機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-26「ただ一つの想いを胸に」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 短期間に揃えられる軍隊の規模としては、充分以上の物があるだろう。

 

 ザフト軍司令部から提出された編成表を見ながら、アンブレアス・グルックは満足そうに頷いた。

 

 周囲には補佐官たちが固唾を呑んで、グルックからの指示を待っている。

 

 間もなく、フロリダ半島にある北米解放軍拠点に対し、共和連合軍は二度目の攻勢を掛ける事になる。その為の軍勢の準備が整いつつあった。

 

 今回、主力となるのはジブラルタルから発するザフト軍主力部隊と、カリフォルニア湾岸に上陸したオーブ軍である。

 

 その他にも南アメリカ合衆国軍、ザフト北米駐留軍、モントリオール政府軍が、それぞれ主隊の援護に加わる。事実上、前回の倍近い兵力を投入した一大決戦だ。

 

「更に・・・・・・・・・・・・」

 

 短く呟いて、グルックはもう一つ付け加える。

 

 ユニウス教団軍。

 

 つい先日、代表2人がわざわざプラントまでやってきて参戦を表明したユニウス教団。彼等がどの程度の戦力を有しているかは不明だが、わざわざ自分達を売り込みに来た以上は、それなりに自信があっての事だろう。

 

 総勢で、機動兵器1300機にも達する大軍である。数においては、確実に北米解放軍を凌駕している。

 

 しかし、これだけの大軍を擁しながらも、不安は一切無しとはいかないのが現状だった。

 

 まず、大軍と言っても、その実態は寄せ集めの集団に過ぎない。各軍は殆どが合同訓練すらした事が無く、戦場でぶつけ本番の連携を求められる事になる。これがいかに困難な作業であるかは語るまでも無く想像できるだろう。

 

 更に、解放軍の情報が不足している点については、先の第1次フロリダ会戦と同様である。これまでの交戦で、幾ばくかの情報は入ってきており、作戦計画もそれに沿って作成されているが、それでも未だに情報が不足している事は否めなかった。

 

「あの、議長」

 

 少し躊躇うような口調で、補佐官はグルックに尋ねた。

 

「何だ?」

「はい、この編成についてですが、投入兵力の中に降下揚陸部隊が含まれているようなのですが?」

 

 先の戦いで、北米解放軍が多数の対空掃射砲ニーベルングを擁している事が分かっている。上空から接近しようとすれば容赦なく薙ぎ払われるだろう。

 

 降下揚陸部隊の投入などもっての外。恐らく地上が見えた瞬間、容赦なく薙ぎ払われるだろう。

 

 しかし、

 

「問題ない」

 

 グルックは言下に言い切った。

 

 そこに一切の躊躇は無く、己の選択に対して絶対の自信を持っている様子である。

 

「いえ、議長、それでは・・・・・・」

「私は問題ないと言ったぞ」

 

 尚も言い募ろうとする補佐官を、グルックは鋭い眼で睨みつけて黙らせる。

 

 その表情と強い語調に威圧され、補佐官はそれ以上、何も言う事ができなくなった。

 

 これまでグルックは、自身に反対する者を容赦なく切り捨ててきた。下手な発言は、現在の地位を失う事にもなりかねなかった。

 

「そう心配するほどの事でもない」

 

 そんな補佐官の懸念など気にした様子も無く、グルックは自信に満ちた口調で言った。

 

「降下揚陸部隊にはレニエントも同行させた。あれがあれば、たとえニーベルングがあろうとも何ほどの脅威ではないさ」

 

 グルックの言葉を聞いて、一同から感嘆の声が上がった。

 

「レニエントか・・・・・・」

「うむ、確かに、あれさえあれば何とかなるだろう」

 

 一度は不穏が広がった空気も、一転して楽観の色を見せ始める。それだけ、グルックの決断に対する一同の信頼は絶大であると言えた。

 

 その様子を、グルックは満足げに眺めている。

 

 先の戦いにおける敗北は確かに痛かったが、それが必ずしもマイナスにばかり働いたわけではない。グルックが当初から目論んでいた通り、北米解放軍の脅威が皆に伝わり、今回の大軍の派兵へと繋がったのだ。

 

 多くの兵士が犠牲になったが、それも些細な問題と言う物だ。こうして生き残った者の士気を大いに高める事ができたのだから、必要な犠牲だったとして割り切る事ができる。

 

 今度こそ、自分達は勝つ。そして、それは同時に、長年にわたって続いた北米紛争に終止符を打つ事を意味している。

 

 そして、

 

 北米の問題を片付けた後は、早急に次の問題を片づける必要があった。

 

「・・・・・・・・・・・・オーブ、か」

 

 地球上にある同盟国の名を、グルックは低い声で呟く。

 

 周囲にいる補佐官たちは誰も、その声を聞いた者はいない。

 

 ただ、鋭い眼光を放つグルックの双眸は、自身が歩むべき野望の道を見据えてぎらぎらとした光を放っているように思えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ軍北米大陸上陸の報を受け、北米解放軍は北上中の軍隊を素早く撤収させた。

 

 このまま自分達がモントリオールに固執すれば、手薄になったフロリダをオーブ軍に攻められてしまう。現在、主力が北上している関係で、フロリダ周辺には最低限の守備部隊しか残っていない。とても、オーブ軍の主力に対抗できるものではない。

 

 多くの解放軍兵士達が無念を抱えたまま、それでも彼等は引き上げざるを得なかった。

 

 これに対して、対峙していたザフト軍とモントリオール政府軍は追撃を行うべく軍を派遣しようとしたが、もともと壊滅状態の軍に、まともな戦闘能力は残されておらず、結局、追撃部隊は編成されないまま、南に撤退する解放軍をただ見守る事しかできなかった。

 

 しかし兎に角、攻め寄せてきた北米解放軍を、ザフト軍が壊滅状態に陥りながらも撃退に成功したのは事実である。

 

 こうして、第1次フロリダ会戦から続いて生起した五大湖攻防戦は、戦略的には辛うじてザフト軍の勝利に終わったのだった。

 

 一方、撤収に成功した北米解放軍は、再びバードレスライン以南に立て籠もり守りを固めている。そうなると、もはや簡単には手を出す事はできなかった。

 

 とは言え、北米解放軍の危機的状況が、それで去った訳ではない。

 

「北にザフト軍駐留軍とモントリオール政府軍、西にオーブ軍、南に南アメリカ合衆国軍・・・・・・」

「更にジブラルタルにはザフト軍の別部隊が控え、軌道上には降下揚陸部隊まで用意されていると言う」

 

 シェムハザは厳粛な声で、現状をオーギュスト達に伝える。

 

 今や敵はフロリダ半島を完全に包囲しようとしている。このままでは解放軍は、四方から囲まれて叩き潰されかねない。

 

 バードレスラインが防御できるのは北から来る敵のみである。その他の方面から攻めてくる敵軍に対しては、あたら堅固な要塞群も意味を成さなかった。

 

「やられましたね。まさか先の戦いから短時間で、これ程の軍勢を揃えてくるとは」

 

 オーギュストも、唸るように呟く。

 

 現在、まだ包囲網は完成した訳ではない。ジブラルタルのザフト軍主力はまだ出撃していないし、北の駐留ザフト軍とモントリオール軍は、壊滅状態である。彼等はこれから部隊の再編成を行わなくてはならない。侵攻してくるのは、まだ先の話になるだろう。

 

 共和連合軍は全体的に、寄せ集めの感が拭えない。

 

 しかし、北米解放軍が兵力において、共和連合軍に大きく劣っている事は否めなかった。

 

「早急に、防衛体勢を確立しなくてはならない」

 

 シェムハザは、オーギュストとジーナを見ながら厳かに言う。

 

 とにかく解放軍側の戦略としては包囲網が完成する前に解囲を試みるか、さもなければ徹底的に防衛力を強化して状況を乗り切るしかない。

 

「解囲は、現実的じゃないですね」

「ああ、今回は時間が無さ過ぎる」

 

 ジーナの言葉に、オーギュストは頷きを返す。

 

 解囲を試みる場合、共和連合軍の最も戦力の薄い場所に攻撃を仕掛けるのが得策なのだが、それをやっている隙に手薄になったフロリダを攻められたら、解放軍の敗北はその時点で確定してしまう。

 

 そうなると、残る手段は防衛強化によって敵を撃退する以外に無い。

 

「北と南は、気にする必要は無いだろう」

 

 シェムハザは断定するように言った。

 

 北側から来るであろう、ザフト軍の駐留部隊とモントリオール政府の混成軍は、現在弱体化している。加えて、強固なバードレスラインも未だに健在である。彼等が激減した戦力で、あの鉄壁の要塞を打ち破れるとは思えなかった。

 

 南側の南米軍は戦力的な損耗はほぼ皆無だが、先の戦いからも判る通り、彼等が積極的な攻勢が出て来る可能性は低い。また、仮に攻撃を仕掛けて来たとしても、解放軍の現有戦力だけで撃退は十分可能だった。

 

「降下部隊への警戒も、最低限で良いと思います。先の戦いと同じ愚を犯す程、彼等も馬鹿ではないでしょう」

 

 発言したのはジーナだ。

 

 彼女の言うとおり、解放軍に対空掃射砲ニーベルングがあると判った以上、ザフト軍が積極的に降下揚陸作戦を用いてくる可能性は低いだろう。仮に来たとしても、また同じ手段で撃退は可能だった。

 

 恐らく降下揚陸部隊の出撃は、解放軍の戦力拡散を狙ったブラフだろうと考えていた。

 

「そうなると、残るは東と、そして西か・・・・・・」

 

 カリフォルニア湾に上陸したオーブ軍と、ジブラルタルに集結中のザフト軍の主力部隊が、解放軍にとって最も脅威度は高いと思われた。

 

「閣下。ここは、主力をオーブ軍に差し向け、ザフト軍は海上部隊を繰り出して阻止するのが適切と判断いたします」

 

 オーギュストの判断では、ザフト軍は大西洋を押し渡って来る事になる。ならば、これを海上で阻止している隙に、残る全軍でオーブ軍を撃破。しかる後、残存する敵軍を掃討してはどうか、と言う訳だ。

 

 確かに、これなら単純に自分達のテリトリー内で防備を固めて引き籠るよりも、上手く行けば損害も少なくて済むだろう。

 

「自信があるのだな?」

「勿論です、閣下」

 

 若干、気負った調子でオーギュストは答える。

 

 いかに共和連合軍が大軍を擁して攻めて来ようとも、必ずや撃退してごらんにいれます。

 

 オーギュストの芽は、そのように語っている。

 

 それに対して、シェムハザも暫くジッと考えるように沈黙した後、やがて深く頷きを返した。

 

 

 

 

 

 大軍を預かる司令部ともなると、その参加スタッフも莫大な物となる。

 

 特に今回、オーブ軍が北米に派遣したのは、モビルスーツ400機、輸送用航空機100機、後方支援スタッフを含めた総兵力は3万にも及ぶ。

 

 その全てを統括する司令本部だけでも、数100人規模の人間が詰めていた。

 

 今回、オーブ軍はカリフォリニア湾岸の橋頭保に司令部を置き、そこから全軍を統括する事にしている。

 

 かつて、ムウ・ラ・フラガ大将が指揮していた頃は、指揮官先頭が当たり前だったのだが、その「伝統」は継承されず、本来の形態である後方指揮型に戻されていた。

 

 もっとも、これは何ら批判されるべき物ではない。指揮官先頭型よりも後方指揮型の方が、司令部の生存性や命令伝達の確保には有利なのだ。ようは、ムウのやり方があまりにも特異だっただけで、誰もが彼のやり方をまねできる訳ではない、という訳だ。

 

 その司令部の中にあって、シュウジは北米派遣軍総司令官として赴任した、カンジ・シロサキ中将と対面していた。

 

 作戦開始に当たり、細部の詰めを行うためである。

 

「今回の作戦に当たり、ザフトの北米派遣軍は、あまり大々的な作戦行動はとれない」

 

 眉間に皺を寄せ、シロサキは言った。

 

 長く平和が続いたせいか、ザフト軍同様に、オーブ軍も全体的な技量低下が深刻視されている。現状、カーディナル戦役当時の戦力を維持できているのは、フリューゲル・ヴィントをはじめとする一部の精鋭のみと言えた。

 

 それは単純な戦闘力だけでなく、部隊を指揮する人間も当てはまる。

 

 シロサキは事務処理や部隊運用などで軍の内外から高い評価を受けており、決して無能な人物ではない事が伺える。

 

 しかし、実戦経験の薄さは否めず、一瞬の判断が要求される戦場において、適切な士気ができるかどうかが注目だった。

 

「連中は解放軍との戦いで消耗しきった状態だからな。出撃してもせいぜい、敵を牽制するので精いっぱいだろう」

 

 そう言って、シロサキは肩を竦めて見せた。

 

 全体的な戦力を比較すれば、共和連合軍と北米解放軍の戦力は共和連合軍が勝っている。

 

 しかし、

 

「こちらは寄せ集め。更にまだ、包囲網が完成した訳じゃありません」

 

 シュウジは自身の考えをぶつけてみる。

 

 戦いにおいて包囲した側が有利になるのは、籠城側よりも数が多い場合だ。同数以下の兵力では、各戦線に回せる戦力が少なくなり、結果的に各個撃破の好機を与えてしまう事になりかねない。

 

 加えて、包囲網は完成するまでが最も危険な状態である。大軍であっても各方面に部隊が散らばって手薄な状態になっている為、敵が万が一攻勢に出て来た場合、逆に撃破される事も考えられた。

 

「それについては、ザフト軍の方で、何かしら手を打っているらしい」

 

 答えたのはシロヤマだった。

 

「何か、とは?」

「詳細については聞かされていない。だが今回、彼等はかなりの自信があるそうだ」

 

 先の戦いにおいて手痛い敗北を喫したザフト軍が、いったいどんな切り札を用意したのか、気になる所である。

 

 ただ、ザフト軍の作戦を信じて、与えられた役割を果たすのみである。

 

「そこで、我々は東へ軍を進めつつ、敵本拠地に対する奇襲攻撃を敢行する予定だ」

 

 そう言ってシロサキは、作戦の説明に入った。

 

 既に、北米解放軍にもオーブ軍が上陸した事は知られているはず。だが、オーブ軍単独で解放軍と戦うには荷が重すぎる。そこで、奇策を用いる事になった訳である。

 

「まず、本隊で敵の攻撃を引き付ける一方、複数の高速機動部隊で、敵の本拠地であるフロリダ半島の拠点に攻撃を仕掛ける」

「なるほど、では本艦は奇襲部隊の方へ加わる訳ですね」

 

 シロヤマの説明を聞き、シュウジは納得したようにうなずく。

 

 奇策である事は間違いないのだが、作戦自体は手堅い物と言える。要するに大軍で敵の注意を惹きつけつつ、その間に敵中枢に奇襲攻撃を敢行する訳だ。

 

 本隊と別働隊とを分けて独立運用するのは古くからある戦術の一つであるが、鍵となるのは奇襲部隊のスピードだろう。

 

 本隊が敵の主力を引き付けている間に、いかに早く敵の本拠地を突けるかが問題だった。

 

「大和はこういう戦い方の為に作られた艦だと言って良いだろう。頼んだぞ」

「ハッ」

 

 期待の眼差しを向けて来るシロサキに対して、シュウジは敬礼を返す。

 

 元より、これまで単独行動で作戦を行う事が多かった大和隊である。本隊に組み込まれて大軍の一翼を担うよりも、自由に動ける遊撃部隊に位置付けられた方が、実力を十全に発揮できると考えている。そういう意味で、今回の措置はシュウジとしてもありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後ろ髪を引かれる思いはあるが、こればかりは仕方がない事である。

 

 車椅子に乗ったリィスは付き添いの女性兵士に押してもらいながら、居並ぶ一同に目を向ける。

 

 ミシェル、ナナミ、レオス、リザ、そしてヒカル。皆、リィスにとっては大切な人達である。彼等を残して行かなくてはならない事には、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 

「それじゃ、みんな。悪いんだけど、後の事はお願いね」

 

 北米統一戦線との戦いで重傷を負ったリィスは、後送される事が決定したのだ。

 

 この後ハワイ基地へ移送され、そこでリィスは暫くの間、療養に努める事になる。

 

 隊長でありながら、決戦を直前に戦線離脱しなくてはいけない状況にはリィスとしても歯がゆい物を感じずにはいられないが、それも仕方がない事だった。重傷人を抱えて戦えるほど、今のオーブ軍には余裕は無いのだ。

 

「心配すんなよ、リィス姉」

 

 尚も心配そうな顔を覗かせる姉に、ヒカルは務めて明るい声で応じる。

 

 敬愛する姉の戦線離脱にはヒカル自身不安を感じずにはいられないが、それでもリィスの身の安全を考えれば、これが最善である事は理解している。後は自分達が、いかにリィスが抜けた穴をカバーできるかどうかという事が重要である。

 

 頼れる隊長がいないからと言って、無様な戦いをしたのでは、今まで多くの戦いを制してきた精鋭部隊の名が泣くと言う物だった。

 

 そんなヒカルに対して、リィスは無言のまま視線を向けてきた。

 

「何?」

「・・・・・・ううん、何でもない」

 

 怪訝な顔つきのヒカルに対して、リィスはフッと視線を逸らして首を振る。

 

 ヒカルはまだ、自分の中に迷いを抱えている。その事は、リィスにはよく分かっていた。

 

 親友であるレミル(レミリア)の事。(彼女)との決着を、ついに付ける事ができないまま終わってしまった事。それらの事が、ヒカルの中では重しになっているのだ。

 

 今のリィスにできる事は、ただ、弟に行く道を示してやることだけであった。

 

 だからリィスは、キラの事をヒカルに話した。ただ、これは必ずしも、ヒカルにキラのようになってほしいと願ってやった事ではない。ただ、父親がどういう軍人であったかを話す事によって、道を探る手がかりになればと思っただけである。

 

「ヒカル、これだけは覚えておいて。戦場では誰が正しくて、誰が間違っている、何て言う線引きは簡単にはできない」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスの言葉を聞き、ヒカルはかみしめるように沈黙する。

 

 リィスの言う事は良く分かる。

 

 ヒカルはレミリアと触れ合うまで、殆ど無条件でテロリストを恨み続けてきた。

 

 妹の命を奪ったテロリストを、自らの手で抹殺してやりたいとさえ思っていた。

 

 だが、レミリアと触れ合い、彼女には彼女なりの正義と想いがあると知った時、初めて、自分自身がこれまで確固として持ち続けてきた思いに疑問が生じるようになったのだ。

 

 勿論、今でもテロリストは憎い。

 

 しかし、自分とレミリア。その立場と主張を客観的に見比べた時、どちらが正義で、どちらが悪か、などという想定その物が分からなくなり始めていた。

 

 誰が正義で? 誰が悪か?

 

 そんな物は、その人物の立ち位置次第でいくらでも変わるものなのだ。そんな単純な構図を、今までヒカルは判らずに過ごして来た。否、敢えて考えてこなかったとも言える。

 

 ならば、自分はこれから、何を頼りに戦えば良いのか? 何を糧に敵に対峙すればいいのか?

 

 迷いを深めるヒカルに対し、リィスは諭すように優しく言う。

 

「だから、信じなくちゃいけないの。自分の正義を、仲間の信頼を」

 

 リィスの言葉は、ヒカルの胸に深く刻み込まれる。

 

 自分を見失った兵士は、もはや戦う事ができない。だからこそ、自分を信じ、仲間を信じて戦い続けろ。

 

 それこそが、自分自身の戦う信念と覚悟につながる。

 

 リィスはそう言っているのだ。

 

「リィス姉、俺は・・・・・・」

「大丈夫」

 

 不安を口にしようとしたヒカルに対して、リィスは優しく笑いかける。

 

「あんたは、世界最強とまで言われた、お父さんとお母さんの息子なんだから。アンタの中には、間違いなくあの2人の魂が宿っている。あの2人の戦いを間近で見た私が言うんだから間違いないよ」

 

 それだけ言うと、リィスは女性兵士に連れられて去っていった。

 

 後には、立ち尽くすヒカルだけが残される。

 

「・・・・・・・・・・・・自分を信じてて戦い続けろ、か」

 

 先ほどの、リィスの言葉を反芻する。

 

 確かに、あまりにも不確実な物が戦場には多すぎる。

 

 変わりゆく状況、不確実な情報、不明瞭な大義。人の命ですら不確定要素であり、1秒前に笑って生きていた人間が1秒後に骸になっている事すら珍しくない。

 

 隣にいる味方が絶対的に信頼できる人間であるという保証すら、十全ではありえないだろう。

 

 そんな中、たった一つ、確実に信じられる物があるとすれば、それは自分自身の心以外にはありえなかった。

 

 ただ一つ、強い信念を持ち続けて戦う。それこそが不確定な戦場の中にあって、ただ一つ、100パーセント確実に信じる事ができる物だった。

 

「すごい宿題、出されちゃったね」

 

 ふと、声を掛けられて振り返ると、カノンがからかうような笑みを浮かべて立っていた。

 

 先ほどのやり取りを聞いていたのだろう。ニヤニヤとした笑顔は、悪戯娘その物といった感じにヒカルへと向けられている。

 

 そんな幼馴染の様子に、ヒカルは嘆息を漏らす。

 

「立ち聞きか。下品だぞ、お前」

「んな!?」

 

 あまりと言えばあまりな物言いに、思わず絶句するカノン。

 

 対してヒカルは、ニヤッと笑みを見せる。どうやら、逆襲に成功したらしかった。

 

 その事に思い至ったのだろう。カノンは顔を真っ赤にして食いついてくる。

 

「コノォ!! ヒカルの癖にィ!!」

 

 殴りかかってくるカノンを、ヒカルはひょいひょいとかわしていく。

 

 幼馴染ゆえに、その動きは完全に把握している。年齢差から来る運動能力の差もあり、カノンの攻撃は全くヒカルに当たらなかった。

 

 そんな2人の様子を、苦笑交じりにフラガ兄妹が見つめている。

 

「元気だね~ あの2人は」

「まあ、落ち込まれるよりはいいんじゃないの」

 

 そう言って、ナナミは兄に対して肩をすくめて見せる。

 

 これから重大な作戦を行う前という事もあり、本来なら緊張してしかるべきだと言うのに、年少組2人は、今も子犬がじゃれあうようにしてはしゃぎまわっている。

 

 大物なのか、それとも単なる馬鹿なのか、あるいはその両方なのかは分からないが。まあ、確かに、ナナミの言うとおり落ち込むよりは百倍マシだが。

 

「お前はどうだ、艦の方にはもう慣れたのか?」

「うん、大丈夫。艦長達も良くしてくれてるし」

 

 そう言って、ナナミは笑顔を見せる。

 

 この順応性は、さすがはムウ・ラ・フラガの娘というべきだろう。

 

 先の北米統一戦線での戦いでは、終始、モビルスーツ同士による機動戦闘がメインだった為、大和は直接戦場に赴く事は無かったが、今度の敵はより強大な北米解放軍である。それ故、戦闘艦としての大和に求められる役割は、より大きくなるはずである。

 

「お兄も頑張ってよね。何てたって、モビルスーツ隊の隊長なんだからさ」

「ハッ 誰に向かって言ってんだよ」

 

 言ってから、ミシェルは不敵な笑みを向ける。

 

「俺は『不可能を可能にする男』だぜ」

 

 格好良く決め、瞳をきらりと輝かせるミシェル。

 

 対して、

 

 言われたナナミは、完全に白けきった目を兄へと向ける。

 

「お兄、それ、お父さんの決め台詞じゃん。パクリはカッコ悪いよ」

「うぐっ い、良いだろッ 親父はもう使ってないんだから!!」

「てか、それ、気に入ってたんだ」

 

 小さい頃2人は、父であるムウから自慢のように、そのセリフを聞かされて育ってきた。どうやら、ミシェルは、その口上を密かに気に入って愛用しているらしかった。

 

 これも、一種の「継承」と言えるのだろうか?

 

 もっとも、父親と違って、台詞とキャラがビシッと決まっていない辺りは、ご愛嬌と言うべきかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 一方、ヒカル達に見送られたリィスは、飛行艇型の輸送機が停泊している桟橋へとやって来た。

 

 ここから輸送機に乗り、リィスはハワイ基地へと向かう事になる。

 

 なるべくなら、早く戻ってきたいところである。

 

 ヒカルやカノンを始め、若いパイロットは順調に育っているし、指揮はミシェルに任せておけば問題なくやってくれるだろう。部隊全体の事も、シュウジがいれば安心である。

 

 しかし、やはり一番に心配なのは、弟のヒカルの事である。

 

 僅かな時間だがヒカルと話し、彼に道を示す手助けはできたと思っている。しかし結局のところ、どのような道を選ぶかはヒカル自身が決める事である。

 

 彼が道を自分で決めれるようになるまでは、自分が守ってやりたいと思っていた。

 

 と、輸送機に乗り込もうとしたリィスは、その手前に見覚えのある青年が立っている事に気が付いた。

 

「グラディス連絡官?」

 

 アランは、リィスが来るのを待っていたように、その姿を見ると歩み寄ってきた。

 

 リィスは車いすを押している女性士官に言って少し時間を貰うと、アランと2人だけで向かい合う形となった。

 

「お加減はどうですか、ヒビキ三佐?」

「はい、だいぶ良くなってきました。少し休めば、すぐに戻って来れると思います」

 

 強気な事を言うリィス。

 

 それに対して、アランはフッと笑みを浮かべる。

 

「安心しました。それくらい強気なら大丈夫でしょう」

 

 言ってからアランは、何かを思い出したように、リィスに顔を近づけてきた。

 

「お茶の約束も、まだ果たしてもらってないですからね」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 いかにも、今思い出したと言った感じに声を上げるリィス。

 

 そう言えば確かに、ハワイにいた時にアランとデートする約束をして、それを未だに果たしていなかった。撃墜してからは暫く昏睡状態にあり、目が覚めた後も体力の低下と、色々とゴタゴタした手続きがあってすっかり忘れていたが。

 

 そんなリィスを見ながら、アランはフッと微笑を浮かべて言った。

 

「楽しみにしていますよ。だから、早く帰ってきてください」

「それじゃあ・・・・・・私からも一つ、お願いがあります」

 

 何となく、言われっぱなしでは癪だったので、リィスは逆にひとつ、アランに要求してやる事にした。

 

「これからは、名前で呼んでくれませんか?」

「え・・・・・・・・・・・・」

「だって、『ヒビキ』じゃ、ヒカルと被ってるじゃないですか。階級込みで呼ばれても紛らわしいです。その代り、私もあなたの事を『アラン』って呼ばせてもらいますから」

 

 リィスの申し出に、一瞬、キョトンとした顔をするアラン。

 

 しかし、すぐに了解して笑みを浮かべる。

 

「判りました、ではリィス。また会える日まで」

「ええ、アランも、元気で」

 

 そう言うと、2人は互いの手をしっかりと握るのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-26「ただ一つの想いを胸に」      終わり

 


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