機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-25「先を歩く者の背中に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密かに入港を果たしたシャトルは、ゆっくりと定位置まで行き停止する。

 

 激しい戦闘をくぐりぬけてきた事を示すように、そのボディのあちこちに、焼け焦げた跡が見受けられる。

 

「凄まじいな」

「ああ、これでよく、生き残ってこれたもんだよ」

 

 感嘆とも呆れとも取れる呟きを洩らしたのは、エバンス・ラクレスとダービット・グレイだった。月面パルチザンに所属し、かつて一時的に宇宙へ上がったレミリアとアステルを匿った事もある男達である。

 

 オーブ軍との戦いの末、北米の拠点を放棄して脱出した北米統一戦線。特に、その中核とも言うべきクルト、イリア、レミリアの3人は、統一戦線とは同盟関係にある月面パルチザンを頼って落ち延びて来たのだった。

 

 生き残ったとはいえ多くの仲間を失い、北米での活動領域も失った上での脱出は、惨めな敗走を思わせた。

 

 救いがあるとすれば、自分達の脱出と前後して、生き残ったメンバーの大半を潜水艦で脱出させる事に成功した事だろう。

 

 クルト自身、こんな事で北米統一戦線を終わらせる気は無い。いずれ必ず、祖国に戻って抵抗運動を再開するつもりだった。

 

「受け入れてくれた事、感謝する」

 

 シャトルを降りてパルチザンのアジトに招かれたクルトは、開口一番でそう言うと、深々と頭を下げた。

 

 この場にはクルト、エバンス、ダービッとの他にイリアも同席していた。

 

 とにかく、今後の方針を決める必要があった。

 

 壊滅したとは言え、組織としての北米統一戦線は未だに健在である。戦力の補充と、旗機であるスパイラルデスティニーの修理、地上に残った者達との連絡手段の確保と、やる事は幾らでもあった。

 

「我々も、前に助けてもらった。お互い様だよ」

 

 そう言ってエバンスは笑みを向けてくる。

 

 以前、保安局に連行されたコペルニクスの人々を奪還する際、レミリアとアステルが彼等に協力している。その為、エバンスは今回、レミリア達を受け入れる事を快く引き受けてくれたのだ。

 

「まずは、休む事を考えろよ。ここに居りゃ、取りあえず安全だからよ」

 

 粗野な印象のあるダービットも、そう言って慰めてくる。

 

 レミリア達が、自分達が想像もできないような激戦を潜り抜け、ようやくここまで辿り着いた事を、彼等は良く理解していた。

 

「そうですね」

 

 自身が疲れ切った調子でイリアは頷きながら、しかし意識は別の方向へと向いていた。

 

「休息が必要ね。特に、あの子には・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 シャトルから運び出されたスパイラルデスティニーが、リフトに乗せられて格納庫の方へと運ばれていく。

 

 まるで怪我人を担架で搬送するように運ばれる愛機の様子を、レミリアは立ち尽くしたまま見守っていた。

 

 凄まじい激戦だった。

 

 最後に戦ったヒカルのセレスティは、鬼神もかくやと言う勢いでレミリアを追い詰めて来てのだ。

 

 それでも、普通に戦っていればレミリアは負けなかっただろう。ヒカルとレミリアの間には、まだ歴然とした実力差が存在している。

 

 状況は絶望的だったが、あの時のレミリアは勝つ自信があった。

 

 その状況が覆されたのは、ヒカルとカノンが2機がかりで挑んで来た時だった。

 

 カノン・シュナイゼル。

 

 ハワイにあるオーブの士官学校に飛び級で入学した少女であり、レミリアにとっても大切な友人の一人だった。そんな彼女まで軍に入っているとは、レミリアの考えは及ばなかった。

 

 その一瞬の隙を突かれ、スパイラルデスティニーは主力兵装であるアサルトドラグーンを失い、更には呼吸を乱されたレミリアは、勢いに乗ったヒカルに追い込まれたのだ。

 

 レミリアが生き残れたのは、幼馴染のアステルが捨て身で掩護してくれたおかげだった。

 

 そのアステルも、地上に置いて来る羽目になってしまった。

 

 アステルの安否は、未だに判らない。彼の事だから簡単に死んだりはしないだろうが

 

 しかし、レミリアには他にも懸念する事があった。

 

 ヒカルは確実に実力を上げてきている。それは、何度も戦ってレミリアには判っていた。

 

「もし、今度ヒカルと戦ったら・・・・・・・・・・・・」

 

 自分は勝てるのだろうか?

 

 否、そもそも、自分は再びヒカルと対峙した時、彼に剣を向ける事ができるのだろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・ヒカル」

 

 会いたい。

 

 会って話したい。

 

 仲直りがしたい。

 

 この胸の内を、彼に伝えたい。

 

 テロリストとして、北米統一戦線の戦士として戦い続けてきたレミリア。

 

 そんなレミリアが、何かをこれ程までに渇望したのは、あるいは初めての事であったかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砲火が吐き出され、彼方で爆炎が躍るのが見える。

 

 上空には多くのストレーキが描かれ、スラスターの炎が舞い踊る。

 

 かつては北米有数の工業地帯が軒を連ねた地は、炎と鉄が入り乱れる戦場と化していた。

 

 これまで大規模な戦闘は3回。小規模な小競り合いに至っては無数に起こっている。その全てに、ザフト軍は一応勝利して解放軍の北上を防ぎ止めてきた。

 

 そして今、五大湖周辺における攻防戦は、終局へと向かいつつあった。

 

 攻める北米解放軍は、南部拠点からの増援を受けて勢いを増し、今にもザフト軍とモントリオール軍が構築した防衛ラインを食い破ろうとしていた。

 

 一方のザフト軍も増援を受け必死の交戦を試みていたが、単純な戦力差以外にも、両者には決定的な差があった。

 

 地続きのフロリダから増援と補給を受けられる北米解放軍に対し、ジブラルタル基地から大西洋を越えた長距離輸送に頼らざるを得ないザフト軍は思うように戦力の補充ができず、戦線はやせ細る一方だった。

 

 そのような戦場の中、ザフト軍の中でも歴戦の将であるルイン・シェフィールドは、自身の部隊を率いて戦闘を続けていた。

 

 向かってくる解放軍の部隊を前にして、シェフィールド隊の4人、ルイン、ディジー、ジェイク、ノルトは敢然と立ち向かっていく。

 

「良いか、連携を崩すな。指揮はディジーに託す!!」

《了解!!》

 

 少女の快活な声が、ルインの耳へと帰ってくる。

 

 親譲りと言うべきか、3人の中ではディジーが最も指揮能力に優れている。彼女に任せて連携を崩さなければ、彼等はエース級にも劣らない活躍ができるだろう。

 

 その間、ルインは単独で動く。

 

 フォースシルエットを装備したルインのハウンドドーガは、解放軍の動きを冷静に見据え、自身にとって有利な場所を占位する。

 

「来るぞ!!」

 

 ルインは叫ぶと同時にビーム突撃銃を斉射。解放軍の隊列の先頭を進んでくるレイダーに砲撃を浴びせて撃ち落す。

 

 しかし、その程度で解放軍が怯むはずも無かった。

 

 爆炎を吹き散らしながら、レイダーやジェットストライカーを装備したグロリアス、ウィンダムが次々と向かってくる。

 

 その動きを見据え、ディジーが仲間2人に指示を飛ばす。

 

「ジェイク、ノルト、掩護してッ 私が突っ込む!!」

 

 言い放つと同時にビームトマホークを抜き放ち、斬り込んで行くディジー機。

 

 解放軍はたちまち砲撃を集中させようと、銃口を向けてくる。

 

 しかし、彼等が攻撃をする前に、ジェイクとノルトが援護射撃を開始した。

 

 たちまち、閃光を浴びて吹き飛ばされる解放軍機が続出する。

 

「ディジーはやらせませんよ!!」

「ほらほらッ 遅いってのッ それじゃハエが止まるぜ!!」

 

 ノルトとジェイクの援護を受け、ディジーのハウンドドーガが斬り込む。

 

 長大なトマホークを振り回し、群がる解放軍機を叩き斬って行くディジー。

 

 そこへ、ルインの機体も援護に加わる。

 

 ビームトマホークを抜き放ったルインは、自身のハウンドドーガを突撃させる。

 

 たちまち、3機の解放軍機が機体を斬り裂かれて爆散する。

 

 まさに一騎当千。基本的に個々の兵士の能力に優れるザフト軍ならではの光景である。

 

 しかし、いかにシェフィールド隊が奮戦したとしても、それで全ての戦線が守られるわけではない。防衛を行うザフト軍に対して、解放軍の数はあまりにも多すぎるのだ。

 

 シェフィールド隊が一方面を押さえている隙に、別の戦線が突破される。そうなると、最早どうにもならなかった。

 

 更に、シェフィールド隊にも緊張が走る事態が起こる。

 

《隊長、急速に接近する機影ありッ 速いです!!》

 

 ノルトからの警告に、ルインがその方向にカメラを向けた。

 

 そこには、翼を広げて飛翔する黄色のレイダーが近付いてきた。

 

 ゲルプレイダーだ。

 

「敵の防備が厚いとは聞いてきたが・・・・・・」

 

 操縦するオーギュストは、4機のハウンドドーガを鋭い双眸で見据える。

 

 相手は量産型とは言えザフト軍の新型。しかもエースが操縦する機体だ。いかに核動力の機体に乗っていても油断はできなかった。

 

 ビームガンで射撃を行うゲルプレイダー。

 

 狙われたのは、ディジーのハウンドドーガだった。

 

「レイダーの、特機!?」

 

 とっさにビーム突撃銃を放ち牽制しようとするディジー。

 

 しかし、張り巡らせた弾幕を、オーギュストは軽々と回避してしまう。

 

 更に接近を試みるオーギュスト。

 

 そこへ、

 

《下がれディジー!!》

 

 緊急事態を察したジェイクのハウンドドーガが、トマホークを振り翳して上方から急降下するようにゲルプレイダーに斬り掛かる。

 

 武骨な鎧を着こんだような外見のハウンドドーガが突撃する様は、それだけで周囲は威圧感を感じてしまう。まるで中世騎士の騎馬突撃を連想させる光景だ。

 

 しかし、対するオーギュストは、そんなジェイクの動きを冷静に見極めていた。

 

「甘い!!」

 

 抜き打つように振るうシュベルトゲベール対艦刀。

 

 その一閃が、ジェイク機の右肩を切断する。

 

《ジェイク!!》

 

 バランスを崩して地に倒れたジェイクを見て、声を上げるノルト。

 

 同時にケルベロス・ビーム砲を展開して砲撃体勢に移行。ゲルプレイダーを狙って照準を付ける。

 

 だが、

 

「遅いぞ!!」

 

 ノルトの動きを読んでいたオーギュストは、ミョルニル破砕球を容赦なく叩き付ける。

 

 これには、砲撃体勢に移行していたノルトは、回避する間が無かった。

 

《ウワァァァァァァァァァァァァ!?》

 

 悲鳴を上げて吹き飛ばされるノルト機。

 

 直撃を受けて肩から頭部は完全にひしゃげている。中のノルト自身が無事かどうかは、まだ判らなかった。

 

「ジェイクッ!! ノルト!!」

 

 仲間2人の惨状を目の当たりにして、声を上げるディジー。

 

 しかし次の瞬間、水面を割るような形で緑色の機体が飛び上がって来た。

 

「足元ががら空きよ!!」

 

 水飛沫を上げて飛び上がりながら、ジーナ・エイフラムのヴェールフォビドゥンは、巨大な鎌を振り翳す。

 

 それに対して、突然の奇襲を前に、ディジーの対応は完全に後手に回った。

 

「しまった!?」

 

 気付いた瞬間には、既にヴェールフォビドゥンは目前まで迫っていた。

 

 とっさに機体を捻らせて回避を試みるディジー。

 

 しかし、かわしきる事ができずに、ハウンドドーガは右腕を斬り落とされてしまった。

 

「そらッ これでトドメだよ!!」

 

 叫びながら、ニーズヘグを振りかぶるジーナ。

 

 しかし、その一撃は、ディジー達の危機を察して引き返してきたルインが、掲げたシールドで防ぎ止めた。

 

「隊長!!」

《退くぞッ これ以上の交戦に意味はない!!》

 

 叫びながらルインは、ビーム突撃銃でゲルプレイダーとヴェールフォビドゥンを牽制しようとする。

 

 しかし、ルインが放ったビームは全て、ヴェールフォビドゥンによって明後日の方向へそらされてしまう。ゲシュマイディッヒパンツァーを持つフォビドゥン級機動兵器が相手ではビーム兵器の相性は悪いのだ。

 

 その隙に、シュベルトゲベールを振り翳したゲルプレイダーが斬り掛かってくる。

 

 更に、その後方では北米解放軍の大部隊が、徐々に迫ってくるのが見えるに至り、ルインはヘルメットの下で大きく舌打ちした。

 

 最早、どうにもならない。

 

 敵のエース機の登場によって、ザフト軍の戦線は完全に破綻してしまっている。そこに来て、解放軍の本格的な総攻撃が開始されようとしている。

 

 ザフト軍は尚もか細い抵抗を続けているが、それもいつまで続くか判らない。戦線は最早、完全に破綻していると言って良かった。

 

 残る手段はただ一つ。味方の援護を受けられるうちに、退却するしかなかった。

 

《ディジーッ お前はノルトとジェイクを!!》

 

 ゲルプレイダーの剣を辛うじて回避しながら、ルインは指示を飛ばす。もはや一刻の猶予も無い。敵が接近して、包囲網が完成すればそれまでである。

 

 と、

 

《俺なら大丈夫だ!!》

 

 力強い声が、スピーカーから響いてきた。

 

 見れば、右腕を斬り落とされたジェイクのハウンドドーガが、残った左手に装備したビーム突撃銃を放って敵を牽制している。どうやら、機体は損傷したものの、ジェイク自身は無事だったらしい。

 

 その間にディジーは、中破したノルト機に近付いて抱え上げる。

 

 見ればノルト機はフレームはひしゃげているものの、腹部のコックピット付近はダメージが少ない。これなら、中にいるノルトは無事かもしれなかった。

 

 ディジーは何とか左腕だけで、半壊したノルトのハウンドドーガを抱え上げる。

 

《隊長、撤退します!!》

 

 スピーカーに向かって叫ぶと、スラスターを吹かして退却を始めるディジー。

 

 それを掩護するように、片腕のジェイク機も続く。

 

 撤退していく3機のハウンドドーガを確認すると、ルインもスラスター出力を上げてゲルプレイダーを振り切り、そのまま味方の勢力圏まで退却していく。

 

 そして、

 

 それは同時に、ザフト軍の敗北が決定的となった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 この日の戦闘で、ザフト軍の戦線は文字通り崩壊した。

 

 五大湖周辺のザフト軍防衛ラインは、北米解放軍の総攻撃の前にボロボロとなり、既に碌な戦力は残されていない有様である。

 

 残存する部隊はモントリオール手前のオタワに集結し、最後の抵抗を試みようとしているが、それがもはや何の意味も持たないであろう事は、火を見るよりも明らかだった。

 

 ザフト軍と北米解放軍の戦力差は決定的である。

 

 ザフト軍に残された手段は、もはや時間稼ぎ以外に無く、その間にモントリオール総督府を北米から脱出させる事くらいだろう。

 

 しかし、仮に総督府の用心を脱出させたとしても、捲土重来を期すことができるのがいつになる事か。下手をすれば、北米全土は「解放」され、ザフトの勢力は一掃されてしまうかもしれない。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 状況に変化が起こったのは、そのような最中だった。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 その日の作戦を終え、後方で総指揮を取るシェムハザに対して報告の通信を入れたオーギュストは、驚愕の表情でモニターの中のシェムハザを見ている。

 

 傍らに目を転じれば、オーギュストと共に帰還したジーナ・エフライムも同様の表情をしているのが見えた。

 

 今日の戦闘でザフト軍に決定的な損害を与える事に成功した北米解放軍。

 

 あと一突きすれば、ザフト軍の防衛ラインを完全に突き崩せるところまで来ている。そうなれば、あとはモントリオールまで解放軍の進撃を阻む存在はいなくなる。

 

 悲願である北米解放は、もうすぐそこまで来ているのだ。

 

 だと言うのに、シェムハザが出した命令は「撤退」だった。

 

「納得がいきません。いったいどういう事なのですか、閣下?」

 

 悔しさを滲ませるようにオーギュストは尋ねる。

 

 たとえシェムハザの命令であろうと、ここまで来て撤退など、受け入れられる訳が無かった。

 

 勝利が、栄光が、悲願達成が、もうすぐそこまで来ていると言うのに。

 

 だが、シェムハザは、オーギュストの抗議にも眉一つ動かさずに言った。

 

《西海岸に、オーブ軍の大部隊が上陸した》

 

 その言葉に、オーギュストとジーナは目を見開いた。彼等も、シェムハザがなぜ、この段階で撤退を命じたか、その意味を理解したのだ。

 

 現在、北米解放軍はモントリオールを陥落させるべく北上している。その関係で、フロリダ半島周辺の守りは手薄になっている。そこを、オーブ軍に突かれでもしたら、解放軍はひとたまりも無いだろう。仮にモントリオールを攻め落としても、フロリダが陥落すれば解放軍の負けだった。

 

 モニターの中のシェムハザは、表情に変化は見られない。

 

 しかし、それでも内心では忸怩たる物を感じずにはいられない様子だった。

 

《お前達の無念は判る。儂とて同じ気持ちだ。だが、ここは堪えるのだ》

 

 ここで撤退しても、戦力さえ残っていれば、モントリオールを再び攻める事ができる。しかし、ここで解放軍が壊滅してしまったら二度と北米解放は叶わない。無念ではあっても、ここは撤退する以外に道は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・承知しました」

 

 不承不承ながら、オーギュストはモニターの中のシェムハザに頭を下げた。

 

 通信を終えると、オーギュストはジーナに振り返る。

 

「できるだけ速やかに部隊を纏めてくれ。可能なら、今夜中に撤退作業を開始したい」

「判ったわ」

「後、防諜体制は完璧に頼む。万が一にも、ザフト軍に感づかれないように」

 

 現在、解放軍の本隊はザフト軍の勢力圏に近付きすぎている。もし、撤退の事をザフト軍に知られたら、熾烈な追撃を受ける事になりかねない。それだけは何としても避けなくてはならなかった。

 

 やがて、オーギュストの命令を受けた解放軍各部隊は、粛々と撤退を始めえていく。

 

 それに対し、オーギュストが危惧したザフト軍の追撃は行われなかった。

 

 陣形を可能な限り維持したまま粛々と撤退していく解放軍に対し、消耗を重ねたザフト軍は手出しする事ができず、ただ、南へと下がって行く解放軍の隊列を見送る以外に無い。

 

 こうして、五大湖周辺の攻防戦は集結し、モントリオール政府は辛うじて命脈を保ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北米、カリフォルニア湾岸の東側に、多数の部隊が展開しつつある。

 

 元々、専守防衛を目的として設立されたオーブ国防軍は、対外侵攻作戦の研究がそれほど活発とは言えず、領土外での作戦行動は不得手とされてきた。

 

 事実、ユニウス戦役以降、幾度か行われた大規模海外派兵と、それに伴う紛争介入においては、芳しい戦果を挙げ得た物は少ない。

 

 しかし、カーディナル戦役における共和連合軍の勝利により、オーブが治安維持を担う地域は急速に拡大する事となった。

 

 これに伴い、当時のオーブ政府は対外作戦行動が可能な部隊の練成を急ぐとともに、必要な法整備を来ない、必要に応じた自軍の国外における作戦行動を容認した。

 

 ハワイ基地も、その一環として整備された物である。ハワイを基地として使用できる事により、オーブ軍は太平洋一帯における作戦鼓動が可能となったのだ。

 

 オーブ軍が今回、本国から離れた北米に軍を派遣する事ができたのは、そうした入念な下準備の賜物であると言えた。

 

「うわぁ すごいねー」

 

 入泊する大和の艦橋から、揚陸作業を行う大部隊を見て、カノンは素っ頓狂な声を上げた。

 

 カノンと共に、ヒカル、レオス達も艦橋に上がり、集結しているオーブ軍に目を向けている。その視界の先には、世界でも有数の戦闘力を誇る軍隊が、轡を並べて集結している様を見る事ができた。

 

 長年、国土を侵そうとした多くの敵対勢力と死闘を繰り広げ、今や世界最強とまで言われるに至ったオーブの精鋭部隊の姿が、そこにはあった。

 

 北米統一戦線との戦いに勝利した大和も、オーブ軍北米上陸の報を聞いて本隊への合流を果たした訳である。

 

「確かに、こいつは壮観だ」

「こんなにいっぱい・・・・・・見るの初めてかも・・・・・・」

 

 イフアレスタール兄妹も、口を開きっぱなしにして見入っている。2人からすれば、これ程の大群を目にする機会など、今までになかったはず。それだけに、かなりの衝撃を受けている様子だった。

 

「いよいよ、反撃開始って感じだな」

 

 いつの間にやって来たのか、ミシェルが同じようにオーブの大軍を眺めながら言った。

 

 負傷したリィスに代わりモビルスーツ隊を指揮し、見事に北米統一戦線との戦いを勝ち抜いたミシェルもまた、指揮官として大きな成長を遂げたと言える。

 

 と、

 

「今回の派兵、司令官は誰だった?」

 

 艦長席に座したシュウジが、オペレーター席のリザに声を掛けた。

 

 それに対してリザは、情報が流れているモニターを見てから顔を上げる。

 

 ハワイから補充兵として配属されたリザだが、幾度かの戦いを経て機器の扱いにも慣れ、ブリッジクルーとしての役割を充分にこなせるようになっていた。

 

「えっと・・・・・・カンジ・シロサキ中将、だそうです」

 

 その名前を聞いた時、シュウジは被った帽子の下で僅かに目を細めた。

 

 そんなシュウジの様子に気付いたのは、自動航法に切り替えて、舵輪から手を放していたナナミだった。

 

「どんな人なんですか? そのシロサキ中将って・・・・・・」

「優秀な人物だ」

 

 ナナミの質問に対して、シュウジは変わらず、淡々とした調子で答える。

 

「軍政関係の仕事を多くこなされてきたのだが、艦隊の運用にも定評があり、『実践に強い指揮官』と言う評価がある。だが・・・・・・」

「だが?」

 

 言い淀むシュウジに対し視線が集中する中、当のシュウジは更に険しい表情を作りながら続けた。

 

「性格はやや慎重すぎる傾向があり、積極性が欠けると評価された事がある。それが作戦に影響しなければいいんだが・・・・・・」

 

 戦場における慎重さは必ずしも美点であるとは限らない。慎重に行動し過ぎた結果、勝機を逸する事も有り得るからだ。

 

 ただ、先の第1次フロリダ会戦の折のように、総司令部の判断と作戦指揮が拙速すぎて敗北したケースもまた多い事を考えれば、慎重な人物の方が好まれる場合も多い。そこは判断の難しい所である。

 

 やがて大和は、指定されたブイへと、ゆっくりと船を進ませていく。

 

 その時だった。すごい勢いで扉が開き、スーツ姿の青年が艦橋に飛び込んできたのは。

 

「ヒカル君!!」

 

 入って来るなり、アランは大声でヒカルを呼ぶ。

 

 その尋常ならざる様子から、何かただ事ではない事が起きていると直感した一同に、否応なく緊張が走る。

 

 何か、良くない事が起きたのか?

 

 ヒカル達の中に不安が走る中、

 

 アランは荒い息を整える間も惜しむように口を開いた。

 

「ヒビキ三佐が!!」

 

 

 

 

 

「リィス姉!!」

「リィちゃん!!」

「隊長!!」

「ヒビキ三佐!!」

 

 一同が病室に駆け込む中、

 

 まるで位階を連想させるような白さを持つ医務室。

 

 その壁際にあるベッドに横たわったリィスは、静かに目を閉じながら、

 

「・・・・・・・・・・・・うるさいわね、病室では静かにしなさいよ」

 

 いかにも不機嫌そうに、声を上げた。

 

 暫く眠っていたせいで、かなり億劫そうではあるが、意識自体ははっきりしており、どう見ても命に別状はない。

 

 艦橋に飛び込んできたアランは、リィスの意識が戻ったのを伝えてきたのだ。

 

 途端に、一同は力が抜けたように安どの笑みを漏らす。

 

 カノンなどは、思わずよろけて倒れそうになり、傍らのナナミに支えられているくらいだった。

 

 兎にも角にも、リィスの意識が戻ったのはめでたい事である。

 

 落ち着きを取り戻した一同は、改めてベッドを囲んで話し始めた。

 

「大体の経過は、グラディス連絡官から聞いているわ。みんな、良く頑張ってくれたわね」

 

 そう言ってから、リィスは視線をヒカルへと向けた。

 

「特にヒカル。よく頑張ったわ。流石は、お父さんとお母さんの子供ね」

「リィス姉・・・・・・」

 

 笑顔を向けてくるリィスに、ヒカルははにかんだ様に顔を逸らす。姉が自分の事をほめてくれたのが、単純に嬉しかった。

 

 そんなヒカルをじっと見て、リィスは一同に言った。

 

「みんな、ごめん。ちょっとヒカルと家族だけで話したいから、席外してくれないかな」

「ああ、すまん隊長、気が付かなくて。ほらほら、みんな行くぞ。家族水入らずを邪魔しないようにな」

 

 ミシェルが手を叩きながら、一同を追い出すように部屋を出て行く。

 

 それを見送ると、ヒカルはベッドの上のリィスに向き直った。

 

「それで、リィス姉。話って?」

 

 尋ねるヒカルに対して、リィスは真剣な顔を向けてきた。

 

「ヒカル、あの子とは、話はできたの?」

「あの子って・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、ヒカルはリィスが何を言いたいのか判った。

 

 レミリア(レミル)の事は、既にリィスも知っている。リィスの言う「あの子」とは、彼女()の事を言っているのだ。

 

「レミリ・・・・・・レミルとは、まだ」

 

 言いかけて、慌てて言い直す。レミリアが女である事はヒカル以外には知らない事なのだ。

 

 そのヒカルの反応を見てリィスは、結局ヒカルは、自分自身の事に決着を付けられないままになってしまったと言う事を理解した。

 

 本来ならリィスは、モビルスーツ隊長として、迷いを抱えたまま戦おうとしているヒカルを叱咤しなければいけない立場にある。

 

 しかし、隊長であると同時に姉でもあるリィスとしては、頭ごなしにヒカルの行動を否定する事は憚られた。

 

 だから、少しだけ話題とアプローチを変えてみる事にした。

 

「ねえ、ヒカル。お父さんの事、覚えてる?」

「そりゃ、覚えてる・・・・・・けど?」

 

 突然、話題を変えて話し出したリィスに対し、ヒカルは訝りながらも応じる。

 

「お父さんが、軍人だったってのは?」

「知ってる。正直、イメージに合わないけど」

 

 ヒカルの記憶では、父はいつもニコニコと笑顔で穏やかな性格をしている事が多く、怒った所など、全くと言って良いほど記憶に無い。とても、荒事を行う軍人だとは思えなかった。

 

 そんなヒカルの反応に対し、リィスは「確かにね」と呟きながら苦笑する。

 

「お父さんも、あれで、若い頃からすごい苦労して来たらしいからね。あのスタイルは、ある意味お父さんが辿り着いた答えの一つだったのかもしれないわね」

 

 戦場がどんなに苛酷であっても、家族の前では明るさを失わないようにする。

 

 もしかしたらキラは、そのように常に心がけていたのかもしれない、とリィスは考えていた。

 

「そんなお父さんがさ、戦場でどんなふうに戦っていたのか、話した事は無かったよね」

「うん」

 

 ヒカルは父や母が、どんな軍人だったか聞いた事は無かった。ヒカルが積極的に聞きたいと言った事は無かったし、キラ達にしても、敢えて話そうとは思っていなかった節がある。

 

 そんなヒカルに、リィスはどこか懐かしむような口調で話し始めた。

 

「お父さんはね、よっぽどの事が無い限り、敵のコックピットとエンジンは狙わなかったの。狙うのは、武装か、あとカメラか推進器だね」

「・・・・・・は?」

 

 何だ、その出鱈目なやり方は。

 

 ヒカルは驚愕のあまり、目を丸くしてしまう。正直、姉の話であっても眉唾としか思えなかった。

 

「ま、信じられないのも無理ないわ。実際に見ていた私ですら信じられなかったんだから」

 

 だがキラは、どんなに困難であろうと、誰からどれだけ非難されようと、自分のやり方を変えようとはしなかった。

 

 それこそが、いずれ必ず憎しみを止める事につながると信じていたからだ。

 

「今のアンタじゃ、お父さんの真似はできないと思う。て言うか、誰でも真似できるような事じゃないしね、あんな事」

 

 でも、とリィスは続ける。

 

「アンタのお父さんは、憎しみを止める為に戦い続け、その答えを示した。その事だけは覚えておいて」

 

 そう言って、リィスはヒカルに笑いかける。

 

 確かに、そんな戦い方は今のヒカルには無理だ。キラと同じ戦い方をするには、キラと同じだけの技量を持ち、そして他人が向けてくる憎しみも怒りも、全てを受け止めるだけの覚悟が必要なのだ。

 

 今のヒカルには、そのどちらも欠けている。

 

 だが、

 

 同時に、強い憧れがあるのも、ヒカルは感じた。

 

 もし、そんな戦い方ができるのなら、戦場に起こる悲劇を、ほんの僅かでも減らす事ができるかもしれない。

 

 互いに相反する主張がぶつかり合う戦場の中にあって、その全てを受け止める事ができれば、その先には必ず争いを止める「答え」があるような気がした。

 

 それに、レミリア。

 

 今は敵と味方に分かれてしまっている彼女を、救い出す事もできるかもしれない。

 

 敵を殺すのではなく、制する為に戦い、それを成し遂げた父。

 

 ヒカルは、その背中に少しだけ、触れる事ができたような気がした。

 

 

 

 

 

PHASE-25「先を歩く者の背中に」      終わり

 


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