機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-03「行動可能」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議を終え、アンブレアス・グルックは、執務室にて各方面からの報告を受けていた。

 

 北米紛争における勝利から2年が過ぎ、プラントによる統治体制は着々と進んでいる。

 

 旧共和連合の構成国だったオーブ、南アメリカ合衆国と言った国々への浸透も順調に進んでいる。

 

 いずれ、全ての国々がプラントの統治下に置かれる事になる。その日は、そう長くないところまで来ていた。

 

 とは言え、そこに至るまでは未だに障害が多い事も事実だった。

 

 北米紛争で取り逃がした元北米解放軍指導者ブリストー・シェムハザは、戦後になって地球連合の勢力圏へと逃げ込んだことを確認しているが、現在の所在地については掴めていない。北米であれだけの闘争を繰り広げた相手だ。このまま楽隠居を決め込む筈が無い。必ず遠からず、動きを見せるだろう。

 

 その地球連合軍だが、現在はユーラシア連邦の旧東欧地方を基点にして、ザフト軍と対峙を続けている。

 

 既にかなりの数の大軍が集結するのが確認されており、その総数はザフト軍を大きく上回っている。

 

 ザフト軍も精鋭を中心に戦線を展開しているが、双方ともに決定打に欠ける為、大々的な激突は避けて偵察と小競り合いに終始しているが現状だった。

 

 その膠着した状態に、グルックは手を拱いていた訳ではない。大軍を突き崩す手段が、何も正面から激突ばかりであるとは限らない、と言う事だ。

 

 既に地球連合に対する工作は進んでいる。その成果が、間も無く実を結ぶことになるだろう。そうなるとユーラシア戦線は戦わずして決着を付ける事ができる。

 

 予想外だったのは、南米だった。

 

 北米紛争の後、南アメリカはプラントを支持する派閥と、反プラントを掲げる派閥とに分かれ内戦を始めたのだった。

 

 北が片付いたら今度は南か、と呆れてしまうところだが、プラント政府としては自分達を支持する南米正当政府支援の為に武器供与などの政策を実行している。

 

 これに対し、反プラント派は南部サンティアゴに臨時政府を樹立し、対決の姿勢を維持している。全体的にザフト軍の支援を受けている正当政府軍が優勢であるが、サンティアゴ政府軍には、南米正規軍多数が参加しており、伝統のゲリラ戦で対抗している為、正当政府軍も苦戦を強いられていた。

 

 その他、アフリカでも小規模な抵抗運動が勃発しており、予断は許されない状況である。

 

 だが、それらの事情を勘案しても尚、グルックは自分達の有利を疑ってはいなかった。

 

 確かに、こうして見れば世界各地で紛争が起こっている。それは事実だろう。

 

 しかし、それらは所詮、個々の勢力が別々に抵抗しているような物。纏まりも一貫性もあった物ではない。

 

 所詮は、正規軍を有するプラントの敵ではない。

 

 唯一、地球連合の勢力だけは脅威だが、それとて気にするほどではないだろう。

 

 今や世界は、完全にグルックの手の内にあると言って良かった。

 

「良い感じに、まとまって来たんじゃない?」

 

 楽しげな声が、響いて来る。

 

 PⅡだ。

 

 北米紛争の頃からグルックの協力者として仕えているこの人物は、常に傍らにあってグルックの覇道を助ける、いわば影の参謀役とも言うべきポジションに収まっていた。

 

「当然だ。ここまでの苦労を考えれば、そうであってくれなくては困る」

 

 傲然と胸を逸らしながら、グルックは答える。

 

 ここに来るまでの道のりは、確かに長かった。

 

 ラクス・クラインが築いた偽りと欺瞞に満ちた平和を打破し、真の意味での秩序と発展を実現した世界を目指す為、グルックはあらゆる手を尽くしてきたのだ。

 

 その成果が、ようやく手の届く所まで来ていた。

 

 今、グルックの目の前の机の上には、ある書類が置かれている。

 

 「地球圏統一構想」と銘打たれたその書類は、グルックが自身のスタッフに命じて作成させたものである。

 

 単純に言うと、そのタイトルの通り、地球圏に住むあらゆる国家、人種、思想、理念の垣根を取り払い、地球圏その物を巨大な一つの国家として纏め上げようと言う構想である。

 

 かつての地球連合や、旧世紀に存在した国際連合のような寄り合い所帯とは違う。真の意味で、地球圏を一つの国家にしてしまおうと言う訳だ。

 

 国家や理念の違いがあるから戦争が起こる。ならば、それらを全て取り払い、一つの国家にしてしまえば、戦争は無くせる。と言うのがグルックの考えだった。そして、その国家の上位に立ち、統治機構としての役割を担うのがプラントと言う訳である。

 

 まさに、グルックの目指す究極の理想国家が、すぐそこまで来ているのだった。

 

「その時こそ、全ての人々は真の平和を享受し、秩序ある世界に生きる事を許されるのだ」

 

 高揚した調子で呟くグルック。

 

 そんな彼の様子をPⅡは、冷ややかな目で見詰めている。

 

「・・・・・・さあ、果たして、そううまく行くかな?」

 

 低い声で呟いた言葉は、グルックの耳に届く事は無かった。

 

 グルックは、まだ知らなかった。

 

 不穏分子の捕縛に向かった保安局の行動隊1個中隊が、突如現れたオーブ軍残党の反撃にあって壊滅した事を。

 

 笑ってしまう。

 

 世界は、思っているよりも、グルックの描いた通りに進んでいる訳ではない。

 

 その事が、PⅡにはいかにも可笑しい物として感じられているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自由オーブ軍。

 

 それが、組織の名前だった。

 

 その名の通り、中核を成すのはかつてのオーブ軍であり、北米紛争後にプラント政府から破棄を命じられた戦力を密かに結集して作られた組織である。

 

「数はそれほど多い訳じゃない。せいぜい、かつての10分の1と言ったところだろう」

 

 シュウジはそう言って肩を竦める。

 

 保安局との戦闘を終え、ザフト軍の追跡を振り切った大和の艦橋で、状況の確認が行われている最中だった。

 

 この場に集まっているのは、ヒカル、シュウジ、リィス、レオス、カノン、リザ、ナナミ、そしてアステルの面々である。

 

 ヒカルとしても、自分がいなかった間にどのような事が起こっていたのか知りたいところだったので、説明してもらえるのはありがたかった。

 

 北米紛争の後、一方的な理由で侵攻してきたザフト軍に対し、オーブ共和国政府は殆ど抵抗らしい抵抗も示さないまま、提示された停戦条約を受諾、事実上の全面降伏を行った。

 

 当時のオーブ政府は、穏健派が議会の多数を占めており、更に主力軍が北米で失われた事もあって、プラント政府に対し恭順する空気が大半を占めていたのだ。無論、軍部を始め一部の強硬派は徹底抗戦を主張したが、結局のところ政府の意志には逆らえず、オーブは屈辱的な「カーペンタリア条約」を受け入れる事となった。

 

 その後、新たに発足した新政権は、事実上プラントの傀儡と言って良く、軍備縮小や領土割譲など、次々と提示された不平等な条約を、オーブは一方的に呑まされていった。

 

 もはやオーブは、かつての理念も、独立国としての権利や誇りも奪い去られ、事実上、プラントの一領土にされてしまったのだ。

 

 首都にはプラントの総督府がおかれ、『政権交代後の治安を維持する』と言う名目で保安局の支部とモビルスーツを含む大部隊が駐留する事になった。

 

 あらゆる不条理がまかり通り、理不尽が許容されるようになったオーブ。

 

 だが、全てが、彼等の思い通りに運んだわけではない。

 

 誰もが気付かない内に、風は僅かに逆方向に吹き始めていたのだ。

 

 一方的な状況に憤りを感じ、このままオーブと言う国が圧力と暴力の間に屈していく事を良しとしない一部のオーブ軍人や政府関係者、財界人達が結託して、プラント政府、そしてオーブ政府へ決別した。

 

 それこそが、自由オーブ軍である。

 

「大変だったのよ。プラント政府から破棄を命じられた兵器とかは書類偽装して、実際の破棄の現場にはプラントからの監視員とかも来るから、軍艦とかモビルスーツとかは、それっぽく偽装した中古船とかスクラップを爆破して見せてさ。兵器データの供出をしろって言われたから、一部は巧妙にごまかしたりして・・・・・・」

 

 その時の事を思い出したのか、リィスはやれやれと、ため息交じりに肩を竦めて見せた。

 

 そんな姉の苦労に苦笑で応じながら、ヒカルはシュウジに向き直った。

 

「じゃあ、これからプラントに対して反抗できるんですね?」

 

 期待に目を輝かせてヒカルは尋ねる。

 

 自分がこれまで苦労した事が、ようやく結ばれようとしている。自分がやって来た事は無駄ではなかったのだ。そう考えれば、ヒカルの悦びは当然の事だった。

 

 だが、そんな期待を裏切るように、シュウジは首を横に振った。

 

「残念だが、話はそう単純な物ではない」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに旗揚げはした。

 

 だが、自由オーブ軍の懐事情は、必ずしも潤沢とは言い難い。とてもザフトをはじめとする「プラント軍」の戦力と正面から戦える物ではなかった。

 

 オーブ軍の中で、特に宇宙軍は亡きシュウジの祖父、ジュウロウ・トウゴウが創設した軍であり、オーブの頭上を守る為に高い技量を持った兵士が集められ、更に一兵卒に至るまでオーブへの忠誠を叩きこまれている。その宇宙軍は、解体に伴いそっくりそのまま自由オーブ軍に参加している事は大きい。

 

 更に、規模こそ少数ながら、オーブ軍最強の精鋭特殊部隊であるフリューゲル・ヴィントも、全部隊揃って自由オーブ軍に参加している。

 

 質だけを見るなら水準以上の物を揃えていると言って良い自由オーブ軍。

 

 しかし、こちらが言わば流浪の海賊集団に等しいのに対し、相手は今や世界最大最強と言っても良いほどに膨張した主権国家である。数が違い過ぎるし、質においても自由オーブ軍に引けを取らない規模の物を用意しているだろう。

 

「まずは足場を固める必要がある。世界各地に散らばる抵抗勢力を結集し、プラントに対抗する勢力を整えるのだ」

 

 そう言うとシュウジは、メインスクリーンを切り換え、宙域図と世界地図を同時に呼び出した。

 

「現在、主な紛争地帯としては東欧、アフリカ、南米、月となっている。このうち、東欧ではザフト軍と地球連合軍が睨みあっている状態だから、ここは無視して良いだろう。介入しても敵に利するだけで、こちらには何の得も無い」

「残るはアフリカ、南米、月、だね」

 

 カノンが紛争地域を読み上げる。

 

 プラントに対する抵抗勢力が存在するとは言え、彼等の力も決して大きなものではないだろう。正直、それらを糾合したとしてもプラントに勝てるかどうか微妙な所だった。

 

「だが、やるしかない」

 

 シュウジは断言するように言った。

 

「俺達に残された手段がそう多くない以上、リスクが高くても実行する必要がある」

 

 たとえ小さな事であっても、こつこつと積み重ねるしかない。それがやがて、大きなうねりになると信じて。

 

「俺達はいったん、本隊と合流した後、その後の行動について指示を受ける事になる。そのつもりでいてくれ」

 

 シュウジの言葉に対して、一同が敬礼を返す。

 

 そんな中、

 

 ただ1人、アステルだけは壁に寄りかかり、無言のまま一同を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、ビックリしたよ。ヒカル君が無事だったって聞いた時にはさ」

 

 リザは、テーブルのはす向かいに座ったヒカルを呆れ気味に見つめながら、ため息交じりに呟いた。

 

 会議も終わり、ようやく休憩を取る事を許可された一同は、食堂に集まり、昼食をとりながら談笑に興じていた。

 

 周囲にはヒカル達の他に、話を聞こうと集まって来たクルー達の姿も見える。皆、ヒカルの話に興味がある様子だった。

 

 2年前に比べて、リザはだいぶ成長した印象がある。以前は慢性的な食糧不足の北米で育ったせいで発育不良が目立っていたが、今では手足も伸びて年相応な外見になっている。特徴的な赤い髪と相まって、女性としての魅力が花開いた感があった。

 

「全然連絡が無いから、死んじゃったと思っていたんだよ」

「仕方がないだろ。連絡手段なんて、本当に何も無かったんだから」

 

 そう言ってヒカルは、あの時の事を思い出す。

 

 何しろ、まともな通信手段すら無い北米大陸に一人で放り出されてしまったのだ。連絡するどころか、日々を生き残るだけで精いっぱいだった。

 

 糧を得る為に、物乞いに近い事までやった。

 

 やがて、途中で立ち寄った、とある小さな街が野党に襲われた際、これを撃退した事を契機に傭兵稼業を始めた事で、ある程度安定した収入が得られるようになった。

 

 皮肉な話だが、紛争が終わったとはいえ北米の治安は回復しているとは言い難く、傭兵稼業は戦闘技術さえあれば手っ取り早く稼ぐ事ができる最良の職業だった。

 

 こうしてヒカルの生活が安定した頃には、残念な事に既にオーブはプラントに対し屈伏してしまった後だった訳である。

 

「できればオーブに戻りたかったんだけど、プラントが渡航制限を掛けてたせいで戻る事もできなかったんだ」

「なるほど、それじゃあ仕方が無いね」

 

 ヒカルの身に起きた境遇に同情するように、レオスは頷きを返す。

 

 実際に自分達もプラントの強制介入と、それに対抗する偽装工作に奔走していたせいで、生きているかどうかも判らなかったヒカルを捜索するどころではなかったのだから。

 

「そんな事よりヒカル君」

 

 リザが、何やら神妙な顔つきで身を乗り出してきた。

 

「ノンちゃんとは、ちゃんと話したの?」

「カノンが、どうかしたのか?」

 

 ヒカルはキョトンとして聞き返す。

 

 そう言えば、カノンとはゆっくり話す事ができていなかった事を、今さらながら思い出していた。

 

「どうした、じゃないでしょッ ヒカル君がいなくなって、一番心配したのはノンちゃんなんだよ!!」

「うん、そうだね。ヒカルが死んじゃったんじゃないかって、部屋に閉じこもっちゃって、暫くの間は、俺やリザが声掛けてもなかなか出てこなかったんだ」

 

 その時の事を思い出して、レオスは痛ましげにため息を吐く。

 

 対してヒカルも、カノンの事を思い浮かべる。

 

 カノンが幼馴染として、自分の事を心配してくれた事への感謝と謝罪の念は、ヒカルの中にもある。

 

 確かに、これは一度、しっかりと話し合う必要があるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、アステルは1人、格納庫へ向かって歩いていた。

 

 ここを出る心算である。

 

 ここはオーブ軍の戦艦の中。アステルにとってはかつての敵地である。そのような場所に長居する事は好ましいとは言えない。ストームは先の戦いで中破しているが、起動して飛び立つだけなら問題は無い。用が済んだのならさっさと出て行った方が得策である。

 

 元北米統一戦線のテロリストとしては、このまま留まって破壊工作なり情報収集なりすべきところだろう。

 

 しかし、組織としての北米統一戦線が壊滅した以上、そのような行為には何の意味も無いし、何よりアステルにはそんな事をする気は一切無い。

 

 長居は無用だった。

 

 だが、格納庫へと続く廊下を歩いていると、その進路を塞ぐように人が立っている事に気付いた。

 

「やっぱり、出て行くんだ」

 

 まるでアステルの行動を見透かしたように、リィスが話しかけてきた。

 

 相手がヒカルの姉だとは聞いていたが、正直、あまり似ていない、と言うのがアステルの印象だった。もっともここを出て行くと決めた以上、それもどうでも良い事ではあるが。

 

 そんなリィスに構わず、アステルは歩き続ける。

 

「昔戦った相手とは、一緒に居づらい?」

「判り切った事を聞くな」

 

 尚も訪ねてくるリィスに、素っ気ない声で応じる。

 

 アステルがここに留まる事は、アステル自身にも、そしてヒカル達にとっても好ましいとは言えなかった。

 

「ここを出て、これからどうするのよ?」

 

 尚もしつこく尋ねてくるリィス。

 

 それに対し、アステルは煩わしそうに低い声で答えた。

 

「そんな事は俺の勝手だ。お前達には関係ない」

 

 そう言って、リィスの脇を抜けようとする。

 

 と、

 

「あなた、死ぬ気?」

 

 リィスが発した一言に、アステルは足を止めた。

 

 それを見ながら、リィスは続ける。

 

「だいたい判るのよね、死に急いでいる人って。今まで、そう言う人を何人も見て来たから」

 

 幼い頃、まだキラとエストに拾われる前、リィスは幼いながら傭兵稼業に身をやつしていた。その過程で、人を見る目は培われたと言って良い。

 

 死にたがっている人間は大抵、他の物を見ようとせず、真っ直ぐに自分の死地へと向かって歩いて行こうとする。まるで嗅覚で自分の死に場所がどこかわかるように。

 

 そんなリィスの目から見ても、明らかにアステルは死に場所を求めているように見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・それも、俺の勝手だ」

 

 敢えて否定せずに、アステルは返事を返す。

 

 そこまで見抜かれているなら否定しても仕方がないし、否定する事に意味も無いと感じたからだ。どのみち、元々敵だったアステルが死のうが生きようが、リィス達には関係ないはずである。

 

 確かに、アステルは死ぬ気でいる。北米統一戦線も今は無く、そしてヒカルに付き合って戦い続ける日々もこれで終わり。もはや、アステルにする事など残されていない。

 

 ならばあとは、この身の処分の仕方について模索するのみだった。

 

「なら、どうしてあなたは、半年もの間、ヒカルと一緒に戦ったの?」

 

 対してリィスは、話題を変えて話しかけてきた。

 

 アステルに向き直るリィス。

 

「本当に死ぬつもりだったら、あなたはヒカルに付き合う必要は無かった。ただ、自分1人で戦場に行けばよかったはずよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスの指摘に、アステルは沈黙したまま立ち尽くす。それは、リィスの言葉が正鵠を射ているからに他ならなかった。

 

 確かに、アステル自身、真に死に急いでいるのなら、ヒカルのような青臭い理想を掲げる馬鹿に付き合う必要は無かった。ただ、1人で危険な戦場に飛び込んで行き、そこで果てればよかったのだ。

 

 だが、アステルはそうはしなかった。否、できなかったと言っても良い。

 

 なぜか、と問われるまでも無く、アステル自身、その問いに対する答えを自覚している。

 

 アステルの心の根底には、死んでいったかつての仲間達への想いがあった。

 

 クルト、イリア、そしてレミリア、その他大勢の北米統一戦線の仲間達。

 

 彼等は北米の統一を夢見ながら、それを果たせないまま空しく死んでいった。

 

 そんな彼等の想いを、せめて果たしたい。それを成すまでは死んでも死にきれないと思っていた。

 

 そうした思いが、死へと向かおうとするアステルの足を、そのギリギリの縁で押し留めていたのだ。

 

「なら、私達に協力しない?」

 

 立ち尽くしたまま動こうとしないアステルに対し、リィスは誘うように言う。

 

「あなたの戦うべき戦場と、戦う為の力は私達が用意してあげる。だから、協力してほしいの」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それは、アステルにとっても決して悪い取引ではない。

 

 戦いたくても、その術を持たないアステルと、1人でも多く有力な味方が欲しい自由オーブ軍。利害は見事に一致している。

 

「・・・・・・・・・・・・俺は」

 

 アステルが何か言おうとした時だった。

 

 突如、警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄介な相手が出て来た。

 

 自分の斜め前方に立つ大柄な男を見て、ディジーは心の中で呟いた。

 

 腕組みをして前方を注視する男は、口元には不敵な笑みを浮かべ、獣のように吊り上った目からは好戦的な意思を感じさせる。

 

 歴戦の兵士を思わせる雰囲気を持った男の存在感は、いかにもベテランと言った雰囲気を出していた。

 

 クーラン・フェイスと呼ばれるこの男は、保安局の行動隊隊長を務めており、北米紛争以後に保安局行動隊で名を上げ始め、反プラント思想者狩りは勿論、武装勢力の掃討にも戦果を挙げている。

 

 弱卒の多い事で有名な保安局の中にあって、数少ない「武闘派」だった。

 

 デブリ帯における戦闘で大和を取り逃がしたディジーは、戦力の減った保安局を後方に下がらせる一方、自身は直率の部隊を率いて追撃に当たった。

 

 だが、程なく大和に追いつけると言うところまで来た時、保安局からの増援として現れたのが、このクーラン・フェイス率いる保安局の主力部隊だった。

 

 ナスカ級高速戦艦3隻、ローラシア級戦闘母艦2隻、モビルスーツ30機を率いて合流したクーランは、そのままジュール隊を配下に従えて、大和を後方から追撃する体勢を整えていた。

 

「それにしても、随分と大きな鼠が掛かってくれたもんだな、おい」

 

 口元に笑みを浮かべたまま、クーランはさも可笑しげな声で呟く。

 

 多くの武装勢力を、まるで物ともせずに撃滅してきたクーランにとって、大和と言う戦艦も、自身を高揚させる「獲物」に過ぎないようだ。ましてか、相手が、2年前の戦いにおいて、北米で最も活躍した戦艦と来れば尚更だった。

 

 彼等の視界の中で、逃走を続ける大和の様子がハッキリと映し出されていた。

 

「部隊の状況はどうだ?」

「・・・・・・準備は完了しています。いつでも発進可能です」

 

 居丈高に尋ねてくる相手に対して、ディジーは憮然とした調子で答える。

 

 本来なら部署が違う相手に命令を受けるいわれは無いのだが、保安局はザフト軍よりも上位に位置し、更に行動隊の隊長ともなれば、ディジーなどよりもはるかに上の存在だ。逆らう訳にはいかない。

 

 そんなディジーの心境が判っているのだろう。クーランは口元に笑みを浮かべて命じる。

 

「全軍、攻撃開始。オーブの鼠をここで狩り取ってやるぞ!!」

 

 

 

 

 

 後方から迫り来る敵機に対し、大和も回頭しつつ主砲で応射。同時にカタパルトデッキからはモビルスーツが発進していく。

 

 と言っても、今、大和が搭載している機体で出撃可能なのは3機。リアディス・アインとドライ、そしてエターナルフリーダムのみだ。

 

 その中で、ヒカルはエターナルフリーダムを駆って前に出る。

 

「とにかく、離脱までの時間を稼ぐぞッ 2人とも、無理するなよ!!」

《了解ッ!!》

《判った!!》

 

 レオスとカノンの声を聞きながら、ヒカルはエターナルフリーダムをフルバーストモードへ移行させる。

 

 ビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開、6門の砲を駆使して、接近する敵に対し一斉射撃を仕掛ける。

 

 カウンター気味の攻撃を喰らったザフト軍部隊と保安局行動隊の機体は、たちまち、手足や頭部を吹き飛ばされ、戦闘不能に陥る機体が続出する。

 

 しかし、彼等は保安局の中でもクーラン・フェイス直率の者達である。その程度の損害で怯むものではなかった。

 

 エターナルフリーダムの攻撃を掻い潜りながら、尚も向かってくる保安局員たち。

 

 対抗するようにヒカルとレオスは、それぞれビームサーベルを抜刀して斬り込んで行く。

 

 カノンは後方に位置し、砲撃による掩護を行う。

 

 たちまち、互いの陣形が乱れる乱戦の様相を呈し始めた。

 

 12枚の蒼翼を羽ばたかせ、飛翔するエターナルフリーダム。

 

 ヒカルはビームサーベルを振り翳すと、近付いてきたハウンドドーガ2機の頭部を、あっという間に斬り捨てる。

 

 更にレールガンを展開、突撃銃を向けようとしているハウンドドーガの両腕を吹き飛ばした。

 

 レオスも負けていない。

 

 リアディス・アインの右手にはビームサーベル、左手にはビームライフルを装備し、遠くの敵には射撃を浴びせ、向かってくる敵は剣で斬り飛ばしていく。

 

 カノンも、強烈な砲撃を浴びせて2人の防衛ラインを突破しようとする機体を吹き飛ばす。

 

 少数ながらも、北米紛争以来の実戦経験を持つ3人を相手に、多少腕が立つ程度の保安局員たちでは勝負にならない。

 

 その中でも、やはりエターナルフリーダムの戦いぶりは、群を抜いていると言って良かった。

 

 12枚の蒼翼が駆け抜けるたび、保安局実働隊は確実に数を減らしていく。

 

 しかも、ヒカルは全ての攻撃でコックピットを狙っていない。相変わらず、武装化メインカメラのみを狙った攻撃に終始している。その事からも、ヒカルの技量の高さを彷彿とさせた。

 

 戦闘開始から10数分で、保安局行動隊とザフト軍は、半数近い戦力を失ってしまっていた。

 

 このままなら、切り抜ける事も可能か?

 

 そう思った時だった。

 

 突如、大和の進路前方から、急速に迫ってくる機影があることに気付いた。

 

「折角の獲物だッ そう簡単に逃がすかよォ!!」

 

 クーランは高速で大和に迫りながら、楽しげに叫びを上げる。

 

 本隊で包囲網を形成して敵を囲いつつ、敢えて一方向だけは開けておく。そこで、敵が進路をそちらに向けた時、精鋭部隊でこれを叩く。狩猟時代から伝わる、追撃戦術の一種である。

 

 クーランの駆る機体は、ハウンドドーガよりもやや大型で、腕が少し太くなっているのが特徴である。その分、武骨さも増している。

 

 ガルムドーガと呼ばれるこの機体は、ハウンドドーガの後継機として保安局が開発を進めている機体である。見ての通りハウンドドーガの設計を踏襲しつつ、アーム部分を強化、より強力な武装を装備したり、接近戦時の性能向上を目指している。

 

「オラッ 食らいやがれ!!」

 

 急速に接近を果たしたクーランのガルムドーガが、手にしたビームライフルで攻撃を仕掛ける。これも、ガルムドーガ用に新開発された武装で、威力は通常サイズのライフルの倍近い物を獲得している。

 

 着弾と同時に、大和の艦体が揺らぎ、悲鳴を上げるのが判る。

 

 一発の威力としては破格と言って良いだろう。このまま撃たれ続ければ、大和と言えども危ないかもしれない。

 

 更に2発目を撃とうと、クーランがビームライフルを構え直した時だった。

 

「やらせるか!!」

 

 12枚の蒼翼を羽ばたかせ、エターナルフリーダムが割って入ってきた。

 

 バラエーナで牽制の射撃を放ちながら、ガルムドーガを後退させるヒカル。

 

 対してクーランは、自身に向かってくるエターナルフリーダムの姿を見て、にやりと笑う。

 

「テメェかッ 会えて嬉しいぜ!!」

 

 あのハワイ襲撃戦の折、インフェルノを駆るクーランと対峙したオーブ軍の《羽根付き》。セレスティの後継と思われる機体。

 

 直感だがクーランの見立てでは、パイロットもあの時と同じように思えるのだった。

 

「楽しませろよ!!」

 

 叫びながらビームトマホークを抜き、斬り掛かって行くクーラン。

 

 対抗するように、ヒカルもティルフィング対艦刀を抜刀する。

 

 同時にヒカルはスクリーミングニンバスを展開、推進システムを全開まで上げる。

 

 超高速で駆け抜けるエターナルフリーダム。

 

 その動きに、

 

「ぬおッ!?」

 

 クーランは驚いたように機体をのけぞらせながらも、かろうじて繰り出された斬撃を回避する。

 

 歴戦のクーランの実力を持ってしても、エターナルフリーダムの超加速には追随できなかったのだ。

 

「速ェな、おい!!」

 

 エターナルフリーダムの持つ圧倒的な機動性能に、流石のクーランも舌を巻く思いだった。

 

「だがなァ!!」

 

 言い放ちながらビームライフルを連射。エターナルフリーダムへ撃ちかける。

 

 対してヒカルは回避行動を行い、全ての攻撃をよけていく。

 

 だが、それこそがクーランの狙いでもあった

 

 放たれたビームの影響で、エターナルフリーダムの回避ルートが限定されてしまう。

 

 そこへ、クーランは斬り込みを掛けた。

 

「貰ったぜ!!」

 

 ビームトマホークを振り翳して斬り込むクーラン。

 

 対して、ヒカルはとっさにビームシールドを展開、ガルムドーガの斧を防ぎにかかる。

 

「こいつッ!!」

 

 火花を散らす斧と盾。

 

 互いの視界を焼きながらとっさに後退を掛けるヒカルとクーラン。

 

 次の瞬間、

 

 一瞬早く体勢を立て直したヒカルが、クーランに先んじる形で動いた。

 

「喰らえ!!」

 

 12翼が展開。エターナルフリーダムはフルスピードで突撃する。

 

 振りかざされるティルフィング対艦刀。

 

 対して、流石のクーランも対応が追いつかない。

 

 一閃された大剣の刃は、

 

「クソッ」

 

 とっさに回避を試みたクーランのガルムドーガの、右足と右腕を同時に切り飛ばした。

 

 そのままヒカルは、ガルムドーガを蹴り飛ばすと機体を反転させる。

 

 カノン達は、大軍相手にまだ奮戦している。彼女達の援護へと向かうのが先決だった。

 

 飛び去って行くエターナルフリーダム。

 

 その背中を、

 

 クーランはいぶかしげな眼で見詰めていた。

 

 

 

 

 

PHASE-03「行動可能」      終わり

 




機体設定


ガルムドーガ

武装
ビームライフル×1
ビームトマホーク×1
ハンドグレネード×6
アンチビームシールド×1
各種ウィザード、シルエット

備考
プラントがハウンドドーガの設計をベースに開発し量産を開始している新型主力機動兵器。北米におけるハウンドドーガの実戦データをベースにしつつ、エンジン出力を強化。それに伴い、近接戦闘能力や装甲を強化し、機体は大型化、よりマッチョになった印象がある。

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