機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-11「太陽は虚空に堕ちる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野次馬が垣根を作る中、喧騒は時間を経るごとに度合いを増していく。

 

 周囲を包囲する青い回転灯が、不気味な雰囲気を否応なく演出していた。

 

 そこにあるのは、導火線に火のついた爆弾を見るような、そんな不安感。

 

 誰もが思う事は「またか」そして、「次は自分かもしれない」と言う恐怖だった。

 

 やがて、問題の家屋の中から、保安局員数名が出て来るのが見えた。そんな彼等に両脇から拘束されている男性は、恐らく家の住人だろう。その手には手錠を掛けられている事から、逮捕された事が伺える。

 

 顔には殴られたと思しき跡があり、額からは血が出ている。相当、乱暴に扱われたのだろう。

 

「お父さんッ お父さァん!!」

「あなたッ!!」

 

 家の中から、男性の息子と妻と思しき人物が飛び出してくる。

 

 あまりにも突然、保安局が押しかけて来たかと思ったら家族を逮捕されると言う事態に、完全に気が動転している様子だ。

 

「大丈夫だッ きっと何かの間違いだからッ 心配しないで待っていてくれ!! すぐ戻って来るから!!」

 

 屈強な兵士に両脇を拘束されながらも、男性は妻と息子を安心させるように必死に振り返って叫ぶ。

 

 迫る自分の運命に抗いながら、それでも家族への愛情を決して忘れる事は無い。夫として父として尊敬に値する。

 

 しかし、

 

「余計な事を言うんじゃないッ!!」

「さっさと歩けッ スパイめ!!」

 

 愛情あふれる光景は、暴力によって容赦なく蹂躙される。

 

 保安局員は、そんな男性を乱暴に殴りつけて引き立てる。

 

「お父さん!!」

「お願いッ 乱暴しないで!!」

 

 息子を抱きしめて必死に叫ぶ妻の言葉は黙殺され、男性は荒々しく護送車輌へと放り込まれてしまう。

 

 やがて、野次馬を蹴散らすような勢いで、護送車が発進する。

 

 捕えられた男が、愛する家族の元へと戻ってくる事は無い。このまま、どことも知れない収容コロニーへと送られ、存在そのものを抹消される事になる。

 

 そんな一連のやり取りを、離れた場所に停めてある車の中で見守る目があった。

 

 車のガラス越しに眺めながら、クーラン・フェイスはつまらなそうに大きく欠伸をすると、動き出した護送車輌を怠い瞳で見送る。

 

 ああいった光景は今、プラントの各都市で見る事ができる。正直、見飽きた感すらあった。

 

 先のコキュートス・コロニー陥落でターミナルの暗躍を知ったアンブレアス・グルックは、保安局に対して国内のスパイ一斉取り締まりを命じたのである。

 

 グルック直接の指名により、その指揮に当たっているがクーランと言う訳だ。

 

 とは言え、

 

「何だ、このクソつまんねえ任務はよ」

 

 クーランは吐き捨てるように、同乗者に告げた。

 

 本来はモビルスーツを駆って戦場を駆け、強敵を屠るのがクーランの仕事であり、同時に生き甲斐でもある。その為に命を賭ける事に何の躊躇いも無い。

 

 警察のような地道な捜査や、抵抗できない連中の取り締まりなど、退屈極まりない物でしかない。そんな物は他の三下に任せておけば良い物を。

 

 スパイが暗躍しようが、破壊工作が行われようが、そんな事はクーランには関係無かった。もっと言えば、被疑者が黒か白かさえ興味は無い。今連行されていった男にしたところで、殆ど碌な捜査も行わず、取りあえず怪しいと言う程度の根拠を基に逮捕を行ったくらいである。

 

 正しいか間違っているか、ではない。重要なのは命じたグルックと世間に対し、「スパイ狩りを徹底的に行っている」と印象付ける事だった。それさえできれば、後の事は適当で構わない。むしろ、大々的にやった方が、ターミナルへの牽制にもなって都合が良いくらいだった。

 

 だが、そのような簡単すぎる任務だからこそ、クーランにとっては不満極まりなかった。

 

「こんな事、誰だってできるだろうが。何で俺を呼び戻しやがった?」

「まあ、その意見には全く同意見なんだけど、何しろこれは、我らが麗しき議長殿たっての希望でね」

 

 PⅡはそう言うと、肩を竦めて苦笑する。

 

 これでは、「鶏を裂くのに牛刀を用いる」の典型であろう。PⅡ自身、クーランをこんな事に使うのは不本意極まりないのだが、グルックに命じられた以上は仕方が無かった。

 

「彼からしたら不安でしょうがないんだよ。理想とする世界まであと一歩の所まで来てるっていうのに、降って湧いたような連中に足元を掬われようとしているんだから」

 

 自由オーブ軍、そしてターミナル。

 

 いずれも、かつてのラクス・クラインに連なる者達であり、グルックにとっては忌まわしい事この上ない存在だろう。自棄になってスパイ狩りに狂奔する気持ちは理解できないでもない。

 

「もっとも、これもあんたご自慢の演出なんだろうがな?」

「さて。僕には何のことやら、さっぱりだよ」

 

 そう言っておどけて見せるPⅡに対し、クーランは鼻を鳴らした。こうして会話していてもPⅡは自分の心家で本音を語る事は殆ど無い。故に、聞くだけ無駄だと言う事は判っていた。

 

「まあ良い。この次は、俺を前線に出してくれよな」

「判ってる。必ずね」

 

 そう言って、PⅡは可笑しそうに、口の端を吊り上げて笑った。

 

「『彼等』の準備もできてるし。次はもっと面白い戦いができると思うよ」

「そいつは楽しみだ」

 

 クーランがそう言うと、運転手が車をスタートさせる。

 

 2人はもう、連行される人々に対して目を向ける事も無かった。

 

 

 

 

 

 目の前を、保安局の車が駆け去って行くのが見える。

 

 恐らくまた、スパイ狩りが行われたのだろう。

 

 苦々しい目で見詰めるが、今はどうする事も出来ない。自分達の持つ力だけでは、捕らわれた人々を救い出すだけの力は、まだ無かった。

 

 人目に付かないように扉を閉めると、手早く奥の部屋へと入り、床下から地下へと潜り込む。

 

 そこから更に進んだ場所にある扉を開けて中へと入ると、複数の視線が向けられた。

 

「どうだった、様子は?」

「ダメですね。連中、どうやら取締りの強化を徹底しているみたいです」

 

 尋ねられて、ルイン・シェフィールドは首を横に振る。

 

 部屋の中には他に、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、アビー・ウィンザーと言った面々の姿も見られる。

 

 アビー以外は全員、何らかの理由で軍を放逐、あるいは退役した者である。そのアビーにしたところで、港湾運営課の事務と言う閑職に回されている状態である。

 

 だが、そのような状態であっても、祖国への敬愛を忘れてはいない。

 

 だからこそ、現状のグルック政権のやり方は許容できなかった。グルックは自身の周りを清浄にする事で政権の安定強化を狙っているのかもしれないが、これでは国民の不信感が募るばかりである。

 

「この間の戦い以降、グルックはスパイの存在に過剰に反応してしまったらしい。今のこの状況は、その表れだろうな」

 

 イザークは苦々しく言い放つ。

 

 クライン政権時代には政府の高官を務めたイザークは、今でもある程度のコネを有している。その関係で情報を集めて来たのだろう。

 

「軍の方にも、保安局の査察が入り始めています。流石に、まだそれ程ではありませんけど」

 

 アビーが顔を俯かせながら言う。

 

 流石の保安局であっても、軍の方にまで査察の手を大々的に入れるまでには至っていないと言う事か。いくら何でも、軍内でスパイ狩りをやって戦力を低下させたりしたら本末転倒であると考えているのだろう。あるいは、流石に軍の権威には保安局も手を出しあぐねているか。ただ、それでもジワジワと手を伸ばしてきているようだが。

 

「こっちもあんまりのんびり構えている場合じゃないんじゃないの?」

 

 そう言ってディアッカが視線を向けた先には、もう1人の人物が腕を組んで話を聞き入っていた。

 

 深い知性を感じさせる瞳に、落ち着き払った態度をしたその男性は、一連の話を聞いて深く頷く。

 

「どうやら、俺達が考えていた以上に事態は深刻のようだな」

 

 アスラン・ザラ・アスハは憂色を湛えた瞳で告げる。

 

 自由オーブ軍に参加しているアスランは、かつてはザフト軍人であった経歴を活かし、プラント内部へと潜入していた。

 

 そこで情報収集に当たると同時に、かつての仲間達の中で心当たりのある者達にコンタクトを取った。

 

 それが、ここにいるメンバーな訳である。

 

 勿論、これで全員と言う訳ではない。他にも幾人かのメンバーがアスランの招集に答えて、情報収集やメンバー集め等で活動してくれていた。

 

「厄介なのは、これだけ派手な事をやっているのに、民衆の大半は未だにグルックを支持している事だろうな」

「逆を言えば、支持があるから、これだけ派手な事を平気で出来るって訳ですね」

 

 ルインがため息交じりで言う。

 

 民主制を取るプラントでは、最高議長も国民総選挙で決まる。

 

 グルックも当然、選挙で最高議長の座を獲得した訳である。つまり国民の大半は、現在のグルックが推し進める軍備拡張路線を、未だに支持していると言う事だ。

 

 恐らく、保安局に逮捕された者達も、反乱分子の一環と言う事で処理されてしまうだろう。その真偽の程はさておき。そして大多数のグルックを支持するプラント国民もまた、政府の発表を鵜呑みにする事になる。

 

 それができるだけの空気が、今のプラントにはあるのだ。

 

「この状況をひっくり返す方法は、やはり・・・・・・」

「戦って勝つ。それ以外にはないだろうな」

 

 アスランの言葉を受けて、イザークが難しい顔で頷きを返す。

 

 グルック政権は政策の第一に軍事力強化を掲げている。当然、予算配分も軍事面に大きく裂かれている。

 

 今やプラント軍は世界最大最強の軍隊であり、同時にグルック政権の広告塔であるのだ。

 

 最強の軍隊。正義の執行者。無敵の軍事勢力。

 

 グルックが政権獲得以降掲げ続けてきた「強いプラント」を、正に体現していると言える。

 

 それ故に、現状のプラント軍を正面から撃破して見せれば、グルックへの支持が急落する事は間違いない。

 

 プラント軍が壊滅的な損害を被れば、国民はグルックの政策を「税金の無駄遣い」と断罪する事になるだろう。

 

「とは言え、簡単には行かないぜ」

 

 肩を竦めるディアッカに、一同は頷いて見せる。

 

 今や世界最大最強の軍隊と化しているプラント軍を相手に勝利を得るのは、容易な事でない事だけは確かだ。仮に自由オーブ軍の全戦力を投入したとしても、勝つ事は難しい。双方の戦力差は、それほどまでに開いているのだ。

 

「大丈夫だ」

 

 そんな一同を安心させるように、穏やかな声で言ったのはアスランだった。

 

「今は新しい戦力も育ってきている。彼等の力ならきっと・・・・・・」

 

 そう言って遠い目をするアスランの眼差しには、遥か彼方で奮戦する遊軍の姿が思い浮かべられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これ程の大艦隊が集結を果たしたのは、いつ以来の事だろうか?

 

 宇宙空間を泳ぐ勇壮な艦艇の群れを見れば、人によっては感嘆を引き起こす事だろう。

 

 戦争と言う血腥い世界の中にあって、それでも軍列が整然と移動する様子は、それだけで高揚感が沸き立つ物である。

 

 オーブ軍第2宇宙艦隊の発足は、ユニウス戦役の頃まで遡る。

 

 当時の戦力は戦艦アークエンジェル、エターナルと言った名だたる艦が連なり、更に第1期フリューゲル・ヴィントの所属部隊でもあった事から、精鋭揃いのオーブ宇宙軍の中にあって、最強部隊である事は間違いなかった。

 

 時代の移り変わりと共に変遷を遂げたが、自由オーブ軍としてプラントに対して反旗を翻したのちも、屈指の精鋭部隊として、その存在を内外に轟かせている。

 

 その第2宇宙艦隊を指揮するのは、かつてムウ達と共に戦い、カーディナル戦役の折には艦隊を指揮して最前線に立ち続けたユウキ・ミナカミ中将。

 

 旗艦艦橋に立つユウキは、かつては優男然とした雰囲気が目立ったが、歳を重ねるごとに落ち着いた紳士のような雰囲気を身にまとっていた。

 

 ユウキに指揮されたオーブ軍第2宇宙艦隊は、プラントが保有する大量破壊兵器レニエント破壊の為、旗揚げ以来初となる大規模な軍事行動を起こした。

 

 現在、各拠点に分散、隠匿してあった宇宙艦隊を終結させた後、先のターミナルの攻撃によって損傷を負ったレニエントに対する追撃を行っている。

 

 報告によれば、レニエントはスラスター部分を大きく損傷し、動きを鈍らせているとか。

 

 その為、巨大な質量を考慮すれば、ターミナルが襲撃した位置から、そう遠くへ行けるとは思えない。艦隊による追撃を行っても、追いつく事は充分に可能と考えられた。

 

 更に砲門部分も損傷させたらしく、一時的に砲撃不能に陥っているらしい。襲撃を掛ける、まさに千載一遇のチャンスと言える。

 

 そして、その考えが正しかった事は、今まさに証明されつつあった。

 

 追撃を始めてから数日。進撃するオーブ艦隊の前方に、巨大なヒトデが姿を現したからだ。

 

 レニエントの周囲には、多数の小さな反応が取り巻いているのが見える。まだ距離がある為、光学映像では単なるデブリと見分けがつかないが、しかしそれが、護衛の戦力である事は言うまでもない。

 

 どうやらプラント軍の方でも事態を憂慮し、レニエント護衛の為に戦力を集中させたらしかった。

 

 しかし、この距離に入って尚、レニエントからの砲撃が無いところを見ると、肝心の砲門部分に修理も未だに終わっていないらしい。

 

「周囲の突起は、太陽光を集約、貯蔵する為のユニット・・・・・・そして中央のレンズで砲撃を放つわけだな」

 

 艦隊の指揮を取るユウキは、モニターに映ったレニエントの姿を見て、そのように評価した。

 

 出撃前に、レニエントについてのレクチャーは一通り受けていた。

 

 実に驚いた事だが、あのレニエントは、元々は兵器として建造されたわけではなかった。

 

 ラクスが健在だったころ、彼女はカーディナル戦役時の核攻撃で深刻なエネルギー不足に陥っていた北米大陸を救うべく、太陽光を集積し、地上へエネルギー供給を行うシステムの開発を命じていた。それがレニエントの前身である。

 

 しかしラクスが病床に倒れた事によって計画は一時頓挫。長らく工事が行われないまま放置されていたが、これを軍事転用する事を思いついたのがアンブレアス・グルックと言う訳だ。

 

 平和の為に作られた道具も、使用する者の考え一つで凄惨な兵器と化す。かつてのジェネシスも、本来は外宇宙航行用の推進システムとして開発されたにもかかわらず、後に兵器転用され、多くの悲劇を生み出したのだ。

 

 今のレニエントを、亡きラクスが見たら、果たしてどう思うであろうか?

 

 威力については説明するまでも無い。複数のニーベルングを破壊した事から考えても、想像を絶する威力に加えて、連射まで可能である事は間違いなかった。

 

 これまで存在が確認されてきた大量破壊兵器とは、明らかに一線を画する存在。ここで確実に仕留めないと、後日の禍根になる事は疑いなかった。

 

 ユウキは傍らの受話器を取り、格納庫を呼び出した。

 

「艦橋、ミナカミです。そちらの準備はどうですか?」

《おう、いつでも行けるぜ》

 

 頼もしい返事に、ユウキは頷きを返す。

 

 相手はムウだ。今回彼は、モビルスーツに乗って前線に立つ事になる。

 

 大したものだ、と、ユウキは称賛半分、呆れ半分にため息を吐く。

 

 もう50も過ぎていると言うのに、いまだにモビルスーツを乗りこなせるだけの体力があるムウには、ユウキも感嘆を禁じ得なかった。

 

 生涯現役、と言うべきだろう。彼のスタイルである「指揮官先頭」をあくまでも貫き通すつもりらしかった。

 

 ならば、ユウキの役割は、艦隊を指揮して彼の背中をしっかりと守る事だった。

 

「作戦開始!!」

 

 ユウキの鋭い声と共に、オーブ艦隊は動き始めた。

 

 

 

 

 

 格納庫からカタパルトデッキへと運ばれる機体の中で、ムウはそっと、手の中にある物を眺めた。

 

 それは中に写真を収める事ができるタイプの首飾り。

 

 中の写真には、愛しい家族の集合写真が収められていた。

 

 自分の傍らで椅子に腰かけているのは最愛の妻マリュー。そのマリューが膝の上に抱いているのは、まだ幼い頃のナナミ。

 

 そして、ムウが優しく肩に手を置いている少年は、今は亡き息子、ミシェルだ。

 

 遠い日に撮影した家族の肖像。

 

 今はもう、戻らない日々に想いを込めた一枚の絵。

 

 そっと蓋を閉じ、ムウは眦を上げる。

 

「見てろよ、ミシェル。戦いってのはこうやるもんだって、父ちゃんが教えてやるからな」

 

 呟くと同時に、カタパルトに灯が入った。

 

「ムウ・ラ・フラガ、ゼファー、出るぞ!!」

 

 鋭い叫びと共に、猛禽は飛び立つ。

 

 左右から大きな後退翼が張り出した戦闘機のような外見をした機体は、一見してモビルアーマーである事が分かるが、その左右上下に4つの大きな張り出しが見える。

 

 レニエント側でもオーブ艦隊の接近に気付いたのだろう。護衛の部隊が向かってくるのが見える。その数は、明らかにオーブ軍を凌駕している。

 

 しかしだからと言って、オーブ軍の誰1人として怯む者など居なかった。

 

 彼の兵器を破壊しない限り、自分達は前へと進めない。ならばそこに是非を論じる暇は無く、ただやるべき事をやるのみだった。

 

「全機、攻撃開始。俺に続け!!」

 

 歳を経て尚、意気盛んな鷹は、一啼きすると先陣切って突撃を開始する。

 

 接近するプラント軍。

 

 機体は、ハウンドドーガやザク、グフがメインとなっており、リバティや黒いハウンドドーガの姿は見当たらない。どうやらレニエントの護衛にはザフトが主体となって行っていたらしく、かなりの数の部隊が配置されているようだった。

 

 ムウは鋭い機動で機体を踊り込ませると、戦闘機形態から人型へと変形させる。

 

 同時に背部と下部に、合計で装備した4基のユニットが射出される。

 

 戦闘機形態では張り出しのような形をしている4基のデバイスユニットは、ドラグーンでもある。

 

 砲門2門を装備し、リフレクター展開装置を備えたドラグーンは、この機体のメイン装備でもある。

 

 ORB―07「ゼファー」

 

 オーブ伝統の可変機構を採用し、更にムウ専用機としてドラグーンの運用を前提とした設計を施されている。

 

 4基のドラグーンに備えられた合計8門の砲が一斉に発射されると、向かってくるザフト機2機が、コックピットやエンジンに直撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 向かってくる砲火をムウは、鋭くターンを決めて回避。同時に機体を振り向かせると、手にしたビームライフルを斉射して撃ち抜いた。

 

 ザフト軍の方でも、突出しているゼファーを格好の目標と認識したのだろう。一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 

 最低でも5機以上の機体が、ゼファーに攻撃を集中させてくる。

 

 しかし、ムウの鋭い双眸は、その攻撃が描く軌跡を、全て正確に読み取る。

 

 ムウは機体を戦闘機形態に変形させると、ドラグーンを引き戻して砲撃範囲から脱出させる。

 

 追いすがろうとするザフト軍だが、ゼファーの急激な機動を前に、追随する事ができないでいる。

 

 ムウはそれらの動きを見逃さない。

 

 再び人型に変形すると、ドラグーンを射出して攻撃展開する。

 

 そこへ、接近してくるザフトの機体。手にした武器からは、一斉に砲撃がゼファーへと向けられて放たれた。

 

 対してムウは、彼等の攻撃をドラグーンに備えられたリフレクターで防御すると、逆に機体に装備したビームライフルを浴びせて撃ち落していく。

 

 ある意味、ゼファーはムウの特性に合致した機体であると言える。

 

 元々ムウは、若い頃はモビルアーマー乗りとして慣らしており、更にはオールレンジ用武装の扱いにも長けている。

 

 それらの事を勘案すれば、このゼファーと言う機体をムウ以上に扱える者は存在しないだろう。

 

 ザフト軍の動きを巧みに牽制しつつ、鋭く反撃していくムウ。

 

 そしてムウがかき乱した敵の防衛網に、自由オーブ軍が突撃して更に傷口を広げる。

 

 少数であっても技量が高いオーブ軍を前に、ザフト軍も攻めあぐねている様子だ。

 

 しかし、それでもやはり、数は力だろう。

 

 ザフト軍はレニエントから次々と増援を送り出してくる。

 

 その圧倒的な物量差を利用して、自由オーブ軍を一気に叩き潰してしまおうと言う腹積もりのようだ。

 

 だが、

 

「そううまくは行かんよ。何しろ、こっちのカードは1枚じゃないんだからな」

 

 ムウはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 その言葉を証明するかのような光景が、最前線に展開されようとしていた。

 

 

 

 

 

 青い炎の翼が羽ばたくと同時に、巨大な剣が虚空を走る。

 

 複数の機体が同時に斬り飛ばされると、明らかな動揺が走る。

 

 ザフト軍増援部隊の前に立ちはだかった機体は、圧倒的な存在感と超絶的な機動力でもってザフト軍の動きに掣肘を加えようとしていた。

 

「お前等の相手は、俺がしてやる」

 

 断固たる決意と共に、シン・アスカは機体の手にある巨大な剣の切っ先を向ける。

 

 ORB-X42R「ギャラクシー」

 

 かつて。カーディナル戦役の頃にシンが愛機にしていたエルウィングを拡大発展させたものである。

 

 かつてのエルウィングはオリジナルであるデスティニー級機動兵器の設計をそのまま踏襲していたが、今度の機体は違う。オーブが開発したスパイラルデスティニーの設計をベースに、シンの特性に合わせた武装を施してある。

 

 メインの装備は今手に装備している対艦刀ドウジギリ。これはかつてのデスティニーが使っていたアロンダイト対艦刀をコピーし、材質にレアメタルを使う事で強度を飛躍的に上げた物である。そのような装備である為、数ある対艦刀の中でも特に重量級の武装になっていた。

 

 機動力の改修も徹底的に行われ、推進器兼視覚攪乱ユニットでもある背中の翼は、かつての1対2枚から2対4枚に増えている。それだけ高い機動力が見込まれている。

 

 かつてのエルウィングの、更に上を行く機体に仕上がっているが、並みの人間なら真っ直ぐ飛ばす事すら不可能なその超絶的な機動性と、最重量級の対艦刀装備も相まり、事実上「シン・アスカ以外には操縦不可能」とまで言われている。

 

 向かってくる砲火を、シンは高機動を発揮してすり抜けると、手にしたドウジギリを振り翳し、フルスイングの要領で横なぎにする。

 

 一閃

 

 それだけで、複数の機体が斬り飛ばされる。

 

 慌てたようにザフト軍は、ギャラクシーに砲撃を集中させようとする。

 

 しかしシンは、残像を残しつつその場を回避。再び剣を構えて斬り込んで行く。

 

 接近するギャラクシーに対し、1機のハウンドドーガは、シールドを掲げて防御しようとする。

 

 だが、

 

 シンは、接近すると同時に構わずドウジギリを振り下ろした。

 

 強烈な一撃。

 

 それだけだった。

 

 ただの一撃で、掲げたシールドは両断され、機体は叩き潰される。

 

 その攻撃力の前に、並みの防御は紙以下だと言う事だ。

 

 ギャラクシーの存在に圧倒され、ザフト軍は徐々に後退を始める。

 

 しかし、それを許すシンではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自由オーブ軍とザフト軍の戦闘は一進一退のまま推移しようとしていた。

 

 勢いの突破力を示して突き崩そうとするオーブ軍に対し、ザフト軍は数の力に任せてオーブの進行を阻もうとしてくる。

 

 一見するとオーブ軍が有利なようにも見えるが、ザフト軍が苦戦しつつも防衛線の大枠は確保し続けている。

 

 オーブ軍とて、シン、ムウの2大エースの存在があってこそ、初めて状況を拮抗できているようなものである。

 

 両軍ともに、最前線では膠着に近い状態が続いている。

 

 その間にレニエントの修理が完了し戦線離脱する事に成功できれば、ザフト軍の勝利だった。

 

「忌々しい限りだな」

 

 レニエントを預かる司令官は、苛立たしげに体を揺すりながら呟きをも漏らす。

 

 レニエントの特徴はジェネシス並みの砲撃力を誇る事もさりながら、自力航行が可能な点にもある。この点は先のカーディナル戦役の折、地球連合軍、そして武装組織エンドレスが用いたオラクルにも似ている。

 

 しかし先のコキュートス・コロニー砲撃の際、謎のモビルスーツの襲撃を受けて艦が損傷し、自力航行能力が低下し、更に太陽光を照射するレンズ部分も損傷してしまった事は痛かった。

 

 スラスターは現在、急ピッチで修理を進めているが、レンズ部分はどうにもならない。部品そのものを丸々交換する必要があるが、その直系だけで数10メートルもあるレンズを交換するのは容易な事ではない。当然、予備部品など存在しないので、一から作り直しと言う事になる。

 

 レンズさえ無事だったのなら、自由オーブ軍が襲撃を仕掛けてきた時点で返り討ちにできたかと思うと臍を噛みたくなる想いだった。

 

 更に、先の戦いで活躍した、カーギル以下、ディバインセイバーズ第1戦隊が不在である事も大きかった。彼等は議長特別命令に従い、襲撃を掛けてきたターミナル殲滅の為に、一時的にレニエントを離れていた。

 

 自由オーブ軍の襲撃は、正にその一瞬の間隙を突いてきたのだ。

 

 それ故に、苦しい戦いが続いていた。

 

 ともかく、これ以上その事に拘泥していても仕方がない。レニエントにできる事は、一刻も早くこの場を脱出する事のみだった。

 

「応急班より報告ッ 間もなくスラスターの修理が完了する見込みとの事!!」

 

 オペレーターからの報告に、司令官は安堵の溜息をもらす。

 

 これで良い。ここを離脱する事さえできれば、あとはどうとでも反撃はできる。

 

 そう考えた時だった。

 

「上方よりオーブ艦隊接近ッ 本艦に対して艦砲射撃を仕掛ける模様!!」

 

 悲鳴に近いオペレーターの言葉が響き渡る。

 

 その視線の先、

 

 モニターが映し出した映像の中では、

 

 オーブ艦隊が、レニエントに向けて砲門を開こうとしていた。

 

「馬鹿なッ いつの間に!?」

 

 呻き声を漏らす司令官。

 

 次いで、ハッと我に返って戦況を示すモニターに目を走らせた。

 

 現在、レニエントの防衛戦力は、二群に分かれて接近を図るオーブ軍に対応する為、レニエントから距離を開けた場所に布陣している。

 

 いわば、前後に分かれた戦線の中央で、レニエントは孤立しているに等しい状態だった。

 

 オーブ軍は、その間隙を突いてきたのだ。

 

 否、

 

 そうなるようにあらかじめ計算して、軍を動かしたのだ。

 

 ユウキはシンとムウに一軍ずつ預けて敵の防衛戦力を拡散させ、その間に自身は艦隊を率いて艦砲射撃が可能な位置まで艦隊を移動させたのである。

 

 そして今、レニエントはほぼ無防備に近い形でオーブ艦隊の前に姿をさらしていた。

 

「撃てッ」

 

 短いユウキの命令。

 

 同時に、オーブ艦隊から一斉砲撃が、ヒトデ型の大量破壊兵器目がけて放たれる。

 

 艦隊から放たれた無数の光の槍が、次々とレニエントに突き刺さって行く。

 

 それに対してレニエントは、あまりにも無力だった。

 

 各区画が破壊され、修理中のスラスターも引きちぎられる。

 

 炎が席巻し、あらゆる物を焼き尽くしていく。

 

 砲火は指令室にも及んだ。

 

 内部は一瞬で焼き尽くされ、司令官以下、全ての人間を飲み込んでしたっま。

 

 やがて、誘爆が始まる。

 

 集積したバッテリーエネルギーが暴走し、各所で爆発を起こしているのだ。

 

 爆炎はレニエントの装甲を引きちぎり、あっという間に呑み込んで行く。

 

 その炎はやがて巨大な構造体全てを包み込んで燃やし尽くしていく。

 

 かつては北米解放軍に大打撃を与え、北米紛争終結に大きく貢献した大量破壊兵器レニエント。

 

 太陽光を集積して時は立つ事ができる画期的な巨大兵器は、

 

 自らが太陽に逆らった事を罰せられるかのように、その身を炎に焼かれながら、漆黒の宇宙空間にゆっくりと消えて行った。

 

 

 

 

 

PHASE-11「太陽は虚空に堕ちる」      終わり




人物設定

アスラン・ザラ・アスハ
コーディネイター
40歳     男

備考
元ザフト軍、そしてオーブ軍に所属していた英雄。オーブ国防大学で教授職にあったが、カーペンタリア条約締結後、辞職。妻と共に自由オーブ軍に参加。かつての人脈と立場を駆使して、プラント内にいる反政府グループとの連絡、連携要員を勝って出る。





機体設定

ORB―07「ゼファー」

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
近接防御機関砲×2
複合兵装ドラグーン×4

パイロット:ムウ・ラ・フラガ

備考
自由オーブ軍が、ムウ専用機として開発した機体。戦闘機型のモビルアーマー形態への変形が可能で、高い機動力を誇るほか、ムウの18番であるオールレンジ攻撃に対応する為、新型のドラグーンを装備。これは1基に付き2門のビーム砲を備えるほか、リフレクター発生装置も完備している。正に、ムウ・ラ・フラガと言う人間の人生を象徴するような機体である。





ORB-X42R「ギャラクシー」

武装
ビームライフル×2
ウィングエッジビームブーメラン×2
ビームシールド×2
近接防御機関砲×2
ドウジギリ対艦刀×1

パイロット:シン・アスカ

備考
シン・アスカがかつて乗機としていたエルウィングの後継機。設計のベースにはスパイラルデスティニーの物が使われている。エルウィング以来のメイン装備となるドウジギリ対艦刀に加え、推進器兼攪乱装置である翼は2対4枚になった事で、高い機動力と戦闘力を獲得した。反面、「暴れ馬」と称して良いほど操縦性はきつくなり、並みのパイロットでは真っ直ぐ飛ばす事すらできない。事実上「シン・アスカ以外には操縦不可能」とまで言われている。設計、開発は彼の妻、リリア・アスカが行った。

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