が折れるし、彼女にとってはそんな事は無意味でしかないから、実行に移す気は無いが。

 

 それでも、どうしても見過ごせない事がある。

 

 カノン・シュナイゼル。

 

 ハワイの士官学校で知り合った年下の友人。

 

 彼女が自由オーブ軍にいた事には驚いたが、その彼女が捕まっている事にはさらに衝撃を受けた。

 

 このままでは、カノンは殺される。

 

 否、それ以前に、捕まった時点で女としては耐え難い恥辱を味あわされるだろう。恐らく、人としての尊厳を奪い尽くされ、生きていく気力すら無くすくらいに。

 

 逡巡は一瞬の間も無く、過去へと飛び去って行った。

 

 レミリアは動く。

 

 そう決めた以上、彼女の行動は素早かった。

 

 基地のシステムにアクセスして管理者権限を掌握。全ての監視モニターとセキュリティを支配下に置くと、静かに部屋を出た。

 

 今から3時間。この基地の監視モニターにはレミリアの姿は映らないし、あらゆるセキュリティは意のままに開錠できる。

 

 その間に、どうにかしてカノンを助け出すのだ。

 

 既に彼女の監禁場所と、そこに至る安全な経路、脱出に必要な手段まで用意してある。よほどのイレギュラーが起きない限り問題は無かった。

 

 カノンを救う。それは即ち、彼女を元居た場所へ返す事であり、明確な利敵行為に他ならない。

 

 だが、そんな事は、今は知った事ではなかった。唯一、自分の行動が姉に影響する事だけは懸念されたが、そうならない為の保険は三重にも四重にもしてある。無視して良い物ではないが、気にし過ぎる程の事でもないと判断した。

 

 足音を殺し、周囲を警戒しながら走る。

 

 基地内には見張りの兵も多数いるが、既にその配置と行動パターンは完璧に把握している。

 

 かつて警戒厳重なハワイ基地に潜入し、見事にスパイラルデスティニーを奪取してのけた元北米統一戦線テロリストの神業とも言えるスペックは、変わらず健在だった。

 

 素早く、そして静かに足を進めていく。

 

 順調である。

 

 あと少しで、監禁区画へとたどり着く。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 「余程のイレギュラー」が、レミリアに襲い掛かった。

 

 廊下の角を曲がった瞬間、出会いがしらに現れた人物とばったり向かい合ってしまったのだ。

 

「ッ!?」

 

 思わず、硬直するレミリア。

 

 どうする?

 

 相手と対峙したまま、思考は高速で回転する。

 

 無力化するか? それとも穏便に済ませられる可能性に賭けて、ここは手出しせずにやり過ごすか?

 

 一瞬の迷いを見せるレミリア。

 

 対して相手は、そんなレミリアを仮面越しに見詰め、静かにその倍佇んでいた。

 

 

 

 

 

 リィスは食事を持って、弟の部屋へと向かっていた。

 

 結局、レジスタンスに依頼したカノンの捜索は、大して成果も上げられずに終わった。

 

 戦闘後の彼女の行方は杳として知れず、その生死すらわからない有様である。

 

 代わって入ってきた情報は、プラント軍が戦力を増強して終結しつつあると言う事だった。

 

 決戦は近い。

 

 だがそんな中で、自分達の最大戦力であるヒカルが、未だに消沈している状態では、如何ともしがたかった。

 

 気持ちは判らないでもない。

 

 ヒカルとカノンは幼馴染だし、妹のルーチェが死んだあと、ヒカルはカノンを本当の妹のように大事にしてきた。そのカノンまで失ってしまっては、ヒカルが悲しみと絶望に沈んでしまっても仕方のない事である。

 

 だが、それでも立ち直ってもらわなくてはならない。

 

 自分達が勝利する為に。何より、ヒカル自身が前に進む為に。

 

「ヒカル、入るわよ」

 

 ヒカルの部屋の前まで来たリィスは、声を掛けてから扉を開く。

 

 返事は無い。

 

 部屋の中は薄暗いまま、ただ机の上に置かれた端末のモニターだけが、静かに点灯して部屋の様子を浮かび上がらせている。

 

「・・・・・・ヒカル?」

 

 呼びかける声に、返事はやはり帰らない。

 

 そして、

 

 部屋の主である少年の姿も、どこにも無かった。

 

 

 

 

 

PHASE-18「捕らわれし者達」      終わり

 




メカニック設定

アークエンジェル

武装
陽電子破城砲ローエングリン×2
225センチ連装収束火線砲ゴッドフリート×2
110ミリ単装レールガン・バリアント×2
ミサイル発射管×24
大型ミサイル発射管×16
自動対空防御システム・イーゲルシュテルン×16
4連装多目的射出機×2
魚雷発射管×10

艦長:メイリン・ホーク

備考
かつては大西洋連邦軍が建造した機動特装艦。紆余曲折を経てオーブ軍が運用するに至り、その後20年以上現役であり続けた。カーペンタリア条約締結に際しターミナルが「奪取」し、以後は徹底的な改装とオーバーホールを施した後、自分達の旗艦として活用している。





人物設定

レイ・ザ・バレル
コーディネイター


備考
ターミナル構成員。かつてラクス・クライン政権下では最高議長付き警護官を務めた冷静沈着な青年。クローン技術の問題により、年々身体能力は落ちているが、未だに一線を張れるだけの体力と技術は保持している。





ルナマリア・ホーク
コーディネイター
40歳      女

備考
ターミナル構成員。ザフト軍時代からレイと同僚だった女性。彼の相棒とも言える存在で年々、急速に体が衰えていく彼を傍で支え続けてきた。モビルスーツの操縦技術も高く、レイと比べても遜色無い。





メイリン・ホーク
コーディネイター
39歳      女

備考
ターミナル構成員。ルナマリアの妹。子供の頃から大人しいが、細部に気配りができるしっかりした性格。ザフト軍時代には多くの艦で館長を務めた実績があり、その事を踏まえ、改装、復活を果たしたアークエンジェルの艦長を託される。

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