機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-21「新たなる舞台」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、被害が最小限で抑えられたのは僥倖以外の何物でもなかった。

 

 突如、ハワイ諸島を襲った可変航空機型のデストロイ級機動兵器は、大和隊所属のヒカル・ヒビキ准尉、そしてカノン・シュナイゼル准尉の活躍により、撃墜にこそ至らなかったものの、重大な損傷を与え撃退する事に成功した。

 

 これによりオーブ軍は、ハワイへの被害は事実上ゼロに抑える事に成功した。

 

 もっとも、初めに犠牲になった輸送機の搭乗員や、迎撃に出て撃墜されたイザヨイ3機のパイロットなど、被害が完全に無かった訳ではないのだが。

 

 しかし、先の北米統一戦線襲撃時に比べれば、蒙った被害が格段に小さい事は事実である。

 

 それが、まだ幼さの残る2人の少年少女によってもたらされたと言う事実は、ある意味で衝撃とも言うべき事実として、ハワイ中に広まろうとしていた。

 

 だがそんな中、ムウは1人、苦い表情で状況を見詰めていた。

 

「俺が、連中を呼び寄せてしまったのかもしれないな」

 

 消沈したように、ムウは低い声で呟いた。

 

 戦闘終了後、ハワイへ寄港した戦艦大和に乗り込んで来たムウは、自分なりに状況を分析して、そのように結論したのだ。

 

「どういう意味だよ、親父?」

 

 訝るように尋ねたのは、息子のミシェルである。

 

 人並みには家族に対する愛情と、両親に対する敬意を持っているミシェルにとって、父の口から弱気な発言が出たのが意外だった。

 

「連中が何者かは判らんが、今、ハワイに奇襲を掛けてくる理由は、それ以外には考えられない」

 

 実のところムウには、今回襲ってきた相手が誰であるかは大体の所で見当を付けていた。

 

 ムウはオーブ軍北米派兵の推進者である。その事を考えれば、ムウを殺す事によって、敵が作戦の遅延、あわよくば凍結を狙ったとしても不思議はなかった。

 

 その時、部屋のブザーが鳴り、来客が告げられた。

 

 ムウが促して扉が開かれると、今回の戦いの功労者であるヒカルとカノンが並んで立ち、ムウに向かって敬礼していた。彼等の背後にはリィスの姿もあり、こちらもやはり敬礼している。

 

「おう、来たか。まずはご苦労だったな」

 

 そう言って2人を労うムウ。

 

 今回の戦い、2人の存在が無かったらハワイは再び壊滅的な被害を受けていたかもしれない。もしかしたら、敵の思惑通りムウが死んでいた事も考えられる。

 

 そう考えれば、ムウとしても2人には感謝したい気持ちでいっぱいだった。

 

 立派に成長した物である。

 

 ムウは感慨深げにヒカルとカノンを見詰める。

 

 2人とも、ムウにとっては戦友の子供達である。特にヒカルの両親であるキラとエストとは付き合いも長い。

 

 何となく、キラの若い頃に似た面影を見せ始めたヒカルに、ムウは懐かしさにも似た感情を抱いていた。

 

「それで、今後の事なんだが・・・・・・」

「その前に、フラガのおじさん」

 

 ムウの言葉を遮るように、ヒカルが発言した。

 

「俺の方から、おじさんに伝えたい事があります」

 

 真っ直ぐにムウを見詰める少年の目には、何か固い決意のような物が見て取れる。

 

 ムウは、こうした目を持つ人間を何人か知っている。抱えていた悩みを吹っ切った、強い心を持つ者だけができる目だ。

 

「何だ? 言ってみろ」

「はい、話ってのは、俺とカノンの今後の事についてです」

 

 戦闘前にムウが2人に提示した選択肢が、敵の襲撃によって未だに宙ぶらりんのまま残っていた。

 

 このまま軍に留まるか、それとも士官学校に戻るか、と言う選択肢。どうやら、それに答えが出たらしい。

 

 ヒカルは真っ直ぐに、ムウの目を見詰めて言った。

 

「決めました。俺もカノンも、このまま軍に留まって戦います」

 

 半ば、予想した答えではある。

 

 彼等の両親、キラ、エスト、ラキヤ、アリスは皆、英雄と称して良い戦士たちだった。そんな偉大な両親の血をしっかりと受け継いでいる彼等が、自分達に課せられた運命を途中で投げ出すとは思えなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・良いのね?」

 

 そんな彼等に、背後から厳しい口調で問いかけられた。

 

 リィスは振り返る少年と少女を鋭く睨みながら。改めるようにして問い質す。

 

 たとえ姉と言えど弟の行動を縛る権利はない。しかしそれでもリィスは家族として、そして彼等の上官として、もう一度彼等の気持ちを検める必要があった。

 

「本当に、良いのね? ヒカル、それにカノンも、アンタ達が選んだ道は辛い道よ。でも、選んだ以上はもう、逃げる事も投げ出す事も許されない。その覚悟がアンタ達にあるの?」

 

 ムウもミシェルも、リィスの問いかけに対するヒカル達の答えを待っている。

 

 こういう事はやはり、姉の役目だろう。他人が口を出して良い問題ではない。

 

 ややあって、口を開いたのはヒカルだった。

 

「リィス姉が言う覚悟って言葉を、軽々しく使うつもりはないよ」

 

 ヒカルは、姉の顔を真っ直ぐ見据えて言う。

 

「けど、俺達はもう、関わってしまったんだ。この戦争にさ。途中で投げ出す事なんてできない」

「あたしも・・・・・・」

 

 ヒカルの後から、カノンも発言する。

 

「あたしもヒカルと同じ気持ちです。こんな中途半端な所で投げ出すなんてできないよ」

 

 2人はまだ未熟な存在である。パイロットとしての腕はリィスやミシェルの方が上であるし、考え方も、周りの大人たちに比べれば多分に幼さが残っている。

 

 しかし、それでも、かつて綺羅星の如く存在した英雄達と、同じ輝きを見せ始めているように思えるのだった。

 

 故に彼等は進もうとしている。自分達が切り開いた道の上を、自分達の足で踏みしめて。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 ややあって、納得したようにリィスは頷いた。

 

 幼い頃、地獄のスカンジナビアで、母、エストに命を救われ、その後は父であるキラの背中を見ながら戦ったリィスには、今のヒカルの中に両親の面影を見出しているようだった。

 

 そしてカノンもまた、ヒカルと同様の輝きを放とうとしているのが分かる。

 

 英雄の子として生まれた時点で、この2人には戦う事が運命付けらているのかもしれない。そのようにリィスには思えるのだった。

 

「アンタ達2人がそう考えるんだったら、私は反対しない。何かあった時は、あんた達2人の事は私が全力で守るから」

「リィス姉・・・・・・」

「ありがとう、リィちゃん」

 

 英雄は歩み始めた瞬間から、その行く道を止める事は誰にもできない。

 

 ヒカルとカノンは、その事を自ら証明しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂な湖面が、突如、唸り上げて波打つさまが眼下に展開される。

 

 目を転じて上に向ければ、純白のストレーキと共に、時折、花開く爆炎が禍々しく踊っている。

 

 ここは北米大陸五大湖、オンタリオ湖上空。

 

 今はここが、共和連合軍と北米解放軍との主戦場と化していた。

 

 共和連合軍は当初、北米解放軍の進撃ルートとして五大湖の東側のラインを想定し、そちらに主戦力を集中させていた。五大湖の東側は比較的広い平野部が広がっている事から大兵力の展開が容易であり、更にはモントリオールまで最短距離での進軍が可能となるからだ。

 

 しかし、その予測は見事に裏切られた。

 

 北米解放軍指導者ブリストー・シェムハザは、共和連合軍の動きを読み切ると、全軍の進路を、五大湖中央を突っ切る形に変更した。

 

 共和連合側がこの動きに気付いた時には既に、クリーブランド、デトロイト、シカゴ、ミルウォーキー等、五大湖南側の拠点はほぼ無血で陥落、更に解放軍の勢力は五大湖北岸にまで迫ろうとしていた。

 

 万が一、五大湖北岸への「上陸」を解放軍に許せば、もはやモントリオールは丸裸に等しくなる。そうなると、共和連合軍の勢力は完全に北米から駆逐される事になる。

 

 この状況を受けプラント政府は、北米大陸への増派を決定し、両軍は五大湖を主戦場に一進一退の戦いを繰り広げている。

 

 とは言え、戦況は明らかに解放軍が有利である。

 

 先の第1次フロリダ海戦の勝利によって勢いがある北米解放軍。そこに加えて数でも勝っているのだ。

 

 だが、もはや後が無い共和連合軍も必死である。特に北米の利権を守る立場にあるザフト軍は、精鋭を中心とした部隊を五大湖の戦線へと派遣、北米解放軍と激しく干戈を交えていた。

 

 その圧倒的不利な戦況に投入された部隊の中に、シェフィールド隊の姿もあった。

 

 

 

 

 

 最新鋭機であるハウンドドーガを駆り、シェフィールド隊の若手3人は湖上を滑るように進んで行く。

 

 向かってくる北米解放軍の部隊はグロリアスとウィンダムが中心。

 

 既に10年以上前に建造された旧式な機体とは言え、徹底的なブラッシュアップの末、新型とも互せるほどの性能を確保していると言う。更に言えば、数もザフト軍の倍以上で攻めてきている。油断している余裕はなかった。

 

「数だけいたって、ねえ!!」

 

 先頭に出たジェイクのハウンドドーガが、ビーム突撃銃を撃ちながら、向かってくる解放軍部隊を牽制しにかかる。

 

 今回は空中戦と言う事で、3機ともそれに対応するべくフォースシルエットを装備してきている。武装は貧弱だが機動力は高く、ある程度どのような戦況でも対応が可能な装備である。

 

 もっとも、それは敵も同じ考えであるらしく、解放軍側の機体もエールストライカーやジェットストライカー装備の部隊が目立っている。

 

「敵の中央に穴を開けるッ ノルト、掩護お願い!!」

《了解しました!!》

 

 ノルト機がビーム突撃銃で射撃を行う中、ディジーのハウンドドーガは右手にビームトマホーク、左手にビーム突撃銃を構えて突撃していく。

 

 接近、同時に振るわれるビームの斧がグロリアスを叩き斬り、更に銃口を向けた突撃銃によってウィンダムをハチの巣にする。

 

 背後から接近しようとする機体にはノルト機から的確な掩護射撃が飛び、容易には撃たせない。

 

 その砲火の下を、更に突撃するディジー。

 

「どきなさいよ!!」

 

 突撃と同時に振るわれる斧が、更に解放軍の戦列を斬り裂く。

 

 かつて彼女の父イザークも、部隊長として常に先陣を切る事を好んでいたが、その気質は娘にも受け継がれているようだ。

 

 とは言え、今回は相手が多すぎる。

 

 次々と戦列に加わる解放軍部隊の前に、ディジー機は徐々に囲まれ身動きが取れなくなっていく。

 

 その時だった。

 

《あらよっと!!》

 

 調子のいい掛け声と共に、飛び込んできたジェイクのハウンドドーガが、手にしたビームトマホークで、ディジー機の背後に回り込もうとしていたグロリアスを斬り捨てる。

 

《俺の女を後ろから責めるとは、良い度胸じゃねえか!! こいつのお尻は俺の物なんだからな!!》

「ば、馬鹿ッ 何言ってんのよ!!」

 

 ジェイクのふざけた物言いに、顔を赤くして反論する勢いのまま、不用意に近付いてきたウィンダムを斬って捨てる。

 

 これが戦闘中でなかったら、それこそジェイクの尻を、プラントまで蹴り飛ばしそうな勢いである。

 

 局所的な戦闘ではパイロットの技量に分があるザフト軍が押している感がある。

 

 しかし、全体として見た場合、やはりどうしても数に勝る解放軍が優勢になりがちだった。

 

 ザフト軍の戦線は徐々に北へと押し上げられ、更なる後退を余儀なくされる。

 

 このままでは、上陸も許してしまう事だろう。

 

 そしてついに、先発した解放軍部隊がヒューロン湖の北岸を見るに至る。

 

 沸き立つ解放軍。

 

 ついに自分達はザフト軍の防衛ラインを突破したのだ。あとはモントリオールまで一直線である。

 

 そして、

 

 破滅も至極あっさりとやって来た。

 

 上陸目指して侵攻してくる解放軍を、冷静に見据える者がいた。

 

「今だ、やれ」

 

 ルインは短く命じる。

 

 次の瞬間、

 

 水面を割って、多数のハウンドドーガが姿を現した。

 

 その全てが、砲撃戦形態のブラストシルエットを装備している。

 

 ルインは解放軍が数で押してくることを見越し、ヒューロン湖の湖底に多数のハウンドドーガを伏せていたのだ。

 

 一斉砲撃を仕掛けるハウンドドーガ隊。

 

 この奇襲攻撃に、解放軍部隊は成す術が無かった。

 

 吹き飛ばされ、炎を上げて塵のように消えて行く解放軍各機。

 

 その様子を、ルインは満足げに眺めていた。

 

「後続の解放軍本隊。撤退していきます!!」

「よし、各部隊に通達。追撃の必要は無い。深追いせず、戻って部隊の再編成に努めるように言え」

 

 命令を下してから、ルインは大きく息を吐いた。

 

 元より、調子に乗って藪蛇を突く気はルインには無い。今は敵に損害を与える事よりも、味方の損害を押さえ、戦線を維持する事の方が重要だった。

 

「今回は、何とかなりましたね」

「ああ」

 

 背後からの声に、ルインも頷きを返す。

 

 背後に立った女性は、ルインが地上に降りた際に指定した旗艦の艦長である。

 

 アビー・ウィンザーと言うこの女性の戦歴は長く、初陣はルインと同じくユニウス戦役の時だと言う。今のザフトでは宝石よりも貴重なベテラン兵士と言う訳だ。

 

「だが、次も上手く行くとは限らん。早急に手を打たない事にはな」

 

 言いながらも、ルインは現有戦力ではいずれじり貧になる事を見抜いている。

 

 早急に補給を受けられなければ、自分達は力尽きて地面に倒れ伏したところを、総攻撃を受けて全滅と言う事になりかねなかった。

 

 

 

 

 

 

 アンブレアス・グルックは執務室の机に1人腰かけたまま、沈思するように虚空を眺めている。

 

 先の第1次フロリダ会戦における事後処理が、ようやく終わったところである。

 

 グルックにとっては不愉快な仕事ではあったが、最高議長として承認した作戦が失敗して多くの犠牲者が出た以上、無視する事もできなかった。

 

「もっとも、あなたにとっては今回の敗戦も、ある意味で計画通りだったんじゃないのかな?」

 

 突然聞こえてきた声に対し、グルックは振り返る事無く、ただ唇の端を持ち上げて微笑を返す。

 

「悲劇は拡大と拡散を繰り返し、人々の心には悲しみと憎悪の種が植えつけられる。人々は彼等と自分達とは決して相容れない存在である事を悟り、より多くの力を欲するようになる」

 

 子供のように溌剌として、しかし、どこか老人のような濁りがある不気味な声。

 

 聞く者によっては不快感を呼び起こしそうな声ではあるが、しかしグルックは身じろぎせずに口を開いた。

 

「どう思おうが、それは君の自由だ。しかし状況は常に動いている。それを完全に支配する事ができる者など誰もいないさ。君にも・・・・・・無論、私にもね」

 

 今回の戦いにおける敗北が、誰の思惑によって成され、誰のシナリオによって遂行されたかは問題ではない。

 

 重要なのは、肉親や家族を戦場で失ったプラントの一般大衆がテロリスト撲滅を叫び、より強大な軍拡に賛同するような流れを作る事なのだ。

 

 その為ならば、今回の敗戦における犠牲など些細な問題である。

 

「でも、過去には何人か、状況を自分の想い通りに支配できた人物がいたんじゃないかな、たとえば・・・・・・」

「ラクス・クライン、かね?」

 

 グルックは僅かに口調に苦みを含みながら、かつてプラントを率いた女性の名を呼ぶ。

 

 相手の方でも、グルックのそんな様子に気付いているのだろう。彼の様子を楽しむように含み笑いを漏らしてくる。

 

「彼女が齎した物は、確かに平和だった。多少いびつだったかもしれないが、そもそも完全な形での平和なんて誰も知らないし、誰も見た事が無い。そう言う意味でラクス・クラインは一つの答えに行き付いていたとも言える」

 

 僅か十年とは言え、大規模紛争の芽を完全に抑え込んだラクスの手腕は、彼女の信奉者のみならず、一部の反ラクス論者も認めている所である。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役、そしてカーディナル戦役と、僅か数年の間に3度も続いた戦乱を収めたのは、確かにラクスの功績が大きいだろう。

 

「では、そんな彼女を否定するあなたは、いったいどこへ向かおうとしているのかな?」

「決まっている。彼女が到達し得なかった高みだ」

 

 一瞬も迷う事無く、グルックは答えて見せた。

 

「ラクス・クラインが作った世界など、所詮はまやかしの平和、いわば箱庭の平和に過ぎない。彼女のやり方では、いずれ必ず大きな戦いが起きる事は避けられなかったのだ。ちょうど、今のようにな」

 

 戦争が終わり、大幅な軍縮を断行したラクス。当然、大きな反対もあった。

 

 大きな紛争が終わった直後である。未だ反対勢力が多い中、治安を維持する為にも共和連合は大きな力を保持するべきだ、と。

 

 だが、ラクスはあえて必要最低限のレベルまで軍備縮小を断行した。

 

 戦争が終わった以上、これからは戦いではなく、対話と融和で平和を目指したのだ。

 

「もう一人いたでしょ。歴史を動かそうとした面白い人が。ラクス・クラインとは、言わば対極に位置している・・・・・・・・・・・・」

「ギルバート・デュランダル、か」

 

 グルックは、ラクスの前任に当たる評議会議長の名を挙げた。

 

 ユニウス戦役時、誰よりも強いリーダーシップを発揮してプラントを、そして世界をリードしたデュランダル。遺伝子によって、その人物の役割を決定する「デスティニー・プラン」を提唱した人物としても有名である。

 

 オーブ軍との戦いに敗れて戦死したデュランダルだったが、戦後、ラクス・クラインの意向によってアプリリウスワンに彼の墓所が建てられ、今も多くの人々が参拝に訪れていると言う。

 

「あの男が作ろうとした世界こそ、より多くの戦力が必要だっただろうさ。反乱者狩り、敵対国への侵攻と制圧。いくらあっても足りないくらいだ」

 

 デュランダルが提唱したデスティニー・プランは、初めから行き詰まる事が約束されていたような物だ。

 

 仮にユニウス戦役におけるオーブ軍とザフト軍の勝敗が逆転していたとしたら、それこそ世界は破滅への道を転がり落ちていた可能性がある。多くの反対者を前にしてデュランダルは、「平和を守る為に必要な殺戮」を行わなくてはならない立場へと追い込まれていただろう。

 

 だが、その事を非難する気はグルックには無い。なぜなら、同じ立場なら自分は躊躇わずそうすると言う確証があるからだ。

 

「平和を維持するのに必要なのは、絶対的な強者が常に大きな力を持ち続ける事だ。その力と、人々へ齎す畏怖こそが、平和と秩序を維持するのに最も重要なのだと言う事を、あの女は全く理解していなかった。だからこそ、平和はかくも脆く崩れ去った」

 

 そう言うと、グルックは手元のコンソールを操作し、卓上のパネルにいくつかの画像を呼び出す。

 

 ザフト軍のロゴに続いて現れたのは、「DS」と言うロゴ。更にそれに続いて、いくつかの書き込みが続き、最後に新型機動兵器の設計図と思しき画像が出て来る。

 

 これらは皆、明日の世界を担う新たなる「力」である。

 

「世界の平和を維持するのは私だ。ラクス・クラインやギルバート・デュランダルなどと言う過去の亡霊ではない。この私なのだ。私が率いるプラントこそが、真に世界平和を実現し得る、唯一の存在なのだよ」

 

 自信に満ち溢れた声で、グルックは告げる。

 

「それよりも、頼んでいた件はどうなっているかね?」

「ああ、例のアレね」

 

 グルックの問いに、声の主は思い出したように手を打つ。

 

「ごめん、まだ判らないよ。どうやら、そうとう隠すのが上手だったらしくてね。こっちの情報網にもなかなか掛からないみたい。まったく、どこに雲隠れしたのやら」

「急げよ。これからの戦いに、アレの存在は絶対に必要なのだ。我らが、より高みへと導く為にな」

 

 そう言うとグルックは、画面に映し出された最後の画像へと目を向ける。

 

 そこには何か巨大な円盤状の構造物と、それに付随するコントロール施設のような物の画像が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミシェル・フラガは、少々呆れる思いで、目の前の少女と顔を突き合わせていた。

 

 ミシェルの目の前で、にこにこと笑いながら座っている少女はナナミ・フラガ。ミシェルの1つ下の妹に当たる。

 

 妹が士官学校を卒業して、本格的に軍務についた事は知っていたが、まさか自分と同じ艦に配属される事になるとは思っても見なかった。

 

「まさか、お前と同じ職場になるなんてな」

「またまた、照れちゃって、お兄。ほんとは可愛い妹と一緒に仕事ができて嬉しいくせに~」

「言ってろ馬鹿」

 

 兄をおちょくるように、ナナミはいたずらっぽい笑顔を向けてくる。対してミシェルは渋面を作って顔を逸らす。

 

 ムウに言わせれば「若い頃の母さんにだんだん似てきた」と言われる容姿を持つナナミ。

 

 確かに言われてみればナナミは最近、昔の子供っぽさが抜け、母譲りの美しさが現れ始めたように思える。体付きもモデルのよう、とまでは行かないものの健康的な魅力が出始めているのが、兄の目から見ても判る。

 

 しかしミシェルからすれば、ちょっとした仕草の中に子供っぽさが見て取れる妹の事を、放ってはおけないと言う気持ちもあった。

 

「出航時の操艦も、戦闘時における舵裁きも問題無い腕前だったこれからも宜しく頼むぞ」

「はいッ」

 

 そう言ったのは、居合わせたシュウジである。それに対して、ナナミも元気よく敬礼を返して返事をする。

 

 ナナミは操舵士として大和に乗り組む事になった。

 

 破格の大型艦でありながら、同時に屈指の高速戦艦でもある大和にとって操舵士の持つ役割と言うのは大きい。ナナミの存在が、今後の過酷な戦いを生き抜いていくうえでの鍵となるのは確実だった。

 

「任せてください。どーんと、大船に乗ったつもりで」

「いや、もともと『大船』だろうが」

 

 胸を張る妹の様子に、ミシェルはやれやれとばかりに肩を竦めて首を振る。

 

 初配属で最新鋭戦艦の操舵士を任されるのだから、ナナミの操艦の腕が非凡である事は間違いないだろう。

 

 流石は伝説にまで謳われている「不沈戦艦アークエンジェル」を指揮し、数々の激戦を生き残ってきた名艦長マリュー・フラガの娘と言うべきか。

 

 しかし、カノンに続いて2人目の姦し娘の登場、しかもしれが自分の妹だと言う事実に、ミシェルは頭痛を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 カノンとアリスが、視線の先で硬く抱擁を交わしているのが見える。

 

 その頃、ヒカルとカノンも、見送りに来ていたラキヤ、そしてアリスと別れの挨拶を交わしていた。

 

 敢えて、危険な戦場に戻ると言う、娘が下した決断に対して、ラキヤもアリスも複雑な思いを抱かずにはいられない事だろう。

 

 しかし彼等自身、10代の中盤にはもう軍人として戦場に立っていた身である。ならば、カノンの選択を否定する事はできなかった。

 

「カノンの事、頼むね」

 

 妻と娘の様子を眺めながら、ラキヤはヒカルにそう告げる。

 

「あの子、ああ見えて結構、気持ちが弱い所もあるから。それに、なんだかんだ言って、ヒカルの事頼りにしているみたいだし」

「ああ、判ってる」

 

 ラキヤの頼みに対して、ヒカルは深く飲み込みつつ頷きを返す。

 

 元より、共に戦うと決めた時点で、カノンの事は自分が守ると決めている。それは、共に戦うと決めた時点で、ヒカルが自らに課した責務でもあった。

 

 そんなヒカルだからこそ、ラキヤも、そしてアリスも、大切な娘を託せると考えたのだ。

 

 その時、

 

「ヒカル」

 

 背後から声を掛けられて、振り返る。

 

 するとそこには、レオスとリザのイフアレスタール兄妹が立っていた。

 

 だが、驚いた事に2人とも、オーブ軍の軍服に身を包んでいる。

 

「レオス、リザ、お前等、その格好!?」

 

 一瞬、何かのコスプレかと思ってしまったが、階級章とオーブ軍籍を表す徽章まで付けられている。間違いなく本物の軍服だった

 

「エヘヘ、どう、似合う?」

「あ、ああ、似合ってる・・・・・・じゃなくて!!」

 

 自慢げなリザの言葉に、思わず乗りかけるヒカル。

 

 確かに、小柄ながら整った容姿を持つリザは、軍服を着てもどこか人形のような可愛さがある。

 

 だが、今問題にすべきは断じて、そこでは無い。

 

「何で、お前等が軍服なんか着てるんだよッ 軍に入る心算なのか!?」

 

 ヒカルの口調は、どこか責めるような響きを含んでいる。

 

 自分達に何も言わず、いつの間にか軍に入る事を決めた2人に、苛立ちにも似た感情を持っていた。

 

「・・・・・・決めたんだ」

 

 そんなヒカルに対して、レオスは諭すように口を開いた。

 

「あの日、ヒカル達は俺達を守る為に戦ってくれた。だから俺達は生き残る事ができた。でもさ、そもそも北米は俺達の国だ。それを取り戻す為には、自分達も戦わなくちゃいけないってな」

「レオス・・・・・・・・・・・・」

 

 祖国を取り戻したいと思うレオスの気持ちは、故郷を失った事の無いヒカルには理解できない。

 

 しかし、その想いの強さはヒカルにも伝わってくる。なぜなら、ヒカル自身が強い思いを抱いて戦っているのだから。

 

 ヒカルとレオス。

 

 胸に秘めた思いは違えども、その魂に刻んだ決意の重さは、2人とも一緒だった。

 

「これはもう、後に引けないんじゃない。ヒカル?」

 

 振り返れば、いつの間に来たのか、カノンが覗き込むような仕草でヒカルを見上げてきている。

 

 少女の口元には笑みが浮かべられている。どうやら、ヒカルがどのような決断をするのか既に分かっていて、その答えを待っているようだ。

 

 見れば、ラキヤも、アリスも笑顔でヒカルを見詰めているのが見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 大きく息を吐くヒカル。

 

 そう、答など初めから決まっていたのだ。

 

 ならば、迷っている暇にも前に進まねばならなかった。

 

「判ったよ。全員纏めて俺が面倒見てやるッ お前ら全員、しっかりと俺に着いて来いよ!!」

 

 今、少年は新たなる空へ、大きく羽ばたこうとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-21「新たなる舞台」      終わり

 


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