機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
情報の胡散臭さに関しては、ハッキリ言って最高レベルと言っても良いだろう。本来であるなら、その手の情報は一顧だにする事無く斬り捨てるところである。
《でも、君達にはそれができない。もう余裕なんてないからね》
不必要に楽しげな口調に、苦虫を噛み潰す。
向こうはこちらの弱みを全て把握している。だからこそ、胡散臭い商品を高値で売りつけようとしているのだ。
確かに、自分達にはもう後が無い。
先のプラント軍との戦闘で主力部隊の大半を喪失してしまった。急遽、戦力の補充は行った者の、それでも万全とは言い難い。
そのような状況下である。支援者から情報が齎されたのは。
確かに、その情報の価値は計り知れない。うまくすれば、現状を打破する切り札となるだろう。
しかし、当然の事ながら、切り札にはリスクも存在する。
実行するか否か。
《迷っている余裕は、もう無いよね?》
こちらを試すように、言葉が紡がれる。
確かに、
やるかやらないか、ではない。そこはもうとっくに通り過ぎて、あとは実行するにはどうするか、と言う段階まで話は進んでいる。
どのみち、座して待てば自分達は緩やかに朽ちていくだけだ。ならばいっそ、死中に活を求めた方が利口という物だ。
視線を手元の写真に向ける。
そこには、ステージに立ってマイクに向かって歌っている少女が映し出されていた。
GAT-11「ソードブレイカー」
地球軍が初めて正式に実戦投入する事に成功した量産型機動兵器モ「ストライクダガー」の正式な系譜に当たる機体であり、地球連合軍が長年にわたって使い続けてきたグロリアスの後継機に当たる。
かつて北米統一戦線が主力機動兵器として使用していたジェガンとは、異なる経緯で開発された機体であるが、その特徴は非常によく似ていた。
伝統のストライカーパック仕様は健在で、武装を換装する事であらゆる戦況に対応できる。正に、地球連合軍ならではと言える機体である。
伝統の装備形態もさる事ながら、素体の性能も向上し、フライトサポートメカ無しでの単独飛行も可能となり、制空権確保に大きな役割を果たしている。
ハウンドドーガ、ガルムドーガと言ったプラント軍の新型機動兵器にも十分対抗可能な、正に地球連合軍の期待の新星である。
現在はまだ量産が始まったばかりであり、末端の兵士まではいき渡っていないが、それでもエースパイロットを中心に配備が進み、既に多大な戦果を挙げていた。
その機体は、背部にドラグーンストライカーを装備し、出撃の時を今や遅しと待っている。
既に機体の整備は万端整い、愛機は出撃の時を待っている。
ゆっくりと歩みより、コックピットに腰を下ろす。
システムを起動させると、モニターと操作パネルに火が入った。
ふと思う。
自分は、一体いつから、このモビルスーツという人型の兵器に乗って戦っていたのだろう?
思い出せない。
それすらも、記憶のかなたに忘却され、伺いする事も出来ないのだ。
だが、それでも良い。
今はただ、共に戦う仲間達の為に、自らも戦い続けるのみだった。
眦を上げる。
迫る敵軍は、かつての勢いこそ失っている物の、それでも脅威であることは間違いない。
だが、それでも躊躇う理由は何もなかった。
「ミシェル・フラガ、ソードブレイカー出るぞ!!」
コールと共に、機体は大空へ打ち出された。
北米紛争を制したザフト軍は、逃げた北米解放軍の残党を追ってユーラシア連邦へと侵攻したが、その戦いは泥沼化の一途を辿った。
少数精鋭主義、で高い攻撃力を誇るザフト軍に対し、地球連合軍は持ち前の物量と、ユーラシア連邦特有の広大な領土を利して対抗。ザフト軍の浸透力を押さえつつ、巻き返しを図っていた。
ザフト軍は当初こそ勢いに任せてユーラシア連邦領を席巻したものの、やがて補給不足と北半球特有の寒波に足を取られて進撃は停滞。その間に体勢を立て直したユーラシア連邦軍を中心とした地球連合軍に押し返されていた。
更に地球連合軍は、中東、黒海方面にも戦線を展開。同地方の資源地帯を掌握すると、東と南からザフト軍の戦線を圧迫。ついには押し返す事に成功した。
現在、ザフト軍は、ミュンヘン、フランクフルトといった旧中央ヨーロッパの拠点まで戦線を押し戻され、そこで地球連合軍に対抗している状態である。しかし、当初の勢いは完全に失われ、今や本国から送られてくる増援を片っ端から投入して戦線を維持している状態だった。
ミュンヘンを失えば、ヴェネチア、ジェノバと言ったイタリア半島周辺の補給拠点を失う事になり、戦線は再び大きく後退してしまう。
それが判っているだけに、ザフト軍はなけなしの戦力を投入しての防戦に当たっていた。
今回はユニウス教団に対する協力要請離されていない。あくまでザフト軍単独で戦線を支える事が求められていた。
だが、地球連合軍は数で勝る上に、その中には旧北米解放軍のベテラン兵士が多数参戦している。ザフト軍の苦戦は必至だった。
そして、戦線に加わった旧北米解放軍の陣列の中に、ミシェル・フラガの姿もあった。
ミシェルはまだ、自分が何者で、どこから来たのか、思い出せずにいた。
気が付けば、北米解放軍と言う名の組織が所有する戦艦の医務室で眠っていたのだ。
自分を助けてくれた男には感謝している。彼は何も言わずに、ミシェルの身分を保証してくれた上、こうして軍に入って戦えるように手配までしてくれたのだから
おかげで今、ミシェルは大切な仲間の為に戦う事ができるのだから。
「行くぜ!!」
ミシェルが叫ぶと同時に、10基のアサルトドラグーンの一斉射出するソードブレイカー。
接近しながら、ザフト軍が砲火をソードブレイカーへ集中させようとしてくる。
しかし、
「遅いぜ!!」
叫ぶと同時に、ミシェルは攻撃を開始した。
攻撃位置に着いたドラグーンが一斉攻撃。接近しようとするザフト軍の陣列を斬り裂いていく。
直撃を受けたハウンドドーガやゲルググ、ザクが火球を上げて大空に散華する。
怯みを見せるザフト軍。
そこへ、ミシェルは畳み掛けた。
ドラグーンを左右上下に従えて突撃。斬り込みを掛けながらビームライフルを放つ。
対して、ザフト軍の展開速度はあまりにも鈍い。
「欠伸が出るぜ!!」
叫びながらミシェルはビームライフルを斉射。ビームガンを構えようとしていたグフのコックピットを撃ち抜いて撃墜した。
ナチュラル離れしたミシェルの戦闘力を前に、ザフト軍は対抗できない状態である。
しかしそれでも、自分達には後が無い事を彼等は自覚しているのだろう。次々と後方から増援を送り出しては、ソードブレイカーを突破しようと試みる。
「全力でぶつかろうっての? そう言うの、嫌いじゃないんだよね!!」
言いながら、活動限界に達したドラグーンを回収。代わりにビームサーベルを抜いて接近戦に備える。
ビームトマホークを翳して斬り込んでくるザク。
対してミシェルはスラスターを全開まで吹かす。
すれ違いざまに一閃される光刃。
対して、ザクの斧はあまりにも振り下ろしが遅い。
瞬く暇すら与えられず、ザクは肩から斬り落とされて墜落していく。
ザフト軍の誰もが、ミシェルの動きについて行く事すらできないでいる。
その間にミシェルはスラスターを吹かして前進。指揮官と思しき機体へ狙いを定める。
迎え撃つように、ビーム突撃銃を構えるハウンドドーガ。
その機体を駆るのは、ジェイク・エルスマンだった。
「またテメェか。ここで会ったが100年目だぜ!!」
言い放つとジェイクは、ハウンドドーガの右手に装備したビームライフルを撃ち放つ。
ジェイクは既に何度か、ミシェルのソードブレイカーと交戦した経験がある。それ故に、手慣れた者同士の対決と相成る訳だ。
ジェイクのハウンドドーガは機動力を上げる為にフォースシルエットを装備している。その為、ミシェルのソードブレイカー相手でも、やり方次第で優勢に戦いを進める事も可能なはずだった。
接近するジェイク。
対抗するように、ミシェルもビームライフルを抜き放ち、高速で動きながらハウンドドーガを攻撃する。
互いの放つ閃光が交錯する。
両者、直撃は無し。互いに高速機動を行いながらの射撃である為、照準の修正が追いつかないのだ。
「なら、これだ!!」
フォースシルエットに装備したビームサーベルを抜き放つジェイク。同時に、スラスターを吹かして速度を上げ、一直線に接近を図る。
対抗するように、迎え撃つミシェルは、ドラグーンを一斉射出。その砲門を、接近してくるハウンドドーガへ向ける。
ドラグーンから、一斉に砲撃が放たれる。
交錯する閃光。
しかし、
「オ、ラァァァァァァァァァ!!」
射線の僅かな隙間を見極め、ジェイクはそこへ機体を飛び込ませる。
閃光がすぐ脇を掠める中、それらを無視してジェイクはソードブレイカーに迫った。
「おらァ!!」
振るわれる剣閃。
対してミシェルは、舌打ちしながら回避。同時にドラグーンを引き戻して体勢を立て直そうとする。
だが、
「逃がすかよ!!」
ジェイクはとっさに、開いている左手でビームトマホークを抜き放つと、ビーム刃を展開して投擲する。
回転しながら飛翔して行く斧。
その攻撃を、ミシェルは降下して回避すると同時にビームライフルで反撃。ジェイク機の動きをけん制する。
「さて・・・・・・・・・・・・」
両者、再び斬り込むタイミングを計って牽制する中、ミシェルは手元の時計で時刻を確認する。
「俺の相手ばっかしている場合じゃないと思うんだけどな。うかうかしていると、足元が大火事で消滅、なんて事になりかねないぜ」
聞こえない事は分かっているが、それでもミシェルは、不敵な響きを含めて相手に呼び掛ける。
だが、その言葉を裏付けるかのように、ザフト軍の後方で異変が起こっていた。
後方支援を担当する部隊が騒然としまま、錯そうする情報に翻弄されるように取り乱す。
混乱は程無く前線で波及し、ザフト軍の動きは精彩を欠いた物になり始めた。
尚もソードブレイカーに斬りかかろうとするジェイクの元に、支援部隊を率いている筈のノルトから通信が入ったのは、そんな時だった。
《ジェイク。退いてください。撤退命令が出ました!!》
「撤退だって? 冗談だろ!!」
我が耳を疑うように、ジェイクは問い返す。
ここに来てなぜ? と思う。
苦戦しているのは分かっている。戦況が苦しい事も。
しかし、ザフトにはもう後がない。
ここを抜かれれば、中央ヨーロッパの戦線を維持する事は出来なくなり、否応なくジブラルタルまでの後退を余儀なくされるだろう。
苦しくとも、ここを踏ん張らなくてはならないのだ。
しかし、ノルトは苦渋を滲ませた声で言った。
《やられました。敵の別働隊が迂回進路を取って、ジェノバとヴェネチアを襲ったんです。こちらの橋頭保は壊滅。既に、他の部隊も後退を始めています》
「・・・・・・なん、だと」
声が出なかった。
この時、地球連合軍は戦線正面に展開した主力部隊でザフト軍を北方に引き付けると同時に、ジェノバ、ヴェネチア双方に5機ずつ、可変重爆撃機型デストロイ級機動兵器であるインフェルノを派遣し、徹底的な絨毯爆撃を敢行したのだ。
高射砲も届かない程の高高度から降り注ぐ攻撃を前に、両都市の守備隊は成す術も無く、旧世紀には交易都市として栄え、また風光明媚な観光スポットでもあった両都市は、瓦礫と炎の中へと沈んで行った。
そして、それは同時にザフト軍の戦線もまた、炎の中へと沈む事を意味していた。
後方にある橋頭堡を失った今、ザフト軍の補給路はジブラルタルからの長距離輸送一本に限定されてしまう。それだけではとても、展開中の大軍を維持する事はできない。
撤退は、今や唯一の選択肢だった。
「・・・・・・・・・・・・判った」
ジェイクは悔しそうに呟くと、機体を反転させる。
惨敗である。
一時は東欧を越え、ユーラシア領まで攻め込んだ事が、まるで夢の中の出来事に思えるくらいだった。
撤退していくザフト軍を、ミシェルはただ黙って見送るにとどめる。
目的は達したのだ。これ以上の深追いは無意味である。どのみち、欧州での戦いにおける地球軍の勝利は、これで確定したも同然であった。
機体を滑走路へとアプローチさせる。
周囲には既に、整備班が待機し、更には勝利を喜び合う兵士達の姿が多数見受けられる。
ミシェルはソードブレイカーを所定の位置に停めてコックピットを下りる。
「よう、お疲れ。よくやってくれたよ」
そこで、声を掛けられた。
振り返れば、一組の男女が笑いながらミシェルに歩み寄って来るのが見えた。
オーギュスト・ヴィランとジーナ・エイフラム。共に、旧北米解放軍の幹部であり、今は地球連合軍の前線部隊を預かる者達である。
2人の姿を見て、ミシェルも笑みを向ける。
この2人が、ミシェルの腕前を認め、現在の地位を与えてくれたのである。
特にオーギュストは、戦闘で負傷して記憶も失っていたミシェルを保護してくれた人物でもある。
もっとも、記憶を失っているミシェルには、そこら辺の事情がイマイチよく判らないのだが。
そのような経緯がある為、ミシェルは2人に深く感謝していた。
「今回の戦いで、ザフト軍は大きく後退を余儀なくされるでしょう。本当に、よくやってくれたわ」
「そりゃ、2人だって同じだろ。あんたたちがいてくれたから、俺は何も考えずに前線で戦えたんだよ」
オーギュストとジーナには、モビルスーツで戦う事の他にも、部隊を指揮すると言う役割がある。その為、いつでも最前線に出て戦えると言う訳ではない。
いきおい、ミシェルが前線で戦う時間は長くなると言う訳である。
だがそれで良いと思っている。
何も考える事無くフリーハンドで戦場に出れる方が、何かと身軽で助かる場面があるのだ。
記憶を失い、名前以外何も思い出す事ができなかったミシェルだが、もともと軍人だったのか、モビルスーツに乗って戦う事に関しては天才的とも言える能力を持っていた。
特にドラグーンと呼ばれる独立機動型デバイスの扱いに関しては他の追随を許さず、地球連合軍の中でもトップクラスと言って良かった。
その時、
「だが、今回の勝利は、あくまでも一時的な物であるに過ぎない。それを忘れるな」
空気が重くなるような感覚と共に、低い声が発せられる。
途端に、オーギュストやジーナを含む、その場にいた全員が居住まいを正して敬礼する。
それに倣うミシェル。
そんな一同の前に、既に初老の域に達していると言って良い人物が、それでも揺るぎない足取りで近付いてきた。
ブリストー・シェムハザ将軍。
かつては北米解放軍の指導者であり、ブルーコスモス系テロリストの現総帥。そして現在は、地球連合欧州方面軍の責任者でもある。
北米紛争に敗れたシェムハザは、一時的に敗走し、ユーラシアや東アジアを転々としていたが、そこで地球連合の強大な物量を背景に軍勢を再建し、僅か2年で、再びプラント軍を相手に抗争を始めるまでに至っていた。
まさに、強力な指導力とカリスマ性の賜物であると言える。
シェムハザは、敬礼するミシェルの前まで来ると、力強い掌でその肩をたたいた。
「今回はよくやった、ミシェル・フラガ。貴様の働き、実に見事だったぞ」
「ハッ ありがとうございます閣下。光栄です」
背筋を伸ばし、答えるミシェル。
普段は飄々とした態度の目立つミシェルだが、このシェムハザと対峙した時には、どうしてもシャチホコバッタしぐさになってしまう。
そうせざるを得ない、絶対的な格の差が両者の間には存在した。
「ソラのバケモノ共が差し向けた軍隊は、退ける事ができた。しかし、これが我々にとっての最終勝利ではない。北米解放は未だならず、我らの祖国は敵の手の中で虐げられ続けている。いつの日か、我等は北米へと戻り、かの地を取り戻す。その時こそ、真の意味で勝利を宣言し、皆に労も、散って行った多くの犠牲も報われる事になるだろう」
一呼吸おいて、シェムハザは高らかに言い放った。
「青き清浄なる世界の為に!!」
『青き清浄なる世界の為に!!』
『青き清浄なる世界の為に!!』
唱和が沸き起こる。
コーディネイターを倒し、北米を取り戻す事への意欲が、溢れんばかりに迸っているのが分かった。
だがそんな中、
ただ1人、ミシェルだけは唱和に加わらず、冷めた目で彼等を見守っていた。
なぜかは判らない。
しかしミシェルはどうしても、彼等の輪の中に加わって行こうと言う気が起きないのだった。
2
アマノイワト襲撃戦から数日が経過した。
貴重な拠点を失った自由オーブ軍だったが、その後は追撃をかわす為に各隊がめいめいバラバラの方向に退避した為、被害を極限する事に成功していた。
結局、プラント軍のアマノイワト総攻撃は、拠点を陥落させると言う当初の戦略目標こそ完遂したものの、自由オーブ軍主力は殆ど無傷のまま取り逃がしてしまった。更に言えば、自由オーブ軍は他にも艦隊を収容可能な拠点を持っている。要するに、アマノイワトは重要拠点には違いないが、それ自体が唯一無二と言う訳ではない。失って惜しい、と言うほどの物ではないのだ。
結局のところ、プラント軍の作戦は、微々たる戦果と引き換えに、徒労と消耗ばかりが大きかった訳である。
大和は今、月へと来ていた。
この行動は、脱出前にラキヤから指示を受けた物である。万が一、味方との合流が叶わない場合、大和は月へと進路を取るように、と。そこで、プラント軍と対峙するパルチザンを支援するよう指示されていた。
一応、目的そのものは達成し得た事になるが、結局、追撃の手が厳しくて他の部隊との合流は叶わず、大和単独で月に落ち延びる事になってしまった。
大和は現在、コペルニクスの一角にある資材搬入用の港に、偽装を施して停泊している。
月の大半はプラントの支配下に置かれているが、流石に全ての港を監視下に置く事はできない。ならばいっそ、こそこそと地方に隠れるよりも、コペルニクスのような大都市に居座った方が、敵の目を欺けるのでは、とシュウジは考えた訳である。
現在、主要メンバーの大半は街中へと繰り出している。
大和が月へ来た最大の目的はパルチザンの支援である。
リィスとアランは、交渉役のアステル、そして偶然乗り合わせたクルトを連れて、パルチザンとの交渉に赴いている。
アステルとクルトは、パルチザンの幹部とも面識がある。交渉をスムーズに進める為にも、妥当な人選だった。
そしてヒカル、カノン、レオス、リザの4人は、気分転換を兼ねて、街へ散策に繰り出していた。
遊んでいる場合ではない、と言いたいところではあるが、実際のところ、ヒカル達の休暇は必要な措置でもあった。
何しろ、最近は連戦続きで、ろくな休みも与えられていない。
いかに強靭な兵士であっても、休みも無しに戦い続ければいつかは壊れてしまう。
メンタルを維持する意味でも、ここらでの休暇は必要だった。
加えて、この休暇にはもう一つ、目的があったりする。
きっと今頃、カノンとリザは振り回されて散々な目に在っているのではないだろうか?
友人達の苦労を考えると、ナナミは少し同情的な気分になった。
「君も、行きたかったんじゃないのか?」
「いえ、私は・・・別に・・・・・・」
隣の机に座って書類整理をしているナナミに、シュウジは尋ねる。
騒がしい連中が纏めていなくなってくれたせいか、大和の艦内は、いっそ不気味に思える程に静まり返っていた。
そんな中で、ナナミは艦に残ってシュウジの執務の手伝いをしていた。
「退屈ではないのか?」
「いえ、全然です。あ、コーヒー入れ直しますね」
いそいそと立ち上がってコーヒーカップを手に取るナナミの背中を、シュウジは何の気なしに眺めて見送る。
こんな日も悪くは無いか、と心の中で呟いた。
実際、ナナミがいてくれるおかげで仕事は捗っている。艦の操舵手としての仕事の傍ら、まるで個人秘書のような扱いをするのはナナミに申し訳ないと思っていたのだが、彼女自身が自主的に手伝ってくれているのだから、わざわざ水を差す事も無いだろう。
「どうぞ、艦長」
「ああ、ありがとう」
ナナミが淹れ直したコーヒーを受けとり、シュウジは再び仕事へと戻って行く。
そんな姿をクスッと笑って眺め、ナナミもまた自分の机に座り直した。
その姿を横目に見ながら、シュウジは難しい顔で手元の書類に目を通していた。
先日のアマノイワトにおける戦闘の報告書ができた訳だが、何度も読み返してみても湧き上がる違和感はぬぐえないでいた。
なぜ、厳重に秘匿されていた筈のアマノイワトの場所が、プラント軍に知られたのか?
それまでそのような兆候は全く無かったと言うのに、プラント軍は殆どピンポイントでアマノイワトを直撃してきた。まるで、その正確な場所が初めから判っていたかのように。
あらゆる主観と希望的観測を排し、可能性の中から最も高い物を選び出す。
「・・・・・・内通者、か」
「艦長?」
呟いたシュウジの顔を、ナナミは訝るように見つめる。
対して、シュウジは真剣な眼差しで顔を上げると、ナナミの方へ眼をやった。
「え、えっと・・・・・・・・・・・・」
少し、心臓の鼓動を速めながら、ナナミは次の言葉を模索するように視線を彷徨わせる。
そんなナナミに対し、シュウジは構わず口を開いた。
「ここだけの話だが、俺は内通者の存在を疑っている」
「え、、な、内通者!?」
一瞬にして現実に引き戻されたナナミが、物騒な単語をおうむ返しにする。
内通者。すなわち、何者かが故意にアマノイワトの座標情報を流した事で、プラント軍の襲撃を招いたのでは、とシュウジは考えたのだ。
「まさか、そんなッ!?」
「無論、確証はない。だが、その可能性を視野に入れておかなければ、いずれ必ず足元を掬われる事になる」
断定こそ避けたものの、シュウジは確固たる口調で言った。
信じられないと言うナナミの気持ちは、シュウジにも判る。誰だって、自分達の中に裏切者がいるなどとは思いたくはないだろう。
だがこの汚れ役は、誰かがやらなくてはならない事でもある。
ならば、その汚れ役を、他の者に任せる心算は、シュウジには無かった。
流石のプラントも、公共の娯楽施設にまで完全に支配の手を伸ばす事は不可能であるらしい。
そもそもプラントにとって、コペルニクスは自分達と対立する勢力であっても、元は一定の条件のもとで自由な交易を許可する事で栄えてきた街である。その経済を完全に崩壊させてしまう事は、百害あって一利なしである。
そんなわけで、公共のレジャー施設は往時と変わらない盛況を見せていた。
ショッピングモール、フードコート、各種スポーツ施設、映画館、ゲームセンター等を複合した施設は、コペルニクスでも人気のスポットである。
その中にあるプールに、カノン達は来ていた。
「うーんッ 何か、こう言うのって、ほんと久しぶりだよね」
大きく体を伸ばすと、細い身に比して大きく育った胸が僅かに震える。
カノンは今、白地に青い縁取りのあるビキニを着ている。お尻の部分に描かれた跳ねるイルカのロゴが、可愛らしいアクセントとなっている。
一方、デッキチェアに寝そべっているリザも、ジュースのストローに形の良い唇を付けながら相槌を打つ。
「だねー、何か戦ってばっかで。こういうのもたまには無いとやってられないよ」
リザは淡い青を基調とした同じくビキニタイプの水着を着ているが、彼女の場合は腰にパレオを巻いている。落ち着いた印象が、リザのスラリとした肢体にマッチしている。
そしてもう1人。
盛大な水飛沫と共に、プールから上がってきた少女が、笑顔でリザとカノンに手を振ってきた。
ヘルガ・キャンベルである。
陥落するアマノイワトから、大和に乗って脱出に成功した彼女は、急展開を見せる事態にいらだちを募らせていたのだが、最近になって、カノンやリザと仲良くなり、こうして一緒に外出するまでになっていた。
因みにヘルガの水着は、彼女の激しい性格を象徴するように赤い色をしたビキニである。若干、リザやカノンよりも露出度は高い。
「ああ、気持ち良かった」
2人の傍まで歩いて来ると、タオルで長い髪を拭きながらデッキチェアに腰掛けた。
同時にカノンは、素早く警戒するように周囲を見回す。
ヘルガ・キャンベルと言えば、地球圏で知らない人間の方が少ないほどの有名人である。そんな彼女が、このような場所にいると知られれば、聊か面倒な事態になりかねない。
プラント軍に知られれば、当然ながら捕縛の手が伸びて来るだろうし、そうでなくても彼女のファンに見つかれば騒ぎになる事は必定である。自分達の身を隠すと言う観点から考えれば、本来ならこのような人目の多い場所に来るべきではないのだが、それでも今回は、ヘルガのリフレッシュ休養も兼ねている。その彼女がプールへ行きたいと言ったので、それなら護衛付きで、と言う条件で許可を出した訳だ。
幸いにして、周囲からいくつかの視線が投げかけられるが、そのどれもが「興味」であって「猜疑」ではない。
カノン、リザ、そしてヘルガと、綺麗所が3人もそろっているのだ。男達の目を引かない筈が無かった。
「それにしても・・・・・・・・・・・・」
サングラスをかけ直しながら、ヘルガは興味深い視線をカノンに向ける。
「な、何?」
「『脱いだらすごい』って言葉を、今日ほど実感させられた事は無いわ」
何を言っているのか、とヘルガの視線を追うと、
その矛先が、自分の胸に向いていると判った瞬間、カノンは思わず顔を赤くして、両手で胸を隠した。
「ちょッ ど、どこ見てんのよ!?」
掌でも隠しきれないほどの大きさに実った胸の「果実」が、見た目にも柔らかい感触を見せる。
普段、服の上からでは、それほどの大きさには見えないカノンの胸だが、こうして拘束から解放された状態では、普段の倍は大きく見える。
女3人の中で、間違いなく大きかった。
「どうやったら、そんなに大きくできるのよ。ロリっ子のくせに」
「だよねー ロリっ子のくせに」
「ロリっ子言うな!!」
所謂「トランジスタグラマー」と言うべきだろうか、体の小ささと比して、カノンは随分とスタイルは良い方だった。
勿論、利ザヤカレンも年相応の成長を見せてはいるのだが、事、胸の成長に関する限り、軍配はカノンに上げざるを得ない。
だが、そんなカノンをからかうように、リザは含み笑いをしながら目を細める。
「まあ、そんなご立派な武器(胸)もさ、肝心の持ち手がヘタレじゃ、宝の持ち腐れだよね~」
「え、なになに、どういう事?」
リザの発言に興味をひかれたらしいヘルガが、ここぞとばかりに身を乗り出してくる。
たとえアイドルであっても、こういうところは一般人と感性が同じであるようだ。
「実はノンちゃんね、ヒカル君の事が、フモグ!?」
「だァァァァァァ!! 言わなくて良いから!!」
慌ててリザの口をふさぎにかかるカノン。
それを見て、ヘルガも可笑しそうに笑っている。
保安局に不当に逮捕されて以来、抑圧された日々を送ってきたヘルガだが、同年代の少女達と触れ合う事で、どうにか精神的に持ち直した様子だった。
少女3人が姦しく騒ぐ様子を、ヒカルは少し離れた場所で呆れ気味に見ていた。
プールに来るのはヒカル自身、久しぶりの事である。本来なら、戦闘での疲れを癒やすために、休日を満喫したいところではあるのだが。
「まったく・・・・・・・・・・・・」
騒ぐ少女達を見ながら、ため息交じりに呟く。
外出許可が下りたとは言え、あまり目立った事をするべきではないのに、いったい何をしているのか。
と、
「ねえ、ヒカル」
そんなヒカルに、傍らに立ったレオスが語りかけた。
その眼差しは穏やかに、水着に身を包んだ少女達を眺めて囁かれる。
「生きてて、本当に良かったね」
「そのセリフ、今じゃなかったら、もう少しまともに聞こえたかもな」
もう一度、ヒカルはため息を吐く。
全く持って、どいつもこいつも・・・・・・・・・・・・
思考が、そこで途切れる。
何とも呑気な連中だ、と仲間達に呆れる反面、その輪の中に自分も入っている事に気付いたのだ。
結局のところヒカル自身が、こうしてのんびりするのも久しぶりの事だったと言う訳だ。
だが、
「ヒカルッ 何してんのッ こっち来て遊ぼうよ!!」
「お兄ちゃんもッ 早く!!」
カノンとリザが、しきりに手を振っているのが見える。
こうした時間を持てるのも、もう幾度も無いかもしれない。
そう考えれば、今のこの時間がいかに貴重であるか実感できる。
ヒカルはレオスと共に肩を竦めると、少女達の方へと歩いて行った。
そんなヒカル達の様子を、離れた場所で見つめる目があった。
「目標確認、情報通りだな」
「確かに。胡散臭いと思ったが、まさか本当だったとは」
居並ぶ男達の目が、デッキチェアに寝そべる少女へと向けられる。
「ヘルガ・キャンベル・・・・・・プラントのアイドルが、こんな所でお忍び旅行とはな」
「しかし、好都合であるのは確かだ。お前は、同志たちに連絡しろ」
「判った」
暗い光を宿したような視線は、今にも牙をむいて、少女へ襲い掛かろうとしているかのようだった。
PHASE-14「月の休日」 終わり
メカニック設定
GAT-11「ソードブレイカー」
武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
近接防御機関砲×2
ストライカーパック各種
備考
地球連合軍がグロリアスの後継機として開発した新型主力機動兵器。ジェガンとは違う経緯で開発された機体。伝統のストライカーパック装備は健在であり、戦場を選ばない活躍が可能。プラント軍に対抗する切り札として、急ピッチで量産が進められている。