機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-15「少女の立つべき戦場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが起こったのは、着替えを終えた直後の事だった。

 

 久方ぶりにプールで友人一同と遊び、気分もリフレッシュできたところで突然、ただならぬ気配を感じて、ヒカルは顔を上げる。

 

 ロッカーの中に残っていたジャケットに手を伸ばして袖を通した時、耳元に微かに聞こえてくる異音に気付いた。

 

 連続して聞こえる、乾いた炸裂音。

 

 そして、それに付随するように、折り重なる悲鳴。

 

 明らかに、状況は普通ではない。

 

「ヒカルッ」

 

 一緒に着替えていたレオスも、状況の異常性に気付いたのだろう。すぐに視線で相槌を送ってくる。

 

 炸裂音は、銃声である。

 

 スッと目を細め、緊張感を高めるヒカル。

 

 まるで、色彩鮮やかなグラデーションの中に、真っ黒なシミが徐々に広がっていくようなイメージ。

 

 間違いなく、平和なレジャー施設には似合わない要素である。

 

 頷くヒカル。

 

 同時に自分のロッカーに手を突っ込み、着替えと共に入れておいたリュックから、目当ての物を取り出す。

 

 拳銃のグリップを握ると、残弾を確認してスライドを引き、初弾を装填する。

 

 休暇とは言え、お尋ね者の自分達は、いつどこで、どんなトラブルに巻き込まれるか判った物ではない。念のためと思って持って来ておいたのは正解だった。

 

 幸いと言うか、周囲の人間も以上に気付きはじめているせいで、ヒカル達の動きに気付いている者はいなかった。

 

 拳銃をベルトに挟み込むと、ヒカルはレオスの方に向き直った。

 

「まずは状況を確認するぞ。何かヤバい事態が起きているなら、カノン達と合流して脱出しないと」

「了解。それにしても、俺達ってとことん、トラブルの種が尽きないよな」

 

 呆れ気味に肩を竦めるレオスに、ヒカルは苦笑を混ぜた頷きを返す。

 

 その意見には全くの同意だったが、だからこそ自分達らしいと言えない事も無い。とか思っている辺り、ヒカル自身、自分が救いがたい所まで来てしまっているのではと思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 流れてくる喧騒を逆流するようにして足早に移動しながら、ヒカルとレオスはプールのフロアまで戻ってきた。

 

 気配で分かる。騒動の中心は、恐らくプールのフロア。つまり、先ほどまでヒカル達がいた場所である。

 

 となると、騒動の原因について、ますます自分達自身を疑わざるを得なくなる訳だ。

 

 入り口のそばまで来ると足を止める。

 

 ヒカルはレオスに目配せすると、拳銃をすぐに抜けるように身構えた。

 

 何が待っているか判らない以上、ここから先は、一瞬たりとも気を抜く事はできない。場合によっては、出会い頭に戦闘になる事も充分に考えられた。

 

 ヒカルは素早く中を確認すると、体を低くして移動する。

 

 レオスも、足音を殺しながら、後に続く。

 

 物陰を縫うようにして動く2人。

 

 と、

 

「ッ!?」

 

 大きな鉢植えの影まで来ると、ヒカルは思わず動きを止めて身を隠した。

 

 ヒカルの立ち位置の正面。距離にして2メートルも無いような場所に、ライフルを持った男が立っていたのだ。

 

 汚れた緑色の野戦服で筋骨たくましい体躯を包み、瞳には殺気をぎらつかせている。口元は三角に折ったスカーフで隠している。

 

 手にした物騒なライフルを見るまでも無く明らかに、華やかなレジャー施設とは最も縁遠い人物である事が判る。

 

 素早く、視線を360度巡らせる。

 

 周囲には仲間と思しき男達。数にして、恐らく10人前後。正直、2人で制圧するには聊かしんどい数である。

 

 どう行動すべきか、迷っている時だった。

 

 ヒカルの視界に、とんでもない物が映り込んで来た。

 

 プールサイドの隅の方で身を寄せ合う3人の少女には、否が応でも見覚えがあった。

 

「・・・・・・・・・・・・あいつら」

 

 顔を顰めて、ヒカルは呟きを洩らす。

 

 カノンにリザ、それにヘルガの姿もある。

 

 一足先に着替えを終えたヒカル達とは違い、彼女達はもうひと泳ぎしてから帰ると言ってたのを思い出す。そこで運悪く、この事態に巻き込まれたのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・運悪く?」

 

 ヒカルは、聞こえない程度の声量で呟きを漏らした。

 

 果たして、本当にそうなのだろうか? 自分達がここに来たその日にテロが起きた。それを果たして、偶然の一言で片づけても良いのだろうか?

 

 疑問に思うヒカルの心を見透かしたかのように、一人の男が前へと進み出た。

 

 手には拳銃を持ち、両脇にはライフルを持った兵士を従えている男。雰囲気からして、どうやら彼がリーダーであるらしい。

 

 ヒカルが考察していると、リーダー格と思しき男が口を開いた。

 

「諸君ッ 我々は悪辣非道、無知蒙昧なるプラントから月を解放する為に集いし正義の有志、憂国の志士たる『宇宙解放戦線』である。私はリーダーのアシュレイ・グローブである。本日は休日を楽しむ中、こうして我々に時間を頂き、本当にありがたく思う」

 

 アシュレイと名乗ったリーダーは、一方的な物言いと共に大音声で語り出した。

 

 アシュレイ・グローブの名前は、ヒカルも知っていた。

 

 本人の演説にあった通り、宇宙解放戦線という名前の反プラント組織のリーダーであり、かつてはザフトの正規軍人であったという噂もある。

 

 もっとも、近年の活動内容はよく言って海賊行為にすぎず、保安局や他のゲリラ組織からも盗賊の延長と思われていた節があるが。

 

 しかも、つい先日、宇宙解放戦線はプラント軍の攻撃を受けて壊滅的な損害を受けたという。それがなぜ、今頃になって月に姿を現したのか、意味が分からなかった。

 

 そんな事を考えていると、アシュレイの演説は続けられていた。

 

「我々は一刻も早い月解放の為に、日夜を問わずプラント軍との戦いに身を投じているッしかし、悪辣なるプラントは更なる軍備を増強して我らの前に立ちはだかろうとしているッ それ故、未だに月の解放は程遠い状況である。だが我々は諦めないッ いつの日か、この月が真の意味で平和を勝ち取る日まで!! その為に、ここにいる全ての人々から善意の協力を得られると確信している!!」

 

 酔っているな。

 

 アシュレイの独善的な演説を聞きながら、ヒカルは僅かに顔を顰めた。

 

 自分達はそうではない、と言い切れないところが誠につらい所ではあるが、何か事を起こそうとする人間は、そうした自分に酔っている場合が多い。目の前で大層な演説を叩く男が、正に典型であると言えた。

 

 絶対者への抵抗、月の解放、そして、それを率先的に成そうとしている自分。

 

 そうして出来上がったイメージに酔い、その勢いで事を起こそうとしている。

 

 その事自体が完全に悪いとは言わない。「酔った勢い」と言うのが時には必要な場合もある。戦争にしろ、男女関係にしろ。

 

 だが問題なのは、それに他人を巻き込んでいる事だった。

 

 独自の正義を掲げるのは結構だが、戦う力を持たない全くの第三者を巻き込んで事を成そうとするのは愚の骨頂であった。大義に酔うにしろ酒に酔うにしろ、他人に迷惑を掛けるのは阿呆と言わざるを得ない。

 

 冷めた目で、アシュレイ男を睨み付けるヒカル。

 

 少なくともヒカルには、アシュレイの主張に全く賛同できる点を見付ける事はできない。

 

 似たような立場のヒカルですらそうなのだ。まったく関係ない一般人が彼の主張に同調する事などあり得ないだろう。

 

 だが状況はヒカルにとって、予想だにしなかった方向へと、進もうとしていた。

 

 アシュレイは手にした銃口を、真っ直ぐ一人の少女へと向けたのだ。

 

 この場にあって、似つかわしくないと思える程、華やかな雰囲気を持った少女。

 

 プラント所属のアイドル、ヘルガ・キャンベルへ。

 

「ヘルガ・キャンベル。我々と一緒に来てもらおう。なに、大人しくしていれば、危害を加える心算は無い。安心したまえ」

 

 どうやら、ヒカルが考えている以上に、事態は最悪の方向へ流れているらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座ってくれ、と言う言葉に従い、リィス達は腰を下ろした。

 

 地下と言えば薄暗くじめじめした印象があるが、ここはそんな感じではない。どこか清潔感のある病院を連想させるような内装である。

 

 月面パルチザンとの会見に及んだ自由オーブ軍は、橋渡し役のクルトの案内に従い、パルチザンの本拠地へとやって来た。

 

 自由オーブ軍側からの出席者は、リィス、アラン、アステル、クルトの4人。

 

 対してパルチザン側からは、リーダーのエバンスとサブリーダーのダービットが顔を見せていた。

 

「まさか、主要都市の地下に本拠地があるなんて」

「『灯台下暗し』って言葉は結構バカにできないのさ。保安局もまさか、掃除を終えたはずの自分達の足元に反逆者がいるとは思わないだろうからな」

 

 エバンスはそう言って肩を竦めると、クルトに、そしてアステルに視線を向けた。

 

「まあ、アンタ等の今の立場の方が、俺達にはよほど驚きなんだがな」

「その手の反応はいい加減聞き飽きた。とっとと本題に入るぞ」

 

 興味無いとばかりに素っ気なく言い捨てて、アステルは先を促す。

 

 確かに、かつては北米統一戦線として戦っていた者が、今は敵であったオーブ軍人として現れれば、驚くのも無理は無いだろう。しかし、ここの来た目的は呑気に旧交を温める為の物ではない。

 

「早速ですが、そちらの現状について伺っても良いですか?」

 

 尋ねるリィスに、エバンスは頷きを返した。

 

 まずは味方、そして敵の戦力と現状について把握する。

 

 自由オーブ軍が提供できる支援戦力は大和1隻と、そこに搭載された5機の艦載機となる。これは1個部隊としては充分な戦力となるが、それでも月を丸ごと制圧するには全く足りない。

 

 リィスの考えとしては、大和隊が敵戦力の中枢を叩いて壊滅状態に陥れ、その間にパルチザンが蜂起して月の各拠点を奪還。その後の維持も、彼等に任せる。と言う物だったが。

 

 これに関しては、彼女の直属の上司であるシュウジも了承している作戦案である。故に自由オーブ軍の制式作戦と考えてよい。

 

 だが、

 

「現状は・・・・・・かなり苦しいな」

 

 リィスの存念を聞いて、苦しげに答えたのはダービットだった。

 

 パルチザンはコペルニクスのみならず、月面各諸都市に分散して潜伏しているが、その構成員は膨大であり、勢力としては小国の軍隊をも上回るだろう。更に近年ではターミナル経由で武装の強化も進み、モビルスーツを含むある程度の戦力を持つまでに至っていた。

 

 しかし、先の月面蜂起において戦力、特に虎の事も言うべきモビルスーツ部隊に大きな損害を被り、大規模な作戦行動を取る事は難しくなっているのだ。

 

「アンタ等が前にアルザッヘルを潰した時、すぐに来てくれていたらな」

「よせ、ダービット」

 

 不満を口にするダービットを、エバンスは窘める。

 

 確かに、アルザッヘル攻撃直後に自由オーブ軍が月侵攻を行っていたら、戦力の整ったパルチザンと連携して勝利を収める事はできたかもしれない。

 

 しかし、あの頃は自由オーブ軍も体裁が整っていなかったし、パルチザンとの連携体制も考えられていなかった。事実上、あの時点ではあれが限界だったのだ。

 

 何事も、必要な時に必要な状況を作り出せるとは限らない。補給能力に乏しいゲリラ組織であるなら尚更である。

 

 今回も、状況が万全とは言い難い。

 

 自由オーブ軍はレニエント攻略戦を行った直後である為、大規模な部隊運用はできない。加えてアマノイワトを失った影響による再編成もある。事実上、戦闘に参加できるのは大和隊のみである。

 

 そもそも不可抗力とは言え、大和隊が月に入る事ができた事自体、僥倖に近いのだ。

 

 とは言え、ここらで巻き返さないと、月の抵抗勢力は大きく後退を余儀なくされる。

 

 幸いと言うべきか、地球の東欧戦線の戦況悪化に伴い、プラント軍は月軌道艦隊所属の戦力も、大半を増援として地上に下ろしてしまっている。その為、アルザッヘル攻撃の頃に比べれば手薄になっているのは間違いない。戦い方次第では勝機は期待できる。

 

 仕掛けるタイミングがあるなら、それは今しかなかった。

 

「もちろん、タダと言う訳にはいきませんが」

 

 それまで黙っていたアランが、自分の出番を見極めて口を開く。

 

 彼は自由オーブ軍の政治委員である。その立場故に、交渉におけるアドバイザーとして同席していた。

 

 自由オーブ軍が戦力を動かす以上、そこには何らかの見返りが必要となる。戦争は字面の如く、慈善事業では無いのだから。

 

 その利益交渉の為に、アランはこの場に存在していた。

 

「こちらとしましては、月の奪還が成功した後、暫くは一部の港をオーブ艦隊の拠点として利用させていただく旨を希望します。勿論、自治権その他に関してはそちらに全て委ねますが、補給や整備に関しては、ご協力いただきたいと思っております」

 

 オーブ側にとって、月の奪還はあくまで最終目的の為の布石の一つである。いずれ、オーブ本国を奪還する際に、月は重要な策源地となるだろう。

 

 また、月に自由オーブ軍が陣取れば、プラントと地球の補給線を圧迫する事もできる。そう言う意味でも、月の戦略的価値は計り知れなかった。

 

「港の使用に関しては、どこを利用していただくかも含めて、今後の協議にて決定させていただく。そして、その際には補給と整備の件も間違いなく。ただ、こちらも全て、タダと言う訳には・・・・・・」

 

 最後の方の言葉を濁しながら、エバンスは言った。

 

 戦争の支援も慈善事業ではできない。特に月の諸都市としては、壊滅した経済を早急に復興させなくてはならない。そう言う意味で、手っ取り早く近場にいる大口の顧客、つまり自由オーブ軍を利用しない手は無かった。

 

 戦争は政治の延長と言うが、同時に経済の一環である事も間違いなかった。

 

 アランも心得た物で、淀み無く頷いて返事を返す。

 

「判っています。港の使用料、物資の代金、そして整備に携わった人々の給金に関しても、こちらで払わせてもらいます」

 

 そんなアランの横顔を、リィスは感心したように見つめていた。

 

 当たり前だが、戦争には金がかかる。

 

 オーブにとっては「他国」に相当する月を拠点として使用させてもらう以上、その為の料金を払う事は当然である。それを怠れば、自分達はプラント軍と同じく、月を武力で制圧した「支配者」となってしまう。

 

 一応、自由オーブ軍側も独自の財源確保は行っている。しかしそれは、ギリギリ黒字になるラインでしかない。

 

 一度でも大敗を喫すればそれまで。二度と巻き返しはできないだろう。否、それでなくても、時間を掛け過ぎれば、じり貧になるのは目に見えている。

 

 最早踏み出してしまった以上、後戻りはできない。これは、そうした類の戦いと言って良かった。

 

 そしてアランは、その事をよく理解した上で、オーブと月、双方に利益になるように動いているのだ。

 

 将来的にアランは、政治家になるよりも、案外商人になった方が向いているかもしれない。きっと、大富豪になれるのではないだろうか?

 

 そこまで考えてリィスは、「将来」と言う部分に思い至り、思考に僅かな修正掛けながら、同時に苦笑を漏らす。

 

 いったい自分は、アランと誰の「将来」を夢想したのやら。

 

 そんなリィスの目の前で、交渉は続いていく。

 

 自由オーブ軍もパルチザンも、双方の出す条件に不満は無いと言う事で見解は一致しつつある。

 

 後は今後の作戦方針について協議するだけだ。

 

 そう思った時、慌ただしい足音と共に、パルチザンの兵士が部屋の中へと駆け込んで来た。

 

「大変だ、エバンスッ 今入った報告だが、宇宙解放戦線の奴等、レジャー施設を占拠して暴れているらしい!!」

「何だと!?」

 

 報告を受けて、ダービットが叫び声を上げる。

 

 見ればエバンスも、深刻な顔で思案に耽っているのが見えた。どうやら、考えている以上に、状況は深刻であるらしい。

 

 一方で、リィス達は状況が判らずに、困惑の表情を見せている。

 

 特に、長く収監されていたクルトなどは、聞き慣れない組織名称に首をかしげている。

 

「何なんだ、その宇宙解放戦線ってのは?」

「反プラントを掲げる抵抗組織の一つです。北米紛争後に活発な動きを見せ始めた連中ですが・・・・・・」

 

 尋ねるクルトに、リィスは戸惑い気味に答える。

 

 リィスの知る限り、宇宙解放戦線は月の解放、独立を目的として発足した組織だったはずだ。

 

 プラントから月を解放する、と言う理念自体は月面パルチザンと共有するところである。ただし、戦闘の矢面に立って月方面軍の主力部隊と戦う事が多いパルチザンと違い、宇宙解放戦線の活動は、その大半が輸送船等を狙う海賊行為でしかない。それでも実際に、プラントに対して損害を与えているのだから問題は無いのだろう、と見る事もできなくはないのだが。

 

 しかし実際には、宇宙解放戦線はただ武器を振り翳して暴れるだけの野党と変わらず、その活動が月解放に向けて、何かしら具体的な方向性を示したことは一度も無かった。むしろパルチザン側としては、彼等と同一視される事によって自分達まで野党の類と思われてはたまらない、と思っている向きすらある。

 

「つい先日、連中はプラント軍の攻撃を受けて実働部隊に大損害を喰らったって話だ。そのせいで活動も下火になっていたんだが・・・・・・」

「それがまさか、こんな手段に出て来るとは」

 

 ダービットとエバンスは、完全に予想外の事態に嘆息するしかなかった。

 

 もっともリィスからすれば、話を聞く限りむしろ「だからこそ」と言えるかもしれない。

 

 宇宙解放戦線は追い詰められている。多くの犠牲を出し、壊滅寸前の状態にまで追い込まれ、もはや手段を選んでいられなくなっているのだ。それが今回の、レジャー区画襲撃に繋がっていると考えられた。

 

「おい」

 

 そこでふと、何かを思い出したようにアステルが口を開いた。

 

「そう言えばあいつら、今日はそのレジャー施設に行ってるんじゃなかったか?」

 

 アステルの言葉に、ハッとする。

 

 「あいつら」と言うのが、ヒカル達である事は言うまでもない。確かに、予定ではヒカル達は、休日を利用して遊びに行っているはず。

 

 リィスの顔が、一気に青褪める。

 

 ヒカル達がどうこうなるとは思っていない。何だかんだ言っても、彼等はもう立派な兵士だ。ゲリラを気取っているだけの野党に後れを取る事は無いだろう。

 

 だがヘルガだけは別だ。彼女は何の戦闘訓練も受けていない一般人である。戦闘に巻き込まれでもしたら、最悪の事態に陥る事も考えられた。

 

「行きましょうッ」

 

 立ち上がると、足早に駆けだす。

 

 とにかく、ややこしい事態になる前に、彼等を救いだす必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身を固くしたヘルガは、怯える目で真っ直ぐに銃口を見返す。

 

 昨今の一連の事態で、荒事に対して耐性が付きつつある彼女だが、それでもまだ、本物の銃口を向けられて平静でいられる、と言う訳ではなかった。

 

 しかも、問題はそれだけではない。

 

 周囲の人間も遅ればせながらヘルガの存在に気付いたのだろう。ザワザワと囁き声が漏れ出て来る。

 

「プラントのトップアイドルが、このような場所でお忍びの休暇とは。そうした迂闊な行動が命取りにもなる。覚えておきたまえ」

 

 余裕ぶった調子でアシュレイが告げる。

 

 一般人としての仮面が剥がされ、有名人としての素顔が白日の元へ晒される。

 

 そこにいるのは最早、「ちょっと見目の良い一般人」ではない。紛れも無くプラントのトップアイドルに他ならなかった。

 

 どうやら、ヘルガが反乱分子として逮捕された事は、一般人には知られていないらしい。恐らくプラント政府としては人気アイドルの醜聞は、そのまま国家の損失になると考え、情報規制を掛けたのだろう。

 

 おかげで周囲の人間は、アシュレイ達も含めて皆、ヘルガの事を「お忍びで遊びに来たVIP」程度にしか思っていないらしい。

 

 もっとも、その認識は事態の改善に聊かの寄与もしていないのは確かだろう。

 

 おかげでヘルガが一般人から奇異の目で見られる事は避けられているが、しかし正体が知られてしまった事は確かだった。

 

 カノンとリザは、互いに目配せを交わしながら、相手に飛びかかるタイミングを計る。

 

 水着姿で、しかも丸腰の2人だが最悪、ヘルガだけでも無事に逃がす必要があった。

 

 そんな2人の目の前で、ヘルガは緊張に身を固くしながら、それでも毅然とした口調でアシュレイと対峙する。

 

「・・・・・・・・・・・・あたしを、どうしようって言うのよ?」

 

 銃口を向けられた状態で、尚も毅然とした態度を貫く事ができるのだから、ヘルガの胆力も相当な物である。あるいはステージと言うある種の戦場に立つ人間として、あらゆる「敵」に負けまいとする矜持が、彼女にそうさせているのかもしれなかった。

 

 対してアシュレイは、その質問を予想していたように口を開いた。

 

「君を人質にして、プラント政府に対して身代金を要求する。一般人と違い、VIPの君ならプラントとしても無視する事はできないだろう」

 

 言葉遣いは丁寧だが、言っている事は完全に、テロリストと言うよりも街のチンピラのそれである。どうやら、形振りを構っていられなくなっている、というリィスの予想は当たっているらしい。

 

 だが、それだけに、何をしでかすか判らない危うさがある。腹を空かした狂犬が目の前にいるような者だった。

 

 その事は、素人のヘルガにも良く理解できていた。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 躊躇いの間を抜けてから、ヘルガは短く答えた。

 

 ここで拒否したり、暴れたりしても何の益にもならない。却ってアシュレイ達が暴発する口実を与えるようなものだ。

 

 その事を空気で感じ取ったヘルガは、大人しく従う事にしたのだ。

 

 それと同時に、自分の護衛に期待している面もある。

 

 ヒカル、カノン、レオス、リザ。自分と同じか、少し年上の少年少女達。

 

 彼等は自分とは違う世界に生き、多くの戦いを経験して来た者達だ。きっと、この状況を何とかしてくれるだろう。

 

 だからヘルガも、状況を自分のペースに引き戻す為に動く事にした。

 

「その代り、条件があるわ。ここにいる・・・・・・」

 

 ヘルガはカノンとリザを差して言った。

 

「あたしの友人2人と、このレジャー内の客全員、無傷で解放する事。それが約束できるなら、あたしはアンタ達に従う」

「もとより、用があるのは君だけだ。君さえ我々と共に来てくれるなら、無事に解放すると約束しよう」

 

 アシュレイは鷹揚に言ってのける。

 

 果たして、どこまで信用して良い物やら。相手は野党まがいの連中である。口約束の反故くらいは平気でして来そうな雰囲気がある。

 

 だが、今はそれを信じるしかないだろう。

 

 一方でカノンは、そんなヘルガの様子に感嘆の息をついていた。

 

 内心ではどうあれ、少なくとも表面上のヘルガは、アシュレイが向ける銃口に対して怯んでいるようには見えない。

 

 大した物だと思う。彼女は今まさに、壇上でスポットライトを浴びるアイドルそのものだった。

 

 アイドルの戦場が舞台なら、彼女の舞台は、今まさにこの場所と言って良いだろう。

 

 ならば脇役である自分達はせいぜい、この物語がハッピーエンドに持っていけるように駆けまわる必要があった。

 

 だが、どうする?

 

 このままではヘルガが連れて行かれてしまう。

 

 自分とリザは丸腰なのに対し、相手は全員武器を持っている。無論、素手での戦い方も心得ているカノンだが、ここにいる敵全員を、武機無しで制圧するのは不可能だった。

 

 どうする?

 

 もう一度、思考を再生しようとした時だった。

 

 そこでふと、カノンは視界の隅にある植え込みの陰で、こちらを伺っている人物がいるのを捉えた。

 

 視線で合図を送ってくるその人物は、見間違いようも無く、年上の幼馴染に当たる少年で間違いない。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 僅かな歓喜を滲ませて、カノンは呟く。

 

 好きな少年の姿を見て、少女の中では安堵が広がっていた。

 

 どうやら、事態を察して戻って来たらしい。と言う事は恐らく、姿は見えないがレオスも一緒なのだろう。

 

 あの2人が来てくれたのは心強い。何とか連携すれば、この場を脱する事も不可能ではないかもしれない。

 

 どうにかして、連中の気を引ければ、ヒカル達が仕掛ける隙も生まれるだろう。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・ねえ、ノンちゃん」

 

 どうやらリザも状況を察したらしい。何かを決意するように、話しかけて来た。

 

 何でも良い。この状況に楔を打てるならば、どんな手段でも厭わないつもりだった。

 

「先に謝っておくよ。ごめんね。あとでビンタの一発くらいは受けてあげる」

「はい?」

 

 何の事? と問い返そうとした時だった。

 

 シュルッ

 

 カノンの胸元から、衣擦れの音が聞こえると同時に、拘束が緩むような解放感が齎される。

 

 妙に涼しくなった胸元に導かれるように、カノンの視線が下がった。

 

 そこには、

 

 友達から「ロリっ子」呼ばわりされるくらい低い背丈とは裏腹に、女性らしくたわわに育った乳房が、水着のトップスによってもたらされていた封印を解かれ、今、赤裸々に白日の下へと晒されていた。

 

「・・・・・・・・・・・・えっと」

 

 何が起きたのか、理解できない。

 

 だが、たった一つだけ、理解できる事がある。

 

 それは、テロリスト達を含む、その場にいた全員の視線が、カノンの胸に集まっていると言う事だった。

 

 次の瞬間、

 

「キャァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 悲鳴を上げるカノン。両手を交差させて胸を隠し、その場にうずくまる。

 

 何でもするとは言ったが、こういうのはやめてほしかった。

 

 と、カノンが抗議する前に、状況は動きを見せる。

 

 その瞬間を逃がさず、物陰に隠れていたヒカルとレオスが動いた。

 

 疾風の如く物陰から飛び出すと、手にした銃を閃かせる。

 

 轟く銃口。

 

 たちまち、テロリスト数人が、銃弾を受けてその場に倒れる。

 

 テロリスト側も反撃しようとするが、間抜けな理由で出足を制された事で動きが鈍り、その間にヒカルとレオスに打ち倒されていく。

 

 瞬く間に数を減らすテロリスト達。

 

 他の人質を威圧するようにライフルを構えていた者達は、奇襲を仕掛けたヒカルとレオスの正確な射撃の前に、あっという間に打ち倒され、残るはアシュレイと、側近2人だけとなっていた。

 

「クソッ」

 

 状況不利と悟ったのだろう。アシュレイの男は素早く踵を返して逃走に転じる。

 

 逃がさないッ

 

 ヒカルは追いかけながら、その背中に銃を向ける。

 

 だが、体勢を立て直した側近2人が、ヒカルにライフルの銃口を向けて引き金を引いてきた。

 

 飛んで銃弾のいくつかが、命中コースを辿ってヒカルへと向かう。勿論、それが致死の存在である事は語るまでも無い。

 

 回避は不可能。防御も無理。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカルの中でSEEDが弾けた。

 

 鋭敏な感覚は全ての弾丸の軌道を読み切り、中枢神経が理解するよりも早く、ヒカルの足は床を蹴って宙に舞った。

 

 駆け抜ける銃弾を、ヒカルは空中で回転しながらやり過ごす。

 

 その場にいた全員、何が起こったのか理解できた人間はいない。

 

 気付いた瞬間、ヒカルは空中で体勢を戻し、手に持った拳銃をフリスビーの要領で投擲した。

 

 回転しながら飛んできた拳銃を顎に受け、側近の1人が昏倒する。

 

 残った1人が、戸惑うようにして動きを止める。

 

 そこへ、狙いを澄ましてレオスが拳銃を発砲。肩を撃ち抜いて昏倒させた。

 

 着地するヒカル。

 

 すぐに顔を上げて、リーダーであるアシュレイを探すが、既にその姿はどこにも無かった。

 

 舌打ちする。

 

 恐らく、こうなる事態も予測していのだろう。だから部下をあっさり切り捨てて逃走に転じた。

 

 外道だが、その判断力は確かなようだった。

 

 周囲には、ヒカルとレオスに倒されたテロリスト達が、呻き声を上げて転がっている。どうやら、死んだ人間はいないらしい。全員、急所は外して撃ったから。

 

 だが、これで事態が収拾できたとは言い難い。何と言っても、ヘルガの正体がばれてしまったのは痛かった。

 

 これ以上、ここに長居する事はできない。最悪、保安局に嗅ぎ付けられでもしたら、厄介処の騒ぎではない。

 

「おい、取りあえず、ここを離れるぞ。後はリィス姉達と合流して・・・・・・」

 

 そこまで言って振り返るヒカル。

 

 と

 

「わ、ちょ、ちょッ 見ないでよ馬鹿ァ!!」

 

 顕になった大きな胸を一生懸命隠そうとしながら、カノンが赤い顔で体を横に向けている。

 

 もっとも生憎の事ながら、少女の小さな手では完全に隠しきれていないのだが。

 

「わ、悪いッ」

 

 慌てて、ヒカルも後ろを向く。

 

 戦っている時には大して気にはしなかったが、やはりこうして見ると、意識せずにはいられない辺り、ヒカルもカノンも年相応の感性の持ち主であった。

 

 そんなカノンに、リザが自分ではぎ取った水着のトップスを差し出しながら、苦笑を漏らす。

 

「ほらほら、いつまでもイチャラブってないで。さっさと撤収するわよ」

「う~ あとでおぼえてろー・・・・・・」

 

 ひったくるようにして水着を受けとり、急いで付け直すカノン。

 

 その衣擦れの音を背中に聞きながら、ヒカルは無性に、もうひと泳ぎしたい気分になっていた。

 

 

 

 

 

PHASE-15「少女の立つべき戦場」      終わり

 


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