機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

23 / 104
PHASE-20「地獄からの使者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不安定な空と言う物は、いつ見ても気分が悪くなる。

 

 分厚い雲に覆われた空を飛翔しながら、輸送機の操縦桿を握る機長は、そんな事を考えていた。

 

 進路前方に存在する巨大な積乱雲が、凶悪な巨人が立ちはだかっているように迫ってくるのが見える。

 

 オーブ本国からハワイまで物資を積んで飛行するのが彼の任務だが、いくら慣れ親しんだ航路であっても、荒天下での飛行は可能な限り避けたいところである。

 

 暫く考えた後、機長はレーザー通信機を立ち上げてハワイのオアフ島基地を呼び出した。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役時の負の遺産、世界中に電波障害をもたらし、多くの人々を死に追いやったニュートロンジャマーは、大戦終結から20年以上経た今尚、多くが現存状態にあり、深刻な電波障害を齎し続けている。

 

 わざわざ通信を行う為にレーザー通信の打電を行わなくてはならないのは不便の極みではあるが、それも長年の事で慣れた物である。

 

「オアフ基地コントロール、こちら本国輸送隊、第801号。荒天の為、到着には約10分の遅れを来す見込み。以上」

 

 通信を終えて、システムを切ると、機長は操縦桿を倒して機体に旋回運動をさせる。わざわざ荒天の雲の中に突っ込む気はない。安全に飛行する為にも回避を選択するのだ。

 

 不快ではあるが、この程度の遅延はよくある話である。

 

 輸送機の操縦桿を握り続けて30年近くになるベテラン機長は、副操縦士にサポートを任せながら、輸送機を安全圏へと導いていく。

 

「予想より風が強いな。流されないように注意しよう」

「了解」

 

 まだ20代と年若い副機長は、尊敬すべき先輩の言葉に従い的確にサポートしていく。

 

 この副機長は、機長にとって息子も同然と思っている人物である。彼が士官学校を卒業してから、一貫してバディを組み、学校では教える事ができない実践の勘と言う物を叩き込んで来た。

 

 先日、彼が長年付き合っていた女性と婚約したと言う話を聞いた時、機長は我が事のように喜んだものである。この任務が終わり、本国に帰ったら結婚式を挙げる事になっている。勿論、機長も招待されて出席する予定だ。

 

 その為にも、何としても任務を無事やり遂げないといけなかった。

 

「乱雲の回避航路、算出できました。遅延は12分の見込み」

「了解した。オアフ基地コントロールに、その旨を打電する」

 

 輸送機は更に旋回しながら、大型の積乱雲を迂回してハワイ諸島へと近付いていく。

 

 多少の遅延はあるものの後は予定通り。基地に着陸して積み荷を降ろすだけになる。

 

 そう思っていた。

 

 次の瞬間、

 

 けたたましい警報が、コックピット内に鳴り響いた。

 

「何事だ!?」

「判りません、今、確認します!!」

 

 弾かれたように計器を操作し、警報の原因を探る副機長。

 

 ただの計器の故障か、それとも?

 

「熱紋センサーに感っ 大きい!! 雲の中に何かいます!!」

 

 副機長が叫んだ瞬間、

 

 雲を割るようにして、それが姿を現した。

 

 大きい。輸送機の倍はありそうな巨体である。航空機のような形はしているが、イザヨイが戦闘機なら、これは完全に重爆撃機の類だった。

 

 だが、驚くのはまだ早かった。

 

 重爆撃機の機首が開き、更に後半部分が回転すると同時に、折り畳まれていた後部スラスター部分が伸びる。

 

 「腕」に当たる部分が展開して、砲身が肩から前へと張り出された。

 

「モビルスーツ・・・・・・だと?」

「いや・・・・・・でも、サイズが・・・・・・」

 

 2人が呆然と呟いた。

 

 次の瞬間、強烈な閃光と共に、輸送機は炎を上げてバラバラに砕け散った。

 

 

 

 

 

 報告を受けたムウは、足早に指令室へと駆けこんだ。

 

 その背後からは、同時に居合わせたシュウジ、リィス、ミシェル、そしてヒカルとカノンの姿もあった。

 

「いったい、何があった?」

 

 険しい表情で、ムウは問いかける。

 

 ムウのいた執務室に緊急事態を告げる連絡があったのは数分前、それから急いで駆け付けたのだが、指令室の中はハチの巣を突いたような大騒ぎだった。

 

「これはフラガ参議官。ご足労頂いて恐縮です」

 

 基地司令が、ムウの姿を見付けると足早に駆けてきて頭を下げる。

 

 基地司令でさえムウに対しては敬意を払うのだから、その存在が持つ権威は絶大であると言える。

 

 しかし今は、そうした時間すら惜しかった。

 

「挨拶は良い。それより、状況を説明してくれ」

「ハッ」

 

 基地司令も弁えているらしく、すぐに要点の説明に入った。

 

 それによると、今から約5分前、オーブ本国からハワイへ物資を運ぶ途中だった輸送機が突如、消息を絶ったと言う。当初は事故の可能性も考えられたのだが、しかし輸送機が最後に送ってきたレーザー通信の内容は、何かに接近される様子が書かれていたと言う。

 

「現在、スクランブル機が現場空域へ急行しています。間も無く・・・・・・」

 

 司令がそう言いかけた時だった。

 

「スクランブル機が現場に到着ッ 光学映像、出ます!!」

 

 オペレーターの声に弾かれるように、一同が視線を向ける。

 

 そこは、かなりの荒天下にあるらしく、分厚い雲に覆われている様子が見て取れた。

 

 スクランブル発進した3機のイザヨイは、その雲を縫うようにして進んで行く。

 

「スクランブル機、ブルー1、報告してください。何か反応はありますか?」

 

 オペレーターがマイクの向こうの隊長機に、状況報告を求めた。

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、雲を割って無数の閃光が、イザヨイ1機を飲み込む形で吹き荒れた。

 

 一同が息を呑む中、モニターの中でイザヨイが爆発する。

 

 残った2機が旋回する中、

 

 それが、姿を現した。

 

 通常のモビルスーツの3倍はありそうな巨体。規模だけなら10倍以上はあるだろう。全身に配備された火砲が、より凶悪な印象に拍車を掛けている。

 

「デストロイ・・・・・・だと?」

 

 かつての戦争で対戦した経験があるムウは、その姿を見て愕然と呟く。

 

 デストロイ級機動兵器は、ユニウス戦役中に地球連合軍が戦線投入したモビルスーツ型の大量破壊兵器で、当時、連合からの離脱を表明していたベルリンを含む北欧4都市をたった1機で壊滅に追いやっている。

 

 更にその後のカーディナル戦役では、より機動性と運用性を強化したジェノサイドや、宇宙空間での運用を目的として、ドラグーン多数を積み込んだカタストロフが戦線投入され、スカンジナビア陥落や欧州大虐殺に猛威を振るった。

 

 今、モニターの中に映っている機体は細部こそ違うものの、間違いなくデストロイの系譜に連なる機体と見て間違いなかった。

 

 そうしている内にも、モニターの中で状況が動く。

 

 胸部に装備した4連装複列位相砲を展開したデストロイが、どうにか距離を置こうとしているイザヨイに一斉攻撃を仕掛けた。

 

 たちまち、1機のイザヨイが避けきれず飲み込まれる。

 

 仲間の死を目の当たりにした最後のイザヨイのパイロットは、それでも勇気を振り絞るようにして戦闘機形態から人型へ愛機を変形させると、手にしたビームライフルで攻撃を仕掛ける。

 

 しかし、すぐにそれが意味のない事だと判断される。

 

 放たれたビームは全て命中する前に弾かれてしまった。

 

 デストロイ級機動兵器の特徴である、陽電子リフレクターは健在である。

 

 次の瞬間、反撃を喰らったイザヨイが吹き飛ばされた。

 

 映像は、そこで途切れた。

 

 呆然とする室内。

 

 突如、現れた圧倒的な脅威に、誰もが魂を抜かれたように呆然としている。

 

「・・・・・・ちょっと、やばいよね、これ?」

 

 ややあって声を発したのはカノンだった。

 

 普段は快活な少女も、あまりにも強大過ぎる「怪物」の出現に、顔を青褪めさせている。

 

 実際には「ちょっと」どころの騒ぎではない。かつて無い敵が、このハワイへ迫っているのは確実だった。

 

「何をボサッとしている。すぐに体勢を整えるんだ!!」

 

 鋭い声を発したのはムウだった。

 

 誰もが呆然自失する中、流石は歴戦の将と言うべきだろう。いち早く事態を把握したうえで、周囲の人間を奮い立たせていた。

 

 その声に弾かれたように、指令室の中もにわかに動き出す。

 

「そ、そうですね・・・・・ただちに、迎撃機の発進を・・・・・・」

「やめておけ。相手がデストロイ級なら、闇雲に物量を投入しても無駄に犠牲を増やすだけだ」

 

 指示を飛ばそうとした司令官を、ムウは鋭い声で制した。

 

 ムウの今の立場は軍事参議官。肩書きこそ大層な物だが、実際の権限は皆無に等しい。それでも、この場にあって豊富な実戦経験と戦略眼は、皆が信頼を寄せるには充分だった。

 

 この場合、ムウの判断は正しい。

 

 デストロイ級の弱点は、懐に飛び込まれた場合、小回りが利きにくい事であるが、その弱点を突ける程の度胸と技量があるパイロットはきわめて少ない。大抵は、その威容に恐怖して立ち竦んだところを、絶大な火力に絡め取られて撃墜されるのが落ちである。

 

 さて、どうするか?

 

 相手はデストロイ級。攻防性能において厄介なのは言うまでもない。

 

 加えてムウは、モニターの中の新型デストロイが持つ、もう一つの強みを見抜いていた。

 

 それは、飛行高度。

 

 これまでのデストロイ級機動兵器の内、デストロイは飛行自体は可能だが、低空での運用が限界だった。ジェノサイドは、初めから飛行機能を諦め、ホバー機能を用いた地上走行に重点を置いていた。

 

 しかし、モニターの中の機体は明らかに高高度を飛行している。

 

 通常のモビルスーツは、高高度での運用は適さない。気圧が低くなるせいで持ち前の機動性が著しく低下してしまうからだ。

 

 しかし、目の前のデストロイ級は初めから高高度での運用を想定しているらしく、悠然と飛行している。

 

 あの機体を相手に、通常のモビルスーツを繰り出しても好餌を与えるだけだろう。

 

 ムウが思案していた時だった。

 

「あの、宜しいでしょうか?」

 

 声がした方へ振り替えると、いつの間にやって来たのか、つなぎ姿のサイが立っていた。恐らく緊急事態発生の報告を受け、事情を確認する為にやって来たのだろう。

 

「技術班から提案があります。恐らく、この状況を打開できるかもしれません」

 

 確信に満ちたサイの発言を聞き、ムウは口元に笑みを浮かべた。

 

「持つべき物は頼れる戦友だな」

 

 サイとムウは、かつて戦艦アークエンジェルで共に戦った盟友でもある。それ故に、ムウはサイに対して高い信頼を寄せている。

 

 サイが自ら言い出した事であるならば、きっと信用できるに違いなかった。

 

「セレスティ用の新型強化装備を使用します。それならば、高高度でも機動性を失う事は無いはずです」

「成程な。て事は・・・・・・」

 

 ムウがそう言うと、一同の視線は壁際に所在無さそうに立っているヒカルへと向けられた。

 

「え?」

 

 戸惑う少年に、否応なく期待が集められていた。

 

 

 

 

 

 男の容貌を見た物は、野性を剥き出しにした獣を連想するのではないだろうか? あるいは、その獣を虎視眈々と狙うハンターを思い浮かべるだろうか?

 

 いずれにしても、内からにじみ出る好戦的な雰囲気は、如何に落ち着いた様子でも隠しきれるものではない。

 

 仲間内からはクーラン・フェイスと呼ばれる男は、自身が駆る機体の性能について、一定の満足を示しながらも、それでも不満が皆無と言う訳ではないようだ。

 

 SESF―X4「インフェルノ」

 

 デストロイ級機動兵器でありながら、航空機型への可変機構を持つ事で高い機動性を誇り、更に亜成層圏までの単独上昇が可能と言う、いわば「重爆撃機」のような性質を持つ機体である。

 

 圧倒的な火力と、大抵の攻撃なら弾く事ができる防御力は確かに魅力的ではあるのだが。

 

「しかし、どうにも、この鈍重さが頂けねえ」

 

 ぼやくような呟きを漏らす。

 

 インフェルノは従来のデストロイ級の中では機動力は高い方ではあるが、それでも通常サイズの機体には比べるべくも無く、鈍重さはぬぐえない。

 

 本来なら高速機動による電撃戦を好むクーランとしては、なかなか馴染めない物があった。

 

 だが、今回の作戦は共和連合軍が敷いた防衛ラインを突破してハワイへ強襲を掛ける事にある。ならば、通常の機体では難がある。その点インフェルノなら、迎撃を受けにくい高高度から接近する事ができる為、並みのモビルスーツでは迎撃が難しいと言う利点もある。

 

「ま、これも上からの命令だってんじゃ仕方ねえか。まったく、宮仕えは辛いねえ」

 

 クーランがぼやくように言った時だった。

 

「隊長。ハワイの防空識別圏に入りました。間も無く攻撃へのアプローチに入ります」

 

 パイロットからの報告に、クーランは意識を戦闘へ向け直した。

 

 インフェルノはジェノサイド同様、操るには搭乗員が4人必要となる。操縦、及び近接戦闘を担当するパイロット、火器管制担当のガンナー、レーダー及び通信担当のオペレーター、そして全てを統括するコマンダー。

 

 クーランは今、コマンダー席に座っている。

 

「このまま高高度から攻撃を仕掛けるぞ。高度を落とさず、目標が軸線に乗り次第、爆撃開始だ」

 

 クーランの指示を受け、他のクルーも動き出す。

 

 現在インフェルノは、爆撃機形態でハワイへと接近している。到着次第、ウェポンラックを開放して絨毯爆撃を仕掛ける手はずになっている。

 

 共和連合軍に反撃の隙を与えるつもりはない。連中は遥か頭上を見上げながら爆死する以外に他、運命は無いのだ。

 

 クーランは口元に獰猛な笑みを浮かべる。

 

 個人的には少々物足りないが、これも戦争のやり方としてはありだろう。何より、共和連合に大打撃を与える事ができるなら、任務を嫌う理由は無かった。

 

 機首をハワイ島上空へと向けるインフェルノ。

 

 間もなく、南国の楽園が地獄に飲み込まれる事になる。

 

 その時の光景を夢想しクーランは笑みを強めた。

 

 その時、

 

「隊長ッ 下方より接近する機体有り。速い!!」

 

 オペレーターの緊迫した報告に、クーランは一瞬目を細めた。どうやら、何事も予定通りとはいかないらしい。

 

「共和連合軍は余程、無駄なあがきが好きみてぇだな。まあ良い、さっきみたいに吹き飛ばしてやれ」

「了解!!」

 

 ただちに、下方へ発射可能な4連装スーパースキュラにエネルギーが充填される。これは、モビルスーツ形態では胸部に装備される武装だが、爆撃機形態では下方に位置し、対地攻撃や下方から迫る敵への迎撃に用いられる。

 

 放たれる閃光。

 

 空から光が落ちるが如き光景が、瞼を射る。

 

 しかし、次の瞬間、

 

「かわした、だと!?」

 

 オペレーターは驚きの声を上げた。

 

 モニターの中で、閃光に包まれて撃墜したと思った機体が、ありえない程の高機動を発揮してインフェルノの攻撃を回避したのだ。

 

「敵機正面ッ 来ます!!」

 

 叫んだ次の瞬間、

 

 雲を突き破り、8枚の蒼翼を広げた機体が躍り出てきた。

 

「これ以上、行かせないぞ!!」

 

 セレスティのコックピット内で、迫る巨大な影を相手に吼えるヒカル。

 

 その姿を見て、クーランは笑みを浮かべた。

 

「ほう、面白い・・・・・・」

 

 どうやら、共和連合も切り札を出して来たらしい。

 

 退屈だと思っていた任務に多少の張り合いが出た事が、クーランにとっては楽しくて仕方が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュウジが艦橋に入ると、すぐに状況確認に移った。

 

 港内は大混乱に陥っている。いかに強力な性能を持つ軍艦であっても、停泊した状態では素晴らしく大きな的である。

 

 全滅を避ける為にも、一刻も早く脱出する必要があった。

 

「状況はどうなっている?」

「セレスティがたった今、作戦空域に到達しました。現在、敵機と交戦中!!」

 

 オペレーターからの報告を聞き、シュウジは僅かに目を細める。

 

 ヒカルは今たった1人で、かつてない敵と戦っている。

 

 またも、あの少年に頼る事になってしまった自分達には、情けなくなってくる。

 

 ヒカルの奮戦を無駄にしない為にも、一刻も早い退避が必要となる。特に大和のような巨艦は目立つから、敵の目を引きやすい。

 

 それに万に一つの可能性だが、大和に目を奪われた敵が、目標をこちらに変更してくる可能性も有り得る。そうなると必然的にハワイは守られるし、それに大和の攻防性能なら、デストロイ級への対抗も可能だった。

 

 いずれにしても、一刻も早く出航しなくてはならないだろう。

 

「出航準備、既に完了しています」

 

 聞き慣れない女性の声が凛と響き、シュウジは顔を上げる。

 

 見ると、操舵手席に見慣れない少女が座っているのが見えた。

 

「お前は?」

「ハッ 申し遅れました!!」

 

 操舵手の少女は立ち上がると、シュウジに向かって敬礼する。

 

「本日付で戦艦大和操舵手を拝命いたしました、ナナミ・フラガ三尉であります。以後、よろしくお願いいたします!!」

 

 元気な声で自己紹介するナナミを見ながら、シュウジは怪訝な面持ちになる。

 

 「フラガ」と言う名前の持ち主には、2人ほど心当たりがあるが、その関係者か何かだろうか?

 

 しかし、そうした細かい些事は、取りあえず後回しにしなくてはならない。

 

「ただちに出航用意だッ 港外に出ると同時に全艦戦闘配備ッ 敵はかつて無いほどの強敵だッ 心して掛かれ!!」

《了解!!》

 

 一同がシュウジの言葉に唱和すると同時に、オペレーターが振り返って来た。

 

「艦長、格納庫、ヒビキ一尉より連絡ですッ メインスクリーンに出します!!」

 

 程無く、メインスクリーンにリィスの顔が大きく映し出された。どうやら既に準備は完了しているらしく、パイロットスーツを着こんで、脇にはヘルメットを抱えている。

 

《艦長、私達も出撃します。ヒカル1人に重荷を背負わせるわけにはいきません》

 

 既に大和隊の一同は戦闘準備を完了しているらしく、待機している様子が見える。

 

 しかし、それを見てもシュウジは首を横に振った。

 

「ダメだ、許可できない」

《艦長!!》

 

 リィスが抗議するも、シュウジは考えを変える気はなかった。

 

 ヒカルがセレスティで出撃する事ができたのは、サイが用意した追加武装が高高度戦闘にも対応可能であると判断されたからだ。残念だが、リアディスやイザヨイでは、あのデストロイ級機動兵器には敵わないだろう。

 

 それにもう一つの懸念材料として、別働隊がいる可能性もある。あのデストロイ級が囮で、戦力が出払った隙に別働隊がハワイに上陸する作戦である事も否定できなかった。

 

 と、

 

《あー 艦長、ちょっと良いですか?》

 

 リィスに割り込むようにして、ミシェルがモニターに顔を出した。

 

《自分に考えがあります。どうか、ご一考いただけませんかね?》

 

 そう言って、自分の考えを披露した。

 

 

 

 

 

 放たれる砲撃に対し急激な機動力を発揮して回避しながら、セレスティは徐々にインフェルノとの距離を詰めていく。

 

 操縦桿を握るヒカルは、嵐のように飛んでくる火線を凝視しながらスラスターと翼の角度を変え、どうにか攻撃をやり過ごしていく。

 

「このッ ・・・・・・随分きついな!!」

 

 高出力のスラスターが唸りを上げ、ヒカルの意志に従ってセレスティを飛翔させる。

 

 HM装備と名付けられたこの装備は、セレスティの高速機動戦形態である。背部、肩部、腰部、脚部に追加装備されたスラスターにより、在来機を遥かに凌駕する機動性を実現している。

 

 欠点としては、武装がノーマル状態と変わらない点。そして、スラスターの出力が高く、操縦桿がかなり過敏になっている事だろう。

 

 それ故ヒカルは、いつもと感覚が違う愛機の機動に戸惑いを隠せないでいるのだった。

 

 それでもどうにか、インフェルノから放たれる砲撃を悉く回避。距離を詰める事に成功する。

 

「喰らえよ!!」

 

 放たれるビームライフル。

 

 しかし、それを呼んでいたようにインフェルノは陽電子リフレクターを展開、セレスティの攻撃を弾いてしまった。

 

 その様子に、ヒカルは舌打ちを漏らす。

 

 出撃前、ムウから対デストロイ戦の基本をレクチャーされていた。

 

 

 

 

 

『いいか、ヒカル。デストロイは強力な防御装置を持っている。並みの攻撃でコイツを破るのは不可能だろう。だが、リフレクターはいつまでも張っていられる物じゃない。たとえば、攻撃の時とかは解除するはずだ。その時、奴の懐に飛び込む事ができればこっちのものだ』

『でも、それって、すごい難しいんじゃ・・・・・・』

『まあな。この基地の中でも、できる奴はそういないだろう。だが、俺はお前ならできる思っているよ』

『え?』

『お前はあの、キラの息子だ。あいつなら、それくらいは鼻歌交じりでもやってのけたからな。お前は奴の血をしっかりと受け継いでいるんだ。だから自信持てよ』

 

 

 

 

 

 目の前でインフェルノが、人型への変形を開始する。どうやら、本気でセレスティを迎え撃つつもりらしい。

 

 その瞬間を逃さず、ヒカルは全てのスラスターを全開にして突撃を開始する。

 

「父さんにできた事だ・・・・・・」

 

 全砲門を開くインフェルノ。

 

 その火線を、

 

「俺にできないはずが、無い!!」

 

 セレスティは、全速力ですり抜けた。

 

 同時に、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

 一閃、

 

 懐に飛び込んだヒカルの剣が、インフェルノを斬り裂く。

 

「・・・・・・・・・・・・何ッ」

 

 その予想だにしなかったセレスティの動きに、クーランは一瞬目を剥く。

 

 セレスティのビームサーベルが、インフェルノを斬り裂く。

 

 しかし、

 

「浅いッ!?」

 

 踏み込みが甘かったらしく、ヒカルの攻撃はインフェルノの装甲を僅かに斬り裂くにとどまってしまった。

 

 次の瞬間、インフェルノから反撃の砲火が放たれる。

 

「やってくれるじゃねえかッ そらッ 今度はこっちの番だ!!」

 

 向かってくる砲撃に、ヒカルは堪らずセレスティを後退させる。

 

 砲火に対してシールドを掲げて防御するヒカル。

 

 同時にビームライフルを取り出すと、インフェルノに向けて放った。

 

 しかし無駄だった。再び展開したリフレクターの前に、セレスティのビームは弾かれてしまう。

 

「なら、もう1回接近して!!」

 

 再びビームサーベルを抜き、接近を試みるヒカル。

 

 しかし、その動きをクーランは読んでいた。

 

「阿呆がッ 何度も同じ手が通じるかよ!!」

 

 クーランが言い放つと同時に、インフェルノの手首から巨大なビームソードが出現した。

 

 対艦刀、などと言うレベルの物ではない。刀身長は優に30メートルはありそうである。

 

 それが大気を斬り裂いて迫る様は、まるで断頭台のギロチンを連想させた。

 

 とっさに蒼翼を翻して巨大な刃を回避するヒカル。同時に手に持ち替えたライフルで反撃を行うも、全て陽電子リフレクターに阻まれてしまう。

 

 対するインフェルノはと言えば、肩のアウフプラール・ドライツェーンや指部スプラッシュビームキャノン、胸部4連装スキュラ、脚部ヒュドラ・ビームキャノン、口部ツォーン、各種ミサイルランチャーを全力展開し、セレスティ目がけて一斉砲撃を仕掛けてくる。

 

 対してヒカルは、もはや応戦する事も敵わず、徐々に追い込まれて行ってしまう。

 

「下方に追い詰めろッ 全火力で奴の動きを封じてやれ!!」

 

 セレスティの動きが鈍ったのを見て、クーランははやし立てるように言い放つ。

 

 もう一息で、追い込めるところまで来ていると言うのに、クーランの目は獰猛に、かつ冷静に戦況を見据えている。

 

 追い詰められた敵ほど怖い。その事をクーランは、長い戦場での生活で知っている。

 

 故に、攻撃の手を緩める事無く、一気に追い詰めるのだ。

 

 一方のヒカルも、自分が追い詰められつつある事を自覚していた。

 

 高度も徐々に下がっている。高高度での戦闘は、通常以上にバッテリーと推進剤を食う。おまけにHM装備はスラスター出力が通常よりも強化されている為、その分、消耗も激しかった。

 

 あと1回、アプローチできるかどうか、と言ったところだろうか?

 

 しかし、今のセレスティの武装では、インフェルノにダメージを与えるのは難しい。何とか、敵の中枢を叩く事ができれば。

 

 その間にもインフェルノは、セレスティとの距離を詰めてくる。

 

 対抗するようにビームサーベルを抜いて構えるヒカル。この状況ではビームライフルは何の意味も無い。何とか接近して白兵戦に持ち込まないと。

 

 その時だった。

 

 センサーが、接近してくる機影があるのを捉えた。

 

「下ッ 何が!?」

 

 ヒカルが呟いた次の瞬間、

 

 雲を割るようにして、緑色の装甲を持つ機体が駆けあがってきた。

 

《ヒカルッ!!》

「ドライ・・・・・・カノンか!?」

 

 背部に大型のブースターを背負う形で飛び上がってきたのは、カノンの駆るリアディス・ドライだった。

 

 これが、ミシェルの案だった。

 

 リアディスでは高高度まで上がっても、大した機動力は期待できない。そこでミシェルは、本来なら大気圏外撃ち上げ用に使うブースターを改良してリアディス・ドライに取り付け送り込んだのだ。

 

《これッ 受け取って!!》

 

 そう言うと、カノンは持って来た長い物体をセレスティ目がけて投げつける。

 

 回転しながら飛翔するそれを受け取った瞬間、ヒカルは歓喜に目を見開いた。

 

「ティルフィングか!?」

 

 セレスティの接近戦用武装であるティルフィング対艦刀。カノンは、これを届けに来てくれたのだ。

 

 同時に、推進剤の尽きたリアディス・ドライが落下を始める。どうやら、本当にヒカルに武装を届けるだけで精いっぱいだったようだ。

 

 しかし、カノンはダメ押しとばかりにブースターをパージすると、ドライ自前のスラスターを全力噴射する。

 

 落下を完全に食い止める事はできないが、それでも一瞬だけ、姿勢を制御する事に成功した。

 

《これでェェェェェェ!!》

 

 ビームライフルを撃ち放つリアディス・ドライ。

 

 その予期せぬ攻撃を前に、直撃を受けたインフェルノは体勢を崩す。

 

 インフェルノの巨体からすればダメージは微々たる物だが、しかしそれでも、一瞬の隙を作り出すにはそれで充分だった。

 

「姿勢戻せ!!」

 

 焦りが見え始めた部下を押さえつけるように、クーランは冷静さを保ったまま、大音声を発する。

 

 何も焦る必要などない。状況はなお、自分達が有利。予期しなかったアクシデントに躓いただけの事だ。体勢を立て直して、改めてトドメを刺せばいい。

 

 そう思った次の瞬間、

 

「敵機、直上!!」

 

 オペレーターの声が、クーランの思考に重なる。

 

 振り仰いだ先。

 

 太陽を背に広げられた8枚の蒼翼が、光を受けて照り輝く。

 

 手にした大剣を大きく振りかぶりながら、セレスティが一気に急降下してくるのが見えた。

 

「行ッけェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 叫ぶヒカル。

 

 同時に斬り下げられたティルフィングが、インフェルノの胸部を大きく斬り裂いた。

 

「胸部スキュラ損傷!!」

「エネルギー回路切断。ダメージコントロール、入ります!!」

 

 直ちに損傷回復のシークエンスを始める搭乗員たち。

 

 その様子を眺めながら、クーランは口元に笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・・・・・・・やってくれるじゃねえか」

 

 成程、共和連合軍にも大した連中がいるようだ。それは認めてやろう。

 

 だが、所詮は無駄なあがきだ。インフェルノは確かに損傷を負ったが、まだ致命傷と言うほどではないし、戦闘力も維持できている。今からでもハワイ攻撃は十分可能だった。

 

 そして、さんざん自分達を邪魔してくれた、あの羽根付きも、もう限界だろう。これで、自分達の行く手を遮る物は何も無くなった。

 

「ダメージコントロール急げ。準備でき次第、ハワイへの最終アプローチへと入る」

 

 クーランがそう命じた時だった。

 

「隊長!!」

 

 オペレーターの悲鳴が、クーランの意識を引き戻した。

 

 

 

 

 

 その光景を見た者は、誰もが唖然とするだろう。

 

 何しろ、長大な船体を持つ戦艦が、艦首を持ち上げる形で上を向いているのだから。

 

 大和は艦首を60度近くまで持ち上げた状態を維持して航行している。艦尾スラスター部分などは、既に海面に没しているほどだ。

 

 艦内では、クルー達がバランスを取るのに必死になっている様子が目に浮かぶ。

 

「か、艦長、きつい、です!!」

「耐えろ!!」

 

 悲鳴を上げるナナミに、シュウジの叱咤が飛ぶ。

 

 今、彼女の細腕には、大和の全自重が掛かっていると言っても過言ではない。このバランスの悪い状態を維持するだけでも、相当な苦心が伴っているはずだった。

 

 この状態を維持できるのも、あと数秒と思うべきだろう。

 

「ビーコン確認!! 敵、デストロイ級機動兵器、本艦の軸線上に乗りました!!」

 

 オペレーターから、待ちに待った報告が飛び込む。

 

 それを受け、シュウジの双眼がカッと見開かれた。

 

「グロスローエングリン、撃てェェェェェェ!!」

 

 次の瞬間、大和の艦首に備えられたグロスローエングリンから閃光が迸る。

 

 これは、シュウジの考えた策だった。

 

 シュウジはミシェルの作戦に一考を加え、カノンにはヒカルへティルフィングを届けてもらうと同時に、敵機へビーコンを打ち込んでもらったのだ。

 

 そのビーコンからの信号を頼りに、シュウジは大和の艦首を持ち上げた状態でグロスローエングリンを発射すると言う奇策を実行したのだった。

 

 閃光が、空を斬り裂いて飛翔する。

 

 その攻撃には、インフェルノ側も反応ができなかった。

 

 直撃する閃光。

 

 それでも、辛うじて展開が間に合った陽電子リフレクターが、閃光を受け止める。

 

 拮抗する一瞬。

 

 しかし次の瞬間、リフレクターの一部が衝撃に耐えきれず消失する。

 

 同時に、インフェルノの右腕に当たる部分が吹き飛ばされた。

 

 その様子を眺めながら、クーランは改めてシートに座り直した。

 

「・・・・・・どうやら、これまでだな」

 

 独り言のように呟く。

 

 損傷し、全力発揮が不可能になったインフェルノでは、ハワイに到達したとしても、到底、任務を全うする事はできないだろう。最悪、撃墜される可能性もある。

 

 少々癪ではあるが、ここは撤退するしかないだろう。

 

「進路反転。帰るぞ」

「隊長ッ しかし・・・・・・」

「ここで死んでもつまらんだけだ。まずは生き延びる事を優先するぞ」

 

 隊長であるクーランにそう言われたのでは、他の者は従うしかなかった。

 

 反転して行くインフェルノ。

 

 そのコックピット内で、クーランは最後にもう一度、セレスティに視線を向ける。

 

「・・・・・・奴はいったい・・・・・・・・・・・・いや、しかし、まさかな・・・・・・」

 

 低い声で囁かれたその呟きは、誰に聞かれる事もなかった。

 

 

 

 

 

 一方のヒカルはと言えば、急速に襲って来た落下感の前に、成す術もないまま急落していた。

 

「くそっ もう、バッテリーが!?」

 

 高高度の戦闘が祟り、セレスティのバッテリーは限界を迎えてしまったのだ。

 

 ゲージはEmpty表示となり、同時に電圧を保てなくなったPS装甲がダウン、機体は無機質な鉄灰色に戻ってしまう。

 

 このままでは、セレスティは成す術もなく海面に叩きつけられてしまうだろう。そうなれば、コックピット内のヒカルもひとたまりもない。

 

 どうにかしようにも、バッテリーが無くなった機体では如何ともし難かった。

 

 その時、

 

《ヒカル!!》

 

 聞き慣れた少女の声が、まだ辛うじて稼働していた通信機から聞こえてきた。

 

 同時に軽い衝撃がコックピットに走り、落下速度が僅かに緩む。

 

 見れば、リアディス・ドライがセレスティの機体を抱えるようにして支え、スラスターを全開に吹かして落下を食い止めようとしていた。

 

「馬鹿ッ 放せ!! お前も一緒に墜落するぞ!!」

《放す、もんかァァァァァァ!!》

 

 自分自身が踏ん張るようにして、カノンが叫びを上げる。

 

 主の気合に答えるようにし、更に噴射を強めるリアディス・ドライ。

 

 しかし、落下を完全に食い止める事は出来ない。

 

 ヒカルは決断する。このままカノンまで巻き込む事は出来ない。ならばいっそ、機体を振り切って自分だけ落下すれば、カノンは助かるはず。セレスティに残っているバッテリーを使えば、それも可能だろう。

 

 決断して、機体を動かそうとしたヒカル。

 

 しかしその時、下方から巨大な反応が接近してくるのに気がついた。

 

 視線を下へと向け、

 

 そして歓喜した。

 

 まるで2人を迎え入れるかのように、大和の巨大な甲板が迫ってくるのが見える。

 

 大和の艦内でも、寄り添うようにして降下してくるセレスティとリアディス・ドライの姿を見付け、大歓声が上がっている。

 

 やがて、今回の戦いにおける最功労者の2人は、ゆっくりと生還への道へ足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-20「地獄からの使者」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。