機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
互いの拠点の距離が離れている場合、攻撃の主体となるのは航空機と言う事になる。
特に今回の場合、オーブ軍、北米解放軍双方に早期決着の意志がある。
オーブ軍は、ザフト軍の進軍支援が本来の目的である事を考慮すると、早めに合流する事が望ましい。それ故に、どうしても進軍速度は速くなりがちである。
一方の解放軍側の思惑としては、主攻撃目標として、オーブ軍よりもザフト軍の方に重点を置いている。そう言う意味で、対峙するオーブ軍の撃退を急ぎたいところである。
お互いに時間は掛けていられない、と言うのが双方の奇妙に一致した認識である。
そのような思惑のぶつかり合いから両軍の戦闘は、互いに飛行型のモビルスーツ多数を繰り出しての戦闘となっていた。
入り乱れるストレーキが蒼穹に縦横の文様を描き、そこに時折、爆炎の花が開く。
まるで巨大な白い大樹が空いっぱいに枝を伸ばし、炎の花を咲かせている家の如き光景である。
両軍が激突したのは、旧テキサス州とルイジアナ州の境界線付近だった。
進軍するオーブ軍の動きを察知した解放軍は、待機していた迎撃部隊を一斉出撃させていた。
イザヨイが高速で駆け抜け、モビルスーツに変形すると同時に手にしたライフルを斉射、群がるウィンダムを撃墜する。
かと思えば、数に勝るグロリアスが、旧大西洋連邦軍以来の伝統的な連繋戦術を駆使して1機のイザヨイを追い詰め屠っている。
戦線を迂回してオーブ軍橋頭堡を狙おうとするレイダー部隊がいるが、そうはさせじと追いすがったイザヨイが食らいつく。レイダーは拠点攻撃用の重装備だったせいもあり、軽快な機動性で迫るイザヨイに手も無くひねられていく。
互いに一歩も退かずに行われる激戦が、北米大陸上空で繰り広げられていた。
その戦況の様子を、後方から指揮するオーギュストは冷静な眼差しで眺めていた。
「流石は音に聞こえたオーブ軍の精鋭。だが、まずは、こちらが有利と言ったところか」
オーギュストの見たところ、オーブ軍も奮戦しているが、それでも「善戦」といったレベルである。戦場全体として見た場合、数に勝る解放軍の方が有利だった。
ただ、楽観はできない。時間はオーブ軍の味方である。
時間が経てばオーブ軍はザフト軍の援軍が期待できるのに対し、解放軍は包囲網が狭められてしまう。
勝負を急ぎたいのは、むしろ解放軍の方だった。
「予備隊の投入を行いますか?」
「いや、まだ早い」
幕僚の進言を、オーギュストは冷静に退ける。
解放軍には、未だに潤沢な量の予備隊が存在している。それらを投入すれば、オーブ軍の三倍近い兵力となり、数で圧倒できるだろう。
しかし今から予備隊を投入しても、戦力過剰となっていたずらに飽和状態を作り出してしまう。そうなると指揮にも混乱を来すだろう。そうなると、無駄に戦場を泥沼化させる事になりかねない。
予備隊を投入するなら、もう暫く状況が動くのを待つ必要がある。
いずれにせよ、戦況は解放軍優位に進んでいる。このまま行けば、現有戦力でも十分に押し切れるとオーギュストは計算していた。
2
「こいつは、ちょっとばかし、まずったかもな」
ミシェルは父親譲りの癖のある金髪を掻き上げながら、舌打ち交じりに呟いた。
彼の視線の先には、戦況を写したパネルが投影されている。
既にオーブ軍本隊も解放軍との交戦を開始し、作戦は動き出している。
にも関わらず、その作戦は初手から躓こうとしていた。
「連中の海上防衛網が、ここまで強固だったとは・・・・・・」
ミシェルが向ける視線の先では、偵察機が持ち帰った画像が映し出されている。
そこには、解放軍のおびただしい数の艦隊が映し出されている。
大和は今、本隊から離れて、海上からフロリダ半島へ強襲を掛ける機を伺っているのだが、敵もさるものと言うべきか、海上にまで水も漏らさない防衛ラインを敷いて待ち構えていた。
艦隊に加えて、モビルスーツも多数確認されている。とても、大和1隻の戦力でで強引に突破できる数ではなかった。
「我々を、というよりは、ジブラルタルから来るザフト軍の本隊を迎え撃つ為の兵力だろうな」
壁際の椅子に座っていたシュウジが自分の意見を述べた。
確かに、オーブ軍の大半はメキシコ湾沿岸を沿うようにして陸上を進軍している。海上を警戒する必要性は低いだろう。それよりも、ジブラルタルから来るザフト軍本隊を警戒している、と考える方が自然だった。
解放軍はオーブ軍とザフト軍、双方を同時に相手取る為の布陣で挑んできたとも考えられる。
「じゃあ、連中を俺達の方に引きつけられれば、ザフト軍の進撃も容易になるって事じゃないですか?」
「だが、この兵力差だ。そう簡単にはいかんだろ」
イザヨイ隊パイロットが発した発言に対し、ミシェルは難しい顔のまま答える。
兵力差がありすぎる。ミシェルの言う通り、正面からぶつかれば、こちらが砕けるのは目に見えていた。
しかし、このまま手を拱いていたのでは、遊撃部隊としての名折れである。ここはどうにか敵の防衛ラインを突破して、フロリダに肉薄したいところである。
大和の防御力と火力を持って強引に突破する案も無くは無いのだが、それでは万が一、大和が重大な損害を追った場合、敵の包囲網を逃れる事ができなくなってしまう事になりかねない。現状ではリスクが大きすぎた。
その時だった。
「あの、良いですか?」
挙手をしたのは、最後列に座るヒカルだった。
「うん、何だ?」
今は僅かでもアイデアが欲しいミシェルは、ヒカルの発言を許可する。
それを受けヒカルは、隣に座るカノンとレオスが意外そうな眼差しで見上げる中、立ち上がって発言した。
「今回の作戦、ようは敵に奇襲をかける事ができれば良い訳ですよね?」
「まあ、そうだが・・・・・・何かあるのか?」
いぶかしげに尋ねるミシェル。ヒカルが何を言い出すのか、興味が湧いて来たといった感じである。
それに対してヒカルも、自信ありげな表情で頷きを返した。
「この間、ハワイに行った時に積み込んだセレスティの新装備。あれを使えば、もしかしたら行けるかもしれません」
結局その後、特に代替案もないと言う事で、ヒカルの意見が採用となった。
作戦はヒカルがセレスティで先発し、その後、ミシェルが率いる本隊が出撃、敵の目を引いているうちにヒカルが強襲を仕掛けると言う事になった。
パイロットスーツに着替えたヒカルは、具合を確かめるとヘルメットを手に取る。
初めの頃は体に密着するスーツの感触になかなか慣れなかったが、今では自分の体とほぼ同じように動かせる感触が体に馴染んでしまっていた。
思えば、このスーツが着慣れるようになる程度には、戦い続けてきたという事だろう。つい数か月前までは、考えもしなかった事である。
着替えを終えて格納庫に向かうべくロッカールームを出るヒカル。
そこでふと、足を止める。
扉をあけるとすぐ目の前に、壁に寄り掛かるようにしてカノンの姿があったからだ。
「どうしたんだよ、カノン? お前も早く準備しろって」
怪訝な顔つきになって、ヒカルは幼馴染の顔を見る。
作戦では、カノンは本隊の所属となる。特に彼女のリアディス・ドライは部隊の火力支援として重要な位置づけである。遅延は許されない。
だが、カノンは真剣な眼差しでヒカルを見て言った。
「ねえ、ヒカル。やっぱりこんな作戦、危ないよ。やめた方がいい」
普段は強気なカノンらしからぬ後ろ向きな発言に、ヒカルは一瞬、次の言葉に迷った。まさか、カノンからそのように言ってくるとは思わなかった。
「いや、もう決まった事だろ。今更やめられる訳ないだろうが」
「そうだけど」
カノンは強い口調で言いつのってくる。
「何だかこれじゃあ、ヒカルにばっかり負担を押し付けてるみたいじゃん」
そう言って、顔を伏せるカノン。
対してヒカルは嘆息気味に苦笑を洩らすと、やや大げさに肩をすくめて見せた。
「おいおい、リィス姉がいなくなったと思ったら、今度はお前かよ。俺ってどんだけ頼りない訳?」
リィスが姉として、弟の自分を心配してくれる気持ちは理解できたが、こんどはそれが幼馴染に伝染するとは思っても見なかった。
「ヒカル、あたしは真面目に・・・・・・」
「分かってるよ」
そう言うとヒカルは、食ってかかろうとするカノンに笑いかけて制する。
「俺は大丈夫だから」
そう言って伸ばした手が、カノンの頭を優しく撫でる。
「今までだって何とかなったんだ。今度だった、絶対うまくいくさ」
「それは・・・・・・そうだけど・・・・・・けど・・・・・・」
「けど、何だよ?」
「何だか、今回はすごく嫌な予感がするの」
この言葉も、普段のカノンからは聞く事ができないような事である。
自慢する訳ではないが、あの、北米統一戦線のハワイ襲撃以来、ヒカルとカノンは多くの戦闘に参加してきた。その量はオーブ軍の中でも有数と言って良く、そういう意味では2人とも「ベテラン兵士」と称して良いだろう。
絶望的な状況も何度か切り抜けており、それは2人の中で確かな技術と自信に繋がっている。
しかし、そんな中でカノンが感じる「不安」。
それは、彼女自身が感じている、直感のような物なのかも知れなかった。
そんな幼馴染の様子を見て、ヒカルは、
「ていッ」
「ふにッ!?」
手を伸ばし、いきなりカノンの鼻を摘まんだ。
突然の事で、間の抜けた声を発するカノン。それが可笑しかったのかヒカルは笑ってしまう。
「心配するなって。それより、お前の方こそ早く着換えろよ。早くしないとミシェル兄に怒られ・・・・・・」
言いかけて、ヒカルはカノンがうつむいたまま、肩を震わせている事に気がついた。
キッと顔を上げるカノン。
怒りを込めた幼い瞳が、ヒカルを真っ向から睨みつける。
「ヒカルの、馬鹿ァァァァァァ!!」
怒りの声と共に、その小さな体を跳躍させるカノン。
次の瞬間、鋭いドロップキックを腰に受け、ヒカルは固い廊下へと撃沈された。
リフトアップするセレスティ。
その手には普段のビームライフルよりも大型のライフルが把持され、肩と腰にはランチャーが増設されている。
脚部と背部にも大型の推進機が取り付けられている。背部の推進機は同時に鞘の役割も兼ねており、ハードポイントには対装甲実体剣が取り付けられている。
M装備と呼ばれるこれらはハワイに寄港した際に受領したものだが、その特異性ゆえにヒカル自身、使う事はあまりないだろうと思っていた装備である。
まさか、このような形で日の目を見るとは思っても見なかった。
とは言え、今のヒカルの懸案事項はそこではない。
「イテテテ・・・・・・あいつ、本気で蹴りやがって・・・・・・」
カノンに蹴られて痛む腰を、尚も抑える。
出撃前だと言うのに、骨が折れると思ってしまった。これで作戦失敗でもしたら笑うに笑えないところである。
とは言え、少しからかいすぎたと言う自覚もヒカルにはあった。
カノンは本気でヒカルの事を心配してくれていたのだ。
いつもは妹のように思い、子供だ子供だと思っていたカノンから心配されるという事態が妙に照れくさくて、あんなふざけた態度を取ってしまったが、彼女の気遣いには素直に感謝している。
それに、カノンの「直感」も、あながち無視できない。
これから始まるのはいよいよ、宿敵とも言うべき北米解放軍との決戦である。ヒカルとしても気持ちが高ぶるのを自覚出来ていた。
ハッチが開き、カタパルトに灯が入る。
眦を上げるヒカル。
敵は北米解放軍。
今こそ、北米における戦いにケリを付ける時が来たのだ。
「ヒカル・ヒビキ、セレスティ、行きます!!」
コールと同時に、勢い良く機体は射出された。
2
ジーナ・エイフラムは、解放軍水上艦隊を率いてメキシコ湾の警戒ラインを担当していた。
普段はオーギュスト・ヴィランとコンビを組んで行動する事が多い彼女だが、今回は多方面から敵が来ていると言う事もあり、それぞれの敵に対応する為、オーブ軍本隊を迎え撃つべく出撃したオーギュストとは別に、ジーナは海上から接近を試みているオーブ軍の別働隊と、ジブラルタルから迫るザフト軍本隊に備えていたのだ。
今一歩の所でモントリオール陥落を逃したジーナ達にとって、オーブ軍は忌々しい事この上なかった。
念願とも言うべき祖国解放まで、指が掛かる所まで来ていたと言うのに、それを妨げられた事は痛恨以外の何物でも無い。
正直、無駄な抵抗をする連中をさっさと排除して、早くモントリオールの戦線に戻りたい、と言うのがジーナの心境だった。
「オーブ軍戦艦、尚も接近してきます!!」
オペレーターの報告を聞いて顔を上げると、見覚えのある戦艦が真っ直ぐに防衛ライン目指して進軍してくるのが見えた。
「・・・・・・・・・・・・因縁って言うのは、こういう事を言うんでしょうね」
自嘲気味に呟きを漏らす。
オーブ軍の戦艦大和とは、これまで何度も激突を繰り返しながら、ついに双方とも互いを討ち取る事の出来ないまま、決戦の地であるこの場所まで来てしまった。
ある意味、忌々しいオーブ軍の象徴とも言うべき戦艦である。
「モビルスーツ隊発進。迎撃開始しなさい!!」
鋭い声で命じるジーナ。
ある意味、ここでの相手があの戦艦であったことは、ジーナにとって僥倖だったかもしれない。これで思う存分、鬱憤を叩き付ける事ができるだろう。
「見ていなさいよ。このメキシコ湾を、あんたの墓場にしてやるわ」
交戦の意欲を隠しきれない双眸は、モニターの中の巨大戦艦を真っ直ぐに見据えて離さなかった。
発進した大和隊は、複数の編隊を組んで解放軍の艦隊へと迫って行く。
その先頭を突き進むのは、赤いリアディス。ミシェルのツヴァイである。
既にミシェル機も含め、北米統一戦線との戦闘で損傷を負った機体の修復は完了している。全力発揮には何の問題も無かった。
「良いか、俺達の目的は、あくまでもヒビキ三尉の作戦が成功するまでの時間稼ぎだ。各機共、無理せず自分の身を守る事に専念しろ!!」
ミシェルの訓示が一同に飛ぶ。
今回の敵は、少なめに見てもこちらの10倍近い。そこに突っ込んで行くのだから、無理な力攻めは即撃墜に繋がる。
誰もが英雄になれるわけではないし、今は英雄を目指す時でもない。
1人の英雄が戦局を変える時があれば、10人のプロフェッショナルが戦局を支える時もある。今必要なのは、確実に後者だろう。
ならば自分達は、プロフェッショナルの軍人らしく与えられた任務を忠実にこなす必要がある。
《レオス、調子は大丈夫か?》
「はい。何とか慣れてきました!!」
ミシェルの問いかけに、レオスはやや声を上ずらせながら答える。
レオスは今回の出撃から、この間までリィスが使っていたリアディス・アインを任されて出撃している。
青い装甲を持つ機体は、左右いっぱいに広げたスタビライザーに風を受けて飛翔している。
大和隊の中では新参のレオスだが、その高い操縦技術を認められ、最新鋭機であるリアディスを使う事を一同が認めたのである。
その時、水平線上に一斉に機影が浮かぶのが見えた。
「来るぞッ!!」
ミシェルが警告の叫びを発した瞬間、
大気を斬り裂いて無数の閃光が海面上を疾走してきた。
散開する大和隊各機。
同時にイザヨイは人型に変形して応戦、3機のリアディスもそれぞれの武装を抜き放つ。
その中で緑色のリアディス、カノンの操るドライは、ホバー走行で海面を疾走しながら解放軍の防衛ラインへと迫った。
「行くよ!!」
ビームガトリング、ビームキャノン、ビームライフル、ミサイルランチャーを一斉展開するリアディス・ドライ。
火力だけならセレスティのF装備をも上回る武装で、一斉攻撃を仕掛ける。
たちまち、直撃を受けたグロリアスやウィンダムが弾け飛び、炎に包まれる様子が見て取れた。
その火力をすり抜けて、ドライに向かってくる機体もある。
対してカノンは、その攻撃をシールドで防ぎながらライフルで応戦、コックピットを撃ち抜いて撃墜する。
「ヒカルを守る為なら、あたしだって!!」
今も1人、潜航している幼馴染の事を思い、カノンはトリガーを引き続ける。
その胸に、抱くほんの小さな思いにも気付かないまま。
「フラガ隊、戦闘を開始しました。現在までのところ喪失機無し。全機、健在です」
リザからの報告を聞き、大和の艦橋に軽い歓声が起こる。
作戦第一段目は、取りあえず成功と見ていいだろう。
「だが、問題なのはこれからだ」
冷静な声で一同をたしなめるように発したのは、艦長席のシュウジである。
まだ作戦の入口に手を掛けただけ。本当の作戦はここからである。
全ては、ヒカルの働き如何に掛かっていると言っても良かった。
「よし、ヒビキ三尉にばかり負担を背負わせる事は無い。彼を支援し作戦を容易にするために、我々も前に出るぞ」
「了解!!」
図体のデカい大和が前に出れば、敵の目を引き付ける効果が期待できるだろう。そうなれば、ヒカルもより動きやすくなる筈だった。
シュウジの命令を受け、操舵手のナナミが艦を前進させるべく舵を取る。
後部の大型スラスターを噴射し前進を開始する大和。
案の定と言うべきか、その姿に目を付けた一部の解放軍部隊が大和を目指して群がってくるのが見える。
「敵ウィンダム、及びグロリアス多数、接近してきます!!」
リザからの報告を受け、眦を上げるシュウジ。
「取り舵一杯!! 主砲、副砲、並びにイーゲルシュテルン、砲撃準備ッ 進路を北に向けつつ敵機を牽制しろ!!」
シュウジの命令に、ナナミは舵輪を取り舵に切る。
艦首を左に向ける大和。
そこへ、敵機が殺到してくる。
その姿を、シュウジは正面から見据える。
「全砲門、撃ち方始め!!」
次の瞬間、上空に向けられていた大和の砲が、一斉に火を噴いた。
北米統一戦線相手では、敵の戦力が少なすぎて戦艦としての出番は殆ど無かった大和だが、ここに来て久しぶりの戦闘参加である。
唸りを上げる砲撃が、接近を図ろうとする解放軍機を捉え、弾幕に絡めて撃墜していく。
敵の攻撃は、シュウジの指示を受けて的確に回避行動を行うナナミによって回避されて殆ど用を成さない。
オーブ軍は少数ながらも、長い戦いで得た実戦経験を縦横に駆使して解放軍と互角以上に渡り合っていた。
その頃、海中深く1機のモビルスーツが、戦場とは離れて先行していた。
通常、水中用モビルスーツとは水の抵抗を極限する為、流線形を多用し丸みを帯びた形になるのが常である。
しかしその機体は、通常のモビルスーツのようにしっかりとした人型をして、背中には明らかに飛行用と思われる翼まである。
セレスティMは、水中戦を想定した装備である。
武装はフォノンメーザーライフル1機と、両肩、両腰に計4基装備した6連装魚雷ランチャー、そして背中には接近戦用の対装甲実体剣を装備している。
背中と脚部には水中用の推進器を備え、シールドにも小型の推進器が内蔵されている。これは方向転換用である。
「・・・・・・始まったか、急がないと」
腕時計を見ながらヒカルは呟いた。
今頃、本隊は戦闘を開始している頃だろう。
ミシェル、レオス、リザ、ナナミ、シュウジ
それぞれの顔が思い浮かべられる。
みんなと戦っている時は、こんな心細さは感じなかった。
無論、これから向かう戦いへの恐怖は、ヒカルの中には無い。
だが、皆と戦っている時は互いをフォローし合い、助け合いながら戦った。
だからこそ、強敵とも言うべきレミリア相手にも互角以上に戦う事ができたのだ。
「・・・・・・・そう言えば、あいつは無事かな?」
自分達の追撃の手を振り切り、宇宙へとのがれたレミリア。その行方は未だにつかめていない。
結局、判り合えないまま砲火を交え、そして離れ離れになってしまったヒカルとレミリア。
もっと、話し合いたかったと言う後悔は、ヒカルの中にどうしても残ってしまっていた。
「・・・・・・・・・・・・」
勢いよく首を振る。
今は作戦行動中だ。余計な事を考えている場合ではない。
それに、カノン。
出撃前に見た、少女の珍しく弱気な態度が、どうしてもヒカルの中で強く印象として残っている。
自分の身を案じてくれる幼馴染の為にも、何としても作戦を成功させ、生きて帰らなくてはならない。
やがて、予定ポイントに到達する。
頭上には洋上展開する解放軍艦隊。更に、それを護衛する水中用モビルスーツ、フォビドゥンの姿もある。彼等を急襲するのがヒカルの任務だ。
「行くぞ!!」
叫ぶと同時に、ヒカルはフォノンメーザーライフルを持ち上げ、発射する。
この攻撃を、解放軍側は全く予期していなかった。
敵は空から来る。そう思い込んでいた彼等にとって、水中から奇襲を受ける事は、完全に想定外だったのだ。
放たれたライフルが3機のフォビドゥンをたちまち貫き、水中で爆散させる。
浅海面に布陣し、尚且つ油断していた事もあり、どの機体もゲシュマイディッヒパンツァーを展開していなかった事が完全に災いしていた。
たちまち、吹き飛ばされる、水の中で衝撃波をまき散らして破壊される機体が続出する。
更にヒカルは、両肩と両腰の魚雷ランチャーを展開、合計24発の魚雷を一斉発射する。
航跡を引きながら海中を疾走する魚雷。その全てが、新型の
いかに物理衝撃を無効化するPS装甲でも、内部まで無敵になる訳ではない。
魚雷着弾の衝撃に耐えきれず、フレームがひしゃげる機体。更に、機体その物は無事でも、中にいるパイロットが衝撃で意識を失う者が続出する。
その頃になって、ようやく反撃を開始する解放軍。
フォビドゥンはゲシュマイディッヒパンツァーを展開しつつ、フォノンメーザー砲や魚雷をセレスティ目がけて撃ち放っていく。
その様子を、ヒカルは正面から見据えて挑みかかる。
「来たなッ けど!!」
増設された水中用スラスターを全開。攻撃を回避しにかかる。
速い。
従来の水中用モビルスーツを遥かに上回る機動性を発揮するセレスティ。とても、本来は空中戦型の機体であるとは思えない機動力である。
反撃とばかりに、自発装填完了した魚雷を放っていく。
ゲシュマイディッヒパンツァーを展開された以上、フォノンメーザー砲は効果が薄い。それよりも、魚雷による攻撃を多用するべきと考えたのだ。
放たれる魚雷が再びフォビドゥン部隊を襲い、多くの機体を爆散させていく。
時折、機体を掠める程きわどい攻撃が襲ってくるが、そこは左手に持ったシールド内蔵型スラスターを噴射して急転回し回避する。
解放軍の攻撃は、全くと言って良いほどセレスティを捉える事ができずにいる。
水中の戦場は奇襲が功を奏し、完全にヒカルの独壇場と化していた。
護衛部隊が壊滅的な被害を受けつつある事は、すぐに解放軍艦隊司令部の下にももたらされた。
その報告には、ジーナも思わず目を剥く。
「そんな馬鹿な・・・・・・・・・・・・」
呆然とした呟きを漏らすジーナ。
これまで、オーブ軍はあまり水中用機動兵器の開発に積極的ではなかった。彼等の主戦力は主に空と宇宙であり、海から来る敵も空からの攻撃で対応した方が有利、とオーブ軍では考えていたからである。
当然、ジーナもその情報に基づいて迎撃計画を立てて、これまでのところ上手く運んでいた。
それが、たった1機の水中用の機体によって破綻しつつあった。
いったい、どんな機体が来たのか?
そう思った次の瞬間、
「敵機、浮上します!!」
フォビドゥン部隊の掃討をほぼ終えた敵機が、水面下から姿を現した。
同時に、不要になった水中用装備をパージ、8枚の蒼翼を広げて見せる。
「『羽根付き』ッ あいつが!!」
解放軍内で通称となった「羽根付き」。セレスティが再び自分達の作戦を阻もうとしている事実に、ジーナは身が斬れんばかりの怒りをあらわにする。
とっさに踵を返すジーナ。
その間に、セレスティを操るヒカルは艦隊に対する攻撃を開始する。
フォノンメーザーは、本来は水中で使ってこそ最大限の威力を発揮する武器だが、大気中でも使えない訳ではない。
ライフルを振り翳して、セレスティが駆逐艦に照準を合わせる。
「俺はまだ、父さんのように戦う事はできない。だからッ!!」
出撃の前、姉から聞かされた父、キラの戦いぶり。
敵の命を奪わず、不殺を貫くような戦い方は、高い技術力と強い信念があって初めて可能になる神業である。残念ながら今のヒカルには、そのどちらも備わっているとは言い難い。
だからこそ、今はただ、勝つ為に敵を殺さなくてはならない、と言う現実にあがきながら戦うしかなかった。
発射したフォノンメーザーライフルが駆逐艦のブリッジを吹き飛ばす。
撃ち上げられる対空砲火を回避しながら距離を詰め、更に攻撃を続行。イージス艦の船体に大穴を開ける。
船体を食い破られたイージス艦は、ダメージコントロールの間も無く傾斜していく。
程無く、浸水に耐えられず、船体は完全に横転してしまった。
対空砲を、蒼翼を羽ばたかせて回避すると同時に、ヒカルはセレスティを急降下させる。
空母の甲板に降り立つと同時に、背中から対装甲実体剣を抜き放って、飛行甲板に突き立てると、そのままスラスター全開で一気に斬り裂いてしまう。
無惨にも真っ二つにされる飛行甲板。
最後にヒカルは、2本の剣をブリッジに投げつけると同時に、甲板からセレスティを飛び立たせる。
一瞬の間をおいて、大爆発を起こす空母。そのまま斬撃の線に沿って真っ二つに折れ沈んで行った。
その時、セレスティ目指して高速で飛翔してくる機影をセンサーが捉えた。
「あいつはッ!?」
振り返ったヒカルの目には、緑色のフォビドゥン級機動兵器が映っている。
ヴェールフォビドゥン。ジーナの愛機である。
「好き勝手やってくれたわね!!」
ゲシュマイディッヒパンツァーによって偏向したビームを、セレスティ目がけて叩き付けるジーナ。同時に両脇のレールガンも放ってセレスティの動きを牽制しにかかる。
対してヒカルは、ビームをシールドで受け止めつつ砲弾を回避、フォビドゥンと対峙する構えを見せる。
「タダででは帰さないわよ!!」
火力に物を言わせて攻撃を開始するフォビドゥンに対し、ヒカルは機動力を発揮して攻撃を回避する事に専念する。
今のセレスティは、武装の大半を消耗した状態である。特機相手にまともな交戦は危険と判断したのだ。
「逃がすか!!」
言いながらジーナはゲシュマイディッヒパンツァーを展開、フォビドゥンの虚像多数を作り出して視覚を攪乱しながらニーズヘグを構えて接近戦を仕掛けていく。
対して、ヒカルは舌打ちしながらフォノンメーザーライフルを取り出す。ゲシュマイディッヒパンツァーがある以上、ビーム攻撃は無効だが、攻撃すれば牽制くらいにはなるだろう。
現在、目に見える限り、4機のヴェールフォビドゥンがセレスティに向かってくるのが見える。勿論、その中で本物は1機だけ。後は虚像である。
虚像を織り交ぜた攻撃は、来ると判っていても防げないから厄介である。
セレスティから放たれた攻撃は、虚像を貫いて通過する。
その間に距離を詰める、本物のヴェールフォビドゥン。
振り下ろされる鎌の一撃。
その攻撃を、ヒカルは直前で見切ってシールドで防御する。
火花を上げて、刃を防ぐ盾。
しかし、勢いまでは殺しきれずに、高度を落とすセレスティ。
「クソッ!!」
バランスを崩しながらも、ヒカルは手にしたライフルで反撃を試みる。
しかし、閃光は全てゲシュマイディッヒパンツァーによって偏向され、用を成さなかった。
「貰った!!」
逆に、ビームによる攻撃を行うジーナ。
その攻撃はセレスティの手から、ライフルを吹き飛ばしてしまう。
だが、その一瞬をヒカルは見逃さなかった。
「今だ!!」
8枚の蒼翼を広げると同時に、スラスター全開で急上昇を掛ける。
その急激な動きに、ジーナの対応が一瞬遅れた。
次の瞬間、ヒカルはセレスティの腕からシールドを投げ捨てると、両腰からビームサーベルを抜いて二刀に構える。
反撃の体勢を取ろうとするジーナ。
しかし、
「遅い!!」
振り下ろされた光刃が、ヴェールフォビドゥンの両脇のゲシュマイディッヒパンツァーを斬り裂いた。
「なッ!?」
ジーナがたじろいた隙に距離を詰めるセレスティ。
一刀が鎌を持つフォビドゥンの右腕を斬り飛ばす。
更にもう一刀が、甲羅状の装甲の先端にある砲門を斬り裂いた。
「クッ!?」
頼みのゲシュマイディッヒパンツァーを破壊された以上、勝機は薄いと判断したのだろう。ジーナは踵を返して撤退に移る。
それに合わせて、眼下の解放軍艦隊も反転していくのが見える。どうやら、ジーナが敗れた事で、自分達に勝機は無いと判断して撤退に移ったようだ。
その様子をヒカルは、大きく息を吐き出しながら見守っていた。
その頃、異変はオーブ軍と北米解放軍が戦う戦線の、遥か北方で起こっていた。
フロリダ半島北部、アパラチア山脈に沿う形で北米解放軍の一大要塞群である、バードレスラインが設けられている。
山岳地帯と言う天然の要害を利用したこの要塞群は難攻不落であり、先の第1次フロリダ会戦において、解放軍の戦略的撤退によって一時的に放棄されたこと以外には、一度として敵の手に委ねられた事は無かった。
同要塞に対する北米解放軍上層部の信頼は絶大であり、誰もが、この要塞が陥落する事などあり得ないと考えている。
今回の戦いにおいて、北米解放軍はバードレスラインに、あまり大きな戦力は置いていない。
北から来るザフト北米駐留軍とモントリオール政府軍は弱体化しており、正面から攻めたとしても、バードレスラインを突破する事は不可能だと考えられているからである。
要塞内部には、少数の駐留戦力のみを残し、主力はオーブ軍と、ジブラルタルから海を渡ってやって来るザフト軍本隊に当たっていた。
しかし今、そのあり得ない事が起こっていた。
要塞が燃えている。
難攻不落と思われた巨大要塞群。その大半が、炎に包まれて落城しようとしているのだ。
その炎を上げる要塞群を、
多数のモビルスーツが、編隊を組んで見下ろしている。
かなりの大軍である。解放軍首脳部の誰もが、ありえないと思っていた光景が、そこにはあった。
その大軍の戦闘を進む、白銀の機体。
天使を思わせる流麗な四肢と、美しい翼を持つ機体の中で、
「全軍、前へ。罪深き者達に、神の慈悲を」
仮面の少女は、良く通る美しい声で命じた。
PHASE-27「海龍の猟兵」 終わり