機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-22「交わらぬ瞳」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これでも、昔に比べればだいぶマシになった方であろう。

 

 音声のみの通信画像を見ながら、クーラン・フェイスは内心で苦笑を漏らしていた。

 

 Nジャマーの影響で、地球上はひどい通信障害を起こし、一時期は遠距離同士の通信は原始的な文書伝達に頼らざるを得ないときすらあったらしい。

 

 それに比べたら多少の制限があるとはいえ、無線による通信が復活しているのは大変な進歩だろう。

 

 もっとも今、クーランの通信相手が画面に顔を出していないのは、技術の問題ではなく、たんに向こうの都合によるものなのだが。

 

《じゃあ、攻撃は失敗した訳だ》

「ああ、残念ながらな。あのまま強行したとしても、こっちが無駄死にする事は目に見えていたからな。俺の判断で退かせてもらった」

 

 悪びれた様子も無く、クーランは相手に言った。

 

 先のハワイ攻撃において、デストロイ級機動兵器インフェルノを使用してハワイ基地を叩こうとしたクーラン。

 

 その目的は、オーブ軍のムウ・ラ・フラガ大将抹殺であった。

 

 オーブ軍の北米派兵推進者であるムウを殺害する事で、作戦の実行を遅延させようと言うのが狙いだったのだが、しかし結局、クーランの攻撃はオーブ軍の思わぬ反撃を受けて失敗してしまった。

 

《ま、仕方が無いね。他ならぬ君が言うんだから、撤退が妥当だったんでしょ》

 

 相手はあっけらかんとした調子で、クーランを許した。

 

 その様子に、クーランは苦笑する。持つべき物は、話に判る上司だろう。おかげでこちらは、それなりに楽しく仕事ができると言う物だ。

 

《それで、お願いしといた件はどうなった?》

「ああ、それなんだがな、朗報があるぜ」

 

 待ってましたとばかりに、クーランは話題を変えて説明に入る。

 

 ひとしきり説明した後、クーランは相手の様子を見るべく言葉を切った。

 

「・・・・・・てな感じなんだが、どうよ?」

《ふーん・・・・・・・・・・・・》

 

 ややあって、相手はポツリと言った。

 

《成程、北米統一戦線、か。これは確かに盲点だったね》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルが部屋のブザーを押すと、中からは談笑と共に返事が返って来たので、扉を開けて中へと入った。

 

 次の瞬間、

 

「うわっ 何だよ、これ!?」

 

 ヒカルは思わず声を上げた。

 

 部屋の中には、色とりどりの服が散乱し、目が痛くなるようなカラフルカラーになっていた。

 

「お前等、何やってんだよ?」

「あ、ヒカル」

 

 ベッドの上に座ったカノンとリザが、振り返ってヒカルに笑い掛けてきた。

 

 部隊編成を終え、ハワイを出航した大和は一路、その針路を北へと向けている。

 

 目的は、北米統一戦線への攻撃。当初の予定よりも大きく遅れる形になったが、大和隊はようやく本来の敵と対峙する事ができる訳である。

 

 勿論、その行動の本来の目的は囮である。

 

 現在、オーブ本国では主力軍の出撃準備が完了しつつある。その目的を隠匿する為の限定的な攻勢である。その支援の為に、大和隊を含む複数の小規模部隊が、現在も活動中である。

 

 オーブ軍、と言うより共和連合軍の目的は、あくまでも北米解放軍の撃滅である。

 

 因みに今回の出撃に際し、大和隊の面々は北米での功績により、全員が一階級昇進を果たしていた。

 

 これにより、部隊長であるシュウジは二佐、リィスは三佐、ミシェルは一尉、ヒカルとカノンは三尉になっていた。

 

 因みに新規編入のイフアレスタール兄妹は、パイロット適性を認められたレオスが三尉、オペレーター配属となったリザが二等兵となっていた。

 

 そんな中、カノンとリザは歳も同じと言う事で相部屋になっていた。

 

「見て見てヒカル。ママがね、あたしの服持って来てくれといたんだ」

 

 そう言ってカノンは嬉しそうに、お気に入りのワンピースを広げて見せる。

 

 流石は母親と言うべきか、アリスはカノンが欲しい物をよく把握しているようだ。

 

 制式に入隊が認められ軍艦の中にあっても、カノンも年頃の女の子である。自分を可愛く見せたいと言う欲求は一般人と変わらない。そこらへん、あまり着る物に気を使わないヒカルとは大違いである。

 

「どうでも良いけど、これ、ちゃんと片付けろよな」

「判ってる判ってる。あ、ザッチには、これとか似合うんじゃないかな?」

 

 ザッチ、と言うのは、カノンがリザに付けた渾名である。また珍妙なあだ名を付けた物であるが、当のリザ本人は、特に気にしている様子も無かった。

 

 そのザッチこと、リザ・イフアレスタールは、カノンの掲げた服を見て、首をかしげている。

 

「うーん、そうかも。けど、これ私には大きいような・・・・・・」

 

 ヒカルはそんな少女達のやり取りを見て苦笑しながら視線を逸らし、

 

 そして顔を赤くしながら、慌てて元に戻した。

 

 机の上に数枚の下着が、無造作に置かれているのが目に入ってしまったからだ。

 

 そんな物、目の付く場所に置いとくなよ!! と心の中で叫びながら、チラッと様子を伺うと、カノンとリザはヒカルの様子に気付く事無く談笑を続けているのが見えた。

 

「じゃあ、俺行くわ」

 

 本当は、暇つぶしにカノンとゲームでもしようかと思ったのだが、どうやら2人で遊ぶのに忙しいみたいなので遠慮する事にした。流石に女子2人の中に男が入って行くのは躊躇われたのだ。

 

 出て行くヒカルの後姿を、カノンは怪訝な面持ちで見送る。

 

「ヒカル、何しに来たんだろ?」

 

 てっきり、休憩時間だから遊びに来たとでも思ったのだが、来たと思ったらすぐに出て行った幼馴染の行動が、カノンには意味不明だった。

 

 そんなカノンの様子を見て、リザは首をかしげる。

 

「もしかして、私、お邪魔だった?」

「え、何で? 別にそんな事無いよ。それよりほら、着て見ようよ」

 

 そう言って服を手に嬉々とした表情を浮かべるカノンを、リザは不思議そうな眼差しで見詰めていた。

 

 

 

 

 

「まさか、あなたまでついて来るなんて・・・・・・」

 

 困惑と驚き、そして若干の非難も滲ませた声を、リィスは呟く。

 

 北米統一戦線との決戦に向かう大和の中にあって、リィスには聊か予想外の事が起きていた。

 

 なぜか艦内に、アラン・グラディスの姿があったのだ。

 

 プラントの連絡官として派遣されたアランは、本来なら第1次フロリダ会戦が終了した時点で任務完了となり、船を降りていなくてはならないはずである。

 

 しかしアランは、さも当然と言わんばかりに今回の航程にも同行していた。

 

「まだ、お茶の約束を果たしてもらっていませんから」

「それ、本気で言ってます?」

 

 肩を竦めて言うアランに対して、リィスはジト目になって尋ねる。

 

 対して、

 

「勿論、冗談ですよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 何事も無いかのように肩を竦めるアランに対し、リィスはガックリと肩を落とした。

 

 何と言うか、これまでアランに抱いていたイメージが、ガラガラと崩れていくようだった。

 

「私、グラディス連絡官は、もう少し真面目な方だと思っていたんですけど?」

「・・・・・・なかなかひどい言われようですね」

 

 リィスの物言いにげんなりしつつも、アランは肩をすくめて見せる。

 

「実際の話、これも本国からの指示なんです」

 

 アランとしては、リィスとお茶がしたいが為だけに、図々しくも大和に同乗した訳ではない(それも理由の一つではあるが)。

 

 ムウ・ラ・フラガ大将提唱による今回の作戦に際し、オーブ軍の動きと連動させる為に、プラントは再びアランを連絡官として大和に留任させたのだった。

 

「そういう訳なんで、今後ともよろしくお願いします」

「はあ・・・・・・」

 

 何とも拍子抜けした調子で、リィスは返事を返す。

 

 正直なところ大和の再出撃が決まった時点で、もうアランと会う事は無いだろうと考えていただけに、肩すかしをくらったような気分になっていた。

 

 その時、

 

《間もなく、作戦空域に突入します。パイロット各位は搭乗機にて待機してください》

 

 スピーカーから、オペレーターの声が聞こえてくる。

 

 どうやら、作戦予定空域へと大和は近付きつつあるらしい。ここから先は北米統一戦線の襲撃に備える為にも、パイロットは戦闘準備状態を維持する必要があった。

 

「では、私は行きます」

「はい・・・・・・あ、ヒビキ三佐」

 

 踵を返そうとするリィスを、アランは呼びとめた。

 

 振り返るリィス。

 

 そこで、ハッと動きを止めた。

 

 視界の先にいるアランが浮かべる柔らかい笑顔に、ふと目を奪われてしまったのだ。

 

「帰って来たら、お茶の約束、果たしてもらいますよ」

「・・・・・・は、はい」

 

 慌てて返事をすると、踵を返して足早にパイロット待機所へと向かうリィス。

 

 その頬は、何故か必要以上に熱くなっているような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラスカは、かつて地球連合軍の本拠地が置かれていた。

 

 JOSH-Aと呼ばれた地球連合軍本部は、完全地下構造になっており、硬い岩盤と分厚いべトンによって防護され、核攻撃を含む如何なる攻撃でも破壊は不可能とさえ言われていた。

 

 しかしCE71に起こったザフト軍の侵攻作戦「オペレーション・スピットブレイク」により壊滅、地下構造体を含む全ての施設が崩壊した。

 

 公式発表では、JOSH-Aの崩壊はザフト軍の新兵器によるものとされ、現在に至るまで、その定説は覆されていない。

 

 しかし実際には、ザフト軍の奇襲を事前につかんでいた地球連合軍が、大量破壊兵器サイクロプスを使用した自爆攻撃を敢行した結果である事は、ごく一部の生存者の中で知られている事である。

 

 同盟軍の部隊すら、事前通告も無しに囮に使用して行われた作戦は、長く大西洋連邦の機密文書として厳重に封印されていたが、連邦崩壊の混乱の中で保管記録も失われ、今や完全に歴史の闇の中へと埋もれてしまったと言って良かった。

 

 JOSH-A跡は現在、サイクロプス爆発の余波で巨大な空洞と化し、地下施設も崩れた岩盤の下に埋もれ、内部を調査するのは事実上不可能と言われている。

 

 そのような事情がある為、地球連合軍は、その2年後に起こったユニウス戦役時には既に、全ての司令部機能をアイスランドのヘブンズベースへと移し、そこで対ザフト戦争の指揮を継続した。

 

 戦略的な価値は薄く、ある意味、歴史から見捨てられた土地と言っても過言ではない旧アラスカ基地。

 

 だからこそ、武装組織の根城としては最適だったわけである。

 

 北米統一戦線は現在、このJOSH-A跡地に拠点を建設し、ベーリング海から太平洋北部にかけてのラインを警戒する監視所として使用していた。

 

 ただし、基地戦力はそれほど多いとは言い難い。

 

 元々が寡兵の北米統一戦線である。主力部隊の体裁を維持する意味合いでも、末端の部隊にはあまり多くの戦力を避けないのが実情だった。

 

 しかし、それでも、この旧JOSH-A跡地に建設された基地の重要度は、北米統一戦線にとって無視できない物がある。

 

 ここより僅かに北方へ行った場所には、北米統一戦線が唯一保有するシャトルの発着場も存在する。そこを失えば、統一戦線は宇宙との往来ができなくなってしまう。

 

 その事を考えれば、旧JOSH-Aの価値も無視はできないだろう。

 

 セレスティを中心とした大和の艦載機部隊は、そのJOSH-A跡へと迫りつつあった。

 

 そのセレスティは今回、F装備での出撃となっている。

 

 ヒカル的には、接近戦武装であるS装備に愛着を覚えているのだが、今回は部隊での出撃であるから、場合によっては味方の援護も行う必要がある為、砲撃力に優れるF装備は最適だった。

 

《ヒカル》

 

 通信機に、少年の声が聞こえてくる。

 

 相手は、セレスティの右前を飛行するイザヨイからだった。

 

「レオス、どうした?」

《何かあったら、掩護よろしくな》

 

 レオスは今回が初陣となる。

 

 テストでは高い適性を示したが、実戦となると訓練や試験の通りに行かない事が多い。それ故に不安もあるのだろう。

 

《レオス、君は俺の援護に着け》

 

 2人の会話を聞いていたのだろう。ミシェルがリアディス・ツヴァイを寄せて話に加わってきた。

 

 今回の作戦において、ミシェルは別働隊指揮官を担っている。リィスが率いる本隊が敵の目を引き付けている内に、ミシェルが敵拠点に突入するのが狙いである。

 

《俺がフォワードで突っ込むから、後方から射撃で掩護を頼む!!》

《了解です。じゃあヒカル、また後で!!》

「ああ、頑張れよ!!」

 

 そう言うと、ミシェルのイザヨイが後方に下がって行くのが見える。リアディス・ツヴァイを掩護できる位置に移動したのだろう。

 

 セレスティとリアディスが3機、そしてレオス機を含むイザヨイ6機。これが、大和の持つ全機動戦戦力である。

 

《各機に次ぐ!!》

 

 先頭を進むリアディアス・アイン、リィスから通信が入った。

 

《間も無く、攻撃予定地点に入る。全機、散開しつつ敵拠点への攻撃に移れ!!》

 

 リィスが命令を飛ばした瞬間、

 

 センサーが、こちらに向かって接近してくる熱紋を捉えた。

 

 海上を、こちらに向けて真っ直ぐに向かってくる複数の機体。

 

 鋭角的なフォルムが俊敏な印象を受ける機体は、北米統一戦線が主力機にしているジェガンに間違いなかった。

 

《各機、散開しつつ攻撃開始。ミシェル君、基地攻撃隊の指揮は任せる!!》

《了解ィ!!》

 

 リィスの命令を受け、大和隊は二手に分かれる。

 

 ミシェルのツヴァイと、カノンのドライを中心にした部隊は、大きく迂回する形で敵基地へと向かう一方、ヒカルのセレスティとリィスのアインを中心にした部隊は速度を上げて敵部隊へと向かう。

 

「行くぞ!!」

 

 先頭に躍り出たヒカルは、ビームライフル、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス・レールガンを展開、5連装フルバーストを叩き付ける。

 

 たちまち、ジェットストライカーを装備した3機のジェガンが、直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 その掩護射撃の下、リィス達も突撃していく。

 

 仲間の死をも厭わず、突撃してくるジェガン。

 

 ビームカービンから放たれる火線を回避したリィスは、錐揉みするように機体を急降下させると、そのまま海面スレスレで引き起こし、スラスターを全開にする。

 

 立ち上る水柱を後方に見ながら、一気に距離を詰める。

 

 一瞬、怯んだ調子を見せるジェガン。

 

 その隙に抜き放ったビームライフルで、リィスは1機のジェガンのコックピットを破壊して撃墜する。

 

 ジェガン隊の一部は、側方を迂回しようとしているミシェル隊に追いすがろうとする。

 

 しかし、

 

「行かせるかよ!!」

 

 ヒカルのセレスティは、8枚の蒼翼を羽ばたかせて追いすがると、腰からビームサーベルを抜き放って一閃、ジェガン1機の胴を斬り裂いて撃墜する。

 

 セレスティの接近により、陣形を乱されたジェガン隊。

 

 そこへ、追いついてきたイザヨイ隊も攻撃に加わる。

 

 イザヨイ3機は、モビルスーツ形態に変形しながらビームライフルを構えて撃ち放つ。

 

 対抗するように、ビームカービンを振り翳すジェガン。

 

 しかし、立ち上がりを制されたせいで、ジェガン隊の攻撃は散発的になってしまっている。

 

 彼等は僅かな間に抵抗を示したのち、次々と討ち取られていった。

 

 

 

 

 

 一方、リィス率いる本隊から先行する形になったミシェル率いる別働隊は、ほとんど無人の海上を疾走して、統一戦線の基地へと迫っていた。

 

 前方には巨大なクレーター状の窪地があり、そこに海水が満たされる事で、一種の湖のようになっている場所がある。

 

 そこはかつて、地球連合軍本部JOSH-Aに通じるメインゲートが存在した場所である。

 

 奇しくもヒカルやミシェルの両親は、ここを戦場にして押し迫るザフトの大群と死闘を演じた。

 

 親たちが戦った古戦場に、その子供達が再び立っていると言う事には、ある種の歴史的皮肉を感じてしまう。

 

 だが、当のミシェルはそのようなこと知る由も無く、部隊の先頭に立って突き進んでいく。

 

 ミシェル隊が基地に接近すると、それを待っていたかのように海岸線から砲火が撃ち上げられてきた。

 

《チッ やっぱり待ち構えていたか!!》

 

 ミシェルは砲撃を回避しながら舌打ちを漏らす。

 

 北米統一戦線も馬鹿ではない。全部隊を迎撃に回して、基地の警戒を疎かにするような真似はしなかった。

 

 見れば固定の砲座に加えて、数機のジェガンの姿も見せる。皆、こちらを迎え撃つ為にランチャーストライカーを装備、射程の長いアグニで砲撃を仕掛けてくる。

 

「任せて!!」

 

 凛とした声と共に、カノンのリアディス・ドライが前へと出る。

 

 速度を上げたドライが、肩のビームガトリング、腰部ビームキャノン、右手のビームライフル、そして各種ミサイルランチャーを展開、一斉攻撃を仕掛ける。

 

 放たれたドライの攻撃は、次々と海岸線のラインに着弾して吹き飛ばしていく。

 

 統一戦線側の防御砲火に一瞬の隙が生じる。

 

 あまりに圧倒的な攻撃を前に、ジェガン部隊も動きを止めた。

 

 その隙を突き、ミシェルがムラマサ対艦刀2本を引き抜いて斬り込んだ。

 

「どりゃァァァァァァ!!」

 

 威勢のいい掛け声と共に、2本の刀を振り翳すミシェル。

 

 ジェガン隊も自分達に接近してくる赤い機体に気付いて、とっさに目標を変更しようと動く。

 

 しかし、ある程度まで接近してしまえば、砲撃よりも斬撃の方が機敏に動ける分優位となる。ましてや、彼等が装備しているアグニは、遠距離攻撃に主眼を置く武装である。砲撃戦では強いが、中距離以内で用いるには、その長砲身はデッドウェイトになりがちだった。

 

 ミシェルは砲撃を回避しながら飛び込むと、1機のジェガンを袈裟懸けに斬り捨てる。

 

 慌てたように、機体を振り返らせようとするジェガンが右手に見えた瞬間、

 

「やらせるかよ!!」

 

 振り向きざまに剣を振り翳し、胴切りに斬り捨てた。

 

 上空では、レオスの駆るイザヨイがモビルスーツ形態に変形し、ビームライフルで砲撃を仕掛けている。

 

 その様子を見て、ミシェルはフッと笑みを漏らした。

 

 安堵の溜息である。どうやら当初の心配は杞憂だったようで、レオスは初めての戦闘にも臆することなく戦って見せていた。

 

 他のイザヨイも、基地上空に到着すると次々と対地攻撃用のミサイルを切り離し、施設に対して攻撃を開始している。

 

 燃料タンクが破壊されて炎上し、格納庫と思しき建物が吹き飛ばされる。

 

 そこへ更に、カノンのリアディス・ドライも加わって、基地施設へ攻撃を行う。

 

 基地を守るべき戦力が失われ、戦場の支配権は大和隊が握りつつある。

 

 このまま押し切る事ができるか?

 

 そう思った次の瞬間、接近してくる新たな機影を捉えた。

 

 かなり速い。それは探知範囲外から、一気に迫ってくる。

 

「こいつは・・・・・・デスティニー!? いや・・・・・・」

 

 ミシェルの視界に踊り込む炎の翼。

 

 しかし、その姿はデスティニーではない。炎の翼と言う共通点はあるが、四肢はすっきりとして武装もシンプルである。

 

「これ以上はやらせん」

 

 ストームアーテルのコックピットで、アステルは低い声で呟くと、リアディス・ツヴァイに向けてライフルモードのレーヴァテインを撃ち放つ。

 

 アステルの鋭い眼差しは、一瞬にしてリアディス・ツヴァイが指揮官機である事を見抜いたのだ。

 

 ミシェルはその攻撃を、シールドを翳して防御。逆にライフルで応射しつつストームアーテルの接近を阻もうとする。

 

 リアディス・ツヴァイとストームアーテルは、暫くの間、互いに旋回しながら激しい砲撃の応酬を繰り返す。

 

 しかし、砲撃の威力、連射速度共に勝るストームアーテルが、時間を追うごとに徐々に優位に立ち始めた。

 

「クソッ 砲撃戦じゃ分が悪いか!!」

 

 元々、ブレードストライカー装備のツヴァイは、砲撃力に優れると言う訳ではない。

 

 ミシェルとしては、どうにかして自分の有利な距離で戦いたいところだった。

 

 その時、

 

《掩護するよ、ミシェル君!!》

《こっちもです!!》

 

 カノンのリアディス・ドライと、レオスのイザヨイが、苦戦するミシェルを掩護するように、ストームアーテルに対して砲撃を浴びせる。

 

 2機分の火力を叩き付けられたせいで、さしものアステルも動きを鈍らせた。

 

「ありがとよッ 2人とも!!」

 

 2人が稼いでくれた時間を有効に活用すべく、ミシェルはムラマサを抜き放ってストームへと斬り掛かる。

 

 一方のアステルは、リアディス・ドライとイザヨイからの攻撃を、最小限の動きで回避しつつ、その双眸は向かってくるリアディス・ツヴァイをしっかりと見据えている。

 

「来るかッ」

 

 低く呟きながら、レーヴァテインを対艦刀モードにしてツヴァイを迎え撃つ。

 

 状況は1対3だが、アステルは一切怯む事は無い。ただ、ストームのスラスターを全開にして向かっていくのみである。

 

 突っ込んでいくミシェル。

 

 対抗するように、アステルは左腕のビームガンでリアディス・ツヴァイの動きを牽制しつつ、右手のレーヴァテインを振り上げる。

 

「クソッ!?」

 

 袈裟懸けに繰り出される大剣の一撃を辛うじて回避しつつ、舌打ちするミシェル。

 

 ストームアーテルからの攻撃で、僅かに体勢が崩れたツヴァイをどうにか立て直そうとする。

 

 そこへ、ストームアーテルがさらに踏み込んで斬り掛かってきた。

 

 アステルは、ここで一気にトドメを刺すつもりなのだ。

 

「回避は、ダメかッ!!」

 

 弾くように呟きながら、ミシェルはとっさにシールドを掲げてストームアーテルの攻撃を防御する。

 

 火花を散らす大剣と盾。

 

 ビーム刃がラミネートによって散らされ、スパークが一瞬、視界を白色に焼く。

 

「チッ しぶといな」

 

 アステルは舌打ちを漏らすと、激突の反動を利用して後退。同時にレーヴァテインを対艦刀モードにして構える。

 

 だが、アステルはトリガーを引く事ができない。

 

 その前に、レオスとカノンがミシェルの援護に入って砲撃を行ったのだ。

 

 2機分の火力が、ストームアーテルに襲い掛かる。

 

 しかし、それらの攻撃をアステルは、炎の翼を羽ばたかせ、苦も無く回避していく。

 

 一切の無駄を省き、必要最小限の動きで機体を操る様は、ある意味華麗ですらある。

 

 そのストームアーテルの姿に、対峙するミシェルは思わず口笛を吹く。

 

「やるじゃないのッ だがな!!」

 

 動きを止めたストームアーテルに対して、双剣を構え直して斬り掛かって行くミシェル。

 

 その口元には、不敵な笑みが浮かべられている。

 

 強敵との戦闘は胸躍る物がある。たとえそれが、戦争と言う過酷で残酷な環境にあっても。

 

 救いがたい性ではあるが、ミシェルの中である意味、矛盾を来す感情は確かに存在していた。

 

 対抗するように、アステルもレーヴァテインを再び対艦刀モードにすると、両手持ちで構え斬り掛かって行った。

 

 

 

 

 

 ミシェル隊がアステルとの交戦を開始した頃、

 

 リィス率いる本隊は、北米統一戦線が抱えるもう1人の「象徴」と対峙していた。

 

 蒼空に深紅の翼を広げて、真っ直ぐに向かってくる機体。

 

 言うまでもなく、スパイラルデスティニーである。

 

「レミリア・・・・・・・・・・・・」

 

 炎の翼を広げて降下してくるデスティニーを見据え、ヒカルは親友の本名を呟く。

 

 あの、第1次フロリダ会戦の後、一晩を共にして以来の接触となる。

 

 あの時ヒカルは、レミリアと腹を割って話し合い、多少なりとも互いの立場を分かり合えたと思っている。

 

 しかし今、再び少年と少女は敵同士となって戦場で対峙している。

 

 否、判り合えたからこそ、と言うべきかもしれない。

 

 互いの立場が分かったからこそ、ヒカルとレミリアは敵同士にならなくてはならなかったのかもしれない。

 

 次の瞬間、

 

 スパイラルデスティニーは、速度を上げて一気に襲い掛かって来た。

 

《各機・・・・・・・・・・・・》

 

 リィスが何かの命令を下そうとする。

 

 しかし、それを待たずにヒカルは動いていた。

 

 8枚の蒼翼を広げると、スラスターを全開。急上昇しながらスパイラルデスティニーへと向かっていく。

 

 その姿に、レミリアの方も気付いたのだろう。迎え撃つように砲門を開いて来る。

 

 両肩の3連装バラエーナ、腰の連装レールガン、そして両手に把持したビームライフル。

 

 アサルトドラグーンを除く、全火砲でもってセレスティの接近を阻もうとする。

 

 対して、ヒカルは巧みな機動でスパイラルデスティニーの砲撃をすり抜けると、バラエーナで牽制の砲撃を仕掛けながら同じ高度まで急上昇する。

 

 振り上げたビームサーベルを、勢いに任せて振り下ろすセレスティ。

 

 その光刃を、スパイラルデスティニーはビームシールドを展開して防ぐ。

 

《やっぱり来たんだ、ヒカル》

「レミリア!!」

 

 どこか諦念を滲ませたような呟きを洩らすレミリアに対して、ヒカルは苦渋をにじませた声で叫ぶ。

 

《できれば、ヒカルには来てもらいたくなかったんだけど、けど仕方ないよね》

 

 ヒカルはオーブ軍、レミリアは北米統一戦線。

 

 互いの立場はどこまで行っても平行線をたどり、決して交わる事は無い。

 

「剣を引け、レミルッ いや、レミリア!! 俺は、お前とは・・・・・・」

《それは今更だよ、ヒカル》

 

 レミリアの声は、殊更に冷たい。

 

 弾かれるように距離を置く両者。

 

 同時にレミリアは、翼から8基のアサルトドラグーンを射出。セレスティへと向かわせる。

 

《ボクは、君を撃つよ。ヒカル!!》

「レミリア!!」

《殺されたくなかったら、君も全力で来るんだね!!》

 

 アサルトドラグーンがセレスティを包囲。同時に光の檻を形成するように砲撃を仕掛けてくる。

 

 対してヒカルは8枚の蒼翼を羽ばたかせ、辛うじてドラグーンの攻撃を回避。同時にビームライフルを構えてスパイラルデスティニー本体を狙う。

 

 フルバーストを展開している余裕はない。ここは速射力に優れるビームライフルによる攻撃に専念するしかなかった。

 

 だが、そんなヒカルの窮状を見透かしたように、レミリアはビームシールドを展開してセレスティの攻撃を防御すると、連装レールガンと3連装バラエーナを展開して、10門による砲撃を加えてくる。

 

 その攻撃を、高度を急激に落としながら辛うじて回避するセレスティ。

 

 しかしレミリアは、ヒカルに息を吐かせるつもりはない。

 

 回避運動を行うセレスティに対して、更にアサルトドラグーンも再び近付いて来るのが見える。

 

《ヒカル。君個人の事、ボクは嫌いじゃないよ》

 

 砲撃を仕掛けながら、レミリアが語りかけてくる。

 

《別の出会い方をしていたら、もしかしたらボク達は、もっと判り合えたかもしれない》

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 レミリアの言葉に、ヒカルは次の言葉がつながらない。

 

 無意味な想定だと判っていても、考えずにはいられない。

 

 自分とレミリアが味方同士だったら?

 

 いや、そんな殺伐としたものでなくて良い。せめて、民間人で、普通の少年少女として出会えていたら、

 

 少なくとも、こんな場所で互いに銃口を向け合うようななかにはなっていなかったはずだ。

 

《けど、結局のところ、これがボク達の運命だったんだ!!》

 

 次の瞬間、レミリアの中でSEEDが弾けた。

 

 言い放つと同時に、ミストルティン対艦刀を両腰から抜き放つレミリア。

 

 同時に緋色の翼をいっぱいに広げ、スパイラルデスティニーはセレスティ目がけて突撃してくる。

 

「ッ!?」

 

 とっさにビームライフルを放って牽制しようとするヒカル。

 

 しかし、当たらない。

 

 レミリアは虚像を織り交ぜてヒカルの視覚を攪乱すると、そのまま滑り込むように距離を詰めてきた。

 

《だから、終わらせるッ 君とボク、交わった運命を、今日ここで!!》

「そんな、勝手な理屈!!」

 

 振るわれる双剣の斬撃。

 

 その連撃に対して、シールドを翳して防御するセレスティ。

 

 しかし次の瞬間、そのシールドが真っ二つに叩き斬られる。

 

 シールドの陰から、現れるスパイラルデスティニーの機影。

 

《これで、終わりだ!!》

「まだだ!!」

 

 とっさに、シールドをパージするヒカル。同時に左手で逆手にビームサーベルを抜き放ち、居合のように斬り上げる。

 

 振るわれる斬撃は、今にも振り下ろされようとしていたミストルティン1本を叩き折った。

 

 更に追撃を、

 

 そう思ってビームサーベルを構え直そうとするヒカル。

 

 しかし次の瞬間、スパイラルデスティニーの右掌が発光するのが見えた。

 

 パルマ・フィオキーナ掌底ビーム砲だ。

 

 セレスティに対し、更に距離を詰めるスパイラルデスティニー。

 

 距離は完全にゼロ。

 

 回避はできない。

 

 そして、シールドを失ったセレスティには防御の手段も無い。

 

 これで終わり。

 

 そう思った時、

 

《ヒカルは、やらせない!!》

 

 スラスターの噴射炎を引きながら、青い装甲の機体が割り込んで来た。

 

 リィスのリアディス・アインだ。

 

 スパイラルデスティニーが翳したパルマ・フィオキーナに対して、リィスはとっさにシールドで防御しようとする。

 

 ぶつかり合うデスティニーとリアディス。

 

 パルマ・フィオキーナの閃光が、ラミネートのシールド表面で拡散する。

 

 同時に後退する両者。

 

 リィスの眼差しは、新たな敵に対応する為に反転しようとするスパイラルデスティニーの姿が映っている。

 

 相手は北米統一戦線最強の存在だ。並みの力では返り討ちに遭うのは必定である。

 

 向かってくるスパイラルデスティニー。

 

 対抗するように、リィスもスラスターを吹かして向かっていく。

 

「・・・・・・・・・・・・この力、私は、お父さんやお母さんほどには、上手には使えないかもしれない」

 

 自身の内に眠る別の存在へと語りかけるように、リィスは言葉を紡ぐ。

 

「けどッ 今は大切な弟を守る為に、私はこの力を使う!!」

 

 言い放った瞬間、リィスの中でSEEDが弾けた。

 

 速度を増すリアディス・アイン。

 

 斬り込んで来たスパイラルデスティニーのミストルティンをシールドで弾き、逆に自身がビームサーベルを繰り出す。

 

「何だッ こいつ、急に!!」

 

 驚愕しつつ、機体を後退させようとするレミリア。

 

 しかし、

 

「遅い!!」

 

 一瞬の加速で追いすがったリィスは、リアディスのビームサーベルを一閃する。

 

 その一撃は、スパイラルデスティニーが把持する、もう一本のミストルティンを根元から斬り飛ばす。

 

「チッ!?」

 

 レミリアは舌打ちしながらミストルティンの柄をパージ。そのまま紅炎翼を羽ばたかせると、一気にリアディス・アインから距離を置く。

 

 それを追うリィス。

 

「逃がすか!!」

 

 フルスピードから、一気にビームサーベルを繰り出す。

 

 これで終わらせる。

 

 必殺の想いと共に繰り出されたビームサーベルは、立ち尽くすスパイラルデスティニーの胴を薙ぎ払い、

 

 そして手ごたえの無いまま通過してしまった。

 

「虚像ッ しまッ・・・・・・」

 

 リィスが気付いた時には、既に遅かった。

 

 リアディス・アインの背後から、パルマ・フィオキーナを翳したスパイラルデスティニーが迫る。

 

 光学虚像を使用してリィスの照準を攪乱したレミリアは、その間にリアディス・アインの背後に回り込んだのだ。

 

 殆ど反射的に、シールドを翳して防御するリィス。

 

 そこへ、スパイラルデスティニーのパルマ・フィオキーナが激突した。

 

 ビームはラミネート装甲に拡散され、激しくスパークをまき散らす。

 

 一瞬、拮抗する両者。

 

 しかし次の瞬間、

 

 あまりの威力に耐えかねたリアディス・アインのシールドが粉砕される。

 

「あっ!?」

 

 目を見開くリィス。

 

 バランスを崩すリアディス・アイン。

 

 その姿を見据え、

 

「よくも、邪魔を!!」

 

 レミリアは、スパイラルデスティニーの腰に装備したビームサーベルを抜き放つ。

 

 一閃される刃が、リアディス・アインへと迫る。

 

「リィス姉!!」

 

 ヒカルが悲痛な叫びを発する中、

 

 スパイラルデスティニーが振るった斬撃は、リアディス・アインの機体を袈裟懸けに斬り裂く。

 

 踊る爆炎。

 

 赤々と立ち上る炎。

 

 その中で、

 

 リィスの意識は、強制的に断ち切られた。

 

 

 

 

 

PHASE-22「交わらぬ瞳」      終わり

 


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