機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-30「悪意の声」

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わった戦場に、雨が降りしきる。

 

 まるで、戦いによって大地に流れ出た血を、天が悲しみの涙で洗い流そうとしているかのようだった。

 

 共和連合軍と北米解放軍の事実上の決戦となった「第2次フロリダ会戦」は、共和連合軍の大勝利で終わった。

 

 敗れた北米解放軍は、指揮官クラス多数を含む戦力の大半を喪失。更にフロリダ半島北部の拠点を軒並み失った。

 

 北米最大の反共和連合組織はこれにより、事実上壊滅状態に陥ったのだ。

 

 生き残った部隊もある程度は存在しているが、彼等は既に組織的抵抗を諦め、散り散りになりながら後退していった。

 

 これに対し、勝利した共和連合軍は戦力を再編成した後、更なる奥地へ侵攻する構えを見せている。

 

 主力は掃討したものの、未だに北米解放軍の残党が各地に散らばった状態で生き残っている。さらに、指導者であるブリストー・シェムハザ将軍の身柄確保も、未だに達成されていない。

 

 共和連合軍が更なる進軍を企図するのは、当然の流れであると言えた。

 

 この勝利を、より完璧な物と成す為に。

 

 しかし、

 

 この状況を満足げに眺めている目が、戦場から遠く離れたプラントにあった。

 

 報告を受けたアンブレアス・グルックは、秘書をさがらせると、口元を隠すようにして机の上に肘をついた。

 

 その掌の陰には、密かな笑みが浮かべられている。

 

「これで、北米解放軍の脅威は、ほぼ無くなったと見ていいな。ブリストー・シェムハザをたとえ逃したとしても、失った戦力を再建し、再び北米で闘争を起こすには相応の時間がかかるだろう」

 

 それまでの間に、ザフト軍はより強大な軍へ進化し、新たな戦力も続々と戦列に加わる事になるし、それに伴い北米の軍事力増大も同時並行で行われるだろう。

 

 仮にブリストー・シェムハザが捲土重来を画策したとしても、その頃には、彼我の戦力差は歴然とした物となっている事は間違いない。

 

 北米解放軍による北米奪還は、これで永久に不可能となった訳だ。

 

「全てが、予定通りと言う訳だ。まったく喜ばしい限りだね」

 

 また、あの声が聞こえてきた。

 

 子供のように溌剌としながら、それでいて老人のように濁った響きのある声。

 

 その声に対し、グルックは顔を動かさずに答える。

 

「そうだ。今こそ、我々の時代が来るのだ。我等コーディネイターにとっての輝かしい、繁栄の時代がな」

 

 高揚した声で、グルックは言葉を紡ぐ。

 

 シーゲル・クライン、パトリック・ザラ、アイリーン・カナーバ、ギルバート・デュランダル、そしてラクス・クライン。

 

 今まで多く存在した為政者が志し、そして誰1人としてなしえなかった新しき世界。

 

 それが今、手を伸ばせば届く所まで来ている。

 

 他でもない、このアンブレアス・グルックが、掴み取るのだ。

 

 この時グルックは、まるで祭りを前に高揚する、子供のような気分を味わっていた。

 

「さあ、お膳立てはしてあげたんだ。行ってきなよ」

「無論だ」

 

 頷いて、立ち上がる。

 

 歩き出すグルック。

 

 その目指す先には、彼が望む世界が確実に広がっているのだ。

 

 やがて、グルックは執務室を出て行く。

 

 その背中を、声の主は冷笑を浮かべて見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦大和は今、オーブ軍の本隊と合流し、その雄姿を友軍に囲まれていた。

 

 進路は南。戦場を離脱した北米解放軍の残党を追撃する構えである。

 

 北米解放軍と正面から激突し、ジェノサイド部隊等の攻撃をまともに受けたザフト軍とは異なり、側面支援が任務だったオーブ軍の損害は比較的軽微で済んでいる。その為、追撃部隊の先鋒を任されていた。

 

 あわよくば、指導者ブリストー・シェムハザの捕縛、ないし抹殺も作戦内に組み込まれている。オーブ軍の役割は重要だった。

 

 解放軍の双翼とも言うべきゲルプレイダー、ヴェールフォビドゥンは撃墜、撃破したものの、デンヴァー攻防戦の際に姿を現した赤い機体、クリムゾンカラミティが姿を現していない事も気になる所ではある。

 

 とは言え、既に主力軍を失った解放軍が死に体である事は火を見るよりも明らかである。仮に残った戦力が攻撃を仕掛けて来たとしても、抵抗は散発的な物に終始するだろう。未だに多くの戦力が健在な共和連合軍の陣営を破る事は難しいはず。

 

 それ故、楽観的な雰囲気が、全軍に蔓延するのも無理からぬことだった。

 

 オーブ軍も例外ではない。大方の部隊は、既に戦闘は終わったものと判断し、気楽な雰囲気が出始めていた。

 

 現在、ミシェルが1個小隊を率いて部隊の直掩に当たっているのみであり、ヒカルやカノンを始め、他のパイロット達は艦内で機体を整備しつつ待機していた。

 

「でも、なんかすごかったね。ユニウス教団の部隊って」

 

 溜息のように感想を漏らしたのはカノンである。

 

 少女の脳裏には、先の戦いで見たユニウス教団の戦力、特にアフェクションやガーディアンの姿が思い浮かべられていた。

 

 オーブやザフトの機体と比べても一線を画する姿と性能を誇る機体達は、その圧倒的な力で持って解放軍の精鋭達を駆逐していった。

 

 今回の戦い、最功労者は間違いなくユニウス教団だった。

 

「いずれ、同盟軍同士で技術の交流があるだろう。そうすれば、もっと色々な事が分かる筈だ」

 

 レオスがドリンクを飲みながら答える。

 

 これまで謎のベールに包まれていたユニウス教団の戦闘を目の当たりにできた事で、カノンもレオスも興奮した様子である。

 

 そんな中、ヒカルは1人、別の事を考えていた。

 

 もし、あいつらと戦う事になったら、自分は勝てるのだろうか?

 

 ヒカルの脳裏にはそんな、事実無根で物騒な思いが浮かべられていた。

 

 圧倒的な防御力で全ての攻撃を防ぎ止めたガーディアン。そして、埒外とも言うべき火力と光学反射戦術で解放軍を一切寄せ付けず、一方的な殺戮を見せつけたアフェクション。

 

 それらと戦った時、自分は果して勝てるだろうか?

 

 ユニウス教団は今や共和連合の同盟軍だ。今後、彼等と戦う可能性は低いだろう。だが、どうしてもヒカルの中では、彼等と対決する未来が現実のものとなるような気がしてならなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・まさかな」

 

 自分の馬鹿げた考えを振り払うように、ヒカルは苦笑した。

 

 ユニウス教団は味方だ。ともに北米解放軍を打ち倒した仲間だ。今後、彼らと戦う可能性は限りなく低いと言えるだろう。

 

 そんなヒカルに、隣に座っていたリザが怪訝そうな視線を向けてきた。

 

「何が『まさか』なの、ヒカル君?」

「・・・・・・いや」

 

 リザの頭をクシャッと撫でてやりながら、ヒカルは言葉を濁した。正直、自分でも馬鹿げていると思う想像を、仲間達に話す事はできなかった。

 

 

 

 

 

 ヒカル達が待機室で談笑している頃、大和のブリッジでは、シュウジの指揮の下、進撃するオーブ軍本隊と歩調を合わせていた。

 

 艦橋の窓から見える風景は、ゆっくりと後ろへと流れて行く。

 

 そんな中シュウジの目は、油断なく進路前方を見据えていた。

 

「敵軍の情報は何か入っていないか?」

「今のところは何もありません」

 

 シュウジの質問に答えたのは、オペレーターである。リザが現在休憩中である為、交代要員のオペレーターが配置に着いていた。

 

 現在、オーブ軍は北米解放軍の前線基地があったジャクソンヴィルを越え、地図上で言えばフロリダ半島の中ほどにまで差し掛かりつつある。

 

 ここに至るまで、敵の抵抗は皆無である。

 

 予想通りと言うべきか、先の戦いで主力を失った北米解放軍には、もはや共和連合軍の進撃を止める力は残されていない、と言う認識は、どうやら間違いではないらしい。

 

 だが、シュウジは尚も警戒を緩めるつもりはない。ここはまだ敵地、それも、開戦前までは殆ど情報らしい情報も無かった土地なのだ。警戒しすぎて困ると言う事は無い筈だ。

 

「でも、敵が出てきても、これだけ味方がいるんだから安心ですよね」

 

 気楽な事を言ったのは、舵輪を握っているナナミだった。

 

 幾度かの戦いを経て、ナナミは大和の操舵手として高い信頼を周囲から得ている。シュウジもまた彼女の操舵手としての腕を認め、全幅の信頼を寄せていた。

 

 北米解放軍との死闘を、大和がほぼ無傷に近い形で切り抜ける事ができたのは、ナナミの天性ともいうべき手腕によるところも大きい。

 

「オーブ軍の味方は勿論、後ろにはザフト軍にモントリオール政府軍、それにユニウス教団まで控えているんですから。正直、これ以上何が来たってへっちゃらって気がします」

 

 そう言って笑うナナミ。

 

 だが、彼女の言葉を聞いた瞬間、シュウジは己の中で小さな疑念が沸き起こった事を自覚していた。

 

 現在、オーブ軍は共和連合軍の先鋒を務める形で進撃している為、他の部隊よりも突出している。ザフト軍やユニウス教団の部隊は、ナナミが言った通り後ろからついて来る形だ。

 

 これが一体、何を意味しているのか?

 

 言い知れぬ不安が、シュウジの中で湧いてくる。

 

 その時だった。

 

「艦長!!」

 

 オペレーターの鋭い声が、シュウジを現実に引き戻した。

 

 オペレーターの表情は、見るからに緊迫しているのが分かる。どうやら、何か不測の事態が起こったことが予測できた。

 

「どうした?」

「プラント議長のアンブレアス・グルックが、全世界に向けて会見を行っています!!」

 

 その報告に、シュウジも目を剥いた。

 

 なぜ、このタイミングでプラントの議長が会見を行うのか? 勝利宣言を行うならフロリダ半島の完全制圧を確認してからの筈。タイミングとしては聊か気が早いように思えた。

 

「映像、出ます!!」

 

 オペレーターの操作に従い、メインスクリーンに見覚えのある壮年の男性が姿を現した。

 

 40代前半の眼光鋭い人物であり、政治家としてはまさに脂が乗ったと言った感じの雰囲気がある男である。

 

 どこか、野心家めいた印象がぬぐえないが、それでも政治家というある種の怪物じみたキャラクター性が求められる存在である事を考えれば、人間性は別にして何らかの頼もしさは感じられるようだった。

 

 そのアンブレアス・グルックが、焚かれるフラッシュに身を任せながら壇上に立っている。

 

《皆さん。私は、プラント最高評議会議長、アンブレアス・グルックです。本日は皆さんに、重大なお知らせがあります》

 

 グルックの会見は、そんな出だしで始まった。

 

《本日、我がザフトの精鋭をはじめとした共和連合軍は、北米大陸の戦いにおいて、長年の宿敵である北米解放軍を打ち破る事に成功しました!!》

 

 高揚したグルックの声と共に、画面には「北米解放軍撃破」と言うテロップが大見出しで映し出される。

 

《今さら私の口から言うまでも無く、北米解放軍とは、長年にわたって北米大陸の一部に対し不当な実効支配を行い、同大陸における騒乱の火種を巻き続けてきた悪辣なるテロ組織であります。彼等の残虐性、非道性は、今更私の口から語るまでもないでしょう。その組織の命脈が断たれた今日と言う日は、誠に喜ばしく、後世に残る記念すべき日となりましょう。これらは全て、我がザフトの精強なる兵士達の活躍と、そして死んでいった英霊達の尊い犠牲があったからこそ実現できたものであります!!》

 

 その言葉を聞いて、シュウジは僅かに顔を顰める。

 

 相手はプラントの議長であるから、自国の軍の事を褒めるのは仕方がない。しかし、まるでザフトのみが必死で戦って勝利を掴んだかのような言い方には不快感を覚えずにはいられなかった。

 

《今日と言う誠に良き日、良き日和に、しかし私は同時に誠に残念なお知らせを、皆さんにお伝えしなくてはなりません》

 

 グルックの発言が変わったのは、そこからだった。

 

 いったい何を言い出すのか?

 

 世界中の人間が注目する中、グルックは重々しく口を開いた。

 

《まだ、皆様の記憶にも新しい事と思いますが、我が軍はつい先ごろ、一度、北米解放軍に対し大敗を喫しました。卑劣なる解放軍の姦計に嵌り、多くの将兵の命、皆様の家族や大切な人達の命が失われた事は、誠に悲しい事であります。しかし今日の戦いで、憎き北米解放軍は打倒され、仇を討つ事ができました。残るは、彼等に協力した卑怯な共犯者を討つ事こそが、我々に残された最大の使命であります》

 

 共犯者、とはいったい誰の事を言っているのか?

 

 プラント議長が突然言い出した事に、誰もが首をかしげる。

 

 北米解放軍に協力した組織としては、その背後で様々な支援を行ったとされる国際テロネットワークが存在している事は、一部の人間の間では周知である。

 

 しかし、国際テロネットワークの実体は未だに片鱗しか見えておらず、存在自体があやふやな物だ。言ってしまえば「都市伝説」の域を出ず、とても今すぐに討伐対象にできるものではない。

 

 では、グルックの言う「共犯者」とはいったい誰の事なのか?

 

 一同が固唾を呑んで見守る中、グルックは衝撃的な発言を行った。

 

《その、憎むべき共犯者こそ、幾年にも渡って我々の友人としての仮面を被り、我々を欺き続けた者達。足は共に道を歩みながら、目は違う道を見続けて来た者達、水面下でテロリストと手を組んでいた唾棄すべき裏切者。オーブ共和国に他なりません!!》

「何だとッ!?」

 

 聞いていたシュウジは、思わず驚愕の声を上げた。

 

 スクリーンの中の男は、いったい何を言っているのか?

 

 オーブが北米解放軍に共犯?

 

 そんな事実がある筈が無い。現にこうして、自分達はザフト軍と軍列を並べて戦い、北米解放軍の撃滅に貢献したではないか。

 

 グルックの言っている事は、こちらからすれば支離滅裂な妄想と言って良かった。

 

 今まで、オーブと解放軍が同盟を結んでいた、などと言う事実は一切上がってきていない。なのになぜ、今になってそのような話が何の前触れもなく唐突に出て来るのか?

 

《オーブと北米解放軍との関係を示す証拠は、既にいくつも上がってきており、そのどれもが信憑性の高い物である事を、100パーセントの確信を持って証明できます。彼等が我が軍の情報を故意に解放軍に流した事が、先の戦いにおける我が軍の大敗へと繋がり、多くの犠牲を出す結果になったのですッ 現に、彼の戦いにおいて、オーブ軍は一切参加していない事から見ても事実は明らかですッ 彼等は初めから負けると判っている戦いに、自国の軍を送る事を拒んだのです!!》

 

 これは、完全に事実無根である。

 

 戦いには大和隊が宣戦していたし、何より、オーブ軍の制式参戦を断ったのは駐留ザフト軍の方である。グルックは自分達に都合の良いように事実を捻じ曲げているのだ。

 

《オーブのやった事は、前線で必死に戦っていた兵士に対する裏切りであり、死んでいった英霊達に対する許しがたい、最大限の侮辱であります。彼等は我がプラントを始め、盟約によって硬く繋がっていた共和連合の信頼を、土足で踏み躙ったのですッ 果たして、これ程の裏切り行為を平然と行った恥知らずな国家が、歴史上存在しえたでしょうか? この私自身、身から湧き出る怒りを抑える事ができません!!》

 

 いかにも、怒りに絶えないと言った調子で、グルックは声を震わせる。

 

 やがて、それを無理やり抑え込むようにして顔を上げる。

 

《よって、わたくし、プラント最高評議会議長アンブレアス・グルックはプラントの名誉と、この地球圏に生きるコーディネイター全ての権利と、そして何より世界平和と正義を志す者達の代表として宣言しますッ ここに、卑劣なる裏切者、オーブ共和国に対し宣戦布告を行うと!! 今この時より、オーブと名のつく全ての勢力、そしてオーブと協力関係にある全ての存在に対し、ザフト軍の全ての戦力で持って、無制限の攻撃命令を下すこととします!! これは彼等の裏切りに対する正当なる報復であり、一切の慈悲を与える必要は皆無であります!!》

「馬鹿なッ!!」

 

 今度こそ、シュウジは声を荒げた。

 

 横暴にも程がある。いや、そんなレベルの話ではない。これはもはや、暴走と言っても良いだろう。

 

 そもそも、オーブが北米解放軍とつながりがあった、などと言う事実は聞いた事も無い。

 

 否、それが仮に事実だったとしよう。そしてグルックが示した「証拠」とやらが本当に信憑性が高かったとしよう。しかし、それですぐに戦端を開くと言うのは強引すぎると言う物だ。

 

 まずは双方の話合いを行い、事実確認を行った上で妥協の道を探るのが筋と言う物だ。

 

 もしグルックの言う「証拠」が真実であるなら、オーブにとってこの上なく不利な材料となるだろう。殆ど一方的に不利な協定を押し付けられる事も考えられる。しかし、それでも実際に戦端が開かれ、多くの人間が死ぬよりはましだ。

 

「旗艦と通信を繋げッ 司令部を呼び出すんだ!!」

 

 ともかく、手を拱いていても事態は悪化するだけだ。早急に司令部と談判し、次善策の構築を行わなくてはならない。

 

 そこでふと、シュウジは自分達の置かれている状況を思い出した。

 

 現在、オーブ軍が他の隊に比べて突出している事は先に述べた。

 

 それはつまり、背後を取られている事に等しい訳で・・・・・・

 

 その時、オペレーターの悲鳴じみた声が響き渡った。

 

「後方より、ザフト軍所属の機体、多数が急速接近中ッ 後衛の部隊に攻撃を仕掛けています!!」

「遅かったか・・・・・・」

 

 ギリッと歯を鳴らしながら、シュウジはモニターを睨みつける。そこには、こちらに向かって真っ直ぐに向かってくる機影が、はっきりと映し出されていた。

 

「そんな、何で、こんな急に!?」

「急じゃない」

 

 狼狽しているナナミの言葉を、シュウジは首を振って否定する。

 

 ザフト軍は初めから、この事態を予測してオーブ軍のみを突出させ、背後から強襲する態勢を整えていたのだ。自分達はそれに、まんまと嵌ってしまった形である。

 

「ザフト軍、更に接近します!!」

 

 オペレーターの悲鳴じみた報告が、絶望を告げる鐘の如く鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに寝転んだまま、レミリアはヘッドホンを耳に当てて、流れてくる音楽に聞き入っていた。

 

 ラクス・クラインの往年の活動を綴ったアルバム集。今ではなかなか手に入らない、レアな逸品である。レミリアの宝物の一つである。

 

 その澄んだ、天使のような歌声を聴いているだけで、日々の戦いで疲れ切った心が癒されていくような気がする。

 

 自分がなぜ、ラクス・クラインにこうまで惹かれるのか、レミリアには良く判らない。

 

 しかし、もう会う事の出来ない歌姫に思いを馳せる。ただそれだけで、レミリアはまるで、温もりに包まれるように心が安らぐのだった。

 

 現在、レミリア達は、表立った活動を極力控えている。

 

 もっとも実際には、戦いたくても戦う力が残っていない、と言うのが正しいのだが。

 

 アラスカ近傍の戦いでオーブ軍に敗れた北米統一戦線は、その後、一部の戦力のみを宇宙へと逃がし、他は潜水艦を使って脱出する道を選んだ。

 

 事実上の壊滅である。

 

 北米における勢力圏を喪失し、アステルをはじめとする多くの戦力を失った今、北米統一戦線が戦い続ける事は難しかった。

 

 宇宙に逃れたクルト、レミリア、イリアを中心とした幹部達は、取りあえず協力勢力がいる月を目指した。そこのパルチザンと連携を取り、取りあえず身を隠す事が目的である。

 

 アンブレアス・グルック政権下のプラントが膨張政策を行っている昨今、月周辺も決して安全地帯とは言えなくなってきていたが、それでもまだ、中立都市が点在する月面の安全度は、地上よりも高いと言えた。

 

 クルトとしては、ここで戦力の回復を待ちつつ、北米への捲土重来を図る予定であった。

 

 北米統一戦線は壊滅したものの、ある程度の戦力を残す事ができた。最強戦力であるスパイラルデスティニーも、中破したとは言え健在である。地上に残った者達と連携を図れば、北米に戻る事は充分可能だと思われた。

 

 クルトは直ちに各種の手配を行い、スパイラルデスティニーの修理を行うと同時に、国際テロネットワークに連絡を取り、戦力の補充を依頼していた。

 

 負けはしたが、自分達はまだまだ戦える。

 

 いずれ戦力を整え、再び北米に戻る日が来る。

 

 その日まで只管、隠忍の日々に耐え続けるの。耐えれば必ず、道は開けるのだから。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 やがて、アルバムの楽曲が、中盤に差し掛かろうとした時だった。

 

 僅かな振動を感じ、レミリアは顔を上げた。

 

「あれ?」

 

 不審に思いながら身を起こす。

 

 その時、荒々しい音と共に、部屋の扉があけ放たれた。

 

「な、何!?」

 

 見れば、見覚えの無い格好をした男が、足音も荒く部屋の中へと駆けこんでくるところだった。

 

 前進を黒っぽいスーツで覆っているその人物は、顔には覆面とゴーグルをかけ、手には大きなライフルを持っている。

 

 一瞬、パルチザンの人間かとも思ったが、雰囲気からしてどうも違うように思えた。

 

「目標を確認、これより確保します」

 

 そう呟くと同時に、男は手にしたライフルをレミリアに向けてきた。

 

「な、なに?」

「大人しくしろ!!」

 

 そう言ってレミリアに近付こうとした。

 

 次の瞬間、

 

 男の背後から銃声が鳴り響き、胸板から鮮血がほとばしる。

 

 呆然とレミリアが見つめる中、崩れ落ちる男。

 

 その背後から現れたのは、銃を手にしたイリアの姿だった。

 

「お姉ちゃん!?」

「レミリア、逃げるわよ」

 

 そう言うとイリアは有無を言わさず近付き、レミリアの腕を取って出口へと向かう。

 

 イリアは顔をこわばらせ、明らかに緊張している様子が見れる。何か、不測の事態が起きた事は間違いなかった。

 

「お、お姉ちゃん、いったい何があったの!?」

「保安局の襲撃よ。どうやら、ここの事が敵にばれたみたいなの」

 

 レミリアの手を取って銃を構えながら、イリアは慎重に廊下を進んで行く。

 

 そんな中、レミリアは愕然とする。

 

 以前、一度だけ月に来た際に、保安局に連行される人々を見た事があるし、その後、彼等を襲撃して囚人の解放に協力した事もあった。

 

 その保安局が、まさか自分達を嗅ぎ付けて来るとは思っても見なかった。

 

「あなたは、私が守るから・・・・・・絶対に、奴等なんかに渡さない」

「お姉ちゃん?」

 

 鬼気迫る様子の姉に、レミリアは首をかしげる。

 

 廊下のあちこちに、死体が転がっているのが見えるが、今はそれに構っている暇は無かった。

 

 その時、廊下の向こうから複数の足音が近付いて来るのが見えた。

 

 とっさに銃を構えるイリア。

 

 しかし、それがクルト、エヴァンス、ダービッとの3人だと判ると、ホッとして力を抜いた。

 

「2人とも、無事だったか!?」

 

 レミリアとイリアの姿を見て、クルトが駆け寄ってくる。

 

 3人とも、ここに来るまでに既に交戦したのだろう。その衣服は硝煙と返り血で薄汚れている。

 

「クルト、いったいどうして保安局がここを?」

「判らん。だが、既に被害は無視できない程にまでなっている」

 

 エバンスは悔しそうに答える。

 

 秘密警察組織である保安局は、モビルスーツ等の兵器同士の戦闘では弱いが、こと対人戦闘においてはかなり高い戦闘力を発揮する。パルチザン程度の戦力では、まともにやったのでは相手にもならない。ましてか、今回は奇襲を受けた形である。ひとたまりも無かった事は言うまでもない。

 

「クソッ いったいどうして、ここがばれたんだ!?」

 

 声を荒げるダービット。

 

 これまで月面パルチザンは、小規模な抵抗運動を繰り返す事でザフト軍や保安局の兵に対抗してきた。これは、あまり大きな戦力を持っていない為に仕方のない事だったのだが、それ故に、今まで見逃されてきた感もあったのだ。

 

 正直、これほど大規模な襲撃を受けたのは初めての事だった。

 

「詮索は後だ。考えても答えが出る訳じゃない」

 

 クルトは断定するように、ピシャリと言い放った。

 

 確かに、ここで「なぜ、ばれたのか?」などと議論をして時間を浪費するのは愚の骨頂である。

 

 敵はモビルスーツまで繰り出してきている。それに対し、こちらの戦力らしい戦力と言えば、先の戦いから応急修理を済ませただけのスパイラルデスティニーがあるのみである。

 

 パルチザンの残った戦力を脱出させるためにも、何とかして包囲網を破る必要がある。

 

 そして、その為の手段は一つしかなかった。

 

「レミリア、お前はデスティニーへ行って、外の敵を引き付けてくれ。ただし、絶対に無理はするなよ。その間に、俺達は生き残っている連中を纏めて脱出する」

 

 レミリアが外に出て敵の目を引き付けると同時に、敵戦力を減殺。その間にクルト達が残った戦力を集めて脱出するしかない。

 

 またも、レミリア1人に負担を押し付ける事になってしまい、クルトとしても心苦しい限りであるが、今回ばかりは他に手段が無い。

 

 イリアが抗議しようと口を開きかけるが、すぐに押し黙る。彼女自身、他に方法がない事は判っているのだ。

 

「頼んだぞ!!」

 

 そう言うと、クルト、エヴァンス、ダービットはそれぞれ、武器を手に駆けだして行く。

 

 残ったイリアはレミリアに近付き、そっと抱き締める。

 

「お姉ちゃん?」

「絶対に、死なないで。レミリア」

 

 声を震わせながら、イリアは妹に告げる。

 

「いざとなったらみんなも、私も捨てて、あなただけ逃げなさい」

「そんなッ!? そんな事できないよ!!」

 

 声を荒げるレミリアに対し、イリアは抱く腕に力を込める。

 

「保安局の狙いは、あなたなの。あなたさえ生き残る事ができれば、私は・・・・・・」

 

 そう言いながら、イリアはそっとレミリアを放す。

 

「良いわね、レミリア。外に出たら、まっすぐ自分だけ逃げなさいッ 絶対・・・・・・絶対生き残るのよ!!」

 

 そう言うと、イリアも銃を手に走って行く。

 

 後に残されたレミリアは、呆然とその姿を見送る。

 

 なぜ、姉があのような事を言ったのか? そしてなぜ、イリアには保安局の狙いがレミリアだと判るのか? その根拠が何なのか? 全てレミリアには判らないことだらけである。

 

 だが、レミリアには、自分だけ逃げる気は無い。必ずみんなも助けて脱出するつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大急ぎでパイロットスーツを着こんだレミリアは、メンテナンスベッドに固定したあった愛機のコックピットに体を滑り込ませる。

 

 先の戦いでヒカル・ヒビキの駆るセレスティと戦い、判定中破の損害を受けたスパイラルデスティニーは、その後、補充用の部品確保もままならないまま、代替品を用いた応急修理で間に合わせていた。

 

 切断された左腕にはジェガンのパーツを用い、シールドとライフル、ビームサーベルもジェガン用の物で代替している。

 

 失ったミストルティン2本と、アサルトドラグーン8基は補充すらできていない有様である。左腕が本来の物ではないから、そちら側はパルマ・フィオキーナも使う事ができない。

 

 全てが間に合わせ。本来の性能を大幅に落とした状態での出撃である。

 

 それでも、レミリアに躊躇いは無い。

 

 全ては仲間を、そして姉を守る為。

 

「レミリア・バニッシュ、スパイラルデスティニー行きます!!」

 

 鋭いコールと共に、スパイラルデスティニーは深紅の翼を広げて虚空へと踊り出す。

 

 その視線の彼方には、無数の軌跡を描いて接近するザフトの大群が映し出されていた。

 

 たちまち、向かってくる多数の機影が映り込む。

 

 集中される火線。

 

 それに対してレミリアは、デスティニー級機動兵器の代名詞とも言うべき分身残像機能を用いて敵部隊の視覚を攪乱、一気に接近を図る。

 

 慌てたように砲火を集中させる保安局の部隊。

 

 しかし、

 

「遅いよ!!」

 

 レミリアは、その全ての攻撃を難なく回避する。

 

 やはり、保安局の部隊の技量は、お世辞にも高いとは言えなかった。

 

 振り上げるビームカービンライフルの一撃がハウンドドーガのボディを貫き四散させる。

 

 1機撃墜。

 

 更にレミリアは、ビームカービンを腰のハードポイントにマウントすると、ビームサーベルを抜いて斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

 その頃、イリア達は保安局員との交戦をしながら、どうにかシャトルのある区画へと急いでいた。

 

 いかにレミリアが奮戦しているとは言え、多勢に無勢である事は否めない。できるだけ早く脱出する必要があった。

 

「イリアッ」

 

 自身も銃を撃ちながら、クルトがイリアに話しかけてきた。

 

「レミリアには話したのか? あの事」

「・・・・・・いいえ」

 

 クルトの質問に対し、イリアは苦い表情を作って首を振った。

 

「結局、話せなかった。私の口から話すには、あまりにも・・・・・・」

 

 言葉を濁らせるイリア。

 

 その胸に抱えているものの大きさを想い、クルトもまた表情を曇らせる。

 

「そう自分ばかりを卑下するな。俺だって・・・・・・・・・・・・俺がしっかりしていなかったばかりに、お前達に今、こんな苦労を背負わせちまった。本当にすまない」

「そんなッ クルトが謝る事ではないわ!!」

 

 普段はレミリア以外の事は眼中に無いように見えるイリアだが、自分とレミリアを拾い、組織の一員として庇護してくれたクルトの事を、イリアは深く感謝している。もしクルトがいなかったら、自分達は北米大陸で行くあても無いまま野垂れ死ぬか、戦火に焼かれて息絶えていたか、どちらかだろう。

 

「さあ、行くぞ。これ以上時間を掛けていられないからな」

「ええ」

 

 頷くとイリアは、クルトに続いて駆け出そうとした。

 

 次の瞬間、

 

 1発の銃弾が、クルトの胸を貫いた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 崩れ落ちるクルト。

 

 その様子を、イリアは呆然と眺める。

 

 と、

 

「あはは、め~いちゅ~ やっぱ薄汚い鼠退治は手際よくやらないとね」

 

 状況を楽しむような声が聞こえてくる。

 

 少年のように溌剌としながら、それでいて老人のように濁りのある言葉。聞いているだけで例えようの無い不快感が湧き上がってくる。

 

「い、イリア・・・・・・逃げろ・・・・・・」

 

 力を振り絞って言葉を紡ぐクルト。

 

 しかし、イリアはそれに気づいていない。

 

 視線を前に向けたまま震えるイリア。

 

 その視界の中に、異様な出で立ちの人物が立っていた。

 

 赤、緑、黄色と言った派手な色と装飾に彩られた服を着ており、顔にもペインティングが施されている。

 

 一言で言えば「ピエロ」だろうか? この場にあって、ひどくふざけた格好である事は間違いなかった。

 

 そのピエロが、ゆっくりとイリアに近付いてきた。

 

「イリア・バニッシュ。僕と一緒に来てもらうよ。ああ、君自身には別に要は無いんだけど、君が大事に抱えている『お人形』が欲しいって言う酔狂な御仁が、この世にはいるからさ」

 

 悪意の塊のような言葉。

 

 それをイリアは、呆然とした調子で聞き入っていた。

 

 

 

 

 

 すれ違いざまにビームサーベルを一閃して斬り裂き、離れた場所にいる敵機にはビームカービンを浴びせる。

 

 不用意に近付いてきたハウンドドーガをパルマ・フィオキーナで打ち砕く。

 

 編隊を組んでいる敵に向かって、容赦ない11連装フルバーストを浴びせる。

 

 それをも乗り越えてきた敵には、ビームブーメランを投げつけて斬り裂いた。

 

 レミリアの駆るスパイラルデスティニーは、鬼神もかくやと言わんばかりの奮迅さを発揮して保安局の部隊を近寄らせない。

 

 保安局部隊も反撃するが、もともと技量が低い事もあり、圧倒的な機動力を誇るスパイラルデスティニーを捉える事はできない。

 

「もう少し・・・・・・もう少しで、お姉ちゃん達が脱出できるはず。それまでは・・・・・・」

 

 ビームサーベルを居合気味に抜刀し、ハウンドドーガを斬り捨てるレミリア。

 

 敵の数はだいぶ減ってきている。これなら、切り抜ける事もできるかもしれない。

 

 そう思い始めた時だった。

 

 突如、上方から急速に接近する存在をセンサーが捉えた。

 

「新手、速い!?」

 

 振り仰ぐよりも先に、反応するレミリア。

 

 とっさに操縦桿を引き、後退を掛ける。

 

 そこへ、飛び込んできたハウンドドーガが、手にしたビームトマホークで斬り掛かってくる。

 

 間一髪で回避するレミリア。

 

「この動き、ただのハウンドドーガじゃない!?」

 

 警戒するようにシールドとビームサーベルを構え直すレミリア。

 

 一方、ハウンドドーガのパイロットも、奇襲攻撃を回避したスパイラルデスティニーを、鋭い目で睨みつける。

 

「今のをかわすって、どんだけよ!?」

 

 少女は舌を巻く思いを、ストレートに口に出した。

 

 クーヤ・シルスカと言う名前のこの少女は、本来は保安局所属ではないのだが、今回は最高議長命令により、保安局の援護に当たっていた。

 

 その主な理由は、スパイラルデスティニーの存在である。保安局のパイロット程度では、レミリアを押さえる事ができない事は、アンブレアス・グルックにも判っており、その為、クーヤの出撃が命じられたのだった。

 

「テロリスト風情が、生意気な」

 

 スパイラルデスティニーを睨みつけながら、クーヤは敵愾心を隠そうともせずに呟く。

 

 次の瞬間、クーヤが仕掛ける。

 

 彼女のハウンドドーガは一見すると、フォースシルエットを装備しただけの普通の機体だが、駆動系とエンジン出力をギリギリまで上げるようチューニングしてあり、事実上、通常の機体の倍近い機動性を実現している。

 

 現在のところ、この機体を十全に操る事ができるザフト兵は、クーヤ1人だけとさえ言われている。

 

 予想外のチャージアタックに、レミリアは思わず息を呑む。

 

「タダの機体じゃない!?」

 

 繰り出される斧の一撃。

 

 それをレミリアは、シールドを掲げる事で防御する。

 

 しかし、強烈な一撃はアンチビームコーティングを施した盾にもダメージを与え、表面がごっそりと抉られる。

 

 勢いのままにすれ違うクーヤ。

 

 その背後に向けて、レミリアはビームカービンを放つ。

 

 背中から放たれる攻撃。

 

 しかし、

 

 クーヤは、まるで背中に目が付いているかのような華麗さで、レミリアの攻撃を全て回避してしまった。

 

「狙いが甘い!!」

 

 機体を振り返らせるクーヤ。その体勢のまま、ビーム突撃銃を撃ち放つ。

 

 対してレミリアは残像を残しながら回避する。

 

「腐ってもデスティニーって訳ねッ でも!!」

 

 レミリアの虚像を見抜いたクーヤは、ビームサーベルを抜いて斬り込んでくる。

 

 対して、連装レールガンで牽制の射撃を仕掛けるレミリア。

 

 飛んでくる4発の砲弾を回避するクーヤ。

 

「そんな物が、当たるか!!」

 

 振るわれる光刃。

 

 その一撃を、レミリアはスパイラルデスティニーの右腕に装備したビームシールドで防御する。

 

 レミリアは舌を巻く思いだった。

 

 多少改造してある事は動きを見ればわかるが、それでもスパイラルデスティニーに追随してこれるとは思ってなかった。

 

 勿論、スパイラルデスティニーは先の戦いにおける損傷から、簡単な応急修理を済ませただけであり、万全とは言い難い。

 

 しかしそれでも、性能差はかなりある筈である。

 

 改めて、相手パイロットに対する戦慄を覚えるレミリア。

 

 その時、

 

「貰った!!」

 

 レミリアの注意が一瞬逸れた事を感じたクーヤが、一気に勝負を掛けるべくスパイラルデスティニーを蹴り飛ばす。

 

「あッ!?」

 

 バランスを崩すレミリア。

 

 そこへ、クーヤはビーム突撃銃の照準を合わせる。

 

「チェックメイトよ、テロリスト!!」

 

 そのトリガーが引かれようとした、次の瞬間、

 

「まだまだ!!」

 

 レミリアのSEEDが発動する。

 

 スラスターを強引に吹かして姿勢を制御。同時に虚像を残しつつ方向転換。クーヤの攻撃を回避する。

 

「外した!?」

 

 慌てて照準を合わせ直そうとするクーヤ。

 

 しかし、その時には既に、レミリアは攻撃態勢を整えていた。

 

 接近と同時に、振り翳されるビームサーベル。

 

 振り下ろされた光刃。

 

 その一撃が、ハウンドドーガの左腕を肩から切断する。

 

 とっさに機体を傾けて、致命傷だけは避けたクーヤの実力も流石と言うべきだろう。

 

 しかし、

 

「そんなッ!?」

 

 必殺と思った自身の攻撃が回避されたばかりか、反撃を受けて機体が損傷してしまった事実に、クーヤは驚愕する。

 

 一方のレミリアは、そのままクーヤを置き去りにして保安局本隊の方へと向かう。

 

 クーヤの相手に拘束されて時間を取られてしまったが、レミリアの任務はイリア達が脱出するための援護である。その為には、保安局の部隊を最低でも作戦行動不能なくらいにダメージを与える必要があった。

 

 既に保安局の部隊は、スパイラルデスティニーの攻撃によって大半が失われている。そこに加えて、エース機も撃破した。

 

 もうすぐだ。もうすぐ、脱出する事ができる。

 

 そう考えたレミリア。

 

 次の瞬間、

 

《レミリア・バニッシュ》

 

 突如、スピーカーから流れてきた声に、思わず動きを止める。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

《聞こえているかい、レミリア・バニッシュ?》

 

 相手の声だけが、スピーカーから流れてくる。

 

 聞き覚えの無い声である。ただ、聞いているだけで不快感を覚えるような悪意が、声の端端から滲み出るようだった。

 

「誰!?」

 

 とっさに尋ねるレミリア。

 

 果たして、相手はレミリアの声にこたえるように返事を返した。

 

《僕は、そうだね・・・・・・PⅡ(ぴー・つー)とでも名乗っておこうかな?》

「ぴー・・・・・・つー・・・・・・?」

《口さがない友人一同からは「誘拐犯」だとか「人浚い」だとか言われているけどね。ひどいよね。そんなケチ臭い犯罪に手を染めた事なんて、今まで一度も無いのに》

 

 戦場に似つかわしくない、妙にテンションの高い声。それがレミリアの不快感をさらに増していく。

 

《今日はね、レミリア、君にプレゼントがあるんだ》

「・・・・・・プレ、ゼント?」

《そう、とっても素敵なプレゼント。きっと気に入ってくれると思うよ》

 

 一体、何の事を言っているのか?

 

 そう思っていると、PⅡの方から口を開いた。

 

《ねえ、レミリア、君は、地上に残った自分の仲間達がどうなったのか、知っているの?》

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 恐らく、北米統一戦線の仲間の事を言っているのだろう、と言う事はすぐに理解した。

 

 彼等なら北米を脱出した後、安全な秘密拠点に潜伏しているはずだった。いずれ北米に再び帰る時まで、彼等は静かに、その時を待っているはず。

 

 しかし、そんなレミリアの様子に、PⅡは可笑しそうに声を上げる。

 

《あ、その様子じゃ、やっぱり知らないんだ。ふーん》

「だ、だったら何だっていうの!?」

 

 声を上げるレミリア。

 

 まるで自分が、常識も何も知らない無知な子供であるように言われ、レミリアは激昂する。

 

 しかし、スピーカーの向こうの相手は、レミリアの怒りなど知らぬげに、涼しい声でしゃべり続ける。

 

《だから、教えてあげるって言ってるの。親切な僕に感謝してよね》

 

 PⅡがそう言った瞬間、スパイラルデスティニーのサブモニターが、勝手に切り替わった。

 

 視線を向けるレミリア。

 

 そこで、

 

 思わず目を見開いた。

 

 そこには、無造作に地面に打ち付けられた杭に、後ろ手に縛り付けられる形でたくさんの人が立っている光景が映し出されていた。

 

 年齢や性別はさまざまである。既に老境に達していると思われる人物もいれば、かなり年若い人物もいる。性別も男女バラバラだ。

 

 皆が共通して言えるのは、全員が目隠しで顔を覆われている事くらいだろう。まるでそう、処刑場のような風景である。

 

 だが、レミリアには判った。

 

 判ってしまった。

 

 彼等が皆、北米統一戦線で共に戦った仲間達である事が。

 

「な、何を!?」

 

 レミリアが声を上げた瞬間、

 

 指揮官と思しき男が、振り上げた手を振り下ろした。

 

 次の瞬間、断続した銃声が鳴り響く。

 

 一瞬の間をおいて、画面を染め上げる血飛沫。

 

「ッ!?」

 

 その光景を見て、レミリアは声を上げる事もできずに悲鳴を発する。

 

 たった今、彼女の目の前で、仲間達が凶弾に倒れたのだ。

 

 更に画面が切り替わり、逃げ惑う人々の光景が映し出される。

 

 そこへ、容赦なく降り注ぐ銃撃の嵐。

 

 モビルスーツまで繰り出した徹底的な掃滅風景が映し出され、北米統一戦線の仲間達が、次々と轢き殺されていく。

 

 手を伸ばしたくても届かない。

 

 助けたくても助けられない。

 

 焦慮はとめようも無く、レミリアの心から容赦なく溢れだす。

 

「や、やめてッ・・・・・・・・・・・・」

 

 押し殺した声を上げるレミリア。

 

 更に、1人の仲間を、複数の兵士達がリンチに掛けている光景が映し出される。

 

 ある女性は、周りを敵兵に囲まれて裸に剥かれ輪姦を受けている。

 

「やめてッ!!」

 

 大きな穴が開いている。

 

 覗き込めば、そこには無数の子供達が生きたまま放り込まれているのが見える。

 

 やがてそこにガソリンがばらまかれ、容赦なく火が付けられた。

 

 音声は無いが、彼等の悲鳴がモニターから聞こえてくるようである。

 

「やめてッ やめてッ やめてェェェェェェ!!」

 

 悲鳴を上げるレミリア。

 

 大切な仲間達が殺されていく。

 

 なのに、自分はこんな離れた宇宙にいて、彼等を守ってやる事すらできない。

 

 その事実が、レミリアの心を無造作に傷付けていく。

 

 そんなレミリアに、PⅡが静かに語りかける。

 

《そんなにやめてほしい?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 囁かれる悪魔の言葉。

 

 レミリアが沈黙していると、PⅡは更に言い募ってくる・

 

《ねえ、どうなの? やめてほしいの? 仲間を助けたいの?》

 

 追い詰めるような言葉。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・しい、です」

 

 消え入るような言葉で、レミリアが言う。

 

《ん~ 聞こえないんだけど? ためしに、もう5~6人殺してみれば、もっと元気良くお返事できるかな?》

「イヤァァァッ やめてッ やめてほしいですッ 助けてほしいです!!」

 

 形振り構わず、慌てたように声を上げるレミリア。

 

 屈辱を受け入れる。

 

 それで仲間達が救えるなら、耐える事くらいなんでも無かった。

 

 そんなレミリアの想いが通じたのか、PⅡは少し声のトーンを下げた。

 

《うーん、そんなに言うんじゃ仕方ないね。可哀そうだから、これくらいにして・・・・・・・・・・・・あッ》

 

 言いかけて、PⅡは何かに気付いたように、言葉を止めた。

 

 顔を上げるレミリア。

 

 と、

 

《ごめ~ん、すっかり忘れてた。これ、ライブ映像じゃなかった》

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 涙に濡れた顔を上げるレミリア。

 

 そこへ、トドメを刺すように、PⅡが面白おかしく声を上げる。

 

《記録用の録画映像だよ。気付かなかった? つまり、彼等はと~っくの昔に死んでるって訳。はい、残念でしたー お疲れちゃーん》

「そ、そんな!?」

《何? まさかと思うけど、今さら「人権」だとか「法の保護」だとかを求められる立場だと思ったりしてるわけ? ドブネズミの分際で? だいたいさ、テロリストなんて、この世に生まれた瞬間から害悪でしかないんだし、消えてもらった方がみんなの為なんだよ》

 

 加速する悪意。

 

 レミリアは、再び流れ出した「処刑」の風景の前に、もはや言葉を発する事もできずにいる。

 

《僕はね、自分の部屋が散らかっているのは耐えられないんだ。いらなくなったオモチャはきっぱりと捨てて、綺麗なままにしておきたいんだよ。で、そんなゴミクズに過ぎない君の仲間は、僕にとって目障り以外の何物でも無いのさ。ああ、安心して良いよ、レミリア。君の事は生かしておいてあげる。まだまだ、君には働いて貰わないといけないからね》

 

 もはやレミリアは、PⅡの言葉など聞いていなかった。

 

「イヤ・・・・・・・・・・・・」

 

 ただ、自分の目の前で仲間達が殺されていく光景に釘付けになり、流す涙が視界を埋め尽くしていくに任せるのみだった。

 

 その視界が、朱に染まって行く。

 

 涙が血の流れと化し、少女の双眸を覆い尽くしていく。

 

「イヤ・・・・・・・・・・・・」

 

 自分は何もできない。

 

 彼等を助ける事も、何も・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 完全に音階の外れたレミリアの絶叫が、虚空に木霊する。

 

 そして、

 

 動きを止めたスパイラルデスティニーに、保安局の機体が徐々に距離を詰めてくるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-30「悪意の声」      終わり

 




機体設定(ここだけの公開)

スパイラルデスティニー・リペア

ビームカービンライフル×1
ウィングエッジ・ビームブーメラン×2
ビームサーベル×2
バラエーナ改3連装プラズマ収束砲×2
クスィフィアス改連装レールガン×2
パルマ・フィオキーナ×1(右手)
ビームシールド×1
アンチビームシールド×1

パイロット:レミリア・バニッシュ

備考
セレスティとの戦いで中破したスパイラルデスティニーを、間に合わせの部品と武装で補修した機体。欠損した左腕にはジェガンのパーツを取り付けて補修した。その為、そちら側のパルマ・フィオキーナ、ビームシールドは使えなくなっている。その他、失ったビームサーベル、シールドもジェガンの物を使っており、ライフルも取り回しやすいビームカービンを使用しているが、ミストルティン対艦刀やアサルトドラグーン等、補充が難しい武装に関しては未装備のままになっている。


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