機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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「Illusion」「Fate」「ロザリオ」「南天」と続いて、5作品目になるSEED物です。

正直、我ながら「ダメ押し」感が無くもないのですが(汗

とりあえず、残されたネタを全部つぎ込み、余力を残さない勢いでやりたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。


第1部 CE93
PHASE-01「魂を継ぐ者」


 

 

 

 

 

 コズミックイラ87

 

 今、プラントの一角で、1人の女性が静かな眠りを受け入れようとしていた。

 

 ラクス・クライン

 

 いまだ30代前半という若さながら、この激動続く戦乱の時代に、螺旋のように渦巻く世界と常に正面から向かい合い、それでも常に平和を目指す精神を忘れる事なく、己の戦いを続けてきた人物である。

 

 元は「プラントの歌姫」という異名で呼ばれたトップシンガーでありながら、16年前に起こった戦争では、一軍を率いて戦場に身を投じ、のみならず自らもモビルスーツという兵器を駆って雄々しく戦った。

 

 軍を辞して政治家になった後も、彼女は精力的な活動を続け、常に世界をリードし続けてきた。

 

 プラント最高評議会議長、共和連合事務総長、共和連合軍事最高司令官、共和連合安全保障問題担当官等、様々な重要な役職に就き、多くの紛争の場にあって彼女なりの戦い方を続けてきた。

 

 今や、ラクス・クラインの名前は道行く子供ですら知っているほどだった。

 

 しかし、現代を生きる女性の代表とも言うべきラクスも、自身に課せられた寿命と言う名の枷には抗する術がなかった。

 

 ベッドに横たわり、静かな呼吸を繰り返す彼女の様子はいつも通り穏やかで、とても、これから死にゆく者の顔には見えない。

 

 しかし、今こうしている間にも、ラクスの命の炎はゆっくりと消えようとしていた。

 

 ラクスはため息にも似た息を静かに吐くと、少し難儀そうに瞼を開いた。

 

 揺らぎの少ない瞳には、憂いとも諦念ともつかない光が宿っているのが見える。

 

「・・・・・・・・・・・・10年」

 

 言葉は静かに紡がれる。

 

「いえ、せめてあと5年、わたくしに時間があれば・・・・・・・・・・・・」

 

 弱弱しく紡がれる言葉からは、にじみ出るような悔しさが伝わってくる。

 

 ラクスには分かっているのだ。今、自分が死ぬ事によって世界がどうなるのか、という事を。

 

 しかし、それでもこればかりは、如何ともしようがなかった。

 

「ラクス・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らに立った女性が、そっと名を呼ぶと、手を握り締める。

 

 驚くほど細い手。

 

 この細く華奢な手で、今まで世界を支えていたと言うのは、とても信じられない事である。

 

 かつては戦場を駆って、並みいるエース達に劣らぬ活躍を見せた女性も、寿命には逆らえないと言う証であろう。

 

 女性は、今にも死に行こうとする存在を引き戻そうとするように、ラクスの手をしっかりと握りしめる。

 

 傍らに立っている女性の夫も、何もできない自分自身の不甲斐なさに唇を噛みしめている。

 

「エスト・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスはそっと、女性の名を呼ぶ。

 

 女性の名はエスト・ヒビキ。ラクスが妹とも娘とも思って可愛がってきた人物である。

 

 そして、

 

 ラクスは、彼女の夫にも目を向けた。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 キラ・ヒビキ。

 

 常にラクスが率いる軍の先鋒を務め、「ラクスの剣」として多くの戦場に身を投じてきた青年もまた、死に行く女性へかける言葉が見つからず、ただ立ち尽くす事しかできないでいる。

 

「・・・・・・キラ・・・・・・エスト・・・・・・申し訳ありません。2人には、本当にこれまで、多くの苦痛を与えてしまいました。私は、罪深い女です」

「ラクス、そんな事は・・・・・・」

 

 自罰的なラクスの言葉に、エストは否定の言葉を述べる。

 

 2人は知っている。ラクスがいかに、今ある平和を維持する為に努力を惜しまなかったかを。

 

 カーディナル戦役の終結から10年。世界は大きな紛争を経験する事無く、一応は平和な時を過ごしてきている。

 

 勿論、細かな紛争はいくつか巻き起こってはいるが、ラクスはそれらの紛争に関しても、早期終結の為に身を削るような努力を行ってきた。

 

 しかし、エストの言葉に対して、ラクスは弱々しく首を振る。

 

「いいえ。わたくしがもっと、しっかりとあなた達の事を気に掛けていれば、あのような事にはならなかったのです」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスの言葉に、エストも黙り込む。

 

 彼女が何の事を言っているのか判ったからだ。

 

「ラクス、もうそれくらいで」

 

 キラは労わるようにして話しかける。こうして話している間にも、ラクスの体力は徐々に擦り減っていく。少しでも安静にしていないと、今にも意識は落ちてしまいそうな雰囲気だった。

 

 しかし、やんわりと制しようとするキラに対して、ラクスは全身の力を振り絞るようにして尚も話し続ける。

 

「いいえ、キラ。まだです」

 

 この10年。常に世界を支え続けてきた女傑は、残った命を一瞬で全て燃やし尽くそうとするかの如く、強い口調で言う。

 

「キラ、エスト、これからわたくしは、わたくしの生涯において、恐らく最も残酷な事を言います。よって、受けるのも拒否するも、お二人の自由です」

 

 ラクスの言いように、キラもエストも怪訝な様子で顔を見合わせる。

 

 しかし2人の中には、ラクスに対する絶対の信頼が存在している。たとえどんな事であろうと、ラクスが示す道こそが自分達の道であると信じていた。

 

 決意に満ちた2人の表情を見て、ラクスもまた己の中で決断を下す。

 

 ラクス・クライン、その生涯最後にして最大の策を託すに足る者は、目の前にいる2人しかいない、と。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 目を閉じ、ラクスは静かに言葉を紡ぐ。

 

 そしてゆっくりと目を開いた時、その瞳には往時に勝るとも劣らぬ強い輝きが宿っていた。

 

 とても、これから死に行く者の目ではない。明らかに、戦場に赴く戦士の顔だ。

 

「キラ、エスト・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスは厳かな声で言い放った。

 

「お二人には、これから死んでもらいます」

 

 

 

 

 

 ラクス・クラインと言う巨星の死は、まさに世界を支える柱が燃え尽きた瞬間であった。

 

 彼女の死を待っていたかのように、世界中に潜む多くの武装組織が蠢き出した。

 

 まず手始めに戦火が上がったのは、北米大陸であった。

 

 北米大陸にはかつて、大西洋連邦と言う地球圏最大の国家が存在していたが、CE78、武装組織エンドレスが行った大規模核攻撃の影響で各主要都市が壊滅。あらゆる経済とインフラが崩壊し、国家としての体を保つ事ができなくなった。

 

 大西洋連邦はCE81年8月15日をもって解体、それ以後北米大陸は、いくつもの自治体が乱立する地へと変貌していた。

 

 しかしラクスの死後、プラント政府が行った発表が行き渡った瞬間、事態は誰もが予想しなかった方向へとなだれ込んだ。

 

 曰く「モントリオール政府を今後、北米大陸における唯一の公的政治形態とする」。との事だった。

 

 モントリオール政府とは、カーディナル戦役の以後、共和連合によって北米大陸の統治を任された政府組織であり、大西洋連邦政府が解体された後、事実上、北米の代表とも言える組織であった。

 

 しかし近年、プラント寄りの政策を行う事が多くなったことで、北米住民の反感を買うようになっていた。

 

 元々、北米大陸の住人は大西洋連邦時代からプラントに対して好感情を持っていない。その不満が、爆発した形であった。

 

 まず「北米解放軍」と称する軍事組織が北米南部の都市ヒューストンで蜂起、モントリオール政府、及び駐留するザフト軍に対して武力による攻撃を開始した。

 

 更に翌年には「北米統一戦線」を名乗る新たな武装組織が、北部の街アンカレッジで活動を開始、北米大陸に更なる混迷の嵐が吹き荒れる事となった。

 

 転じてユーラシア大陸に目を向ければ、ユーラシア連邦、東アジア共和国を中心に未だに余喘を保っていた地球連合が、沈黙しながらも地下では武力を集め、共和連合に対して捲土重来を目論んでいると言う噂が流れている。

 

 その地球連合が密かに、かつてのブルーコスモス強硬派の残党を集めて活動していると言う噂もあるが、真偽の程は定かではない。

 

 更に近年になって、世界規模でテロ活動を行う組織もある。

 

 「レトロモビルズ」と呼ばれる彼等は、ヤキン・ドゥーエ戦役時における機体を多数所有している。機体の性能こそ古いものの、数は相当に上り、共和連合軍が行った数度にわたる掃討作戦もかわし、しぶとく生き延びていた。

 

 更に近年になり、急速に勢力を伸ばしている組織があった。

 

 「ユニウス教団」と名乗る宗教団体は、戦乱で壊滅した欧州を中心に勢力圏を拡大、徐々に信徒の数を増やしていると言う。すでに北米大陸にまで活動の範囲を広げつつある。彼等は今のところ目立った動きは見せていないが、それが却って、不気味な沈黙となって人々の動揺は広がろうとしている。

 

 そのような最中であった、ラクス・クラインが死んだのは。

 

 時にコズミックイラ87 10月3日

 

 奇しくもこの日は、ユニウス戦役の発端となったユニウスセブン落下事件「ブレイク・ザ・ワールド」が起きた日であり、やがて来る戦乱の時代を暗示しているようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、ラクス・クラインとは何者であったか?

 

 後世の者達はそれぞれ、以下のように語っている。

 

「彼女こそが、真の意味で平和を目指した得難き存在であった。CE78からの約10年間、奇跡とも言える平和は、ラクス・クラインと言う稀代の政治家がいたからこそ実現し得た物である。我々は彼女の死を悼み、彼女が目指した平和な世の中を作り上げて行かなくてはならない」

 

「彼女はかつて『プラントの歌姫』と呼ばれたトップシンガーだった。しかし、時代の流れは彼女の歌手としての人生よりも、軍人として、あるいは政治家としての人生を望んだ。それがラクス・クラインにとって幸せであったか不幸であったか、それは判らない。しかし、逆境の中にあって尚、自身が描く平和への道を走り続けたラクスの姿勢は、万民の目から見ても偽り無い物だった事は疑いない」

 

 肯定的な意見を述べる者達の言は、概ねこんな感じである。

 

 こうした意見はおおむね、共和連合関係者や、その恩恵にあずかった者達から出されている。

 

 続いて否定的な意見を見て見ると、こんな感じである。

 

「現代に現れた聖女、平和の体現者、不屈の求道者、そのような認識が強いだろう。だが忘れてはいけない。ラクス・クラインが築いた『平和』の足元にある地面には、無数の死体が埋まっていると言う事を。彼女の手も、また歩いてきた足も血で真っ赤に汚れているのだ。我々はラクス・クラインと言う輝かしい虚像が齎す偽りの平和に目を晦ませるべきではない。口では偉そうに平和を謳っている彼女自身こそが、歴史上最悪と言っても良い大量殺戮者なのだから」

 

「確かにラクス・クラインは平和を作り出しただろう。だが、果たしてそれが誰の為の平和だったのか? 結局のところ、平和な世界とそうでない世界とは、表裏一体となっている。一方を救えば他方を救えないのは道理である。ラクス・クラインは、確かに彼女自身に味方する者へは平和をもたらしたかもしれない。しかし、所詮それは、『救われなかった他方』を切り捨てた上での箱庭の平和に過ぎないのだ」

 

 これらは皆、地球連合や、その他、ラクスの政治姿勢に反対の立場を取った者達の意見である。彼等にとってラクス・クラインと言う存在がいかに目障りであったか、と言う事を示している。

 

 また、あくまで「自身は中立たらんと」欲する者達の意見はこんな感じである。

 

「ラクス・クラインは歴史上において『死ぬべき時ではない時に死んだ』者の1人であろう。彼女さえあと僅かに生き残っていれば、その後に起こる戦乱は避けられた公算が高い。故人の死にまで、当人に責を問うのは筋違いではあるが、彼女が今少し長く生きていたら、と思わずにはいられない」

 

 等々、ラクスに関する事では、遥か後世に至るまで、その議論のネタは尽きる事は無い。

 

 賛否を含めて、それだけ多くの歴史家の研究対象となる事から考えても、ラクスの存在がいかに巨大であったかは推し量る事が可能だろう。

 

 だが、そのラクスも、もはやいない。

 

 やがて、彼女によって押さえられていた多くの勢力が、満を持して動き出そうとしていた。

 

 そして6年後、コズミックイラ93・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電子音が、室内に木霊する。

 

 それが朝を告げるシグナルであると言う事は、頭のどこかで理解しているが、それでも覚醒を待たない脳は、主に感情の面において事実を否定しようとしている。

 

 曰く、もう少し寝ていたい。

 

 そう考えるのは、至極自然な流れであると言う事は、誰に対してもご理解いただきたいものである。

 

 そう考えた為、本能に対して忠実であるべく腕を伸ばす。

 

 手探りで目覚まし時計を探し当てると、上の部分に付いているボタンを指で押し込む。

 

 アラームが止まったのを確認すると、スルスルと手を布団の中へと戻す。

 

 このまま至福の二度寝と洒落込もうか。

 

 そう思った次の瞬間、

 

「はいそこ、さっさと起きようか」

 

 涼やかな声と共に、亀の甲羅のように被っていた布団は、容赦なくはぎ取られた。

 

 途端に吹き込む外気が、強制的な目醒めを誘発してくる。

 

 うっすらと開く瞼。

 

 そこには、見慣れた相棒の姿があった。

 

 白い肌とやや釣りがちの大きな瞳、更に通った鼻立ちに小さな唇。やや長い髪は頭の後ろで縛ってある。

 

 これで男だとは、冗談だと思いたいくらい「美人」な少年。

 

「・・・・・・・・・・・・レミル」

 

 自身に目醒めを強要した少年に対して、恨みがましい視線を向ける。

 

 しかし相棒はと言えば、そんな少年の様子にも慣れているようで、涼しい顔をして笑っている。

 

「さあ、起きてよ。朝食の準備はできているから」

「・・・・・・・・・・・・」

「また遅刻したら、ボク達まで連帯責任になるんだから」

「・・・・・・・・・・・・判ったよ」

 

 ぶっきらぼうにそう言うと、少年は二度寝したい欲求をどうにか振り払う。

 

 自分1人に罰則を掛けられるくらいなら何とも思わないが、仲間達まで巻き込むのは流石に心苦しかった。

 

「リビングで待ってるよ。支度ができたら来てね」

 

 そう言うと、レミルと呼ばれた少年は、後頭部で縛っているやや長めの髪を翻して部屋から出て行く。

 

 その後ろ姿を見送ると、少年はようやくベッドから起き上がった。

 

 実際問題として、これ以上遅刻すれば流石にまずいと言うことくらいは少年にも判っていた。

 

 手早くパジャマを脱ぎ、レミルが用意しておいてくれた制服に袖を通す。

 

 白地に青いラインが入った制服は、オーブ共和国軍の制式軍装に手を加えた物である。

 

 姿見で不備が無いか確認してから、鞄を手に取る。

 

 ふとそこで、視線はサイドボードの上にある写真へと向けられた。

 

「・・・・・・じゃ、行ってくる」

 

 そう言うと、

 

 ヒカル・ヒビキは、少し急ぎ足で部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下ラボにある格納庫では、最終チェックの項目確認が行われていた。

 

 昨今、世界中で多くの組織が蠢動し、北米大陸では今尚、大規模な紛争が続いているのが現状である。

 

 そのような最中である為、共和連合としても新たな戦力の開発、実戦配備は急務であると言えた。

 

 ここハワイでは、その一環として開発中の機体の最終調整を行う事になっていた。

 

 視界の先にあるメンテナンスベッドに横たわる2体の鉄騎は、共和連合軍が技術の粋を掛けて開発した新型の機動兵器である。

 

 どちらも、これまでの常識を打ち破る程の新技術を盛り込んだ機体ではあるのだが。

 

「ベータの方は予定通りに仕上がりそうですが、アルファは・・・・・・」

「仕方ないですね」

 

 整備班から声を掛けられた女性士官はため息交じりに、向かって左側に立つ機体に目をやる。

 

 アルファと呼ばれた機体は、一見すると何の問題も無く完成を目前にしているようにさえ見える。

 

 しかし残念ながら、それは見た目だけの話となってしまった。

 

 実は本来、アルファの機体は数か月前にロールアウトを終えているはずだったのだが、ある理由で今まで延期してしまった。

 

 と言うのも今から2か月前、アルファがほぼ9割がた完成したところで、共和連合軍の新型機動兵器開発の情報を聞きつけたレトロモビルズにラボを襲撃され、開発スタッフの大半が殉職、更にはアルファ自体も大破すると言う大損害を被ったのだ。

 

 すぐに残っているスタッフをかき集めて修復を行ったものの、死亡したスタッフの中にはエンジン関係や武装関連のスペシャリストも多数おり、それらを失った現状、とても短期間でアルファを元通りに修復する事は不可能だった。さりとて、戦況は新型機を一から作り直している時間的猶予を与えてくれない。

 

 窮余の策として、アルファは機能停止状態の部分をバイパスし、更に失った部位については別の部品を付け替えるという応急処置的な対策を施す事で、辛うじてロールアウトにこぎつけた訳である。

 

 因みにベータの方は、その時にはまだ工廠の奥で組み立て作業中だった為、辛うじて難を逃れたのだ。

 

 そしてこの程ようやく、アルファとベータは揃ってロールアウトにこぎつける事ができた訳である。

 

「機体の性能を落とし、名前も変えて完成した機体。これではアルファが可哀そうですよ」

「そうでしょうか?」

 

 嘆く整備兵の言葉に、女性士官は少し楽しげに言葉を返す。

 

 ボロボロに傷つきながらも、その体を引きずって立ち上がろうとする姿は、女性士官には輝かしいほどに雄々しく映っていた。

 

 とは言え、軍上層部がアルファのロールアウトを急がせた理由も頷ける。

 

 軍の工廠にまでテロが及ぶようになっているのが現状だ。それを考えれば、優秀な機体は一刻も早く前線に送りたいと思うのは当然だろう。

 

 幸いにして、応急完成にも関わらず、アルファのスペックは現行量産機を遥かに上回る物となっている。それを考えれば、多少のスペックダウンは問題にはならなかった。

 

「とにかく、OSの最終調整を。それが済み次第、起動テストに入ります。リアディスの方も、予定通りに船へ積み込んでください」

「了解です」

 

 指示を受けて、駆け去って行く整備兵を見送ると、女性士官は感慨にふけるように、鎮座する2機を見上げる。

 

「・・・・・・ようやく・・・・・・ようやく、ここまで来たよ」

 

 低い声でささやかれた声は、誰に聞き咎められる事も無かった。

 

 

 

 

 

 

 教室へ入ると既に、幾人かの同期生たちは登校していた。

 

 彼等との軽い挨拶を済ませると、ヒカルは自分の席へと座る。

 

 今日は朝の3時限が座学で、昼前に実技講習がある。

 

 空腹な昼前に実技と言うのはある意味拷問に近い。いかに座学の間に体力を温存してから実技にはいるかが、昼間での課題となるだろう。

 

 窓際であるヒカルの席からは、外の風景が一望できる。

 

 オーブ共和国領ハワイ諸島。

 

 かつては旧大西洋連邦が太平洋に保有する重要な根拠地であったこの中部太平洋に浮かぶ群島は、今はその所有権を変えて存在している。

 

 南にはオーブ、西には東アジア共和国、ユーラシア連邦と言った国々が控えている関係から、それらへの抑えとして、往時には多数の地球軍戦力が駐留しており、オーブ、プラントをはじめとする多数の反地球軍国家に対する示威的存在だった。

 

 しかしコズミックイラ77にオーブ共和国軍の攻撃を受け陥落。その後、一度は復興したものの、大西洋連邦は北米大陸復興の予算繰りを行う為にハワイ諸島の利権放棄を決定。それをオーブが買い取ったのだ。

 

 そして現在、再びかつてのような、風光明媚な観光地としての地位も取り戻していた。

 

 同時にハワイは、重要な戦略拠点としての価値も失っていない。特に昨今、世界中の動静が危うくなっている現状にあっては特に、大艦隊が停泊可能な泊地を持ち、更に複数の国に対して48時間以内に兵力展開できるハワイの戦略的価値は計り知れない物があった。

 

 オーブ軍はここに、国防軍所有の大規模な士官学校を建設し、次代を担う若き力の育成に励んでいる。

 

 ヒカル・ヒビキとレミル・ニーシュも、そうした士官候補生の一員である。

 

 ヒカルが士官学校に入ろうと思ったきっかけは、実に単純な理由である。

 

 まず、両親が軍人だった事が大きい。

 

 ヒカルの両親は特に、オーブ軍内では伝説とまで謳われた英雄であり、今では各国で主力兵器の座を獲得しているモビルスーツの黎明期から使用していたとの事だ。更に技術者としても有名であり、オーブ軍が標準的に使用しているOSの雛型を作ったのもヒカルの両親だったらしい。

 

 もう一つに理由としては、ヒカルの姉が現役の軍人であると言う事だ。

 

 今は特殊部隊に所属し、各地の治安維持活動を行っている姉だが、幼い頃から父と一緒に戦っていた関係で、20代中盤と言う若さながら、既にオーブ軍でも歴戦の勇士となっていた。

 

 家族がそのような経歴にある為、ヒカルもまた、軍の道へと入るのは至極当然の流れであった。

 

 そこでふと、

 

 ヒカルは窓を眺めながら、ある事を思い出していた。

 

「・・・・・・・・・・・・あいつも生きていたら、軍に入っていたのかな?」

 

 その脳裏には、先程、出発前に自宅で見た写真が思い浮かべられる。

 

 家族で撮った写真。

 

 その中で、自分と並んで笑っている少女の姿が、ヒカルの頭の中から離れようとしない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 首を振って、頭の中の幻想を追い出そうとする。

 

 未練だった。

 

 あいつはもういない。そう何度も言い聞かせても、ヒカルの脳裏では苦い記憶となって残り続けていた。

 

「どうしたの?」

 

 そこで、友の苦しそうな形相に気付いたのだろう。レミルが怪訝そうな顔で尋ねてくる。

 

 レミルとしては、一時限目の授業の確認をしたくて来たのだろう。手には教科書が何冊か抱えられている。

 

「な、何でもないッ」

 

 ぶっきらぼうに言いながら、慌てて顔をそむけるヒカル。

 

 親友とは言え、変な顔をしている所を見られるのは気分が良い物ではなかった。

 

 レミルの方も、そんなヒカルの想いを察したのだろう。それ以上何も聞かず、教科書を机の上に置いて、ヒカルの前の席へと座った。

 

「あのさ、ヒカル。ここの所なんだけど、ちょっと答え合わせがしたくて・・・・・・」

 

 言いながらレミルは、さっさと自分の要件に入る。

 

 そんなレミルを見ながら、ヒカルは僅かに顔を綻ばせた。

 

 レミルは何も知らない。ヒカルは自分の事情を何も話していないから。

 

 しかし何も言わずとも気遣ってくれる親友のこうした性格には、ヒカルも深く感謝していた。

 

「ああ、これなら、昨日授業でやった問題を応用してだな・・・・・・」

 

 と、説明しようとした矢先の事だった。

 

「あ、いたいたッ おっはよー!!」

 

 突然、「けたたましい」としか形容のしようがない声が、教室いっぱいに響き渡った。

 

 その大音声たるや、一種の音波兵器なのではと思える程の威力で教室中を蹂躙する。

 

 突然の強襲に、教室内にいた全員が動きを止める。中には朝食代わりに飲んでいたドリンクを吐き出す者やら、椅子から転げ落ちる者までいる程だった。

 

 御多分の例にもれず、ヒカルとレミルも顔を顰めている。もっとも、レミルの方は苦笑交じりではあるが。

 

 ある意味「恒例」となった毎朝の強襲には、誰もが慣れを感じている今日この頃と言ったところである。

 

「カノン・・・・・・・・・・・・」

 

 恨めしげに、駆け込んでくる少女を見るヒカル。

 

 そんなヒカルの視線など知らぬげに、少女は弾むような勢いでヒカルとレミルに近付いてきた。

 

「おはようッ ヒカル!! レミル!! あのさ、今日ね!!」

 

 まくし立てようとする少女。

 

 しかし、

 

「テイッ」

「あ痛ッ!?」

 

 ズビシッ と言う音が聞こえそうなほど鋭いヒカルのチョップが、少女の額に炸裂する。これもまた、毎朝の恒例行事と化している。

 

「あうー ひどいよ、ヒカル~」

「どっちがだッ お前はいい加減、学習しろっての!!」

 

 毎度毎度、大音声を上げて教室へ入ってくる少女に、そう説教を垂れる。

 

 カノン・シュナイゼルと言う名を持つこの少女は、青みかかった髪をショートヘアにした、見るからに快活そうな雰囲気を持つ少女である。

 

 ごらんのとおり、炸裂弾が服を着て歩いているような少女ではあるが、これでもヒカル達より2歳年下ながら、同じクラスの仲間である。つまり飛び級で士官学校入学が認められた才媛なのである。

 

 ・・・・・・・・・・・・まかり間違っても、そうは見えないが。

 

 ヒカルにとっては子供の頃から一緒にいる幼馴染である為、なかなか放っておく事ができないと言う個人的な事情もあったりした。

 

「まあまあ、2人とも。今日の所はそれくらいで・・・・・・」

 

 苦笑しながら2人をたしなめるレミル。この光景も、いつもの事である。

 

 全てがいつも通りの出来事。

 

 いつも通りの日が、いつも通りに始まり、いつも通りに過ぎて、いつも通りに終わる。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 それが、始まるまでは・・・・・・

 

 そしてそれは、これから始まる長い戦いの幕開けでもあった。

 

 

 

 

 

PHASE-01「魂を継ぐ者」     終わり

 


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