機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
最早、一刻の猶予すらない。
それは、ヒカルとミシェル、双方が共通して抱いている想いだった。
ハワイを出航して以来、幾多の戦場で戦い生き抜いてきた大和隊は、今やオーブ軍内部でも屈指の精鋭と言って良い。
世界最強の特殊部隊との呼び名が高い、フリューゲル・ヴィントと比較しても遜色は無いだろう。
その大和隊も、ユニウス教団の部隊との戦いで、壊滅的な被害を蒙っていた。
もはやまともに動く事ができるのは、ヒカルのセレスティとミシェルのリアディス・ツヴァイのみと言って良かった。
辛うじて生き残っていたレオスのリアディス・アインや数機のイザヨイは、損傷を負って既に帰還している。
そして大和の甲板上では、カノンのリアディス・ドライが無惨な残骸となって転がっていた。
「カノン・・・・・・・・・・・・」
幼馴染の身を案じ、ヒカルは悔しそうに呟きを漏らす。
成績優秀で、更に兵士として経験を積み大きく成長したとは言え、カノンはまだ14歳の女の子だ。本来なら戦場に出るような年齢ではない。
安否が気になるが、今はヒカルもそれどころではない。
聖女の駆るアフェクションは、尚も攻撃の機を伺っている。カノンの事は、取りあえず無事を祈る以外に無かった。
「よくも・・・・・・」
ヒカルの双眸が、上空で白銀の翼を広げているアフェクションを睨みつける。
対してアフェクションを操る聖女は、仮面越しに冷ややかな視線をセレスティに向けて来るのみで、一言も言葉を返そうとはしない。
その様に、ヒカルは激発する。
「絶対に、許さねえぞ!!」
言い放つと同時に、ヒカルはセレスティをフルバーストモードへ移行させ、5つの砲門を駆使して砲撃を開始する。
5連装フルバーストが迸る中、その砲撃の全てが、アフェクションを守るように展開したリフレクトドラグーンに阻まれてしまう。
やはり、と言うべきか、遠距離攻撃は用を成さない。独立機動する盾を前にしては、並みの攻撃では、完全に役者不足だった。
《どけ、ヒカル!! 俺がやる》
ミシェルの鋭い声が、ヒカルの耳に飛び込んでくる。
同時に翼を翻して高度を落とすセレスティ。
そこへ4基のドラグーンが、アフェクションに向かっていくのが見えた。
ミシェルがドラグーンを飛ばし、アフェクションに攻撃を開始したのだ。
元々はセレスティ用の武装だったD装備だが、ミシェルはそれを上手く使いこなしているように見える。
ミシェルの父であるムウも、ドラグーンや、その前身に当たるガンバレルによる戦闘を得意としていたが、あるいはミシェルも父の資質を受け継いでいるのかもしれなかった。
アフェクションのドラグーンは12基。対してリアディス・ツヴァイのドラグーンは4基でしかない。単純な数の力では、ミッシェルの不利は否めない。
しかし、
「俺の事、忘れるなよな!!」
ヒカルの鋭い叫びと共に、ビームサーベルを構えたセレスティが上方よりアフェクション目がけて斬り込んで行く。
その動きに、聖女も一瞬早く気付いた。
真っ向から振り下ろされる光刃。
対してアフェクションは、後退する事でセレスティのビームサーベルを回避する。
「逃がすかッ!!」
更にスラスターの角度を変更して急激に方向転換すると、ヒカルは切り返しを掛けて追い込む。
鋭く迸る剣閃。
尚も回避行動を取るアフェクションを、セレスティの剣が捉える事は無い。
ヒカルの攻撃を、余裕すら感じさせる動きで回避していく聖女。モビルスーツの美しさもあり、いっそ華麗とも思える機体裁きである。
だが、その隙にリアディス・ツヴァイへの警戒が一瞬逸れた。
そこへ4基のドラグーンが、防御をすり抜けて包囲するようにアフェクションに接近する。
四方から放たれる砲撃。
だが、着弾よりも一瞬早く警戒を取り戻した聖女は、全ての攻撃を紙一重で回避しつつ、ドラグーンの包囲網からの脱出を図る。
尚も追撃を掛けようとするヒカルとミシェル。
対して聖女は、ドラグーンを自機の周辺へと引き寄せて防御態勢を整える。
「防御の間なんて!!」
ヒカルはビームサーベルを構え直すと、再び斬り込んで行く。
ミシェルのリアディス・ツヴァイは左腕を欠損している為、接近戦は不利である。だからどうしても、ヒカルが前衛を務める必要があった。
8枚の蒼翼を羽ばたかせ、アフェクションに接近するセレスティ。
その手にあるビームサーベルが振り翳される。
「いい加減に、墜ちろ!!」
ヒカルの叫びと共に振り下ろされるビームサーベルは、
しかし、一瞬早く、アフェクションが展開したビームシールドによって防がれる。
「チッ!?」
刃と盾が激突する事で弾ける火花に目を焼かれながら、ヒカルは舌打ちを漏らす。
外見のイメージは全くと言って良いほど異なるが、やはりアフェクションもユニウス教団の機体と言うべきだろう。その防御力には舌を巻きたくなる。
おまけに聖女自身の操縦技術も間違いなく世界最強クラス。あのレミリアですら、まともにやれば互角に持ち込めるかどうか、と言うレベルに思える。
正直、今のヒカルでは荷が重いだろう。
その時、
《そのまま押さえてろッ ヒカル!!》
ミシェルの鋭い声。
見ればいつの間にか接近した4基のドラグーンが、セレスティと対峙するアフェクションを、背後から半包囲している。ちょうど、扇状に取り囲む形だ。
《もらったぜ!!》
勝利への確信と共に、一斉砲撃を仕掛けるミシェル。
しかし、狙った通りの光景は起こらなかった。
ドラグーンが放った砲撃は全て、その前に割り込んで来たアフェクションのリフレクトドラグーンによって防がれてしまったのだ。
《クソッ!?》
舌打ちするミシェル。まさか、動きを止めたところで必殺を狙って放った攻撃が、こうもあっさりと防がれるとは思っても見なかったのだ。
危機を脱した聖女は、鍔競り合いをしていたセレスティを蹴り飛ばして距離を置くと、アフェクションの両手にビームライフルを装備し、更に肩越しにはビームキャノンを展開する。そして胸部のスプレット・ビームキャノンにエネルギーを充填した。
既にリフレクトドラグーンは、セレスティとリアディス・ツヴァイを取り囲むように展開を終えている。2人に逃げ道はなかった。
「あれはッ!?」
《まずいぞヒカルッ よけろ!!》
声を上げるヒカルとミシェル。
次の瞬間、
「リフレクト・フルバースト・・・・・・」
低い呟きと共に、聖女は全砲門を開放する。
放たれる閃光。
それらは空中に浮遊するドラグーンに命中すると、一斉に向きを変える。
形成される光の檻。
その中に、ヒカルとミシェルは完全に閉じ込められてしまった。
2
薄くなった防空網はあっさりと破られ、敵の攻撃は大和に及び始めていた。
複数のガーディアンが、シールドを展開しながら、右舷から接近してくるのが見える。
「ユニウス教団のガーディアン、右舷90度から接近します!! 数8!!」
「対空砲、弾幕展開。敵機の進行を阻止しつつ振り切れ!!」
ミシェルの鋭い指示と共に、大和のエンジンが唸りを上げて速度を上げる。同時に右舷側で生き残っている対空砲は盛んに砲火を撃ち上げる。
しかし、並みの機体ならあっという間にハチの巣にできる大和の砲撃も、機体前面にシールドを張る特性を持ったガーディアン相手では分が悪かった。
全ての砲撃がシールドで防がれてしまう。
だが、それもいつまでも続く物ではない。
攻撃の為に、一瞬、シールドを解除するガーディアン。
そこへ大和の対空砲火が殺到した。
たちまち、3機のガーディアンが炎を上げて墜落する。
しかし、残る5機は大和への砲撃を続行した。
たちまち、砲撃は大和の装甲に命中し、センサーや対空砲など、防御の弱い部位を破壊する。
大和の船体自体にはダメージは無い。全て、分厚い装甲板が阻止している。
しかし、このままでは大和は、比較的脆い上部構造物を破壊され、戦闘力を喪失してしまう可能性がある。
「敵機、尚も接近しますッ 数10機!!」
リザの報告が悲鳴交じりにもたらされる。
状況は絶望的だ。
味方はほぼ壊滅。大和の周りは敵に包囲されているに等しい。
生き残っているヒカルとミシェルもアフェクションを拘束するのに手いっぱいで、大和を掩護するどころではない。
「第8銃座に直撃弾ッ 砲塔全滅!!」
「機関、出力回復。速度維持可能!!」
「第3区画、火災発生ッ 自動消火装置、作動します!!」
次々ともたらされる報告。
その中で、シュウジはゆっくりと顔を上げる。
嘆いていても状況が改善されるわけではない。ここを抜けるには、こちらから動く必要があった。
「フラガ三尉。艦をこの場に固定しろ。対空戦闘はそのまま継続。敵機を可能な限り近づけないようにしろ」
シュウジの命令に、誰もが目を剥いた。
敵中のど真ん中で戦艦が足を止めるなど、それではまるで自殺するような物である。
だが無論、シュウジに自殺願望がある訳ではない。この状況を打開する、唯一にして最後の策を実行するのだ。
「グロス・ローエングリン発射準備。奴らの隊列に穴を開けると同時に機関最大。一気に振り切る!!」
辛うじて危機を脱し、リフレクト・フルバーストの包囲から逃れたセレスティ、リアディス・ツヴァイとアフェクションの戦いは、互いにもつれ合うような機動を繰り返しながら、尚も継続していた。
往生際悪く4基のドラグーンを射出して攻撃に向かわせるリアディス・ツヴァイ。
同時にセレスティは5つの砲門を構えてフルバーストを仕掛ける。
ドラグーンが包囲攻撃を展開する中、セレスティがフルバーストを炸裂させる。
しかし、その全てが、直後に意味の無いものへと変じた。
アフェクションを操る聖女は、リフレクトドラグーンを前面に展開して砲撃を防ぎつつ、レールガンの砲弾は機体を操って回避する。
お返しにと放ったビームライフルの攻撃が、リアディス・ツヴァイのドラグーン2機を撃ち落とす。
《クソッ 俺達が2人で掛かっても仕留めきれないのかよ!!》
残った2機のドラグーンを引き戻しながら、ミシェルが舌打ちを漏らす。
思いはヒカルも同じである。
これだけ激しく攻め立てていると言うのに、いまだにアフェクションに一撃も与える事ができないでいる。
圧倒的と言える実力差が、そこには存在した。
「どうすれば・・・・・・」
ヒカルは、大和の方にチラッと視線を向ける。
未だに対空砲火を撃ち上げて、健在ぶりを示している大和。しかし、敵に包囲された状況では、それもいつまで続けられるか判らない。
「・・・・・・せめて、あの力をもう一度使う事ができれば」
焦慮にも似た感情を、ヒカルは吐き出す。
先の戦いで、レイダー級機動兵器を仕留めた時の、あの感覚。
全ての感覚がクリアになり、事象のあらゆる事が手に取るように判った、あの時の力。
アレを使う事ができれば、あるいはこの状況を打破できるかもしれないのに。
その時、操作パネルの一部が明滅し、レーザー通信の受信を継げてきた。
「何だ・・・・・・大和から?」
大和からの通信は、支援砲撃を行った後、全速力でこの空域を離脱する。砲撃を合図に戦線を離脱、帰投せよ。とあった。
その文面を見て、ヒカルも事情を察する。
どうやらシュウジも、じり貧の状況を甘んじる気はないらしい。
《ヒカルッ!!》
「判ってる!!」
ミシェルの合図に、ヒカルは頷きを返しながらアフェクションへと向かっていく。
大和が作戦を行うまでの間、時間を稼ぐ必要がある。それまでアフェクションを拘束しておくのだ。
残った2基のドラグーンを射出するミシェル。同時にビームライフルで牽制の射撃を仕掛ける。
それを迎え撃つべく、聖女はアフェクションの全火力を開放する。
それを見越したように、ヒカルが動いた。
8枚の蒼翼を羽ばたかせて、ビームサーベルを構えたセレスティがアフェクションに迫る。
対して聖女も、仮面越しの瞳でそれを見据えて動く。
腰からビームサーベルを抜いて、セレスティに斬り込んで行く聖女。
先に仕掛けたのは、聖女の方だった。
手にした光刃を横なぎに振るう。
対してヒカルは機体を上昇させて剣閃を回避、逆に大上段から斬り込みを掛ける。
迫るセレスティの剣。
聖女は、とっさにビームシールドを展開して、振り下ろされる光刃を防御する。
一瞬の反発から、互いに同時に制動をかけ、距離を置きに掛かるヒカルと聖女。
離れると同時に、セレスティはクスィフィアス・レールガンを、アフェクションは肩のビームキャノンを構えた。
「行けェ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
互いに、同時に放つ砲撃。
しかし、互いに高速で機動しながらの攻撃である為、双方ともに相手を捉えるには至らなかった。
その間に聖女は、アフェクション胸部の砲門にエネルギーを充填する。
「クソッ まだかよ!!」
アフェクションが放つスプレッとビームキャノンを回避しながら、ヒカルは大和の方へと目を向ける。
相変わらず対空戦闘を継続している大和。その動きに変化は見られない。
更に、視線はバッテリーのメモリーゲージへとやる。
メモリは残り3割を切り、徐々に危険領域に近付きつつある。もう、そう長い時間戦ってはいられない。
機体だけではない。自分もミシェルも限界は近い。
脱出するなら、早くしてもらいたかった。
「核融合エンジン、定格起動中!!」
「本艦、姿勢維持、良好です!!」
「対空戦闘継続中ッ 現在まで弾幕、65パーセントを維持!!」
大和の艦橋では、報告が次々ともたらされる。
足を止めた事で、敵は大和を四方から包囲している状態である。
今は強靭な装甲と対空砲火だけで凌いでいる状態であるが、それももう、幾らも持たないであろう事は間違いない。
既に敵の攻撃はいくつも大和を直撃している。装甲が破られるのも時間の問題だった。
「艦長!!」
操舵手席からナナミの怒鳴り声が聞こえてくる。艦を自在に走らせる事が仕事の彼女からすれば、足をわざと止めて敵の集中砲火を喰らっている現状にはもどかしいものがあるだろう。
だが、シュウジは待っていた。そのタイミングが来るのを。
「敵、大編隊ッ 前方より急速接近してきます!!」
リザの悲鳴に近い報告。
敵は大和の前方に陣取り、逃げ道を塞ごうと画策している。
このままでは、包囲され、押し包まれてしまうのは火を見るよりも明らかである。
だが、
絶望的な状況の中にあってシュウジは殊更ゆっくりと、顔を上げる。
この状況こそ、シュウジが待ち望んだ物だった。
「グロスローエングリン発射準備ッ 陽電子チャンバー開け!!」
大和の艦首に装備された陽電子破城砲グロスローエングリンにエネルギーが充填され、砲撃準備が整えられていく。
そうとは知らず、袋の口を閉じるように接近してくるユニウス教団とザフト軍の混成部隊。
「照準良し!!」
「エネルギー充填完了!!」
「グロスローエングリン、発射準備完了!!」
次々と、報告が上がってくる。
その様子を真っ向から鋭い視線で見据え、
シュウジは真っ直ぐ、水平に腕を振るった。
「グロスローエングリン、撃てェ!!」
次の瞬間、大和の艦首から凄まじい閃光が迸る。
艦載砲としては世界最強と称して良い、戦艦大和のグロスローエングリン。通常の数倍に達する陽電子回路と、長さが倍以上に達する粒子加速部位により、埒外の破壊力を実現した閃光が解き放たれた。
それに対するザフト軍やユニウス教団軍の存在は、無力以下でしかなかった。
大気を焼き尽くすかのような砲撃は、蒼穹を一瞬で駆け去り、前方に布陣しようとしていた敵部隊を飲み込んで焼き尽くす。
一瞬の抵抗すら許されない、無慈悲な一撃。
彼等は皆、ただそこに存在する事すら許されず、一瞬で焼き尽くされていく。
だが、彼等の破滅はそこで終わりではなかった。
「続けて行けッ 第二射、撃てェ!!」
シュウジの鋭い命令が、大和の艦橋に響き渡る。
次の瞬間、大和の艦首陽電子砲が、再び火を噴いた。
誰もが予想する事すら許されなかった2度目の閃光に、対応が全く追いつかず、飲み込まれていく機体が後を絶たない。
まさか、陽電子砲を連射してくるとは思わなかった敵部隊は、完全に虚を突かれる形となったのだ。
だが、
「手を緩めるなッ 第三射、撃てェ!!」
まさかの三斉射目。
先の二射を辛うじて回避できた者も、これには全く反応できなかった。
生き残った機体も、3度に渡って大気を斬り裂いた閃光の剣を前に、抗する術を持たない。
大和のグロスローエングリンは、設計段階でこれまでの陽電子砲とは一線を画する性能を織り込まれていた。それは、単純な威力の上昇だけにはとどまらず、陽電子砲としては世界で初めて「連射」が可能となった点だ。これにより、飛躍的に威力と命中率が上昇した。
今や、大和の前方に布陣していた部隊は完全に消滅し、進路が開いている。
「フラガ三尉、機関最大ッ 現空域を離脱する!!」
「は、はい!!」
「フラガ一尉、並びにヒビキ三尉に連絡。《我に続け》!!」
シュウジの命令が矢継ぎ早に飛ぶ。
機関が唸りを上げ、スラスター全開で離脱を図る大和。
その巨体が高速で駆け抜ける様を、包囲していたザフト軍やユニウス教団の兵士達は、ただ呆然と、黙って見送る事しかできなかった。
聖女と抗戦を続けていたヒカルとミシェルの下にも、大和からの撤退命令は伝わっていた。
2人とも、限界はとうに超えて戦っている。
リアディス・ツヴァイは既に、ドラグーンを全て失い、今は辛うじてビームライフルのみで応戦している状態である。
セレスティは今のところ無傷に近いが、装甲のあちこちに破損があり、更にバッテリーも危険領域へ迫っている。
対するアフェクションは全くの無傷。エース2人が束になって掛かっても、聖女には掠り傷一つ負わせる事ができなかったのだ。
ならば、長居は無用である。撤退命令が出た以上、これ以上留まる意味は無かった。
《離脱するぞヒカルッ これ以上の交戦は必要無い!!》
「判ったッ」
言い放つと同時にヒカルは、セレスティのビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開し、砲門をアフェクションに向ける。
ヒカルはフルバーストで牽制の射撃を仕掛けながら、ミシェルの離脱を掩護する。損傷の大きいリアディス・ツヴァイを先に離脱させるのだ。
一斉に放たれる5連装フルバースト。
セレスティの砲撃を受け、防御しつつ動きを止めるアフェクション。
それを見据えながら、ヒカルは叫ぶ。
「ミシェル兄、今の内に!!」
《すまんッ お前も早く離脱しろよ!!》
掩護射撃を行うセレスティの脇をすり抜け、大和へ戻ろうとするミシェル。
このまま一気に駆け抜ける。
そう思った、
しかし、次の瞬間、
高機動を発揮したアフェクションは、セレスティの砲撃をすり抜ける形で駆け抜けると、背中を向けたリアディス・ツヴァイへと一気に迫った。
「なッ 速いッ!?」
慌てて照準を修正しようとするが、あまりの速度に、ヒカルの反応が一瞬遅れる。
その隙に聖女は、リアディス・ツヴァイに背後から迫った。
《クソッ こいつ!!》
アフェクションの接近に気付いたミシェルは、とっさに機体を振り返らせて右手に持ったビームライフルを構える。
しかし、それよりも一瞬早く火を噴いたアフェクションのビームライフルが、リアディス・ツヴァイのライフルを撃ち抜いて吹き飛ばす。
「クッ!?」
チャージ中のエネルギーがフィードバックで爆発する中、舌打ちしたミシェルはとっさにパージすると、替わってビームサーベルを抜き放つ。
しかし、その時には既にアフェクションは、ミシェルのすぐ目前まで迫っていた。
アフェクションは、抜き手のようにそろえた指を、リアディス・ツヴァイへ繰り出してくる。
その全ての指先から、
短いビームサーベルが発振された。
「何ッ!?」
驚くミシェル。
ビームネイルと呼ばれるこの武装は、デスティニー級機動兵器のパルマ・フィオキーナと似ており、射程が短く隠し武器としての要素が強い。しかしそれだけに、完全に状況に嵌った際の威力は絶大と言って良かった。
回避する術は、既にない。
迫る聖女の指先に、顔を引きつらせるミシェル。
次の瞬間、アフェクションのビームネイルが、リアディスのボディを真っ向から貫いた。
直撃したのはエンジン部分。完全に致命傷である。
ゆっくりと、アフェクションの腕が引き抜かれる。
激しくスパークを上げるリアディス・ツヴァイ。
ダメージはコックピット内にも及び、衝撃がミシェルをも負傷させた。
「く・・・・・・そ・・・・・・」
辛うじて声を絞り出すが、もはやミシェルにできる事は何も無かった。
ただ、朦朧とした領域に堕ちていく意識が、最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「・・・・・・・・・・・・親父・・・・・・不可能を可能に、て・・・・・・案外、むずいのな・・・・・・・・・・・・」
目を閉じるミシェル。
「・・・・・・・・・・・・お袋・・・・・・ナナ・・・ミ・・・・・・」
すまない。
そう言おうとした瞬間、ミシェルの意識は闇の中へと急速に落下していった。
爆炎に包まれるリアディス・ツヴァイ。
その様を、ヒカルは呆然と眺める。
「そんな・・・・・・ミシェル兄・・・・・・・・・・・・」
ミシェル・フラガ。
ヒカルにとっては良き兄貴分であり、子供の頃から仲が良かった年上の友人。
そのミシェルが今、炎の中に消えて行こうとしている。
自分はまた、助けられなかった。
あの時、
あの幼い時、妹を助けられなかった時と同じように、
また、大切な人を守れなかった。
蒼空に燃え上がる炎。
その陰から、白銀の翼が姿を現す。
迸る爆炎に照らし出され、ひときわ輝きを見せるアフェクション。
そのコックピット内では、聖女が仮面の奥で何事も無かったかのように、静寂の瞳をセレスティに向けて来ていた。
僅かに見える瞳には、何の感情も見受けられない。ただ邪魔者1人を排除した。それだけの事である、と言っているかのようだ。
そこには感情も無く、死者に対する哀悼も無い。単に、必要な作業を終えただけ、と言った風すらあった。
その様を睨み付け、
「テメェ・・・・・・・・・・・・」
湧き上がる衝動、
迸る殺意を、
ヒカルは抑える事ができなかった。
「よくもォ!!」
次の瞬間、
ヒカルのSEEDが弾けた。
8枚の蒼翼を広げ、ビームサーベルを振り翳して突撃するセレスティ。
同時に、アタッチメント装備していたバラエーナ・プラズマ収束砲とクスィフィアス・レールガンをパージする。
どのみち絶対防御を誇るアフェクションが相手では砲撃用の武装は殆ど用を成さないし、それにバッテリーの消耗を考えれば、これ以上フルバーストを使う事はできない。ならばいっそ、デッドウェイトの武装を排除して、機動力を上げた方が得策だと判断したのだ。
凄まじい勢いで斬り掛かって行くヒカル。
対抗するように、聖女はリフレクトドラグーンを自機の周囲に引き寄せ、更にビームライフル、スプレッとビームキャノン、ビームキャノンを展開、フルバースト射撃を敢行する。
奔流のように襲い来る閃光。
対して、
「それが、どうしたァ!!」
ヒカルは全く勢いを緩める事無く、斬り掛かって行った。
振りかざされる剣閃。
その一撃を、聖女はとっさにビームシールドを展開して防御する。
「まだまだァ!!」
ヒカルはすぐさま斬り返しを図る。
機体を沈み込ませるように機動すると、今度は下から斬り上げるように剣を繰り出す。
その一撃を、上昇して回避する聖女。同時にドラグーンを全て引き戻してハードポイントにマウントすると、自身もビームサーベルを抜き放ってセレスティと斬り結ぶ。
セレスティの剣をアフェクションのビームシールドが防ぎ、アフェクションの剣は、セレスティが蒼翼を羽ばたかせて後退し回避する。
距離が離れたところで、スプレットビームキャノンで拡散攻撃を仕掛ける聖女。
それに対してヒカルはセレスティのシールドを掲げ、強引に防御しながら距離を詰めに掛かる。
この時、ヒカルの中では不殺を誓った自身の決意も、相手の事を思いやる心も全て忘れ去られていた。
ただ、目の前の憎き敵を排除する。
その為だけに、がむしゃらに剣を振るい続けていた。
「お前だけはッ お前だけは、今日ここでッ」
激情を迸らせるヒカル。
主の想いに応え、ビームサーベルを振り翳すセレスティ。
「殺す!!」
その剣が、真っ向からアフェクションに振り下ろされる。
対して、
聖女は自身に向かってくるセレスティを冷ややかに見据えると、
短く息を吐いた。
《何とも醜いですね》
「何ッ!?」
突然、オープン回線で話しかけられた声に、目を剥くヒカル。
いきなり、相手のパイロットが話しかけて来るとは思っても見なかった。しかも、声の調子からすれば、相手は女。それも、自分とそう年齢が変わらないようにも思える。
《あなたの戦いには、人間性を全く感じる事ができません。まるで獣そのものと言ったところですね》
静かに語れる聖女の声は、透き通るように美しいものでありながら、同時にどうしようもないくらい不気味に響いて来るのが分かった。
驚くヒカルを余所に、聖女は、尚も静かな声で語りかけてくる。
《本来であるなら、あなたのような人にこそ、神の慈悲は必要なのです》
「何を言いやがる!!」
ミシェル兄を殺しておいて、何が慈悲だ!!
そう叫ぼうとするヒカルを制して、聖女は動いた。
《よって、神に成り代わり、私があなたに慈悲を与えます。全ては、唯一神の意志があるままに》
言った瞬間、
聖女は強烈な蹴りを繰り出して、セレスティを弾き飛ばす。
「グッ!?」
息を詰まらせながら、それでもどうにかスラスターを噴射して堪えようとするヒカル。
しかし、その間に聖女は、全てのドラグーンを射出させてしまった。
ヒカルが気付いた時には、既にドラグーンがセレスティを包囲するように展開を終えていた。
そこへ、搭載する全火砲を構えるアフェクション。
対してヒカルはとっさに、シールドを掲げて防御する構えを見せる。
放たれる砲撃。
しかしそれらはセレスティを直撃せず、いったん、展開したドラグーンに命中して反射、背後から襲い掛かった。
「ッ!?」
とっさに機体を傾けて回避しようとするヒカル。
しかし間に合わず、セレスティの翼の内、左側の4枚が直撃を受けて吹き飛ばされる。
「クソッ まだ!!」
OSが自動でバランスを回復させる中、どうにか体勢を戻そうとするヒカル。
しかし、それを黙って許す聖女ではない。
一気に距離を詰めて来ると、未だに体勢を立て直しきれていないセレスティに、再度の蹴りを繰り出す。
とっさにビームライフルを抜いて構えようとするヒカル。
しかしその銃身は、アフェクションのビームネイルに切断されて破壊される。
動きを止めるセレスティの顔面を、容赦なく蹴り付ける聖女。
センサーの半分が一気に蹴り潰され、コックピットの映像が激しくノイズする。
「このッ!!」
残ったセンサーを頼りに、ビームサーベルを繰り出すヒカル。
しかし、聖女はその動きを余裕で回避して見せる。センサーが半壊したせいで、距離感が掴み辛くなってしまったのだ。
対して聖女は、余裕すら感じさせる動きで攻撃態勢を整える。
殆ど至近距離から発射されるスプレットビームキャノンが、セレスティ表面の装甲を容赦なく焼いていく。
更にドラグーンが、セレスティの背に残った右の翼も吹き飛ばす。
《これでトドメです。あなたに、慈悲を》
聖女が静かに囁いた瞬間、繰り出された2本のビームサーベルが、セレスティの両肩を根元から切断してしまった。
全ての戦闘力を失い、空を飛ぶ羽根も奪われて落下していくセレスティ。
その無残な姿を見据え、
聖女は全砲門をセレスティへ向ける。
これで終わり。
墜ちた蒼翼の天使に対し、僅かな憐憫すら抱かずに睨み据える聖女。
残骸と化したセレスティが、地面に轟音を上げて落下する。
その姿に、聖女はもはや何の感慨も湧かせられなかった。
あの機体はもう、終わったのだ。あのパイロットが借りに生きていて、再び自分に再戦を挑んだとしても、余裕で倒せる自信が聖女にはあった。
踵を返すアフェクション。
代わって、複数のガーディアンがセレスティに向かっていくのが見える。どうやら、聖女に替わってトドメを刺すつもりらしい。
それを制する気は、聖女には無い。
信徒たちは聖女にとって、もっとも大切な人々であり、そして彼等の献身を止める心算は毛頭無かった。
信徒たちがセレスティにトドメを刺すのなら、それに任せるだけだった。
倒れたセレスティに、殺到しようとする複数のガーディアン。
彼等が各々の武器を振り上げた、
次の瞬間、
突如、鮮烈なる光が迸った。
吹き飛ばされるガーディアン。
その全てが、武装や手足、メインカメラを吹き飛ばされ、戦闘力を喪失しているのが判る。
「・・・・・・・・・・・・」
無言のまま振り返る聖女。
その仮面から広がる視界の中では、這う這うの体で撤退していくガーディアンたちの姿が見える。
そして、
そんな彼等の視界の陰から、「それ」は姿を現した。
見るからに異様な機体である。
両手にはビームライフル、腰にはレールガンと思しき大砲を装備した機体。
しかし、その全身は頭頂から膝まですっぽりと、濃紺色のマントに覆われているのだった。
僅かに見える四肢はやや細めで、機体自体の印象も、それほど大形には見えない。
「・・・・・・・・・・・・間に合った」
「辛うじて、ですが」
そのコックピットに座する2人の人物は、僅かな悔恨を滲ませた声で呟く。
本当は、もっと早く戦線に介入する予定だった。
しかし、情報収集の段階で後手に回った事、また、この機体の調整に手間取った事で聊か出遅れてしまった。
そのせいで、取り返しのつかない物を失ってしまった。
だが、
それでも尚、最後の一線にだけは間に合ったのだ。
「行くよ」
「いつでもどうぞ」
尋ねる前席の男性の声に、後席に座った女性が静かな口調で答える。
次の瞬間、
謎の機体は背に負った白い炎の翼を広げる。
同時に背中に装備した2本の対艦刀を抜き放つと、ユニウス教団軍の中へと斬り込んで行った。
謎の機体の接近に気付いたガーディアン複数が、その進行を阻もうと、一斉に火線を集中させてくる。
しかし、
「遅いよ」
男性の低い呟きと共に、加速する謎の機体。
火線は全て空しく空中を薙ぎ払い、用も成さずに大気に消えて行く。
その間に距離を詰めた謎の機体は、両手の対艦刀を振るい、複雑な軌跡を描く。
一瞬、
ただの一瞬で、4機以上のガーディアンが戦闘力を奪われて撃墜する。
動揺が走る。
突如現れた正体不明の機体が、それまで無敵に近い戦闘を展開していたユニウス教団軍のガーディアンを、ほぼ一方的に蹂躙しているのだ。
更に、新たな敵を目がけて斬り込んで行く謎の機体。
そこへ、更なる火線が集中させる。
しかし次の瞬間、白かった翼が、突如、迸るような深紅へと変わる。
集中される火線。
その火線が謎の機体を捉えたと思った。
次の瞬間、その姿は霞のように消え去ってしまった。
デスティニー級と同様の、分身残像機能だ。
慌てたユニウス教団軍は、機体前面のビームシールドを展開して敵の接近に備えようとする。
しかし、その時には既に、謎の機体は彼等のすぐ傍にまで接近を果たしていた。
鋭く繰り出される蹴りの一撃が、自身より一回り大きな巨体を誇るガーディアンを容赦なく蹴り飛ばす。
バランスを崩すガーディアン。
そのまま姿勢を保てずに墜落していくと、その落下方向にいたもう1機のガーディアンをも巻き込んで地上へ叩き付けられた。
圧倒的な光景である。
並みのパイロットでは、否、エース級ですら、この機体と、それを自在に操るパイロットを倒す事は不可能だろう。
「ならばッ!!」
信徒たちでは埒が明かないと判断した聖女は、アフェクションを駆って謎の機体と対峙する。
12基のドラグーンを一斉に射出する聖女。
方向転換したドラグーンが、一斉に謎の機体を包囲するように布陣する。同時に聖女は、アフェクションが持つ全武装を展開した。
「リフレクト・フルバースト」
淡々とした声で呟くと同時に、一斉に放たれる砲火。
その閃光全てが、ドラグーンに反射して謎の機体へと向かう。
あらゆる敵を全方位から攻撃する、聖女の必勝の布陣。
その閃光を受け、
あろう事か、謎の機体はその全てを回避してのけた。
「ッ!?」
この戦いが始まって初めて、聖女の仮面の下に警戒が走る。
リフレクトフルバーストは、これまで殆どの敵を屠って来た必殺の攻撃であり、回避はほぼ不可能に近い。
だと言うのに、謎の機体はただの一発すら食らう事無く回避してのけた。装甲どころか、羽織っているマントにすら掠めてはいない。
聖女が一瞬、攻撃する手を鈍らせる。
その隙を突き、謎の機体は動いた。
翼の色が深紅から、目が覚めるような蒼に変化する。
同時に両手にビームライフルを構えると腕を左右に広げ、対角線に布陣したドラグーンに向けて撃ち放つ。
たんに弾かれるだけ。
そう思った次の瞬間、直撃を受けたドラグーンが吹き飛ばされた。
「馬鹿なッ!?」
可憐な声で驚愕を顕にする聖女。
だが、彼女が見ている光景は幻でも何でも無い。その証拠に、次々とドラグーンが撃ち抜かれ、数を減らしていく。
謎の機体は、ドラグーンの砲門部分を狙い撃ちする形で撃ち落としているのだ。
神業、としか称しようがない技量である。いったい如何にすれば、このような真似ができると言うのか?
「ならば!!」
ビームサーベルを抜き放ち、聖女は謎の機体へと斬り掛かって行く。
反撃の隙など与えない。一気に距離を詰めて斬り裂いてやるつもりだ。
対して、謎の機体もアフェクションの接近に気付き、ビームライフルをハードポイントに戻している。
だが、対艦刀を抜く時間はもう無いはず。
貰った。
そう思った次の瞬間、
ビームサーベルを持ったアフェクションの右手首が、一瞬にして斬り飛ばされた。
「なッ!?」
仮面の奥で驚愕を強める聖女。
一体何が起きたのか? なぜ、自分の機体が損傷しているのか?
考える前に、体が動く。
残ったアフェクションの左腕からビームネイルを発振、それを抜き手のように突き込む。
だが次の瞬間、アフェクションの左腕は肩から斬り飛ばされてしまう。
そして、
謎の機体の両掌には、いつの間にかビームの刃が出現していた。
「・・・・・・・・・・・・手の平から、ビームサーベル」
全く予期しなかった攻撃を前に、呆然とするしかない。
その時、
《聖女様、お下がりください!!》
《後は我々が!!》
聖女の危機に気付き、ガーディアン数機が砲撃を浴びせながら、謎の機体へ向かっていくのが見える。
それに対し、聖女は悔恨を滲ませながらも機体を後退させるしかなかった。
どのみち、戦闘力を失ったアフェクションでは、あの恐るべき敵に対抗する事はできない。
後はユニウス教団の敬虔な信徒たちが、無事に戻ってきてくれることを祈るしかなかった。
それにしても、
「あの機体は・・・・・・いったい・・・・・・」
ユニウス教団軍と交戦を再開する謎の機体に目を向け、聖女は呆然と呟く。
あの序の視界の彼方で、全身をすっぽりマントで覆った謎の機体は、炎の翼を羽ばたかせ、尚も圧倒的な戦闘力を見せ付けているのだった。
「これで、世界は整った」
PⅡは1人、闇の中で笑みを浮かべたまま呟きを漏らす。
北米解放軍、北米統一戦線は壊滅し、更にオーブも力を失った。
そして、世界はアンブレアス・グルックの思い描いた通りに動き出そうとしている。
しかし、
「果たして上手く行くかな? そう簡単には、ね」
笑うPⅡ
可笑しい。
可笑しくて仕方が無かった。
世界は彼にとって、この上なく笑劇に満ちた劇場だ。
だからこそ、いつまでも見ている事ができる。
「愚かな鼠。笛の音に導かれるまで、死ぬまで踊り続ければいい。ただ、観客を楽しませる。それだけの為にね」
そう言うと、
PⅡの手は、闇の中で眠り続ける少女の頬を、優しく撫でた。
PHASE-32「止まない雨は無い」 終わり
機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 第1部 完
戦場を離脱する事に成功した大和の艦内は、まるで通夜のように静まり返っていた。
通夜のよう、と言うのは実に的確な表現だろう。
あらぬ汚名を着せられ、味方から追い立てられると言う地獄のような状況の中、多くの仲間が犠牲になった。
大和は今、単独で大西洋を南下。敵の目を晦ましながら、オーブ本国への帰還を急いでいる。
しかし、そこに昔日の雄姿は無く、ただ敗残した者の惨めな姿があるだけだった。
精鋭部隊として名を馳せていた大和隊も多くのパイロットやクルーを失い、事実上、壊滅状態に陥っていた。
帰らなかったものの中には、モビルスーツ隊隊長ミシェル・フラガ一尉、そして若手ながらエースとして期待されていたヒカル・ヒビキ三尉の名もあった。
シュウジは艦長席に腰掛けたまま、一言も喋る事無く黙り込んでいる。
それは、他の皆も同様だ。
ナナミとリザの姿は、ここには無い。
兄の死を知ったナナミが半狂乱になって泣き崩れた。その為、任務続行は不可能とシュウジ判断し、リザに命じて医務室に連れて行かせたのだ。
あまりにも多くの物を失った。
否、過去形で語るのは早過ぎる。
恐らく、プラントは更なる厳しい追及の手を、オーブに向けて来るだろう。場合によっては、再び戦火が巻き起こる可能性も否定できない。そうなると今後も犠牲は増え続ける事になるだろう。
暗澹たる気持ちを抱えて息を吐いた時、艦橋のドアが開く音が聞こえた。
振り返ると、頭に包帯を巻き、右腕をギプスで釣った、痛々しい姿のカノンがそこに立っていた。
アフェクションの攻撃で撃墜されたカノンだったが、辛うじて救出する事に成功した。彼女が生きていた事だけが、この絶望的な状況の中にあって唯一の救いだった。
だが、
「あの・・・・・・・・・・・・ヒカルは?」
弱々しく問いかける少女。
弔鐘のように、艦橋内に響くカノンの声
その問いに答える言葉を、シュウジは持ち合わせていなかった。
緊急用のバッテリーで起動し、どうにか外へと転がり出る。
痛む体を引きずるようにして立ち上がると、ヒカルは空を見上げた。
そこは、既に戦場ではない。
ただ、降りしきる雨と、分厚い雲だけが見える。
白銀のアフェクションも、後から現れた謎の機体も姿は見えなかった。
見回せば、そこかしこから煙が上がり、残骸になりはてたモビルスーツが、無残な姿をさらしているのが見える。
不思議な事に、人の気配は全くない。恐らくみな。死んでしまったのだろう。
地獄
一瞬、ヒカルの脳裏に、そんな言葉が浮かび上がる。
人の気配は全く無く、ただモビルスーツの残骸が死体のように転がっている光景は、まさに地獄と言って良かった。
ふと、背後に倒れているセレスティを見やる。
翼をもがれ、両腕も失った無残な姿。
その姿に、ヒカルは知らずに涙を流す。
「・・・・・・・・・・・・・ごめん」
結局、自分は何もできなかった。
仲間も救えず、
カノンも守れず、
ミシェルの仇すら討てなかった。
ただ怒りに身を任せ、盲目に突っかかって行き、そして返り討ちに遭った。
無様だった。
この上なく、自分と言う存在が矮小に思えてならなかった。
「・・・・・・・・・・・・ごめん」
まだ熱の残る装甲に手を当て、骸と成り果てた愛機に謝る。
俺じゃ、お前と一緒に、天を目指す事はできなかった。
そう呟いた時、
突如、雨がやむ。
ヒカルが呆然とする中、雲が晴れ、差し込んだ光がセレスティとヒカル、双方を照らしていく。
その幻想的とも言える光景を前に、
ヒカルは呆然と、セレスティを見上げる。
「・・・・・・・・・・・・歩き続けろ、そう言いたいのかよ、お前?」
そんな筈はない。
と言う考えは、今のヒカルの中には無かった。
ただ、もはや飛ぶ事も敵わなくなった愛機が、弱気になった自ら背を、最後の力を振り絞って押してくれている。そんな風に思えるのだった。
眦を上げるヒカル。
倒れても良い、また立ち上がれば良い。何度でも。
心が負けない限り、英雄は何度でも立ち上がる事ができる。
なぜなら、ヒカルもまた、英雄の息子なのだから。
少年はゆっくりと歩き始めた。
傷ついた体を引きずって、ゆっくりと、
それでも確実に・・・・・・・・・・・・