機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-19「光闇の選択肢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石、元将官ともなれば、高級ホテルのスイートを借りれるくらいの金額を、気軽に出せるらしい。

 

 しかし、それに付き合わされる方は却って気を使ってしまい、あまり眠れなかったように思える。

 

 のそのそとベッドから起き出したヒカル・ヒビキは、壁に掛けておいた軍服に手を伸ばそうとして、ふと動きを止めた。

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば、休暇中だった」

 

 寝ぼけ眼のまま苦笑を漏らす。毎日の習慣とは、なかなか消える物ではないらしい。

 

 大和がハワイに寄港し3日間の休暇を得たヒカル達は、合流したカノンの両親であるラキヤとアリス、それに予想外にも居合わせたレオス、リザのイフアレスタール兄妹と共に、充実した休暇を過ごしていた。

 

 昨夜からはヒカルの姉、リィスも休暇に合流し、ますますにぎやかな様相を呈している。

 

 しかし、

 

 部屋着に着替えながら、ヒカルは改めて部屋の中を見回す。

 

 落ち着いた感じの壁紙に、趣味の良い調度品。ベランダからの眺めはハワイの海を一望できて最高である。

 

「場違いだよな・・・・・・」

 

 若干、肩を落とし気味にヒカルは呟く。

 

 こんなスイートルーム、自分には一生縁が無いものと思っていた。

 

 しかし、ラキヤ・シュナイゼルと言えばカーディナル戦役で活躍した英雄であり、戦後も数々の紛争鎮圧に参加して、最終的には少将にまでなった「大物」である。退役こそしているものの、実力的な衰えは往年時から一切見られないとさえ言われているほどだ。

 

 そのような大物が、なぜに退役後は喫茶店のマスターに収まっているのかが謎だが、本人はこれで悠々自適な感があるので、周囲も何も言えない訳だ。

 

 と言うような事情がある為、ラキヤには充分な貯えがあり、こうして高級ホテルのスイートを借りる事も簡単なのだった。

 

 着替えてリビングの方に行くと、アリスが朝食を運んでくるところだった。

 

「あら、ヒカル君、おはよう。早いね」

 

 アリスは片腕で器用に2つの皿を運びながら、ヒカルに笑顔を向けてくる。こうした当たりに慣れている様子が見られる。

 

 アリスも昔は軍人だったらしいのだが、それはヒカルが生まれるよりもずっと前の話だったらしく、詳しい事は何も聞かされていない。これに関して、アリスもラキヤも他人に話す気はないらしい。恐らく、娘のカノンも知らないはずだ。ただ聞いた話によれば、アリスの失われた右腕と深いかかわりがあるらしい。

 

 しかし、ヒカルの知っているアリスは年齢より若めの、どこにでもいる「お母さん」と言った風情だった。

 

「あ、ヒカル君、悪いんだけど、カノン起こしてきてくれないかな。あの子、まだ寝てるのよ」

「あいつ・・・・・・・・・・・・」

 

 アリスの言葉に、ヒカルはやれやれとばかりに頭を押さえる。

 

 戦場から帰ってきて気が抜けたのは判るが、ちょっとダレ過ぎである。

 

「お願いね。パパの朝食も、もうすぐ全部できるから、早く支度しなさいって」

「判った」

 

 ヒカルは頷くと、その足でカノンの部屋へと向かう。

 

 既に備え付けの厨房からは良い匂いが漂い始めている。連動するかのようにヒカルの胃も鳴り始めている。カノンの寝坊のせいで食事にありつくのが遅くなったりでもしたら目も当てられなかった。

 

「おい、カノン、起きろ。朝だぞ」

 

 ドアをノックしながら声を掛けるヒカル。

 

 しかし、返事はない。

 

 更に2度、同じことを繰り返してみるが、やはり結果は同じだった。

 

「まだ寝てんのか? 仕方ないな、カノン、入るぞ」

 

 呆れ気味に呟くと、ドアノブを回して中へと入る。

 

 当然だが、室内の構造はヒカルの部屋と同じである。開けっぱなしの大きな窓からは心地よい風と温かい陽光が入り込んできている。

 

 壁際にはセミダブルのベッドが二つ置かれ、二人分の寝息は左側のベッドから聞こえて来ていた。

 

「あれ?」

 

 見れば、カノンとリザが、お互いを抱き合うような格好になって寝息を立てていた。

 

 同じ14歳なのだが、体格的にはカノンの方が若干大きい。そのせいで、カノンがリザを包み込むような格好になっていた。

 

 何だか、こうして見ると本当の姉妹のようで微笑ましかった。

 

 このままずっと、2人の様子を眺めていたい気もするが、しかし、それはそれとして、朝食に間に合わせる為にもそろそろ起きて貰わないといけなかった。

 

「おい、カノン。朝だぞ。起きろって」

 

 そう言ってヒカルが手を伸ばした。

 

 次の瞬間、

 

 殆ど同時に、カノンが寝返りを打った。

 

 と、同時に彼女の肩を揺すろうとしていたヒカルの手は、目測を誤ってあらぬ場所へと導かれる。

 

 ムニュ

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルの掌は、寝返りを打ったカノンの右の胸を、事もあろうに鷲掴みにしてしまった。

 

 硬直するヒカル。

 

 掌から感じる心地よい感触が、温暖の機構に関係なく体温を上昇させる。

 

 普段は小柄な印象が強いカノンだが、掌に伝わってくる感触は、とても柔らかいものである。どうやら幼馴染の体は、ヒカルが思っている以上に成長をしていたらしい。

 

「っと、こんなことやってる場合じゃ・・・・・・」

 

 我に返ったヒカルは、手を放そうとする。

 

 万が一、目の前でカノンが目を覚ましたりしたら大変な事になる。

 

 しかし、破滅は予想外の方向からやって来た。

 

「ヒカル、アンタ何やってんのよ?」

 

 背後から声を掛けられ、ビクッと体を震わせるヒカル。

 

 首だけ振り返り背後を確認するとそこには、朝のトレーニングを済ませて来たらしい姉、リィス・ヒビキが汗を流した姿で立っていた。

 

「り、リィス姉!?」

 

 突然の姉の登場に、ヒカルはモロに狼狽する。

 

 そう言えば、この部屋にあるベッドは二つ。しかし現在、使用されているのは一つだけ。ならばもう一つは? と単純な消去法で考えた場合、その答えは自ずと簡単に出るはずだった。

 

 ヒカルはどうにか、リィスに現在の状況を説明しようとする。

 

 しかし、眠っている幼馴染の女の子に覆いかぶさり、あまつさえ胸に手を当てている少年(16歳)。そんな状況に、効果的な言い訳などある筈が無かった。

 

 一瞬にして、リィスの目がつり上がってヒカルを睨む。

 

 姉はいつも、こんな目をして敵と戦っているのだろうか?

 

 そんな、割とどうでも良い考えが頭に浮かんだ瞬間、

 

 ヒカルはリィスから、思いっきり頭をぶん殴られた。

 

 グーで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室で机に向かっているレミリアは、愛用の拳銃に弾丸を込めながら、つい先日の事を思い出していた。

 

 ヒカル・ヒビキ

 

 戦いの後、図らずも久しぶりに顔を突き合わせての再会になったハワイでの親友。

 

 そんなヒカルから聞かされた、彼の妹の死。

 

 テロで死んだと言うルーチェ・ヒビキの存在は、レミリアの中で複雑に絡まった棘となって存在していた。

 

 今までレミリアは自分がしているテロと言う行為に対して、罪悪感を持った事はあっても、疑問を持った事は無かった。

 

 自分達は祖国統一と言う崇高な使命の下に戦っている。テロはその為の手段に過ぎない。

 

 勿論、それによって多くの人々が犠牲になるし、その事を無視するつもりも無い。しかし、テロの犠牲者の事については、敢えて考えない事にしていた。

 

 これは、何もレミリア達が無責任だと言う事ではない。

 

 あの夜にヒカルに話した通り、もし犠牲者の事を考えてしまえばレミリアはもう、そこから先、戦って行く事はできないだろう。

 

 忘れる、と言う事は、レミリア達にとっては必要な儀式でもあるのだ。

 

 だが、レミリアは知ってしまった。親友の妹が、テロに巻き込まれて死んだと言う事実を。

 

 勿論、ルーチェが死んだ時の事件は、レミリアとも北米統一戦線とも無関係である。しかし、テロリストと言う、いわば「同業者」が引き起こした事件であるが故に、無関心ではいられなかった。

 

 それに、レミリアの心をかき乱している原因が、他にもあった。

 

 そっと、手を胸に当てる。

 

 ヒカルに知られてしまった。自分が女である事を。

 

 普段から男装しているレミリアの性別を知るのは、姉のイリア、幼馴染のアステル、そして上官のクルトだけだ。ヒカルで4人目になる。

 

 それだけでなく、裸まで見られてしまった。

 

 その事を思い出した瞬間、レミリアの顔は一瞬で、耳まで真っ赤になってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・どう思ったかなヒカル、ボクの事」

 

 柄にもない、とは自分で自覚している。

 

 だが、今まで同年代の男の子に接する機会が少なかったレミリアとしては、ヒカルの反応がどうしても気になって仕方が無かった。

 

 ヒカルの事を考えるたび、レミリアは胸の奥に痛みを感じてしまう。

 

 しかしレミリアは不思議と、その痛みを不快な物だとは感じていなかった。

 

 

 

 

 

「相変わらず、か?」

 

 テーブルの上に並べられた食事を摘まみながら、アステルは部屋の中に入ってきたイリアに尋ねる。

 

 対してイリアは、力無く首を振る。

 

 部屋の中には他に、クルトの姿もあり、心配そうな眼差しをイリアに向けていた。

 

「やっぱり駄目。私にも何があったか話してくれないなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言いながら、イリアは脱力したように自分の席に座る。

 

 話題は、他ならぬレミリアの事である。

 

 あの戦いの後、レミリアは一時的にMIAになりかけた。幸いにして、翌日には無事な姿で戻って来たものの、その間に何があったのかは誰にも話そうとはしていない。それは、彼女が最も信頼しているであろう、この場の3人に対しても、である。

 

 特にイリアは、レミリアがMIA、事実上の戦死と認定しかけた時には、殆ど半狂乱に近い形で探しに行こうとしたくらいである。そうまでして助けようとしたレミリアが、自分にまで隠し事を持つ事が、彼女にはショックであるらしい。

 

「戦場に錯誤は付き物だからな。俺達の見ていないところで、レミリアに何かあったとしても不思議ではない」

 

 ジョッキのビールを煽りながら、クルトはイリアを宥めるように言った。

 

「それを無理に探ろうとすれば、却って心を閉ざす事だって有り得る」

 

 もしかしたら、くらいの予想はクルトの中にもあった。

 

 見ていた奴の報告によれば、レミリアのスパイラルデスティニーは、オーブ軍の新型、スパイラルデスティニーの兄弟機に当たる「セレスティ」とかいう機体と一緒に飛び去って行ったと言う。

 

 もし、そのセレスティのパイロットが、ハワイ時代のレミリアの顔見知りだったとしたら、2人の間に何かあったとしてもおかしくは無かった。

 

 とは言え、レミリアの事を過保護なくらいに尊重しているイリアに、その事を伝える事はできない。

 

 イリアは本来、戦い向けの性格はしていない。それについてはレミリアも同様なのだが、イリアの場合、戦場にいる最大にして唯一の理由が「レミリアを守る」為に他ならなかった。

 

 最悪の場合、レミリアを守る事さえできれば北米統一戦線が、否、北米そのものが消滅したとしても構わないとさえ考えている節がある。

 

 だからこそ、イリアが造反するような事態は避けたかった。

 

「・・・・・・・・・・・・そんなの駄目よ」

 

 当のイリアから、暗い声音でそのような言葉が漏れてくる。

 

 クルトとアステルが視線を向ける中、イリアは思いつめたように声を絞り出す。

 

「あの娘の事は私が守らなくちゃいけないの。たとえ、どんな事があっても・・・・・・誰が相手でも・・・・・・」

 

 思いつめたように呟くイリア。

 

 そんなイリアの様子を、クルトは嘆息交じりに、アステルは興味なさそうに眺めているだけだった。

 

 

 

 

 

 シクシクシクシクシクシクシクシクシクシク

 

 何やらそこだけ、「どよ~~~ん」という擬音が聞こえて来そうな雰囲気がある。

 

 壁に向かって体育座りしたヒカルが、いじけた調子で目の幅涙を流している。

 

 さっきから「わざとじゃないのに」「リィス姉の馬鹿ァ」などと呟きが漏れてきている。

 

 朝から、欝な空気が垂れ流しになっている。

 

「ね、ねえ、もう許してあげたら? てか、ぶっちゃけウザいんだけど、アレ」

 

 そう言って指差したのは、当の被害者であるカノンだった。

 

 目が覚めたら、ヒカルがリィスに折檻されており、しかも罪状が、寝ている自分の胸を、エロい手付きで揉みしだいていた(間違い)事だと言う。

 

 しかし、眠っていたカノンには、その時の記憶が全くない為、イマイチ、ピンとこなかった。

 

「ま、まあ、ヒカル君もお年頃だし」

「気持ちは判るって」

 

 フォローになっていないフォローを送るイフアレスタール兄妹。

 

 そんな一同の助命嘆願(?)を受けて、執行人たるリィスは深々とため息をついた。

 

「全く、変な所ばっかり、お父さんに似るんだから・・・・・・」

 

 妙な心当たりがあるリィスとしては、ヒカルの将来に一抹以上の不安を感じずにはいられなかった。

 

「ま、良いわ。これからは気を付けなさいよね、ヒカル」

「・・・・・・・・・・・・あい」

 

 全く持って釈然としないが、これ以上、この件で引きずるのも嫌だったので、ヒカルは頭を下げる事にした。

 

 まあ、その後の過程はどうあれ、カノンの胸を触ってしまったのは事実だし。

 

「その、カノン、ごめんな。悪気はなかったんだ」

「あ、ううん、いや、別に何とも・・・・・・」

 

 謝罪を述べるヒカルに対し、カノンは慌てて手を振る。

 

 自分でも記憶にない事で謝られても、正直困るだけだった。

 

「それに・・・・・・」

「それに?」

「あ、いや、何でもないッ 何でも無いよ!! 何でも無いッ うん!!」

 

 出かかった言葉を、カノンは慌てて飲み込んだ。

 

 「それに、ちょっと嬉しかったし」と、言いかけたのだ。

 

 姦しい性格や小柄な体つきのせいで、実年齢よりも年下に見られる事が多いカノン。事実、ヒカルですらカノンの事を妹的な視線で見ている事が多い。

 

 しかし当のカノンとしては、もう少し「オトナの女」のように見られたいわけである。

 

 全く持って、女心は難しいと言わざるを得ない。

 

 そう言う意味では今回、ヒカルが自分の胸を触っていたと言う事は、ヒカルも少しは自分の事を女として意識してくれているのでは、とカノンとしては期待している訳である。

 

 勿論、事実は完全なる事故なのだが。

 

 一方のヒカルはと言えば、先程(あくまで事故で)触ってしまったカノンの胸の感触を、頭の中で反芻していた。

 

 結構、デカかったかも。

 

 そんな事を、脳内で呟く。

 

 小柄な体とアンバランス的に、カノンの胸は意外と大きかった。勿論、腹回りがキュッと締まっているので、それと対照的に大きく感じている、と言うのもあるのだろうが、触った時の感触は、「柔らかい」と感じる事ができる程度には大きかったと思う。

 

 いつも子供だ子供だとばかり思っていたカノンだが、いつの間にか、幼馴染のヒカルも知らないうちに、女らしく成長していた訳だ。

 

 と、

 

「ヒ  カ  ル」

 

 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

「イダダダダダダダダダダ!?」

 

 突然、リィスに思いっきり耳を引っ張られ、涙目になるヒカル。そこへ、リィスは低い声でくぎを刺してくる。

 

「アンタね、執行猶予中だってことを自覚しなさいよ」

「わ、判ってるよ!!」

 

 どうやら、何を考えていたのかモロバレだったらしい。

 

 ふと、カノンに視線を向けると、タイミング良く彼女の方もヒカルに視線を向けてきた。

 

 と、次の瞬間、カノンは顔を赤くして、視線をそらしてしまった。

 

 そんな様子を見て、ヒカルは首をかしげる。

 

 今までのカノンからは、想像もできないような行動パターンである。それだけに、ヒカルも彼女の内面を掴む事ができないのだった。

 

 その時、リィスが傍らに置いておいた携帯電話が着信を告げた。

 

 食事の手を止めて開いてみると、液晶に浮かんでいる名前に、僅かな驚きを見せる。

 

「あれ、ミシェル君?」

 

 怪訝な顔付になりながらも、リィスは取りあえず電話に出る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中へと入ると、同様に呼ばれていたらしいシュウジ・トウゴウとミシェル・フラガの姿があった。

 

 そしてもう1人、執務机に腰掛けた人物が、入って来たヒカル達の姿を見て、気さくに手を上げるのが見えた。

 

「よう、来たか。まあ、楽に座ってくれ」

 

 司令部の一室とは思えないくらいラフに声を掛けてきた人物は、雰囲気的に飄々としながらも、重ねてきた年月を思わせる深い色の瞳をしている。顔の半分に付けられた古傷が、歴戦の戦士を連想させた。

 

 ムウ・ラ・フラガ大将

 

 元オーブ軍最高司令官であり、第1期フリューゲル・ヴィントの総隊長を務めた人物である。かつてはヒカルやカノンの両親の上官でもあった人物であり、幼い頃から慣れ親しんだ人物である。

 

 今日では、オーブ軍最強の精鋭部隊として地位を確立しているフリューゲル・ヴィント。その創成期において指揮を取ったのが、このムウ・ラ・フラガである。

 

 フリューゲル・ヴィントの歴史は、一言で表せば「変遷」と言った良かった。

 

 そもそもの結成理由は、ユニウス戦役時、戦力で勝るザフト軍に対抗する為、精鋭を集めて結成されたのが始まりである。

 

 結成当初の主要メンバーは、ネオ・ロアノーク一佐(ムウ)、キラ・ヒビキ三佐、ラクス・クライン三佐、ライア・ハーネット一尉、シン・アスカ二尉、エスト・リーランド二尉、マユ・アスカ三尉等である。

 

 一部の戦史研究家によれば、数こそ少ないものの、この時期のフリューゲル・ヴィントが歴代最強だったと主張する者もいる。

 

 ユニウス戦役後、役目を終えた事で解隊されたフリューゲル・ヴィント。

 

 しかし、その後に勃発したカーディナル戦役において、地球連合軍の特殊部隊ファントムペインの猛攻に手を焼いたオーブ軍は、フリューゲル・ヴィントを再結成し、戦線に投入した。

 

 第2期フリューゲル・ヴィントは、第1期結成当初に比べれば質的に低下した事は否めなかったが、カーディナル戦役の決戦時には、アスラン・ザラ准将、キラ・ヒビキ一佐、ラキヤ・シュナイゼル二佐、シン・アスカ三佐、リィス・ヒビキ三尉等が名を連ね、結成時の栄光が蘇ったようだった。

 

 しかし、度重なる激戦で消耗を重ねたフリューゲル・ヴィントは、終戦時には既に壊滅状態に陥っていた。そこで、新たな隊長となったラキヤ・シュナイゼル、副隊長のシン・アスカ主導で再結成されたのが、現在の形である。

 

 以来、フリューゲル・ヴィントはオーブの、そして世界の守りとして活躍を続けてきた。

 

 言わばムウは、オーブ軍最強部隊の基礎を築いた人物であると言えた。

 

 現在、ムウは軍事参議官と言う役職にある。これは、肩書きこそ立派だが、要するに無役に等しく、階級が高い人物を収容しておく為の役職である。

 

 しかしムウは、未だにその卓抜した作戦立案能力や、指揮能力においては定評があり、オーブ軍の「顧問」のような役割を担う事も多かった。

 

 そんなムウの傍らでは、やれやれと肩を竦めて父親を見ているミシェルの姿もあった。

 

「まあ、大体の事情はトウゴウと、うちのドラ息子から聞いて把握している。何つーか、お前さん達も災難だったな」

「ドラ息子は余計だっての、クソ親父」

 

 辛辣な応酬を行うフラガ親子。

 

 何やら剣呑なやり取りのようにも思えるが、これでこの2人、それなりに馬が合う親子として有名である。どうやらこれも、父と息子のスキンシップの一環であるらしい。

 

 一通りのやり取りを終えたムウは、本題に入るように身を乗り出した。

 

「お前等が北米から帰ってくるまでの間に、本国でも状況がだいぶ動いた。まあ、日和見決め込んでいた議会の連中も、尻に火がついて慌てて腰を上げたって感じだな」

 

 そう言ってムウは、どこか可笑しそうに肩を竦めて見せる。歴戦の英雄の1人であるムウにとって、昨今のオーブ政府の消極的な態度には歯がゆいものを感じていたところだったのだ。

 

 専守防衛は結構だが、それも時と場合によりけり、である。

 

 共和連合軍を打ち破った事で、北米解放軍の勢いはいよいよ増しつつある。下手をすればオーブ本国にまで戦火が飛び火しかねない勢いだ。

 

 そうなる前に、何か手を打っておこうと言う声が、オーブ政府議会の間で上がるようになったらしい。

 

「現在、フリューゲル・ヴィントを中心に、複数の精鋭部隊を編制中だ。勿論、大和隊にも参加してもらう。目的は北米大陸上陸を目指す主力部隊から敵の目を逸らす為の囮だが、その為に敢えて、限定的な攻勢に出てもらう」

 

 ムウの説明に、一同は息を呑んで見守る。

 

 先の第1次フロリダ会戦の以後、北米解放軍は攻勢を増しつつある。

 

 戦闘終結から僅か3日後にはバードレスラインは奪還され、要塞は再び解放軍を守る巨大な盾と化した。

 

 北部へと撤退した共和連合軍だったが、解放軍はそれを追うように北上し、現在先頭集団は五大湖の南岸付近に迫っているとか。

 

 再編成を終えたザフト軍はオタワ、ボストンのラインで防衛線を形成しモントリオールを死守する構えを見せているが、勢いに乗る解放軍を押さえる事ができるかは疑問視されている。

 

 今回の事態を憂慮したオーブ政府は、ついに北米派兵を可決したわけだが、その為に主力部隊上陸掩護をめざし、複数の囮部隊を北米に展開する作戦に出たのである。

 

「そこで、だ」

 

 ムウはヒカルを、そしてカノンを見ながら言った。

 

「ヒカル・ヒビキ准尉、カノン・シュナイゼル准尉。2人はこれまで、よく戦ってくれた。北米の苦しい戦いを勝ち抜き、そして生き残った君達は、もはや立派な軍人であると言えるだろう。それを踏まえた上で、軍は君達2人に2つの道を用意した」

 

 言ってからムウは、傍らに立つシュウジに目をやった。大和隊に所属するヒカルとカノンの上官に当たるシュウジから、以後の説明を差せようと言う事らしい。

 

「一つは、このまま再度、戦場に赴く大和に同乗する形で精鋭部隊の所属となる事。北米で充分な戦果を挙げたお前達には、既にその資格がある」

 

 オーブ全軍を見回しても、今のヒカルやカノンほどの活躍をした軍人は、そうはいないだろう。そう言う意味で2人の作戦参加は歓迎すべきところである。

 

「そしてもう一つは、士官学校に戻り本来の学業へ復帰する。そうなった場合でも、軍は君達を全力でサポートする事を約束する」

 

 偶発的な要素が重なった事で大和に乗り組み、最前線で戦っていたヒカルとカノンだが、本来の身分は士官学校の候補生である。戦いが一段落した今、必要な手続きを踏んだうえで士官学校に戻るのは、ある意味で当然の流れである。

 

「どちらを選ぶのも、お前達の自由だ。勿論、学校に戻る場合は、ある程度の守秘義務は守ってもらわなくちゃならないが、それくらいなら、入学した当初から判っているだろ?」

 

 目の前で手を組みながら、ムウが補足説明をした。

 

 一連の説明を聞き、ヒカルとカノンは互いに目を合わせた。2人とも正直な話、急にそんな事を言われても困る、と言った感じである。

 

「迷う事は無いのよ、2人とも」

 

 そんな2人の心を見て取ったリィスが、優しく声を掛ける。

 

「2人はもう、充分に戦ったわ。これ以上、危険な戦場に出る事なんてない」

「リィス姉・・・・・・・・・・・・」

「後は、私達に任せて学校に戻りなさい。アンタ達が活躍する場は、これからきっと、いくらでもあるだろうから」

 

 その言葉に、2人は無言のまま返事を返す事ができない。

 

 ただ、リィスが心から自分達の事を思って、そのような事を言っているのだけは理解できた。

 

 士官学校に戻って、候補生としての活動を再開し、そしていずれは制式に軍に入隊する。

 

 確かにそちら方が本道であり、より安全な道である事は間違いない。誰も好き好んで戦場に行く事は無い。学校に戻る事が賢い選択だろう。

 

 しかし、ヒカルもカノンも知ってしまった。戦場の真実を、守りたい者を守る為に戦う意思を。

 

 故に、突きつけられた選択に対し、2人とも容易には答えを出す事ができなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 不吉な影がゆっくりと、南国の楽園を目指して接近している事には、まだ誰も気付いていない。

 

 ただ、迷いを心に抱えた少年と少女の頭上にも、漆黒の翼が舞い降りようとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-19「光闇の選択肢」      終わり

 


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