機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-12「少女の矜持」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆炎が虚空に瞬くたび、操縦桿に添えた手がしびれる程にきつく握りしめられる。

 

 視界の中で閃光が瞬くたび、自分の身が切られるような痛みが発する。

 

 幾度となく血の涙を流したとしても、決して慣れる事ができない光景だ。

 

《第5中隊、壊滅!!》

《右翼部隊、音信途絶ッ 全員戦死の模様!!》

《敵部隊、前進してきます!!》

 

 またしても視界の彼方で閃光が瞬き、仲間の命が失われた事を伝えてくる。

 

 スピーカーから流れてくる戦況は、今や味方の不利が覆しえないレベルに達している事を如実に語っていた。

 

 月面パルチザンを指揮するエバンス・ラクレスは、悔しさで唇を噛み切りそうなほどに噛みしめている。

 

 先日、自由オーブ軍が、長らく存在を秘匿されていたプラント軍所有の大量破壊兵器レニエントを撃破した。

 

 これに伴いプラント軍は、月に残っていたザフト軍戦力の大半を引き抜き、本国の防衛強化と治安維持の為に転用した為、一時的に月周辺のプラント勢力は減衰する事となった。

 

 それを好機と捉えたパルチザンは、一斉蜂起を敢行。残ったプラント勢力に対して総攻撃を仕掛けたのだ。

 

 2年前には歩兵戦力のみであったパルチザンだが、その後、ターミナルの支援を受けて戦力を増強し、念願とも言うべきモビルスーツ部隊を保有するに至った。今回は、その切り札とも言うべきモビルスーツ部隊まで投入した乾坤一擲の大作戦である。

 

 この戦力をもってすれば、月のプラント軍を撃破する事も可能だと考えられていた。

 

 しかし、

 

 その甘い見通しは、痛烈な結果となって彼等に帰って来た。

 

 腐っても主権国家が保有する駐留軍である。戦力が低下したとは言え、技量の低いパルチザン如きに後れを取る筈も無い。

 

 意気揚々と出撃したパルチザンの各部隊は、待ち構えていたプラント軍の迎撃部隊に捕捉され、次々と撃破されていった。

 

 殆ど抵抗らしい抵抗を示す事もできず、一方的に屠られていくパルチザンの兵士達。

 

 その光景は、卵の殻をひき潰すが如くであり、この月の支配者が誰なのか、如実に表している光景だった。

 

 と、

 

《エバンス!!》

 

 迫る敵に対して、左手のドレウプニル・ビームガンで応戦しながら、1機のグフが近付いて来るのが見える。

 

 サブリーダーのダービット・グレイは、叩き付けるような声で叫ぶ。

 

《ここはもう駄目だッ 撤退して再起を図るぞ!!》

 

 普段は頼もしさを感じる相棒の声には、今は焦りの色が見えている。

 

 こと、戦闘に関する限りダービットは、基本的に参謀的な役割のエバンスよりも熟達している。その彼が駄目だと言う事は、本当にもう駄目なのだろう。

 

 唇を噛みしめるエバンス。

 

 悔しさはある。

 

 ここで撤退してしまったら、この戦いで死んだ多くの犠牲が、否、今まで積み重ねてきた犠牲者の魂、その全てが無駄となってしまう。

 

 しかし、それは所詮、エバンスの中にある未練に過ぎない。今までの犠牲を無駄にしたくないからと言って、ここでさらなる犠牲を上乗せするのは、リーダーとして愚の骨頂だった。

 

「・・・・・・・・・・・・判った。撤退しよう」

 

 エバンスはそう言うと、撤退用の信号弾を撃ち上げる。

 

 ここで負けても、生きてさえいれば、再起する事はできるはず。

 

 だから今は、屈辱に耐えるしかない。

 

 やがて、撤退信号を受領したパルチザンは、応戦を繰り返しながら徐々に撤退していく。

 

 しかし当然の事ながら、パルチザン撤退を目ざとく嗅ぎ付けたプラント軍の追撃も厳しく、背後から迫る攻撃は、更に激しさを増していくのだった。

 

 結局、この日の戦いでパルチザン側は、虎の子のモビルスーツ部隊に壊滅的な打撃を蒙り、乾坤一擲の蜂起に失敗。以後、単独での抵抗運動は非常に難しくなるのだった。

 

 

 

 

 

 PⅡは珍しく疲れた体を示し、やれやれとばかりに息を吐いた。

 

 その様子を、ソファでくつろぎながら酒を飲んでいるクーランは、不審そうな眼差しを向ける。

 

 昼間から酒を飲むなど不謹慎の典型的な見本と思えるが、しかしクーランの場合は並みの酒では殆ど酔わない体質らしく、殆ど茶を飲んでいるに等しい感覚である。その証拠として、既に彼の足元には空になった酒瓶が2本転がっているにも拘らず、飲んでいる本人は一向に酔っている気配は無かった。

 

「どうしたよ、大将?」

「ん・・・ああ、君か」

 

 まるで、今クーランの存在に気付いたと言わんばかりに、PⅡは顔を上げた。普段から飄々としているピエロ男からは想像もつかないダレ振りである。

 

「君も聞いてるでしょ。レニエントの件」

 

 先日、自由オーブ軍の攻撃を受けて破壊された大量破壊兵器レニエントの事で、プラント上層部は混乱状態に陥っていた。

 

 レニエントは、未だに多くの敵を抱えるプラント軍にとっては切り札である。更には統合を完了した後は、反乱を起こそうとする輩に対し睨みを利かせ、抑止の効果も兼ねていたのだ。

 

 しかし、それも宇宙空間に散り、構想は脆くも崩れ去ってしまった。

 

「別に、あのガラクタが壊れようが燃え尽きようが、僕にとってはどうでも良い事なんだけどね、ただ、今はタイミング的にまずかった」

 

 そう言ってPⅡは肩を竦める。

 

 現在地上では東欧戦線が激化の一途をたどり、地球連合軍が戦線を押し上げてきている。彼等は間も無く、黒海周辺の資源地帯に達する。そうなると、資源を得た地球軍はさらに勢いを増してプラント軍を押し返しにかかるだろう。そして、欧州に派遣したプラント軍には、最早その流れを押し返す力は残っていなかった。

 

 だからこそ、レニエントの存在は重要だったのだ。地球連合軍が地上で多少暴れたところで、レニエントが遥かな虚空からにらみを利かせていれば、いつでも殲滅は可能だったのだ。

 

「それを・・・・・・我らが麗しき議長殿の浅はかな思い付きで、全部台無しになっちゃったよ」

 

 そう言って、ピエロ男は嘆息する。

 

 コキュートス・コロニーへの砲撃は、必ずしも必要ではなかったとPⅡは考えている。それを手っ取り早く証拠隠滅を図りたいがために安易な選択をして、結果、それまで完璧に秘匿できていたレニエントの存在はターミナルに察知されるところとなった。

 

 それが最終的に、レニエントの陥落に繋がっていると考えれば、臍の一つも噛みたくなる。

 

「どうした、珍しく弱気じゃねえか?」

 

 クーランがからかうような口調で揶揄する。自分の雇い主が珍しく弱っている風な調子を見せているのが可笑しいのだろう。

 

 対して、PⅡはゆっくりと顔を上げてクーランを睨む。

 

「弱気? この僕が? 冗談でしょ」

 

 いつも通りの飄々とした口調に戻り、PⅡは語る。

 

「この状況はむしろ、僕にとっても望むところさ。まあもっとも、少しばかり計画を早める必要があるんだけど」

 

 言ってから、PⅡはフッと笑みを漏らす。

 

「そろそろ目障りになって来たよね、彼等」

 

 彼等、と言うのは自由オーブ軍の事である。

 

 多少暴れさせる程度なら放っておいても問題は無かったのだが、流石にここまで来ると捨て置く事もできなくなる。

 

「今回の件で、プラント軍だけじゃ、連中に対応できない事は良く判った。そこで・・・・・・」

 

 PⅡはクーランに人差し指を向ける。

 

「と言う訳で予定通り、次は君にも行ってもらう事にする。議長殿の方には僕の方から話を付けておくよ」

 

 PⅡの言葉に対し、クーランはグラスを傾けながら獰猛な獣のような笑みを浮かべた。

 

 元より、退屈なスパイ狩りに飽きていたところである。戦場に出る事はクーランにとっても望むところであった。しかもそれが、例の「魔王」がいるオーブ軍相手なら、尚の事であろう。

 

「俺も、ちょいと確認しておきたい事があるからな。自分の直感が正しいのかどうか。それを確かめるにはいいチャンスだろ」

 

 そう言って凄味のある笑みを浮かべるクーランの瞳には、既に魔王と対決する時の光景が鮮明に浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に嫌よッ そんな事!!」

 

 部屋の中から聞こえてきた罵声に、ヒカルとカノンは思わず足を止めた。

 

 緊張感は、日に日に高まって行っているのが判る。

 

 自由オーブ軍本隊がレニエントを撃破した事で、制宙権を無条件で握られ続ける事が無くなった事を踏まえると近日中には新たな作戦が発動され、ヒカル達も再び出撃する事になるだろう。

 

 自由オーブ軍は当初の予定通り、ターミナルの支援を受けている地球圏の各組織を統合し「反プラント勢力」を結成、グルック政権下にあるプラントに対し攻勢を掛ける事を最終的な目標としている。

 

 しかし、それをするにしてもまず、オーブ本国を奪還しない事には話は始まらない。

 

 そこで、まずは外堀を埋めて足場を作らなくてはならない。と言うのは、当初からの計画通りである。

 

 昨今、特にキナ臭いのが、月、南米、欧州だろう。

 

 欧州での戦いは、増援を受けた地球連合軍が勢力を盛り返し、徐々にプラント軍を押し返していると言う。主力はユーラシア連邦軍と北米解放軍の残党だが、その数は侮れないレベルにまで膨れ上がり、プラント軍主力のザフトは各戦線で後退を余儀なくされている。ただし、この戦闘はオーブとは直接的には関わりない為、当面は静観すると言うのが方針である。

 

 次に南米だが、こちらは政府軍と反政府軍に分かれ、広大なジャングルの中で激しい戦闘が繰り広げられていると言う。現在、プラントが支援する政府軍側が数で勝っており、戦況も優位に進めているらしい。南米はオーブにとって古くからの同盟国であり、現状、地球上における唯一の友好国と言って良い。よって、自由オーブ軍側としては、プラント勢力と敵対する反政府軍を支援するのが妥当である。との考えが強かった。

 

 そして最後に月だが、こちらはつい先日、駐留プラント軍と反プラント活動を行うパルチザンが大規模な激突を行い、パルチザン側が敗北したと言う情報が入ってきている。急を要すると言えば、一番の事案だ。

 

 大和隊が派遣されるとしたら、これらの内のどれかだろうと思われる。

 

 ところで、

 

 ヒカルとカノンが、恐る恐ると言った具合に部屋の中を覗いて見ると、中には複数の男女が何やら言い争っているのが見えた。どうやら、何かを話し合っている最中だったらしい。その話の内容が、トラブルの火種となったのだろう。

 

 とは言え、激昂しているのは中央にいる少女だけで、他の者は呆れ気味に少女を宥めているのが判った。

 

 中央でいきり立っている少女の名は、ヘルガ・キャンベル。

 

 崩壊したコキュートス・コロニーから辛うじて救出できた人物の1人であり、プラントでは名の知れたアイドル歌手でもある。

 

 かく言うヒカルも、彼女の歌のファンである。澄んだ歌声と、それに相反するようなアグレッシブな歌唱力が、彼女の魅力だった。

 

 しかし、この手の人種の特徴とでも言うべきだろうか? 私生活におけるヘルガひどく気の強い性格をしており、現在の自分自身の状況に対して苛立ちを隠せずにいる様子だ。

 

 そんな彼女の性格は、今まさに如何無く発揮されていた。

 

「何で私がそんなことしなくちゃいけない訳!?」

「ヘルガ・・・・・・・・・・・・」

 

 困り顔を覗かせているのは、彼女の母、ミーアと、そして同席しているリィスとアランだ。

 

 事情が分からないヒカルとカノンは、しきりに首をかしげながら互いの顔を見合わせる。どうにも前後の状況を見ていないせいか、話についていけない。

 

 いったい何事だろう、と伺っていると、ヘルガの激高はさらに熱を増していく。

 

「あたしに身売りしろって言うの!? 冗談じゃないわよ!!」

「ヘルガ、口が過ぎるわよッ」

 

 娘の言葉を鋭くたしなめるミーア。

 

 流石に母親の言葉には逆らえないらしく、ヘルガもいったんは舌鋒を収める。

 

 しかし、収まりきらない想いは、すぐに口を突いて出た。そもそも「身売り」などと言う物騒な言葉が出て来る時点で、何かしら状況が普通ではない事が伺えるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・そりゃ、助けてもらった事は感謝してるわよ。けど、あたしにだってプライドがあるわ!!」

「いえ、そうは言いますけど・・・・・・」

 

 控えめに発言しようとしたのはアランである。

 

 コキュートス・コロニーから救出され自由オーブ軍の政治顧問と言う立場に収まったアランは、体力が回復してから精力的に活動を行うようになっていた。

 

 今、キャンベル母娘と話している事も、そうした一環なのだろう。だとすれば、ヒカル達の今後の活動にも影響が出るかもしれない。

 

 もっと詳しく話を聞こうと、身を乗り出してみる。

 

 だが、静かな口調で言い募るアランに対して、ヘルガは完全にへそを曲げたようにそっぽを向き、視線を向けようとすらしない。

 

 アランは何とか叛意を促そうと、更に口を開きかける。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・判りました。この件はこれまでにしましょう」

 

 それまで黙っていたリィスが、ため息交じりに言ったのはその時だった。

 

「いや、リィス、それじゃあ・・・・・・」

 

 言い募ろうとするアランだが、それを制するようにリィスは首を振った。

 

「アラン。こういう事は無理強いしてどうにかなる物じゃないと思う」

 

 諦念を滲ませたリィスの言葉に、アランは少し逡巡を見せたが、やがて不承不承と言った感じに頷きを返すしかなかった。

 

 どうやら彼も、今のヘルガを動かす事は梃子でも難しいと思ったのだろう。ここで力押しを通しても、ろくな結果に繋がらないであろう事は目に見えていた。

 

「何、あれ?」

「さあ・・・・・・」

 

 そんな一同のやり取りを見ていたヒカルとカノンは、互いに顔を見合わせて首をかしげる。

 

 やはりどうにも、状況を把握できない。まるで推理ドラマの謎解き部分だけを見せられたような、そんなもどかしさがある。

 

 と、

 

「ヘルガ・キャンベルに協力を依頼したんだけど、どうやら駄目だったみたいだね」

 

 背後から声を掛けられてヒカルとカノンが振り返ると、そこには2人のよく知る人物が立っていた。

 

「パパ!!」

 

 笑顔を浮かべて、カノンは飛びつく。

 

 愛娘を優しく抱き留めると、ラキヤ・シュナイゼルはヒカルに向き直った。

 

「おかえりカノン。ヒカルも、今回はご苦労様」

 

 そう言ってラキヤの手は、カノンの頭を優しく撫でた。

 

 ラキヤの格好は見慣れた私服姿ではなく、ヒカルやカノンと同じくオーブ軍の軍服に身を包んでいる。そして襟には少将の階級章が付けられていた。

 

「復帰したんだ、パパ?」

「まあね。こういうご時世だから」

 

 ラキヤはそう言って苦笑する。どうも、久しぶりに着た軍服に、居心地の悪さを感じているようにも見えた。

 

 そもそも、ヒカルの父もそうだったが、ラキヤも大概、線の細い面立ちをしているせいか、お世辞にも軍人向きの外見とは言い難い。やはり、見慣れた喫茶店マスターとしての恰好の方が、違和感が無いのだろう。

 

 だが、見慣れない服装であっても、実際に見てみれば、どことなくしっくり来る物がある。これもまた、ある種の「着こなし」と言えるのかもしれなかった。

 

「それで、パパ。あの娘に協力って、いったい何を頼もうとしてたの?」

「一言で言えば、宣伝、かな?」

 

 娘の頭を優しく撫でてやりながら、ラキヤは説明する。

 

 自由オーブ軍はプラント軍に対して連戦連勝を続け、徐々に勢力を伸ばしつつある。

 

 しかし、それでも埋めがたい勢力の差は存在しており、それを覆すには、戦場での勝利だけでなく、何かしら政治的な手を打つ必要があった。

 

 そこに来て思わぬ好カードが舞い込んできた。他ならぬ、キャンベル母娘の存在である。

 

 彼女達の名声は、今や世界中に轟いている。それを利用して、プラントの横暴を世間にアピールしてはどうか、と言う作戦が出されたのだ。

 

 別段、珍しい作戦と言う訳ではない。古くから「宣伝」を利用した情報戦は戦時下において行われていた事である。

 

 偽情報によって相手の作戦を攪乱し、また戦意を落とす。そしてプロパガンダを用いて味方を鼓舞する。情報と言う目に見えない物を武器とする場合、基本的な戦術であると言える。特に、旧世紀と違って戦いは宇宙空間にまで進出し、かつての戦争から比べると、信じられないくらい広大になっている。だからこそ、情報の有用性は飛躍的に高まっていた。

 

「しかし、当の本人があれじゃあ・・・・・・」

 

 ヒカルはチラッと部屋の中に目をやると、ため息交じりに呟いた。

 

 話から察すると、にべも無く突っぱねられたであろう事は想像に難くない。

 

「まあ、仕方がない。彼女の協力は欲しいけど、どうしても絶対、と言う訳でもないからね。また別の手を考えるよ」

 

 ラキヤはそう言って肩を竦める。

 

「行こう。お腹すいたでしょ。何か好きな物作ってあげるよ」

「わ、やった。じゃあ、えっと・・・・・・」

 

 そう言うとラキヤは、カノンを伴って歩き出す。

 

 その後からヒカルも続くが、ふと、後ろを振り返って部屋の中に目をやる。

 

 だが、結局何の行動も起こさないまま、2人の後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 コトンと、低い音と共に、グラスがテーブルに戻る。

 

 手にしたひんやりした感触とは裏腹に、喉には熱い液体が流れていく。

 

 目を向ければ、目の前に座った男も同様に、グラスの中身を飲み干していた。

 

「まさか、アンタとこうやって話す事になるとはな」

「人生ってのは、一寸先すら見通せない物さ。もっとも、意外だっていうのなら、全くの同意だが」

 

 そう言うと、自由オーブ軍戦艦大和艦長シュウジ・トウゴウと、元北米統一戦線リーダー、クルト・カーマインは互いに苦笑をかわした。

 

 2年前、互いに異なる陣営の組織を率い死力を尽くして戦った2人。そしてシュウジ率いる大和隊は北米統一戦線を打倒する事に成功した。いわば2人は因縁の相手であると言える。

 

 スポーツじゃないのだから、戦いが終わったらオフサイド、とはいかないのが戦争である。互いに残る遺恨は計り知れない物がある。

 

 とは言え、今は互いに流浪の身。それも、成り行きとは言え、シュウジはクルトを救出した立場である。クルトとしても、その事を弁えており、過去を蒸し返すような真似をする気は無かった。

 

「それにしても、判らないんだが」

 

 シュウジは再びグラスに酒を注ぎ、ついでクルトのグラスにも注いでやりながら話を切り出す。

 

「我々は2年前の戦いで、北米統一戦線を破った物の、壊滅に追い込んだとは言い難い。なのになぜ、このような事になったのだ?」

 

 確かに大和隊は、2年前の戦いで北米統一戦線を撃破した。大半の戦力を殲滅し、北米大陸から追い出す事に成功した。

 

 だが、敗北が確定的となった時点で、クルトは戦略目標を「勝利」から「脱出・延命」に切り替えた。

 

 レミリア、アステルを含む精鋭部隊が大和隊を足止めする一方で、他の構成員は脱出し、捲土重来を図る事にしたのだ。

 

「だが、アンタ等は壊滅した。なぜだ?」

 

 一度は脱出に成功した北米統一戦線が、後にプラント軍の襲撃を受けて壊滅した、というニュースはシュウジも聞いて知っていたが、そこに至るまでの過程の情報が全くと言って良いほど伝わってこないのだ。

 

「・・・・・・正直、俺も詳しい事は判らん」

 

 悔しさを滲ませるように、クルトは答えた。

 

 あの時、クルトは潜伏先を保安局に襲撃されて重傷を負っており、動きたくても動けず、結局真相を突き止める間もなく収監されてしまった。

 

「だが、これだけは言える。俺達の潜伏先、そして他の奴等が脱出した先の情報が、殆ど敵に筒抜けだったのは間違いない。そうでなかったら、ああもあっさり、俺達が負けるはずないからな」

 

 北米統一戦線は、少数とは言え北米大陸を席巻したゲリラ組織である。本来の実力を発揮でできれば、どんな強大な敵であっても互角以上に戦えたはず。

 

 だがあの時は、殆ど抵抗らしい抵抗もできないまま、気が付いたら壊滅している有様だった。

 

「これは2年間、牢の中でずっと考えていた事なんだが、俺は内通者の存在を疑っている」

「内通者?」

 

 酒を飲む手を止めて、シュウジはおうむ返しに物騒な単語を繰り返す。

 

 対してクルトは、頷きながら続ける。

 

「ああ、見抜けなかった事に関しては、組織の長として恥ずかしい限りだが、内通者が俺達の情報を保安局に流したと考えれば、全ての事に辻褄が合う。逆に、それ以外の考えと言うのは、どう考えても浮かんでこないのさ」

 

 クルトの説明を聞きながら、シュウジは確かに、と口の中で呟いた。

 

 同時に、内心で戦慄も覚える。

 

 なぜなら、内通者の存在は、決して他人事ではないからだ。

 

 自由オーブ軍も、組織としてはそれなりの規模を誇っている。当然の事だが、構成する全ての人員に対して思想統一する事は不可能だし、そんな事に意味は無い。

 

 しかしだからこそ、万が一内通者がいた場合、それを見付ける事は困難を極める。

 

 北米統一戦線に降りかかった事は、自由オーブ軍にとっても、決して他人事ではなかった。

 

「ところで・・・・・・」

 

 クルトはそこで、話題を変えるように口を開いた。

 

「あんたら、今後の作戦方針について、定まってはいないらしいな」

「ああ」

 

 定まっていないのではなく、命令が下りてこない為に待機しているだけなのだが、似たような物なので、シュウジは取りあえず否定はしなかった。

 

 その答えを待っていたように、クルトは身を乗り出した。

 

「なら、月にしないか?」

 

 凄味の効かせた顔に真剣な眼差しでクルトは言った。

 

「月、だと?」

「ああ。あそこのパルチザンの連中とは顔馴染みでな。うまく連絡を取れれば、大きな力になる事は間違いない」

 

 クルトの考えを聞いて、シュウジは考え込んだ。

 

 確かに。月のパルチザンは、既に衰弱と称しても良いくらいに弱体化している。何らかの支援行動を早急に行わないと叩き潰されてしまうだろう。

 

 だが仮に、自由オーブ軍が月奪還の為に動けば、クルトの言うとおり、パルチザンの存在は大きな助けになる筈だった。

 

 月の存在価値は計り知れない。古くから地球連合軍とザフト軍が死闘を繰り広げて来た関係で、それ自体が一大軍事拠点となっているし、何より、地球が自転している関係で、月を全く見る事ができない場所は、地球上には皆無と言っても良い。つまり、将来的にオーブ奪還に動くなら、月は最重要の策源地となり得るわけだ。

 

 自由オーブ軍側としても、是非にも手に入れておきたい場所ではあった。

 

「判った。その件に関しては、俺の方から上層部に伝えておくよ。ところで・・・・・・」

 

 意味ありげな視線を送りながら、シュウジはクルトに言った。

 

「言った以上は当然、アンタも協力してくれるんだろうな?」

 

 そのシュウジの言葉に、一瞬呆気に取られたクルトだったが、すぐににやりと笑ってグラスを掲げて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 複数のハウンドドーガが、編隊を組んで虚空を駆け抜けていく。

 

 その視界の先にあるのは、白亜の装甲を持つ、奇妙な形をした戦艦。

 

 その戦艦目がけて、ハウンドドーガはブレイズウィザードに装備したミサイルを一斉に放った。

 

 数にして100発以上のミサイルが戦艦へと向かって、弧を描いて迸る。

 

 次の瞬間、

 

 吹き抜けた閃光の嵐が、ミサイル群を全て薙ぎ払った。

 

 爆炎が晴れた時、無傷の戦艦が何事も無かったように姿を現す。

 

 直撃弾は一発も無い。全てのミサイルは、今の攻撃によって撃ち落されてしまった。

 

「チッ!?」

 

 その様を見てカーギルは、荒々しく舌打ちを放つ。

 

 自分達と対峙しながら、尚も味方を掩護するだけの余裕があるとは。

 

 その視界の先には、たった今、強烈な砲撃を放った機体。

 

 白い装甲に、青い炎の翼を背負ったそのモビルスーツ。

 

 トレードマークのようだった外套こそ無くなったものの、その機体がつい先日、レニエントを襲撃した憎むべき敵で間違いなかった。

 

 モビルスーツは、自機の周囲に展開していたドラグーンを引き戻して、翼のハードポイントにマウントすると、両手のビームライフルと腰のレールガンを放ち、尚も戦艦に対して攻撃しようとしているハウンドドーガを撃ち抜き、戦闘力を奪っていく。

 

 やはり、コックピットやエンジン部分は決して狙わない。頭部や手足を吹き飛ばす攻撃は、いっそ不気味ですらあった。

 

 一体なんの意図があって、あのような効率の悪い戦いをしているのか、全く理解できなかった。

 

 ただ、ここで倒さねば、今後幾らでも脅威になり得る事は間違いなかった。

 

「おのれッ これ以上は!!」

 

 叫びながらカーギルは機体のスラスターを全開まで迸らせ、同時にロンギヌスを掲げて斬り込んで行く。

 

 自身に突っ込んでくるリバティの存在に気付いたのだろう。モビルスーツはカーギルの方へ振り返った。

 

 次の瞬間、変化が起こる。

 

 装甲は深淵に溶け込むような黒へ、そして翼は不吉を思わせる紅へ。

 

 先程までは天使のように優美な外見であったが、今は一変し、まるで悪魔のように禍々しい姿になっている。

 

「姿を変えたところでッ!!」

 

 叫びと共に、槍を振るうカーギル。

 

 その鋭い一閃は、

 

 しかし、貫いたと思った瞬間、目の前のモビルスーツの姿は、霞のように消え去った。

 

「また、分身か!?」

 

 意識を切り換え、カーギルは機体を巡らせる。

 

 その視界の中で、両手に対艦刀を構えたモビルスーツが再度向かってくるのが見えた。

 

「来るかッ!?」

 

 迎え撃つように槍を繰り出すカーギル。

 

 対してモビルスーツは、残像を引きながらロンギヌスの一撃を捻り込むように回避。そのまま対艦刀を振り翳してリバティに斬り掛かってくる。

 

 だが、

 

「まだまだっ!!」

 

 自身の攻撃が回避されたと判断したカーギルは、槍を引き戻しながら、その穂先を相手に叩き付ける。

 

 命中。

 

 たとえPS装甲を持っていても、長大な穂先に遠心力の荷重を加えた強烈な一撃だ。機体は無事でも、中のパイロットにはかなりの衝撃が入る事になる。

 

 ロンギヌスの柄にはアンチビームコーティングが施されている為、ビームシールドでも防ぐ事はできない。

 

 槍の穂先が、モビルスーツを捉える。

 

 もらった。

 

 そう思った次の瞬間、しかし、モビルスーツは何事も無かったようにスラスターを吹かせると、急上昇しつつカーギルのリバティを蹴り飛ばし、その後方へと抜ける。

 

 モビルスーツは、ロンギヌスに殴りつけられる直前で機体をスウェーバックさせて衝撃を吸収するように減殺。打撃によるダメージを最小限にとどめたのだ。

 

 カーギルのリバティをやり過ごしたモビルスーツは、再び装甲と翼の色を変化させる。

 

 白い装甲と、蒼い炎の翼。

 

 同時に4基のアサルトドラグーンを射出すると、カーギル機の後方にいた、他のリバティへと襲い掛かった。

 

 慌てて迎え撃とうとするディバイン・セイバーズの隊員達。

 

 しかし、その行動はいかにも緩慢で遅かった。

 

 放たれる24連装フルバースト。

 

 その一撃は、リバティの腕や頭部を狙い撃ちするようにして破壊。戦闘力を奪っていく。

 

 歯噛みするカーギル。

 

 精鋭ぞろいのディバインセイバーズの中にあって、カーギルが率いる第1戦隊は、特に最強と言っても良いほど能力の高い者達である。

 

 その自分達が、たった1機のモビルスーツを仕留めるどころか、足止めすらできず逆に圧倒されている事態は、認めがたい事であった。

 

 1機のリバティが、長大な対艦刀を振り翳してモビルスーツの背後から迫る。

 

 戦艦の装甲すら一撃で斬り裂く事ができる対艦刀を喰らえば、いかなるモビルスーツでも、真っ二つになる事を避けられないだろう。

 

 しかし次の瞬間、

 

 モビルスーツはスラスターを逆噴射させるようにして、今にも対艦刀を振り下ろそうとしていたリバティの懐へ、一瞬にして潜り込んでいた。

 

 あれでは対艦刀を振るえない。

 

 カーギルがそう思った次の瞬間、モビルスーツはリバティの顔面を鷲掴みにすると、掌からビームサーベルが発振され、リバティの頭部を粉砕。戦闘能力を奪ってしまった。

 

 戦慄が走る。

 

 一体、奴は何者だと言うのか?

 

 ディバイン・セイバーズの精鋭ですら、まともに相手をする事ができない。辛うじて互角に戦えるのはカーギルくらいの物だ。

 

 カーギル機以外の機体を全て戦闘不能にしたモビルスーツは、そのままクルッと踵を返して、奇妙な形をした戦艦へと戻って行く。

 

 一瞬、カーギルはその後を追おうとするが、すぐに思い留まった。

 

 追っても勝てると言う保証は無い。それに、今は周囲で漂流する味方を助ける方が先決だった。

 

 奴を倒すには、こちらも万全の体制を整える必要がある。

 

「・・・・・・だが、見ていろ。いつか必ず、お前の首を、我が槍の勲としてくれる」

 

 戦艦に収容されようとしているモビルスーツを見送りながら、カーギルは決意の漲る声で、そう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 手にした銃が火を噴くたび、軽い衝撃が全身を通って足元から抜けていく。

 

 士官学校では必須科目の一つだった拳銃射撃は、この2年間で随分と上達していた。

 

 無理も無い。何しろ、2年間、あてども無い放浪を繰り返していたのだから。その間、自身の身を狙ってくる様々な存在を払いのける為に、自分も強くなる必要があったのだ。

 

 空になったマガジンを抜き取り、新しいマガジンを装填、再び構えを取る。

 

 ヒカルの瞳は真っ直ぐに、彼方にある的を見据えていた。

 

 カノン達との食事を終え、ヒカルはその足で射撃場を訪れ、今までずっと的を相手にして射抜いていたのだ。

 

 だが今は、引き金に指を掛けたまま、銃を構えたまま微動だにせずにいる。

 

 脳裏に浮かぶのは、先日、クルトから聞かされた事。

 

 レミリアは、生きている。

 

 この2年間、彼女の事は敢えて考えないようにしていた。

 

 レミリア・バニッシュ。

 

 かつて、ともに士官学校で学んだ親友にして、男装の少女。

 

 そして、敵でありながら一時、確かに心を通わせる事ができた存在。

 

 彼女に出会うまで、ヒカルはテロリストと言う存在について、無条件で悪のレッテルを張り、そして糾弾していた。それを当然の事として考え、疑おうともしなかった。

 

 しかし、彼女達には彼女たちなりの戦う理由があった。それこそ、命を賭けても惜しくないと思えるほどの。

 

 世界は、ヒカルが知っているだけの面で構成されている訳ではない。見る人の立ち位置が変われば、全く違う面が見えてきて当たり前なのだ。

 

 それを教えてくれたのが、レミリアだったのだ。彼女の存在が、ヒカルの中にある盲を開いてくれた。

 

 だから今、ヒカルはかつてとは180度違う立場になっても尚、戦う事ができるのだ。例え自身が、かつて蔑んだテロリストと成り果てようとも。

 

 だが、

 

 果たして彼女は、本当に生きているのか?そして、生きているなら、今、どこで何をしているのか?

 

 ヒカルの中にある焦燥は、否が応でも高まりを押さえられなかった。

 

 その迷いを象徴するかのように、放った弾丸は、まるで見当違いの場所へと命中した。

 

 

 

 

 

 そんなヒカルを、カノンは物陰に隠れるようにして眺めていた。

 

 父とヒカルと3人で食事を終えた後、銃の練習をすると言って別れたヒカルの事が気になり、後をつけて来たのだが、幼馴染の少年が背中から放つ、何か言い難い雰囲気に気圧されて、話しかける事ができないでいた。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 ここ数日、ヒカルが何かに思いつめていたのはカノンも知っていた。

 

 一応、それとなく聞き出そうとはしてみたのだが、いざ、話がその方向に行くと、ヒカルはそれを察するようにして話題を逸らしてしまうため、一向に進展は無かった。

 

 流石は幼馴染と言うべきか、カノンがヒカルの変化に気付いているように、ヒカルもまた、カノンのあしらい方を心得ているのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・あたしじゃ、ダメなのかな?」

 

 ヒカルを助けたい。彼の役に立ちたい。

 

 2年越しに再会してからと言う物、カノンは特にそのように思う事が多くなっていた。

 

 2年前に比べ、カノンも成長し、今や部隊の中核を担うまでに至っている。事戦闘面に関する限り、カノンはヒカルのサポート役としては、充分以上の能力を示していると言えるだろう。

 

 だがそれでも尚、ヒカルが時折、大事に抱えるようにして隠している心の内に、触れる事ができないでいた。

 

 気落ちするカノン。

 

 結局これでは、今までとなんら変わらないのではないかとさえ思ってしまう。

 

 と、

 

「おやおや、イケナイお尻だこと」

「キャァァァ!?」

 

 いつの間にか背後から近付いていたリザが、カノンのお尻を優しく撫でた為、思わず素っ頓狂な悲鳴をあげてしまった。

 

「な、ななな、何すんのさ、ザッち!?」

「アハハ、ごめんごめん。あんまりにも可愛いお尻があるからさ、つい、ね」

「何が『つい』だァ!?」

 

 ガオーと怒るカノンに対し、リザは肩を竦めて笑って見せる。

 

 そのリザはと言えば、射撃場の中を見て状況を察したらしく、意味ありげな笑みをカノンに向けてきた。

 

「な、何さ? 不気味な笑いなんかしちゃってさ」

「失礼な。てか、そんなに気になるんだったら、ヒカル君に直接ぶつかって見ればいいじゃない」

 

 カノンの煮え切らない態度は、リザにってはもどかしい事この上なかった。

 

 何か欲しい物があるなら、自分から飛び込んで行くべきだと思うのだが。

 

 しかしカノンはと言えば、少し躊躇うようにヒカルの方を見ながら、肩を落として答える。

 

「・・・・・・・・・・・・判ってるよ、そんな事。でも」

「でも?」

 

 何だか、ヒカルの「そこ」には、簡単に踏み込んではいけないような気がするのだ。

 

 踏み込めば、きっと傷ついてしまう。ヒカルも、そしてカノン自身も。

 

 だからこそカノンは、ヒカルが何に悩み、そして苦しんでいるのか、知りたいと思う反面、事実を知る事に対する恐怖感も感じているのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、暗礁地帯を越えて、アマノイワトへと接近する艦隊の姿がある事に、自由オーブ軍はまだ誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-12「少女の矜持」      終わり

 


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