機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-18「楽園への帰還」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人は整った身なりと紳士的な物腰でありながら、もう1人はいかにも戦争屋と言った感じに、くたびれた軍服を着崩している。

 

 似たような立場でありながら、2人は全く違う毛色を見せている。

 

 1人は北米解放軍の指導者ブリストー・シェムハザ。そしてもう1人は、北米統一戦線のリーダー、クルト・カーマインである。

 

「この度の救援には、感謝する」

 

 重々しい声で、シェムハザは告げる。

 

 とは言え、口では「感謝する」などと言いながらも、その目は鋭くクルトを睨み据えている。

 

 外面はともかく、シェムハザが内面において、今回の北米統一戦線の介入を快く思っていない事は明白だった。

 

 それが分かっているからこそ、クルトも肩を竦めて見せた。

 

「なに、俺達は俺達で、自分らの敵を撃っただけだ」

 

 別に、アンタ等を助けたかったわけじゃない。と言う事を言外に含めて言う。

 

 この2人、最終的な目的は同じながら、その立ち位置においては水と油と称して良いほど違っている。

 

 故に、どれだけ掛け合わせようとも、決して混じりあう事はあり得なかった。

 

「これから、アンタ達はどうするんだ?」

「無論、奴らを徹底的に殲滅する」

 

 尋ねるクルトに対して、シェムハザは一瞬も迷う事無く言葉を返した。

 

 今回の勝利は、北米解放軍の結成以来、最大の勝利と言っても過言ではない。

 

 この機会を逃すつもりは、シェムハザには無い。ここで一気にモントリオールまで攻め上り、共和連合をこの北米の地から叩き出してやるつもりだった。

 

「北米解放の日は、そう遠くない将来やって来るだろう。もし君達が望むのなら、共に栄光の日を見ようじゃないか?」

 

 要するにこれからは、北米統一戦線は北米解放軍の傘下に入り、以後は自分達の指示で動け、と暗に言っているのだ。

 

 それが分かっているからこそ、クルトは口元に笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「いや、折角だが、我らは我らの道を行くのみ。それが、アンタ等の道と克ち合わない事だけは祈っているよ」

 

 それは、事実上の決別宣言でもあった。

 

 これまで解放軍と統一戦線は、非公式的に互いの存在を認めてはこなかったが、その方針はこれからも変えるつもりはない、と言う事を確認したのだ。

 

 北米解放軍と北米統一戦線。

 

 目指すべき未来は同じだと言うのに、その進むべき道はあまりにも違っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し熱いくらいな陽光の下、海面が青く澄み渡って行くのが見える。

 

 暗い色をした北の海ばかりを見てきたためだろう。ここが「楽園」と呼ばれている理由が、何となく判る気がした。

 

「帰って来たァァァァァァァァァァァァ!!」

「うるさいぞ、カノン!!」

 

 傍らで万歳をするように大声を上げている年下の幼馴染を、ヒカルはしかめっ面でたしなめる。

 

 そんなヒカルに構わず、カノンは思いっきり自分の体を伸ばし、南国の陽気を堪能していた。

 

 とは言え、彼女の感動はヒカルにも理解できる。

 

 共和連合軍はハワイ基地。

 

 大和は今、この場所に戻ってきた。

 

 戻ってきた、と言うが、凱旋の高揚は一切無い。あるのはただ、敗れて敗走した惨めさだけだった。

 

 北米南部での戦いは、明らかに共和連合軍の敗北であった。

 

 大和隊の損害は軽微な物だったが、それでも連戦の疲れは否めず、シュウジは一旦ジュノー基地に帰還した後、ザフト軍から簡単な補給を受けてハワイへ帰還する進路を取ったのだった。

 

 消耗した戦力と疲労したクルーでは、解放軍はおろか北米統一戦線とも戦う事はできない。早急に大規模な補給と整備、そして休息が必要だった。

 

 今回の大和の帰還には、そのような意味合いがあった。

 

 ヒカルはふと、大和の後方へと目を向ける。

 

 最早見る事の出来ない視界の彼方にある北米大陸。ヒカルはつい先日まで、そこにいて戦っていた。

 

「・・・・・・まだ戦ってるのかな。あいつは、あそこで」

 

 ヒカルはふと、レミル、否、レミリアの事を思い出した。

 

 実は女だった親友。

 

 あの淡い月光の下で見た、彼女の裸身は、今もヒカルの脳裏から離れない。

 

 あの一晩で語り明かした事は、ヒカルの中で新たなる重しとなってのしかかっていた。

 

 今までヒカルは、テロと名の付く物を全て無条件で憎んで来た。軍に入り、テロリスト達と戦うようになった後も、その考えは変わらず、むしろ当然の事として受け入れてきた。

 

 しかし改めてレミリアと話し、そして彼女の抱える事情を知った時、ヒカルは自分の中で価値観が大きく揺らぐのが分かった。

 

 レミリアにはレミリアの戦うだけの事情があり、想いがある。それらを抱えて戦っている彼女の事を、ただ自分の都合だけで否定する事はヒカルにはできなかった。

 

 無論、テロを憎む気持ちは今も変わらずある。

 

 しかし、ただ闇雲に憎み続けるだけでは、結局のところ何も変わらないのではないだろうか? と思うようになっていた。

 

 もっと、話してみたかった。

 

 ヒカルはごく自然と、そう思っていた。

 

 もっといろいろと話して、彼女の事をよく知りたいと思った。あの一晩だけで語った事だけだは、あまりにも少なすぎた。

 

 そうすれば、今は見えない、もっと別の何かが見えてくるかもしれなかった。

 

 と、

 

「ヒーカールッ!!」

「うわっ!?」

 

 突然、横合いからカノンに大声で呼ばれ、ヒカルは体をのけぞらせた。

 

 振り返れば、カノンが少し怒ったような顔でヒカルを見上げて来ていた。

 

「な、何だよ?」

「『何だよ』じゃないでしょッ 何回呼んでも返事してくれないんだからッ」

 

 頬を膨らませて怒りの表情を見せるカノン。

 

 そんなカノンを見て、ヒカルはフッと笑う。

 

 この少女の底抜けな明るさを見ていると、何だか自分がウジウジと悩んでいる事がどうでも良くなってくる気がする。

 

「あ、何が可笑しいのさ!!」

「別に」

 

 ブー垂れる少女に対して、ヒカルは肩を竦めて見せる。

 

 実際、北米での旅路の中で、カノンの明るさに救われた事は一度や二度ではなかった気がする。彼女がそばにいてくれなかったら、自分はきっとどこかで壊れていたかもしれない。

 

 そう言う意味で、ヒカルはいつもそばにいてくれたカノンに感謝している。

 

 もっとも、それを本人に言えば付け上がる事は判り切っているので言う気はないが。

 

 ポカポカと肩を叩いて来るカノンをいなしつつ、ヒカルは話題を変える。

 

「そう言えば、お前、何か言いたい事があったんじゃないのか?」

 

 先程は、何か言う事があったから話しかけてきたはずだった。

 

 その事を思い出したのだろう。カノンはヒカルを叩くのをやめて、舷側に目を向けた。

 

「あ、そうだった。ヒカル、あれ見て!!」

 

 そう言って、カノンが指差す方向。

 

 徐々に近付いて来る岸壁の方向に目を凝らすと、多くの作業員たちが、大和の接岸に向けて作業しているのが見えてくる。物資や機体を搬出する為の重機も姿を見せている。

 

 そんな港の風景に混じって、こちらに向かって手を振っている人影がある事が分かる。

 

 その姿を見て、ヒカルは顔を綻ばせる。2人の姿に見覚えがあったのだ。

 

「あれって、おじさんとおばさんじゃないか?」

 

 ヒカルの言葉を肯定するように、カノンは口元に手を当てて頷く。

 

 そんな少女の瞳には、いつもなら見られない光が溢れている事を、ヒカルはそっと目を逸らして見ないようにした。

 

 

 

 

 

 船が接岸すると同時にタラップを転がるように駆け降りると、カノンは少しよろけながら、真っ直ぐに2人の下へと向かう。

 

 向こうもカノンの姿に気付いたのだろう。手を大きく広げて娘を迎え入れる。

 

「パパッ ママッ!!」

 

 カノンは迷う事無く父の胸へと飛び込むと、その大きな手に優しく包んでもらう。

 

 傍らの母親も、娘の髪を愛おしそうに撫でている。

 

 カノンはと言えば、そんな両親の温もりを感じながら泣きじゃくっている。

 

 普段は強気な面の強いカノンだが、その内面ではやはり、気を張り詰めて戦っていたのだろう。それが、両親の顔を見たとたん、プッツリと切れてしまったのだろう。

 

 無理も無い。いくら優秀とは言え、カノンはまだ14歳の女の子だ。戦場と言う異常な空間に長くいて、何も感じない筈が無かったのだ。

 

 今のカノンは最前線で雄々しくモビルスーツを駆るパイロットではない。どこにでもいる、1人のか弱い少女だった。

 

 ふと、カノンを抱いている父親が顔を上げると、ヒカルの方を見て微笑んだ。

 

「おかえりヒカル。今までよく、カノンを守ってくれたね」

「おじさん・・・・・・いえ、俺は別に・・・・・・」

 

 その言葉に、ヒカルは少し照れたように顔を俯かせる。

 

 カノンの父、ラキヤ・シュナイゼルは、今は退役しているものの、かつてはフリューゲル・ヴィントの総隊長も務めていた軍人であり、ヒカルの父、キラとも肩を並べて戦った戦友である。

 

 ヒカルはラキヤを見ると、いつもホッとするような安心感を感じる。穏やかな性格と物腰にはどこか、亡き父、キラの面影に似た物を感じているからかもしれない。

 

 そして、そのラキヤの傍らには、カノンの母、アリスの姿もある。

 

 こちらはラキヤとは対照的に朗らかな性格をしており、カノンの快活な言動は、母親譲りであるところが大きい。

 

 アリスも元は軍人だったらしいのだが、彼女が戦っている所をヒカルは見た事が無い。その理由は、アリスの右腕にあった。

 

 過去の戦いで右腕を失う重傷を負ったアリスは、パイロットとしての生命を完全に断たれて引退を余儀なくされたのだ。

 

 2人は今、オーブ本島で喫茶店を経営している。それがハワイにいると言う事は、取りも直さず娘を心配して駆け付けたと言う事だろう。

 

「ありがとうね、ヒカル」

 

 そう言って、アリスもヒカルに優しく微笑む。

 

 その笑顔を見ると、ヒカルも少し照れくさそうに頬を赤くする。

 

 両親と妹を失い、姉もなかなか一緒にいる時間が少なかったヒカルにとって、幼馴染の両親で、よく面倒を見てくれたラキヤとアリスは、育ての親と言っても良い存在だった。

 

 この2人だけではない。ヒカルの両親の友人達は皆、何くれとなく便宜を図ってくれることが多いありがたい存在である。

 

 彼等の応援があったからこそヒカルは、両親を失った後も生活してこれたのだった。

 

「さ、積もる話もあるだろうけど、疲れただろう。2人とも、許可は取ってあるから、今日はゆっくりしなよ」

 

 そう言って、ラキヤはヒカルとカノンを促す。

 

 そこでふと、何かを思い出したようにラキヤは足を止め、ヒカルに向き直った。

 

「そう言えば忘れるところだった。ヒカル、君に会いたいっていう子達を連れて来ていたんだ」

「え?」

 

 促されるまま、ヒカルはラキヤの視線の先を見る。

 

 そこで、驚いて目を見開く。

 

 ヒカルが見て居る視線の先には、特徴的な赤みのある髪をした2人の兄妹が立っていたのだ。

 

「レオスッ リザ!?」

 

 それは、あのデンヴァーの戦いの後、ヒカルが保護したイフアレスタール兄妹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こいつは、およそ上機嫌でいる時など無いのではないだろうか?

 

 ディアッカ・エルスマン元北米駐留軍参謀長は、久しぶりに戻った自宅のリビングで、そんな事を考えつつ嘆息を漏らしていた。

 

 テーブルを挟んだ向かい側には、彼の長年の友人がソファに腰掛けている。

 

 の、だが、先程から何やらお冠の様子で、怒りを周囲に発散していた。

 

「納得いかん!!」

 

 イザーク・ジュールは、いかにもな調子で怒りの表情を見せている。

 

 ディアッカとは20年来の腐れ縁になるこの友人は、かつては軍人としてディアッカととともに戦場を駆け、ユニウス戦役の後は政界に入り、最高評議会議員となって辣腕を振るった。性格は、とにかく曲がった事が嫌いで、良く言えば一本気質、悪く言えば超が付く頑固者で、政治家になった後も、その性格は如何無く発揮され、不正の摘発に大いに貢献した。

 

 クラインは政権時代には国防委員長も務めたイザークだったが、寄る世情の波には逆らえず、アンブレアス・グルックの台頭と共に政界を追われ、今は縁故の有った一般企業の相談役に収まっていた。

 

「どうして、お前まで解任なんだッ? お前は撤退戦の折に立派な指揮で全軍の崩壊を防いだのだろう!!」

「そう、がなるなって。ほら、お茶でも飲め」

「茶など飲んでる場合か!!」

 

 イザークが怒っているのは、失敗に終わった対北米解放軍掃討作戦後におけるディアッカの処遇についてだった。

 

 予想していた事ではあるが、処分は相当に厳しいものだった。

 

 ディアッカも含めて、ハウエル司令部の幕僚達は全員更迭。中には予備役編入まで言い渡された者までいた。

 

 ディアッカも、予備役に編入された一人である。

 

 元々、無謀な戦いだったのだ。

 

 無謀な作戦を無責任に行って、予想通りの結果になった。それだけの話である。前線に立って死んでいった兵士達には申し訳ないが。

 

「作戦遂行を止められなかった責任は俺にもある。文句は言えんさ」

「お前は、最初から作戦には反対だったのだろう。それを、失敗したからと言って更迭するのは筋違いも甚だしい」

 

 少し落ち着いたらしく、イザークは苛立ちまぎれにソファに座り直した。

 

 そんなイザークの様子に、ディアッカもフッと笑みをこぼす。

 

 友人の、こうした真っ直ぐな気性はディアッカにとっても好ましい所である。お固いイザークと、どちらかと言えば飄々とした印象の強いディアッカ。本人達も良く判らないのだが、全く性格の違う2人が、これでうまくやって来れているのだから不思議である。

 

 もっともイザークと違って、ディアッカにとっては今回の自分自身の予備役編入も含めて、ある意味予想の範囲内ではあった。

 

 理由はディアッカが元々、プラント内ではクライン派に属する軍人である事が大きい。

 

 かつて、政界におけるクライン派を徹底的に掃討したグルック派は、その矛先をザフト軍内にも向け始めてきている。

 

 噂によると、アンブレアス・グルック肝いりの新規部隊創設も進められていると言う。

 

 そんな彼等にとって、旧クライン派軍人の中で、比較的「大物」と称して良いディアッカを放逐する理由は何でも良かったのだ。そう言う意味では、今回の敗戦も彼等にとって政治的権力拡大の道具にすぎないと言う訳だ。

 

「それより、お前も噂は聞いてるんだろ?」

 

 これ以上不毛な愚痴り合いをしていても始まらないので、ディアッカは話題を建設的な方向に転換する事にした。

 

 ディアッカが何を言おうとしているのか察したのだろう。イザークも神妙な顔つきで話題に応じる。

 

「北米再侵攻、か? 無謀な事を考えるものだな」

 

 これはディアッカの予備役編入が決定される直前に聞いた話なのだが、アンブレアス・グルックは、北米大陸の解放軍拠点に対して再度の侵攻を画策していると言う。もっとも、噂程度の話なので、真偽としてはどこまで信用していいのか疑問だが。

 

 作戦実施期限や、参加戦力の規模の程度になるのか、など具体的な事は何もわかっていないが、先の戦いであれだけ手痛い敗戦を経験したと言うのに、尚も北米に固執するとは思わなかった。

 

 グルック派としては、腹の虫が収まらない、と言ったところではないだろうか?

 

 今や名実ともに世界最大最強の国家となったプラントが、多少規模が大きいとは言え反乱軍如きに後れを取るなど許されない。

 

 これはプラントにとっての恥辱であり、ひいてはそれを主導するグルック派の汚点となる。

 

 拡大膨張路線を推し進めるグルック派の人間が、そのように考えるであろう事は容易に想像できた。

 

「止めようにも、今や完全に奴らの天下だからな」

「まったく、嘆かわしい事だ」

 

 公職を追放された今の2人には、グルック派の強硬路線を止める事はできない。

 

 ただ、現状を憂いてため息を吐くばかりだった。

 

「それで、この後お前はどうするつもりなんだ?」

「別に、暫くは悠々自適に暮らすさ」

 

 尋ねるイザークに対して、ディアッカはそう言って肩を竦めて見せる。

 

「幸い、貯金は充分にあるしな。何もしなくても数年くらいなら大丈夫だよ。せがれの稼ぎもあるしな」

「ジェイクか。あいつらも上手くやっているらしいな」

 

 イザークの娘であるディジーや、ディアッカの息子のジェイクも、ザフト軍に入って活躍している。

 

 彼等が所属する部隊の隊長は、かつてイザークの部下だったルイン・シェフィールドが勤めている。ルインはイザークが信頼する部下の1人であり、彼に任せておけば問題ないと思うのだが。

 

「ディジーから俺の所に、ジェイクの素行が悪いと言って毎日のように苦情が来ているんだが?」

「ハハ、流石俺の息子だろ?」

「ああ、あらゆる意味でな」

 

 苦笑するディアッカに対して、イザークは皮肉気味に嘆息する。

 

 今頃、愛娘も似たような苦労をしているであろう事は、イザークには容易に想像できるのだった。

 

 

 

 

 

 何とも、奇妙な事になった物である。

 

 リィスは大和から搬出された機体を見ながら、難しい顔で首をかしげていた。

 

「世の中不思議な事には色々接してきたつもりだったけど、こういう事もあるんですかね・・・・・・」

 

 難しい顔で尋ねるリィスに対して、モニターを眺めていた男性は、振り返って笑顔を向ける。

 

「俺なんかは、そこらへんの感覚はもう麻痺してしまってるしな。いい加減、何があっても驚く事もないかな」

「いや、それはそれで嫌なんですけど」

 

 能天気な返事に、リィスは嘆息交じりに返事を返した。

 

 男の名前はサイ・アーガイル。

 

 オーブ共和国軍の技術総監を務める男性で、リィスは子供の頃から機体の整備、開発でお世話になっている。リィスの父であるキラとは学生の頃からの付き合いであるらしかった。

 

 2人が今話している事は、ヒカルの乗機であるセレスティについてだった。

 

「ロックしていた機能が勝手に起動するなんて、考えられるんですか?」

「まあ、普通に考えればあり得ないよな」

 

 2人は今、セレスティのシステム面を映しだしたモニターを、難しい顔で睨んでいる。

 

 セレスティが、本来のロールアウト前にレトロモビルズのテロを受けて大破、その時の影響で核エンジンが使えず、性能は本来のスペックよりも大幅にダウンしている事は既に述べた。

 

 しかし先の戦闘中、本来ならシステムダウンの影響に伴い眠らせているはずのシステムが、勝手に動いていた形跡が見つかったのだ。

 

「単純に考えれば、戦闘中にシステムがショートして、ロックが外れたって事だろうな。そのせいで、スリープ領域に電流が入ってしまった為、システムが動いたってところか?」

 

 結局のところは単なる事故。それが、サイの見解であるらしい。

 

 イレギュラー的な事は可能な限り排除はしているが、それでも送るべくして起こる事は有り得る。

 

 それが結果的に功を奏したのだから、今は原因の追求よりもシステムの見直しを進めるべきと判断したのだ。

 

 そこでふと、リィスは思い出して尋ねてみた。

 

「この機会に、セレスティを元の姿に戻す事はできませんか?」

 

 今のセレスティは、本来の性能の半分も発揮できない状態にある。この際だから、セレスティを本来の設計通りに戻せないか、とリィスは考えたのだ。

 

 しかし、問いかけに対してサイは、芳しい返事は用意できなかった。

 

「それは難しいな。そもそもの問題はエンジン部分の異常な訳だし。俺は専門分野が駆動系だから、エンジンは簡単な整備くらいしかできないんだ」

 

 モビルスーツを敢えて人間に例えるなら、OSは脳、駆動系は筋肉や骨格、装甲は皮膚、センサーは感覚器、各種回路は血管や神経に相当する。そしてエンジンは心臓だ。

 

 整形外科の医者に心臓の手術ができないように、専門分野外の事に関わる事は難しい。勤勉家のサイは、エンジン部分に関しても多少の知識はあるのだが、それでも最新技術の塊である核エンジンに触れる事は躊躇われた。

 

「今、リリアが本国でセレスティの改修案の検討をやってくれている。今回、新装備もいくつか持って来たから、どうにかこれで頑張ってくれ」

「判りました」

 

 モビルスーツ隊長として責任ある立場のリィスとしては、現状において不安を感じずにはいられないのだが、事整備に関して誰よりも信頼できるサイがそのように言っているのだから、この場でセレスティを完全修理するのは諦めざるを得なかった。

 

 しかし、今はハワイまで後退した事で、敵の追撃から逃れられているが、近々、必ずまた北米での戦いに赴く事になると予想できる。

 

 ならば、それまでにどうにか、必要な戦力を整えておく必要があった。

 

 

 

 

 

 その後、整備のスケジュールに関してサイと2~3打ち合わせてから、リィスは格納庫を後にした。

 

 割と気楽な立場にあるヒカルやカノンと違い、モビルスーツ隊隊長であるリィスには、色々とやらなくてはならない事務仕事が溜まっている。それらを片付けない事には、休憩を取る事もできなかった。

 

 廊下を歩きながら、書類に目を通していると、前の方から誰か歩いてくるのが気配で分かった。

 

 とっさに右によけようとして顔を上げ、

 

 そこでリィスは固まった。

 

 なぜなら、前から歩いて来たのはアランだったからだ。

 

「あ、おはようございます、ヒビキ一尉」

「ウッ・・・・・・・・・・・・」

 

 朗らかに挨拶するアランとは対照的に、リィスは思わず声を詰まらせてしまった。

 

 気まずい、どころの騒ぎではない。

 

 つい先日、ヒカルがMIAになりかけた時、気分がナーバスになっていたリィスは、心配して声を掛けてくれたアランに対して、逆ギレ気味に暴力をふるってしまった。

 

 後になって冷静になり、とんでもなく落ち込んだ物である。

 

 もし、あの事をアランが問題にしたりしたら、下手をするとオーブとプラントで外交問題にも発展しかねない。

 

 否、それ以前に、せっかく心配して声を掛けてくれたというのに、とんでもなく失礼な物言いをしてしまった。

 

 何とか謝るタイミングを待っていたのだが、ハワイまでの行程の間はリィスもアランも忙しすぎて、すれ違う事が多く、それも果たせなかったのだ。

 

「あ、あのッ」

 

 勢いを付けるように、リィスは思いっきり頭を下げる。

 

「この間は、すいませんでした!!」

「え? え?」

 

 突然の事態に、目を丸くして平頭するリィスを見つめるアラン。

 

 目の前の女性が、何故自分に謝罪しているのか分からない様子である。

 

「せっかく、心配してもらったのに、私、あなたにすごく失礼な事をしてしまって・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 そこでアランは、思い出したようにポンと手を叩いた。どうやら、本気で忘れていたらしい。

 

「仕方ないですよ。あの時の一尉は気が立っている様子でしたし、不用意に声をかけた私も無神経でした」

「いや、でも・・・・・・・・・・・・」

 

 まさか、逆に謝られるとは思っていなかったリィスは、戸惑って次の言葉が出てこない。正直、罵声を浴びせられ、軽蔑されても文句は言えないと思っていたのだが。

 

 そこでふと、何かに気付いたようにアランは、口元に笑みを浮かべてきた。

 

「ただ、まあ、ちょっとそれだけだと、お互いに禍根も残るでしょうから、一尉には罰を受けてもらいましょうか」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やはり来たか、とリィスは身構えた。

 

 しかし立場上、アランが何を言ったとしても反論はできない。どんな理不尽な事でも受け入れるしかなかった。

 

 だが次の瞬間、アランは微笑みながら言った。

 

「今度、僕とお茶に付きあってください」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 リィスの目が点になった事は、言うまでもない事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに食べた家庭の味は、心に染み渡るようだった。

 

 外食をしても良かったのだが、ラキヤが久しぶりだから自分で作って食べさせたいと言ったので、ホテルの厨房を借りて作った料理が出された。

 

 喫茶店を経営しているだけあり、ラキヤの料理の腕はホテルのシェフにも引けを取らないくらいだった。

 

 シュナイゼル一家にイフアレスタール兄妹、そしてヒカルを加えた6人で食事をした後、ヒカルはレオスを誘ってホテルのラウンジに出た。

 

「まさか、ハワイに来てたなんてな。それに、おじさんやおばさんと一緒に現れたのも驚いたよ」

「結局のところ、ジュノーにも俺達の居場所は無かったって事さ」

 

 そう言うとレオスは、自嘲気味に笑って見せた。

 

 一応、デンヴァーから脱出してきた住民たちを、ジュノーの方で一度は受け入れたのだが、結局のところ、ジュノーも最前線の街である。彼等を長期間養っていくのは無理がある。そこで、後方で、より安全度の高いハワイへと移送されたわけである。

 

「そこで、ラキヤさんとアリスさんに会ってさ。ヒカルやカノンの知り合いだって言ったら、良くしてくれたんだ」

「成程な」

 

 ラキヤもアリスも、世話好きな性格をしている。異郷の地で放り出され、行くあても無い兄妹を見て、放ってはおけなかったのだろう。

 

 そこでレオスは、何かを思いつめたような表情になった。

 

「俺は、こんな所で何をしているんだろうな?」

「レオス?」

 

 何か内に秘めた物を吐き出すように語り始めたレオスを見て、ヒカルは訝るように視線を向ける。

 

「北米じゃ、今も戦争で多くの人々が死んで行っている。今日、食べる物に事欠いて死んでいく子供だっている。それなのに俺は、こんな幸せな事で・・・・・・」

「余計な事、考えるなよ」

 

 レオスの言葉を遮るように、ヒカルは少し強い口調で言った。

 

「今はまず、自分とリザが助かった事を喜ぶべきだろう。特にリザは、お前が守ってやらないでどうするんだ?」

 

 そう言うと、ヒカルは視線をホテルのホール内へ向ける。

 

 そこではカノンとリザ、そしてアリスの3人が、何やら楽しげに談笑してる風景が見て取れた。

 

 つられて目を向けたレオスが、少し目を細めて3人を見詰める。

 

 自分が守るべき存在であるリザ。彼女の幸せの事を思えば、確かにここに留まるべきなのかもしれないが。

 

 と、その時、レオスが見ている事に気付いたリザが、ガラスの向こうで一生懸命手を振ってくるのが見えた。

 

 その微笑ましい姿に、ヒカルとレオスは顔を見合わせて苦笑する。

 

「ちょっと、行ってくるよ」

「ああ」

 

 ホテル内へと戻って行くレオス。

 

 それを見送ると、入れ違うようにしてラキヤがやって来るのが見えた。

 

 ラキヤはすれ違う時にレオスと少し言葉を交わすと、ヒカルに歩み寄ってきた。

 

「ヒカル、少し大きくなったね」

「え?」

 

 笑いかけてくるラキヤに対して、ヒカルは訝るような顔をする。

 

 ヒカルの背は、1年前からさほど伸びてはいない。なのに、ラキヤが言う「大きくなる」の意味が測りかねたのだ。

 

 そんなヒカルに構わず、ラキヤは横に並んで話し始めた。

 

「人間的な意味でね。1年前とは大違いだよ。きっと、色んなことがあったんだろうね」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 ラキヤの言葉に、ヒカルは短く言葉を発する。

 

 確かに、色々な事があった。

 

 士官学校での生活。セレスティに乗っての戦闘、そして、レミリアの事。

 

「友達の事も、聞いてるよ」

 

 ヒカルが何を考えているか見透かしたように、ラキヤは言った。

 

 ラキヤは退役軍人だが、現役時代は将官にまでなっている。その頃のコネを活かせば、軍内の情報を入手する事も不可能ではない。その力を活かして、ヒカル達の情報も入手できたのだ。

 

「それで、ヒカルは今後、どうしたいの?」

「俺は・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかけるラキヤに対して、ヒカルは言葉を詰まらせる。

 

 レミリアに会いたい。会って、もう一度話がしたい。そう思っている自分を、押さえる事ができない。

 

 しかし、その為にはもう一度、彼女がいる戦場に赴き、彼女と刃を交えなくてはいけない。

 

 相克するかのような矛盾を内に秘めたまま、ヒカルは己の中の出口がどこにあるのか、未だに見極める事ができないでいた。

 

 

 

 

 

PHASE-18「楽園への帰還」      終わり

 


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