機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
話は、共和連合軍が北米南部へ侵攻する数日前へ遡る。
その日、北米統一戦線が拠点としている施設内部は、ひどく張りつめた空気で満たされていた。
外では子供達が走って遊ぶ声が聞こえ、長閑な空気が流れているのが分かる。
だと言うのに部屋の中は、いっそ空気で肌が斬れるのでは? と思える程に重苦しく包まれていた。
皆の視線が、上座に座っているクルトに集中している。
重い・・・・・・・・・・・・
少し離れた場所に座りながら、レミリアはあまりにも重い空気に首を竦めていた。
宇宙空間での任務を終えてから戻って数日、まさか組織内がこんな事になっているとは思わなかった。
目を転じてみれば、すぐ傍らの壁に寄りかかる形でアステルが立っている。もっとも、こちらはレミリアと違って、この張りつめた空気の中でも平然としているのだが。
ため息を吐くレミリア。
幼馴染の少年の性格が、時々羨ましくなる。こんな時にでも自分のスタンスを崩さない当たり、アステルが大物である事は間違いなかった。
「・・・・・・どういうつもりなんだ、クルト?」
兵士の1人が、泰然と腕組みをしているクルトに対して食って掛かった。
今ここに集まっているのは、北米統一戦線の幹部達である。
北米解放軍と違い、「軍」としては最低限の体裁しか整えていない北米統一戦線は、正しくゲリラ組織と言って良く、また幹部と呼ばれる者達はクルトを始め、皆、最前線で戦うプロである事を要求される。
つまり、この場にいる者は皆、一騎当千のエース達であると言っても過言ではなかった。
中には、レミリアの姉であるイリアの姿もある。彼女もまた、これまで数々の戦いで多くの功績を残してきた幹部の1人であり、戦場においては支援砲撃部隊の指揮権を預かる人物である。
普段は、割と陽気である事が多い北米統一戦線の首脳陣が、殺気まで滲ませたような空気を放っているのには訳があった。
これは、レミリアとアステルが宇宙に行っている間に決定した事なのだが、北米統一戦線は北米解放軍に対する支援作戦を行う、との事だった。
共和連合から侵攻を受けようとしている解放軍から支援の要請があり、クルトはそれを受けようと考えている訳である。
「ふざけるな!!」
兵士の1人が、掌で思いっきり、テーブルを叩く。
思わずレミリアが肩を震わせる中、兵士は舌鋒鋭くクルトを睨む。
「今まで散々、俺達を無視してきた連中が、今さらどういう風の吹き回しだ!?」
「まさか、俺達に解放軍の軍門に降れってのかよ!? そんな馬鹿な話がってたまるか!!」
北米解放軍と北米統一戦線では、目指す所は一緒でも、その手段は大きく異なる。
あくまでも北米人の手による北米の統一をめざし、無用な破壊や戦闘はなるべく避けようと言う方針を貫いている北米統一戦線に対して、北米解放軍は一刻も早い北米解放を謳い、その為ならあらゆる手段が肯定されるとして、無差別テロも辞さない。
そのような両者である為、互いの戦略が噛み合う筈も無く、今日に至るまで共闘すると言う話が持ち上がる事は一切無かった。
だが、ここに来てクルトは、共和連合軍の総攻撃を受けようとしている解放軍を支援すると言い出したのだ。
誰もが、納得できる筈が無かった
「聞け」
それまで沈黙していたクルトは、皆の想いを受け止めるようにして口を開いた。
「お前達が解放軍に対して良い感情を持っていない事は理解している。本音を言えば、俺だってこんな事はしたくないさ」
だがな、とクルトは続ける。
「もし、解放軍が敗れるような事にでもなれば、次に潰されるのは俺達と言う事になる」
その言葉には、誰もが沈黙せざるを得なかった。
クルトの言うとおりである。北米解放軍の脅威がなくなれば、共和連合軍は次の目標として北米統一戦線の殲滅を狙ってくるだろう。そうなれば、寡兵の統一戦線はひとたまりもない。
いかに最強戦力であるレミリアやアステルがいたとしても結果は変わらない。敵の大群に飲み込まれ、押し潰されるのは目に見えていた。
クルトはそうなる前に、解放軍を支援する事で共和連合軍の矛先を彼等に向け、自分達から逸らそうと考えていたのだ。
「レミル、お前はどう思う?」
幹部の1人が、突然レミリアに声を掛けてきた。
「言っちゃ何だが、俺達の要はお前だ。お前がやれると言うなら、俺達は全力でお前をサポートする」
誰もが理性では、クルトの言の正しさを認めている。今、自分達が立たねば、いずれ潰されると言う事を。
しかしそれでも、納得できない部分に関して、レミリアの決断を聞きたいと考えたのだ。
いわば、自分で自分の背を押す最後の決断を、レミリアに託したのである。
「・・・・・・・・・・・・ボクは」
皆の視線を浴びながら、レミリアは低い声で口を開く。
正直、怖い。
自分の決断一つで、仲間の命の多くが失われる。そう考えて、怖くない訳が無かった。
声帯が否応なく震え、歯の音が鳴るのを必死に抑える。服の下では嫌な汗がとめどなく流れていた。
と、
「恐れるな」
「ッ!?」
傍らのアステルに突然声を掛けられ、思わず振り仰ぐレミリア。
相変わらず無表情を張り付けた少年は、素っ気ない口調で幼馴染の男装少女に先を促す。
「ここにいる連中は全員、お前の言葉に従うと言ってるんだ。当然だが、お前がどんな決断をして、その結果、自分達の命が失われたとしたって、それでお前を恨むような奴等じゃない」
アステルの言葉に促され、顔を上げるレミリア。
見れば皆、一様にレミリアに笑いかけてきている。
心配するな。お前は1人じゃない。
そんな声が聞こえるようだった。
仲間達の熱い視線を受けて、レミリアは眦を上げて心を決めた。
「行こう、解放軍を支援する為に」
自分達の力が、小さなものであると言う事は初めから判っている。だから、それを踏まえた上で、最も生存率が高い選択肢をレミリアは選んだのだった。
2
次の瞬間、
炎の翼が駆け抜ける。
上空に占位していたレミリアは急降下と同時に、スパイラルデスティニーの腰からミストルティン対艦刀を抜刀、凄まじい勢いで斬り込みを掛ける。
抜き打ちのように、交差させながら振り抜かれる2本の対艦刀。
その斬線が軌跡を描いた瞬間、複数の機体が斬り飛ばされ爆炎を上げる。
「なッ!?」
その様子に、思わずヒカルは絶句する。
あまりの速度に、反応がほとんど追いつかなかった。
しかし、それはヒカルばかりではない。
リィスも、ミシェルも、そしてカノンも皆、スパイラルデスティニーの急激な加速の前に全く反応できず、ただ棒立ちになったまま見送る事しかできなかった。
その間にもレミリアの攻撃は続く。
2本の対艦刀が振るわれ、更には展開状態を維持したアサルトドラグーンがビームを吐き出す度、共和連合軍の機体は確実に数を減らしていく。
ザクが斬り飛ばされ、グフが撃ち抜かれ、ゲルググが爆散する。次々と斬り飛ばされ、
正に、成す術も無いと言った感じである。
更にもう1機、スパイラルデスティニーを追う形で戦線に加わる機体があった。
スパイラルデスティニー同様、炎の翼を持つ、嵐の名を冠した機体。
アステルはストームアーテルを駆り、手にした対艦刀モードのレーヴァテインを容赦なく振るって、ザフト軍機を斬り捨てる。
《はしゃぐのはほどほどにしとけよ。目的は解放軍を掩護することだってのを忘れるな》
「判ってるってば!!」
釘を刺すようにレミリアに言いながら、アステルは近付こうとしたグフをビームガンで撃ち抜いて撃墜、更に腰からアーマーシュナイダーを抜くと、その横にいたゲルググのコックピットに突き立てる。
淀み無い動きでザフト軍機を倒していくレミリアとアステル。
統一戦線の象徴とも言うべき2人が参戦した事の結果は絶大と言って良い。盛り返しかけていた共和連合軍の勢いは、今度こそ完膚なきまでに粉砕されてしまった。
逃げまどい、あるいは闇雲に反撃するしかない共和連合軍。
当然だが、そうした微々たる抵抗は、すぐに炎に飲まれて無意味と化して行く。
最前線で暴れまわる、スパイラルデスティニーとストームアーテル。
そのレミリアとアステルの後方からは、統一戦線が主力機として装備しているジェガンの部隊が続行してくるのが見えた。
先頭にあってエールストライカーを装備しているのは、クルトのジェガンである。
「全機攻撃開始。散会しつつ敵を討てッ イリア、支援砲撃任せる!!」
《了解!!》
命令を下すと同時に、クルトもエールストライカーのスラスターを吹かして速度を上げる。
距離を詰めると同時に放ったビームライフルによって、1機のグフを撃墜。その爆炎を突き破る形で、更に次の機体へと向かう。
クルトに続いて突撃していく統一戦線の部隊。
エールストライカーを装備した機体は、高機動で敵を攪乱しつつ攻撃、ソードストライカーを装備した部隊は、接近するとシュベルトゲベールを抜き放って斬り込んで行く。
少数精鋭の統一戦線ならではともいえる、一点突破型の強襲である。
その攻撃力は圧倒的であり、狙われた共和連合軍の部隊は防衛陣形の構築もままならない。
ジェガンの持つ機動力の前に対応できず、炎を上げて撃墜される機体が続出する。
更に、その後方ではイリアが率いる砲撃支援部隊が続く。
ランチャーストライカーを装備したジェガンが、インパルス砲アグニを駆使して強烈な砲撃を行い、壊乱しているザフト軍に容赦のない砲撃を浴びせる。
戦闘終盤。それも既に戦線崩壊が確定的になった状態で戦線に介入してきた統一戦線を前に、共和連合軍の各部隊は完全に恐慌状態に陥っていた。
そこには最早、精強を誇った部隊の姿は無い。
ただ己の身を守る為だけに、めいめいバラバラに動いているだけの烏合の衆がいるだけだった。
そこへ、統一戦線部隊による一斉砲撃が直撃する。
イリアもアグニの砲撃によって、ゲルググ1機を撃墜。更なる砲チャージに入る。
「レミリア1人だけを戦わせはしない。あの娘は、私が守らなくちゃ!!」
チャージと同時に砲門を上げるイリア。
放たれるアグニは、退避に移ろうとしていたグフを背後から撃ち抜き破壊する。
妹を守らんとする姉の意志は、閃光となって迸った。
勿論、その間もアステル、レミリアの両エースは猛攻を続ける。
2人だけで、瞬く間に20機以上の共和連合軍機を屠ってしまっていた。
現状、世界最強の機体であるスパイラルデスティニーと、その性能を十全に引き出す事ができるレミリアは、正に無敵の存在であると言える。
そしてアステルも、機体性能ではレミリアに劣っているものの統一戦線内では並ぶ者のいない実力者であり、純粋な実力的にはレミリア以上と言われている。
この2人が揃った時、その進撃を阻める者は誰1人として存在しなかった。
チャージを終えたアサルトドラグーンを射出するスパイラルデスティニー。
放たれた8基のデバイスは縦横に戦場を駆け抜け、合計40門の砲門を開いてザフト軍機を血祭りに上げていく。
その間にストームアーテルは、両手にレーヴァテインやビームサーベルを構えて切り込みを掛ける。
飛び込んだ先でアステルは、両手の剣を鋭く旋回させ、手当たりしだいに斬り捨てて行く。
レミリアとアステル。この2人の進撃を阻める者は誰もいない。
そう思われた。
次の瞬間、
閃光が駆け抜ける。
数は5つ。
スパイラルデスティニーの最大火力の10分の1以下でしかないが、それでも強烈な閃光となって牙を剝く。
「ッ!?」
とっさにビームシールドを展開して砲撃を防ぐレミリア。
その視界の中で、
8枚の蒼翼が躍った。
「レミルッ お前ッ!!」
叫ぶ少年。
その雄叫びに答え、
セレスティはビームサーベルを構えて、スパイラルデスティニーへと斬り掛かった。
その頃、共和連合軍を束ねるザフト軍司令部は、大混乱に陥っていた。
切り札の降下揚陸部隊はニーベルングの一斉掃射で全滅。
更に、南に向かったと思っていた北米解放軍の部隊が出現した事で、戦線は完全に崩壊してしまった。
前線の部隊は既に壊滅。戦闘は中衛部隊にまで及んでいるが、それももう、幾らも保たないであろう事は確実だった。
「第8機甲師団、通信途絶!!」
「第101偵察小隊より救難信号!!」
「戦艦トールスに爆炎確認ッ 弾薬庫被弾の模様!!」
「右翼、壊乱状態っ 撤退の許可を求めています!!」
「とにかくご指示をッ 隊長!!」
オペレーターからは悲鳴その物の声が、ひっきりなしに投げ掛けられてくる。
それに対して、ハウエル達司令部幕僚は一切のリアクションを起こそうとはしなかった。
ただ呆然として、流れゆく状況に翻弄され、意識を乖離させていた。
圧倒的な兵力でもって敵本拠地へと侵攻。長年の宿敵である北米解放軍を打倒して最大の栄誉を手にする。
そんな夢想を想い描いていた彼等にとって、目の前の事実は受け入れがたかった。
こうしている間にも前線で、そして彼等が見ているモニターの中で、次々と味方の兵士達が死んでいく。
しかし、それを見てもハウエル達は何も動こうとはしなかった。
彼等は何も見ていなかった。
モニターの中で炎を上げる戦艦も、悲鳴を上げて絶命する兵士も、壊滅していく味方の部隊も、何もかも、彼等の目には映っていなかった。
彼等が見ている物はただ一つ。積み上げてきた「自分達の栄光」が戦場の炎の中に崩れて消えて行く様だけだった。
このまま司令部が自分達の責任を放棄し続ければ、共和連合軍は文字通り全滅する事になるだろう。
その時だった。
「砲撃支援を絶やすなッ 通信手は前線部隊との連絡を保ち続けろッ 彼等に司令部が健在である事を示し続けるんだッ!!」
重く鋭い声が、旗艦のブリッジ内に響く。
司令部幕僚が雁首揃えて自己憐憫に浸っている中、
ただ1人、正気を保ち続けた男がいる。
見れば、それまで殆ど口を開く事が無かった参謀長が、陣頭に立って鋭い指示を飛ばしていた。
ディアッカ・エルスマンは、呆然としているハウエル達を押しのけて、直接指示を飛ばす。
この光景には、ハウエル達のみならず、旗艦のブリッジ要員達も唖然とした視線を向けてきた。
「無能なナンバー2」「お飾りの参謀長」。今までディアッカを、そのように思っていた者は大多数を占めている。
しかし今、この最大級の危難の中にあって、ただ1人、気を吐き続けたのは、ディアッカだけだった。
「急げッ 何してる!!」
ディアッカに叱咤され、オペレーター達は慌てて自分達の仕事へと戻る。
それを横目で見ながら、ディアッカはチラッとハウエル達に目をやる。
信じられない物を見るような目でディアッカを見詰めるハウエル達。しかし、今は彼等に構っている暇はない。
本来なら全員を殴りつけてでも正気に戻し、指揮を継続させたいところである。と言うより、かつてのディアッカの相棒なら確実にそうしているだろう。
しかし、今は無駄な事に時間を使っている暇はない。今は一分一秒でも早く戦線の再構築を行い、速やかに撤退する事が先決である。
本来なら参謀長が総隊長を押しのけて部隊を指揮するなど、越権行為も甚だしいのだが今は非常時である。連中が役に立たない以上、自分がやるしかなかった。
ディアッカはそれ以上、ハウエル達から意識を逸らし、再び全軍の指揮に集中した。
「予備部隊、準備まだかッ!? でき次第出撃して、撤退中の友軍支援に当たらせろ!! 戦艦部隊は支援砲撃の継続ッ 無理に当てなくても良いから、とにかく弾幕を張って敵を牽制しろッ 時間さえ稼げればそれで良い!!」
軍歴20年以上に達するディアッカの指示は的確に飛び、撤退の為に必要な措置が取られていく。
それは、実戦経験の薄いグルック派軍人には、誰一人として真似できない。歴戦のディアッカだからこそできる、いっそ芸術的とも言える指揮振りだった。
「全ての情報は俺に集めろッ 良いかッ 助けられる奴は1人でも多く救出するんだ!!」
蒼翼を羽ばたかせ、斬り込む先に佇むのは、深紅の炎の翼を負った禍々しくも美しき機体。
友の駆るスパイラルデスティニーを正面に見据え、ヒカルはセレスティを突撃させる。
同時に、右手に把持したビームサーベルを、大きく振りかぶる。
「レミルッ これ以上やらせねぇぞ!!」
袈裟懸けに振るわれるビームサーベル。
その斬撃を、レミリアはビームシールドを展開して防御する。
剣と盾が接触し、互いのスパークが目を射る。
「レミルッ」
《その声ッ まさか・・・・・・ヒカル!?》
接触回線で声が聞こえた相手のパイロットが誰であるか察し、レミリアは驚愕の声を上げた。
ヒカル・ヒビキ。
ハワイの士官学校では一番の親友であり、1年間、苦労を共にした相棒。
その2人が今、戦場と言う舞台で再びめぐり合っていた。
一方は共和連合軍の兵士として、そしてもう一方はテロリストとして。
《クッ!!》
短く息を吐きながらレミリアはシールドでセレスティの機体を押し戻し、同時に距離を置こうとする。
しかし、
「逃がすかよ!!」
ヒカルは蒼翼を広げて崩れかけた姿勢を強引に戻し、距離を置こうとするスパイラルデスティニーに追いすがる。
振るわれるセレスティの光刃を、レミリアは紅炎翼を羽ばたかせて上昇し回避。同時に、腰の連装レールガンで牽制の射撃を浴びせる。
《どういうつもりヒカル!? なぜ、君がまだそれに!?》
「それは俺のセリフだ!!」
デスティニーから放たれた4発の砲弾を旋回して回避しながら、ヒカルは逆に肩のバラエーナで砲撃を仕掛ける。
太い閃光が急激に迫る中、レミリアは更に高機動を発揮して回避。セレスティから距離を置こうとする。
「お前ッ いったい何のつもりなんだよッ!? こんな事して!!」
だがヒカルは、そうはさせじと、更に距離を詰めようとする。
連続して襲い掛かってくる光刃を、レミリアは紙一重で回避する事に専念している。
レミリアの実力をもってすれば、既に幾度か反撃の機会はあったのだが、あえてそうせずに、回避のみを行っている。
《・・・・・・・・・・・・ボクの事は、あの時話した筈だよ、ヒカル》
殊更突き放すように、レミリアは冷たい声でヒカルに告げる。
あのハワイの地下格納庫で、既にヒカルに自分の事は話してある。ならば、これ以上伝える事など何も無かった。
「だから、それが信じられないって言ってるんだ!!」
言い放つと同時にヒカルは、ビームライフル、バラエーナ、クスィフィアスを一斉展開、5連装フルバーストを叩き付ける。
閃光は強烈な一撃となってスパイラルデスティニーに迫る。
対してレミリアは紅炎翼を羽ばたかせて急降下、セレスティの攻撃を回避する。
すかさず、それを追うヒカル。
セレスティも急降下しつつビームサーベルを腰から抜いて構える。
自身の背後から迫る蒼翼を見て、レミリアは舌打ちする。
「やるしか、ないか・・・・・・」
囁くように言いながら、スパイラルデスティニーの両手を腰に回し、ミストルティン対艦刀を抜き放つ。
できれば戦いたくはない。
しかし、向かってくるなら座視もできなかった。
ヒカルと
かつては親友として、互いに友情を交わした2人が、今再び予想外の戦場にて対峙する事となった。
先制したのはヒカルだ。
セレスティの手に装備したビームサーベルを袈裟懸けに振り下ろす。
しかし光刃は、一瞬早くスパイラルデスティニーが上空に飛び上がった為に、目標を捉える事は無かった。
舌打ちするヒカル。
同時に振り仰いだ視線の先で、双剣の対艦刀を構えたスパイラルデスティニーが炎の翼を広げて迫ってくる。
「それなら!!」
とっさに背部のバラエーナを跳ね上げ、迫るスパイラルデスティニーに砲撃を浴びせるヒカル。
しかし、閃光が直撃した瞬間、スパイラルデスティニーの機影は幻の如く消え去った。
「外した!?」
ヒカルが声を上げた瞬間、
正面に突然現れた機体が、腰の連装レールガンを展開しているのが見えた。
レミリアはヒカルの攻撃を読み切り、虚像を囮にして回避。その間に距離を詰めて来たのだ。
零距離からの砲撃。
殆ど、回避する時間すらなかった。
腹部と胸部に直撃すると同時に、セレスティは大きく吹き飛ばされる。
PS装甲のおかげでダメージは無い。しかし、それでも体が分裂しそうな衝撃がヒカルに襲い掛かる。
「ま、だだ!!」
とっさに蒼翼を広げつつ、スラスターを全開まで振り絞って衝撃に耐えるヒカル。
しかし、バランスを崩したセレスティを見て、レミリアは一気に勝負を掛けるべくミストルティンを構えて斬り込んでくる。
対抗するようにヒカルも、強引に姿勢を戻しながらビームサーベルとシールドを構えて斬り込んで行く。
レミリアの双剣が旋回して斬り掛かって来るのに対し、ヒカルはその斬撃をシールドで受け流して、反撃の光刃を斬り上げる。
蒼と紅。
2種類の翼が交錯する戦場は、互い以外の要素を完全に排除したかのように繰り広げられていた。
3
セレスティとスパイラルデスティニーが交戦を開始した頃、リィスはリアディス・アインを駆って、撤退する味方の支援に当たっていた。
北米解放軍の罠にはまり、壊乱状態に陥った共和連合軍は、未だに全部隊の掌握もできず、撤退もままならない状況である。
北米解放軍は、その機を逃さず全面攻勢を展開、右往左往している共和連合軍の機体を片っ端から撃破していった。
イエーガーストライカーのスラスターを全開にして最前線に飛び込むとリィスは、殺戮に酔いしれているかのように暴れまわる解放軍の機体に対して痛烈な反撃を浴びせて行った。
ウィンダム1機をコックピット破壊して撃墜すると、更にビームサーベルを抜いて、対艦ミサイル発射体勢に入っていたレイダーを斬り捨てる。
踊る爆炎が、戦場を赤々と照らし出す。
その炎を背に負いながら、ふとリィスは、父の事を思い出していた。
かつて、名実ともに最強のパイロットと呼ばれたキラ・ヒビキ。
彼は、自身の後継者とも言うべき存在を残す事は無かったと言われている。
しかし、もし仮に彼の「弟子」として、その卓抜した技術を受け継ぐ存在がいるとすれば、それはかつて共に戦った娘、リィス以外にはありえなかった。
もっともキラは余程の事情が無い限り、決して敵機のコックピットやエンジン部分を狙わず、戦闘力を奪う戦い方を貫いていたが、流石にあれを真似する事はリィスにはできない。
一度だけ父に、聞いた事がある。「なぜ、そのような効率の悪い戦い方を、敢えてするのか?」と。
そんなリィスに対して、キラは苦笑しながら答えた「悲劇を終わらせるためだよ」と。
撃ったから撃ち返し、撃ち返したから、また撃たれ、そうして際限なく拡大していくのが戦争だ。だからキラは、その悲劇に終止符を打つ為に、不殺と言う戦いを続けるのだ、と。
勿論、キラに敗れて生き残った人々は、キラを恨む事だろう。だが、キラはそれで良いと言った。怨嗟も憎しみも、全て自分が背負って戦い続けるのだ、と。
不殺と言う一見すると偽善とも言える行為は、キラ・ヒビキと言う人間の持つ、高い技術力、不屈の信念、そして圧倒的なまでの優しさがあって初めて可能なのだ。
それを真似できるとしたら、リィスの知っている中ではキラの友人であるシン・アスカ、アスラン・ザラ・アスハの両名くらいではないだろうか? あとは、現役軍人時代のラクス・クラインもできたらしいが、リィスは彼女がモビルスーツを操縦しているところを見た事が無いので何とも言えなかった。
彼等のように戦う事はできない。
しかし、彼等のように大切な物を守る為に戦う事なら、今のリィスにだってできた。
飛んでくる砲火を全て紙一重で回避するリィス。
スラスターは全開。
殆ど地面に激突するような勢いで飛び込み、グロリアスを斬り捨てた。
しかし、そこで一瞬、リアディスの動きが止まる。
それを幸いにと、解放軍は砲撃をリィスの機体へと集中してきた。
だが、既にリィスはその事を見越して、次のアクションを起こしていた。
飛んでくる火線を、リィスは後退しつつ巧みに回避していく。
同時にビームライフルを構えて照準器を起動、リアディスを射撃体勢に入れる。
その時だった。
攻撃を開始しようとしたリアディスのすぐ脇を、太い閃光が駆け抜けて行く。
「ッ!?」
とっさにスラスターを起動、弾かれるように上昇して攻撃を回避するリィス。同時に、センサーが捉えた目標に目を向ける。
アグニ装備のジェガンが、その砲門を真っ直ぐに向けてきた。
「敵の隊長機ッ ここで討つ!!」
ランチャー・ジェガンを駆るイリアは、言い放つと同時にトリガーを絞り、リアディス・アイン目がけてアグニを放つ。
迫る閃光。
対してリィスはシールドを掲げて防御する。
ラミネート仕様のシールドがビームを弾く中、リィスはビームライフルを放ちながら突撃を仕掛ける。
対抗するように、イリアも再びアグニを放ってリアディスの接近を阻もうとする。
だが、リィスはジェガンからの火線を正確に読み切り、機体をひねり込ませるようにして回避。同時にビームサーベルを抜き放つ。
「クッ 速い!?」
連射の利かないアグニでは、リィスの動きに対応できないと感じたイリアは、とっさに巨大な砲身をパージし、空いた手でビームサーベルを抜き放つ。
リィスは斬り下ろすようにサーベルを振るい、対抗するようにイリアも光刃を斬り上げる。
リィスとイリア、2人の姉達は、互いに年下の弟妹を守る為に、激しく斬り結んでいた。
予想はした事である。
当初こそ、勢いに任せて戦いを優位に進める事ができたヒカルだったが、今では追い詰められ、殆ど防戦一方の状況に陥っている。
無理も無い話である。これまで少なくない実践を経験し、急速に成長しているヒカルだが、それでもレミリアの力には遠く及ばない。
当初こそ予想外の親友の出現に動揺していたが、一度レミリアが本気になれば、ヒカルを圧倒する事は容易かった。
ヒカルも徐々に、自分が追いこまれている事を認めざるを得なかった。
当初は勢いに任せて激しく攻め立てていたヒカルだったが、今や攻守は完全に逆転し、スパイラルデスティニーから放たれる攻撃を、やっとの思いで回避している。
8枚のアサルトドラグーンが縦横に位置を変えながら、回避運動を行うセレスティにビームを射かけてくる。
それらの攻撃を辛うじて回避すると、今度は正面に占位したスパイラルデスティニーから2丁のライフルを向けられた。
とっさにシールドを掲げて防御しようとする。
しかし次の瞬間、反応は背後からもたらされた。
「ッ!?」
振り返る暇も無く、ヒカルは回避を選択する。
一瞬の間をおいて、フルバーストの閃光が薙いで行った。
レミリアは予めアサルトドラグーンの攻撃でセレスティの動きを牽制しつつ、更に虚像を用いてヒカルの視覚を攪乱し、その隙に背後へと回り込んでいたのだ。
回避には成功したものの、大きく体勢を崩すセレスティ。
すかさずレミリアは、スパイラルデスティニーの肩からウィンドエッジ・ビームブーメランを抜き放ち投げつける。
旋回して飛翔してくるブーメラン。
「クソッ!?」
舌打ちしながらヒカルは、その攻撃をシールドで防御する。
戻ってくるビームブーメラン。
それを空中でキャッチするとビーム刃を伸長してサーベルモードにして、更に左手でもう一本のウィンドエッジを抜き放つ。
レミリアの目には既に、詰み手は見えている。
勝負が決するまで、あと三手。
まず、アサルトドラグーンで牽制の攻撃を仕掛け、セレスティの動きを限定する。
そこへウィンドエッジを構え、一気に接近を図る。
ヒカルは当然、レミリアの斬撃をシールドで防ごうとするだろう。
対してレミリアは斬り上げでセレスティのシールドを持つ左腕を切断、更に返す刀でコックピットを斬り裂く。それで終わりだ。
一瞬、ヒカルの笑顔がレミリアに脳裏によぎる。
しかし、それは本当に一瞬の事だった。
自分は北米統一戦線の戦士だ。ならば、個人的な感情は捨てなくてはならない。
全ては、祖国統一の為に!!
共に闘うみんなの為に!!
斬撃のモーションを見せる。
それに対応するように、セレスティも防御姿勢に動いた。
全てはレミリアの予想通り。
これで終わる。何もかも。
そう思った。
次の瞬間、
突如、割り込むようにしてビーム横合いから放たれ、セレスティのシールドを直撃した。
「なッ!?」
驚いて動きを止めるレミリア。
その視界の中で、黄色い翼が躍るのが見えた。
《その羽根付きは俺の獲物だッ 横取りはやめて貰おうか!!》
そう言い放つと、オーギュストの駆るゲルプレイダーがシュベルトゲベールを構えてセレスティに斬り掛かって行くのが見える。
対して、ヒカルは絶望的な気分に足を取られかけていた。
スパイラルデスティニーだけでも厄介なのに、そこに来て解放軍の黄色のレイダーまで来たのでは、ヒカルの勝機は完全にゼロと言って良かった。
更に加えて、
チラッと、ヒカルの視線が手元付近のメーターに行く。
既にバッテリーは危険域に差し掛かりつつある。今すぐにでも帰還して補給を受けなくてはいけないと言うのに。
しかし、ゲルプレイダーを駆るオーギュストは、いよいよ攻勢を強めている。
それを追うようにして、スパイラルデスティニーが迫ってくるのも見える。
「レミル・・・・・・・・・・・・」
親友の偽名を、苦しげにつぶやく。
自分はここで終わりなのか?
あいつに真実を確かめる事もできず、妹の仇を取る事もできず、無様に戦場に消えるのか?
そんな事が、
「で、きるかァァァァァァ!!」
咆哮するヒカル。
その声にこたえるように、
セレスティのモニターに「Eternal」の文字が躍った。
コックピット内部が光に満たされ、同時に尽きかけていたバッテリーメーターが、一気にフルゲージに達する。
「何ッ!?」
目を剥くオーギュスト。
彼の前の前で今、セレスティが赤い光に包まれていたのだ。
追い詰めて、正にとどめの一刀を振り下ろそうとしていた瞬間の事だった。
閃光が、駆け抜ける。
凄まじい速度で接近してきたセレスティが、ゲルプレイダーに体当たりを仕掛けたのだ。
「ぬおっ!?」
とっさに、機体をひねって回避しようとするオーギュスト。
しかし、避けきる事はできず、ゲルプレイダーは巻き込まれる形で弾き飛ばされてしまった。
そのままセレスティは、後方にいたスパイラルデスティニーへと迫る。
「ッ!?」
息を呑むレミリア。
とっさにシールドを掲げて防御姿勢を取る。
そこへ衝突するセレスティ。
2機はそのまま、もつれ合うようにして彼方の地表目がけて落下していった。
PHASE-16「激発する意思は閃光となりて」 終わり