機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-08「交差する剣戟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年は暗がりの中で顔を上げた。

 

 この収容コロニーに収監されてから1年近くなるが、雑居房の天井は相変わらず薄汚く、見ているだけで不快になってくる。

 

 闇の中で顔を上げたのは、いつもと変わらない風景の中にあって、なぜかいつもとは違う雰囲気を感じたからだ。

 

 房の外で、何かが忙しなく動いている。怒声が飛び交い、微かだが何かが爆ぜるような音もしていた。

 

「・・・・・・何が?」

 

 呟く声。

 

 それに反応するように、房の奥から声が返った。

 

「青年、何かあったのか?」

 

 声の主は、ここに収監されてから相部屋になった男の物だ。

 

 40歳前後の年齢と思われる人物で、どこか深みのある性格と外見をしている印象があった。青年とは世代が違うが、なぜか不思議とウマが合い、辛い収容所生活の中で互いに励まし合って頑張ってきた。

 

 名は互いに知らない。ここでは誰もが、全ての自由と権利をはく奪された囚人に過ぎない。名乗る事には何の意味も無かった。

 

 男も闇の中から這い出てきて、外の様子に耳を凝らす。

 

 ややあって男は、少し驚いたような顔を青年に見せた。

 

「こいつは・・・・・・銃声だな」

「銃声!?」

 

 驚いて声を上げる青年。

 

 直接的な戦闘とは縁遠いはずの収容コロニーで銃声とは、ある意味穏やかではない。しかも、その銃声は未だに断続的に続いているのだ。

 

「青年、こいつはひょっとすると、ひょっとするかもしれんぞ」

 

 男の言葉を、青年は聞くとも無しに聞いている。

 

 ここに収容されて以来、希望と言う言葉とは、およそ無縁の生活を強いられて来たのだ。故に、容易にはそれに縋る事ができないのも事実である。

 

 そんな青年の無感動な情動に対し、乾いた銃声は尚も断続的に鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 こいつらは、今まで相手にしてきた奴等とは違う。

 

 瞬時に判断したヒカルは、ビームライフルを構えて先制の攻撃を仕掛ける。

 

 エターナルフリーダムが右手に構えるビームライフルが、殆ど抜き打ちに近い形で放たれた。

 

 伸びる閃光。

 

 しかし次の瞬間、先頭を飛ぶ機体がビームシールドを展開、ヒカルの攻撃を弾く。

 

「ッ!?」

 

 先制の一撃を防ぎ止められ舌打ちするヒカル。

 

 そこへ、先頭の機体が突っ込んで来た。

 

「速いッ それに、その機体は!?」

 

 深紅の装甲に、白い4対8枚の翼。

 

 カラーリングこそ異なるが、間違いなくフリーダム級機動兵器である。

 

 プラント軍がフリーダム級機動兵器を量産し、それを新設された精鋭部隊に配備していると言う噂は聞いていたが、まさかここで遭遇するとは完全に予想外だった。

 

 敵の守備戦力は少なく、それ故に作戦遂行は容易、と言う自由オーブ軍側の前提条件は、これで完全に崩れた事になる。

 

 とは言え、

 

「上等!!」

 

 ビームライフル2丁を放って敵の動きを牽制しながら、ヒカルは不敵に呟く。

 

 どのみちプラント軍と戦う以上は、いずれぶつかる相手である。ならば早めに対決して威力偵察しておくのは悪い話ではない。

 

 勿論、命がけではあるが。

 

 一方、リバティを操るクーヤは、12枚の蒼翼を広げて回避行動を取り続けるエターナルフリーダムを、鋭い眼差しで見据える。

 

「生意気ッ テロリスト風情が!!」

 

 フリーダム級機動兵器は元々、プラントが開発した物である。それをテロリストごと気が使っているのが許せなかった。

 

 故に、

 

「破壊する!!」

 

 スラスターを全開にして距離を詰めに掛かるクーヤ。

 

 クーヤのリバティは機動性重視の武装と調整が施されている。たとえ相手が同クラスの機体であっても、勝つ自信は充分にあった。

 

 接近と同時に、ビームサーベルを抜き打ち気味に抜刀。横なぎに振り払う。

 

「喰らえ!!」

 

 剣閃は、

 

 しかし、それよりも一瞬早く、エターナルフリーダムがビームシールドを展開した為に防がれる。

 

 舌打ちしつつ、クーヤが距離を置こうとする。

 

 だが、その為の動きを、ヒカルは見逃さない。

 

 クーヤ機が後退しようとするのを見透かし、自身もビームサーベルを抜いて追いすがる。

 

 距離を詰めるヒカル。

 

 12枚の蒼翼を羽ばたかせ、ビームサーベルを構えたエターナルフリーダムがリバティに迫る。

 

 対してクーヤは、自身に迫る敵機の姿に舌打ちを漏らす。

 

「こっちの動きに、着いて来る!?」

 

 光刃が虚空を斬り裂いた。

 

 エターナルフリーダムが横薙ぎに振るった剣を、辛うじて上昇する事で回避するクーヤ。

 

 それを見たヒカルは、更に追撃を掛けようとスラスターを吹かす。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 その動きは寸での所で思いとどまった。

 

 今にも斬り込みを掛けようとするエターナルフリーダムの進路を遮るように、強烈な砲火が浴びせかけられたのだ。

 

「クソッ 新手かよ!?」

 

 悪態を吐きながら、砲撃の射線から機体を後退させて回避するヒカル。

 

 攻撃は、逃げるエターナルフリーダムを執拗に追いかけてくる。

 

 対してヒカルは急速に後退をかけつつ、よけきれない物はビームシールドを展開して防御。同時にカメラは、新たな敵機へと向ける。

 

 そこには、クーヤの機体と同じシルエットを持ちながら、大きく武装の異なるリバティが、エターナルフリーダムに向けて砲撃を行っている光景があった。

 

《クーヤ、あたしが掩護するから、今の内に!!》

「カレンッ ありがとう!!」

 

 仲間の援護を受け、体勢を立て直すクーヤ。

 

 対するヒカルも、舌打ちしながら剣を構え直す。

 

 相手はプラントの精鋭。流石のヒカルでも、1対2での戦いは苦戦が予想された。

 

 

 

 

 

 飛んでくるドラグーンによる攻撃を、舌打ちしつつも回避する事に成功したアステルは、自分に向かってくる2機を、改めて確認する。

 

 向かってくる2機は共にフリーダム級。

 

 しかし、その武装形態は大きく異なる。

 

 1機は砲撃用の武装をほとんど持たない代わりに、腰の鞘に実体剣と思しき剣を装備している。

 

 もう1機は背部と腰部、脚部に合計で10機のドラグーンを装備している。これが先ほどから執拗に、ギルティジャスティスに攻撃を加えて来ていた。

 

「イレス、俺が突っ込む。お前はその調子で奴の動きを牽制しろ!!」

《了解だ。僕の攻撃で奴を追い込む!!》

 

 後続のイレスに指示を飛ばしながら、フェルドは腰の鞘から斬機刀を抜き放つ。

 

 日本刀を模したこの剣は、通常の実体剣よりも格段に切れ味が勝る。勿論、PS装甲が相手ではダメージは入らないが、それでも打撃武器としても充分以上に有効である。

 

 フェルド機が剣を構えて突撃する中、それに追随するように、イレス機から10基のドラグーンが放たれ、ギルティジャスティスへと向かう。

 

 その動きを、ビームサーベルを構えながら見据えるアステル。

 

「正面から1機、接近戦型・・・・・・ドラグーンが少々厄介か・・・・・・」

 

 言いながらアステルは、ギルティジャスティスのスラスターを全開。フェルドのリバティに斬り込んで行く。

 

 その様子を、フェルドは笑みを含む瞳で見据えた。

 

「阿呆が、無謀にも程があるっての!!」

 

 言いながら、斬機刀を振り翳すフェルド。

 

 フェルド機の斬機刀はアンチビームコーティング処理が施されており、ビームサーベルとの斬り合いには優位に立てる。更にビーム兵器と違い、エネルギー消費も最低限に抑えられる。一見すると時代に逆行するような実体剣にも、充分すぎる利点があるのだ。

 

 真っ向から振り下ろされる質量を伴った刃。

 

 その剣閃を、

 

 アステルは、僅かに機体を横に傾けて回避する。

 

「うおッ!?」

 

 一瞬、動きをつんのめらせるフェルド。

 

 その隙にアステルは、脚部のビームブレードを起動、リバティのボディに向けて蹴りを放つ。

 

 そのまま行けば、アステルの攻撃でフェルド機は胴体から真っ二つに切り飛ばされていただろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 コックピットに鳴り響く警報に従い、アステルは攻撃を中断して飛び退く。

 

 そこへ、ギルティジャスティスを包囲するように展開していたドラグーンが、一斉攻撃を放った。

 

 縦横に駆け巡る閃光が、間断無くギルティジャスティスに襲いかかってくる。

 

 間一髪、アステルは一瞬早く飛びのいた事もあり、直撃を受ける事無く安全圏まで退避する。

 

 だが、

 

 安全圏まで逃れたところで、アステルはもう一度、対峙する2機に目をやる。

 

「・・・・・・少々、厄介か」

 

 1対1ならば、それほどの苦戦を強いられる相手ではない。

 

 だが、流石に1対2となると、アステルでも苦戦を免れない。

 

 向かってくる攻撃を警戒しながら、後退を掛けるアステル。

 

 そこへフェルドとイレスは、容赦なく追撃を掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハウエルは乱暴な手つきで、無抵抗の少女をベッドに投げ倒す。

 

 対してヘルガはと言えばすっかり射竦められてしまい、持ち前の活発さが完全に鳴りを顰め、濡れた子犬のように震えている。

 

 内面の欲望を、最早隠そうともしないハウエルは、悪意の塊と化している。

 

 ヘルガはこれまで、プラントのトップシンガー、《女帝》ミーア・キャンベルの娘として不自由のない人生を歩んできた。無論、アイドルとして険しい道は歩いているが、それでもむき出しの悪意をもろにぶつけられた事は皆無と言って良い。

 

 無論、こうした無意味とも思える暴力には、日常的に無縁であった事は言うまでも無い。

 

 しかし今、ヘルガの視界の中で、むき出しの恐怖が、彼女を嬲るように近付いて来る。

 

 耐性の無い恐怖を前にして、少女が竦み上がってしまうのも無理からぬ事だった。

 

「暴れても騒いでも無駄だよ。この部屋は完全防音だからな。でなければ、毎晩のように女囚人を連れ込む事もできん」

 

 さも自慢するように言いながら、ハウエルは思い出したように笑みを浮かべる。

 

 どうやら、この部屋が毎晩、頽廃と享楽の空間になっている事は明らかなようだ。

 

 最新鋭の膨張システムも、俗物の手にかかれば単なる証拠隠滅の道具に過ぎなくなる。と言う事だろう。

 

 とは言え、今のヘルガには、そんな事を斟酌している余裕は無かった。

 

「い、イヤッ 来ないでよ・・・・・・」

 

 弱々しい少女の呟きも、欲望の権化と化したハウエルには届かない。下卑た笑みを浮かべながら、震えるヘルガににじり寄っていく。

 

 却って、先程までの強気な態度から一変した少女の様子に、征服欲にも似た感情が湧き上がってきているようだった。

 

「さあ、大人しくするのだ!!」

 

 ハウエルはベッドの上で、ヘルガへと覆いかぶさる。

 

「イヤッ イヤッ やめてッ 許して!! お願い!!」

 

 必死に抵抗しようとするヘルガ。

 

 しかし、男の膂力には敵わず、ベッドに押さえつけられる。

 

 ハウエルはヘルガの胸元へと手をやると、一気に左右へと引っ張る。

 

 服のボタンが弾け飛び、年相応に成長した胸と、それを追おうピンク色のブラジャーが視界に入ってきた。

 

 新人アイドルのあられもない姿に、涎を垂らすハウエル。

 

 そのまま欲望の赴くままに、少女の体を貪ろうと顔を近づけた。

 

 次の瞬間、

 

 突然、勢いよく扉があけ放たれた。

 

「何ッ!?」

 

 驚いて顔を上げるハウエル。

 

 飛び込んできたのは、手に銃を構えたトールとニコルだった。

 

「テメェ 何やってやがる!!」

 

 激昂したトールは、ライフルを手にベッドの上のハウエルへと襲い掛かる。

 

 トールはナチュラルであるから、本来ならコーディネイターのハウエルには身体能力の面で劣っている筈である。

 

 しかしハウエルは長年の不摂生と運動不足で体力が衰えきっているのに対し、トールは仕事柄、体を鍛える事に余念がない。

 

 その為、殴り掛かってくるトールの攻撃を、ハウエルはまったく避ける事ができなかった。

 

 バキッ

 

「へぶらッ」

 

 珍妙な声と共に、吹き飛ばされてベッドから転げ落ちるハウエル。そのまま身動きを取らなくなる。どうやら、今の一発で気絶したらしかった。

 

 その間にニコルは、銃を片手に警戒に当たる。

 

 そして、

 

「ヘルガ!!」

 

 男2人に続いて、ミーアが血相を変えて部屋の中へと飛び込んでくる。ここに来るのに先立ち、トールとニコルは予めミーアを助け出しておいたのだ。

 

「ヘルガ、大丈夫? 怪我は無い!?」

「ママ・・・・・・ママァ!!」

 

 駆け寄ってきた母親に、感極まって抱きつくヘルガ。

 

 ミーアも、そんな娘を優しく抱きしめる。

 

 その間に、ニコルとトールは、予め取り決めておいた通りに行動する。

 

 トールは備え付けの端末に近付いて、監房のシステムへとアクセスする。捕らわれている囚人を解放するのだ。

 

 そしてニコルは、ベッドの上で抱き合っているキャンベル母娘へと近づいた。

 

「2人とも、無事で本当に良かったです」

 

 穏やかに声を掛けると、未だに泣きじゃくっているヘルガを抱きしめたまま、ミーアが振り返る。

 

「助けてくれてありがとう、ニコル・・・・・・けど、あなた達は一体・・・・・・」

 

 一連の行動は、明らかに彼女たちが知る「有名ピアノ奏者」の物ではない。流石に、ミーアが不思議に思う事も無理からぬ話である。

 

 ニコルもその辺は承知している為、頷いてから口を開いた。

 

「僕達はラクス・クラインに連なる者です。ただ、今回は手違いから2人を巻き込んでしまいました。本当に申し訳ありません」

「ラクス様の!?」

 

 ミーアは驚いて声を上げた。

 

 ラクス・クラインは、ミーアにとって特別な存在である。生前はミーアの私設ファンクラブ会長を務めていたし、同時に私生活においては掛け替えの無い友人でもあった。

 

 また今一つ、それ以外にも、ミーアはラクスに対して決して返す事の出来ない恩義がある。

 

 そのラクスが死んだ後も、彼女の意志を継ぐ者達がこうして活動を続けている事に、ミーアは感動を禁じ得なかった。

 

「積もる話は後だ」

 

 作業を終えたトールが、足早に近付いてきて告げた。

 

 対して、ニコルも頷いて振り返る。

 

「データの方はどうですか?」

「バッチリだ。まあ、中身は解析してみない事には判らんけどな」

 

 そう言ってトールは、データチップを翳して見せる。

 

 2人がここに来た目的は、囚人を解放する事に加えてもう一つある。それは、プラントがこのコロニーで何をやっているのか、その具体的な証拠を手に入れる事だった。

 

 それが今、トールの手の中にある。

 

 ならばあとは、長居は無用だった。

 

「行きましょう。僕とトールで、脱出ポイントまで誘導します。2人とも、遅れないでついてきてください」

「は、はいッ」

 

 そう言うと、ニコルが先頭に立って走りだし、ミーアとヘルガを挟んでトールが後ろから警戒しながら続く。

 

 そんな4人の耳に、怒涛のような唸り声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 雑居房の扉が、音も無く開いていく。

 

 同時に差し込んで来た光が、眩しく目を射た。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない光景に、思わず声を漏らす。

 

 だが、それも一瞬の事だった。

 

「ボサッとするな青年!!」

 

 状況を瞬時に理解した男が、立ち尽くす青年を押しのけるようにして雑居房の外へと飛び出す。見れば、他の雑居房からも囚人たちが溢れだすようにして出て来る光景があった。

 

 明らかに、状況は尋常ではない。

 

 しかし、これがこの、地獄のような状況から抜け出す事ができる、千載一遇のチャンスである事だけはすぐに理解できた。

 

 既に囚人達は思い思いの方向へと駆け出している。逃げるなら今だった。

 

「でも、ここは密閉されたコロニーですよ。逃げるにしたって、どこへ!?」

 

 男と一緒に駆け出しながら、青年は浮かんだ疑問を口にする。

 

 確かに、ここは言わば絶海の孤島だ。逃げ場などどこにも無い。仮に一時的に内部のどこかに身を隠したとしても、自給には限界がある。いずれはじり貧になる事は目に見えていた。

 

「なに、何とかなるさ。まずは身の安全の確保を図ろうや」

 

 そんな青年の不安を吹き飛ばすように、男は力強く請け負う。

 

 収容されて以来、青年は男の経験値の高さに何度も命を救われている。

 

 ここは、この男に従っておいて損は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カレン機からの砲撃を、ヒカルは機体を旋回させつつ回避。同時に、手にしたビームライフルを撃ち放つ。

 

 連射された閃光に対し、しかし、それよりも早くカレンは機体を翻して回避する。

 

 空を切る、ヒカルの攻撃。

 

 それと前後して前へと出たクーヤは、機体腰部のビームキャノンをエターナルフリーダムへと放つ。

 

 正確な照準の元で放たれる鋭い攻撃をビームシールドで防御しつつ、ヒカルはライフルで牽制する。

 

 そこへ、

 

「もらったわよ!!」

 

 クーヤ機の攻撃に気を取られた隙に、カレンはエターナルフリーダムの上方に回り込み、全火力を解放する。

 

 一斉に放たれる砲撃の嵐。

 

 しかし、当たらない。

 

 命中するよりも先に、ヒカルはヴォワチュール・リュミエールとスクリーミングニンバスを展開、持ち前の超機動を発揮してカレン機の攻撃を回避したのだ。

 

 体勢を立て直したところで、ヒカルは12翼を従えて機体を振り返らせる。

 

「火力はこちらの倍近い。なら!!」

 

 スラスター出力を上げ、カレン機への接近を図るヒカル。同時にエターナルフリーダムの腰からビームサーベルを抜いて構える。

 

 砲撃重視のカレン気に対し、得意分野である接近戦を仕掛けるつもりなのだ。

 

 しかし、

 

「そう来る事はッ」

 

 その前に、クーヤ機が立ちはだかる。

 

「お見通しよ!!」

 

 抜き放ったビームサーベルでエターナルフリーダムに斬り掛かるクーヤ。

 

 その動きを見たヒカルは、とっさに攻撃を断念して後退。クーヤ機の斬撃を回避するが、クーヤは執拗に追いかけて剣を振るう。

 

「逃がすか!!」

 

 後退するエターナルフリーダムを見据え、更に斬り込もうと、ビームサーベルを振り翳すクーヤ。

 

 しかし、

 

「今だ!!」

 

 ヒカルはとっさにバラエーナを展開、接近を図るクーヤ機に正面から撃ち放つ。

 

 放たれた砲撃は、クーヤ機がとっさに展開したビームシールドを真っ向から直撃する。

 

「グッ!?」

 

 衝撃に、一瞬顔を顰めるクーヤ。

 

 その間にヒカルは、安全圏へと機体を離脱させる。

 

 そこへ、

 

「まだまだァ!!」

 

 ヒカルの動きを見越したように、カレンがビームライフルを撃ちながら向かってくる。どうやら、クーヤが交戦しているすきに、エターナルフリーダムの進路上に周り込んでいたらしい。

 

 攻撃を仕掛けようとするカレン。

 

 しかし、

 

 その視界から一瞬、エターナルフリーダムが消えうせた。

 

「なッ!?」

 

 次の瞬間、下から突き上げるような速度で接近してきたエターナルフリーダムが鋭い蹴りを繰り出し、カレン機の腹部を直撃した。

 

「キャァ!?」

 

 悲鳴を上げてバランスを崩すカレン。

 

 一方のヒカルも、コックピットで操縦桿を握りながら、荒い息を吐いている。

 

「・・・・・・やっぱ、簡単にはいかないか」

 

 相手はプラント軍の精鋭部隊。なかなか反撃の糸口を掴む事ができない。ふと油断すれば、あっという間に撃墜されてしまう事だろう。

 

「けど・・・・・・」

 

 勝算はヒカルにもある。

 

 もうそろそろ、作戦のメインが開始される頃合だ。

 

 それが成功すれば、無理に戦う必要も無くなる。それまで時間を稼ぐのに徹するのだ。

 

「さて、もう少し付き合ってもらうぜ」

 

 接近してくるクーヤとカレンのリバティを見据えながら、ヒカルは不敵に呟いた。

 

 

 

 

 

 コロニー外での戦闘が終結に向かいつつある中、内部での戦闘も徐々に収束しつつあった。

 

 潜入を果たしたターミナルメンバーの手引きによって解放された囚人たちは、警備の為に常駐していた保安局員たちを襲撃して殺害、武器を奪うと一斉蜂起に転じた。

 

 これに対して、保安局員たちは事態に全くと言って良いほど対応できなかった。

 

 こと対人戦闘に関する限り、保安局員たちは部類の強さを発揮する。本来なら暴徒鎮圧も彼等の仕事であるからだ。

 

 だが、辺境の収容コロニーと言う「平和」な任務地が、彼等の緊張感を極限までそぎ落とし、実力を低下させていた。

 

 しかも、相手は数万から成る人の波である。対して保安局員はせいぜい数百人。数人程度の鎮圧なら問題無いだろうが、一斉に蜂起されたりしたらとても抑えきれるものではなかった。

 

 突発的な事態に保安局員たちは、ただ右往左往する事しかできず、個々人の才覚によって僅かな抵抗を示したのち、怒涛のような人の波に飲み込まれて消えて行く運命にあった。

 

 そんな中、逃げ惑う者達の中に、所長のハウエルの姿もあった。

 

 彼は女物の服を羽織ってその贅肉塗れの体と顔を隠し、どうにか暴動をやり過ごそうと、コソコソと物陰に潜んでいた。

 

「な、何でだッ 何でこんな事になるんだ!?」

 

 悪態を吐きながら、地団太を踏むハウエル。

 

 ここにいれば安全だと思った。敵がこんな辺境に来るはずもないし、仕事は簡単。所長権限で贅沢な生活もできる。更に、刺激がほしければ適当な囚人をライフルで撃ち殺したり、女性囚人を慰み者にすればいい。

 

 何の不自由も無かった。ここは正に、ハウエルにとって「楽園」だったのだ。

 

 その楽園が今、暴徒の靴に踏み荒らされようとしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・あの女が悪い」

 

 低く呟くハウエルの脳裏には、先程まで自分が手籠めにしようとしていたヘルガ・キャンベルの顔が浮かんでいた。

 

 あと一歩の所で極上の花を摘みそこなった事への悔しさが、否応なく込み上げてくる。

 

「あの女さえ、素直に私の物になっていれば、こんな事には!!」

 

 論旨が完全に破綻しているが、今のハウエルにはそれに気付く余裕すら無かった。

 

 今のハウエルにとって重要な事は、仲間の保安局員が虐殺されている事でも、自分の任務地であるコキュートスが陥落寸前にある事でもなく、ヘルガ・キャンベルと言う高嶺の花を自分の物にできなかった事だった。

 

「見ていろ小娘ッ いつか必ず、お前を私の物にしてやるからなッ」

 

 息巻くハウエル。

 

 しかし、彼はそんな先の人生計画よりも、目の前に迫った運命の方に傾注すべきだった。

 

「おい、所長がいたぞ!!」

「ひィ!?」

 

 手垢にまみれた妄想の世界から現実に引き戻され、ハウエルは悲鳴を上げる。

 

 見れば、手に武器を持った暴徒たちが、鬼のような形相を浮かべて向かってくるところだった。そのどれもが返り血と思しき赤い液体を浴びた跡があり、既に数人を殺害しているであろう事は間違いなかった。

 

「仲間の仇だ!!」

「引きずり出してやれ!!」

「簡単に殺すな!! 嬲り殺しにしろ!!」

 

 口々に言い放ちながら、ハウエルに迫ってく暴徒たち。

 

 それに対し、ハウエルは震える手で慌てて銃を構え発砲。向かってくる暴徒1人を射殺する。

 

 しかし、その程度で波が静まる筈も無い。

 

 2発目を撃つ前に引きずり倒され、殴打の連打を浴びる。

 

 悲鳴を上げ、血飛沫をまき散らすハウエル。

 

 しかし、その声もやがて、肉を引き裂き、骨を砕く音に埋もれ消えて行った。

 

 

 

 

 

 縦横に走るドラグーンが、立ち尽くす事しかできないでいる保安局に所属する機体を撃ち抜いていく。

 

 蒼き翼を背に負った機体は、圧倒的な砲撃力を発揮して撃ち抜いていく。

 

 新装備を得た機体は、これまでとは一線を画する性能を見せ付け、敵をなぎ倒していく。

 

 中には攻撃をすり抜け、艦に近付こうとする機体もある。

 

 だが、防衛ラインは1枚ではなかった。

 

 もう1機、両手に装備した剣を振り翳し、艦に近付く機体を斬り捨てる機影がある。

 

《その調子だカノン。脱出までの間、どうにか時間を稼ぐぞ!!》

「了解だよッ」

 

 リアディス・ドライを駆りながら、カノンはレオスの呼びかけに答える。

 

 2人は現在、ヒカルとアステルがディバイン・セイバーズと交戦している宙域から、ちょうどコロニーを挟んで反対側の宙域で戦っている。

 

 彼女達の背後には、大和と、更にターミナルから派遣された3隻の輸送船の姿もある。

 

 この4隻に収容されている囚人達を乗せて脱出させる事が狙いだった。

 

 作戦はまず、戦闘能力の高いヒカルとアステルが先制攻撃によって敵を攪乱すると同時に、敵の目を引き付ける。

 

 その間に大和がコロニーに接舷、囚人を収容すると同時に、カノンとレオスが艦の護衛にあたる手はずだった。

 

 いかにヒカルとアステルでも、全ての敵を引き付ける事は難しい。

 

 案の定、自由オーブ軍の動きに気付いた保安局の行動隊が、大和や輸送船に攻撃を仕掛けようとしてきた。

 

 そこで、2機のリアディスには新装備が施された。

 

 レオスのリアディス・アインには、ヒカルがジェガンで使っていたノワールストライカーを修復して装備している。射撃、白兵、機動の全てをバランス良く上昇させる事ができるこの装備の有用性は、ヒカル自身が量産機で高い戦果を上げ続けた事から証明されている。

 

 一方、カノンのリアディス・ドライには、フリーダムストライカーと呼ばれる特殊な装備が施されている。

 

 このフリーダムストライカーは、今から20年ほど前、ヒカルの父、キラが設計した武装である。その名の通り、フリーダムのような翼と武装を持つ装備で、バラエーナ・プラズマ収束砲にクスィフィアス・レールガン、そして8基のドラグーン機動兵装ウィングを装備しているのが特徴である。内部には小型の核エンジンが積まれている事から、リアディス・ドライは事実上、核搭載機と同じ戦闘力を獲得した事になる。

 

 カノンはドラグーンを背部から射出して、接近を図ろうとする保安局部隊を砲撃。

 

 その間にレオスが、フラガラッハ対艦刀を構えて斬り込んで行く。

 

 ヒカル不在の間、大和隊の戦闘を支え続けてきた2人の戦闘力は今や一級と評して良く、弱卒の保安局員では相手にもならなかった。

 

 

 

 

 

 作戦は、自由オーブ軍にとって順調に進んでいる。

 

 ディバイン・セーバーズの登場と言う予想外のファクターはあった物の、それもヒカルとアステルと言う、頼もしい味方がしっかりと押さえてくれている。

 

「収容作業はどう?」

 

 大和のCICで、収容作業を指揮しているリィスが、オペレーターに声を掛ける。

 

 本来なら、少しでも護衛戦力を増やす為にリィスもモビルスーツで戦うべきところである。実際、格納庫にはリィス用のイザヨイも搭載されている。

 

 しかし、シュウジが艦の指揮に専念しなくてはいけない関係から、収容作業の監督はリィスが取らざるを得ないのだ。

 

 リィスの質問に対し、しかし返された質問は芳しいとは言えなかった。

 

「捗っていません。どうも、囚人達は看守達に対して報復するのに熱中しているらしく、ターミナルの誘導に従おうとはしないそうです」

 

 オペレーターの困惑気味の報告に、リィスは苦い表情で嘆息する。

 

 今まで理不尽な拘束に甘んじ、看守達から暴力を振るわれ、命の危険にされてきたのだ。彼等があふれ出る憤りから、報復行動に出る事も無理からぬことだろう。

 

 冷静に状況を見極めている人間は、どうやらごく僅かであるらしい。

 

「とにかく、もう一度ターミナル側に連絡して、収容を急がせるように言って。いくらヒカル達でも、そういつまでも大軍を押さえておく事なんてできないでしょうし」

「了解」

「それと、トールさんとニコルさんはどうなった?」

 

 先行してコロニーに潜入し、囚人の解放を担当した2人のターミナル要員の事を尋ねてみる。

 

 ニコルとトールは、何が何でも回収しなくてはいけない。これはリィス達にとっても至上命題である。

 

「大丈夫です。既に収容した旨、回収班から連絡がありました。2人とも、もう大和に乗っているそうです」

 

 その報告を聞いて、リィスはあからさまに胸を撫で下ろす。

 

 取りあえず、作戦の最低ラインは達成できたことになる。後は可能な限り、できれば全囚人を回収できれば作戦は完了である。

 

 そこまで考えた時だった。

 

「シュナイゼル三尉から連絡です。敵部隊が後退を開始しました!!」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 その報告にリィスは、思考するのをやめて顔を上げる。

 

 敵がこのタイミングで退く、と言う事態に、何か不審な物を感じたのだ。

 

 センサー用のモニターに目を走らせると、敵の数はまだ充分に残されている。どう考えても、損害大で撤退する様子ではない。

 

 不吉な予感が、リィスの中で走る。

 

 この感覚は昔、子供の頃にも、同じような物を感じた事があるような気がする。

 

 そう、

 

 あれは確か、

 

 陥落寸前のスカンジナビアでの事だったような・・・・・・・・・・・・

 

 そこまで考えた瞬間、リィスは傍らの受話器を取った。

 

「艦長へ、副長より具申!!」

 

 叩き付けるように叫んだ、

 

 次の瞬間、

 

 凄まじい光が、駆け抜け、狙い違わずコキュートス・コロニーを直撃した。

 

 

 

 

 

PHASE-08「交差する剣戟」      終わり

 




カレン専用リバティ
機体設定

武装
ビームライフル×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
頭部機関砲×2
バラエーナ改3連装プラズマ砲×2
クスィフィアス改連装レールガン×2

備考
砲撃戦力を強化したカレン専用機。ドラグーン装備こそ施されていないが、屈指の法益力を誇り、殲滅砲撃や支援砲撃等で高い威力を発揮する。





フェルド専用リバティ

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
頭部機関砲×2
斬機刀×1

備考
フェルドの特性に合わせ、接近戦闘力を強化した機体。装備している斬機刀は日本刀の形状を模しており、PS装甲以外ならあらゆる物に対して絶大な威力を誇る。対多数戦闘よりも1対1の戦闘に適性がある機体。




イレス専用リバティ

武装
ビームライフル×2
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
頭部機関砲×2
クスィフィアス改連装レールガン×2
アサルトドラグーン×10

備考
ドラグーンを装備した特殊な戦闘を得意とするイレス専用機。高い火力と柔軟なドラグーン運用によって、かなり強力な機体に仕上がっている。今後対戦する事になる敵のエース機に対して、高い戦闘力が期待できる。





リアディスF

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
頭部機関砲×2
アンチビームシールド×1
バラエーナ・プラズマ収束砲×2
クスィフィアス・レールガン×2
アサルトドラグーン×8

パイロット:カノン・シュナイゼル

備考
カノンのリアディス・ドライに、フリーダムストライカーを装備した機体。これにより、かつてのストライクフリーダムと同等の戦闘力を得ると同時に、自由オーブ軍内では最強の火力を有するようになった。





リアディス・ノワール

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
頭部機関砲×2
フラガラッハ対艦刀×2
レールガン×2

パイロット:レオス・イフアレスタール

備考
リアディス・アインにヒカルから譲り受けたノワールストライカーを装備した機体。リアディスF程には劇的な戦力アップとはいかないが、それでも砲撃、白兵、機動の3項目が同時に底上げされ、今後の活躍が期待される。

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