機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-10「天岩戸」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事は急を要すると判断したグルックは、ただちに善後策に対する対応を検討すべく、自身のスタッフに招集を掛ける。

 

 コキュートス・コロニー陥落の一報が、アプリリウスワンのグルックの元へも届けられたのは、今から1時間前の話であるが、なんにせよ、事は急を要すると判断されたのだ。

 

 会議は最高評議会の幕僚達をも遠ざけられ、グルックの腹心とも言うべき、一部の関係者のみを集めて極秘に行われた。

 

 思想違反者や反逆者を収監する為に建設された収容コロニーの存在は、一般的には全く知られていない。故に公の場で議題に上げる訳にはいかないのだ。

 

 報告によれば、自由オーブ軍の襲撃を受けたコロニーは壊滅。駐留していた保安局は所長のリチャード・カーナボンを含めてほぼ全滅したとか。

 

 事前にもたらされた情報を基に、レニエントを照射し、収容されていた大半の囚人達を、コロニーごと葬る事ができたのは僥倖だった。

 

 しかし、攻撃の隙を突かれ、当のレニエントまでが、敵の攻撃を受けて大破したと言う報告まで上げられている。

 

 勝つには勝った。囚人解放と言う自由オーブ軍の戦略目標を阻止したのだから、プラント軍の勝利と考えて間違いはない。

 

 しかし、その代償は決して小さなものではなかった。

 

「何たる事だ!!」

 

 苛立ちも顕に、グルックは怒鳴り声を上げる。

 

 幸いにして収容コロニーの存在が一般には知られていない事もあり、これが即、グルックの失態へとつながる訳ではない。

 

 コロニーを破壊してしまった事は良い。元々、老朽化した旧世代型のコロニーを再利用していたのだから。更に言えば、収容コロニーはコキュートスだけではない。充分に代えが効く存在である。

 

 収監されていた囚人を一掃できたことに関しては、むしろプラスの面が強いと言える。どうせ、生かしておいても何の価値も無い連中なのだから。いっそ死んでくれた事で、処刑する手間も省けたと言える。

 

 守備に当たっていた保安局員たちの命が失われた事も、歯牙に掛ける必要は無い。彼等の尊い犠牲が、後の世界を作るのに大きな役割を果たす事になるのだから。更に言えば、彼等の遺族には充分な額の一時金が支払われる事になる。気にする要素は何一つとして無かった。

 

 後は彼等の犠牲を自由オーブ軍の攻撃によるものとして宣伝すれば、国内の世論を対外強硬路線強化へより一層邁進させる事ができるだろう。

 

 だが、それにはどうしても力がいる。それも、相手が逆らう気すら無くすような絶対的な力だ。

 

 そう言う意味で、レニエントの存在は大きかったのだ。

 

 太陽光を集積してエネルギー変換し、照射するレニエントの存在は、まさに「強いプラント」の存在としてこの上ない宣伝材料であり、敵対する全ての勢力を威嚇するのに必要不可欠な存在だった。

 

 だが、そのレニエントは敵の攻撃によって大破、砲撃不能状態に陥っていると言う。これでは抑止としての効果は完全に失われたと言って良いだろう。

 

 更にもう一つの懸念材料として、本来なら位置を知られるはずもない秘密コロニーの存在を敵に察知され、あまつさえ後方深く侵入された上で襲撃を受けた事は大きかった。

 

 これでは、こちらの情報が筒抜けになっている可能性すら否定できなかった。

 

「情報部は何をやっていたのかッ!? 我が軍の機密情報を、こうまで敵に筒抜けにさえるなど、怠慢を指摘されても仕方ない状況だぞ!!」

「はあ、その点に関しては、調査を進めない事には何とも・・・・・・・・・・・・」

 

 言い訳気味に発言した幕僚を、グルックが怒気の孕んだ視線で睨み付けると、その幕僚はすごすごと言った感じに下がって行った。

 

 グルックの逆鱗に触れる事は、失脚、最悪の場合、死にも直結する重大事である。迂闊な発言はできなかった。

 

「この事に関する情報管制はどうなっているか?」

「万全です。コロニー自体の存在が世間に知られていない事が功を奏しました。おかげでさほど労する事無く情報を制御できました」

 

 幕僚の言葉に、グルックは頷きを返した。

 

 情報が流出する前にストップできたのは幸いだった。

 

 現在グルックは、「プラントを中心とした地球圏統一構想」の実現の為、関係各方面に手回しを行っている最中である。そのような中で、公に存在しない収容コロニーの存在が世間に発覚し、尚且つ敵の攻撃を受けて陥落したなどと知られれば、支持率低下にもつながりかねない。

 

 グルックは最高議長就任以来、軍拡路線を推し進めてきている。そのグルックが作り上げたプラント軍が負けるなど、あってはならない事だった。

 

「ターミナルって知ってるかな?」

 

 それまで沈黙を守っていた声が突然聞こえ、一同は振り返る。

 

 見れば、ソファに腰掛けたPⅡが、何かの雑誌に目を落としながら、視線もむけずに話に加わってきた。

 

 その様子に、幾人かの幕僚が渋い顔をする。

 

 PⅡの外見から察せられる年齢は、せいぜい20そこそこと言ったところである。ただでさえ若い人間がプラントの最高意思決定機関に加わり、あまつさえ意見までする事には我慢ならないと思っている者も少なくない。おまけにPⅡは、常にピエロのような派手な格好を好んでしている。その事も不快感を呼ぶ一因となっているようだった。

 

 とは言え、それを面と向かって文句を言う者は誰もいない。PⅡはグルックのブレーンであり、彼が最も信頼する側近である。PⅡを愚弄する事は、そのままグルックを愚弄する事を意味する。と言うのは、この場にいる全員の、暗黙の了解と言って良かった。

 

 以前、その事を弁えずにPⅡに対して暴言を吐いた幕僚がいたが、その幕僚は、翌日には家族ごと存在を抹消され、今に至るまで行方知れずになっていた。

 

「ターミナル?」

「昔、ラクス・クラインが使っていた情報組織だよ。特にユニウス戦役の頃には活発に活動していて、彼女が政権を獲得するのに多大な貢献をしたって話。知らない?」

 

 ラクス・クラインの名が出た瞬間、グルックは明らかに苦い顔を作った。

 

 ラクス・クライン的な物を全て否定する形で政権運用を行っているグルックにとって、その名は正に忌み嫌うべき物であった。

 

「今回のオーブ軍の襲撃だけど、裏では、そのターミナルが動いてたって話だよ。どうも連中、あっちこっちにスパイを潜り込ませているみたいだから、案外、こっちの行動は筒抜けなのかもね」

 

 そう言って、PⅡは呑気のテーブルの上の菓子を無造作に掴んで頬張る。

 

 一方のグルックはと言えば、PⅡの言葉を受けて、湧き上がる不快感を押さえる事ができなかった。

 

 ラクスの意志を受けた組織が賢しらに動き回り、自分達の行く道を阻もうとしている。その事がグルックにとって苛立たしく思えるのだった。

 

 とは言え、スパイが紛れ込んでいるのは看過できない。下手をすれば、自分の隣にいる人間すら、そうではないと言いきれないのだ。

 

 蟻の一穴が堤防を崩す事も有り得る。このまま連中の跳梁を許せば、グルック政権の根幹を揺るがす事も考えられた。

 

 ここは、徹底的に掃滅する必要がある。

 

「・・・・・・PⅡ。クーランを呼び戻せ」

「良いけど、鼠狩りを彼にやらせる気?」

 

 クーランは現在、部隊を率いて月方面の治安維持に当たっている。先の自由オーブ軍によるアルザッヘル襲撃の影響で、月面パルチザンの活動が活発化しているからだ。

 

 そのクーランをわざわざ呼び戻す必要があるのか、PⅡには聊か疑問だったのだ。

 

「やるからには、連中を徹底的に炙り出す。ターミナル如き、根こそぎにしてくれる」

 

 息も荒く言い放つグルック。

 

 そんな彼を見て、PⅡは手にした雑誌越しに冷笑を浮かべる。

 

 いよいよ、獲物が自分の張った罠の中に落ち始めている。

 

 そうとは知らずに気を吐き続けるグルックの姿が、PⅡには何とも滑稽に映るのだった。

 

 そもそも、今回の戦いでレニエントを出撃させる必要があったのか? そこからしてPⅡは疑問を挟まざるを得ない。

 

 オーブ側の意図を阻む事が目的なら、何もわざわざ運用が難しい大量破壊兵器を出す必要は無い。複数の部隊を繰り出して包囲してやれば済む話だったのだ。

 

 だが、グルックは、大量破壊兵器を投入しての一挙殲滅と言う、ある意味で最も安易な道を選んだ。

 

 恐らく、維持に手間と費用が掛かるレニエントを敢えて使用する事で、その有用性を実証しておきたかったのだろうが、その結果がこの体たらくである。

 

 そんなPⅡを余所に、議論は次の段階へと移っていた。

 

「次に、東欧戦線における戦況ですが、地球連合軍が後方から増援を受けて戦力が倍増した為、苦しい戦いが続けられています」

 

 プラントにとってのメインの戦場は、宇宙で活動する自由オーブ軍よりも、むしろ東欧で対峙を続けている地球連合軍の方であろう。

 

 地上におけるザフトのほぼ全軍を戦線投入しているプラントに対し、地球連合軍は尚も後方に予備兵力を残した状態である為、油断はできなかった。それに比べれば、祖国を失ってバックボーンの低い自由オーブ軍如きは、多少暴れさせておいたところで、大した痛痒にはならないと考えられていた。

 

 東欧戦線は、今はまだ辛うじて維持できているが、これ以上地球軍が戦線を押し上げてきたら、支えきれなくなる可能性もある。

 

「月方面のザフト戦力を増援として派遣しろ。可能なら、本国防衛軍から戦力を抽出しても構わん」

「議長、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 グルックのその言葉には、流石に複数の幕僚が難色を示した。そのような事をしたら、流石に自由オーブ軍の跳梁をますます増大させてしまうのではないか、と言う懸念が上げられたのだ。

 

 だが、グルックは自分の意志をゆるがせる事無かった。

 

「他にも増援の当ては付けてある。諸君等は気にせず、自分の役割を全うしてほしい」

 

 自信たっぷりな言葉に、誰もが口を挟む事をやめる。

 

 グルックはこれまで、間違った戦略を実行した事は無い。それだけに彼の言葉には、絶対な信頼と安心感があった。

 

「ヤキンの準備を急がせろ。レニエントの修理が完了するまで、本国の守りを手薄にするわけにはいかんからな。月のパルチザンへの抑え込みは、現地の保安局に一任する」

 

 果たして、それでうまく行くかな?

 

 指示を飛ばすグルックの言葉を聞くとも無しに聞きながら、PⅡはそっと呟きを漏らす。

 

 現状を鑑みれば、そのような場当たり的な戦略だけで対応できるかどうか。

 

「ま、僕としては、これはこれでアリなんだけどね」

 

 誰にも聞かれないようにそう呟くと、PⅡは薄く笑みを浮かべた。

 

 それに、PⅡ自身が蒔いた種は、既に充分な成長を見せ、世界中に絡みつくように蔦を伸ばしている。勿論、その中には自由オーブ軍も含まれている。

 

 全てが自らの手の内。

 

 皆が皆、PⅡの吹き鳴らす笛の音に合わせて、踊る事しかできない哀れで滑稽な鼠達に過ぎないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマノイワトは、自由オーブ軍が宇宙に用意した拠点の一つである。

 

 天然の大型デブリの内部をくり抜いて建造された拠点であり、周囲から見た程度では、それが人工物であると看破する事は難しい。

 

 それでいて、内部には1個艦隊程度の収容能力があり、更には対空砲塔や陽電子リフレクターなどの防衛用設備が充実している。

 

 建造自体はカーペンタリア条約の締結以前から行われていたが、その存在は一般にも秘されていた為、引き渡しや放棄の対象にはならなかった。

 

 自由オーブ軍は、ここを秘密基地のような役割を担わせているのだ。

 

 コキュートスコロニーでの戦闘を終えた戦艦大和は、このアマノイワトに入港していた。

 

 とは言え勝利しての凱旋とは、お世辞にも言い難い状況である。

 

 本来なら救う筈だった囚人の大多数を失い、支援に出てくれたターミナルにも少なくない犠牲者が出た。

 

 その上で助けられた囚人の数は、予定していた量の1000分の1にも満たない。

 

 まさに、紛う事無き大敗だった。

 

 だが、それでも悲嘆にくれている暇はない。こうしている間にも、プラントはじわじわと世界中に支配の触手を伸ばそうとしているのだから。

 

 自由オーブ軍、そしてターミナルは、息吐く暇も無く、次の戦いに向けての準備に入っていた。

 

 現在、大和隊は艦と艦載機の整備に取り掛かり、来たる新たな戦いに備えている。

 

 そしてトール、ミリアリア、ニコルと言ったターミナルの構成員は、コキュートスで得たデータを手に、いったんここで別れた。

 

 この後、データを解析して、プラント軍の動静について更なる探索を進める事になっている。

 

 彼等の活動が自由オーブ軍の支えになる。強大な敵に対抗していくためにも、今後一層、強固な連携が必要になるだろう。

 

 

 

 

 

 リィスはみすぼらしい格好のアランを連れて食堂まで行き、そこでコーヒーを淹れて一息つかせた。

 

 香ばしい香りを放つコーヒーを一口すすると、ようやくアランは落ち着いたような表情を見せる。

 

 そんなアランの様子を、リィスは戸惑いに満ちた顔で眺めている。

 

 救出された囚人の中にアラン・グラディスの名があった時、リィスは殆ど半信半疑であった。

 

 元はプラントの議員だったアランが、あのコロニーに収容される理由は何も無いはず。何かの間違いだろう、と。

 

 しかし、目の前にいる青年は、紛う事無き、アラン・グラディス本人であった。

 

 アランとは、リィスが北米統一戦線との戦いで負傷し、戦線離脱して以来の再会となるが、だいぶ雰囲気が変わったように思える。以前はエリート官僚のような、良い意味でスマートさが目立つ雰囲気を持っていたアランだが、今は何だか、如何にもくたびれきった様子を見せていた。

 

 そこで、リィスは切り出した。

 

「いったいどういう事なのアラン? なぜ、あなたがあのコロニーにいたの?」

 

 囚人服を着ている事から、アランが収監されていたのは間違いない。しかし、かつては曲がりなりにもプラント政府の要人でもあったアランが、なぜ、あのようなコロニーに収監されていたのか、リィスには理解できなかった。

 

 対してアランは、コーヒーカップを両手で握り締め、フッと笑みを浮かべる。

 

「フロリダでの戦いの後、僕はトウゴウ艦長の計らいでプラントへ戻る事ができたんだ」

 

 そこでアランはプラント政府に戻り、オーブの潔白の証明とカーペンタリア条約の撤回の為に奔走した。

 

 その行動は、アランからすれば当然の事だった。長く共に行動し、彼はオーブに非が無い事を知っている。だからこそ、行き違いによる不幸を解消しようと試みたのだ。

 

 だが、誠意ある活動は悪意の報復によって返された。

 

 誰も、アランの言葉に耳を貸そうとしなかったのだ。

 

 既に議会はグルック派によって独占され、オーブを擁護するアランの存在は、ただ煙たがられるだけだった。

 

 それでもくじけずに活動を続けていたアランだったが、ある日突然、保安局が踏み込んで来て、問答無用でアランを逮捕した。そして一切の裁判の開廷を認められないまま、収容コロニー送りとなってしまったのだ。

 

 家族がどうなったのか、アランには分かっていない。

 

 無事である、と信じたいところではある。特に、母は歴戦の軍人であり、ザフトの訓練校の教官も務めたほどの人物だ。そんな母だからこそ、逆境で生き残る術には長けているはずである。

 

 だが、それに比べた時の己の無力さに、アランは嘆かずにはいられなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・僕は何もできなかった・・・・・・オーブが裏切者の汚名を着せられるのを阻止するのも、祖国の軍隊が君の国を滅ぼしに行くのを止める事さえ・・・・・・」

「アラン・・・・・・・・・・・・」

「僕は、あまりにも無力だったんだ」

 

 悔しそうに俯くアランに、リィスは掛ける言葉が見つからなかった。

 

 きっと、リィスが与り知らないところで、アランは必死に戦ってくれていたのだろう。

 

 だが、個人の力ではどうにも覆しようの無いうねりに飲み込まれ、そして沈んで行ってしまったのだ。

 

 リィスがアランを見た第一印象として、くたびれた感じがしたのは、その為だったのだ。恐らく、この2年間の徒労と長い収容所生活のせいで、アランは気力と体力をすり減らして行ってしまったのだ。

 

「教えてくれ、リィス・・・・・・僕の祖国は・・・・・・プラントはいつからこんな風になってしまったんだ? 自分達の利益ばかりを見て他人を踏み躙り、偽りの真実を昂然と世に発表する。そんな事がまかり通るのが当たり前になってしまったのは、いったいいつからなんだ?」

 

 今のアランは、抜け殻のような存在だ。祖国に裏切られ、名誉も誇りも奪われ、彼の中では何も残っていないのだ。

 

 そんなアランに対し、リィスは意を決するように顔を上げて話しかけた。

 

「アラン、私達に協力して」

「・・・・・・え?」

 

 力無く顔を上げるアランに、リィスは真っ直ぐに見据えて話しかける。

 

「私達は、戦力はたくさんあるけど、政治的な知識がある人は少ない。けど、あなたが協力してくれれば、きっと大きな力になる」

 

 2年前の戦いでオーブが敗れたのは、戦力的な劣勢故ではなく、政治力の低さにあったと思っている。もしあの時、誰か1人でもアンブレアス・グルックの目論見に気付けていたら、あの悲劇は回避できたはずだったのだ。

 

 今のままでは、自由オーブ軍は世間的に見て単なる海賊集団に過ぎない。

 

 これを正当な物として世界各国に認めさせるには、自分達に大義がある事を示す必要がある。そしてその為には政治的知識が必要不可欠だった。

 

 アランは失脚したとは言え、元々はプラントの議員だった。更に、プラント政府が行っている非道な政策を、文字通りその身で体感している。政治的な協力者として、彼ほどの適役は他にいなかった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・僕に、祖国を裏切れって言うのかい?」

「・・・・・・だめ、だよね。やっぱり」

 

 落胆した調子で、リィスは呟く。

 

 協力を持ちかけたのは、あくまでオーブ側の都合であり、それを強要する事はできない。

 

 いかに自分が裏切られたとは言え、プラントはアランにとって祖国である。そこには両親を始め、多くの家族、友人、知人が暮らしている。簡単に割り切る事などできないのだろう。

 

「ごめん、忘れて」

 

 自分達の都合があるとはいえ、アランに大切な物を捨てさせる事はできない。

 

 そう考えてリィスは、立ち上がりかける。

 

 アランはこの後、解放され、その後は厳重な保護を受ける事になる。そうなれば、彼の身は安全なはずだった。協力を得られなかったのは仕方がないが、それも諦めるしかないだろう。

 

 だが、

 

「・・・・・・待って」

 

 立ち上がりかけたリィスを、アランは引き止める。

 

 振り返ると、アランの瞳は真っ直ぐにリィスを見詰めていた。

 

 先程と同様、どこかくたびれたような印象がある瞳。

 

 しかし、それでいて、何かを決意したような強い輝きが、青年の双眸には宿りはじめているように、リィスには思えた。

 

 それは2年前、まだ出会った当時の気鋭に満ちた頃のアランに戻ったような、そんな雰囲気があった。

 

「判った。やろう」

 

 穏やかに、しかし力強い口調で、アランは言った。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 逡巡するように、リィスは言い募る。

 

 祖国を裏切るが如き行為に、アランを巻き込みたくはない。その想いが、リィスに掣肘を与える。

 

 しかし、そんなリィスの想いを受け止めた上で、アランは決断を下した。

 

「確かに、祖国を裏切るのは辛い。けど、プラントがこのまま非道の道を歩み続ける事を看過する事も出来ない。もし、プラントを元の状態に戻す事ができるのなら、僕は君達に協力する事も厭わないよ」

 

 強い決意と共に言い放つ。

 

 2年間、青年の中で燻り続けていた燈火が、今、風を受けて燃え上がろうとしているのが分かった。

 

「判った。じゃあ、これから宜しく」

「ああ、こちらこそ」

 

 そう言うと、リィスとアランは、2年前の別れ際と同様、互いの手をしっかりと握りあうのだった。

 

 

 

 

 

 ヒカルがエターナルフリーダムのコックピットから降りると、整備を担当してくれた女性が端末に目を通しているのが真っ先に飛び込んできた。

 

「こっち終わりました。詳細はまとめておきましたんで」

「ん、ありがとう。ご苦労様」

 

 先の戦いにおけるデータを纏めて、OS最適化を行う作業を終えたヒカルは、データをまとめた端末を女性に渡す。

 

 特に、初交戦となった対ディバイン・セイバーズ用の戦闘データは、今後の戦いに必ず役立つはずである。戦闘マニュアルの確立も含めて、報告書の作成は急がれたのだ。

 

 女性の名はリリア・アスカ。

 

 フリューゲル・ヴィント隊長シン・アスカ一佐の妻であり、自由オーブ軍の技術副主任を務めている。

 

 エターナルフリーダム開発を含めたエターナル計画にも携わっており、オーブを支えた数々の機体達は、彼女の頭脳から生み出されたと言っても過言ではない。

 

 ヒカルにとっても、両親の友人と言う事で、子供の頃から何度か顔を合わせた事があった。

 

「それで、どう? エターナルフリーダム、乗り始めて暫く経つけど、乗っていて気になる所とか無い?」

「そうですね・・・・・・・・・・・・」

 

 生みの親としては、やはり乗り手の感想が気になるのだろう。身を乗り出すようにして尋ねてくる。

 

 対して、ヒカルは少し考えてから答えた。

 

「今のところは特に。けど・・・・・・」

「けど?」

「今後また、強い敵と当たった場合、現状を維持したままじゃ対応が難しくなるかもしれません」

 

 ヒカルの言葉に、リリアはふむ、と考え込んだ。

 

 確かにプラントは、今やフリーダム級機動兵器を量産するほどの技術と資源を獲得している。それを考えれば、エターナルフリーダムの持つ性能的アドバンテージは、いつ覆されたとしてもおかしくはない。

 

 こちらも機体の強化を行い、常に敵よりも先に進むようにしておかなくてはいけないだろう。

 

「いっそ、ドラグーンでも積んでみる? 元々は、そういう計画もあったわけだし。今からでも難しい話じゃないよ?」

 

 リリアは自分の意見を披露する。

 

 エターナルフリーダムの火力を限界まで引き上げる案として、ドラグーン搭載は当初の計画の中に入っている。加えて、武装は全てアタッチメントで付け替えができる。ヒカルさえ望めば、ドラグーンを追加武装として用意する事もできるのだ。

 

 しかし、

 

「ドラグーン、ですか・・・・・・・・・・・・」

 

 リリアの提案に対して、ヒカルはあからさまに難色を示した。

 

 確かにドラグーンは強力な武装だろう。加えて近年、アサルトドラグーンの実戦投入によって、大気圏内であっても使用可能になった事もあり、その存在性は飛躍的に向上している。

 

 しかし、ヒカルはこれまで、ドラグーンの使用経験は殆ど無い。そこに来て、慣れない武装を使用する事へ懐疑を持ったとしても不思議ではなかった。

 

 暫く考えてから、ヒカルは顔を上げた。

 

「あの、じゃあ、こういうのは、どうですか?」

 

 ヒカルはそう言って、自分の考えを打ち明けてみた。

 

 これまでエターナルフリーダムに乗っていて、自分なりに気付いた点を総合してみれば、いくつか改善すべき点が出て来るのも事実だった。

 

 話を聞いてから、リリアは納得したように頷く。

 

「成程・・・・・・飛躍的な向上じゃなく、底上げに近い形な訳ね」

 

 リリアは少し、意外な面持ちになっていた。

 

 キラならこの場合、たぶん、ドラグーンの搭載を選択したであろう。その息子であるヒカルもまた、同じ選択をすると思っていたからだ。

 

 だが、キラはキラ、ヒカルはヒカルだ。何が何でも息子が父親と同じ選択をしなくてはいけないと言う法は無い。ヒカルの答えもまた、一つの決断として尊重すべきだろう。

 

「判った。そう時間はかからないと思うから、何とか準備してみるよ。ちょうど、うちのパパの機体も仕上がったばかりだから、すぐに取り掛かるよ」

「お願いします」

 

 リリアに頭を下げてから、ヒカルはもう一度、エターナルフリーダムを見上げる。

 

 これからますます、敵の勢いは激しい物となるだろう。今回の改装で、それらの敵に対して完全に対抗可能になる訳ではない。

 

 しかし、敵が強くなるなら、それに合わせて、こちらも強くなるだけの努力をしていかねばならなかった。

 

 

 

 

 

 アステルは、目の前に座っている壮年の男を見て、深々とため息を吐いた。

 

 意外な再会と言う意味では、こちらはより深刻であると言える。何しろ、既にお互いの事を死んだものと思っていたのだから。

 

「まさか、お前が生きていたとはな」

「生憎、しぶとい事だけが取り柄なんでな。それに、お互い様だろう」

 

 元北米統一戦線リーダー・クルト・カーマインは、そう言って不敵な笑みをかつての同志に向ける。

 

 解放されたコキュートス囚人の中に彼の名を見付けた時、流石のアステルも驚いた物である。

 

 こちらもオーブ軍に追われてアラスカを脱出して以来、2年ぶりの再会となった。

 

「あの後俺達は月に逃れたんだが、そこで保安局の襲撃を受けてな・・・・・・・・・・・・」

 

 支援を受けていたパルチザンは壊滅。クルトも重傷を負ってしまった。

 

 制圧作戦終了の後、辛うじて息のあったクルトはアジトを脱出したのだが、その後の一斉摘発の網に掛かり逮捕。収監されたと言う。

 

「お前こそ・・・・・・」

 

 言いながら、クルトは涼しい顔で立ち尽くしているアステルを見やる。

 

「今はオーブ軍かよ。昔の敵軍にいるとはな」

「色々あってな」

 

 そう言って肩を竦めるアステル。とてもではないが、ここに至るまでの道筋を、一言で語る事は流石に不可能だった。

 

「しかし・・・・・・北米統一戦線も、今や俺とお前だけになったか・・・・・・」

 

 アステルは少し、遠い目をしながら言う。

 

 かつては少数ながら北米を席巻した北米統一戦線の残党が、今や2人だけだと言う事実には、寂莫を感じずには入れれなかった。

 

 だが、

 

「いや」

 

 そんなアステルの言葉を否定するように、クルトは首を振った。

 

「イリアは生きている。それに・・・・・・恐らくレミリアも」

「・・・・・・・・・・・・何だと?」

 

 看過し得ない言葉を聞いて、思わず身じろぎするアステル。

 

 その時、入口の方で物音がしたので振り返ると、そこには呆然とした調子で立ち尽くしている少年の姿があった。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 アステルが呼びかけるも、ヒカルは呆然とした瞳をクルトへ向けている。

 

「誰だ?」

「仲間だ」

 

 そう言ってから、アステルは少しして付け加えた。

 

「・・・・・・《羽根付き》のパイロットだよ」

「成程な。随分な因果だ」

 

 クルトはため息交じりに呟きを漏らす。

 

 彼自身、ヒカルのセレスティとは何度も交戦した経験があり、旧JOSH-A跡の戦いにおいては、乗機を大破させられてもいる。

 

 しかしどうやら、2年も前の事を蒸し返す気は無いらしい。

 

 ヒカルはヒカルの立場で、クルトはクルトの立場で戦い、そしてヒカルが勝利した。そこに遺恨が無いと言えば嘘になるだろうが、しかし、それも今さらだった。

 

「そんな事より、どういう事だよッ レミリアが生きてるって!!」

 

 ヒカルは言いながら、クルトに詰め寄る。

 

 一方のクルトはと言えば、少し戸惑った様子でヒカルを見て、次いでアステルに視線を送った。

 

 オーブ軍の兵士であるヒカルが、レミリアの存在を知っている事に驚いているのだ。

 

 対してアステルも、頷きを返す。

 

「面倒くさいから説明は省くが、ヒカルはあいつの事を知っている。ついでに言うと、なぜか性別の事もな」

 

 レミリアが女である事を知っているのは、クルトとアステル、そして彼女の姉であるイリアのみの筈だった。

 

 だが、事実はヒカルも知っているのだ。あの第1次フロリダ会戦の後、一晩を共にした時から。

 

「・・・・・・・・・・・・連中が、イリア・・・・・・レミリアの姉を連れ去るのを見た」

 

 その時の光景を思い出し、クルトは遠い目をする。

 

 クルトは撃たれて朦朧とする意識の中、兵士達に拘束されて連れて行かれるイリアを、ただ見ている事しかできなかったのだ。

 

「連中がイリアを連れて行ったのは、レミリアに対する人質に使うためだと考えられる。連中はイリアを確保する事で、レミリアに首輪を付けようとしてるんだろ」

「そう言えば、イリアは昔からレミリアに対いて妙に執着を見せていたな」

 

 クルトの説明を聞き、アステルは鋭い視線を投げ掛ける。

 

「その理由、お前は知ってるんじゃないのか、クルト?」

 

 クルトはアステル同様、バニッシュ姉妹との縁が長い。更に、北米統一戦線を立ち上げた際、何も言わずにレミリア達を受け入れている。

 

 何も知らない筈が無い。と言うのがアステルの考えだった。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・今は・・・・・・いや、俺の口から、その事を話す事はできん」

 

 ややあって、クルトは絞り出すような苦しげな口調で言った。しかし、その口ぶりは事実上、「レミリアには何らかの秘密があり、クルト自身もそれを知っている」と白状しているような物である。

 

 しかし、当のクルトは、この件に関してそれ以上口を開く事は無かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界の彼方で上がった炎が爆発的に広がったと思った瞬間、それは一気に襲い掛かって来た。

 

 大気を焼きながら伸びてきた閃光を回避しながら、ザフト軍は突撃していく。

 

 眼下には、戦火で壊滅した街並みの様子が見える。

 

 かつてはモスクワと呼ばれていたこの街は、地球連合軍とプラント軍との戦いで壊滅し、今は人の住む事の無い、廃墟の群れと化している。

 

 その昔、ロシア文化の中心とも言われ栄えた街は瓦礫の中に埋もれ、今や見る影を残す事は無かった。

 

「来るぞッ 散開しつつ迎撃開始!!」

 

 部隊の先頭に立って機体を駆るジェイク・エルスマンは、叫ぶと同時に自ら率先して敵陣へと斬り込んで行く。

 

 たちまち、密度の高い攻撃に晒されるザフト軍。

 

 中には、直撃を浴びて吹き飛ばされる機体もあったが、大半は砲撃をすり抜けて斬り込む事に成功した。

 

「数だけいたってねえ!!」

 

 言いながらジェイクは、ハウンドドーガを巧みに操って敵の攻撃を回避。同時に右手の突撃銃でグロリアスを撃ち落とし、左手のトマホークでもう1機を切り飛ばした。

 

 だが、それでも尚、向かってくる敵の数は減る事を知らない。

 

 むしろ戦えば戦う程に、敵の数が増えている感すらあった。

 

 ディバイン・セイバーズ2個戦隊の介入によってプラント軍優位に傾くかと思われた東欧戦線だったが、ここに来て再び激化の一途をたどっている。

 

 モスクワを中心にした北部戦線に加えて、最近になって地球連合軍は黒海方面への進出も始めている。その為、ザフト軍はただでさえ劣勢の戦力を、更に分割する必要に迫られていた。

 

 地球軍の戦略は実に単純で、それでいて理に適ったものである。彼等は持ち前の大兵力を背景にして、わざと戦線を拡大させ、ザフト軍の戦線を飽和状態にしようとしているのだ。

 

 少数ザフト軍は、たとえ判っていても敵の戦略に乗って戦力を南に割かざるを得ない。黒海方面の敵を放置したら、オデッサやクリミアと言った重要拠点が地球軍の手に渡り、東欧のザフト軍は東と南から挟撃される事になる。

 

 更に黒海の南にはスエズ基地がある。現在はプラント軍の支配下に置かれている同基地だが、かつては地球軍所属の基地であり、インド洋と地中海を結ぶ重要拠点である。

 

 プラント側としては何としても、地球軍の南進を阻止したいところであった。

 

 現在、ディバイン・セイバーズをはじめとする部隊が黒海戦線を担当し地球軍と対峙している事で辛うじて戦線を維持しているが、その分、手薄になった北部戦線が苦戦を強いられている有様だった。

 

 ジェイク達が戦っているのも、その北方戦線である。

 

 敵の数は倍以上。

 

 正直、かなりきつい。ジェイク達がベテランでなければ、あっという間に戦線は崩壊していただろう。

 

「クソッ こんな事だからッ」

 

 ジェイクの悪態は政府上層部。分けてもアンブレアス・グルックと、その取り巻きに向けられている。

 

 軍備拡張を推し進める一方、何かと理由を付けてクライン派の粛清を推し進めるグルック派は、いわば、その行動そのものが矛盾の塊であると言って良い。

 

 おかげでジェイク達は、強大化する敵を相手に苦戦を強いられている。

 

 結局のところ、プラント上層部は目先の事しか見えていないのではないだろうか?

 

 そんな考えが、ジェイクの脳裏に浮かぶ。

 

 軍備拡張、クライン派の粛清、治安維持、精鋭部隊の設立。

 

 それらは確かに必要な事なのかもしれない。だが、その先何を目指すのか、頭の中に描いている人間が、政府上層部の中に果たしてどれだけいるだろう?

 

 そんな事を考えている時だった。

 

 向かってくる地球軍の部隊が、砲撃を浴びて次々と吹き飛ばされていく。

 

 その様に、ジェイクはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 どうやら、ノルト率いる支援部隊が砲撃を開始したらしい。これで、いくらか楽になるかもしれない。

 

 そう息を吐きかけた。

 

 その時だった。

 

《敵機ッ 急速接近ッ!! ウワァァァァァァ!?》

 

 突然の悲鳴が、スピーカーから聞こえてきた。

 

 ハッとして振り返る。

 

 そこには、黒煙を背に飛翔してくる3機の機動兵器の姿があった。

 

「地球軍の新型か!?」

 

 舌打ちしながら、ジェイクは機体を回頭させる。

 

 この段階になって敵が新型機を戦線投入してくるのは、完全に予想の範囲外だった。下手をすれば、完全に戦線は崩壊しかねない。

 

 3機とも地球軍の機体らしく、シャープなシルエットをしている。

 

 1機は砲戦仕様らしく、大型の大砲を多数装備、その横を並走する機体は対艦刀2本を背部に装備している。

 

 最後の1機は、機体各所に多数の突き出しをしている。どうやらあれは、ドラグーン装備であるらしい。

 

 直ちに迎撃しようとして、陣形を組み替えるザフト軍。

 

 だが、新手の3機は、その砲火をものともせずに掻い潜って迫る。

 

 砲戦用の機体が一斉に砲門を開き、複数のハウンドドーガを一撃で吹き飛ばす。

 

 かと思えば、接近戦用の機体が対艦刀を抜き放ち、向かってくるザフト機を切り飛ばしている。

 

 最後の1機はドラグーンを一斉に射出すると、ザフト軍を包囲するように展開、一斉攻撃を仕掛けてくる。

 

 その圧倒的な戦闘力を前に、ザフト軍の戦線は次々と崩壊の憂き目にあう。

 

「このッ これ以上はやらせるかよ!!」

 

 味方の損害にたまりかねたジェイクが、ハウンドドーガを駆って斬り込んで行く。

 

 対して、迎え撃つように接近戦型の機体が、対艦刀を構えて向かってくる。

 

 相手は新型の、しかも特機。量産型のハウンドドーガでは、聊か分が悪い。

 

 だが、ジェイクは味方の窮地を救うべく、構う事無く斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 コキュートスから救出した囚人の中に、世界的にも有名なキャンベル母娘が知れ渡った事で、アマノイワト内は、ちょっとしたお祭り騒ぎの場と化していた。

 

 何しろ《女帝》とまで言われるプラントのトップシンガーと、その娘で現在売り出し中のアイドル歌手である。その威名はオーブにまで轟いてきている。

 

 クルー達がサインを貰おうと、長蛇の列を作るのも無理からぬことだった。

 

 とは言え、それほどのVIPを保護して何も手を打たないと言う訳にはいかない。

 

 取りあえず、直接的な保護に当たった艦長のシュウジが、ナナミを伴って面会する事となった。

 

「この度は、危ない所を娘共々助けていただき、本当にありがとうございました」

 

 そうミーアが言うと、キャンベル母娘は揃って頭を下げた。

 

 彼女達がどのような経緯で保安局から目を付けられたのかは不明だが、とにかく災難であったことは確かである。

 

「特に、娘は本当に危うい所を助けていただいて・・・・・・・・・・・・」

 

 ミーアは、ヘルガの方をちらっと見ながら言う。

 

 聞く所によれば、ヘルガは収容所の所長に凌辱されそうになった所を救出されたらしい。まさに間一髪だった。

 

「それで、これから、どうされるのつもりなんですか?」

 

 口を挟むような形で、ナナミは2人の今後の事を尋ねてみる。

 

 それに対して答えたのは、ミーアでは無くヘルガの方だった。

 

「もちろん、プラントに帰るわ。あたしの仕事の予定はたくさん詰まっているし、何より、あたしのファンはあたしが帰ってくるのを待っている。帰って、あたしの無事を彼等に伝えないと」

 

 強気で言うヘルガ。

 

 成程、確かに一理ある話ではある。と言うより、アイドルとしての彼女の立場を考えれば、それが最善である事は間違いない。

 

 ただし、それはあくまでも何の問題も無く、全ての事が運んだ場合の話である。

 

「残念ですが、それは無理でしょう」

 

 殊更に素っ気ない口調で、シュウジはヘルガの言葉を否定した。

 

 対して、少女が激昂するまで一瞬の間も必要とはしなかった。

 

「何でよッ!?」

「ヘルガ」

 

 立ち上がって、今にも掴み掛りそうな勢いの娘を、ミーアは慌てて制する。

 

 ヘルガと違いミーアには、どうやらシュウジが言わんとしている事が理解できているようだ。

 

 対してシュウジは、務めて冷静な口調で続けた。

 

「あなた方母娘は、プラントからお尋ね者として逮捕され収監された。そこに来て、渦中の人物が戻って来たとなれば、プラント当局も黙ってはいないでしょう。間違いなく、保安局によって再逮捕され、今度は恐らく、命を奪われる事になります」

「だから、それは誤解だって・・・・・・」

「相手は、そうは思ってくれないでしょう」

 

 激昂するヘルガの言葉に、シュウジは強引に言葉を重ねて伝えた。

 

 プラントの暗部とも言うべき、収容コロニーの存在を知ってしまったヘルガを、保安局は生かしてはおかないだろう。故に彼等がヘルガの生存を知れば、必ずや抹殺に動くはず。

 

「そんな事・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、口を閉ざすヘルガ。彼女にも、シュウジの言葉が正鵠を射ているのが理解できたのだろう。

 

 それを受けて、ナナミが慰めるように口を開いた。

 

「いずれ必ず、あなた方が大手を振ってプラントに帰れる日が来ます。て言うか、あたし達が必ず、それを実現して見せます。どうか、それを信じて、今は耐えてください」

 

 そう言って、頭を下げるナナミ。

 

 その姿に、ヘルガも最早、何も言う事ができなかった。

 

 ちょうどその時だった。

 

 部屋に備え付けられたインターホンが鳴り、基地内での通信回線が開かれる。

 

「どうした?」

 

 シュウジが出ると、相手は大和のオペレーターからだった。

 

《艦長、たった今、艦隊司令部から通信が入りました》

 

 どこか勢い込んだようなオペレーターの報告に、シュウジは僅かに目を細める。どうにも、何か動きがあったように思えたのだ。

 

 そして、その予感は間違いではなかった。

 

《ターミナルからの連絡で、敵の大量破壊兵器の位置が判明したとの事です!! 現在、ムウ・ラ・フラガ大将指揮下の艦隊が、攻撃に向かっているとの事です!!》

 

 絶望の中に今、僅かに希望が差し込んだような気がした。

 

 

 

 

 

PHASE-10「天岩戸」      終わり

 


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