機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-06「闇視する先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蹂躙と言う言葉以外に、その状況を言い表せる言葉は見つからなかった

 

 本来であるならば、不穏分子の討伐などに精鋭部隊を派遣するなど、鶏を裂くのに牛刀を用いる最たる例と言えるだろう。下手をすると金の無駄遣いであると非難されてもおかしくは無い。

 

 しかし、宣伝と言うのも軍隊の中では重要な仕事である。

 

 特に新設の部隊と来れば、敢えて弱い敵にぶつける事で大々的な戦果を上げ、活躍を宣伝する事で、その存在と必要性を内外にアピールする場合もある。その際、部隊としての「慣らし」も同時に行われるのだが。

 

 最高議長特別親衛隊ディバイン・セイバーズも例にもれず、新設された部隊として前線に駆り出される事は多かった。勿論、本来の任務は議長の親衛隊として首都アプリリウスを守る事ではあるが、最強部隊を後方で寝かせておく余裕は、流石のプラントにもない。そこで、ローテーションを組んで、各中隊が前線と後方を交互に行き来している。

 

 ザフト、保安局、そしてディバイン・セイバーズと三極で構成された「プラント軍」の中にあって、ディバイン・セイバーズだけが実績が薄い新興の部隊である。その為、宣伝効果を上げる事を目的に、頻繁に出撃を命じられていた。

 

 ディバイン・セイバーズ第4戦隊は現在、宇宙戦線を担当し、跳梁する海賊や反乱勢力の殲滅を行っていた。

 

 虚空に白い翼が羽ばたくたび、反乱を目論んだ勢力は確実に数を減らしていくのが判る。

 

 赤い装甲に白い翼を持つ天使の如き機体は、現状、ディバイン・セイバーズのみが装備、運用しているフリーダム級機動兵器である。

 

 ZGMF-10A「リバティ」

 

 長く抑圧され続けてきたコーディネイター達の解放と躍進を約束した、次代を担う翼である。

 

《敵主力、マーク30アルファにて展開中。現在、2班が応戦中ですが、数が多くて苦戦しています》

「了解、掩護に当たります」

 

 第4中隊長を務めるクーヤ・シルスカは、オペレーターの誘導に従ってリバティを飛翔させながら、敵の最も多い場所を目指していく。

 

 戦闘を開始してから既に数度、敵と交戦している彼女だが、疲れなどは感じていない。まだ余力は充分に残している。

 

 むしろ心の中は、目の前の敵に対する憤りで溢れ、活力が漲ってくるようだ。

 

 許せなかった。

 

 今や世界は、グルック議長の下で統一へと向かおうとしている。プラントの持つ最高の技術と指導力で、人類は初めて人種も思想の垣根も超えた、真に統一された人種になろうとしている。

 

 だと言うのにいたずらに攻撃を仕掛け、統一の妨げとなる者達。

 

 そこに一縷の慈悲すら掛ける謂れを、クーヤは微塵も感じなかった。

 

 飛んでくる砲火の中へ、機体を踊り込ませる。

 

 そこに躊躇は無い。

 

 そして、慈悲も無い。

 

「議長の為に!!」

 

 吠えると同時に、クーヤは腰部に装備したビームキャノンとビームライフルで砲撃を仕掛ける。

 

 リバティの最大の特徴は、素体となる機体をベースに、様々な武装の付け替えが可能な点にある。ちょうど、オーブ軍が開発したセレスティ(当初のエターナルフリーダム)と同じコンセプトである。

 

 クーヤはと言えば、普段から火力よりも機動性を重視する傾向がある為、主な武装は元々の装備であるビームライフルとビームサーベル、ビームシールドの他、腰部にビームキャノンを装備しているのみで、後の余剰分は機動性の強化に回している。

 

 放たれたビームが、複数の敵機を容赦なく撃ち抜く。

 

 更にクーヤは、攻撃の手を緩めない。

 

 向かってくる敵を、的確な照準で迎え撃つクーヤ。

 

 たちまち、虚空に爆炎の花が咲き乱れる。

 

 まだ2年前。ディバイン・セイバーズが部隊として形を成していなかった頃から議長直属として戦場に立っていたクーヤにとって、調子に乗って反乱を起こした程度の連中など、物の数ではなかった。

 

 それでも反乱分子たちは諦めようとしない。どうにか、リバティの砲火を掻い潜って接近を試みてくる。

 

 クーヤ機に近付こうとする機影が4機。種類はストライクダガーだ。

 

 クーヤはそれに対してビームキャノンを格納してビームライフルをハードポイントに戻すと、ビームサーベルを抜刀、4対8枚の翼を広げ斬り込む。

 

 その圧倒的な加速力を前に、ストライクダガーは全く対応できなかった。

 

 接近と同時に振るった刃は戦闘の1機を切り飛ばし、更に引き抜く勢いで剣をフルスイング、背後で立ち尽くす1機を胴切りにする。

 

 その段になってダガーは反撃に転じようとするが、それを許すクーヤではない。

 

 1機を蹴り飛ばして隙を作ると、その背後にいたダガーを袈裟懸けに斬り捨てる。

 

 最後の1機はバランスを立て直しながら逃走しようとするが、クーヤはそれ以上の速度でダガーに追いつくと、背中に剣を突き立てて撃墜してしまった。

 

 踊る爆炎。

 

 その炎に彩られ、白き翼の赤き天使が周囲を圧倒する存在感で睥睨する。

 

 精鋭ぞろいのディバインセイバーズの中にあっても、クーヤの実力は群を抜いていると言って良かった。

 

 残る反乱分子たちは僅か。

 

 しかしそれでも、彼等はなけなしの戦力を振り絞って向かってくる。

 

《祖国解放の為に!!》

《プラントの犬に鉄槌を!!》

 

 口々に叫ぶ反乱分子達。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・そんなに死にたいなら」

 

 クーヤは激昂と共に眦を上げる。

 

「どっかその辺で、自殺でもしていろォ!!」

 

 言い放つと同時に、クーヤの中でSEEDが弾ける。

 

 動きに鋭さを増すリバティ。

 

 その機動性に追随できる者は、敵味方双方を合わせても、1人も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現状の問題として、やはり、どの問題から先に取り掛かるのか、にあると思います」

 

 報告するに当たり、リィスはシュウジに対して、そう切り出した。

 

 現状、月への襲撃を終えた大和は、次の作戦行動に対して指示を待っている状態である。

 

 自由オーブ軍の戦力は、反プラント勢力の中では随一と言っても良く、それだけでも戦局をある程度有利に進める事は可能であると分析されている。

 

 しかしそれでも、闇雲に戦線投入して消耗を重ねるのは愚の骨頂である。

 

 何しろ、ターミナルの支援があるとはいえ、一度失われた戦力は簡単に補充できる物ではない。

 

 行動は慎重に、それでいて挙動は大胆に行かなくては、得る物も得られない。

 

「最終的にはオーブ本国を奪還するところを目指すべきだろうが、現状で必要なカードが、まだ揃っているとは言い難い」

 

 シュウジは難しい顔でそう言いながら、書類に目を落とす。

 

 現在ある戦力だけで、オーブ本国の奪還が可能か否かと問われれば、可能である、と言うのがシュウジの考えだった。

 

 奪還それ自体には問題ない。

 

 だが、奪還作戦を行って疲弊したところに、プラント軍の追撃を受けて袋叩きにされたのでは、何の意味も無かった。

 

「その為の第一段階として、まずはここの奪還を行うべきだろう」

「アシハラ、ですか・・・・・・」

 

 リィスは、シュウジがさした宙図の一点を見詰めて頷きを返した。

 

 そこには、かつてオーブが保有した世界最大の宇宙ステーション・アシハラが存在している。軍民兼用の大型宇宙港であり、デブリ帯の奥に建設されている事から、一種の要塞としても機能している。

 

 事実、ユニウス戦役の折には地の利を活かした戦略で侵攻してきたザフト軍を撃退していた。

 

 カーペンタリア条約によって、今はプラントの管理下に置かれているが、最終的にオーブ本土奪還を目指すなら、是非とも押さえておきたい拠点である。

 

 だが、それと同時にクリアしなくてはならない問題もまた、存在していた。

 

「それにはまず、アレをどうにかしない事には」

「ああ、判っている」

 

 リィスの言わんとしている事を察し、シュウジは頷きを返す。

 

 2年前の戦いで北米解放軍が保有していたニーベルング砲台群を殆ど一瞬の内に焼き尽くしたザフト軍の大量破壊兵器。

 

 未だに特性や性能はおろか、名称すら判明していないが、だからこそその存在は不気味な脅威となってこちらの動きに掣肘を与えている。

 

 アシハラを攻めても、その間に大量破壊兵器を撃たれたりしたら目も当てられなかった。

 

 と、その時、扉が開いて、操舵手のナナミが部屋の中に入ってきた。

 

「失礼します艦長。今後の航海計画についての報告書を持ってきました」

 

 第2次フロリダ会戦で兄を失い、一時は失意の淵へと落ちていたナナミだが、あれから2年経ち、立派に立ち直って、今尚、大和の舵輪を握り続けている。

 

 彼女の操舵術はかつてよりもさらに磨きが掛かり、今や大和の命運は彼のジョン双剣に掛かっていると言っても過言ではなかった。事実、先のアルザッヘル襲撃戦でも、見事な操艦を見せて大和を砲撃ポイントまで誘導していた。

 

 それに、

 

「あ、すいません副長。お取込み中でしたか?」

「ああ、良いの良いの。もうだいたい終わったから」

 

 そう言うとリィスは、自分の書類を手早くまとめて立ち上がると、すれ違いざまにナナミの肩を軽く叩いて部屋を出て行く。

 

「あ、あの、艦長、お疲れではないでしょうか? よろしかったらコーヒーを入れますが?」

「ああ、そうだな。では、すまないが頼もうか」

 

 そんなシュウジとナナミのやり取りを背中に聞きながら、リィスは廊下を歩き出す。

 

 最近になって気付いた事だが、ナナミはどうも、シュウジに気があるらしい。勿論、本人に確認した訳ではないので確かな事は言えないのだが。

 

 しかし、彼女の態度を見ていれば、何となく察しがついた。

 

 何にしても、悪い事ではないと思う。

 

 自分達は戦争をしているが、戦争期間中は恋愛禁止、などと言う軍規も無い訳だし。

 

 リィスの両親も戦場で出会い、大恋愛の末に結婚している。それを考えれば、むしろ羨ましいくらいである。

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば、彼、どうしてるかな?」

 

 ふとリィスは、ある人物の事を思い出す。

 

 2年前、ほんの一時期行動を共にしたプラントの青年。

 

 あれ以来一度も会っていないが、元気にしているだろうか?

 

 しかし、今やプラントと自由オーブ軍は敵対関係になってしまっている。簡単に会う事はできないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・それも、仕方ないか」

 

 フッと、寂しげに笑みを浮かべるリィス。

 

 これはリィス自身、自分で選んだ道である。ならば、運命を受け入れて突き進む以外に無い。

 

 たとえそれが、自分にとって不本意な道であったとしても。

 

 

 

 

 

 その少女を見た人間は、大半が己の息を一瞬顰めてしまう事だろう。

 

 今は洒落たハンチング帽とサングラスで顔を隠しているものの、その生来の美貌はその程度の偽装で隠しきれるものではない。

 

 年相応に成長を遂げた身体は、服の上からでも判るくらい均整のとれたプロポーションを見せ、仮に専門外のモデル業をやったとしても、充分に通用するように思われた。

 

 これこそ、あるいは血の成せる業かもしれない。「プラント芸能界の女帝」などと言う人物を母に持てば、否が応でも注目を引く存在になってしまう。

 

 VIP専用のシャトルと言う事もあり、内装、設備、サービス、どれを取ってもプラントで最高レベルの物が揃えられている。規模こそ小さいものの、高級ホテル並みに快適な空間である。

 

 もっとも彼女、ヘルガ・キャンベルは現在、自分自身が置かれている環境について、不満以外の感情を見出す事ができないのだが。

 

「いつまで膨れているつもり?」

 

 少し笑いを含んだ声が横合いから投げ掛けられるが、ヘルガはその声には答えずそっぽを向く。

 

 彼女の横に座った女性は、手にした雑誌に目を落としながら声を掛けてくる。

 

 対してヘルガは、不機嫌そうに女性を睨み付けるが、結局何も言わないまま視線を元に戻してしまった。

 

 ヘルガに声を掛けた女性の名はミーア・キャンベル。

 

 年間のCD売上数はプラント内でもトップを誇る「女帝」であり、かつては「ラクス・クラインの再来」とまで言われた存在である。

 

 そしてヘルガにとっては、何歳になっても頭の上がらない母親でもある。

 

 不満ありありな娘の心情を見透かしたように、ミーアは平然としたまま雑誌を読み進めている。母親であるが故に娘の扱いは慣れているようで、ヘルガの態度も全く気にした様子が無い。

 

 その、何もかもお見通しであるかのような母の態度が、ヘルガの不満をさらに助長させていた。

 

 きっかけは、出発前にいきなりマネージャーから聞かされたことだった。

 

 地方の公演ツアーに出発する直前。その予定がミーア側の予定とバッティングしている事が判ったのだ。

 

 ヘルガとしては、仕事絡みとは言え折角の地方旅行である。仕事が終わった後はゆっくり羽を伸ばして普段の疲れを癒そう、とか密かに考えていたのだ。

 

 にも拘らず、直前になって不意打ちのように聞かされたのがバッティング宣告である。これでは慰安旅行が研修旅行になってしまった気分である。ヘルガとしては、納得できるはずも無かった。母の事は好きだが、それでも自由になれる時間くらい欲しい、と思うのがヘルガの偽らざる心情である。

 

 その話を聞いた時には、思わずマネージャーに罵声を浴びせてしまった。なぜ、こんな事になったのか? なぜ、もっとちゃんと調べておかなかったのか? と。

 

 マネージャーは恐縮したまま、ただ只管ヘルガに謝り通していた。

 

 勿論、マネージャーは悪くない。ミーアは押しも押されぬプラントの「女帝」であるのに対し、ヘルガは新進気鋭とは言え、未だに駆け出しに過ぎない。ヘルガ側のマネージャーがミーアの予定を調べる事は難しいのだ。

 

 マネージャーをひとしきり怒鳴った後、自室に戻って自分のやった事にひどく後悔したヘルガだったが、無論の事、それで気が晴れるはずも無かった。

 

「いい加減に機嫌を直しなさい。だってしょうがないでしょ。この事は、ママだって知らなかったんだから」

「そんな事・・・・・・言われなくても判ってるもん」

 

 ふくれっ面のまま返事を返すヘルガ。

 

 ヘルガとて判っている。芸能界と言う場所で仕事をしていれば、ままならない事は幾らでも出て来る。それにいちいち腹を立てていても仕方がないのだと言う事が。

 

 ヘルガは立ち上がると、ミーアに背を向ける。

 

「どこ行くの?」

「トイレ!!」

 

 芸能人にあるまじき発言をしてから、ミーアはトイレのある方へと向かっていく。

 

 肩をいからせ、無重力じゃなかったらズンズンと言う擬音が聞こえて来そうな足取りの娘を見て、ミーアはクスッと笑みを浮かべる。

 

 そんなヘルガとすれ違うようにして、1人の男性がこちらに向かってくるのが見えた。

 

 男性はヘルガの方に目を向けた後、ミーアに向かって笑みを見せる。

 

「お姫様は、まだお冠ですか?」

 

 男の名はニコル・アマルフィ。プラントを代表するピアノ奏者であり、キャンベル母娘とは、とある友人を介して20年来の付き合いがある。

 

 人当たりが良い性格であり、ミーア自身、何かと頼る事が多い。

 

「まあね。放っておいていいわよ。どうせ、お腹がすく頃には機嫌も治っているでしょうし」

 

 流石は母親と言うべきか、不機嫌な娘の扱いには慣れた物である。こういう時は、暫く放っておいた方が得策である。

 

 そのミーアの言葉に、ニコルは苦笑する。

 

「ノルトがいてくれれば、少しは気も紛れたかもしれないんだけどね。ヘルガ、あの子のピアノが好きだったから」

「ノルト君、ザフト軍に入ったのよね?」

 

 ミーアは、少し意外そうな顔をしながら首をかしげる。

 

「何か、あの子の性格に似合わないわよね、軍人なんて?」

「・・・・・・・・・・・血、かもね」

「え?」

「いや、何でもないよ」

 

 自分の昔の事を思い出し、ふと苦笑いを見せるニコル。そんな彼を、ミーアは怪訝そうに眺めるが、ニコルがそれ以上、何かを語る事は無かった。

 

 やがて、ヘルガが戻ってくるのが見える。

 

 異変が起こったのは、その時だった。

 

 

 

 

 

 シャトルを操縦するパイロットは、前方から接近する複数の熱源がある事に気付いた。

 

「何だ?」

 

 やがて、光学映像が接近する機影を捉える。

 

 シャトルよりも小型で、より機動力の高い機体。特有のずんぐりした重厚な機影が見えてくる。装甲の黒が、闇から溶け出すようにして真っ直ぐに向かってくる。

 

 その姿に、パイロットは驚愕の声を上げた。

 

「ハウンドドーガッ!? しかも、あれは・・・・・・」

 

 黒いカラーリングの機体は、保安局所属である事を意味している。

 

 プラント市民にとっても、保安局は恐怖の対象である。所謂「秘密警察」に相当する保安局は、反乱分子と認定した相手に対する捜査、逮捕権を有しているのみではなく、場合によっては「制圧」も実行できる。もし疑いを掛けられたら最後、逮捕連行され、そして二度と戻って来る事は無い。

 

「なぜ、奴らがここに!?」

 

 急速に喉が渇く。

 

 対モビルスーツ戦闘のノウハウはディバイン・セイバーズやザフトに劣る保安局だが、非武装の民間シャトルにとっては充分すぎる脅威である。

 

 もし彼等が問答無用で攻撃を仕掛けてきたりしたら、一瞬と保たないだろう。勿論、逃げるなど論外だ。

 

 やがて、2機のハウンドドーガが突撃銃を向けてくる中、小隊長と思われる機体が、シャトルに向けて発光信号を送ってくる。

 

『停戦せよ。しからざらば攻撃する』

 

 従うより他に、方法は無い。可笑しな素振りを見せれば、その瞬間に向けられた銃口が火を噴き、そしてシャトルを木端微塵にする事だろう。

 

 停戦するシャトル。

 

 そこへ、保安局の揚陸艇が近付いて来るのが見えた。

 

 

 

 

 

 ファーストクラスのデッキの扉が開き、手に武器を持った複数の保安局員たちが雪崩込んでくるのが見える。

 

 途端に、乗客たちが悲鳴を上げる中、局員は目標の人物を見付けると、足早に駆け寄ってきた。

 

「・・・・・・・・・・・・ママ」

 

 自分に近付いて来る保安局員を見て、不安げな声を上げる娘を、ミーアはしっかりと抱きしめる。

 

「大丈夫・・・・・・大丈夫だからね」

 

 ミーアはそう言って、抱き締めた娘の頭を優しく撫でてやる。

 

 子供の頃には、ある理由で修羅場を持潜り抜けた経験があるミーアにとって、銃口を向けられる事への耐性は充分に培われている。しかし、その精神を、まだか弱い娘に求める事は不可能だった。

 

「何なんですか、あなた達は?」

 

 ヘルガをしっかりと抱きしめながら、ミーアは銃口を向ける保安局員たちを威嚇するように叫ぶ。

 

 相手は武器を持った兵士達。場合によっては発泡も許可されている。そんな相手に、ミーアは一歩も退く事無く対峙する。

 

 娘に少しでも危害を加えようものなら、絶対に容赦しない。

 

 ミーアの態度からは、断固とした意志がにじみ出ている。

 

 たとえ自分自身の命を投げ出す事になっても、ヘルガだけは守り通して見せる。ミーアは心の中で、固く誓う。

 

 そこへ、捜査隊の隊長と思しき人物が歩み出てきて、1枚の書類を突き出してきた。

 

「ミーア・キャンベル、並びにヘルガ・キャンベル。あなた達を国家反逆罪、並びに騒乱煽動罪で逮捕します。どうか、抵抗はしないように」

 

 慇懃にそう告げると、部下に拘束するよう命じる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 そんな彼等の前に、ニコルが立ちはだかった。

 

 ニコルは普段、温厚な性格として認識されているが、その印象をかなぐり捨てるように、保安局員に対して食って掛かる。

 

「こんな横暴が許されていいはずがない!! まずは明確な証拠を示していただきたいッ それからキャンベル母娘の顧問弁護士に連絡をッ これは正当な権利だ!!」

 

 毅然とした態度を見せるニコル。

 

 誠実な抗議は、しかし理不尽な暴力によって報われた。

 

 兵士の1人が、手に持ったライフルの銃座で、容赦なくニコルの頭を殴りつける。

 

「ニコル!!」

 

 ミーアが声を上げる中、ニコルは意識を失って昏倒する。

 

「この男も連れて行け。こいつらの仲間かもしれん。まったく、不穏分子ってのは油断も隙も無い。どこにどうやって潜んでいるか判らないから始末に負えんよ、まるでゴキブリだ」

 

 吐き捨てるようにそう言って肩を竦める兵士の言葉を、ミーアは強い眼差しと共に聞き入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱いシャワーをその身に浴び、弛緩した体を引き締めると、心も一気に引き締まる思いである。

 

 少女らしい瑞々しさを感じる体は、小柄ながらスラッとした細さを保ち、バランスの良い肢体を湯に晒している。

 

 短く切りそろえた美しい金髪は水の流れに逆らわず、滴を伝わせて床へと向かう。

 

 ある種の神々しさすら感じるような姿は、神聖にして侵しがたい印象を受ける。

 

 やがて体を清め終ると、待っていた侍女に体と髪を拭かせ、用意された純白の衣装に身を包む。

 

 この衣装一枚だけで、平均的な欧州人の年収2年分にも匹敵する。それを惜しげも無く普段着にしている辺り、格差と言う物を真剣に考えざるを得ない。

 

 最後に、差し出されたトレイに恭しく乗っている仮面を取り、それを慣れた手付きで顔に装着する。

 

 ユニウス教団の象徴たる「聖女」は、全ての身支度を終えて禊の場を後にした。

 

 北米紛争において、共和連合軍、正確に言えばアンブレアス・グルック率いるザフト軍に加担し、北米解放軍、並びにその「共犯者」たるオーブ軍の殲滅に貢献したユニウス教団は、その後も交わされた密約によって存在を公的に認められ、勢力を拡大している。

 

 今や、教団の活動範囲は当初の本拠があった欧州のみならず、プラント領北米にまでおよび、年間の入信者数拡大につなげている。

 

 特に北米では、先年の紛争終結以来人心の荒廃が絶えず、それ故に教団に救いを求める者は後を絶たなかった。

 

 まさに、新たな勢力圏の拡大を行うには、北米と言うのは絶好の場所だった。

 

「遅くなりました」

 

 会議の場に入ると、既に教主アーガスを始め教団の幹部達が既に勢ぞろいしていた。

 

 ユニウス教団内部においてもいくつかの役割があり、それに応じた位階も決められている。

 

 司祭と呼ばれる者達は一定の教義を修得し、アーガスによって認められた者達である。彼等は一般信徒達への指導を行うほかに、事務等、実際に教団の運営にかかわる役割も与えられている。

 

 更に司祭達の中でも位階があり、階級の高い者は各方面の支部長を任され、その地方の信徒の行動、生活の一切を管理する責任がある。

 

 この他に、北米紛争終結に貢献した戦闘部隊があるが、これは教主アーガス直轄となる。

 

 それらの幹部達が今、この場に集まっていた。

 

「では、大会議を始める。本日の議題についてはまず、各支部からの報告から始めてもらいたい」

 

 議長役のアーガスに促され、各支部の支部長が順に起立して報告を行っていく。

 

 特に、最近になって勢力圏となった北米の各支部においては多くの問題を抱えており、目下のところ教団にとっては最優先の事案となっている。

 

 紛争が終結したとは言え、長引いた戦乱は人心を荒廃させるのに十分だった。それ故に野党の類が横行し、更には北米解放軍の残党が未だにテロリストと化して活動を続けている。それらが教団の不況を邪魔してくることは珍しくなかった。

 

 その為に戦闘部隊の増強は随時行っている。いざと言う時は、彼等が信徒を守る最後の盾となるのだ。

 

「僭越だとは思うのですが・・・・・・」

 

 北米支部長の1人が、恐る恐ると言った感じにアーガスに言った。

 

「戦闘部隊のみによる護衛だけでは、限界があります。ここは、プラント政府か、もしくは北米総督府に治安の強化を要請する事はできないでしょうか?」

 

 北米の治安維持は、当然ながら統括するプラントの役目だ。ならば、その主張は当然の物なのだが・・・・・・

 

 しかし、その言葉に対し、数名の幹部達は明らかな難色を示していた。

 

 確かに教団とプラントは同盟関係にある。しかし、たとえ相手が同盟者であったとしても、必要以上に借りを作りたくは無いと言うのは、どんな場合でも本音である。

 

 下手な要請は藪蛇を呼び、後日、教団にとって不利な要求をプラント側から突き付けられる事も考えられる。その為、今ここでプラント政府に対して借りを作る事は得策ではない、と考えている者は決して少なくない。

 

 だが、

 

「教主様、私からもお願いします」

 

 淡々とした口調で、仮面の少女がアーガスへと告げる。

 

「今こうしている間にも、信徒の皆さんに塗炭の苦しみを味あわせているのは事実。ならば彼等を守る為に手を打つべきと考えます」

 

 教団のトップはアーガスだが、聖女は教団の象徴であり、その立場は事実上、アーガスよりも上である。彼女が望めば、教主アーガスを始め全ての信徒にそれを実行する義務が生じる。

 

 聖女の方でもその事は弁えており、普段はあまり会議の場では積極的に発言せず、ただ確定した議題に了承を与えるのみなのだが、この日は信徒達の身に危険が及んでいると知り、敢えて沈黙を破ったのだ。

 

「・・・・・・承知しました」

 

 対して、教主は厳粛な調子で言って頭を下げる。

 

 聖女が望むならば、彼等に否やは無い。それがたとえ、教団にとってマイナスになる事であっても。

 

 だが、

 

 仮面の奥ですまし顔に戻る聖女。

 

 そんな彼女の横顔を、

 

 アーガスは細めた視線で見詰め続けていた。

 

 

 

 

 

「えー、結局それだけしかしなかったの?」

 

 部屋の中に、リザの不満げな声が木霊する。

 

 室内にいるのはカノンとリザだけ。2人とも、今は休憩中と言う事で部屋の中で休んでいた。

 

 そのリザはと言えば、今、カノンに食って掛かるようにして迫っていた。

 

 話の内容は、先日のヒカルとの会話についてである。

 

 リザとしてはてっきり、そのままヒカルとカノンが深い関係になるであろう事を期待していたのだが・・・・・・

 

「何でそこまで行っといて、チューぐらいしなかった訳!?」

「いやザッち、チューって・・・・・・あたしは別に・・・・・・」

 

 あまりのリザの剣幕に、思わずカノンはのけぞる。

 

 それまでの成長を取り戻すように、最近は成長著しいリザ。背も、1年以上前に既に抜かれて(カノン的には割とショックだった)おり、向かい合えばリザの方が見下ろす形になってしまっている。

 

 以前はカノンがリザを妹のように思って扱われていたが、今では立場的に逆転しつつあるように思えた。

 

 そんなカノンに対し、リザはあからさまにため息をついて見せる。

 

「ノンちゃんってさ、キャラに似合わず意外とヘタレだよね」

「へ、ヘタレ!?」

 

 ひどい言われようだった。

 

「だってさ、ヒカル君はあの通りの鈍感キングなんだから、もたもたしてたらこっちの気持ちなんて伝わんないよ?」

「う・・・・・・それは・・・・・・」

 

 思い当たる節が多々あるのか、カノンは言葉を詰まらせる。

 

 確かに、あのヒカルを相手に正攻法ばかり続けていたら、永遠に思いは届きそうにないような気がする。

 

 何かしらもっと、積極的な手に訴える必要性は、確かにあるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 女子2人が姦しいトークに興じている頃、ヒカル、レオス、アステルの男3人組は、格納庫に集まって機体の調整を済ませていた。

 

 正直、先の戦いで驚いたのは、ギルティジャスティスの存在だった。

 

 これまで全く存在を公表されていなかった機体である。それを、まさかアステルに託して出撃させるとは思っても見なかった。

 

「エターナル計画の一環でね、元々、エターナルフリーダムとスパイラルデスティニー、ギルティジャスティスをメインに、3機のリアディスがサポートする形を取られるはずだったらしいよ」

 

 レオスがそう言って説明する。

 

 計画を推進したオーブ軍としては、都合6機の機動兵器を前線に投入する事で、北米解放軍や北米統一戦線との戦いに、一気に決着を付けようとしたのだろう。

 

 しかし意に反しスパイラルデスティニーは北米統一戦線に奪取され、エターナルフリーダムはテロにあって大破。ギルティジャスティスは開発が遅れに遅れてしまい、計画は半ば以上完遂されないまま、北米紛争への介入を余儀なくされたと言う訳だ。

 

 おかげでオーブ軍は、エターナルフリーダムを突貫修理して間に合わせたセレスティの他は、本来なら支援機の筈のリアディスを主力として北米紛争を戦う羽目になったのだ。

 

 現在の主要戦力はエターナルフリーダムとギルティジャスティス。そしてリアディス・アインとドライの4機。

 

 スパイラルデスティニーは結局戻らず、リアディス・ツヴァイは北米で失われた形ではあるが、ようやく本来のエターナル計画に近付いた感があった。

 

 更にリアディス用の新装備も急ピッチで完成を目指している。それが成れば、更なる戦力の拡充が見込めるはずである。

 

 そこでふと、ヒカルが視線を巡らせると、アステルが自分の愛機となったギルティジャスティスを見上げて立ち尽くしているのが見えた。

 

 因みにアステルが前から使っていたストームアーテルは、自由オーブ軍の方で回収され後方の拠点へと送られていった。恐らく修復の後、再び戦線に加わる事になるのだろう。

 

 今やこのギルティジャスティスこそが、アステルにとっての唯一の剣となった訳だ。

 

「どうしたんだよ、アステル?」

「・・・・・・・・・・・・いや、別に」

 

 それだけ告げると、アステルは踵を返して去って行く。

 

 そのアステルの後姿を見据え、ヒカルはため息を吐いた。

 

 状況が変わっても取っ付きの悪さは相変わらずのようだった。おかげで仲立ちするヒカルの気苦労が絶えない。

 

「彼、相変わらずみたいだな」

「ああ、どうにかしてやりたいんだけど」

 

 同情気味に声を掛けてきたレオスに、ヒカルはやれやれと言った調子に答える。

 

 自由オーブ軍に合流して以来、アステルは以前に輪を掛けて無口になった感がある。そんな状況であるから、なかなか周囲に馴染めずにいるのだ。

 

 レオスなどは、あまりそう言った事を気にしていない様子で、よくアステルに声を掛けているのを見かけるが、逆に女性陣は、アステルの近寄りがたい雰囲気に押され、露骨に避けている感すらあった。

 

「まだ、戸惑ってるんじゃないかな彼? 自分の立ち位置にさ」

「立ち位置?」

 

 レオスの言葉に、ヒカルは怪訝そうに尋ね返す。

 

「つい2年前まで敵だった戦艦に乗って、一緒に戦っている。それは彼にとって、考えても見なかった異常な事なんだと思う。だからまだ、頭の中で混乱している状態なんだよ」

「混乱ねえ・・・・・・」

 

 あのアステルが混乱している所なんて、正直想像できないのだが、レオスが言っている事は理解できた。

 

 要するに、まだまだ時間がかかると言う事だろう。アステルがこの状況に馴染むのも。

 

 クスッと、ヒカルは微笑する。

 

 そう言う事なら仕方がない。面倒くさいが、もう少し付き合ってやるか。

 

 ヒカルがそんな風に考えた時だった。

 

《副長より達す。パイロット各位は、直ちにブリーフィングルームへ集合せよ。繰り返す。パイロット各位は、直ちにブリーフィングルームへ集合せよ》

 

 リィスの声がスピーカーから響き渡る。どうやら、状況に何かしらの変化があったらしい。

 

 ヒカルとレオスは、互いに頷き合うとブリーフィングルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 先のアルザッヘル襲撃戦は、自由オーブ軍としての旗揚げを世界中に印象付けると同時に、裏ではもう一つの目的が密かに遂行されていた。

 

 それはターミナルの連絡要員と合流する事である。

 

 ターミナルは元々、情報の収集伝達を行うスパイ組織としての一面が強い。その為、必要な情報を取得して自由オーブ軍に渡す事も、彼等の役割の一つだった。

 

 自由オーブ軍としても、次の作戦行動を練り上げる上で、ターミナルとの連携は必要不可欠だった。

 

 ヒカル達がブリーフィングルームに入ってしばらくすると、リィスが一人の女性を連れて入ってきた。

 

 年齢は30代から40代くらいで、軍服ではなく一般人の服装をしている所を見ると、彼女が連絡要員なのだろう。

 

 と、女性の方はヒカルと目が合うと、小さく手を振ってくるのが見えた。

 

 キョトンとするヒカル。

 

 どうにも、見覚えの無い女性である。しかしどうやら、向こうの方ではヒカルの事を知っているらしい。

 

 そんな事を考えていると、壇上に立ったリィスが語り始めた。

 

「みんな、揃っているわね。じゃあ、始めるわよ」

 

 そう前置きして、リィスは作戦の説明に入った。

 

「かねてから捜索していた、プラントが所有している『収容コロニー』の場所が分かったわ」

 

 その言葉に、一同の間に緊張が走る。

 

 プラントの政策により、保安局が逮捕した反乱分子を捕縛、収容する大規模なコロニーが地球圏のどこかに存在している事は、前々から囁かれていた事である。

 

 しかしプラント側が厳重に情報管制を行っている為、その位置を特定する事は今までできなかった。

 

「確かなんですか、その情報は?」

 

 尋ねたのはレオスである。

 

 その情報が間違いない物であるなら、自由オーブ軍にとって、この上ない目標となる筈である。

 

 それに対してリィスは頷きを返すと、スクリーンに宙図を投影し、その一点を指揮棒で差した。

 

「場所はここ。見ての通り、本来の航路からはだいぶ外れているわよね」

 

 確かに、そこは殆ど何も無い宙域と言って良かった。確かに、そのような場所に人工物があるとはだれも思わないだろう。

 

 だが、

 

 一同の間に緊張が走る。

 

 プラントの保安局が政治犯等を逮捕して、所在不明のコロニーに強制収容している、と言う話は聞いていたが、そのコロニーの場所がついに判明したのだ。

 

「説明は、こちらの方からしてもらうわ」

 

 そう言うとリィスは、ともに入ってきた女性を紹介した。

 

「フリーカメラマンのミリアリア・ケーニッヒさんよ。彼女は仕事柄、多くの地域を周る事が多いんだけど、その関係でターミナルの情報員も務めているの」

「よろしくね」

 

 そう言って、ミリアリアは気さくに手を上げて挨拶してくる。

 

 そこでヒカルは、ようやく挨拶する女性の正体を思い出した。

 

 確か、父の昔からの友人で、フリーカメラマンをしている女性だった。幼い頃に何度か会って、撮った写真を見せてもらった事がある。

 

 旦那さんの方はジャーナリストをしており、夫婦そろって世界中を飛び回る仕事をしているとか。

 

 そんな彼女が、まさかターミナルの構成員だったとは思いもよらない事であった。

 

「収容コロニーの戦力は、ほぼ保安局の部隊のみで、決して多くは無いって話よ。ただ、近くでザフト軍の部隊が活動してるって情報もあるから、もしかするとそっちの連中も出て来る可能性があるから気を付けて」

 

 ミリアリアの説明を受けて、ヒカルは考え込む。

 

 保安局の部隊のみであるなら、大した脅威にはならない。彼等の対モビルスーツ戦闘技術が低い事は、すでに実証済みである。

 

 しかし、もしザフト軍が増援として現れたりしたら、その時は少々厄介な事になるかもしれなかった。

 

「今回はターミナルとの合同作戦になります。既に向こうの工作員が動いているって話よ。ただ、聞いた通り、状況がいつ、どんな風に変化するのかは想像ができない。なるべく迅速に、そして確実に行動するように」

 

 リィスの言葉を受け、一同は気を引き締めて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ作戦を説明するだけなのに、この男はなぜこんなにも偉そうなのだろう?

 

 毎度の事にうんざりしつつも、レミリアはそんな事を考える。

 

 パイロットスーツに着替えた彼女は、ザフト軍の隊長から作戦の説明を受けていた。

 

 内容は不穏分子の殲滅。

 

 「宇宙解放戦線」などと大層な名を名乗る組織が、再起人になって活動を活発化させ、プラント所属のシャトルや輸送船を襲うようになったとか。

 

 レミリアに与えられた任務は、その宇宙解放戦線の捕捉、殲滅である。

 

「以上だ、何か質問はあるかね?」

「・・・・・・・・・・・・いえ」

 

 隊長の問いに、レミリアは低い声で答える。

 

 そんなレミリアに対し、隊長は露骨に不審な目を向けてきた。

 

 ここでのレミリアは、全くと言って良いほど周囲から信用されていない。無理も無い。元は北米統一戦線のテロリストだったのだ。それが議長の指示とは言え、今はプラント軍に編入されて戦っている。そんな人間を、誰だって信用できる筈が無かった。

 

 だが、それで良いのだ。レミリア自身も、彼等を信用している訳ではないのだから。

 

「では行きたまえ」

 

 居丈高な隊長の言葉を背に、レミリアは歩き出す。

 

 言われなくても行ってやる。

 

 その想いが、少女の中で呟かれる。

 

 もっともレミリアには、彼等の為に戦ってやろうと言う思いは微塵も無いのだが。

 

 今のレミリアにとって、姉と過ごせる時間が唯一、至福を感じる事ができる時だった。

 

 2年前の戦いに敗れ、そして囚われの身となったレミリアとイリア。

 

 本来であるなら、プラントに逆らったテロリストとして処刑されたとしてもおかしくは無かった。事実、アラスカを脱出した仲間の大半は、捕まって処刑されてしまった。

 

 だが、レミリアに関して言えば、そうはならなかった。

 

 それどころか、生活はプラント政府によって保障され、使用人付きの邸宅まで宛がわれている。日々の寝食に関して言えば、全く事欠かない。無論、監視はついているが。

 

 厚遇と言っても良いだろう。

 

 だが、姉妹にとってそれは上辺を繕っているに過ぎない。

 

 レミリアは決して、プラントに逆らう事ができない。もしそんな事をしたら、その瞬間にイリアの命は速やかに奪われる事になる。

 

 イリアにしてもしかりだ。レミリアの命を握られている以上、逆らう事はできない。

 

 言わば、お互いがお互いにとっての人質である。勿論、命を自分で断つ事も許されない。そうなれば生き残った方が、どんなひどい目に合うか判らなかった。

 

 レミリアとイリアは、お互いの体を強固な鎖でがんじがらめに縛られているに等しいのだ。

 

 それでも2人は、お互いがいればそれだけで幸せだった。

 

 今や、文字通り異郷の天地で天涯孤独と言っても良い2人。互いの存在のみが支えとなっているのだ。

 

 コックピットに入り、機体を立ち上げる。

 

 今や自分の体の一部と言っても良いくらいに馴染んだ機体は、レミリアにとっての剣であり、そしてイリアを守る為の盾でもある。

 

 姉を守る為だったら、どんな事だってやってやる。

 

 それがたとえ、自分の魂を悪魔に売るが如き行為だったとしても。

 

 眦を上げると同時に、レミリアはスロットルを開いた。

 

「レミリア・バニッシュ、スパイラルデスティニー行きます!!」

 

 勢いよく射出される機体。

 

 同時に深紅の翼は、虚空に雄々しく広げられた。

 

 

 

 

 

PHASE-06「闇視する先」      終わり

 






機体設定


ZGMF-10A「リバティ」

備考
プラントがディバインセイバーズ用に開発したフリーダム級機動兵器。特徴としては、パイロットの適正に合わせて機体の武装を自由に付け替える事が可能な点にある。その点、セレスティやエターナルフリーダムと似通っていると言える。核動力である事も相まり、単なる量産型機動兵器の枠に収まらず、特機クラスの戦闘力を発揮して戦場を支配する事になる。



クーヤ専用リバティ

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ビームシールド×2
ビームキャノン×2
頭部機関砲×2

パイロット:クーヤ・シルスカ

備考
クーヤの適正に合わせ、火力よりも機動力の強化に重点が置かれている。その為、機動性に関して言えば、プラント軍でも随一の性能を誇っている。





人物設定


ヘルガ・キャンベル
コーディネイター
17歳     女

備考
プラントで売り出し中の新人アイドル。その溌剌とした雰囲気と母親譲りの歌唱力で、徐々に人気を伸ばしている。ただ、私生活ではやや気の強い面が目立ち、それが周囲との軋轢になる事もある。





ミーア・キャンベル
コーディネイター
39歳     女

備考
プラントを代表する歌手で「女帝」と言う異名で呼ばれる。仕事でも私生活でも包容力がある性格により、多くの人から慕われている。亡きラクス・クラインとも親交が深かった。最近では、娘の教育方針で悩み気味。





ニコル・アマルフィ
コーディネイター
39歳      男

備考
ノルトの父親。プラント音楽界では名の知らぬ者のいないピアノ奏者。物腰の良い性格で、周囲の皆からも慕われている。彼もラクスとは浅からぬ縁があり、その関係でキャンベル母娘と知り合った。

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