機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-31「絶望は雨中の涙滴と共に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破滅が始まった。

 

 怒涛の如く押し寄せてきたザフト軍、並びにそれに追随するモントリオール政府軍は、進軍するオーブ軍の後背から、容赦無く襲い掛かったのだ。

 

 それに対し、事態の急変に全くと言って良いほど追随する事ができなかったオーブ軍は、殆ど抵抗らしい抵抗もままならないまま、一方的に駆逐されていく運命にあった。

 

 無理も無い。訳のわからない内に反逆者扱いされ、つい先刻まで味方だと信じ切っていた者達に攻撃を受けているのだ。戦うどころか、事態を把握する事すら不可能な状態である。

 

 戦艦が次々と弾け飛び、モビルスーツが炎を上げて墜落していく。

 

 完全に機先を制された事に加えて、兵士1人1人の動揺、更には数においても大きく劣っている。

 

 何一つとして、オーブ軍が勝てる要素は無かった。

 

 後衛の部隊は、補給用の輸送隊を伴っていた事もあり逃げる事もできず、ほぼ一瞬で壊滅した。

 

 更に中衛の部隊もまた、抵抗らしい抵抗を殆ど見せる事ができずに壊滅的な損害を被るに至る。

 

 その段になってようやく、オーブ軍司令部も一戦交えずして事態の収拾は困難と判断。全部隊に対し迎撃命令を下す。

 

 しかし、それまでの間に無為に失った戦力はあまりにも多く、オーブ軍は碌な抵抗もできないまま、次々と無為に討ち取られていった。

 

 

 

 

 

 降りしきる雨は尚も勢いを増し、飛び交う鉄騎すら押し流しそうな勢いである。

 

 視界すら殆ど効かない状況の中、両軍は共に死力を尽くした戦闘を行っていた。

 

 とは言えその殆どが、ザフト軍が攻めてオーブ軍が一方的に屠られる、と言う内容の物ばかりなのだが。

 

 戦闘機形態から人型に変形し、ビームライフルによる迎撃を行うイザヨイ。

 

 しかし、次の瞬間には、そのイザヨイは複数の火線を同時に集中され、耐える事ができずに爆炎と化してしまう。

 

 どうにか敵の進行を阻もうと、小規模ながら防衛線の構築を行おうとする部隊もある。

 

 しかし、それとて怒涛の如き進軍を行うザフト軍を前にしては無力に過ぎなかった。

 

 彼等は自分達に数倍する戦力を叩き付けられ、僅かな間すら持ち堪える事ができず、戦場の露と消えて行った。

 

 ミシェルもまた、リアディス・ツヴァイを駆って戦場に立っていた。

 

 赤い機体は曇天の空の下を疾走し、手にした双剣で近付こうとする鉄騎を片っ端から斬り飛ばしていく。

 

「クソッ こいつら、最初から狙ってやがったな!!」

 

 右のムラマサ対艦刀でハウンドドーガ1機を斬り捨てながら、ミシェルは舌打ち交じりに呟く。

 

 斬っても斬っても敵は減らない。当然だ、敵はこの事態を予測して準備していたのだから。

 

 ミシェルは既に、今回の事態がザフト、ひいてはその上にいるプラント政府によってもたらされた陰謀だと確信していた。そうでなければ、ここまで圧倒的かつスムーズな作戦展開ができる訳がない。

 

 恐らくザフト軍の上層部は、初めから「オーブ軍が北米解放軍と繋がっている可能性あり」と政府から教え込まれていたのだろう。その上で、北米解放軍が壊滅し、アンブレアス・グルックが全世界に対して演説を行ったのを機に行動を開始した。

 

 流石に末端の兵士達まで情報が行き渡っていたとは思えない。そうであるなら、対解放軍戦の作戦は、もっと連携の欠いたちぐはぐな物になっていた筈。最悪の場合、解放軍に敗北していた可能性すらある。

 

 だが、兵士は上官の命令には絶対であると教育を受けている。彼等も「オーブ軍が敵に回った。殲滅せよ」と上官に言われれば、半信半疑の想いを抱きながらも、それに従うしかないだろう。

 

 ましてか、彼等の中では「オーブ軍と解放軍の共闘」が真実となっている。となれば、解放軍に対する積年の恨みがオーブ軍に転嫁し、攻撃する事に躊躇う必要すら感じない者もいるだろう。

 

 全てはプラントの、その頂点に立つアンブレアス・グルックの手の内にある。と言う訳だ。自分達はみな、あの野心家の議長の掌の上で踊らされていたのだ。

 

「チクショウ!!」

 

 一声吠えると、ミシェルは敵の隊列へと斬り込んで行く。

 

 敵。

 

 彼等は確かに敵だ。

 

 だが、ついぞ数時間前までは味方だと信じ、先日は共に肩を並べて戦った友軍だった。それは紛れもない事実である。

 

「それが、何でこんな事になるんだよ!!」

 

 言いながら、グフの頭部を斬り飛ばし、返す刀でゲルググを袈裟懸けに斬り捨てる。

 

 こと性能面において、リアディスはザフト軍の量産機を上回っている。そこにエースパイロットであるミシェルの実力が加われば一騎当千となる。

 

 だがそれでも、相手を斬り捨てるたびに走る胸の痛みは如何ともしがたかった。

 

 その時、後退するザフト軍部隊の陰から、別の機影が姿を現すのが見えた。

 

「あいつらはッ!?」

 

 呻くミシェルの視界に映ったのは、ユニウス教団所属のガーディアン達だった。

 

 大柄の僧兵を連想させる機体が、前面にはビームシールドを展開し、イザヨイからの攻撃を防ぎながら真っ直ぐに向かってくるのが見える。

 

「厄介な時に厄介な連中が!!」

 

 ユニウス教団が敵にまわっている。その事実は、目の前の光景を見れば火を見るより明らかだった。

 

 思えば、ユニウス教団はプラント政府と密約を交わした上で今回の戦いに参加してきた。ならば初めから、この陰謀劇も承知だった可能性が高い。否、初めからこれを見越した上での密約だったかもしれない。

 

 いずれにしても、ミシェルには真実を確かめている余裕は無かった。

 

 イザヨイ隊の攻撃は、全くと言って良いほど効果を上げていない。このままでは、オーブ軍は北米解放軍と同様に蹂躙される運命になってしまう。

 

「この野郎!!」

 

 一声吠えると、ミシェルはリアディス・ツヴァイの両手に装備したムラマサを手に斬り込んで行く。

 

 一閃される双剣。

 

 しかし、効果が無い。

 

 ガーディアン前面に装備されたビームシールドが、刃を完全に受け止めてしまっていた。

 

 火花を散らしながら攻撃を防がれ、動きを止めるリアディス・ツヴァイ。

 

 そこへ、ガーディアンは手にしたビームバズーカを構えようとする。

 

 しかし、

 

「そう来る事は、」

 

 とっさに、両手のムラマサをパージするミシェル。

 

「お見通しだっての!!」

 

 言った瞬間、両肘に装備した対装甲実体剣を引き抜く。

 

 対装甲実体剣は刃部分にアンチビームコーティングを施してある。ビーム刃を形成するビームサーベルや対艦刀よりも、ビームシールドに対して効果は高いだろう。

 

 振るわれた刃はシールド表面を斬り裂く。

 

「喰らえ!!」

 

 叫びと共に突き立てた刃が、ガーディアンのコックピットを貫く。

 

 ミシェルが剣を引き抜いて後退すると同時に、ずんぐりした大柄な機体は炎を上げて爆発した。

 

 更に次の敵に向かおうと機体を反転させたミシェル。

 

 その時、

 

 視界の中には、多数のガーディアンが武器を構えているのが見える。

 

 その数を前に、舌打ちを洩らすミシェル。

 

 次の瞬間、一斉に砲撃が襲いかかって来た。

 

 視界全てを埋め尽くすような閃光を前に、それでもミシェルは機体を巧みに操って回避を続ける。

 

 しかし、ついに一発の砲撃がリアディスを捉えた。

 

「ッ!?」

 

 衝撃の為に息を詰まらせるミシェル。

 

 リアディスは左腕を肘から吹き飛ばされて損傷している。どうやら、無意識のうちに回避行動を取ったおかげで、辛うじて直撃だけは免れたらしい。

 

 しかし、

 

「クソッ」

 

 舌打ちしながら、機体を反転させるミシェル。

 

 今の装備では奴等には勝てない。

 

 ならば、勝てるだけの装備を持ってくる必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアディス・ツヴァイ、帰還しますッ 尚、損傷がある模様!!」

 

 交代してオペレーター席に座ったリザの報告が、悲鳴交じりに響き渡る。

 

 モニターの中では、よろけるようにして帰還コースに乗ろうとしているリアディス・ツヴァイの姿が見えた。

 

「お兄・・・・・・・・・・・・」

 

 舵輪を握るナナミが、心配そうに呟きを洩らす。

 

 兄が乗る機体が損傷を負って帰還したのだ。心配でないはずがない。飛び方も怪しい事を考えると、もしかしたらミシェル自身が負傷している事も考えられた。

 

「格納庫、着艦ネット、ならびに消火班を待機させろ!!」

 

 受話器に向かってどなると、シュウジは再び艦の指揮へと戻った。

 

 状況は、絶望的と言ってもまだ足りないくらいである。

 

 現在、大和も防衛戦に加わる事で、辛うじて敵の侵攻を阻止しているが、それとていつまで持ちこたえる事ができるか分かった物ではない。

 

 敵が大挙して押し寄せてくれば、いかにオーブ軍最強の戦艦と言えど、多数のモビルスーツに包囲されれば逃れる術はないだろう。

 

 グロス・ローエングリンで道を開こうにも、敵味方が入り乱れている状態である。そんなところで高出力兵器を使用することなどできなかった。

 

 現在、大和は全艦載機を発進させて迎撃行動を行っている。

 

 セレスティ、リアディス・アイン、そしてイザヨイは上空を舞いながら敵機の進行を阻み、リアディス・ドライは甲板上に陣取って移動砲台の役割を担っている。

 

 シュウジには、彼らが敵の侵攻を阻んでいるうちに、どうにかして打開策を打ち出す必要性が求められた。

 

 プラント政府からの連絡官として大和に同情していたアラン・グラディスの事は現在、自室にて軟禁してあり、その扉のロックは、艦長権限がないと開かないように設定してある。

 

 表向きの理由は、裏切ったプラント関係者であるアランを拘束する事だが、実際は逆である。激高したクルーがアランに危害を加える事を憂慮した為の措置だった。

 

 シュウジ自身、アランが今回の裏切り劇に関わっていたとは思っていない。もしそうであるならば、彼が大和に同乗して危険な場所に身を置く理由がないからだ。

 

 アランの身を守る為に、敢えて彼を拘束しなくてはならない。それがシュウジの考えである。

 

 とにかく、今回の件に関して弁明しようにも交戦しようにも、現状を打破しない事には如何ともし難かった。

 

 

 

 

 

 群がってくるザフト軍機が、一斉にミサイルを発射してくるのが見える。

 

 空中を航行する大和に向けて殺到するミサイル。

 

 しかし、それら全ては、目標を捉える事はない。

 

 全て、着弾前に吹き荒れた閃光が、薙ぎ払っていった。

 

 大和に迫るミサイルの群をフルバースト射撃で薙ぎ払ったヒカルは、そのままビームサーベルを抜いて切り込んでいく。

 

 8枚の蒼翼が羽ばたいた瞬間、さらなる攻撃を継続しようとしていたザク3機が一斉に斬り飛ばされた。

 

 狙ったのは、頭部、そして腕部。

 

 胴体部分は決して狙わない。

 

 ヒカルは、かつて父、キラがそうしていたように、敵機の戦闘力のみを奪う戦い方をするようになっていた。

 

 これには、ヒカル自身が「父のような軍人になる」という思いを強く持ち始めた事が大きい。

 

 かつて、戦場にあっても敵の命を極力奪わないように心がけた父。

 

 そんな父のあり方は、ヒカルにとって、ある種の憧れにも似た感情として広がり始めていた。

 

 とは言え、今回の戦いに限って言えば、それ以外の要素も加わっている。

 

 敵は、つい先ほどまで味方だった者達である。もし、ここで多くの敵を殺しすぎるような事にでもなれば、それこそ後々に大きな禍根を残すのではないか、とヒカルは危惧しているのだ。

 

 だからこそ、敢えてヒカルは困難な、不殺の道を歩み始めていた。

 

 近付こうとしたザクの頭部をビームライフルで破壊し、更にゲルググの右腕をビームサーベルで斬り飛ばす。

 

 この場を凌ぐだけなら、なにも撃墜する事はない。戦闘力を削いで後退させるだけでも十分な効果が望める。

 

 とは言え、

 

「きついな、これ・・・・・・」

 

 ただ撃墜するだけでも厄介なのに、戦闘力だけを奪おうと言うのだ。その難儀さはこれまでの想像を絶している。

 

 ヒカルは脳が焼き切れるのではないか、という錯覚を常時味わう羽目に陥っていた。

 

 父はよく、こんな事を平然とできたものだと改めて感心してしまう。

 

 だが、途中で投げ出す気はない。

 

 男が一度決めた事は、最後までやり通さなくてはならなかった。

 

 複数のハウンドドーガが、ヒカルの防衛ラインを抜けて大和に向かおうとするのが見える。

 

 だが、

 

「無視すんなよな!!」

 

 言い放つと同時に、ヒカルはセレスティをフルバーストモードへ移行させる。

 

 打ち出される5つの閃光。

 

 その全てが、大和に向かおうとするザフト機の手足、頭部を吹き飛ばす。

 

 目を転じれば、甲板上ではカノンが駆るリアディス・ドライが駆けまわりながら、砲撃を行っているのが見える。

 

 リアディス・ドライの高火力と機動性をもってすれば、移動可能な対空砲台としての機能が期待できる。四方から敵に囲まれようとしている大和にとっては力強い味方である。

 

 レオスのリアディス・アインも、上空を飛び回りながら敵の接近を拒んでいる。

 

 その間に、大和は対空戦闘を行いながら、必死に南を目指している。

 

 既にオーブ軍の指令系統は機能していないらしく、司令本部からの指示は全く入って来ない。その為、生き残っているオーブ軍各隊は、自分達の才覚で苦境を乗り切るしかない状況である。

 

 そんな中でシュウジが選んだのは、南へ針路を向ける事である。

 

 敵が北に陣取っている以上、南に向かって追撃を振り切る以外、生き残る道はないと判断したのだ。

 

「くっそォォォォォォ!!」

 

 叫びながらセレスティをフルバーストモードに移行、5つの砲門を開いて敵を薙ぎ払う。

 

 戦闘力を奪われたザフト機が、よろめくように後退していくのが見える。

 

 だが、それも焼け石に水だ。すぐに別の機体が乗り越えて向かってくるのが見える。

 

 対してこちらは、タイミング的にもう、フルバーストモードを使用している暇はない。

 

 ヒカルはセレスティの腰からビームサーベルを引き抜くと、光刃を発しながら斬り込んで行く。

 

 すり抜ける一瞬、ゲルググの頭部を斬り飛ばし、振り向きざまにザクの右腕を肩から切断する。

 

 ザフト軍機は尚も群がりながら、セレスティに攻撃を仕掛けてくる。

 

 それらの攻撃を、蒼翼を羽ばたかせながらギリギリで回避していくヒカル。

 

 雨で視界が効かない事も幸いしているのか、今のところ敵の攻撃がセレスティを捉える事は無い。しかし、それもいつまで保つか判らないだろう。

 

 バッテリーや推進剤が尽きれば、集中攻撃を受けてしまう。

 

 湧き上がる焦燥感と群がる敵機。双方と戦いながら、ヒカルはセレスティを操り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、大和の格納庫ではちょっとした騒動が沸き起こっていた。

 

 先の戦闘で被弾し、帰還したミシェルだったが、損傷したリアディス・ツヴァイで再び出撃しようとして、整備兵達と押し問答をしていた。

 

「だから、1機でも機体が惜しい状況だろッ 俺が行かないでどうするよ!?」

「無茶です一尉ッ 機体も、あなたも万全じゃないんですよ!!」

 

 整備兵の1人が、必死になってミシェルを押しとどめようとしている。

 

 ユニウス教団軍と戦い左腕を失ったリアディス・ツヴァイだが、ミシェルもまた無傷ではない。今も額には包帯を巻いた状態である。

 

 それでも、危地を脱したとは言い難い状況に、居ても立ってもいられないと言った感じだった。

 

「良いからどけって!!」

「あッ!?」

 

 整備兵を押しのけると、損傷したままの愛機へと滑り込む。

 

 バッテリー残量も、推進剤も補充しないままでの出撃であるが、取りあえず短時間でも戦線に加わる事ができれば、それで充分だった。

 

 後は武装の問題だが・・・・・・

 

「こいつは元々、セレスティ用の武装だが・・・・・・問題無い。まあ、何とかなるだろ」

 

 軽い調子で言うと、慣れた手付きで機体を立ち上げる。

 

「何たって俺は、《不可能を可能にする男》、だしな」

 

 父親の口癖だった決め台詞を呟きながら、ミシェルは操縦桿を握る。

 

 左腕を失ったリアディス・ツヴァイだが、装備した武装を上手く使えれば、最悪、両腕が無くても問題無かった。

 

「ミシェル・フラガ、出るぞッ 踏み潰されたくなかったら道を開けろ!!」

 

 物騒なコールをしながら、ミシェルは愛機をカタパルトデッキへと進ませた。

 

 

 

 

 

 海まで逃げれば、あるいはどうにかなるかもしれない。

 

 オーブ軍側の認識としては、そんなところだった。

 

 今回の戦いにおいて、ザフト軍が投入した戦力は、その大半が地上戦力である。海上まで逃げる事ができれば、否が応でも追撃の手は緩むはずだった。

 

 だが、そこに至るまでに、纏わり付く敵を排除しながら進まねばならない。

 

「これは、なかなかやばいね・・・・・・」

 

 冷や汗を流しながら、レオスは苦しげに呟く。

 

 彼自身、この段になるまでに二桁に達する敵機を撃墜している。ヒカルやカノンの戦火と合わせれば、三桁に届きそうな勢いですらある。

 

 しかし、それでも尚、向かってくる敵を押しとどめるには至っていない。

 

 既に体力は限界に近く、神経は秒単位ですり減っていく。

 

 このままでは、機体よりも先にパイロットの方が限界を迎えそうだった。

 

 だが、

 

「ここで倒れる訳には、行かない!!」

 

 言い放つと同時に、肩からビームサーベルを抜刀、すれ違いざまにハウンドドーガを袈裟がけに斬りおろした。

 

 レオスは、妹のリザの事を思う。

 

 自分がここで倒れれば、妹はどうなる? 誰が守ってやる?

 

 その思いが、疲れ切った体に活力を漲らせる。

 

 次の敵に向かおうと、リアディス・アインを振り返らせるレオス。

 

 その時だった。

 

 突如、それまでとは別系統の機体が多数、大和に向かってくるのが見えた。

 

「あれは、ユニウス教団か!?」

 

 通常よりも大柄なシルエットを持つ機体は、ユニウス教団のガーディアンである。

 

 絶対的な防御力を誇るあの機体は脅威である。何とかして大和に取りつかれる前に撃破しないと。

 

《レオス、合わせろ!!》

「ヒカル!?」

 

 リアディス・アインのすぐ横に、セレスティが8枚の蒼翼を従えて舞い降りると、全砲門を展開してフルバーストモードへと移行する。

 

 同時にレオスも、ビームライフルを構える。

 

 打ち放たれる閃光。

 

 それを受け、大和の方でも教団の接近を防ぐべく、指向可能な全砲門を向ける。

 

 しかし、それらの攻撃は、一瞬後には全て無意味となった。

 

 全てのガーディアンが、前面にビームシールドを展開して攻撃を阻んだのだ。

 

 ヒカル達が放った攻撃は、全て空しくはじかれてしまう。

 

 大和の放った砲撃のいくつかは敵機を直撃し、吹き飛ばす事に成功したが、モビルスーツが持つ火力程度では、ガーディアンの防御を破るのは難しいのだ。

 

 更に接近を試みるガーディアン。

 

「駄目かッ!?」

 

 レオスが絶望しかけた。

 

 その時、

 

 突如、複数のガーディアンが、あらぬ方向から飛来したビームを同時に受けて爆散した。

 

「えッ!?」

 

 レオスが驚愕して見守る中、

 

 深紅の装甲を持つ機体が、大和を守るようにしてユニウス教団軍の前に立ちふさがった。

 

《待たせたな、お前ら!!》

 

 スピーカーから響く、力強い声。

 

 左腕を失い、機体を損傷しながらも、不屈の意思と共に戦場に立つリアディス・ツヴァイの雄姿がそこにあった。

 

 だが、装備が違う。

 

 通常、リアディス・ツヴァイは接近戦用のブレードストライカーを装備しているが、今は4本の突起が飛び出したバックパックを背負っている。

 

 D装備と呼ばれるこの武装は、本来ならセレスティ用に開発された武装であり、アサルトドラグーンの使用を可能にしたものである。

 

 先の戦闘で左腕を失い戦闘力が低下したリアディス・ツヴァイだったが、ミシェルはセレスティ用のD装備を引っ張り出して再出撃したのだ。

 

 使用可能なドラグーンは、バックパックに取り付けられた4基。このドラグーンは、スパイラルデスティニーが装備した機動兵装ウィングとは別物で、砲門数は1基に付き1門のみとなっている。

 

 計画ではセレスティが装備した場合、両肩、両腰、両脚部にもドラグーンを装備し、合計10門の高火力が使用可能になる予定だったが、リアディスには背部以外にアタッチメントが無い為、火力は6割減となっていた。

 

 更にOSも即興で調整しただけなので、完全とは言い難い。

 

 とは言え、高度な防御力を誇るガーディアンが相手なら、空中を自在に飛び回るアサルトドラグーンは、ひじょうに有効な武装である事は間違いなかった。

 

「行け!!」

 

 4基のドラグーンを射出するミシェル。

 

 対してガーディアンはビームシールドを展開して防ごうとする。

 

 しかし、

 

「甘いぞ!!」

 

 ミシェルの叫びと共に、ドラグーンはシールドを展開するガーディアンの背後へと回り込む。

 

 推進器がある関係で、背後には絶対にシールドを張る事ができない。ミシェルはその事を看破してドラグーンを回り込ませたのだ。

 

 背後から放たれるビームに貫かれ、ガーディアンが爆散する。

 

 それに喚起する間も無く、ミシェルはドラグーンを操り続ける。

 

 そこかしこで、攻撃態勢に入ろうとしていたガーディアンが、ドラグーンの攻撃を受けて爆発、撃墜していく。

 

「行けるぞ!!」

 

 ミシェルの参戦に奮起したヒカル達は、それぞれの愛機を駆って前へと出る。

 

 向かってくるガーディアン。

 

 確かに、防御力は高い機体である。

 

 しかし、

 

「スピードは、それほどでも!!」

 

 ヒカルはセレスティを駆ってガーディアンの背後に回り込むと、クスィフィアス・レールガンを展開、ガーディアンの両腕を吹き飛ばす。

 

 更にビームサーベルを抜き放ち、別のガーディアンへと向かう。

 

 振り向く暇は与えない。

 

 一閃するビームサーベルは、ガーディアンの首を斬り飛ばした。

 

 セレスティに続いてレオスのリアディス・アインや、イザヨイもガーディアンの背後に回り込みながら攻撃を行っている。

 

 対処法さえ判れば、決して勝てない相手ではない。

 

 オーブ軍は機動力を活かした戦術で、ユニウス教団に対抗しようとしている。

 

 そして、それは徐々に成功しつつあった。

 

「海岸線まで、あと15です!!」

 

 大和の艦橋で、リザの声が歓喜に満ちて響く。

 

 ヒカル達を始め、多くのパイロットの奮戦もあり、大和は離脱地点に達しつつある。

 

 もう一息だった。

 

 

 

 

 

 そんな大和の様子を、上空から静かに見つめる目が会った。

 

 聖女はアフェクションのコックピットに座したまま、仮面越しに注ぐ静かな瞳で、南へと急ぐ戦艦を見詰めている。

 

「・・・・・・・・・・・・悲しいです」

 

 少女の澄んだ声が、コックピットに響く。

 

 雨の降りしきる戦場にあって、大和の上げる対空砲火の様子は、聖女の目にもしっかりと捉えられていた。

 

「唯一神は無限の慈悲を与えてくれると言うのに、それを敢えて拒もうとする人がいるなんて」

 

 淡々とした調子で紡がれる少女の言葉。

 

 ユニウス教団の教義では、己の全てを唯一神に捧げし者は、その恩恵にあやかり、あらゆる苦痛から解放されるとある。

 

 だが今、聖女の目の前では、その唯一神の意志に逆らってまで苦行の道へ行こうとしている者達がいる。その事が、聖女にはたまらなく悲しかった。

 

 だから、教えてあげなくてはいけない。

 

 全ての人が、慈悲を受ける権利があるのだと言う事を。

 

「たとえわが身が滅びようとも、我が魂は、我が神の下へ」

 

 呟いた瞬間、

 

 聖女のSEEDが弾けた。

 

 急降下するアフェクション。

 

 初めにその存在に気付いたのは、大和の甲板上で対空戦闘を継続していたリアディス・ドライ、カノンだった。

 

「あれはッ!?」

 

 急降下してくる白銀の機体を見て、少女は驚愕の声を上げる。

 

 ユニウス教団の旗機。5機のジェノサイドを一瞬で屠り、多数の解放軍機を撃墜した恐るべき機体。

 

 あんな物に出てこられたら、たとえ大和であってもひとたまりもないかもしれない。

 

「来るなァ!!」

 

 全武装を一斉に解き放つカノン。

 

 その段になって、前線のヒカル達も接近するアフェクションの存在に気付き、引き返してくるのが見える。

 

 しかし、聖女はその前に動いた。

 

 翼部、腰部、肩部、脚部に装備したリフレクトドラグーンを一斉に射出すると、リアディス・ドライからの砲撃をかいくぐるようにして向かわせる。

 

 カノンも必死になって砲撃を行うが、そのどれもがドラグーンを捉える事は叶わない。

 

 攻撃配置に着くドラグーン。

 

 一斉に放たれたビーム攻撃が四方八方からリアディス・ドライに襲いかかる。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 甲高い悲鳴を上げるカノン。

 

 飛来した閃光は、リアディス・ドライの腕を、頭部を、足を胴を貫き破壊して行く。

 

 姿勢を保つ事ができず、衝撃と共に甲板上に転がるリアディス・ドライ。

 

 中にいるカノンの安否は分からない。コックピット付近にも被害が入っている為、最悪の可能性も考えられた。

 

「カノンッ クソッ!!」

 

 いち早く駆けつけたレオスは、大和へ攻撃を行っているアフェクションめがけてビームライフルを放つ。

 

 更に、追いついて来た3機のイザヨイも含めて、集中攻撃を聖女へ加える。

 

 しかし、牽制の意味を込めて放った攻撃は、全くと言って良い程効果はなかった。

 

 閃光はアフェクションへ着弾する前に全て、展開したリフレクトドラグーンに阻まれる。

 

「そんなッ!!」

 

 焦って砲撃を強行するレオス。

 

 しかし、その全てがドラグーンに阻まれてアフェクションまで届かない。

 

 リフレクトドラグーンは、言わば空中を独立機動する盾だ。これほど厄介な物はないだろう。

 

 攻めあぐねるレオス達。

 

 対して、聖女は2丁のビームライフル、ビームキャノン、胸部スプレットビームキャノンを展開すると、尚も抵抗しようとするオーブ軍へと向ける。

 

「慈悲を・・・・・・」

 

 短い呟きと共に、放たれる閃光。

 

 次の瞬間、リフレクトドラグーンに当たったビームが乱反射し、光の檻を形成する。

 

 撃ち抜かれる3機のイザヨイ。

 

 リアディス・アインも、左腕と右足を吹き飛ばされてしまう。

 

「・・・・・・何て奴だ」

 

 レオスは吐き捨てるように呟く。

 

 精鋭である大和隊の機体が、こうもあっさりと撃墜されていくとは、誰も想像できなかった事だろう。

 

 その時だった。

 

《レオス、下がれ!!》

 

 鋭い声と共に、駆け抜けていく8枚の蒼翼が見えた。

 

 前線でユニウス教団の部隊に拘束されていたヒカルだったが、ようやく駆けつける事ができたのだ。

 

 その後方からは、ドラグーンを装備したリアディス・ツヴァイの姿も見える。

 

 しかし、2人が駆け付けた時にはすでに、部隊は壊滅状態に陥っていた。

 

「何て奴だ・・・・・・・・・・・・」

 

 たった1機の敵に、味方が壊滅的な損害を被ってしまった事が、ヒカルには信じられなかった。

 

 そこへ、ミシェルから通信が入る。

 

《ヒカル、俺が援護する。お前が突っ込んでくれ!!》

「了解!!」

 

 ミシェルからの指示を受け、セレスティの速度を上げるヒカル。

 

 羽ばたく蒼翼。

 

 それを迎え撃つように、白銀の翼が雨中に光を反射して舞いあがった。

 

 

 

 

 

PHASE-31「絶望は雨中の涙滴と共に」      終わり

 




機体設定



リアディスD

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
12・7ミリ自動対空防御システム×2
アサルトドラグーン×4

パイロット:ミシェル・フラガ

備考
戦闘によって左腕を損傷し、武装も大半を消耗したリアディス・ツヴァイに、セレスティのD装備を無理やり搭載した状態。元々がセレスティ用の装備である為、完全に装備する事ができず、ドラグーンの数はバックパックに装備した4基のみで、火力は6割減となっている。しかし、その変幻自在な武装は、ミシェルの実力も相まって高い戦闘力を発揮する。

因みに、下が本来の用途によるD装備





セレスティD

武装
アサルトドラグーン×10
ビームライフル×1
アクィラビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
機関砲×2

備考
セレスティのドラグーン装備状態。バックパックの4基の他に、両肩、両腰、両脚部にもドラグーンを装備、ビームライフルと合わせると合計11門となり、火力においてはセレスティの全武装中最強になるはずだった。ただし、パイロットであるヒカル自身のドラグーン特性は未知数である為、十全に機能させる事ができたかどうかについては不明。当初はスパイラルデスティニーと同系統の多砲門型ドラグーンを装備する案もあったが、バッテリーの消耗が激しくなると判断され見送られた。

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