機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-05「月強襲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の好悪における感情は、仕事とは無関係である。

 

 自身がプロの兵士である事を自認しているクーランにとって、本来の雇い主であるPⅡの存在は、決して心を許せる相手だとは思っていない。

 

 何を考えているのか判らないような言動。それでいて、世界の全てを知り抜いているかのように振る舞う超越者の如き態度は、見る者に不快感を与えるには充分だろう。

 

 とは言え、クーランにとって現状が不満であるかと言えば、全くそんな事は無い。

 

 要は割り切りの問題である。他人に対する好悪は、仕事に差し支える物ではない、と言う訳だ。

 

《君にしては随分と苦戦しているみたいじゃない》

 

 PⅡの揶揄する言葉に、クーランは苦笑しながら肩を竦めて見せる。

 

「連中がしぶといのは今に始まった事じゃない。それはアンタだって判ってんだろ」

《確かに。鼠はしぶといものだってのは、昔からの決まりみたいなものだからね。その点に関しては同意するよ》

 

 PⅡもそう言うと苦笑で返す。

 

 先の自由オーブ軍との戦闘から数日、部隊の再編成を終えたクーランは、再び逃げたオーブ軍の追撃に入ろうとしていた。

 

 損傷した機体の修復に加えれ追加装備の受領を終え、戦力的には充実している。クーランのガルムドーガも強化され、量産型の機体でありながら特機クラスの戦闘力を発揮できるまでになっている。

 

 その矢先に入ってきたのは、PⅡからの長距離通信であった。

 

 間もなく、歴史は大きく動く事になる。その為の準備に、プラント最高評議会は大わらわだと言う。その関係でPⅡは現在、アンブレアス・グルックの補佐役として、プラント首都アプリリウスワンに滞在しているのだ。

 

 そのような事情の中、わざわざ長距離通信を使って連絡を寄越したと言う事は、PⅡの好奇のアンテナに、クーラン達の戦闘が引っ掛かったからなのだろう。そうでもなければ、快楽主義者のPⅡが、わざわざ直接通信を送って来る筈が無かった。

 

《何か不足している物とかある? あるなら、麗しき議長殿に頼み込んで融通してもらうけど?》

「持つべき物は話の分かる上司だな。じゃあ、酒を頼んでくれ。取りあえず年代物のワインでも10ダースほどな」

 

 おどけた調子のクーランの言葉に、PⅡも苦笑を浮かべる。

 

 見た目荒くれ者と言った感じのクーランだが、こと荒事に関する限り、この男ほど頼れる存在は他にいないだろう。だからこそPⅡ、わざわざ手を掛けて拾い、子飼いとして重用しているのだ。

 

 クーランもまた、そうしたPⅡの期待に答え、これまで多くの作戦を実行してきた。中にはハワイ襲撃時のように、秘匿性の高い汚れ仕事であっても文句を言う事無く引き受けていた。

 

《アンブレアス・グルックが、間も無く例の発表を行う》

 

 口元に笑みを浮かべたPⅡに対し、その言葉を聞いたクーランは目を細めて押し黙る。

 

 どうやら、時期が来たと判断したらしいグルックは、いよいよ自分達の世界を構築する為に動き出すつもりのようだ。

 

「そいつはまた・・・・・・忙しくなりそうだな」

《まあね。グルックにしてみれば、一世一代の晴れ舞台が整ったんだ。踊らずにはいられないってところだろうね》

 

 そう言ってPⅡは肩を竦める。

 

 本来なら彼等にとって、直接の上司に当たる筈のアンブレアス・グルックだが、PⅡとクーランの間には、彼に対する敬意と言う物がまるで感じる事ができない。まるで、舞台を演じる役者の演技を客席から批評している。そんな感じだ。

 

《鼠が躍りたいなら、踊りたいだけやらせておけばいいさ。力尽きるその瞬間まで、ね》

 

 PⅡの不気味な呟きに、クーランは苦笑しながら聞き入っている。

 

 クーランにしてみれば、何でも良いのだ。自分の才能を十全に発揮できる場さえ与えてくれるなら。そしてPⅡは、そんなクーランの期待に完璧に応え、数々の戦場と、そこに介入する為の立場を用意してくれている。

 

 手駒が必要なPⅡと、戦場が欲しいクーラン。見事なまでにニーズが一致していた。

 

 今回、保安局の行動隊隊長としての地位を用意してくれたのもその一環である。おかげでクーランは、気兼ねなく「反乱者狩り」を楽しむ事ができると言う訳だ。

 

 そこでふと、クーランは思い出したように話題を変えた。

 

「そう言えば、オーブ軍の中に1機、妙な奴がいたぞ」

《妙な奴? と言うと?》

「何のつもりかは知らねえが、そいつ、コックピットやらエンジンやらを外して攻撃してきやがった。おかげで、そいつと戦って死んだ奴はいねえが、どいつもこいつも戦闘不能で離脱する有様だ」

 

 クーランは対戦したエターナルフリーダムの事を思い出し、苦々しく舌打ちする。

 

 戦場において情けを掛けるなど、クーランからすれば馬鹿にしているとしか思えない。これが偶然の産物であれば別に良いのだが、流石に戦った全員が戦闘不能で生還するなどあり得ない。

 

 クーランの目から見ても、あの敵は明らかに、撃墜する事を避けて戦っていた。相手が敵であるにもかかわらずだ。

 

「ザフトの女隊長が、そいつの事を《魔王》とか言ってたっけな。何にしても、ふざけた野郎だよ」

《ふーん・・・・・・魔王、ね》

 

 クーランの説明に、PⅡは少し興味をひかれたように呟いた。

 

《それ、結構面白いね》

「何がだよ?」

 

 訝るクーランに、PⅡは楽しげな口調で告げた。

 

《この時期に魔王と称されるくらいインパクトのある敵が現れた。これはつまり、敵の姿が明確になったと言う事だ。宣伝材料にしろ、実際の実力であるにせよ、これは大きな指針になる。それに・・・・・・》

「それに?」

 

 PⅡは笑みを含んだ声で言った。

 

《昔からのおとぎ話とかで良く言うでしょ。「魔王を倒すのは勇者の役目」ってさ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルは子供の頃から、両親の仕事の関係で何度か宇宙に上がった事がある。

 

 最初の頃はシャトルの打ち上げや、感覚の違う無重力空間、更には地上に戻る時に生じる大気圏突入時の衝撃に耐えられず、妹のルーチェともども体調を崩したりしていたが、それも慣れて来れば、いつの間にか何ともなくなっていた。

 

「そう言えばルゥの奴、そう言う事は俺よりも先に慣れていたよな」

 

 ヒカルは同時に事を思い出し苦笑を漏らす。

 

 同じ双子なのに、当時のルーチェは活発、と言えば聞こえが良いが、敢えて言うなら「ガキ大将」みたいな性格で、いつもヒカルやカノン、さらにはナナミやミシェルまで連れ出して引っ張りまわしていた。

 

 もっとも悪戯をやり過ぎて、そのあとルーチェがリィスに大目玉をくらうのがいつものパターンだった。ただその際、たまにヒカルも巻き添えを喰らって怒られていたのは、今でも納得がいかないのだが。

 

 ヒビキ家では、躾は主にリィスの担当だった。キラは私生活においてはのほほんとしている事が多く、ヒカルやルーチェがいたずらしても笑って許してしまう事が多かった。一方のエストはと言えば、普段はぼうっとしている事が多く何を考えているのか判り辛かったが、やはり子供達の事を溺愛している様子で、ついつい甘やかしてしまう事が多かった。

 

 両親がそんなだから、いきおいリィスに掛かる負担は大きくなってしまった。ヒカルが今でも姉に頭が上がらないのは、そう言った事情もある。

 

 今では戻らない過去であるが、それでもヒカルにとっては大切な思い出である。

 

 大和は今、月に向けてゆっくりと接近している。そのまま予定のポイントまで行き、ヒカル達フリューゲル・ヴィント特別作戦班を出撃させる事になる。

 

 ただ、事が順調に運ぶのならそれで良いが、万が一、敵が作戦の妨害に出て来る可能性がある。ザフト軍や保安局の部隊も、自由オーブ軍の動静に神経をとがらせている事だろう。

 

 一応、ムウ・ラ・フラガ率いる艦隊が大和を護衛し、更にシン・アスカ率いるフリューゲル・ヴィント第1中隊も援護に入る予定ではあるが、それでも予断を許される状況ではない。

 

 そこでまず、ムウ率いる艦隊が大規模な陽動を掛け、その隙に大和が高速で目標の拠点へと突入、殲滅すると言う作戦が取られる事となる。

 

 今回の戦いで求められるのは一撃離脱である。その為に、可能な限りの速度で目標へ接近、その後、全速力で離脱する必要があった。

 

 自由オーブ軍は、未だに戦力的には充分とは言い難い。ここで無理する事はできなかった。

 

 パイロットスーツに着替え、待機室に入るヒカル。

 

 そこで、

 

「あ・・・・・・」

「ふぇ・・・・・・」

 

 既に待機していたカノンと、ばったり克ち合ってしまった。

 

 互いの間に流れる沈黙。

 

 ヒカルが遅ればせながら帰って来た挨拶をカノンにして、それに対して感極まったカノンがヒカルの胸に飛び込んだのはついこの間の事である。

 

 後になって冷静に考えれば、誰が見ているかもわからない廊下で、随分と大胆な事をしたものである。

 

 思い出すだけで、2人揃って赤面してしまうのは仕方のない事だった。

 

「よ、よう」

「う、うん、やっほ」

 

 それっきり、再び途切れる会話。

 

 何か話すべきなのだろうし、互いに幼馴染であるから他愛のない会話の話題には事欠かないはずなのだが、それがどうした訳か、顔を合わせると2人揃って沈黙してしまうのが最近のパターンだった。

 

 ヒカルはと言えば、あの抱き合った時のカノンの体の感触が、どうしても思い出されていた。

 

 相変わらず小柄で、抱き締めればすっぽりとヒカルの腕の中に納まってしまうカノンだったが、体付きはすっかり女っぽくなり、柔らかい感触がヒカルの中に残っている。

 

 と、

 

「邪魔だ」

「グハッ!?」

 

 いきなり背中から蹴り飛ばされ、ヒカルは声をあげながら吹き飛ばされる。

 

「アステル、お前な!!」

「入り口でボサッとしているお前が悪い」

 

 抗議するヒカルを無視して、アステルはさっさとソファに腰掛けてしまう。

 

「まあまあ、2人とも。それくらいにして」

 

 苦笑しながら入ってきたレオスが、宥めるように言う。

 

 ヒカル、アステル、カノン、レオス。

 

 この4人がフリューゲル・ヴィントの特別作戦班として、共に戦う事になるメンバーである。

 

 ぼやくように、ヒカルは呟く。

 

「果たして、上手く行くのかね」

 

 全くの不安無しとしないのが現状である。否、むしろ不安しか無いと言っても良い。

 

 特にアステルの存在がネックである。既に2年前のこととはいえ、アステルが所属する北米統一戦線と死闘を演じた記憶はまだ薄らいだとは言えない。大和艦内には、露骨ではないにしろ、アステルに不信の目を向ける者もいる。

 

 もっとも、当のアステルと言えば、そんな空気など意に介さず、いつも通り淡々とした調子で過ごしているのだが。

 

 とは言え、果たしてアステルを交えたこの4人で、上手く戦って行く事ができるかどうか?

 

 双方の事情を知るヒカルには、そこら辺の調整も期待されているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界いっぱいに、月の白い姿が広がって行く。

 

 旧世紀に書かれたとある物語では、無慈悲な夜の女王と称された月は、しかしその物騒な評価とは裏腹に、美しい姿を虚空に浮かべている。

 

 そんな月を、ムウは旗艦の艦橋から感慨深く眺めている。

 

「思えば、随分と遠くまで来たもんだ。って、これじゃあ、本当に親父になったみたいじゃないか」

 

 1人でそう言って、苦笑する。

 

 月はムウにとっても思い出ある場所である。

 

 かつて、まだ地球連合軍に所属していた頃、ムウは月を舞台にザフト軍と戦っていた時期がある。

 

 あの頃はまだモビルスーツも黎明期で、ザフト軍に対抗できるのはムウが所属していたガンバレル搭載型のメビウスゼロを装備した部隊くらいの物だった。

 

 あの時の戦いでムウは「エンデュミオンの鷹」と言う異名で呼ばれるようになり、名実ともにエースパイロットになったのだ。

 

 もっともムウは、思い出に浸る為にこの場所へ来た訳ではない。

 

「後方よりザフト艦隊接近。距離20!! モビルスーツらしき熱紋も多数、追撃してきます!! 更に前方からも反応有り!!」

 

 オペレーターの声が緊張を増して告げる。

 

 予想していた事だが、簡単には行かせてくれないらしい。

 

 後方から来るのは恐らくデブリ帯から追ってきた部隊だろう。どうやら、是が非でもこちらを仕留めないと気が済まないらしい。

 

「贅沢な歓迎、悼み入るじゃないの。なら、こちらも盛大に応えないとな」

 

 身を乗り出すようにして、ムウは不敵な笑みを浮かべる。

 

 元より向かって来ると言うのなら、こちらとしても望むところである。

 

 大気圏が近いが、そんな事は些細な問題である。準備は万端と言って良かった。

 

「モビルスーツ隊、発進開始ッ できるだけ連中の目をこちらに引き付けろ!!」

 

 ムウの命令が、鋭く走った。

 

 

 

 

 

 シン・アスカは虚空へ飛び出すと同時に部隊の先頭へと躍り出る。

 

 現在、彼の妻で自由オーブ軍開発担当に就任しているリリア・アスカが、シンの新たな機体の開発を行っているが、最終調整が間に合わず、今回の戦いには参加できていない。

 

 その為、今回は宇宙戦用に調整されたイザヨイでの出撃となる。

 

「いいか、無理に交戦する必要は無いッ できるだけ長く敵を足止めして時間を稼げ。その後は各自交戦しつつ離脱せよ!!」

 

 そう言うとシンは、自らフルスロットルで突撃を開始する。

 

 ザフト軍は自由オーブ軍の倍近い数を繰り出してきている。少数の側から行けば、防衛線の構築は難しい。そこら辺は、シンとムウの采配に委ねられる事になる。

 

 シンはイザヨイの戦闘機形態のままザフト軍の隊列の中へ鋭く斬り込むと、その中央で人型に変形する。

 

 先述したとおり、少数の側が受け身に回るのは却って危険である。ならば、機動力を駆使して飛び込んでしまい、後は縦横にかき回してやった方が得策である。

 

 シンの突貫に対し、慌てて向きを変えようとするザフト機。

 

 しかし、その時には既に、シンは動いていた。

 

 右手に装備したビームライフルを3連射するシン機。

 

 たちまち、3機のハウンドドーガが直撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 陣形を乱すザフト軍。

 

 更にシンはビームサーベルを抜き放つと、近付こうとする敵機2機を素早く斬り捨てた。

 

 かつては「オーブの守護者」と言う異名で呼ばれ、現在に至るまで「オーブ最強」の名で呼ばれ続けているシンである。たとえ100の兵士を束ねても対抗できる物ではない。

 

 シンが只者ではないと感じたザフト軍は、陣形を組みつつ包囲網を形成しようとする。

 

 しかし、その背後から容赦ない砲撃が浴びせられた。

 

 ザフト兵達がシンに気を取られている隙に、自由オーブ軍が背後から襲い掛かったのだ。

 

 特に、その中心となっているのは、シン・アスカ直属のフリューゲル・ヴィント第1中隊。オーブ軍の中でも精鋭中の精鋭部隊である。

 

 如何に数に勝っているとは言え、並みの兵士で対抗できる物ではない。

 

 たちまち、オーブ軍の攻撃を受け撃墜する機体が続出する。

 

 一部のザフト機は反撃に転じようと武器を構えるが、彼等の攻撃は標的を捉える事無く、逆に反撃を喰らって吹き飛ばされる。

 

「このッ これ以上はッ!!」

 

 味方が次々と討ち取られていく様子に業を煮やした隊長であるディジーが、突撃銃とトマホークを手に斬り掛かって行く。

 

 相手は隊長機。シンのイザヨイである。

 

 勢い込んで突撃してくるディジーのハウンドドーガに対し、シンは余裕の動きでもって回避。逆に砲撃を浴びせて牽制する。

 

「ッ 速い!?」

 

 シン機の攻撃の速度、正確さを前にしてディジーは舌を巻く。

 

 たちまち、鋭い火線の前に動きを封じられて後退を余儀なくされる。

 

 今はシールドを用いて攻撃を防いでいるが、防御から攻撃に転じる隙を見いだせず、じり貧に陥りつつあった。

 

 少数とは言え精鋭ぞろいのオーブ軍。

 

 ディジーがシンに拘束された事で、フリーハンドを得た自由オーブ軍が攻勢を強めていく。対してザフト軍も個々の戦闘力に委ねて反撃を行うも、その火力は微々たる物でしかなかった。

 

「こいつだけでも!!」

 

 ビームトマホークを振り翳して、シンのイザヨイに斬り掛かって行くディジー。

 

 既にディジーにも、シンが隊長機である事は判っている。

 

 自由オーブ軍の動きを読んで伏撃を掛けたつもりが、逆に待ち伏せていたザフト軍の方が追い詰められている。

 

 頭を潰す事ができれば状況の逆転は可能。と言うより、それ以外に、この状況を巻き返せる方法は既に無かった。

 

 だが、焦りを含んだ攻撃は、必然的に精度を低下させる。

 

 突撃の瞬間、一瞬、ディジーの注意が散漫になる。

 

 その隙に、シンは仕掛けた。

 

 一瞬の間にディジー機との距離を詰めるシン。

 

「あッ!?」

 

 ディジーが声を上げた時には、既に全てが終わっていた。

 

 ビームサーベルを二刀に構えたシンの剣閃が、ハウンドドーガの両腕を肩から切断する。

 

「良い腕だ。だが、まだ荒い」

 

 ディジーの腕を賞賛しつつ、それでも圧倒的な貫禄の差を見せ付けるシン。

 

 オーブ最強の名は決して伊達ではない。いかに相手が新進気鋭のエースパイロットとは言え、まだまだ世代交代を許す程、シン・アスカと言う存在は易くは無かった。

 

 味方機に曳航されて後退していくディジー機を見送ると、シンは踵を返して味方の援護に向かう。

 

 強襲作戦を成功させるには、まだまだ敵の目を引き付ける必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてアルザッヘルと呼ばれていた基地は、月面における地球連合軍最大の拠点であり、その駐留戦力だけで、ザフト全軍と渡り合う事ができるとさえ言われていたほどであった。

 

 だがカーディナル戦役の後、大西洋連邦が崩壊した事で宇宙軍を維持する余裕が無くなり、アルザッヘル基地も半ば放棄される形となった。

 

 そのアルザッヘル基地は現在、ザフト軍の管轄下に置かれ月軌道艦隊の本拠地となっていた。

 

 ディバイン・セイバーズや保安局の台頭によってかつての勢いを失いつつあるザフト運だが、その戦力は未だに侮りがたいものがあり、世界最強の軍隊である事は間違いない。

 

 当然だが、アルザッヘルに駐留する戦力もかなりの数に上っている。

 

 そのような基地に、

 

 まさか戦艦1隻で殴り込みを掛けてこようとは、誰が予測し得ただろう?

 

 慌てたように、危地から警戒のサイレンが鳴り響き、モビルスーツが引っ張り出される様子が映し出されていく。

 

 そんなザフト軍の様子を嘲笑うように、大和の艦長席に座ったシュウジはゆっくりと顔を上げた。

 

「全砲門開けッ モビルスーツ隊は直ちに発進せよ!!」

 

 

 

 

 

 アステルは機体を立ち上げ、発進準備を整える。

 

 なかなかハードなスケジュールである。

 

 北米統一戦線にいた頃もひどい戦場はいくつも経験してきたのだが、自由オーブ軍に入った途端、まさか戦艦1隻の戦力で敵の最大拠点に殴り込みを掛ける羽目になるとは思っても見なかった。

 

 アステルは今、自由オーブ軍から供与された機体に乗っている。

 

 ストームアーテルは先の戦いで中破し、今は大和の格納庫に収容されている。当然だが今回の作戦で使う事はできない。

 

 この予想だにしなかった事態に、聊か驚いているのは事実だ。

 

 まさか自分に、こんな機体の供給までしてくれるとは思っても見なかった。

 

 しかも・・・・・・・・・・・・

 

「随分と、似合わない機体を押し付けたな・・・・・・」

 

 貰った機体の性能は申し分ない。と言うより、これ以上を求めるのは贅沢すぎるだろう。

 

 問題は、名前だ。まったくもって気に入らない。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、言っていても仕方がないか」

 

 自分に求められるのは、この機体を使って勝利を得る事だけだった。機体に対する好悪はこの際、五の次くらいに棚上げするべきだろう。

 

 ハッチが開き、カタパルトに灯が入る。

 

 戦力差がありすぎる状況における戦闘。アステルに求められる物は多すぎる。

 

 しかし、だからこそ、自分が立つに戦場に相応しいと言える。

 

 眦を上げる。

 

「アステル・フェルサー、ギルティジャスティス、出るぞ」

 

 低いコールと共に、機体が打ちだされる。

 

 虚空にも鮮やかに染まる、深紅の装甲。

 

 RUGM-X09A「ギルティジャスティス」

 

 設計時期はエターナルフリーダムやスパイラルデスティニーと同じだが、開発が難航したせいで日の目を見るのが遅れ、自由オーブ軍がターミナルの協力を得て開発に成功した物である。

 

 重点が置かれたのは、ジャスティス級機動兵器の特徴であるリフターとの連携、及び素体部分の機動力強化である。

 

 近付いて来るハウンドドーガの攻撃を、高度を上げる事で回避するアステル。

 

 そのまま抜き放ったビームサーベルを一閃、一刀両断に叩き斬る。

 

 この半年、相棒のような存在だったヒカルは不殺の戦いに拘っているが、アステルがそれに付き合うつもりは毛頭ない。

 

 あいつが何のつもりで、そんな効率の悪いやり方を選んでいるのか知った事ではないが、アステルはアステルのやり方を貫くだけだった。

 

 リフターを分離すると、攻撃位置に着かせる。

 

 ギルティジャスティスのリフターは、接近戦よりも砲撃力の強化に重点が置かれ、インパルス砲1門、ビームキャノン4門、旋回式のビームガトリング2門を装備しているのが特徴である。両翼部にビームブレイドを装備しているのが、唯一の接近戦装備である。

 

 これは、ジャスティス本体の機動力強化によってリフターが接近戦を行う必要が低くなった事。更に、ジャスティスが接近戦を仕掛け、リフターが自動で掩護に入る、と言う戦術が理想であると判断された事が大きい。

 

 掩護位置に入ったリフターが砲撃を仕掛けてハウンドドーガを1機撃墜。

 

 更にアステルは砲撃によって開いた穴に機体を飛び込ませると、両手にビームサーベルを構えて斬り込んでいく。

 

 予期し得なかった突然の奇襲攻撃で、身動きが取れないザフト軍。

 

 そんな中、アステルは自在にギルティジャスティスを駆り、敵機を屠り続けていた。

 

 

 

 

 

 そしてカノンとレオスのリアディスに艦の守りを任せ、ヒカルは1人先行する形でアルザッヘルへ斬り込みを掛けていた。

 

 上がってくるザフト軍の機体に対してフルバーストで戦闘力を奪い、接近してきた機体にはビームサーベルで手足を斬り飛ばす。

 

 数に恃んで攻撃しようとするザフト軍だが、エターナルフリーダムの持つ圧倒的な戦闘力の前に、抗する事ができないでいる。

 

 それでも尚、武器を翳してエターナルフリーダムに向かってくるザフト機。

 

 対して、

 

「この程度!!」

 

 ヒカルは機体前面にスクリーミングニンバス改を展開、更に12枚の蒼翼を広げると、ヴォワチュール・リュミエールを最大発振して機体をフル加速させる。

 

 エターナルフリーダム最大の武器は、フルバーストモードでも、ティルフィング対艦刀でもない。ハイマットモードを徹底的に強化した、この超絶的な機動性にある。

 

 飛んでくる火線は、エターナルフリーダムに追いつく事すらできない。

 

 すれ違う一瞬、

 

 たちまち、複数のザフト機がビームサーベルで手足を斬り飛ばされて戦闘力を失う。

 

 更にヒカルは抜き打ち気味にティルフィング対艦刀を抜き放つと、鋭く一閃する。

 

 今にもエターナルフリーダムに斬り掛かろうとしていたハウンドドーガが、その一撃で左の手足を同時に切り飛ばされてバランスを崩す。

 

 ヒカルはそのハウンドドーガを蹴り飛ばすと、放たれる砲火から距離を置きつつ、後方から追随してきている大和に通信を入れた。

 

「ヒビキより大和へ、進路クリアッ 攻撃準備完了!!」

 

 ヒカルが敵の戦力を掃討しつつ、その間に大和がアルザッヘル上空へと突入、艦砲射撃を開始する。

 

 9門の主砲が唸りを上げ、閃光が基地施設へと降り注いでいく。

 

 たちまち、基地内からは爆炎が踊り、施設が吹き飛ばされる光景が現出する。

 

 こうなると最早、ザフト軍の混乱は収拾のつかないレベルにまで発展する事になる。

 

 ザフト軍側としては基地の防衛を優先するか、それとも火元を断つ為に大和へ攻撃を仕掛けるか、判断に迷うところである。ただし、前者を選んだ場合、大和による攻撃は続行され、後者を選んだ場合は、エターナルフリーダムをはじめとする、最高クラスの防衛ラインを突破しなくてはならない為、ひじょうに困難を極める事は間違いなかった。まさに地獄の二者択一と言って良かった。

 

 シュウジは炎を上げるアルザッヘル基地を見て、帽子を目深に被り直す。

 

 作戦は成功した。

 

 アルザッヘル基地は壊滅とまで行かずとも甚大な被害を蒙り、暫くは月方面のザフト軍の動きも鈍る筈。自由オーブ軍側としては、その隙を突いて次の作戦行動に移る事ができると言う訳だ。

 

「長居は無用だ。撤退信号を上げろ!!」

 

 目的は達した。自由オーブ軍の旗揚げを世界中に宣言するには、アルザッヘル基地襲撃は派手すぎるくらいである。

 

 この上は、敵の増援が来る前に撤退するのが得策だった。

 

 炎を上げる基地を背景に、ゆっくりと艦首を巡らせる大和。

 

 出撃していた4機の機動兵器も、めいめいに戻ってくるのが見える。

 

 だが、

 

 一方にとっては事態の収束であっても、もう一方にとっては未だに終わりを告げるのは早かった。

 

 大和が完全に回頭を終えた時だった。

 

「接近する熱源1!! 真っ直ぐこちらに向かってきます!!」

 

 リザの警告が鋭く走る。

 

 同時に光学センサーが、接近する機影を捕捉、メインスクリーンに投影する。

 

 その機体は、先にデブリ内で戦ったガルムドーガと形状が酷似している。

 

 しかし、その全身に鎧のような追加装甲を纏い、かなり「ごつい」印象がある。

 

 両肩に4門のガトリング砲を備え、腰にはビームキャノン、重量増加による機動力の低下は背部の大型スラスターで補っている。

 

「ハッ 人んちをぶっ壊しといて無傷で帰ろうとか、都合良すぎなんじゃねえの!!」

 

 クーランは、離脱に掛かろうとする大和を見据えて叫ぶ。

 

 自由オーブ軍がアルザッヘル基地襲撃に動いたと言う情報を得たクーランは、艦隊で行動したのでは間に合わないと判断し、自らの機体に追加装備を施し、単騎で追撃を仕掛けてきたのだ。

 

 アサルトシュラウドと呼ばれる鎧のような追加装甲は、攻撃力と防御力を同時に上げ、更には追加スラスターで機動力も強化する装備である。

 

 難点なのは攻防走の性能を同時に底上げし、当然ながら重量も増したせいでバランスが悪くなり、操縦性が極端に低下する事である。

 

 しかし、反応がピーキーになった愛機を、クーランは苦も無く操ってみせた。

 

「帰るんなら、御代はおいて行けってな!!」

 

 言い放つと、大和の艦橋に向けて専用ビームライフルを向けるクーラン。

 

 その銃口が火を噴こうとした。

 

 次の瞬間、

 

「させるか!!」

 

 事態に気付いたヒカルがエターナルフリーダムを駆って接近、ライフルの銃身を蹴り飛ばす。

 

 銃口を逸らされるガルムドーガ。

 

「チィッ お早いお出ましじゃねえか、魔王さんよ!!」

 

 クーランは舌打ちしながら後退。同時にビームトマホークを抜いて構える。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜いて斬り掛かる。

 

 交錯する両者。

 

 エターナルフリーダムの剣はガルムドーガの鎧の表層を斬り裂き、ガルムドーガの斧はエターナルフリーダムの頭部を掠める。

 

 離れると同時に、ヒカルは腰部のレールガンを展開、牽制の射撃を仕掛けてガルムドーガの動きを封じに掛かる。

 

 対して、クーランは飛んでくる砲弾をシールドで防御しつつ、肩の追加装備に備えられた4門のガトリングを斉射する。

 

 連撃で放たれてくるビームの弾幕。

 

 対してヒカルは12枚の蒼翼を羽ばたかせると、宙返りを打つような機動を見せて攻撃を回避。同時に上下逆になった視界のまま、バラエーナ・プラズマ収束砲を跳ね上げて砲撃を行う。

 

 ガルムドーガ目がけて伸びていく閃光。

 

 それをクーランは、紙一重で回避する。

 

「狙いすぎなんだよッ 逆に読みやすいぜ!!」

 

 再び斬り込みを掛けるクーラン。

 

 ビームトマホークの間合いまで、一気に距離を詰める。

 

 次の瞬間、

 

 カウンター気味に振るわれたエターナルフリーダムのビームサーベルが、ガルムドーガの頭部を斬り飛ばす。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちするクーラン。

 

 モニターにノイズが入り、視界が一瞬途切れる。

 

 とっさにビームガトリングとビームキャノンを展開して攻撃を加えるが、攻撃が命中したと言う手ごたえは無い。

 

 やがて、サブカメラに切り替わって視界が回復した時には、既にエターナルフリーダムは遠方に逃れ、先に離脱した大和と合流しようとしている所だった。

 

「クソッ また逃がしたかッ」

 

 悪態を吐くクーラン。

 

 先のデブリ戦に続いて、またしても仕切り直しになった事が、彼には不満でしょうがなかった。

 

 それにしても、

 

「・・・・・・・・・・・・野郎・・・・・・舐めてやがんのか?」

 

 またしても自分にトドメを刺さず、戦闘力を奪っただけで撤退していったエターナルフリーダムの姿に、クーランは首をかしげる。

 

 あの瞬間、奴は確実にクーランにとどめをさせるタイミングだった。ガルムドーガは頭部を失い、動きを鈍らせていた。死角に回り込んでトドメを刺すくらいは何でもなかったはずだ。

 

 にも拘らず、それをせずに去って行った。

 

 これが意味するところは・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・クッ」

 

 その唇を歪んだ調子に吊り上げ、クーランは笑みを浮かべる。

 

「クックックックックック・・・・・・ギャーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 突如発せられる笑い声。

 

 ただ、自身の内からわき出る愉快な感覚に、クーランはとめどない笑いを発する。

 

「そうかそうか、そういう事だったのか!! テメェは、そういう事か!!」

 

 自身の内で、何かに納得するように笑い声を上げるクーラン。

 

 そんな彼の視界の彼方では、

 

 12枚の蒼翼を羽ばたかせて飛翔する、エターナルフリーダムの姿が、いつまでも刻み込まれていた。

 

 

 

 

 

 この日、アルザッヘル強襲と前後して、自由オーブ軍の旗揚げが世界中に大々的に宣言され、同時にプラント政府、ならびにその傀儡となっている、現オーブ政府に対して宣戦布告が叩きつけられたのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-05「月強襲」      終わり

 




機体設定



RUGM-X09A「ギルティジャスティス」

武装
高出力ビームライフル×1
ビームサーベル×2
ウィンドエッジビームブーメラン×2
ビームシールド×2
グリフォン・ビームブレイド×2
グラップルスティンガー×2
ビームダーツ×6
12・7ミリ機関砲×2

リフター部分:
機首インパルス砲×1
ビームキャノン×4
旋回式ビームガトリング×2
グリフォン・ビームブレイド×2

パイロット:アステル・フェルサー

備考
自由オーブ軍がターミナルの協力を得て開発したジャスティス級機動兵器。元々はエターナルフリーダム、スパイラルデスティニーと同時期にロールアウトする予定だったが、開発が難航した為、今日までずれ込んだ。リフターの砲撃戦力強化に加えて、ジャスティス級の弱点だった素体部分の機動力強化を行った。これにより、その特徴である接近戦能力は格段に強化されている。




ガルムドーガAS

武装
ビームライフル×1
ビームトマホーク×1
ハンドグレネード×6
アンチビームシールド×1
ビームガトリング×4
ビームキャノン×2

パイロット:クーラン・フェイス

備考
ガルムドーガに新型のアサルトシュラウドを装備し、攻撃力、防御力、機動力を強化した機体。その為操縦性が極端に悪くなり、事実上クーラン専用機となっている。

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