機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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第2部 CE95
PHASE-01「奇妙な2人」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は、アンブレアス・グルックの思い描いた通りに進もうとしていた。

 

 長年の宿敵とも言うべき北米解放軍、並びに北米統一戦線の打倒に成功したプラント政府は、ここに北米紛争の終結を宣言。長引く戦乱に終止符を打った。

 

 抵抗勢力が一掃された北米は、かつての宿敵であるプラントの統治の下、完全に、その傘下に組み入れられたのだった。

 

 北米解放軍指導者ブリストー・シェムハザ将軍は、辛くも追及の手を逃れて北米大陸を脱出。未だに地球連合の影響力が残っているユーラシア連邦へと落ち延びて行った。

 

 しかし頼みとした指揮下の大軍を失い、事実上の「亡命」に等しい逃避行は、彼の敗北を世界中の人間に印象として刻み付けるのに十分だった。

 

 ブリストー・シェムハザ、ひいては北米解放軍は、もはやプラントにとって何ほどの脅威でもなかった。仮に彼等が再び兵力をかき集め捲土重来を期すとしても、それには10数年の歳月が必要と言われており、その間にザフト軍もより強大化するであろう事を考えれば、再度対決の形を取ったとしても、勝敗がいずれに帰すかは火を見るよりも明らかだった。

 

 敗れた解放軍の兵士達は、大半は戦死した。捕縛され生き残った者達も中にはいたが、ザフト軍にとって彼等は「北米を騒乱に導き、多くの同胞を殺したテロリスト」である。裁判に掛けられる事も無く、即日、処刑される運命にあった。

 

 ごく少数ながら戦線離脱に成功した者達もおり、彼等は北米各地に潜伏して抵抗運動を続ける事になる。

 

 しかし、北米解放軍と言う大きな後ろ盾を失った彼等にできる事は小規模なテロ行為がせいぜいであり、やがて行われたザフト軍主導による一斉掃討作戦により、虱潰しに撃破されていった。

 

 こうして、北米紛争を収める事に成功したプラント。ひいてはその最高議長であるアンブレアス・グルックが、次に標的としたのは、彼等にとって頼りになる同盟国だったはずのオーブ共和国だった。

 

 オーブには北米解放軍と共謀し、共和連合軍の作戦情報を故意に流していたと言う嫌疑がかけられている。

 

 勿論、オーブ政府側は事実は無根であるとし、交渉と再調査をプラント側に申し出た。

 

 それに対するプラント側の回答は、ザフト軍によるオーブへの侵攻だった。

 

 北米派遣軍、並びにカーペンタリア駐留の部隊も出動し、オーブ領海内に侵入、オーブ本国を構成する各島に対し砲門を向け、無言の圧力をかけた。

 

 これに対し、北米大陸で主力軍の大半を失ったオーブに対抗する術は無かった。

 

 オーブ政府は戦わずして降伏宣告を受諾。プラント政府が提示する全ての条件を受け入れた。

 

 ここに、カーディナル戦役を勝利した共和連合は、事実上崩壊した。

 

 プラントはオーブに対し、降伏の条件として「戦争犯罪人の引き渡し」「賠償金の支払い」「領土割譲」「軍備縮小」を要求した。

 

 本条約は、締結された場所から「カーペンタリア条約」の名前で呼ばれる事になる。

 

 内容を具体的に言うと、戦争犯罪人とは北米解放軍に協力したとされる人物の身柄を要求した。これについては、北米紛争を具体的な形で終わらせる物として必要な措置だった。

 

 賠償金には当初、30億アースダラーを要求されていたが、これについてはオーブの国家予算のみで支払う事は不可能と判断され、交渉の末、5億アースダラーに減額された。もっとも、それでも敗戦による不況にあえぐオーブにとっては高額なのだが。

 

 領土に関してはオーブが委任統治するハワイ諸島、軍事拠点であるアカツキ島、更に宇宙港とマスドライバーのあるカグヤ島の割譲に加え、宇宙における全拠点の引き渡しも盛り込まれた。これは、世界最大の宇宙ステーションと言われている「アシハラ」も含まれる。

 

 軍備縮小については、ザフト軍が指定する艦艇、兵器等の引き渡し。軍事企業モルゲンレーテが有する兵器データの全供出。その他、宇宙軍の解体、保有兵器数の削減等が謳われていた。かつて「質においては世界最強」とまで謳われたオーブ軍の威容は、これで完全に失われ、僅かに内海警備隊程度の戦力が残るのみとなった。

 

 これらの条件を呑む代わりとして「国体護持」のみは認められ、「オーブ共和国」と言う国家と国名だけは残された。

 

 確かに、国としてのオーブは残された。国民への被害も殆ど無きに等しかった。だが、オーブと言う国は、それ以外の全てを奪われたのだった。

 

 オーブを形骸化、事実上併呑する事に成功したアンブレアス・グルックは、残る最後の敵にして、かつてのプラントのライバルである地球連合に対し、その矛先を向けた。

 

 まことにもって皮肉としか言いようのない成り行きだが、北米紛争と共和連合同士の内ゲバが続く中、唯一健在なまま勢力を伸ばし続けたのは、かつてカーディナル戦役で敗れ、勢力を大幅に縮小した地球連合だった。

 

 流石に、相手が強大化してかつての勢力を取り戻しつつある地球連合が相手では、強硬な姿勢を貫くグルックと言えども簡単には手を出せず、東欧地方を境界線にして睨み合いと小競り合いが続いていた。

 

 そのような最中、アンブレアス・グルックは、ザフトの新たな戦力として「最高議長特別親衛隊」の設立を宣言。ザフト軍の中から、特に精鋭を集め、計12隊から成る精鋭部隊を設立した。

 

 「ディバイン・セイバーズ」と名付けられたこの部隊は、ザフト軍の指揮系統とは切り離され、最高議長であるアンブレアス・グルック直属の部隊となった。その内実としては新造戦艦やモビルスーツなど新型の器材を優先的に割り振られ、後方支援部隊も合わせると兵員数万にも及ぶ大部隊となった。勿論、構成員は全て、グルック派の人間から選び出された事は言うまでもないだろう。

 

 更にディバイン・セイバーズの編成と同時にグルックが進めたのは、既存の組織であった保安局の強化だった。

 

 北米の制圧とオーブの勢力圏縮小に伴い、今後、プラントの統治が必要な土地は大幅に増える事になる。それを受け、治安維持に必要な戦力も多くなると言う訳だ。

 

 保安局はその活動領域毎に方面隊司令部が置かれ、その組織は大きく「捜査隊」と「行動隊」に分かれる。捜査隊と言うのは、その名の通り反プラント的思想を持つ者達を捜査し逮捕する事が任務である。一方の行動隊と言うのは、より大規模なテロリスト集団の摘発、殲滅が任務となる。その為、モビルスーツを含む軍隊規模の戦力を有しているのが特徴だ。

 

 これらの措置によって大幅に権限と規模を拡大された保安局は、これまで宇宙空間のみに限定されていた活動領域を地上にも拡大。反プラント的な思想を持つ者。あるいは反動的な活動をしたと思しき者達を次々と捕縛し、収容コロニー送りにしていった。

 

 こうして、己の地歩を着々と固めつつ、世界に対する進出を推し進めていくアンブレアス・グルックは、正に世界最強の指導者であると言えるだろう。

 

 一見すると、世界は最早、彼一色へと染まり、殆どが彼の存在を認めざるを得なくなっているかのように見える。

 

 だが、ほんの僅かではあるが、未だにしぶとく、か細い抵抗を続けている者達が存在していた。

 

 そして2年の歳月が流れた。

 

 コズミック・イラ95

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連中は、数だけは多いから厄介である。

 

 デブリの群れを縫うようにして愛機を飛翔させながら、アステル・フェルサーは心の中でそう呟く。

 

 既に敵は指呼の間に迫っているはずなのだが、生憎とセンサーが全くと言って良いほどあてにならない為、操縦は殆ど勘頼みとなっている。

 

 もっとも、それすらできないようではモビルスーツのパイロットとしては失格以下である。

 

 2年前から変わらず、アステルの愛機であり続けているストームアーテルは、炎の翼を背に負いながら飛翔を続けている。

 

 その視界の中に、目標となる敵の姿が見えてきた。

 

 スッと、目を細めるアステル。

 

 レトロモビルズと呼ばれる彼等は、主にヤキン・ドゥーエ戦役からユニウス戦役に掛けてザフト軍によって開発された機体を好んで使う。古い機体を好む事から、その名が付けられたのだ。

 

 今向かってくる敵も、ジン2機に、シグー2機、そしてゲイツが1機だ。

 

 古いからと言って侮る事はできない。

 

 まず、先に言った通り数が多い。加えて、大抵の機体は何らかの改造が施されている為、予想外の高性能を発揮する者もいる。更に、機体は古くてもパイロットは一騎当千である事がある。

 

 これらを勘案すれば、レトロモビルズが単に乱痴気騒ぎが好きな一発テロ屋ではなく、明確な意思を持った、ある種の軍隊のような性質がある事が伺えた。

 

 しかし、

 

「それでも、俺の敵じゃないがな」

 

 低く呟くと、アステルはライフルモードのレーヴァテインを振り翳して構える。

 

 銃口から迸る閃光は2回。

 

 その攻撃で、シグー1機とジン1機が、直撃を受けて吹き飛ぶ。

 

 だが、仲間の死も織り込み済みなのだろう。残った機体は、迷わずにストームアーテルへと向かってきた。

 

 レーヴァテインを対艦刀モードにするアステル。

 

 すれ違いざま、シグーの胴を横なぎに一閃して斬り捨てる。

 

 爆発するシグーを尻目に、アステルは更に、向かってくるジンをビームガンで牽制しつつ、もう1機のゲイツへと向き直る。

 

 次の瞬間、ゲイツの両腰が輝きを帯びた。

 

 一瞬の判断と共に、炎の翼を羽ばたかせてその場を飛び退くアステル。

 

 ゲイツはユニウス戦役時に開発されたRタイプではなく、どうやらヤキン・ドゥーエ戦役時に開発された初期型であるらしい。腰に装備したエクステンショナルアレスターから、そのように判断できた。

 

 だが、

 

「この程度か!!」

 

 ストームアーテルの左手でビームサーベルを抜き放つと、弧を描くように一閃。エクステンショナルアレスターを結ぶワイヤーケーブルを切断してしまう。

 

 そのまま接近するアステル。

 

 レーヴァテインを肩から斬り下ろすと、ゲイツを一刀両断する。

 

 残ったジンが、手にした突撃銃を放ちながら後退しようとしている。

 

 しかし次の瞬間、そのジンは、突如飛来したビームによって頭部を撃ち抜かれた。

 

 その様に、アステルは舌打ちしつつも、デブリの陰から現れた新手に向かっていく。

 

 新たに現れ、ストームアーテルと共にレトロモビルズと対峙しているのは、アステルにとって見慣れた機体であるジェガンだった。

 

 その鋭角的なシルエットは、2年前から変わっていない。

 

 しかし、背部のコネクタに装備しているのは、ノワールストライカーと呼ばれる複合装備で、それ一つで機動力、接近戦能力、砲撃力全てを強化する事ができる物だ。

 

 ジェガンは両手に装備したビームライフルショーティを連射し、向かってくるジン2機の頭部と武装を吹き飛ばす。

 

 更にジェガンはフラガラッハ対艦刀を抜き放つと、その湾曲した刀身に刃を発振し斬り掛かって行く。

 

 慌てて重斬刀を抜き放とうとするシグーがいる。

 

 しかしジェガンはその前に接近すると、右手のフラガラッハを一閃。シグーの右腕を肘から斬り飛ばす。

 

 慌てて後退しようとするシグー。

 

 しかしジェガンは、その前に拘束で接近すると、フラガラッハを横なぎにしてシグーの頭部を斬り飛ばした。

 

 シグーの戦闘力を奪ったところで、ジェガンに向かって横合いから攻撃が仕掛けられた。

 

 振り返ると、ゲイツが1機向かってくるのが見える。

 

 ゲイツがビームライフルで仕掛けてくる攻撃を、対してジェガンはシールドを掲げて防御。同時にグレネードランチャーを放って牽制する。

 

 更に接近して、エクステンショナルアレスターを放とうとするゲイツ。

 

 しかし、その前にジェガンの方が動いた。

 

 ビームライフルショーティを放って、ゲイツの腰にあるエクステンショナルアレスターを破壊。

 

 慌てたゲイツが、シールドからビームクローを展開しようとする。

 

 しかし、その前に接近したジェガンが、2本のフラガラッハを縦横に振るい、ゲイツの両腕と頭部を斬り飛ばして戦闘力を喪失させてしまった。

 

 ものの数分間で、レトロモビルズの戦闘部隊は壊滅的な損害を被っていた。しかも、それがたった2機のモビルスーツによってもたらされた被害だと言うのだから驚きである。

 

 全てが終わり、戦場に静寂が齎される。

 

 そんな中、アステルはジェガンの方へ機体を寄せていく。

 

「お遊びは終わりだ。うるせえ連中が嗅ぎ付けて来る前に、とっととずらかるぞ」

 

 スピーカー越しに、ジェガンのパイロットに呼びかける。

 

「・・・・・・ヒカル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカル・ヒビキとアステル・フェルサー。

 

 かつては互いに異なる陣営に属し、数度にわたって砲火まで交えた2人が、ともに共闘戦線を張るようになったいきさつについて、一筋縄ではいかなかったであろう事は想像に難くない。

 

 北米統一戦線が壊滅してから、アステルは北米に残った各集落を転々としながら、慎重に足跡を消して行動していた。

 

 今や北米大陸は、完全にプラントの統治下に置かれている。

 

 北米解放軍、そして北米統一戦線と言う二大反抗勢力が潰えた事で、誰もが「祖国解放」と言う夢を抱く事さえできなくなったのだ。

 

 夢を抱いて未来に馳せるよりも、現実に今日を生き抜く事の方がよほど大事だった。

 

 その日も、アステルは場末の酒場で一杯やりながら、次の目的地を思案していた。

 

 北米紛争の終結から1年以上が経過し、最近では解放軍残党のテロ行為も収束に向かいつつある。

 

 しかし紛争から遠ざかりながらも、人々の心は穏やかな物とは程遠かった。

 

 紛争によって多くの人々は心に傷を負い、中には負傷して日々の生活にすら支障をきたす者も少なくない。

 

 更に、紛争終結後に進出してきた保安局の存在も大きかった。

 

 保安局員は、反プラント的な活動を行う者達に対して徹底的な弾圧と逮捕を行った。

 

 解放軍や統一戦線に関係があった者達は勿論、「関係があったと思われる」と保安局に疑いを掛けられた者達も、容赦のない取り締まりの対象となった。

 

 事実上、秘密警察と同じ権限を持つ保安局は、自分達自身で取締りを行う事は勿論、一般人に多くの協力者の確保を行って対テロリスト捜査を容易にすると同時に、更には密告も推奨した。

 

 密告者にはある程度の報償金も出る為、貧困にあえぐ北米住民達の中には、かつての敵国に尻尾を振る者も少なくなかった。中にはプラントに対し、ちょっとした不満を述べただけで密告者の餌食になった者までいたほどである。

 

 「疑わしきは罰せよ」の言葉が示す通り、そうした活動の末に逮捕された者達の運命は、誰も知る事が無い。彼等は皆、どことも知れない収容コロニーへと送られ、そして二度と帰って来なかった。

 

 そうした環境が、人々の心を荒んだ物へと変えていったのである。

 

 気が付くと、手にしたグラスは空になっていた。

 

 懐から金を取出し、カウンターに置こうとした時だった。

 

「元北米統一戦線構成員、アステル・フェルサーだな?」

 

 背後から声を掛けられ、アステルは動きを止めた。

 

 同時に、懐の拳銃をいつでも抜けるように身構える。

 

 自分の元の身分に加えて名前まで知っているとなると、相手は自分を逮捕しに来た保安局の人間と見るのが妥当だった。

 

 迂闊だった。酒を飲んでいたとはいえ、こうまで敵の接近を許すとは。恐らく、この場所の周囲は既に、保安局によって包囲されているだろう。

 

 警戒を強めるアステル。

 

 だが、思案に反して、背後に立った人物はいつまで経っても襲い掛かってくる気配が無い。

 

 訝りながら振り返るアステル。

 

 そこで驚いた。目の前にいたのは、自分と同い年か、あるいは年下くらいの少年だったのだ。着ている服もみすぼらしい物で、とても保安局の人間には見えなかった。

 

「アンタを探していた」

「・・・・・・何の為にだ?」

 

 取りあえず、相手が保安局員じゃない事は判った。しかし、アステルは警戒を緩める事無く、目の前の少年に尋ねる。

 

 相手が何者かは知らないが、自分を元北米統一戦線と知って近付いてきた以上、何か碌でもない思惑がある事は間違いないと見抜いたからだ。

 

「アンタの協力が欲しい。奴らと戦う為に」

 

 主語を欠いた発言からは、相手の意図を読み取る事はできない。だが、アステルにはそれだけで十分だった。

 

「断る、帰れ」

 

 目の前の相手が単なる死にたがりの馬鹿か、それとも御大層にも「世直し」の旗を振ろうとしている阿呆かは知らないが、無益な事に協力する気はアステルには無かった。

 

 金を置いて立ち上がるアステル。

 

 北米統一戦線は壊滅し、今やアステルは何の後ろ盾も無い状態である。

 

 いかにアステルが一騎当千の実力者であろうと、所詮は組織の持つ力には敵わないのだ。

 

「待てよ、話くらい・・・・・・」

「どこの馬の骨とも判らん奴に協力する気はない。そんなに死にたきゃ1人で死ね。他を巻き込むんじゃない」

 

 そう言うとアステルは、少年に背を向けて出て行こうとする。

 

 すると、

 

「どこの馬の骨・・・・・・か」

 

 少年の自嘲気味な言葉を聞いて、アステルは足を止める。

 

 振り返るアステルを、少年は真っ直ぐに見据えて言った。

 

「俺は、元オーブ軍大和隊所属、ヒカル・ヒビキ三尉だ」

 

 言ってから、思い出したように付け加えた。

 

「お前等が《羽根付き》って呼んでた機体のパイロットだ、て言えば、もっと判りやすいか?」

 

 羽根付き

 

 それは、北米紛争後期において猛威を振るったオーブ軍の機体。

 

 フリーダム級機動兵器の機体を基に、様々な武装形態を駆使してあらゆる戦場を戦い抜いた。

 

 北米統一戦線とも数度にわたって交戦し、アステルも何度か交戦している。

 

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 低い呟きを漏らすアステル。

 

 次の瞬間、

 

 電光の如く抜き放たれた銃が、ヒカルの鼻先に突き付けられた。

 

 見ていた周囲の人間が驚愕の声を上げる中、銃口は真っ直ぐにヒカルへと向けられる。

 

 対してヒカルは無言のまま佇み、真っ直ぐにアステルを睨み返している。

 

「テメェ その名前を俺に名乗る事が何を意味しているのか、知らない訳じゃないだろうな?」

 

 剣呑な雰囲気を滲ませて、アステルはヒカルに言葉をぶつける。

 

「お前には多くの同胞を殺された。つまりテメェは、今ここで俺に殺されても文句は言えない訳だ」

「やりたきゃやれよ。俺だって、それくらいは覚悟の上で来てるんだ」

 

 ヒカルは臆することなく、真っ向から言い返す。

 

 自分の元の身分を名乗った時点で、こうなる事は覚悟の上である。しかしそのリスクを冒しても尚、今のヒカルにはアステルの協力が不可欠だった。

 

「俺だって、お前にたくさんの仲間を殺されたんだ。その恨みは俺の中にもある。自分だけが被害者みたいな顔してんじゃねえよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言い返すヒカルに対し、アステルは無言。

 

 ただ、その両目を真っ直ぐ見据えたまま、銃口は一瞬たりとも逸らさない。

 

 しばし、無言のまま睨みあう両者。

 

 どれくらいそうしていただろう?

 

 次の瞬間、

 

 一瞬にして銃口をヒカルから外したアステルが、躊躇する事無くトリガーを引き絞った。

 

 放たれる弾丸はヒカルのすぐ脇を駆け抜け、

 

 その背後に座っていた男に命中した。

 

 胸を撃ち抜かれ、絶命する男。

 

 驚くヒカルを無視して銃を収めると、アステルは無言のまま男の死体に歩み寄り、その懐をまさぐった。

 

 取り出したパスケースの中を確認すると、それをそのままヒカルに放って寄越す。

 

 そこには、男の顔写真と、プラントの徽章が掛かれた身分証明書が入っているのが見える。

 

「こいつは保安局の人間だ。どうやら、潜伏して情報を探る諜報部員と言ったところか」

 

 見た目は殆ど、一般人にしか見えない男が保安局のスパイだとは、誰も思わないだろう。

 

 保安局の恐ろしさは、こう言ったところにある。実際の戦闘力は、ザフト軍や、新設されたディバイン・セイバーズには敵わないが、こうしてカメレオンのように周囲の風景に溶け込み、自らの存在を秘匿してしまえば、すぐ隣にいたとしても存在に気付く事は無い。下手をすると、気付いた時には背後から刺されている事も考えられた。

 

「移動するぞ。ここじゃうるさくて、落ち着いて話もできん」

 

 そう言うとアステルは、顎をしゃくってヒカルを外へと促した。

 

 

 

 

 

「で?」

 

 街外れまで移動したところで、アステルは改めてヒカルに話を切り出した。

 

「なぜ、敵だった俺にわざわざ協力を求める? お前はいったい、何をやろうとしているんだ?」

 

 ほんの僅かだが、アステルの中でヒカルに対する興味がわいてきていた。

 

 先程、アステルが銃口を向けた時、ヒカルは全く怯む事無く睨み返してきた。相当な覚悟が無ければできない事である。

 

「この世界を変える。プラントによって支配された世界を変えて、奪われた国を取り戻す。それが俺の目的だ」

 

 ヒカルの答えを聞いて、アステルはやれやれとばかりに嘆息する。どうやら「死にたがりの馬鹿」ではなく「世直しの旗を振る阿呆」の方だったらしい。

 

 だが、取りあえず話くらいは聞いてやることにした。

 

「簡単に言うがな。今のこの状況を、どうやってひっくり返すつもりなんだ?」

「それは・・・・・・判らない・・・・・・」

「仲間は? お前の他に誰が賛同している?」

「誰も。あんたで1人目だ」

 

 話にならなかった。

 

 これで世界を変えようなどと、まるで風車に立ち向かう騎士道オタクである。

 

「じゃあな」

「おいッ!!」

 

 踵を返すアステルに、抗議の声を上げるヒカル。

 

 対してアステルは、背中越しに肩を竦めて見せる。

 

「阿呆の妄想に付き合う気は無い。やりたきゃ1人で勝手にやってろ」

 

 そう言って去ろうとするアステル。もうこれ以上、ヒカルに付き合う気は無かった。

 

 だが、

 

「じゃあ、あんたは今のままでいいって言うのかよ?」

 

 ヒカルが投げかけた質問に対し、しかしアステルは足を止めようとはしない。耳を傾ける事すらバカバカしく思っているのだ。

 

「あんたはこのまま世界が、プラントのアンブレアス・グルックに支配されたまま、オーブも、北米も、奴らの良いようにされても良いって言うのかよ!?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで、アステルは足を止めた。

 

 ヒカルは更に畳みかける。

 

「俺は、この世界を変えたいッ そして奪われた祖国を取り戻したい。でも、それは俺一人じゃだめなんだよ!!」

 

 ヒカルは足早に近付くと、アステルの正面に回り込んだ。

 

「でも、アンタみたいに強い奴が仲間になってくれれば、きっとやれるッ そりゃ、方法はこれからだけどさ」

 

 ヒカルはアステルの腕を掴んで詰め寄る。

 

「でも、誰かがやらないといけないだろ!! どんなに困難でも、誰かが最初の1歩を踏み出さないと、後には誰も続かないんだよ!!」

 

 どんな困難でも、歩む道を諦めない。

 

 そんな決意が、ヒカルの双眸からは見て取れた。

 

 恐らく、ここでアステルが断ったとしても、ヒカルは本当に1人でもやりかねなかった。

 

 祖国を取り戻したい。その想いは、アステルにも共通している事である。だが、その方策が見つからずに、こうして無為に時を過ごしていた訳である。

 

 そもそも、今や敵地となった北米大陸に、今もってこうして居座り続けている時点で、アステルの中にも未練があるのは確実だった。

 

 もう一度、ヒカルを見る。

 

 どんな困難な道であったとしても、誰かが最初の一歩を踏み出さないと始まらない。

 

 確かに、ヒカルの言うとおりだった。

 

 この手の馬鹿を、アステルは約一名知っている。

 

 今はもういない、かつての幼馴染。

 

 あいつも、祖国を統一する為なら、どんな困難な道でもでも突っ走って行った。それこそ、周囲の迷惑も顧みずに。

 

「・・・・・・・・・・・・良いだろう」

 

 しばしの沈黙の後、アステルは頷いた。

 

 もし本当に、祖国が解放されるなら、それはアステルにとっても願ってもない事である。勿論、今のところは天文学並みの可能性だが。

 

 逆に万が一、敗れる事があったとしても、ただ無為に過ごすよりは、理想的な死に場所を得られそうだった。

 

 こうして、元オーブ軍のヒカルと、元北米統一戦線のアステルが共闘する運びとなった訳である。

 

 

 

 

 

 ヒカルとアステル。そして彼等の愛機であるジェガンとストームアーテルを乗せた輸送機が、デブリの中を進んでいく。

 

 メインパイロット席に座るヒカルと、コパイロット席に座るアステル。

 

 互いに会話らしい会話も無いまま、ただ流れゆく周囲の状況のみを目で追っている。

 

 宇宙に上がって既に半年。かつては互いに異なる陣営に属し、刃を交わした2人は、各地を転戦しながら奇妙な共闘関係を築くに至っていた。

 

 とは言え、かつてはモビルスーツで殺し合いを演じた者同士。共闘戦線と言うよりも、どちらかと言えば「呉越同舟」的な趣が強かった。

 

「・・・・・・おい、ヒカル」

 

 不意に、センサーに目を向けていたアステルが、ヒカルに声を掛けた。

 

「お前、いつまであんなバカみてぇな戦い方を続ける気だ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 横目で睨んでくるアステルに対し、ヒカルは無言のまま操縦桿を握り続けている。

 

 アステルの言う「馬鹿な戦い方」とは、ヒカルが今まで行ってきた戦い全てに当てはまる。

 

 ヒカルの戦い方は、決して敵機のコックピットやエンジン部分を狙わず、武装や手足、カメラの破壊に留める「不殺」に徹していた。

 

 なぜ、ヒカルがそのような戦い方をしているのかは、アステルには分からないし興味も無い。だが、見ていて苛立たしい物である事は間違いなかった。

 

 共闘を始めた当初、その事が元で殴り合いにまで発展した事がある。

 

 しかし、結局ヒカルが戦い方を諦める事は無かった。

 

 今ではアステルは、ヒカルのやり方について口出しする事は殆ど無くなっている。とは言え、それはヒカルのやり方を認めたから、ではなく、呆れて物も言えなくなったからに他ならなかった。

 

「俺の勝手だろ。別に迷惑もかけていないし」

 

 ヒカルの返事を聞いて、アステルは鼻を鳴らした。

 

 確かに、不殺の戦い方をしたからと言って、ヒカルがアステルに迷惑を掛けた事は一度も無かった。

 

 戦闘力を奪われた敵は、それ以上脅威にはならないし、それによってアステルの戦いに支障を来した事も皆無である。

 

 それに万が一、それでヒカルの身に何かあった時には、アステルは容赦なくヒカルを切り捨てる気でいる。それを考えれば、好きにさせておくのが一番だった。

 

「それより、そろそろ予定宙域だろ。何か反応は無いのかよ?」

 

 ヒカルは話題を変えて尋ねた。

 

 2人は今、事前の調査で得た情報を基に、あるポイントへと向かっていた。

 

 自分達の戦いを始めて半年。未だに拠るべき組織を持たないヒカルとアステルにとって、急務となるのは、早急な「地盤の確保」だった。

 

 母体となる組織の確立。あるいはそこまで行かずとも、自分達の活動を支持してくれる支援者を確保する必要がある。できれば、共に戦ってくれる仲間も欲しい。

 

 現在、2人は傭兵稼業によって資金を稼ぎながら、自分達の本来の活動であるプラントに対する調査も行っている。

 

 今回も、その一環だった。

 

 組織形成のための手段として、アステルはヒカルにある提案を示した。

 

 数年前からアンブレアス・グルックは、保安局を使って反プラント的な活動をした人物を捕縛し、どこかのコロニーへ強制収容していると言う噂がまことしやかに囁かれていた。

 

 実際に2年前、アステルはレミリアと2人で、逮捕された人々を護送する艦隊を襲撃し、彼等を解放した事がある。それを考えれば、この噂もあながち眉唾ではなかった。

 

 アステルの考えでは、この収容先の施設を襲撃し、そこにいる人々を解放してはどうか、との事だった。

 

 解放した人々の中から、2人に協力しても良いと言う者達が現れるかもしれない。

 

 そこまで行かずとも、解放に成功すれば、それがヒカル達の「実績」となり、人々を集約する為の見せ金の役割を果たしてくれることも期待できる。

 

 試してみる価値は充分にあるだろう。

 

 しかし、

 

「また空振りじゃなきゃ良いがな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 皮肉交じりのアステルの言葉に、ヒカルは睨み返しながらも黙り込む。

 

 これまで、情報を得た複数のポイントに足を運んだことがあったが、その全てが空振りだった。

 

 プラント側は相当入念に情報の秘匿を行っているらしく、いくら情報を集めてみても、収容施設の場所は杳として知れなかった。

 

 果たして今度はどうか?

 

 と、考えている時だった。

 

「前方に、接近する熱紋あり。左右からも来ているな」

 

 アステルが警戒心をにじませた低い声で告げてくる。

 

 対してヒカルも、ため息交じりに肩を竦める。

 

 どうやら、今回も「ハズレ」は確定的となったらしかった。

 

 

 

 

 

PHASE-01「奇妙な2人」      終わり

 




機体設定


ヒカル専用ジェガン

ビームライフルショーティ×2
アンチビームシールド×1
連装グレネードランチャー×1
12・7ミリ自動対空防御システム×2
ノワールストライカー装備

パイロット:ヒカル・ヒビキ

備考
ヒカルがアステルの伝手で手に入れたジェガンに、ノワールストライカーを装備した機体。基本はノーマルのジェガンと変わらないが、ノワールストライカーを装備した事で、機動力、接近戦力、砲撃力が格段に上昇している。

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