機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-28「雷火の剣閃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況が、これまでにないくらい加速度的に動こうとしている。それをあらゆる感覚が体感していた。

 

 後に「第2次フロリダ会戦」の名で呼ばれる事になる、共和連合軍と北米解放軍の事実上の最終決戦は、その提唱者であるオーブ軍大将ムウ・ラ・フラガの思惑通りに事が運ぼうとしていた。

 

 フロリダ半島を包囲するように展開した共和連合軍は、東からはジブラルタルを出撃したザフト軍の本隊が海上を押し渡って北米大陸上陸を果たしている。

 

 北からはバードレスラインを越えて、ザフト軍の別働隊が迫ってきている。こちらは長引く戦いで多くの戦力を消耗しているが、その不足分をユニウス教団の戦力で補っていた。

 

 南側には南アメリカ合衆国軍が、フロリダ半島の対岸付近に陣取っているが、こちらは動き出す気配が無い。敢えて大兵力の展開を見せ付けた上で、先の戦い同様、解放軍の動きを牽制するのが目的である。

 

 そして西側には、北米解放軍主力との戦闘を辛くもしのぎ切ったオーブ軍が、ザフト軍主力との合流を目指して東進していた。

 

 先の戦いとは違う。今度は、共和連合軍も万全の布陣を整えた上での進軍だった。

 

 対して北米解放軍は、フロリダ半島の北部、ジャクソンヴィルに戦力を終結させ、共和連合軍との対決姿勢を見せている。

 

 共和連合軍が北米解放軍を追い詰める形になってはいるが、未だに戦局は予断を許されない状況である。

 

 北米解放軍は、長年にわたってフロリダ半島の要塞化を進めて来ており、盤石な体制を確立している。

 

 対して、共和連合軍は大兵力を擁しているとは言え、フロリダ周辺のデータは必ずしも完全とは言い難い。それ故に、大兵力を投入した上での短期決戦が望むところであった。

 

 解放軍の側としては、できるだけ戦いを長引かせたい、と言うのが心境だった。戦いが長引けば、大兵力を擁する共和連合軍は兵站に無理が生じるようになり、身動きが取れなくなる。更に士気の低下も来す可能性もある。それらの事を考えれば、できるだけ長引かせた方が、解放軍としては有利と思われるのだった。

 

 そのような最中、オーブ軍とザフト軍は、アトランタの西にあるバーミンガムにて合流、いよいよフロリダ半島を、その攻撃圏内へと納めようとしていた。

 

 

 

 

 

 壮観、と言っても過言ではなかった。

 

 機動兵器だけで、軽く1000機を越える軍隊の集結風景は、それだけで心躍る物を感じずにはいられない。

 

 上空には警戒中のモビルスーツが飛び交い、地上では、輸送や補給などの各種車輛が走り回っている。陸上戦艦も、何隻か姿を見せていた。

 

 世界中の軍隊が集まって来たのではないか、と思えてしまうような光景がそこにはあった。

 

「ゲルググに、グフにザク、それに・・・・・・お、あれがザフト軍の新型か。確か、ハウンドドーガとかいったか?」

 

 居並ぶザフト軍の機体を順番に見ながら、ミシェルは口元をゆるめて説明していく。

 

 傍らにはヒカル、カノン、レオス、リザの姿もある。他国の機体が間近で見れる良い機会だと言う事もあり、一同は揃って大和の甲板に上がり、外の光景を眺めていた。

 

 視界の先では、ザフト軍が長年にわたって蓄積した技術の粋を結集して建造した、巨大機動兵器群が姿を見せている。

 

 その昔、世界に「モビルスーツ」と言う兵器の存在を初めて示し、ライバルであった地球連合軍を相手に互角以上に戦って見せた、伝統の系譜に連なる機体達である。

 

「何か、うちのイザヨイとかに比べると、ずんぐりむっくりしたのばっかだねー」

 

 身も蓋も無い感想を言ったのはカノンである。

 

 確かに、始まりの機体であるM1アストレイ以来、シャープな外見の機体を設計してきたオーブ軍の機体と比べると、ザフト軍の機体は重厚な外見の物が多い。元々、ヤキン・ドゥーエ戦役時にザフト軍主力機動兵器であったジンの設計が引き継がれている結果なのだろう。

 

 イザヨイに比べると「鈍重」なイメージがどうしても出てしまうが、その分、重厚で堅実な設計である事が伺える。

 

 そこで、ふと何かに気付いたリザが声を上げた。

 

「ねえねえ、あれは?」

 

 少女が指差した先には、ザフト軍の機体と肩を並べるようにして、別系統の機体が複数、佇んでいるのが見える。

 

 機体の四肢が太く、重厚な作りや頭部カメラがモノアイ仕様であると言う点はザフト軍機と似通っているが、こちらは脚部を覆うスカート部分が長く、脚部の膝関節付近までを覆っている。防御力を重視していると言う事は、見た目だけで十分理解できた。

 

 それが、視界に収まるだけで10数機、整然と並ぶ形で佇んでいる。

 

「何だあれ、見た事が無い機体だな」

 

 ヒカルも首をかしげて、それらの機体を眺める。今まで出会ったどんな機体とも、系列が違うように思えるのだ。

 

 見れば、ミシェルも眉を顰めて、その機体を見詰めている。どうやら彼にも見覚えが無い機体のようだった。

 

 と、

 

「彼等はユニウス教団所属の機体だよ」

 

 背後から掛けられた声に振り返ると、シュウジがこちらに向かって歩いてきている所だった。

 

 合流後、シュウジは司令部に赴いて作戦会議に参加していたが、それが戻って来たと言う事は、どうやら作戦が決定したらしかった。

 

「ユニウス教団って、あの宗教の?」

 

 怪訝な顔付でレオスが尋ねる。

 

 ただの宗教団体が、共和連合軍の戦列に加わっている事に不信感を感じずにはいられなかった。

 

 それに関してはヒカル達も同様であり、説明を求めるような目をシュウジへと向ける。

 

 対するシュウジも心得ているようで、一同を見回して頷いた。

 

「これから作戦を説明する。ブリーフィングルームへ集まってくれ」

 

 

 

 

 

 作戦はシンプルだった。

 

 もっとも、事がこの段階まで推移した以上、下手な小細工は却って藪蛇になりかねない。

 

 策を巡らして相手の隙を伺うよりも、陣形を組んで正面から当たった方が得策と言う物である。

 

 それに関しては解放軍の側でも同様の判断らしく、事前の偵察では多数の機動兵器をジャクソンヴィル周辺に展開して待ち構える解放軍部隊の姿が確認されていた。

 

 対する共和連合軍はバーミンガムを発した後、大きく2つの集団に分かれて南下、フロリダ半島を目指す事になる。その際、左翼はザフト軍が担当、右翼がオーブ軍担当となる。

 

 主力軍を形成するザフト軍が、ジャクソンヴィルから北上してくるであろう解放軍主力と対峙する事となる。

 

 一方の右翼のオーブ軍は搦め手担当となる。進軍するザフト軍を側面から援護する事が任務だ。

 

「尚、諸君も既に知っているかもしれないが、ザフト軍本隊にはユニウス教団の戦闘部隊が同道し、今回の作戦に参加、協力する事になっている。その事を留意するように」

「どういう事ですか? なぜ、宗教関係者が作戦に参加するんです?」

 

 イザヨイパイロットの1人が、挙手をして質問した。

 

 ユニウス教団は、現在の地球圏における最大の宗教組織であり、独自の戦闘部隊を有している事も知っていたが、それがまさか、このような形でお目に掛かれるとは思っても見なかったのだ。

 

「詳しい話は何も降りてきてはいないが、プラントと教団、双方の上層部において何か取り決めがあったらしい」

 

 シュウジの説明を聞いても、一同は尚も不信感をぬぐえないでいる。

 

 プラント政府としては、どうしても不足する戦力を、教団戦力を戦列に加える事で補おうとする意図が見られる。

 

 しかし、では逆に教団側は何のメリットがあって参戦して来たのか? それが分からないのだ。

 

「連中の思惑はどうあれ、その戦力を利用しない訳にはいかない」

 

 シュウジは断言するように言った。

 

 現状、共和連合軍は教団の戦力を糾合する事で、ようやく解放軍の戦力を上回っている状況である。好むと好まざるとにかかわらず、教団に頼らない訳にはいかなかった。

 

「更に、俺達が攻撃を仕掛けるのと相前後して、ザフト軍の降下揚陸作戦が行われる事を伝えておく」

 

 そのシュウジの説明には、全員が首をかしげざるを得なかった。

 

 先の第1次フロリダ会戦において、敵には対空掃射砲ニーベルングが多数配備されている事が発覚している。あの大量破壊兵器がある以上、降下揚陸部隊の投入は、貴重な戦力をどぶに捨てるに等しい行為である筈。

 

「これも詳しい説明は無かったが、ザフト軍は今回、何らかの対抗策を講じる用意があるらしい。何を企んでいるのかは知らないが、今は信じるしかないだろう」

 

 シュウジの説明を聞いて、ヒカルは眉を顰めずにはいられなかった。

 

 教団との連携と言い、ニーベルングへの対抗策と言い、ザフト軍には不透明な秘密主義が過ぎる部分があった。

 

 先の戦いであれだけの大敗を喫したと言うのに、同盟軍であるオーブ側に殆ど情報を降ろしてこない態度には、不信感を抱かずにはいられなかった。

 

 あくまでも情報を秘匿し続けるザフト軍。

 

 ヒカルはその奥に、何か得体の知れない不気味な物が潜んでいるような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 一方、北米解放軍側も、迫り来る未曾有の状況に対して、迎え撃つ準備を着々と整えつつあった。

 

 最前線のジャクソンヴィルには、ほぼ全軍が終結し、眦を上げて共和連合軍を待ち構えている。

 

 しかしそれでも、敵の大軍に比べては見劣りする事は否めなかった。

 

「まさか、ユニウス教団が敵に回るとは。あの宗教狂い共めッ」

 

 オーギュストは吐き捨てるように呟きを漏らす。

 

 その傍らには、メキシコ湾から撤退してきたジーナの姿もある。

 

 ヒカルの活躍によって防衛線を破られた彼女だったが、その後は部隊を再編成し、オーギュストが率いる本隊に合流したのだ。

 

 現状の北米解放軍と共和連合軍の戦力差は、4対6と言ったところである。解放軍が戦力的に劣ってはいるものの、まだ対抗が不可能な数字ではない。加えて、共和連合軍はザフト軍、オーブ軍、モントリオール政府軍、南アメリカ合衆国軍、そしてユニウス教団の混成部隊、要するに寄せ集めである。その事を鑑みれば、解放軍側の勝機は十分にあるように思えた。

 

 しかし、オーギュストは現状を楽観視していなかった。

 

 先の第1次フロリダ会戦から、さほど時を置かずして再侵攻してきた共和連合軍。その疾風迅雷とも称すべき軍事行動の裏には、何か現状を打破し得る切り札が隠されているのではないか、と睨んでいるのだ。

 

「既に、各拠点に配備されているニーベルングは稼働体制に入ったわ。万が一、敵が降下揚陸作戦を仕掛けて来ても、対応は十分可能よ」

 

 ジーナの報告に、オーギュストは頷きを返す。

 

 上空に対する守りは、これで鉄壁と言って良いだろう。

 

 しかし問題なのは、敵の切り札が何であるのか不明だと言う事だ。それが分からない事には、思わぬところで足元を掬われる事になりかねない。

 

 ここは用心し過ぎるくらいに用心しておくに越した事は無い。

 

 北米解放軍の前線部隊を率いるようになってから、オーギュストは積極的に攻勢に出る事も辞さないと言う評価を周囲から受けているが、慎重に動くべきところは心得ている男である。

 

 そして、その積極さと慎重さを併せ持つ性格が、彼を北米解放軍の実働部隊トップにまで押し上げたのだ。

 

「ジーナ、お前は一隊を率いて、閣下の警護に回れ。いざと言う時は、閣下を守ってフロリダから脱出するんだ」

「何を言っているの、オーギュストっ」

 

 突然の指示に、思わずジーナは声を荒げる。

 

 まるで自分達が負けるかのような物言いをオーギュストがした事が信じられなかったのだ。

 

 対してオーギュストは、あくまで冷静に諭すように言う。

 

「落ち着け。あくまでも、万が一の時に備えた措置だ」

「万が一なんてありえないわ。今回も私達が勝つ。それで終わりよ」

 

 いささかも自分達への自信を揺るがせる事無く、ジーナは言い切った。

 

 確かに共和連合の大群は脅威だが、解放運とて万全の状態で迎え撃つのだ。ならば、地の利を得ている自分達の方が有利と考えるのは当然だった。

 

「聞け、ジーナ」

 

 そんなジーナに対し、オーギュストはあくまでも言い含めるように言う。

 

「ここで解放軍が壊滅したとしても、閣下の御身が無事なら、捲土重来は幾らでも可能だ。だが、閣下にもしもの事があれば、俺達の命運はそこで終わりだぞ」

 

 ブリストー・シェムハザは北米解放軍の精神的支柱である。彼を失えば、解放軍は空中分解してしまう事は目に見えている。

 

「誰かが閣下を守らなくてはならん。だが、誰でも良いと言う訳でもない。だから、お前に頼むんだ」

 

 信頼するジーナだからこそ、シェムハザの護衛と言う最重要の任務を任せるのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・判ったわ」

 

 ややあって、ジーナは難い声と表情で頷きを返した。

 

 彼女自身、オーギュストの言葉が正しい事は理解しているのだ。

 

「ただし、一つだけ条件があるわ」

「何だ?」

「お願いだから、死に急ぐような真似だけはしないで」

 

 その言葉に、オーギュストは一瞬、驚いたように目を見開く。

 

 目の前の女性が、頼もしい戦友ではなく、どこにでもいそうなか弱い女性に見えたからだ。

 

 正直、ジーナとの付き合いは長いが、そのような事を言われたのは初めてだった。

 

「当たり前だ。こんな所でくたばるつもりはないさ」

 

 そう言って、オーギュストは笑いながら肩を竦める。

 

 バーミンガムに集結した共和連合軍が動き出した。と言う報告が舞い込んだのは、それから程無くの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーミンガムを発した共和連合軍はついに、長年の宿敵、北米解放軍との雌雄を決すべく行動を開始した。

 

 攻撃の主力を成すザフト軍は、真っ直ぐにジャクソンヴィルを目指して南下するのに対し、支援役のオーブ軍は、やや西寄りに迂回気味の進路を取って、同じくジャクソンヴィルを目指している。

 

 空を圧して、大軍が北米解放軍の拠点を目指していく。

 

 だが、進撃して暫くすると、各軍に所属する兵士達は、怪訝な思いを抱くようになり始めた。

 

 敵が、出てこない。

 

 てっきり、解放軍による激しい抵抗がある物と予想していた彼等だったが、とうの北米解放軍は、ただの1機も姿を現そうとしない。

 

 一体何が起こっているのか?

 

 あるいは、敵はこちらに恐れをなして逃げ去ったのか?

 

 そんな思いが、兵士達の間で飛び交うようになり始めた。

 

 やがて、目指すジャクソンヴィルが視界の中に入り始める。

 

 この分なら、無血での占領も有り得るか?

 

 誰もが楽観的にそう思い始めた時。

 

 突如、ジャクソンヴィルから延びてきた巨大な閃光が、ザフト軍の隊列を斬り裂いて行った。

 

 驚く間も無く、複数の機体が空中で吹き飛ばされる。

 

 やがて、地下構造となった格納庫の中から、巨大な悪魔が姿を現す。

 

 通常も機動兵器よりもはるかに上回る巨体を誇る機影。

 

 その機体各所には、多数の砲門が突き出ているのが見える。

 

「で、デストロイ・・・・・・・・・・・・」

 

 震えを含んだ誰かの声が、通信に乗って聞こえてくる。

 

 その頃になってザフト軍はようやく、自分達が罠の中に誘い込まれたのを悟る。

 

 しかし、もはや手遅れだった。

 

 

 

 

 

「まさか、デストロイ級まで隠し持っているとはな」

 

 モニターの中の映像を見ながら、シュウジは唸るように呟く。

 

 そこでは、突如現れたデストロイ級の高火力を前に、蹂躙されていくザフト軍の姿が見える。

 

 成程、これが最終決戦と言うだけの事はある。敵も味方も、持てる力を振りしぼって投入しているのだ。

 

「正確には、X-2「ジェノサイド」です。数は8機。その後方から解放軍本体も接近中です!!」

 

 ジェノサイド。

 

 16年前のカーディナル戦役で大西洋連邦が戦線投入したデストロイ級機動兵器。飛行機能と可変機能を初めから諦め、ホバー走行による機動性確保と火力の増強に重点を置いた機体だ。

 

 特に欧州戦線で猛威を振るい、その圧倒的な攻撃力はスカンジナビア王国を崩壊に追い込み、共和連合軍の欧州派遣軍をも壊滅させた恐るべき機体である。

 

 それが8機。

 

 元々、北米解放軍の前身とも言うべき大西洋連邦軍が開発した機体である為、彼等が持っていたとしても不思議はない。

 

 骨董品と馬鹿にすることもできないだろう。恐らく、解放軍が使う他の機体同様、徹底多岐なブラッシュアップが施され、現代でも通じる性能に強化されているはずだ。

 

 現に、群がるザフト軍は、ジェノサイドの威容に圧倒あれ、殆ど抵抗らしい抵抗は何もできずに撃破されていく。

 

 やはり、以前ムウがハワイで言った通り、デストロイ級を相手に下手な物量投入は、却って混乱と被害の拡大を招くだけのようだった。

 

 デストロイを撃破する手段はただ一つ、精鋭部隊の集中投入以外にありえない。

 

「艦長、司令部からの命令が来ましたッ 読みます。『大和隊はただちに艦載機を発進、敵、デストロイ級機動兵器を撃滅せよ』!!」

 

 リザの声を聞き、シュウジも深く頷きを返す。

 

 オーブ軍司令部の方でも、あのデストロイ級が脅威である事は認識しているらしい。

 

 シュウジとしても、その判断に異論はなかった。

 

 

 

 

 

 背中に巨大な剣を背負ったセレスティが、開ける視界の向こうを凝視しながら発進の時を待っている。

 

 コックピットの中でヒカルは不思議と、落ち着き払った気分でいる事に気付いた。

 

 敵はジェノサイドが8機。規模としては間違いなく、過去最悪の敵である。

 

 にも拘らず、ヒカルの中では恐ろしいと思う心は全くなかった。

 

 これまで多くの実戦を経験し、その全てに生き残って来たヒカル。その実績が、ヒカルの中で大きな自信へとつながっているのだ。

 

 と、

 

《ヒカル君ッ》

 

 サブモニターに、オペレーターをリザの幼さの残る顔が映った。

 

「リザ、どうかしたのか?」

《うん、あのさ、ノンちゃんの事なんだけど、ヒカル君、あの子の事ちゃんと見ていてあげてね》

 

 ノンちゃん、と言うのはリザが使っているカノンに渾名である。初めに聞いた時は、また珍妙なあだ名を付けたものだと呆れてしまった。

 

 ヒカルは首をかしげる。なぜ、リザがいきなりそんな事を言いだしたのか、理解できなかったのだ。

 

「別にかまわないけど、急に何だよ?」

《何でも良いからッ 約束だからねッ じゃ、頑張って!!》

 

 そう言うと、一方的に通信は切られてしまった。

 

 あとには、怪訝な顔付のヒカルだけが残される。

 

「・・・・・・何だったんだ、いったい?」

 

 まあ、リザに言われるまでも無く、カノンの事はしっかり守ってやろうと決めている。それが、ハワイを出航する時にラキヤと交わした約束でもある。

 

 やがてカタパルトに灯が入り、発進準備が整えられる。

 

 眦を上げるヒカル。

 

 そうだ、自分はカノンを守り、仲間を守り、そして再び勝利してここに帰ってくる。

 

 それが、この部隊における自分の役目だった。

 

「ヒカル・ヒビキ、セレスティ行きます!!」

 

 弾けるような加速と共に、セレスティの機体は蒼空に打ち出される。

 

 PS装甲に灯が入り、8枚の蒼翼が雄々しく広げられる。

 

 次の瞬間、ヒカルはスラスターを吹かして、砲火飛び交う戦場へと身を躍らせて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカル達が戦場に到着すると、そこは既に圧倒的な光景が展開されていた。

 

 数に恃んで攻勢を仕掛けようとするザフト軍に対し、ジェノサイドはその圧倒的な砲撃力で迎え撃っている。

 

 ザフト軍の攻撃は、全てジェノサイドのリフレクターに阻まれるのに対し、ジェノサイドの攻撃は容赦なくザフト軍機を薙ぎ払っていく。

 

 3機のハウンドドーガが、ジェノサイドの後方から攻撃を仕掛けるべく接近していくのが見える。

 

 しかし次の瞬間、ジェノサイドの背中に無数に開いた「眼」が瞬き、吹きだした閃光がハウンドドーガを一瞬で吹き飛ばしてしまった。

 

 イーブルアイと呼ばれるこの対空用の武装は、他のデストロイ級機動兵器には無い装備であり、背後から接近を試みる敵を返り討ちにするための物である。

 

 高い地上走行能力に加えて死角が無い砲配置こそが、ジェノサイドの特徴である。

 

 このままではザフト軍は、ジェノサイドの相手をするだけで戦力を消耗し尽くしてしまう事になりかねない。

 

「下がれ!!」

 

 ヒカルはオープン回線で吠えると、セレスティをフルスピードまで加速させる。

 

 同時にティルフィング対艦刀を抜刀、ジェノサイドに斬り込んで行く。

 

 ジェノサイドの方でもセレスティの接近に気付くと、左手を振り上げて指先の5連装スプリットビームガンを向けてくる。

 

 だが、

 

「遅い!!」

 

 叫ぶと同時に駆け抜けたセレスティは、放たれる5本のビームを捻り込むような機動で回避する。

 

 同時に振るわれたヒカルの剣が一閃、ジェノサイドの腕を斬り飛ばした。

 

 その段になって、ジェノサイドの側もセレスティが容易ならざる敵であると気付いたのだろう。ホバー機能で距離を置きながら、迎え撃つ体勢を整えようとする。

 

 しかし、

 

「逃がすか、よ!!」

 

 8枚の蒼翼をいっぱいに羽ばたかせたセレスティは追撃を掛ける。

 

 一気に距離を詰めると、ティルフィングを横なぎに一閃。ジェノサイドの装甲を真横に斬り裂く。

 

 ジェノサイド側は、迫るセレスティから必死に逃げようと後退を掛けているが、既に遅い。

 

 ヒカルはフルスピードで距離を詰めると、構えたティルフィングでジェノサイドの胴を袈裟懸けに斬り裂く。

 

 その一撃で、ついに動きを止めるジェノサイド。

 

 やがて、その巨体は炎を上げて崩壊していった。

 

 

 

 

 

 3機のリアディスはフォーメーションを組むと、ジェノサイド目がけてビームを撃ちかける。

 

 放たれる閃光は、しかし陽電子リフレクターに阻まれ弾かれる。

 

 並みの遠距離攻撃では歯が立たない事は、既に数多くの戦訓によって実証済みである。

 

「なら、これで!!」

 

 元気な声と共に、カノンはリアディス・ドライが持つ全武装を展開する。

 

 火力においてはセレスティF装備をも上回る攻撃だが、やはりジェノサイドが相手では分が悪く、放った砲撃はリフレクター表面で花火のように空しく弾けるだけだった。

 

 だが、元よりカノンも、ここまでは承知の上で攻撃している。

 

「本命は、こっちってな!!」

 

 言い放つと同時に、ミシェルはセレスティの両手にムラマサ対艦刀を構える。

 

 同時にスラスターを全開にして、ジェノサイドへ飛びかかって行く。

 

 リアディス・ツヴァイの接近に気付いたジェノサイドが、首を回して睨んでくる。どうやら、後部のツォーンを用いて迎撃するつもりらしい。

 

 しかし、それはできなかった。

 

 その前に飛来した閃光が、一撃でジェノサイドの頭部を吹き飛ばしてしまったのだ。

 

 見れば、高機動を発揮したレオスのリアディス・アインが、攻撃の為に解除されたジェノサイドのリフレクターの隙間を縫うようにして、ライフルによる攻撃を敢行したのだ。

 

 チャージ中のエネルギーがフィードバックし、内部が大きく損傷するジェノサイド。

 

 その隙に、ミシェルは距離を詰めた。

 

「喰らえ!!」

 

 振るわれる双剣は、ジェノサイドの胸部装甲を交差するように斬り裂く。

 

 深々と斬り裂かれた傷跡から爆炎が踊る。

 

 やがて、ジェノサイドの機体はゆっくりと崩れ落ちて言った。

 

 

 

 

 

 経験と言うのは、やはり大きかった。

 

 ヒカルは一度、ハワイで航空可変型のデストロイを打ち破っている。

 

 それ故に、飛んでくる多数の火線をものともせずに突き進む事ができるのだ。

 

 セレスティを駆るヒカルは1機目のジェノサイドを倒した後、蒼翼を羽ばたかせて次の機体へと目標を移していた。

 

 ジェノサイドの方でも、ありったけの火力を集中してセレスティの接近を阻もうとしている。

 

 しかしヒカルは、セレスティの蒼翼を羽ばたかせて全ての攻撃をすり抜けると、肩からウィンドエッジビームブーメランを抜き放ち、ブーメランモードで投擲する。

 

 旋回しながら飛翔するブーメラン。

 

 その刃は、ジェノサイドの肩から突き出したアウフプラール・ドライツェーン2門を一緒くたに斬り捨てる。

 

 戻ってくるブーメラン。

 

 それをヒカルはキャッチすると、刃を伸長してサーベルモードにする。

 

 右手のティルフィング対艦刀、左手のウィンドエッジで、変則的な二刀流を構えるセレスティ。

 

 残った砲門を開こうとするジェノサイドに、ヒカルは一気に接近した。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 鋭い気合いと共に、ヒカルはティルフィングを一閃、ジェノサイドの装甲を斬り裂く。

 

 更に、返す刀で今度はウィンドエッジを一閃、内部機構に致命傷を与える。

 

 爆炎を上げて倒れていくジェノサイド。

 

 その炎を背にしながら、ヒカルは近付こうとしたグロリアスを、振り向きざまに一閃したティルフィングで斬り捨てる。

 

 どうやら、ジェノサイド隊の不利を見越した解放軍の本隊も、慌てて掩護に駆け付けたらしい。複数の機影が向かってくるのが見える。

 

 しかし共和連合側も、ヒカル達の活躍によって体勢を立て直して反撃に移っている。

 

 複数の機体がジェノサイドに取り付き、その他の部隊は解放軍本隊の権勢に当たっている。

 

 状況は一進一退。

 

 共和連合軍と北米解放軍は、互いに一歩も譲らないまま対峙を続けている。

 

 その一方で、ジェノサイド部隊の残る5機は、損傷を負いつつも一カ所に集結しようとしている。そこで火力の集中を図るのが狙いのようだ。

 

 デストロイ級に火力を集中されると、流石に厄介である。

 

「そうはさせるかよ!!」

 

 敵の意図に気付き、ヒカルは機体を反転させる。

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、

 

 無数の閃光が天空から降り注ぎ、集結しようとしていたジェノサイドを撃ち抜いていく。

 

 ジェノサイドの方でも、突然の攻撃を前にして成す術がない。次々と撃ち抜かれ、爆炎を上げて破壊されていく。

 

 圧倒的、

 

 と言う言葉すら、どこかに置き去りにしたような光景に、誰もが言葉も出ないでいる。

 

 そんな中で、1機のモビルスーツが、場を圧倒するようにゆっくりと舞い降りてくる。

 

 白銀の装甲と翼を持った美しい機体は、あれだけ圧倒的だったジェノサイドを全て、一瞬で破壊し尽くし、周囲を睥睨している。

 

「これより、戦闘に加入。共和連合運を掩護します」

 

 そのコックピットに座したまま、

 

 仮面の少女、

 

 ユニウス教団では「聖女」と呼ばれている少女は、低い声で呟いた。

 

 

 

 

 

PHASE-28「雷火の剣閃」      終わり

 


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