機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-04「風の翼の誓い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体の調節を終え端末を閉じると、稼動状態にさせていたOSを閉じて行く。

 

「こんなもんかな」

 

 ヒカルは自分の仕事に満足感を覚えながら端末をしまい、コックピットを後にする。

 

 保安局の追撃を完全に振り切り、状況が落ち着いたところで、ヒカルはエターナルフリーダムの細部調整を行ったのだ。

 

 今までは時間が無かったせいで最低限の調節のみで間に合わせてきたが、これから戦いが激化する事を考えれば、自分の愛機の調節は完璧にしておきたい。

 

 ヒカル自身のパーソナルデータ認証、基本モーションパターンの最適化、更に2度の戦闘によって得たデータの反映と、やるべき事はいくらでもあり、ヒカルは戦闘終了直後だというのに、寝る暇もなく作業に駆り出される羽目になったのだ。

 

 しかし苦労した甲斐もあり、予定よりも早く調整作業は完了した。

 

 これにより、エターナルフリーダムは名実共にヒカルの愛機となったのである。

 

 作業を終えてコックピットから出るヒカル。

 

 と、

 

「お疲れ様。作業、終わったのね」

 

 キャットウォークの向こうから姉のリィスが、エターナルフリーダムの顔を見ながら歩いてくるのが見えた。

 

 エターナルフリーダムの頭部は、歴代のフリーダム級機動兵器と違い、額にある4本アンテナの他に、顔で言えば「頬」に当たる部分から、斜め上方に向かって張り出しのようなアンテナ部位が伸びている。そのせいで頭部はやや大型化しているが、アンテナ自体が羽根飾りのような形状をしているせいか、鈍重なイメージはなく、より引き締まったシャープな印象が見て取れる。また、その象徴とも言うべき蒼翼も、6対12枚になった事でかなり大型化していた。

 

 しかし、武装面から見て分かる通り、歴代のフリーダム級に比べると搭載武装の数は少なく、どちらかと言えば貧弱な武装と言う印象があった。

 

「ヒカル、あんたに話しておきたい事があるの」

「何だよ、改まって?」

 

 姉の神妙な口調に、ヒカルは怪訝そうな顔つきになる。

 

 いったい何の話をするのだろう、と待っていると、ややあってリィスは口を開いた。

 

「この機体ね、基礎設計はお父さんが考えたのよ」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスの言葉に、ヒカルは思わず言葉を失った。

 

 父が軍人だった事はヒカルも知っているが、それはあくまでパイロット、戦闘職としての話である。モビルスーツの設計、開発を行う技術職に関わりがあるとは思ってもみなかった。

 

「お父さんってさ、あれで結構、規格外なところがある人だったから。やろうと思えば、大抵の事はそつなくこなしていたのよね」

 

 そう言うとリィスは、苦笑しつつ肩を竦めて見せる。

 

 モビルスーツの開発に関しても、そうだった。

 

 実際、今現在、自由オーブ軍が使用しているモビルスーツのモーションパターン。その基礎となるOS開発にもキラは関わっているし、いくつかの武装開発もキラが担当していたのだ。

 

 そのキラは生前、兵器開発に関係する、とある論文を発表している。その中の一説にこうあった。

 

『究極的な答を出すと、「絶対的な操縦技術を誇るパイロット」「他者を圧倒するに足る機動力」。この双方をそろえる事ができれば、モビルスーツの搭載武装は、むしろシンプルな方が望ましい』

 

 との事だった。

 

 キラの考えでは、火力や攻撃力の差はパイロットの技術面で補うべきであり、また敢えて搭載武装を減らす事で、各戦況における武装選択の素早さを実現すべき、との事だった。

 

 この考えは一理ある話で、当然の話だが搭載武装を増やせば、その分機動力は低下する事になる。そして機動力の低下はパイロットの生存性にも直結する重大事項である。更に、あまり武装を積みすぎると、どの戦況でどの武装を使えばいいのか悩む事も考えられる。それを考えると、頷ける面もあるだろう。

 

 ただし、この説には反論も存在する。キラの考え方は「絶対的な技術を誇るパイロット」の確保が必要不可欠であり、そのようなパイロットの確保が難しい事を考えると、非現実的とまではいかずとも、実現はかなり困難なのではないか、と言う事だった。

 

 両者の意見には一長一短あり、どちらが優れているとも言えない物だった。

 

 そこで折衷案として考えられたのが「素体となる機体の搭載武装を減らして機動力を確保すると同時に、戦況に合わせて様々な武装選択が可能にする」と言う物だった。

 

「あれ、それって?」

「そう、セレスティのコンセプトよね」

 

 ヒカルの言葉に頷きを返すリィス。

 

 もしセレスティが予定通り、最初からエターナルフリーダムとしてロールアウトしていたら、「核動力を持ち、あらゆる戦局で、最適な武装選択が可能な機動兵器」が完成していたはずである。

 

「でも、エターナルフリーダムは、この武装形態で固定されているけど、それは?」

 

 特にエターナルフリーダムは、セレスティのように武装の付け替えが可能な訳ではない。勿論、付け替え自体は可能だろうが、それが必要なコンセプトではない。今のリィスの説明には当てはまらないと思うのだが。

 

「それはね、この機体が初めから、あんた専用に調節されたからよ」

 

 エターナルフリーダムは、ヒカルのセレスティ運用実績を踏まえ、「ヒカル・ヒビキにとって最も最適な形の機体」に仕上げたのだ。

 

 確かに、ヒカルは射撃戦よりも接近戦を好む傾向がある。恐らくフルバーストモードを残しつつもティルフィング対艦刀を同時に装備したのは、そういう事情だったのだろう。

 

 それにしても、

 

「父さんが作った機体、か」

 

 エターナルフリーダムを見上げて、ヒカルは呟きを洩らす。

 

 ヒカルにとっての憧れの対象である父、キラ。

 

 そのキラが作った機体に自らが乗っているという事に、ヒカルはある種の誇りにも似た感情を抱くのだった。

 

「しかし、よく、こんな機体、用意できたよな」

 

 ヒカルはエターナルフリーダムを見上げながら、感心したように呟いた。

 

 現状、地球圏において最強クラスの戦闘力を誇るエターナルフリーダム。このような機体を用意する事は簡単な話ではない。

 

 更には、旧オーブ宇宙軍が保有していた大規模な宇宙艦隊と、それらを維持するための拠点も設けているとか。それだけ大規模な戦力を整えるとなると、費用だけでも半端な物ではない筈だ。

 

 オーブが衰退した時に、何かしら手を打ったのかと思った。

 

 その質問に対し、リィスは少し考えてから口を開いた。

 

「ヒカルはさ、ターミナルって知ってる?」

「ターミナル?」

 

 首を傾げるヒカル。

 

 意味は、終着とか、端末とか、そう言う意味であったと思う。だが、リィスの言っている「ターミナル」が何の事を差しているのか、ヒカルには理解できなかった。

 

「昔、お父さんとかお母さんが活躍していた時代に、ラクスさんが運営していた秘密の諜報組織よ。クライン家と、その支援者の持つ資金力を背景に、世界中にスパイ網を張り巡らしているって言われているの」

「おばさんが?」

 

 ラクスがかつてプラントの最高議長であり、共和連合の初代事務総長を務めていた事はヒカルも知っている。そんなものすごい人に子供の頃から可愛がってもらい、今もって「おばさん」呼ばわりしている事に関しては、だいぶ後になってから恐ろしくなったものであるが。

 

 だが、政権運用と言う物は綺麗事だけでは済まされない部分も多い。特にラクスの時代には、地球連合と言う強大な敵も存在した為、それと戦う為に非常の手段を取る事も求められたのだろう。

 

 ラクスにとって、その手段の一つがターミナルだった訳である。

 

「ターミナルはラクスさんが亡くなった後も機能しているらしくてね。自由オーブ軍を始め、いくつかの組織は、その支援で動いているの」

「ふうん」

 

 ヒカルは納得したように頷く。

 

 ラクスは既に死んでしまったが、恐らく、その志を継ぐ誰かが組織を運営しているのだろう。そしてターミナルとしては、アンブレアス・グルックが独走している現状を看過する事ができず、その抵抗勢力である自由オーブ軍を支援している。と言う事だった。

 

 と、その時、

 

「あ、いたいた、ヒカル、リィちゃん」

 

 カノンが手を振りながら、キャットウォーク上を、無重力に任せて流れてくるのが見えた。

 

「艦長がさ、そろそろ時間だから、艦橋に来てくれってさ」

「ああ、判った。今行くよ」

 

 そう言ってヒカルが、カノンの方へ行こうとした。

 

 と、

 

「ちょっと待った」

「ぐえッ!?」

 

 いきなりリィスに襟首を掴まれ、ヒカルは思わず潰れたカエルのような声を出してしまう。

 

「何だよ、いきなり!?」

「あんた、カノンとはちゃんと話したの?」

 

 抗議するヒカルを無視して、リィスはそのように切り出した。

 

 そう言えば、リザからも先日、同じ事を言われたのを思い出した。

 

「・・・・・・いや、まだだけど?」

「ちゃんと、しっかり話しなさいよ。あの子が一番、アンタの事心配してたんだから、それに・・・・・・」

「それに?」

 

 リィスはエターナルフリーダムの方を振り返りながら言った。

 

「この機体だって、本当は私かカノンあたりが使えるように調整した方が良いんじゃないのかって話が出ていたのよ。けどカノンがさ『ヒカルは必ず帰って来るから、ヒカルが使えるようにしておこう』って言ったの。だから、アンタ専用の機体として調整されたんだよ」

 

 リィスの説明に、ヒカルは軽い驚きを覚えた。まさか、そんなやり取りが裏であったとは。確かに、自分専用の機体がいきなり用意されていた事には疑問に思っていたが。

 

 リィスは一足先に出口へと向かう。

 

「あの子はアンタの事、とっても大切に思っているわ。もしかしたら、私なんかよりもずっとね」

 

 その後ろ姿を、ヒカルは不思議そうに眺めて見送る。

 

 リィスはすれ違いざまにカノンの肩をポンとたたくと、そのまま格納庫の出口へと消えて行く。

 

 と、そこで、入れ替わるようにカノンが近付いてきた。

 

「何してんのヒカル? 早く行くよ」

「・・・・・・ああ」

 

 促されるまま、視線をカノンに向ける。

 

 2年間で、カノンの容姿はだいぶ成長した。以前は、どこか子供っぽさが残る体付きをしていたが、今は手足も伸び、ほっそりとした印象が強くなった。

 

 相変わらず背は低いが、以前からやや大きめだった胸と相まって、出るところは出て、引く所は引く、年相応の少女めいた外見になっていた。

 

 少女から大人へと変わる中間の段階、と言ったところだろうか?

 

 元々の素材が良い事もあり、カノン独自の魅力と言う物が出て来たような気がする。

 

「ん、どうしたのさ?」

「・・・・・・・・・・・・いや」

 

 とは言え、それを直接本人に言うのは、何とも照れくさい事この上ない。

 

 ヒカルは照れ隠しにそっぽを向くと、カノンの頭(ちょうど叩きやすい高さにある)を軽く撫で、入口の方へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、大和は味方艦隊との合流を果たし、補給と整備を受けている。

 

 今後の作戦としては、シュウジが話した通り、各地域における抵抗勢力を糾合し、プラント戦力に対抗可能な勢力を築き上げる事にある。

 

 その為には、各地で抵抗運動をしている味方と合流して宇宙と地上、双方で作戦を進める必要があった。

 

 ヒカルとアステルは合流前、保安局に連行された人々を解放し戦列に加えるか、それが叶わずとも、支持者を増やす事を主張していた。

 

 もしその作戦が成れば、自由オーブ軍は大幅な支持者増強が見込まれる。

 

 しかし現状、彼等がどこへ連れ去られたのか、と言う事は判明していない為、即座に実行する事は現実的ではないとされた。

 

 とは言え、2人の考えが魅力的である事は自由オーブ軍首脳人にも理解されている。その為、現状と並行する形で連行された人々の収容先の調査も進められる事となった。

 

 ヒカルとカノンが艦橋に入ると、既に主だったメンバーが集まっていた。

 

 そして、

 

「お、来たな」

 

 入ってきたヒカル達を見て、気さくな笑みを向けてきたのは、ナナミの父親であるムウ・ラ・フラガ大将だった。

 

 この未曾有の国難に当たって、自由オーブ軍は予備役に編入されていたムウを引っ張り出し、自由オーブ軍総司令官への就任を打診したのだった。

 

 対してムウは、この申し出を二つ返事で了承した。ムウとしても、現在の状況について歯がゆい物を感じずにはいられなかったのだ。

 

 そして勿論、志半ばにして散って行った息子、ミシェルの事もあるのだろう。

 

 軍人として、父親として、ひどい裏切りを行ったプラントに対し、ムウなりに一矢なりとも報いずにはいられないのだ。

 

 そして、もう1人。ムウよりも若い男性が並んで立っているのが見える。

 

「やっぱり生きていたか。さすがは、あの人の息子だよ」

 

 そう言って笑みを見せたのはシン・アスカ一佐だ。元々はベテランパイロットとしてアグレッサーチームの隊長をしていたが、現在は特殊部隊フリューゲル・ヴィントの隊長に復帰。数少ない精鋭部隊を率いて前線に立っている。

 

 そんなシンの言葉に、ムウは可笑しそうに笑う。

 

「ミスターMIAか。懐かしいねえ」

 

 ミスターMIAとは、昔、ヒカルの父、キラに付けられた通り名である。勿論、それが笑い話の類である事は間違いないが。

 

 だが名前自体が笑い話でも、その由来は笑い話ではない。

 

 キラは現役軍人時代や、その他、一時期傭兵をしていた時期、数度に渡ってMIA認定されている。ただ、キラの凄まじい所は、その全てにおいて、後に帰還を果たしている点だった。

 

 それ故、キラの「きょうだい」で、ヒカルの伯母に当たるカガリ・ユラ・アスハが、皮肉を込めて名付けたのが「ミスターMIA」と言う渾名だった。

 

 とは言え、こうしてかつての弟分を笑い話にしているムウ自身、ヤキン・ドゥーエ戦役の折に戦死と認定され、後に奇跡の生還を果たした、と言う過去があったりするのだが。

 

 英雄と呼ばれる程の人物は得てして、そのような修羅場をいくつも潜り抜けてきている物なのかもしれなかった。

 

 居並ぶ一同の列に加わろうとして、ヒカルは思わず動きを止めた。

 

 壁際に寄りかかるようにして、良く見知った人物が立っている事に気付いたのだ。

 

「アステル、お前、それ・・・・・・」

「何だ? 何か文句でもあるのか?」

 

 ヒカルの声に抗議しつつ、面倒くさそうにアステルはそっぽを向く。どうやら、説明するのも面倒くさいと思っているようだ。

 

 ヒカルが驚くのも無理はない。

 

 なぜならアステルは、ヒカル達と同様、白地に青いラインの入った、オーブ軍の制式軍装に身を包んでいたからだ。

 

 付けている階級章は三尉の物だ。

 

 アステルなりに思うところがあったのだろうか? 元テロリストでありながら、こうしてかつての敵軍に入隊するほどの何かが?

 

 しかし、当のアステルはそれ以上何かを語ろうとはせず、沈黙したままヒカルには目も向けようとはしなかった。

 

 だが、それ以上追及する前に、一同の前に立ったムウが話し始めた。

 

「さて、今後の作戦方針については、みんなも既に聞いていると思う」

 

 ムウの言葉に、一同は頷きを返す。

 

 そこから、シンが引き継いだ。

 

「俺達は一旦、月へと向かう事になる」

「月、ですか・・・・・・」

 

 ヒカルは確認するように尋ねる。

 

 現在、大和はデブリ帯の端を航行しているが、確かにこの位置からなら直接、月を狙う事も不可能ではないかもしれない。

 

「月は元々、中立都市が多数存在していたんだが、現在は殆どがプラント軍によって占領されて軍事拠点みたいになっちまっているんだ。駐留している兵力も馬鹿にならない」

 

 シンはそう言って、肩を竦めて見せる。

 

 プラントは宇宙空間における治安維持を名目に、月軌道艦隊の増強を行い、更に不穏分子取締りと称して保安局の進出も行っている。

 

 その戦力はザフト宇宙軍の約5割にも上り、とても手持ちの戦力だけで戦える相手ではない。

 

 その事を踏まえた上で、シンは説明を続ける。

 

「よって、今回は月の占領は視野には入れない」

 

 シンが言った言葉に、誰もが怪訝な顔付きになった。

 

 この戦いは自分達にとって反撃の一歩になる筈。その橋頭堡確保の為に、月攻略を行うと誰もが思っていたのだが。

 

 だが、シンの考えは違った。

 

 もし月を攻略するとすれば、予備兵力まで含めて自由オーブ軍の全軍を投入する必要がある。当然ながら今は、それをできる状況ではない。そんな事をしたら、他方面が手薄になるばかりでなく、下手をすれば少ない戦力をさらに消耗してしまう可能性が高い。

 

 全力投入するならば、その時は祖国を奪還する為に兵を挙げる時である。その時まで、悪戯に兵力を損耗する事態は避けたかった。

 

「占領しなくても、連中を一泡吹かせる事はできるさ。その為の、大和だろう」

 

 そう言ってムウは、シンの方に目配せをした。

 

 本題に入るなら、今がタイミングだろう、と無言で告げているのだ。

 

 それを受けシンは頷くと、自身の傍らに置いておいたトレーを取って前へ出た。

 

「今回の作戦に当たり、レオス・イフアレスタール三尉、ヒカル・ヒビキ三尉、アステル・フェルサー三尉、カノン・シュナイゼル三尉。お前達4人に、これを送ろうと思う。どうか受け取ってくれ」

 

 そう言うとシンは、トレーにかぶせておいた布を取り払う。

 

 そこに置かれていた物を見て、ヒカル達は目を見張った。

 

 2枚の翼を左右に広げた銀色の徽章。

 

 風の翼を象った輝くバッジ。

 

 オーブ軍精鋭特殊部隊フリューゲル・ヴィントの証を示す物である。

 

「今回の作戦に当たり、お前達4人をフリューゲル・ヴィントの特別作戦班に認定する」

 

 そう言うと待機していた女性兵士がバッジを手に取り、ヒカル、カノン、レオス、アステルの胸に、それぞれつけられていく。

 

 今、新たなるオーブの精鋭達が、誕生しようとしていた。

 

「フリューゲル・ヴィントはただの特殊部隊じゃない。オーブ軍にとっては勝利の代名詞だ」

 

 4人をそれぞれ見回しながら、シンは力強い口調で告げる。

 

「その『風の翼』を胸に抱いた以上、敗北は決して許されない。その事を忘れるな」

 

 シンの言葉に、胸に付けた徽章は否が応でも重みを増したように感じられる。

 

 その事を、ヒカルは改めて深く噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先のカーディナル戦役の折、ユーラシア連邦は共和連合軍の攻撃により、首都ブリュッセルを失い、東方への後退を余儀なくされた。その後、地球連合軍の総反抗によって共和連合勢力を一掃する事には成功したものの、欧州の地は荒廃し、非武装地帯と化した為、ユーラシア連邦としても欧州を奪回する事は叶わなかった。

 

 モスクワに首都を移したユーラシア連邦だったが、ザフト軍の攻撃によってモスクワも壊滅状態に陥った。

 

 戦力を取りまとめたユーラシア連邦は、ウラル山脈に建設された要塞を基点にして持久戦を展開、ザフト軍と睨み合いを続けている。

 

 ユーラシア連邦の戦力は単純な兵器や兵士のみではない。その広大な領土と、北半球特有の極寒の気候もまた、ザフト軍の足を鈍らせる貴重な戦力となっていた。

 

 仮にユーラシア連邦を完全占領するとなると、プラント側は莫大な戦力を投入する必要があり、現実的とは言い難い。

 

 要塞を基点にして持久戦を行う、と言うユーラシア側の戦略は、取りあえずの所成功していた。

 

 ウラル要塞から出撃してくるユーラシア連邦軍の前に、流石にザフト軍も攻めあぐねているのが現状だった。

 

 そのウラル要塞攻防戦に参加しているザフト軍の中に、ジェイク・エルスマンに率いられたエルスマン隊の姿もあった。

 

「世間じゃ、こういうのを左遷って言うんじゃないかね?」

《否定できないところがつらいよね》

 

 ぼやき気味のジェイクの言葉に応じたのは、シェフィールド隊以来の腐れ縁となるノルト・アマルフィだった。

 

 ジェイクは今、自分の隊を率いて東からやって来る地球軍の迎撃に向かっている。

 

 ノルトはエルスマン隊の副隊長として、同道しているのだった。

 

 2人揃って極寒の最前線に送られ、強大な敵と戦っている。

 

 ジェイクの言うとおり、状況的には殆ど左遷に等しい状況である。

 

「これでせめて、良い女でもいればな。ハァ・・・・・・ディジーの奴は宇宙だし」

 

 離れ離れになった幼馴染の事を思い、ため息を吐くジェイク。

 

 もっとも、並んで飛んでいるノルトからすれば、ジェイクと離れる事ができて、却ってディジーは羽を伸ばしているのでは? とか不遜な事を考えていたりする。

 

 一緒のチームにいる時には、ジェイクが問題を起こしてディジーが食って掛かり、ノルトがそれを仲裁する、と言うのが定番のパターンだった。

 

 その喧騒がない事はありがたいが、同時に寂しく思っている事も事実である。

 

 とは言えノルト自身も、このような僻地送りにされたせいで、遠くにある存在に対して想いを馳せずにはいられなかった。

 

 もっとも、隣を飛ぶ相方のように、女性関係の話ではない。それどころか、相手は人間ですらない。

 

 ピアノである。

 

 父親が世界的に有名なピアニストをしているノルトは、その影響で子供の頃からピアノに慣れ親しんで過ごして来た。

 

 スクールの初等科にいた頃、父がプレゼントしてくれたグランドピアノを、ノルトは今でも大事に使っている。そのピアノを戦場に出てからしばらく弾いていない事が、ノルトには気がかりだったのだ。

 

 とは言え、今はまだ、他の事に気をやっている余裕はない。

 

 飛翔する2人の前方に、黒い点のような物が多数見えてくる。侵攻してきた地球連合軍の部隊である。

 

 数は多い。

 

 ユーラシア連邦は元々資源に恵まれた大国である。かつての大西洋連邦程ではないにしても、かなりの戦力を有しており、数においてはザフト軍を圧倒している。油断はできなかった。

 

 やがて、両軍は入り乱れるように激突していった。

 

 攻める地球連合軍と、迎え撃つザフト軍。

 

 数の上では地球軍が勝っているが、精鋭を多く含むザフト軍は地球軍の浸透力を削ぎながら、鋭い攻撃でカウンターを返していく。

 

 数で攻める地球軍と、質で対抗するザフト軍と言う、過去の戦いに似た構図が、この局地戦でも展開されていた。

 

 そのような状況で目を引くのは、やはりエースの存在だろう。

 

 ジェイクの駆るハウンドドーガは、ビームトマホークを手に斬り込んで行くと、たちまち2機のグロリアスを斬り捨ててしまう。

 

 地球軍の方でも、複数の機体でジェイク機を取り囲んで動きを封じようとしてくるが、そこへノルトが援護射撃を放ち、ジェイクを包囲網から救い出す。

 

「サンキューな、ノルト!!」

《あまり無理はしないで!!》

 

 ノルトの声を聞きながら、ジェイクは苦笑をひらめかす。

 

 本来なら、先頭切って突撃するのはディジーの役割だった。しかし、そんな彼女が隊長職として転任して以来、先頭を張るのはジェイクの役割となっていた。

 

「ったく、柄じゃねえってのに!!」

 

 言いながら、不利向き様にウィンダムを斬り捨てる。

 

 本来のジェイクのバトルスタイルは「遊撃」だ。「前衛」のディジーが斬り込み、「後衛」のノルトが砲撃支援を行う中、ジェイクが側面からかき乱す。これが理想のパターンだった。

 

 しかし今、ここにディジーがいない以上、不器用ながらジェイクが前衛を務める以外に無かった。

 

「このッ いい加減諦めろっての!!」

 

 斧でウィンダムを一刀両断し、更に突撃銃でウィンダムをハチの巣にする。

 

 ノルトの支援砲撃も的確であり、一撃ごとに敵は数を減らしていく。

 

 全体としての戦況は、ザフト軍がやや優勢。少数ながら戦闘力の高い兵士を多数有するザフト。更に戦線には北米紛争経験者も多数含まれている為、相対的な戦闘力は地球連合軍を凌駕していた。

 

 このまま押し切れるか?

 

 誰もがそう思い始めた時だった。

 

《新たな敵の集団多数、西方より急速接近!!》

 

 悲鳴にも似た報告が齎される。同時に、報告を裏打ちするように、センサーは多数の反応が接近してくる様子を捉えていた。

 

「クソッ 奴等タイミングを見ていやがったな!!」

 

 その声に、ジェイクは舌打ちをする。

 

 地球軍は、ザフト軍が疲弊するのを待って、後方に待機させていた予備部隊を投入してきたのだ。もしかすると、戦線を膠着させたのもわざとの可能性がある。

 

 まずい状況である。

 

 現状を維持するだけでも精いっぱいだと言うのに、これ以上の戦力を投入されたら、ザフト軍の戦線は崩壊してしまう可能性がある。

 

 撤退

 

 その二字が、ジェイクの頭の中に浮かんだ。

 

 ここは一旦退き、味方が確保している領域で改めて戦いを挑んだ方が得策だった。

 

 撤退信号が出されるか?

 

 そう思った時だった。

 

「何だッ?」

 

 レーザー通信を介して一通の電文が齎されたのは、その時だった。

 

《これより戦線に介入す。ザフト軍は支援攻撃を行え》

 

 命令にはそう書かれていた。

 

 次の瞬間、接近しようと図っていた地球軍の部隊が、横合いから攻撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 陣形を大いに乱す地球連合軍。

 

 そんな彼等に、無数の翼を羽ばたかせた一団が襲いかかった。

 

 翼が閃くたび、地球軍はめいめいバラバラに応戦する以外に無かった。

 

《ジェイク、あれ・・・・・・》

「ああ、間違いねえ・・・・・・」

 

 ノルトとジェイクは、一方的に屠られていく地球軍の様子を見ながら、苦虫を潰したような声で呟く。

 

 ようやく量産体制の確立されたフリーダム級機動兵器を操る部隊。

 

 そんな物は、世界中を探しても他にはないだろう。

 

「ディバイン・セイバーズ・・・・・・・・・・・・」

 

 最高議長特別親衛隊。

 

 グルック派と呼ばれる軍人達の中から、特に技量の高い者達が選りすぐられ、最高の戦闘力と忠誠心を叩きこまれた精鋭部隊が、姿を現した瞬間だった。

 

 圧倒的な勢いで、地球連合軍を蹂躙していくディバイン・セイバーズ。

 

 それは古き時代を淘汰し、新たな世界を創造するのに足る力を誇示するのに十分だった。

 

 

 

 

 

 胸に付けた徽章を指で弄りながら、ヒカルは誇らしさと責任感を同時に噛みしめていた。

 

 第13機動遊撃部隊フリューゲル・ヴィントは、オーブ軍最強部隊であると同時に、全将兵から羨望の眼差しで見られる、正に精鋭中の精鋭達の証である。そんなフリューゲル・ヴィントの一員として認められたのだ。嬉しくない筈が無かった。

 

 かつてはヒカルの両親、キラとエストも籍を置いていた時期があると言う事もまた、ヒカルにとって誇りに思えるのだった。

 

 だが同時に、大きな責任を背負わされたことも自覚していた。

 

 シンが言った通り、フリューゲル・ヴィントに所属した以上、負ける事は許されない。

 

 精鋭特殊部隊の役割は作戦を成功させる事は勿論だが、同時に「象徴」としての役割も担っている。つまり、勝利する事によって味方の士気を盛り上げるのだ。

 

 最強部隊が勝てば味方の士気は大いに盛り上がるだろう。しかし負ければ、士気はどん底まで低下する事になる。

 

 軍における「象徴」とは、そう言う物である。だからこそ、戦う以上、負ける事は許されない。常に勝ち続ける事が要求されるのだ。

 

 いずれにしても、困難な戦いになる事は間違いない。

 

 だが、

 

「やるだけやってやるさ」

 

 ヒカルは肩の力を抜いた調子で、しかしそれでも瞳には決意を込めて呟く。

 

 状況が困難だろうと、この作戦を成功させない事には、自分達に勝機など無いのだから。

 

 と、その時、廊下の向こうから見慣れた少女が、こちらに向かってくるのが見えた。

 

「あ・・・・・・」

「カノン・・・・・・」

 

 ヒカルとカノンは、互いに向かい合ったまま立ち止まる。

 

 ヒカルの脳裏では、リィスやリザに言われた事が思い出されていた。

 

 自分の事を思って、心配してくれた幼馴染。

 

 この2年間、顔を合わせる機会が無かった事もあり、こうして差し向かいで向かい合っていると、以前とは別種の感情が湧いてくるようだった。

 

 何か話さなくては。

 

 そう思ったヒカルが、口を開いた。

 

「あのさ、カノン・・・・・・」

 

 しかし、ヒカルは最後まで言い切る事ができなかった。

 

 なぜなら、その前にカノンが、ヒカルの胸の中に飛び込んで抱きついてきたからだ。

 

 衝撃を受け止めきれず、ヒカルの体は無重力に従って流れていく。

 

「か、カノン?」

 

 驚くヒカル。

 

 そんな少年に対し、カノンは目に涙を浮かべて言う。

 

「会いたかった、ヒカル・・・・・・無事で、本当に良かった・・・・・・」

 

 嗚咽を込めた声で、自分の想いを告げるカノン。

 

 対して、

 

 ヒカルはそっと、少女の髪を撫でる。

 

「ああ、ただいま・・・・・・カノン」

 

 そう言うと、ヒカルも優しく、カノンを抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-04「風の翼の誓い」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微睡から目覚め、眠い目を擦る。

 

 温かい日差しに身を委ね、気持ち良い眠りから目覚める瞬間は、至福の時でもある。

 

 だって、目を開ければそこには、

 

「起きた?」

「・・・・・・うん」

 

 大好きな姉が、笑顔で迎えてくれる。

 

 姉の膝枕で転寝しながら、少女は寝ぼけ眼で笑みを返す。

 

 対して、姉も優しく笑いかける。

 

 そして、いつものように挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、レミリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリアの優しい言葉に、レミリアは柔らかく頷いた。

 


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