機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
何が起きたのか、それをとっさに認識できた者は、1人もいなかった。
視界の中で強烈に瞬いた閃光。
質量を伴っていると錯覚するほどの光の束が出現したと思った瞬間、その光は一瞬にして、コキュートス・コロニーの外壁に巨大な穴を穿った。
爆炎が踊り、建材がデブリとなって撒き散らされる。
この老朽化しつつある収容コロニーが、タダの一撃で致命傷を負った事は、火を見るよりも明らかだった。
「緊急退避!! コロニーから離れろ、急げ!!」
大和をコロニーに横付けして囚人収容作業に当たっていたシュウジが、切羽詰まった調子で叫びを上げる。
今だ収容作業は殆ど完了していないが、それを気にしている余裕は無かった。
「い、今のは!?」
舵輪を慌てて回しながら、ナナミが呆然として呟く。
ゆっくりとコロニーから艦を離す大和。
一方で、光の直撃を受けたコキュートスは、各所で火災を起こし、徐々に構造体が崩れ始めている。
深刻なダメージを負った事は間違いない。このまま連鎖的に崩壊を起こす可能性すらあった。
「艦長ッ 今のって、2年前の!!」
ナナミの言葉に、シュウジは苦い表情のまま頷く。
この中にいる誰もが今の光景を見て、2年前のフロリダでの戦いを思い出さずにはいられなかった。
あの、北米解放軍の下で猛威を振るい、一度は共和連合軍を壊滅の淵まで追い込んだニーベルング砲台。
そのニーベルングを、一瞬で壊滅させたプラント軍が保有する、正体不明の大量破壊兵器が再び姿を現したのだ。
「艦長ッ 輸送船が!!」
リザの悲痛な叫びに顔を上げてみると、ターミナルが派遣した輸送船がクルーや収容した囚人ごと爆炎に飲み込まれようとしているのが見えた。
どうする事も出来ない。
ようやく助かった囚人達も、ターミナルの協力者たちも、見殺しにするしかない。
そして、それはコロニーの中にいる者達もである。急速に崩壊するコロニーに、今から艦を着けるのは危険すぎる。こちらも、見殺しにする以外に道は無かった。
自分達は、あまりにも無力だった。
「味方ごと撃つなんて・・・・・・そんな・・・・・・」
ようやく大和を安全圏まで退避させたナナミが、呆然とした調子で呟きを漏らす。
あのコロニーにいたのは囚人だけではない。まだ多くのプラント関係者もいた筈。それを躊躇いなく撃つ事に憤りと戦慄を感じているのだ。
必要とあれば味方も撃つ事も躊躇わない。
自分達が戦っている相手はそう言う存在なのだと言う事を、改めて実感させられていた。
「・・・・・・・・・・・・ヒビキ三尉達に打電しろ」
諦念を滲ませた声でシュウジが命じる。
「現時刻を持って本作戦を放棄、撤退する。モビルスーツ隊はただちに帰還せよ」
それは、事実上の敗北宣言である。
しかし、囚人収容が困難となった以上、現宙域に留まる事はあまりにも危険である。敵の攻撃の第二波が来る前に離脱する必要があった。
帰還、撤退命令は、前線にいるヒカル達にもすぐに伝えられた。
ヒカルもまた、コロニーを貫く閃光を目撃している。その直後から、コロニー構造体は脆く崩れ始めているのも判っていた。
まかり間違えば、ヒカルもまた、あの攻撃に巻き込まれていたかもしれないと考えると、想像も及ばないような恐怖感が湧き上がってくる。
ともかく、これ以上の交戦が不可能な事はヒカルにも承知できている。大和が健在なら、どうにか離脱を急ぎたいところである。
しかし現実問題として、すぐに離脱する事は2つの事情から難しかった。
一つは、崩壊したコロニーの破片が大量のデブリと化して漂い始めており、そのせいで大和までの帰還ルートが塞がれてしまっている事。
そしてもう一つは、そのような状況になって尚、クーヤのリバティが執拗な攻撃を仕掛けてきているからだ。
放たれるビームキャノンによる攻撃を、デブリを利用して回避するヒカル。
リバティから放たれた砲撃は、エターナルフリーダムを直撃する事無く、デブリの表面を抉るにとどまる。
それを見たヒカルは、飛び出すと同時にビームライフルで牽制の射撃を行い、そのまま離脱しようとする。
が、
「逃がすかァ!!」
飛んでくるデブリを避け、背後から急迫するクーヤ。
対して、苛立たしげに舌打ちするヒカル。
「しつこいぞッ!!」
叫びながらヒカルは、リバティが放つビームライフルの攻撃をシールドで防御すると、そのまま離脱を続行しようとする。
しかしすぐに、エターナルフリーダムの進路上に巨大なデブリが現れ塞がれてしまう。
この状況下では、真っ直ぐ飛行する事すら難しい。
やむなく、別のルートを探して動きを止めるヒカル。
そこへリバティが斬り込んでくる。
「貰った!!」
ビームサーベルを振り翳すクーヤ。
だが、振り翳した剣閃は、一瞬早くヒカルが飛びのいたため、その背後にあったデブリを斬り裂くにとどまる。
その間にヒカルはリバティの上方に占位、腰部のレールガンを放つ。
砲弾はリバティの胸部を直撃、衝撃がクーヤを襲う。
「クッ!?」
砲弾直撃のショックで動きを止められるクーヤ。
その隙にヒカルは、再びスラスターを吹かして離脱しようとする。
だが、そこへ強烈な砲撃が吹き荒れ、エターナルフリーダムの進路を遮った。
「ッ!?」
見れば、カレンのリバティが、全砲門を開いて砲撃を仕掛けてきている。どうやら、ヒカルとクーヤが交戦している隙に追いついてきたらしい。
更に、一旦は引き離しかけたクーヤも、体勢を立て直して追いかけてくる。
「まずいな、こいつは・・・・・・・・・・・・」
デブリが多すぎて、エターナルフリーダム自慢の超機動も発揮しづらい状況である。包囲されれば厄介だった。
ビームサーベルを振り翳して、クーヤ機が斬り込んでくる。
対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜き放つ。
激突するヒカルとクーヤ。
互いの剣をシールドで弾き、火花を散らしながら離れる両者。
すぐさまヒカルはビームライフルを構えるが、そこへカレンから援護射撃が入り、ヒカルの行動を封殺する。
舌打ちしながら後退するヒカル。
接近しようとするカレン機をバラエーナで牽制しながら、間合いを取り直す。
しかし、焦慮は確実に、ヒカルの足首に絡みつこうとしている。
デブリのせいで最大の武器である機動性を殺されているに等しいエターナルフリーダムだが、同時にそのデブリが遮蔽物になってくれているおかげで、今のところエース2人を相手に戦闘力を維持できている。
だが、既に撤退の信号はヒカルの元にも届いている。どうにか、この2機を振り払って大和へ戻らねばならない。
「どうすっかな・・・・・・」
追い詰めるように砲撃してくるクーヤ機の攻撃を、デブリの陰に隠れて回避しながらヒカルは呟く。
とにかく今は、相手の攻撃を回避しながら、状況が変化するのを待つ以外に無かった。
2
宇宙に浮かぶ巨大なヒトデ、とでも形容すべきだろうか?
全長だけで1500メートルにも達する巨大な星形をした構造体は、数分前に中央付近の巨大レンズから放った閃光の余韻を残しながらも、次の攻撃に向けて準備を始めていた。
光波収束照射衛星「レニエント」
プラントが保有する、大量破壊兵器である。
その形はちょうど絵に描かれた星のような形をしている。中央のユニットから五方向に突き出した巨大な突起は太陽光を集約する為の物であり、そうして貯め込んだ太陽光をエネルギーに変換し、中央ユニットに集積する事ができる。
そして中央部分には直径300メートルにも及ぶ巨大なレンズがはめ込まれている。これが砲の役割を果たし、集積した太陽エネルギーを照射するのだ。
太陽エネルギーは複数の大容量バッテリーにため込んでおく事ができ、それによって連射も可能となっている。勿論、連射回数に応じて、必要な充電時間も異なるが。
しかし、太陽エネルギーは文字通り無限である。つまりレニエントは事実上、半永久的に稼働する事ができる訳である。
現在、レニエントは、特別命令を受けて収容コロニーに対する砲撃を行っている。
座標データを基に行った第1射は見事に命中を確認。その精度の高さを見せ付けていた。
「続けて、第2射用意だ」
指示を飛ばす司令官は、口元に薄い笑みを浮かべて命じた。
「味方ごと撃つ、か。議長もむごい事をする」
司令官の背後に立った人物は、低い声でそう告げた。
がっしりとした体付きの、長身な人物である。
巌の如き容貌を持つこの人物は、名をカーギル・ウィロッグと言う。
プラント議長特別親衛隊の中で第1戦隊長を務めており、見た目は強靭さ鋭さを印象としている。
精鋭ぞろいのディバイン・セイバーズの中にあって、第1戦隊の隊長を任されると言う事は即ち、カーギルは現プラント軍の中にあって最強の実力者である事を意味している。
同時に議長に対する忠誠心も、最高の物を求められる。また、第1戦隊は他戦隊との合同作戦の際、統一指揮を任される事にもなる為、戦隊長は部隊統率の能力も求められる。
まさに心技体、全てにおいて最高レベルの者だけが、最高の栄誉を得る事ができる訳である。
アンブレアス・グルックは最重要兵器を守る為に、自身の子飼いの部隊の中で、最も信頼できる人物を差し向けた訳だ。
そんなカーギルの物言いに関して、司令官は事も無げに肩を竦める。
「元々、あのコロニーにいたのは薄汚い囚人どもと、大して物の役にも立たん二線級の奴等ばかりだ。この際だから、敵と一緒に葬り去った方が得策であると、議長も判断されたのだろう」
あのコロニーが存在する事は、プラント軍、ひいてはアンブレアス・グルック政権にとって都合の悪い。ましたか、その情報が自由オーブ軍の手に渡りでもしたら致命傷になりかねない。
だからこそグルックは、あえて秘密兵器であるレニエントを用いてまで破壊してしまおうと画策したのだ。
一応、偶然にも居合わせた第4戦隊にはレーザー電文で照射の事を伝えてある。彼等なら、その前に退避するなりの対策を講じるだろう。
後は、証拠も残らない程にコロニーを破壊してしまえば作戦は完了である。
対して、カーギルは何も告げずに、視線を元へ戻した。
カーギル自身、司令官の意見に異を唱える心算は無い。
議長の方針に異を唱えるような者など、いくら死んだところで心を痛ませる必要は皆無以下である。
また、常駐していた部隊も同様だ。者の役に立たないような連中ならせめて、標的を引き付ける囮となって果てた方が、よほど為になると言う物。彼等も、自分達が議長の作る世界の礎となれるのなら、喜んで命を差し出す事だろう。
その時、待っていた報告が上げられてきた。
「司令、第二射準備、完了しました」
オペレーターからの報告に、司令官は笑みを浮かべながら頷きを返す。
「よし、直ちに照射開始。奴らを根絶やしにしろ!!」
これで終わりだ。
司令官が愉悦に浸る中、レンズ部分に集光されていく。
太陽エネルギーを収集して爆発的に得た電力を一気に開放し、比類無い破壊力を実現した照射システムは、ジェネシスやレクイエムと言った、かつて存在した大量兵器群と比べても遜色無い存在感を持っている。
収束したエネルギーがレンズから溢れ、周囲には太陽がもう一つ現れたような光が齎される。
「エネルギー臨界!!」
「目標、座標軸固定確認。誤差、0.000001パーセント未満!!」
「最終安全装置、解除確認!!」
「照射準備完了!!」
報告を受け、カーギルは立ち上がると、腕を大きく振り上げる。
「よし、撃て!!」
振り下ろされる腕。
光は一気に強まり、
そして次の瞬間、
突如、飛来した閃光がレンズ部分を直撃した。
激震
次いで溢れる閃光が炎となりて、レニエント自身を炎に包む。
意気揚々と指示を飛ばした司令官も、思わずその場で転倒し、床へと倒れ込む。
ただ、カーギルの方は両足を踏ん張り、倒れる事を頑なに拒んでいたが。
「な、何事だ!?」
自失からいち早く立ち直ったカーギルは、叫ぶようにして報告を求める。
レニエントの護衛についてから、このような事は今まで一度も無かった。いったい何が起きたと言うのか?
程無く、状況を把握したオペレーターが振り返って報告してきた。
「中央ブロック大破!! エネルギーが暴発した模様ですッ 現在、消火作業中!!」
愕然とする報告に、カーギルは思わず目を剥く。
暴発、と言う言葉が、すぐに頭に浮かんだ。
いったい整備員達は何をしていたのか!? この大事な作戦中に深刻な事故を起こすなど!!
だが、すぐにそうではない事が判明した。
「マーク10チャーリーに未確認のモビルスーツを確認ッ 数は1!!」
「何だと!?」
「光学映像、出ます!!」
モニターに映し出される映像。
そこには、異様な姿をした機体が、長大なライフルを構えている姿があった。
頭頂部からすっぽりと覆う外套のような布のせいで、シルエットは殆ど覆い隠されている。その為、どこの所属の機体なのか判然としなかった。
しかし状況から考えて、あの機体がレニエントに攻撃を仕掛けて来た事は間違いなかった。
「馬鹿な・・・・・・たった1機で強襲を掛けてきたと言うのか? このレニエントに?」
呆然とした呟きが、カーギルの耳に聞こえてきた。
世界最大の兵器を相手に、単機で強襲を掛けてくる馬鹿がいるなど、いったい誰が予測できるであろう?
だが、その馬鹿のおかげで、現実にレニエントは深刻な被害を受けてしまったのも事実である。
「再度の照射は可能か!?」
「ダメですッ レンズ部分を完全喪失!! 照射不能!!」
その報告に、カーギルは唇が切れる程に噛みしめる。
まさか、予期し得なかったたった1機のモビルスーツの強襲で、レニエントを傷付けられるとは思っても見なかった。
特に、レンズ部分を失ったのは痛い。レニエントのレンズは巨大で、更に大出力のエネルギーを照射する為に特殊な材質を加工して作られている。簡単に変えが効く物ではない。修理しようにも、部品の調達から始める必要がある為、恐らく一年近くはかかるだろう。
それだけの被害をもたらしたのが、たった1機のモビルスーツであると言う事実が、カーギルに否応なく屈辱を与える。自分が付いていながら、このような事態に陥った事が許せなかった。
だが、事態はまだ終わりではなかった。
「敵機、来ます!!」
オペレーターの報告と同時に、モニターの中のモビルスーツが動く。
背部に白い炎の翼を広げ、一気に距離を詰めてくる。更なる追撃を掛ける心算なのだ。
その様に、カーギルは憎しみを込めた視線を向ける。
「これだけの事をしでかしたのだ。ただでは帰さんぞ・・・・・・」
立ち上がり命じる。
「全モビルスーツ隊は直ちに発進ッ 奴を撃ち落とせ!!」
果たしてこの状況を僥倖と捉えるべきか、あるいは悔悟を持って当たるべきか。
機体を操りながら、青年は自身の内にある感情をどちらの方向に振り分けるべきかで悩んでいた。
「取りあえず、最適のタイミングで仕掛けられた事を喜ぶべきか、それとも1射目に間に合わなかった事を嘆くべきか。どっちだろう?」
視界の彼方では、激しく損傷して炎を上げているレニエントの巨大な姿がある。
エネルギー充填を終え、臨界に達したところに攻撃を仕掛けた為、フィードバックしたエネルギーが誘爆を起こしたのだ。その為、当初考えていたよりも多大なダメージを与える事に成功したのだが、できれば第1射が照射される前に攻撃を仕掛けたかった、と言うのが本音である。
「『聖剣』が使えればもう少し楽だったのですが、言っても始まらない事です」
後席に座った少女が、淡々とした調子で答える。
言葉から感情の起伏を読み取るのは難しいが、悔しさを感じているのは少女の方も同様である。何しろ、レニエントの光が走った先には、2人にとって大切な者達がいたのだから。
彼等が無事かどうかわからない。
だが今は、無事であると信じて戦うしかなかった。
向かう先から、多数の反応が接近してくるのをセンサーが感知する。レニエントが迎撃の為に、モビルスーツ隊を発進させたのだ。
「嘆くのはお互い、明日の事にしておこう。今は・・・・・・」
「ええ、勿論そのつもりです」
青年の言葉の先を聞かず、少女は頷きを返す。
元より、望むところ。戦火をより確実な物とする為には、再度の攻撃が必要だった。
モビルスーツ1機で、あの巨大兵器を撃沈できるとは流石に思っていない。しかし、最低限の勝利条件として、行動不能くらいにはする必要がある。
もし航行不能にまで追い込む事ができれば上出来。あとは味方、たとえば自由オーブ軍などに任せる事もできる。
青年はモビルスーツを駆って加速する。
ロングライフルモードにしておいたライフルの連結を解除、両手持ちに変化させると、向かってくる敵に対して速射で撃ち放つ。
狙うのは手足、武装、メインカメラ。
エンジンやコックピットは極力狙わない。
それが2人にとって、戦うためのルールでもある。
だが、それで充分だった。
たちまち、直撃を受けて戦闘力を失う機体が続出する。
武装や手足を失った機体は、たとえパイロットが無事でも、最早物の数にはならない。
青年は更に、翼部のカバー部分にマウントしてあるアサルトドラグーンを射出して布陣、同時に両手のビームライフルと、腰部のレールガンを展開した。
背中から噴出する炎の翼は、純白から目が覚めるような蒼へと変化する。
解き放たれる24連装フルバースト。
照準は精緻にして、攻撃は激烈。
ザクが、グフが、ゲルググが、ハウンドドーガが、次々と直撃を受け、戦闘力を奪われていく。
最新鋭のスパイラルデスティニーには火力で及ばないが、それでも並みの量産機では到底実現し得ない光景を前にしては、如何なる抵抗も無意味と成り果てる。
プラント軍の前衛部隊は、ものの数分で全ての機体が戦闘力を失ってしまう。
たった1機のモビルスーツが齎す、それは悪夢と評して良かった。
だが、プラント軍は尚も、かなりの数の戦力を有している。
レニエントのハッチからは、次々とモビルスーツが吐き出されてくる。どうやらレニエント側は、ほぼ全力を投入して迎撃行動に出ているらしい。それほどまでに、相手は油断ならないと言う訳だ。
モビルスーツを、全方位から絡め取ろうとするプラント軍。
対して次の瞬間、
モビルスーツの背にある炎の翼は、蒼から今度は、迸るような深紅へと変化した。
同時に動く。
集中される砲火。
しかし、当たらない。
織りなす虚像が、全ての放火に空を突かせる。
デスティニー級機動兵器の特性である残像分身システムを発揮した機体は、あらゆる攻撃をすり抜けながら背中に装備した2本の対艦刀を抜刀。斬り込みを掛ける。
駆け抜ける一瞬。
2本の対艦刀が虚空に斬線を刻んだ瞬間、手足頭部を斬り飛ばされる機体が続出する。
幾重にも張り巡らせた防衛ラインは何の役にも立たない。
大軍であっても、まるで紙の兵隊であるかのように薙ぎ払われていく。
そのまま一気にレニエントまで斬り込むか?
そう思った次の瞬間。
「接近を感知、上」
落ち着いた声で警告を鳴らす。
とっさに振り仰ぐ先では、白い8枚の翼を広げた深紅の機体が真っ直ぐに向かってくるのが見えた。
「フリーダム・・・・・・いや、リバティとかいう奴か・・・・・・」
プラント軍が量産に成功したフリーダム級機動兵器の存在は、ターミナルでももちろん掴んでいる。その機体が唯一配属されているのが、精鋭部隊であるディバイン・セイバーズである事も。
つまり、あの機体を駆るのは、これまでのような雑兵ではない。プラントが誇るエースと言う訳だ。
「迎え撃つよ。掩護よろしく」
「よろしくされました」
頼もしい返事を背中に聞きながら、青年は2本の対艦刀を構え直してリバティと対峙した。
一方、リバティを駆るカーギルは、苦虫を潰した表情で、向かってくる奇妙な機体を見据えていた。
まるで正体を隠すように、頭頂部からすっぽりと外套を被った機体は、その奇妙さとは裏腹に恐るべき戦闘力を発揮していた。
既に出撃したプラント軍の機体は、6割が何らかの損傷を負って戦闘不能となっている。
しかも驚くべき事に、そのどれもが大破、撃墜された機体が無いと言う事だった。
敵はわざと、撃墜する事を避けている。そう結論付けざるを得ない。
「舐めた真似を!!」
どこの誰かは知らないが、その増上慢をたっぷりと後悔させてやる。撃墜の炎の中で。
叫ぶと同時に、手にした武器を構える。
それは戦国時代の武将が使っていた物を連想させる、長大な槍だった。
柄の部分にはレアメタルを使用して強度を上げ、更にはビームコーティングを施してある為、単純なビームサーベルでは断ち切る事はできない。更に刃の部分には大出力のビーム刃が形成され、それだけでモビルスーツの上半身くらいの身幅がある。
単なる趣味武器ではない。威力や取り回し等を考えれば、対艦刀に匹敵するほど強力な武装である。
「我が槍ロンギヌス、その身で受けよ!!」
槍を真っ直ぐに構えて突貫するカーギル機。
対して青年は、機体の残像機能を発揮しながら接近して行く。
しかし、
「それは既に見切った!!」
カーギルはモビルスーツが織りなす虚像に惑わされる事無く、槍を掲げて真っ直ぐに斬り込んで来た。
その動きに青年は一瞬、目を見張る。
まさか、こうもあっさりとこちらの動きを見切るとは思わなかった。
だが、立ち直りも早い。
振るわれる槍を上昇しながら回避。同時に翼を蒼に変化させると、対艦刀を背中のハードポイントに戻しつつ、ビームライフルとレールガンを構えて牽制の砲撃を加える。
その砲撃に対し、カーギルはシールドを展開すると、踏ん張るようにして耐え抜く。
「その程度!!」
逆にバラエーナで牽制の砲撃を加えつつ、相手が僅かに動きを鈍らせたところで再び突撃していく。
対して青年は翼のカバー部分からアサルトドラグーンを射出。リバティを包囲するように展開、四方から一斉攻撃を仕掛ける。
これには流石のカーギルも敵わず、機体を後退させるしかなかった。
だが、青年の方でも、カーギルばかりに注意を向けていられなくなった。
その頃になってようやく、ディバイン・セイバーズ第1戦隊に所属する他の隊員達も、それぞれのリバティを駆って追いついてきたのだ。
彼等は隊長を掩護できる位置に配置すると、一斉に攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃を巧みに回避する青年。
ディバインセイバーズからの攻撃は、モビルスーツに掠りすらしない。
逆に青年は、モビルスーツの腰からビームサーベルを抜き放つと、近付いてきたリバティの右肩を切り飛ばしている。
「何なのだ、奴は・・・・・・・・・・・・」
謎のモビルスーツの動きを、一歩引いた場所から冷静に見つめていたカーギルは、不審な面持ちで呟きを漏らした。
単騎で一軍に攻撃を仕掛けてきたのだから、かなりの性能と実力であろう事は予想できた。
しかしあれは、そんな生易しい言葉で飾れる代物ではない。
修羅、とでも称するべきだろうか?
今も、超絶的な戦闘力を発揮して、カーギルの部下達を翻弄している。
精鋭部隊であるディバイン・セイバーズですら、足止め程度にしかなっていないのだ。
しかも、敵機はまるで、「こちらの動きが判っている」かのように、華麗且つ鋭敏な動きで全ての攻撃を回避し、的確に反撃を繰り出してきている。
そんな事はあり得ない、と思いつつも、そう考えずにはいられなかった。
その時、青年は一瞬の隙を突いてディバイン・セイバーズの包囲網を突破する。
その向かう先には、
「いかんっ!!」
声を上げるカーギル。
モビルスーツが向かう先には、損傷して身動き取れないでいるレニエントの姿があった。
モビルスーツは最大戦速でディバイン・セイバーズを振り切ると、背中から対艦刀を抜き放つと、並走連結させる。
すると、連結部分から長大なビーム刃が発振され、それまでは12メートル級の対艦刀2本だったのが、一気に20メートル級対艦刀に早変わりしていた。
超大型対艦刀を振り翳す先には、レニエントの巨大スラスター群が存在している。
そこへ、真っ向から斬り込み、一気に斬り下げるモビルスーツ。
レニエントはその巨体故に、推進する為には多数のスラスターを必要とする。もし一定数以上のスラスターが破壊されれば、航行不能になる恐れもあった。
それが判っているからこそ、青年は真っ向から敵陣を中央突破する策を採用したのだ。
爆発が連続して起こる。
複数のスラスターが一気にビーム刃によって切り裂かれ、内蔵したエネルギーを暴発させているのだ。
「よし、やった」
青年は荒い息のまま、会心の呟きを漏らす。
流石に、単機で一軍に攻撃を仕掛けるのはきつかった。下手をすると、撃墜されていた可能性もある。
しかし、それだけのリスクを犯した甲斐はあった。
青年たちの見ている先で、レニエント本体は衝撃によって傾斜していく。明らかに、姿勢を保てていない。
これで最低限、レニエントを航行不能状態にする、と言う目的は達成された事になる。
後は、長居は無用だった。
「よし、逃げるよ」
「がってんだ」
アグレッシブに請け負う相棒と頷き合いながら、機体を離脱させに掛かる。
だが、
「させんぞッ!!」
槍を振り翳したカーギルのリバティが、目の前に立ちはだかった。
「ここまでの事をしでかしたのだ。落とし前を付けさせてもらう!!」
繰り出される槍の一閃。
鋭いチャージングを前に、回避は追いつかない。
次の瞬間、
青年は機体を操って、羽織っていた外套をはぎ取ると、それをカーギル機に向けて投げつける。
「無駄な事を!!」
ロンギヌスを振るい、投げつけられた布を振り払うカーギル。
しかし次の瞬間、視界が遮られている隙にカーギル機に接近したモビルスーツが鋭い蹴りを繰り出してきた。
回避する事ができず、吹き飛ばされるカーギル。
それを背に見ながら、カーギル機を飛び越えるようにして飛び去る機体。
カーギルが最後に見たのは、炎の翼を天使のように広げた、流麗なモビルスーツの姿だった。
3
コキュートス・コロニーでの戦闘も、終焉を迎えようとしていた。
コロニーは既に8割がたが崩壊。内部にいた囚人や、本来ならプラントの味方であるはずの保安局員たちの運命も、考えるまでも無かった。
しかし、発生した大量のデブリの中、
尚も戦いをやめようとしない者達がいた。
ヒカルは、まとわりついて来るクーヤのリバティに辟易しながらも、どうにか離脱のタイミングを計っていた。
既にカレンの機体は機位を見失ってはぐれてしまっていたが、クーヤはそんな事は一切斟酌せず、勢いを衰えさせぬまま、エターナルフリーダムへと向かってくる。
双方、デブリの密度が増したせいで、射撃武器は殆ど用を成さなくなっている。その為、必然的に距離を詰めた接近戦にならざるを得なくなっていた。
「逃がすか!!」
ビームサーベルを振り翳すクーヤ。
その動きを、ヒカルは舌打ち交じりに睨み据える。
「しつこい!!」
リバティの剣をビームシールドで防御。反発を利用して押し返し、その隙にどうにか離脱しようとする。
しかし、それを許すクーヤではない。
「逃がさないと言った!!」
リバティのスラスターを全開まで振り絞り、強引に追いすがってくる。
クーヤには判っていた。相手が「魔王」と呼ばれる、自由オーブ軍の象徴的な存在である事を。
何が魔王だ。ふざけるにも程がある。そんな趣味で戦争をやっているような連中が世を乱し、議長の目指す統一された世界の妨げになっている事が、クーヤには許せなかった。
そんな存在は自ら打ち倒し、議長の障害となる存在をを排除しなくてはならなかった。
議長は世界統一と言う崇高な使命の為に働いておられる。その障害を排除する事は、クーヤにとっては至上の使命だった。
スラスターを全開にして、クーヤは一気にエターナルフリーダムに迫った。
「チェックメイトよ、魔王!! あんたは今日ここで、散れ!!」
言い放つと同時に、SEEDを発動するクーヤ。
鋭さを増すリバティ。
デブリをよけながら、一気にエターナルフリーダムへと斬り込む。
その剣閃が細かい粒子を斬り裂きながら、一気に振り下ろされる。
次の瞬間、
ヒカルもSEEDを解き放った。
「やらせるかよ!!」
振り下ろされたリバティの剣閃を、機体を傾ける事で辛うじて回避。同時に12翼を羽ばたかせて上昇する。
追いかけるクーヤ。
しかし次の瞬間、ヒカルは鋭くターンを決めて、一気に斬り込んだ。
「なッ!?」
驚くクーヤ。
リバティの動きが、ほんの一瞬鈍りを見せた。
その一瞬の隙に、間合いの中に斬り込むヒカル。
次の瞬間、クーヤのリバティは、サーベルを持つ右手首を斬り落とされてしまった。
「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」
機体の損傷警報を聞きながら、クーヤは呆然と呟いた。
必殺と思っていた攻撃を回避され、反撃を喰らった事。
正義を奉じる自分の剣が敗れ去った事。
そのどちらも、クーヤには信じられなかった。
飛び去って行くエターナルフリーダムの12枚の蒼翼。
それをクーヤは、憎しみの籠った瞳で見据える。
「次は、倒す・・・・・絶対に・・・・・・絶対にッ」
低い声で、少女は呟いた。
PHASE-09「敗走」 終わり
作成された収容者の名簿リストの中から見つけ出した時、リィスは思わず自分の目を疑った。
次いで、同姓同名の別人だろうとは思ったのだが、実際に会って確かめずにはいられなかった。
居ても立ってもいられずに赴いた、解放した囚人たちに宛がわれた部屋にいた青年を見た時、リィスは自分の考えが間違いではなかった事を悟った。
「・・・・・・・・・・・・やあ、久しぶり」
そう言って、力無い笑みを向けてくる青年。
対して、
「・・・・・・・・・・・・どうして」
リィスは呆然とした声で問いかける。
だが、そこから先の言葉が続かない。まさか、と思っていた事が現実に起こり、思考がマヒしているのだ。
だが、目の前にいる青年が、リィスのよく知る人物である事は間違いない。
それが、リィス・ヒビキとアラン・グラディスの、2年越しの再会となった。
人物設定
カーギル・ウィロッグ
コーディネイター
36歳 男
備考
ディバイン・セイバーズ第1戦隊隊長を務める男。実直で、議長に対する忠誠厚い忠臣。議長に逆らう者を排除する事が、自身の至上の役割だと認識している。その為、アンブレアス・グルックからの信頼も高い。
機体設定
カーギル専用リバティ
武装
ロンギヌス超大型ビームランス×1
ビームライフル×1
複列位相砲×1
ビームサーベル×2
バラエーナ・プラズマ収束砲×2
頭部機関砲×2
備考
カーギルの特性に合わせて、超巨大な槍を装備した機体。接近戦能力を大幅に強化されており、カーギルの戦闘力と相まって猛威を振るう。